今週は岐阜の飛騨高山と多治見の同友会仲間に「よし!遊びに行ってあげよう」と、
ふと約一ヶ月半くらい前にピン!と閃いたので、飛騨高山の友人と、多治見の友人に前以て連絡していました。

で、行って来ました。

思えば、一年前と一年半くらい前に飛騨高山のカ○君達や、多治見の、柴○君や磯○君や伊○君、木○君や高○君が、
ワシに会いたいと一泊でエモーションに訪問してくれました。

たぶん、ずんやり7時間は(笑)ワシの話(仕事の流儀や人生観、社会観、

価値基準)を聴いてくれたり、大いに経営談義に、語り合いました。

また昨年夏には多治見の同友会例会報告者に呼んでくれて交流が出来たし、

柴○君、磯○君、伊○君、木○君、三○さんが、うちのルイボスティーを大量に買ってくれたり、

飛騨高山のカ○君も、友人経営者の水○君にルイボスティー紹介してくれたら、これまた大量に使ってくれて。

岐阜は縁が深いなぁ、有り難いなぁ、という感情が湧いて来て、

『遊びに行ってあげよう。会社も見たいし、社員の人達にも会いたいし。』と思った次第でした。

で着くなり彼らの社員の人達にいきなり(笑)いつもの調子で気安く声掛けて、勉強会です(笑)

『社員の第一はやねぇ社長の考えを理解する努力をすることやでぇ~⤴。
社長の考えを理解しようと努力せん人が社員になっては、いけません❗❗
先ずはこの姿勢が無い人は、日本人やないんや。業務能力だけでええんちゃぁんて思ってる人はアメリカ行けえ、ちゅうの(笑)』

『だから、アメリカは学歴も人種も貧乏も、問わない。与えられた仕事の能力さえあれば高額報酬得れる国や。
しかし、契約社会や。イエスかノーか。ハッキリしとる。中間がない。

曖昧さがない。
社員の一生なんて考えない。終身雇用なんてアメリカ社会の始まりには、

無かったんやから。』

『成果とは何か?の、違いが日本人とアメリカ社会とは違うんよ』

てな感じで、あらゆる角度から持論を語りながら相手に質問もしながら、

皆ワシの話に前のめりでした。

後で各社長からお礼言われました。

わざわざ自費で岐阜まで来てもらって、社員教育してくれて、

僕も気付きが一杯出来て、目から鱗が何ぼもありました。って。

いやいや、これがワシの仕事なんやぁ。

うちの経営指針書見てみて、経営目的をように読んでみてん。

『自分の生き様を通して、縁ある人に勇氣と感動を与える為のキッカケを与え続ける人生を歩むこと。』

と書いとるやろ(笑)。って言うてます。

皆さん方は、自分の縁ある人に、自分の言動生き様を通して、勇氣や感動を与える為のキッカケを与えているでしょうか?

こういうのを、本当の贈り物と言うんじゃないかなぁと、思う訳です。

これは余談ですが、

多治見には飛騨高山から出て15時に着く予定だったので、18時から懇親会設定してくれていましたから、

時間がかなりあるから良かったら『歴史に学ぶ経営学』と題して、二時間くらい話しようか?って前以て言っていたんですよ。

源義経秘話、初代会津藩主保科正之秘話、楠木正成、堀秀政、上杉謙信、

武田信玄、日露戦争の大山元帥と児玉源太郎、明治天皇と乃木希典、

山本権兵衛が東郷平八郎を選んだ理由や、
伊藤博文の金子堅太郎への命令のやり方、出光佐三秘話や松下幸之助、

臨場感溢れんばかりに語れますから(笑)

二時間じゃ足りないけど、話しようか?となっていましたが、社員の人達との話になってしまったので、

歴史に学ぶ経営学は、改めて機会を作りますから、お願い出来ますか、ということになりました。

夜懇親会の時に、昨年うちに来てくれたメンバーの中に高○君が、遅れて駆け付けてくれました。

多治見の柴○君が高○君に同級生でもあり、すごく良い仲らしく
『香川さんこいつは、何言っても、ウンウンはいはい、って言って何もせん奴なんすよ』
って、散々な言われようで、周囲の高○君をよく知っている仲間は同じ感覚だったので、

突然ワシは、高○君にこう言いました。

『高○君、売上無かっても、メシ食えるんやろう!』って。

思わず彼、うぅぅっ!『はい。』って。

で、ワシ『それはそういう家庭に生まれて来た運命や。仕方ない。ご先祖に感謝せないかんなぁ。そういう境遇を。
けど、ご先祖に甘えたらいかんなぁ!甘えとんとちゃうかぁ?そやろっ!』って瞬時に言いました。

ものすごく胸に響いたらしく、一瞬で目に涙が溜まってましたね、高○君。

『高○君の誠を現さないかんでぇ。誠つまり真心や。真心を行動に現すから、先祖が喜んでくれるんやで。
「まこと」の漢字には四つあるんや。
真事(まこと)真理(まこと)信(まこと)誠(まこと)
真事は物理的事実、真理は宇宙の真理、信は自分が信じているという事実、

誠は真心つまり良心のことや。』
って言うたんですね。

皆さんもそうですよ。

有り難いことにメシ食える境遇であれば、あなたのご先祖に感謝せな。

でも先祖が築いてくれた境遇に甘えたら、いかんと思いますね。

どういう生き様をして行くのがご先祖が喜んでくれるのかを考えるキッカケになればと、今週のメッセージを投げ掛けますね。

『最大と成るより、最良と成れ。』を目指して歩んで来ましたし、現在進行形です。

だから常に自社にとって『最良とは何か?』を考えてチャレンジし続けて来たんですが、

皆さんは、自社の最良とは何か?にチャレンジしていますかねぇ?

最近特に言われている『働き方改革』?国が内政干渉するな!と言いたいねぇ。

勿論、ブラック企業と思われる所だけに干渉してくれ!と言うときます。

例えば、年次有給休暇についても、うちみたいに年間の公休日が、

128日ありますから、 大体皆、有給を取るのは年に数日という感じですから、130日は休みです。

で残業なんて一切ない会社にしていますから(経営者のワシが残業しない、と最初に決めたからね。)

それでも有給を、国が決めた日数取れって?

例えば、年間の公休日が110日以下の会社に適用せぇっ!っちゅうの。

ワシは社員に『対個別対応能力』を磨け。と昔から指導して来ました。

国も対個別対応能力を磨けっ!っちゅうの(笑)

ワーク・ライフ・バランスって何年も前から言われ出したけど、うちなんて、会社設立時から約30年間、

ワーク・ライフ・バランスの取れた会社やけどねぇ(笑)

社員の人格教育をしながら、経済活動を実践して来たし、

設立時から残業なし、完全週休二日、年次有給休暇自由に気兼ねなしに取得できる風通しの良い職場環境。

明るく、楽しく、生き生きとした職場環境でずっとやって来てるんだけどねぇ。

働き方に対して助成金という名で税金使っていますが、

『助成金を支給するから、職場環境整えて下さい。』というような環境に、

既にしている会社や職場環境にしている所は、どうせえって言うのよ。

ちゃんとしている所謂(いわゆる)ホワイト企業には、助成金の余地はないわねぇ(笑)。

何か助成金や補助金って、もらわなくても良い経済力がある会社がいっつも、もらっている感があるんだよね。

出来レースじゃないけど出来レース感あり。そう感じませんか皆さん!

要らんやろぅ助成金や補助金は、銭あるんやから(笑)。

債務超過で赤字決算の会社だけに、規定をクリアーしたら助成金や補助金を

支給します。
だから、何とか債務超過から脱却し、黒字に出来る原資にしてもらう為に助成金や補助金を出すからね。

っていうようにして、税金を有効活用したらええのに。

財務的に、黒字で債務超過でもない会社は、助成金や補助金は除外です。

自力で職場環境改善して下さい。ってしたらええのに!

そう思いませんか?

社員の年間給料を国が定める率を超えて昇給したら、税金減額という施策があるけど、
もう何年も前から大幅に給料アップして来た会社に対しては、何の税額控除もないんですよ皆さん。

うちなんか、昇給の時は、一人に数万単位で月給上げて来た実績(年間数十万アップ)がありますが、過去だから、ね。

過去に、政府が言う、ワーク・ライフ・バランスの取れた会社だとか、

昇給の基準クリアーして来た会社だとか、

そういうのを調べて、何年もホワイト企業を継続している所に、

何か特典表彰するくらい調査せえへんのかなぁ?と思ってしまいますね。

全く『本末転倒』の感あり、です。

各省庁の予算消化的なもんが横行してる感あるんだよね。

そんな非生産的なやり方でなく、中小零細企業の、モデル企業を調査して、

それを公表し、表彰しながら、なぜそのような会社、職場環境になって来たのか、して来たのか、

その経営者の考え方を披露することで、感化して行く施策が大事だと感じるのはワシだけでしょうか?

広い日本全体を見てみると「こういう所では一日も働けないなぁ、よく働いておるなぁ」と感じるような、所謂3K(きつい、汚い、危険)的な職場がありますが、しかし、そういう所で働いている人が、毎日不愉快にやっているかと言うと、そうでもないんです。皆それぞれに、そこに一つの希望を持って、

やっている例が、まぁまぁあるんですね。

そういうような場所では設備とか仕事の性質上、

様々な環境を快適にもって行くということは、中々できない感ありです。

そういう場合でも愉快に働くには、やはり、人間関係と言うか「この環境はなるほどある場合には悪いかもしれないけれども、このような仕事の性質上やむを得ない。しかもこの仕事は、社会全体に非常に必要なことである。
だから、自分達がここで働くことは、一面に大きな役割を果たしておるんだ。ある種の使命をも、果たしつつあるんだ。」

こういう考えを持つ、そういう考えを持っていなくても、そういう感じがするような雰囲気を作ってあげるということが大切やと思うのです。

職場の環境だけ見て、こんな所で働いてはいかん、こんな所は辞めよう、

ということになったら、日本は成り立たなくなってしまいます。

皆それぞれ辛抱すると言うか、その環境に自分を生かして、

そこに一つの仕事の醍醐味を味わう、というように社員が考え、
またそういう職場を持っておる所の経営者、その職場の指導者の立場の人達が、それに溶け込んでお互いに苦労を分かち合うというようにしておるところに、一見こんな所でよく働けるなぁと思うような雰囲気や、場所でも、立派にそれがやって行けるというようなことが現に行われつつある訳です。

どういう場所であろうとも、どういう仕事であろうとも、

皆それぞれの尊い使命というものが含まれている。

そういう使命と取り組んでやって行くところに、生き甲斐を感じるというような自覚を、お互いに持ち合う、
そういうものを持ってもらうように導くということが、非常に大事なことではないかと、思うのです。

それが出来ない会社はやはり、周囲から見て好ましい環境であり、

好ましい仕事であり、好ましい作業であるように考えられても、

やっている本人達は、中々喜ばない。そして不平をどんどん言うている。

これも実際世の中には沢山あります。

あの地位で、まだ不足を言うているというようようなことが実際ありますよ。

それに比べて、非常に地位的に恵まれないような人でも、歓喜に満ちて働いている人もあります。

そういうものを、その人自らの工夫によって見出だすということは非常に大事なことで、

また大いに努めるべきであるんですが、

しかし、やはりそうした人達を導いて行く者や、そうした仕事をしてもらっておる者、そういう人達を指導、監督している者が、

そういう自覚を与えるようなもって行き方をすることが、尊い使命の一つではないかと思うのです。

つまり、どんな職場でも『人間関係が良好』ということが問題解決に最良なんだ、と言いたいのです。

あなたの職場の人間関係は良好ですか?!

それが良好じゃないから、会社として利益が上がっていても、

社員が安月給だから、成り立っている会社の利益では、本末転倒なんですよ。

先ずは上の立場の人が率先して人間力を磨かないと、砂上の楼閣になりますよ。

人間力とは、人間的魅力の略語ですから。

上に立つ者の人間力によって、社員を諭して行く、導いて行くことが、

職場の良好な人間関係を構築して行くんですよ。ほんまに。

そこを蔑(ないがし)ろにして、いくら会社を運営しても、精神が疲れ果てるだけやと思うけどなぁ。  

今週ピ~ッン!と閃きました。

奥深くほんまやなぁ!言い得てるなぁということが浮かびました。

性格の違いや考え方の違いがあれど、人間の幸福というものを哲学的に一言で表すと、

人は、それぞれ様々な立場で生きている訳やから、

『己れの立場を自覚した上で、日本人らしい生き方で、己れの立場の結果を出すことに尽きる!!』

これが出来ていなければ、自分は幸福なんだと思っていても、個人の自己満足にしか成らない気がするんです。

人間としての『幸福』という意味が閃いたんです。

この意味、深いものがあるんです。

先ほどの言葉、何回も読み返してみて下さいね。

要は、

自分の立場を自覚せないかんで。

日本人らしい生き方をせないかんで。

日本人らしい生き方であなたの立場の結果を出さな、いかんで。

ということなんです。

つまり、あなたが、あなたの立場を自覚してやねぇ、

如何にして、日本人らしい生き方で、具現化するのか、結果として現すのか。ということやなぁと、つくづく思う訳です。

つまり、いくら思っていても、結果を見せないと、世間は信用してくれんもんです。

いや世間より自分自身の納得というか、真の幸福という観点で言うと、

日本人らしい生き方で結果を出すことが、

実は『天が認めてくれる唯一の道』なんじゃないか、とさえ思えるんです。

『日本人らしい生き方で』が、肝であり要であり、基礎なんです。

結果だけ出しゃあ、良いってもんじゃないんですよ。

多くの会社、職場での社員間と社員と社長とのコミュニケーションに、

何と情のないことか。

『日本人らしい』が、身に付いていれば、情の乏しい間柄には、ならないんだけど。

お互いの正論と正論のぶつかり合いを聞く度に『あんた達ほんまに日本人なの?』って、感じてしまうのはワシだけでしょうか?

理屈は大事やけど理屈を超えた『思いやり』にこそ情が通い合い、

心も業務もスッキリと、ほんわかして行くのにと思うのです。

よく耳にする例は、「それは業務命令ですか?」とか、

「残業代付くんですよね。」とか、

様々な、冷たい言動。

ワシに言わせたら、社長の人間力、指導力が、まだまだ不十分なんよ、ね。

どんな組織でも、語弊を恐れず言うならば、

『親分子分の関係』『阿吽の人間関係』が幸福の源やと考えておるんですよ

ワシは。

そこには、根底に情が流れているんですよ。

お互いが、お互いを、尊重出来ているんですよ。

尊敬と仰慕が存在しているんですよ。

だから10人未満の零細企業の方が、社員全員が相互に、

心通じ合う間柄が可能になって来るんですよ。

この『相互に心通じ合う』が、人数が多くなると、不可能だと思うのです。

相互やからね、相互。

だからワシは、理想の零細企業を生涯懸けて目指しているんです。

まぁ、相手によって、自分の立場が上の時もあれば下の時もあるでしょうし、横の時もありますが、

親と子、夫婦や兄弟姉妹、上司と部下、先輩後輩や、経営者と社員や、

監督と選手や、
地域の集まりの立場上、上の時、下の時。

様々です。

例えば、職場では社員で家に帰ると親や妻、夫、という感じだとすると、

それぞれの立場を自覚して日本人らしい生き方で、

その立場の結果を出すんだ!と言いたいのよ。

皆さん!

自分の立場をよくよく考えてみて下さい。

そして、その立場の、結果を出しているでしょうか?!

しかも、日本人らしい生き方で、具現化しているでしょうか?

ここが大事なんですよ本当に。

日本人とは、どういうものなのかを勉強せな日本人らしい生き方で結果を出そうにも出す術(すべ)が分からんわねぇ。

こういうことは、信心深さがあるか、ないかで、理解出来るか出来ないか、

だと感じますね。

この『信心深さ』というのは、ハッキリ二つに分かれます。

たぶん、多くの信心深いと思われる人達は、

ご利益(りやく)の為の信心深さになっている感、大有りなんよね。

それはワシに言わせたら、信心(神に祈る心や感謝する心)じゃないんです。

使命を感じての信心深さじゃないと、神々には通じないと、思えてなりません。

ワシは、25年くらい前から、自分なりの生まれて来た役割というか使命を感じてしまったんですね。

だから神社参拝に行っても、ご利益は頼んだ事はありません。

一般的に皆さんが思っているご利益とは、

病気を治してほしい、とか、お金を儲けさせてほしい、とか、

人間関係の争い事を解決してほしい、とかです。
✳病・貧・争の解決

そういう事は、神社で神々に頼むもんじゃないんです。

自分の考え方、捉え方を自分で『日本人らしい生き方』に変えて行かないと、改善はされないんです。

原因結果の法則、因縁を作るのは他でもない自分なんやから。

お釈迦様も言うています。

釈尊と言えども、因縁の法は曲げられない、と。

何の為に生まれて来たのか、何の為に生きるのか、をトコトン内観を繰り返す取り組みをした体験をすることで自分なりに生まれて来た役割とか使命が感じるようになると思います。

使命から行く神社参拝であり、使命から来る自分の日本人らしい生き方で、

結果を出すことが、幸福の源泉だと言いたいのです。  

『身に詰まされる』ことが自己変革の胆。

同じ話を聞いても、身に詰まされる人と、そうでない人が居る。

この差は何なのか?

同じような体験をして来た人か、そうでないかでも分かれると思うんだけど、

他人(ひと)の痛みや、心中を感じられる感性を持ち合わせている人は、

身に詰まされる感情が湧き出て来て、自己を振り返るキッカケになっているように感じますね。

同じような体験をしていなくても相手の心中を瞬時に察せられる人と、

そうでない人。

やっぱり、相手の心中を察せられる人間性を高めたいと思いませんかねぇ?

経営者の中ではこういう人を多々見掛けますね。

こういうことです。

商売が中々上手く行っていない状況の時は、

勉強熱心で他人(ひと)の話も聴く耳を持って心中を察しようという姿勢が

感じられる心持ちなのに、
まぁ飯が食えるようになって来て、ちょっとお金が回って来たり、

貯金が若干出来て来ると、
勉強熱心さが欠けて来たり、他人(ひと)の話も、自分のことのように聴く耳を持たない心の姿勢になっているなぁと感じる人達。

多いなぁと感じるんだよね。

どういう状況であろうとも、人生の生き方を学ぼうとする姿勢や、

他人(ひと)の心中を察しようという姿勢が備わっている人を謙虚な人じゃないかと、思う訳です。

何も表立った行動だけを見て、あの人は謙虚な人だと判断するのはどうかなぁと感じますね。

如何なる状況下でも、心中察しようとする心を備えている人。

他人の体験を自分のことのように感じられる感性を備えている人。

生き方の勉強への熱心さを備えている人。

こういう人間性を備えている人が、謙虚な人だとワシは思います。

外見の行動がガサツに見えても、内面は中々分からないもんです。

人間皆『自我』がありますし、自我は無くなることはないと思いますが、

何事も、手を抜かないこと。熱心さ。相手がどんな人であろうとも心中察しようとする心の姿勢。

そういう習慣を身に付けて行くと、自分の内面を振り返る習慣が身に付いて行きます。

自分の内面を振り返ることを『自省』と言いますが、自分を映す物に鏡がありますね。

鏡(カガミ)は、自分を映しますから、鏡を見る習慣を身に付けてほしいと思います。

自省していると、徐々に我欲が取れて来るように思います。

自分を映すものが、鏡(カガミ)なら、自省して我欲の我を取って行くことが出来れば、神に成るんだと感じます。

鏡(カガミ)から我(ガ)を除くと神(カミ)に成るんだよね。

つまり『身に詰まされる心境』は、真の謙虚さが身に付いて行くキッカケに成るんだ。と言いたいのです。 

 

経営にとって大切なのは『高リピーター顧客の拡大』に尽きる。

というのがワシの考えです。

これさえ出来ていれば『あらゆる経営項目』が達成でき得る基礎だと思うからなんです。

会社の人数規模とか、事業部を増やすとか、ネット通販で、無闇に膨大な顧客を拡大するとかじゃなくて、自分の会社を、ずぅっと長きに亘って、利用してくれる『高リピーター顧客』を増やす事です。

顧客一世帯当たりの、利用金額を増やしてもらえる努力も、併せて大切です。

自己資本比率(返済不要の自己資本が全体の資本調達の何%あるかを示す数値)が高い事を優良会社だとか、安全だとか、世間では言われていますが、

本当にそうでしょうかねぇ?

自己資本比率が高くて無借金経営であっても現金が少なければ何かあった時に銀行が即、

融資してくれるとは限らないということを知っていなければなりません。

また多くの会社が、自己資本比率が高く、無借金経営とは行かないのが現実です。

そりゃ、内部留保金が年間粗利額くらいあって、無借金経営なら、大したもんですが、

一般の多くの中小零細企業が、そうじゃないんだから『より良く』会社経営をして行く為には、

むしろ、どれだけ銀行と良好な関係を持って、会社のキャッシュを多くしておくかが大切やと思います。

その為にも、毎月10日には試算表を出して、担当銀行員に来社してもらい(銀行に出向かなくていいから)

なぜ、先月良かったのか、なぜ、先月悪かったのか、今、こういう事に取り組んでいる。
という現状報告をやり続けるんですよ。ワシは昔から、やっています。

その真摯な姿勢を、まともな銀行なら、見てくれています。

でも支店長が交代するまで、ですがね(笑)

そして担当が交代しても、やり続けるんですよ皆さん。

中間報告は、言われずともすることです。

それが『人の道』やと思うんですがね。

あぁ自己資本比率ね。

借入した分を返済すれば自己資本比率は高くなりますが、

その分、現金が少なくなり体質が弱くなるんじゃないかと思う訳です。

少々高い金利を払っても(今時でしたら2%台の少々高い金利の事)

キャッシュを多く持って高リピーター顧客を拡大することに使って会社を成長させることが重要と思うんです。

金利は、会社を成長させるための必要経費と考えたらええのです。

金利で将来の利益を買うんです。

それには、経営方針に則った業務が日々実践されていないと上手く行きませんよ。

少々高い金利で借りて業績を伸ばすのと、
金利がもったいないからと、安い金利で借りて、または借入しないで、業績を落とすのと、

どちらが優秀でしょうか?

銀行に金利を払ってでも「額」を豊富にしておくことが大事だという考えです。

中小零細企業経営は、『率より額』です。

高リピーター顧客を増やすことと、社員教育と業務のインフラ整備にお金を使う、未来開発費という考えが大切やと思います。

そして年間返済元金を利益と減価償却で賄えるよう努力することが大切です。

つまり、一年間の利益と減価償却費(現金の支払いをしない経費)

の合計額が銀行借入の年間返済元金を上回るように努力し、

経営者保証を外してもらう事(社長の個人保証無し)です。

※売上規模が小さくても可能ですからね!

真のプロジェクト融資を受けながら、会社の経営をして行くことが大事やと思うのです。

その原動力が『高リピーター顧客』の拡大です。

ちなみにですが、うちの得意先の小売形態を執っている『会員制宅配会社』(主に食品)ですが、

まぁ、あなたの近くにあるスーパーマッケットと考えて下さい。

すごい⤴⤴なぁと思っている会社があるんです。

年商は約30億円。創業40年を超えている会社です。

そこの顧客は、わずか7000世帯で、お客さんは、その会社の商品を買うのに年会費1万円払って会員にならないと、

その会社の商品を買うことができないんですよ皆さん。

30億を7000世帯で割ると、年間約43万円の買い物をしているんですね。

43万円➗12ヵ月=約3万5千円。

皆さん、例えば一つのスーパーで食料品を、毎月3万5千円、年に43万円も買います?

しかも、年会費1万円支払ってでも。

絶大なる顧客からの、信頼があるから、利用し続けているんだと感じます。

日本一安全基準の高い会員制宅配会社だという評判なんですよ。
(その会社、うん億円もする放射能検知機器を自前で持っているくらいですから)

その会員制宅配会社もエモーションのルイボスティーを長年扱ってくれていて、毎月高い受注を頂いています。

仕事の連携というのはお互いの志の高さと、商品レベルの高さの両方が、

ある一定同じレベルでないと、出来ないものやと思います。

単なるネットワークじゃないんですね連携というのは。

志と商品や技術のレベルが、ある一定水準の高さ同士でないと、成り立たないもんやと思います。

ネットワークは、単に利害が一致する、とかで成り立ちますが、

クオリティーは低いと思うんだよね。

よく言う「win&win」というやつです。ワシは「win&win」って言う言葉は好きじゃないんだよね。ワシは「happy&happy」って敢えて言うてますよ。

志の高さと併せて、技術力、商品力の高さが同じくらいの者同士でないと、

長続きしないんです。

これを『連携』とワシは言うてます。

皆さん、単なるネットワークで業務をやっていませんか?

自問自答されたし。

一流とは、隅々にまで行き届いていること。

これはうち(エモーション)で『一流とは』の定義としている言葉なんですが、

今週ニュースでやってましたよね有名ファッション通販大手の社長のコメントを。

株価が駄々下がりで、本業に専念するって。
ニュースだけの情報ですが、その通販サイト会員だけは10%OFFという突然の施策が百貨店や、有力ブランドメーカーからの反発を買っているとニュースで言うてましたが、

まぁ、定価販売を守ってくれないのが嫌ならそのファッションネット通販会社に商品を

卸さなければいいと思うんだけどね。

自由価格で販売OKというメーカーだけが、オープン価格(定価を定めない価格)で卸せばいいだけのこと。

もし最初に定価を守って販売して下さい。

ということで約束していたんなら、その大手のファッションネット通販会社は、
商道徳に反すると思います。

売上が激減して来たからと言って不特定多数が買い物できるネット通販で、

その得意先のメーカーに断りなく、安売りに走るのは品性に欠ける感ありやね。

だから、隅々にまで行き届いている業務とは言えませんね。

販売メーカーも小売店も互いの商道徳を如何なる状況になろうとも貫いて行くのが

『商いであり経営』だとワシは思うとるんですよ。

数百億、数千億規模で売上を続けている小売店は、何かのキッカケで百億単位で売上激減というのは、あるんだよね。

で数百人、数千人規模のリストラが常識的になっている大手企業。

また各大手チェーン店の『有り得ない』動画投稿を見るにつけ、

世間でよく言われる、人手不足の名の下に、誰彼、雇ってしまい、

そこに『人の道』に則った業務指導が出来得ない常態。

そのような状態が常態だと言うとるんです。

やっぱり、オーナーと『共に働く』形態が、経営者も社員も本来なんだと思うのはワシだけでしょうか?

昔からワシの持論は、『スモールイズビューティフル』なんですが、

この意味は深いんですよ。

例えば経営者と社員5人くらいの会社やお店が、日本に1000万社になれば5000万人の雇用となり、その経営者が人の道を学び続けて、それを社業に反映させるならば、そこに働く社員にも波及し、その社員の家族にも波及して行くと、
ずっと信念として念(オモ)って来たんですよ。

勉強とか研修というのは、経営者と社員が、共に学ぶから会社としてモノに成るんです。

『共に在る』という思想と哲学は、会社、家庭、あらゆる組織に於いて、

基礎だという信念信条であり心情なんですねワシは。

皆さん『共に在る』ってことを忘れてはいませんか?!

幸福の原点の一つだと思うんですがねぇ。

既に百名以上の規模で会社運営しているならやねぇ、考えて考えて考え抜いて、

同じ職場の中でも、各部署別に10人以下のスタッフで分社化を考えてみるとか。

大型の飲食店舗なら、厨房の分社長の下に、社員が9名とか。
フロア別に分社化するとか。

※東京に最近できた6人くらいの別々のオーナーシェフが それぞれのフロアスタッフを

 抱え、一店舗で、和洋中様々な料理が食べられる店をTVで放映してましたね。
 一店舗のレストランで、違うオーナーが6人の厨房で、お客さんは、一つの店と思い込

 んで様々な料理が食べられる店の認識なんだろうけど、経営は別なんだよね。

色々考えて、考え抜いてみることくらいしたらええのに、と思う事があります。

斯く言うワシは、会社設立時から入社する前に必ず言うて来たことがあるんです。

うちの社員はひょっとして忘れてるかも知れませんが。
面接の時にパート社員の人にもこう言うて来ました。

『うちは、普通の会社やないからなぁ、業務を通じて、自分の人間性を磨いて行く努力をせん人は要らんのよ。単に業務が出来ているだけとか、業務をこなすから給料ちょうだい的なだけの人は、うちには要らんのよ。労働と給料の交換的なみみっちいもんの為に仕事してないからね。人間性と可能性を磨くことにチャレンジしながら、与えられた職務に

一所懸命にやりたいという人がエモーションの社員やから。』

的なことを言うて入社してもらいました。

だから、その後に経営指針に取り組み、経営の指針書を作った時にハッキリ明記しているんです。給料について、という項目に。

社長の考えを理解しようと努力すること50%与えられた職務を全うすること50%で100%とする。って。

社長の考えとは、社長の言うことを聞けじゃなくて、
この経営指針書全てを理解しようと努力することだと補足説明しています。

教育には、涙がなければならんと思うとるんです。
情がなければならんと思うとります。

人の道を教え育むのが教育だという信念なんですね。
だから、涙と情が不可欠やと思うのです。

そういう観点が無いから『人手』になってしまうんだろうね。

人数規模が数百、数千になって来るとそりゃあ、あんな動画投稿するアルバイト社員や、

正社員まで出て来るんじゃないかなぁと感じてしまいますね。

大手チェーンのFCオーナーに、この観点と、心情があれば、
ちゃんと涙と情を以て全社員に関わっていると感じるんだけどね。

社員とはフルタイムもパートタイムも短期アルバイトも、全部その会社の一員なんだから社員なんです。従業員という呼び方はワシは好かんのよ。
業務に従じる一員にしか感じないから。

勤務形態に関係なく、その会社、お店の一員なんだから、
社員なんだと強く訴えないかんのじゃないかと経営者仲間には言うてます。

一般的な社長は、フルタイムの社員と、パートタイムの社員やアルバイトの社員を、

心のどこかで分けていると言うか、差別しているんだろうね。罰を与えたら良いって言うもんじゃないと思います。

どんな人にも、良心が在るという考えなので社員一人一人の心の奥に在る良心に訴えるには、涙と情しか、無いんですよ。

だから、教え育む職場環境が出来て来るんです。

数十人、数百人居てもやねぇ、その経営者の念(オモ)いがあれば、そしてその経営者が、

人の道を人間の幸福とは何ぞや!を説けるような人物に成る努力をしていれば、

全社員に、社長訓話を毎月やればええのよ。

いくつも支店や店があるんなら、本社で訓話をしている状況をビデオ撮影し、

DVD にして各支店や各店に送り、その支店長や店長が、折りをみて、全員に、社長訓話の映像を見せる、聞かせる。

こういう事の継続しか人の道を感じる社風は出来んと思います。

何百人居るから、香川さんみたいに出来んわぁと言う人が居ますが、人の道を社風にするんだ!との強い念(オモ)いがあるんなら、

方法は浮かんで来るもんやと思うけどなぁ。

人の道の社風が形成されて来たら、人間関係でモメる、ことは激減し、離職も居なくなると思うのです。

決めるから、見えて来るんです!

あなたが、どんな会社を、風土を創りたいかを決めるから、
方法が見えて来るんだと信じてもらいたいと思った今週でした。

今週は、こんな事が浮かびました。これから生き抜けるか否かの分かれ目は、

あなたに『道』があるか、ないかである。どんな仕事どんな業務どんな生活をしていようが、

そのやっている事が、道に成っているか。道に繋がっているか。

を見つめ直してみることは、あなたの将来の為になると思います。

人間は自分の中の仏性(ぶっしょう)に気づくことが一番大事なような気がするんです。

仏性を分かりやすく言うと、あなたの心の中に存在する仏のような性質と捉えてみて下さい。

まぁ、真心、誠、良心であり本来の特性と考えると理解してもらえるでしょうか。

自分の仏性に気づくには、人間とは何ぞや?を、勉強することをしていないと、

中々自分の中にある仏性に気づくことはないかも知れないなぁと感じることがあります。

正に、禅ですね。

禅の目的は一言で現すと『以心伝心』ではないかと思う訳です。

つまり、心を以て心を伝える。

阿吽(あうん)の人間関係とでも言いましょうか。ちなみに、うち(㈱エモーション)の社是は

あ、社是とは『こんな会社でありたい。ということを一言で表した言葉』とワシは定義しているんですが、まぁそういうことと捉えて下さい。

『阿吽の人間関係』と定めているんです。

理由は阿吽の人間関係こそが、人間の幸福の原点に思えてならないからです。

社員皆が、相互に阿吽の人間関係が自然体で出来ている状態を目指しているんです。

これが、中々出来んもんです(笑)永遠のテーマかも知れません。

阿吽の人間関係が自然体で出来ている会社でありたいんです。だから、チャレンジしているんです。

こんな会社にしたい!とチャレンジするから充実が生まれて来るんだと思うのです。

人が、本来持っている自分の仏性に気づくことが禅であると思います。

でも自分の中の仏性に気づくだけではダメなんですよ。

自分の仏性に気づいたら次に、どのように、自分の中にその仏性を修めて行き、どのように現して行くのかを、

自分で決めて実践せないかんのです。これを禅定と言うんです。

だから常に意識していることが無意識の行動になっている状態が、禅定になるんです。

また禅というのは、本来は、入門する条件として、入門するまでにトコトン勉強している人しか、

禅に入門は出来ないと歴史は教えています。

人間の幸福とは何ぞや!を勉強して来た禅僧が、禅の修行をしている時、

何かがキッカケで、瞬時に自分の中の仏性に気づくんだと感じます。

そして、その自分の中の仏性を修めて行きながら、どう現して行くかの行動をして来たんだと感じます。

日本に於ける禅の始まりは臨済禅の覚心和尚こと法燈国師です。

この覚心和尚から直接禅を学んだのが、後醍醐天皇と楠木正成と足利尊氏の三人だけだと歴史は教えます。

この三人は、己れの中の仏性に気づき、日本を善くして行く為に、それを具現化して行った人物だと思います。

楠木正成と足利尊氏は後に戦う敵同士になる訳ですが、日本を善くして行くという『共通目的』がありました。

共通目的を果たす為に自分の中の仏性を現して、自分の果たすべき役割を全うした感があります。

だから600年も経った今日までも、その生き様が現代の学ぶ人達に示唆を与えているんですよ。

そういう観点で、今の政界をテレビや新聞やネットで見るからに、

与党も野党も共通目的があるとは、到底思えないと感じるのはワシだけでしょうか?

日本を善くして行くという共通目的を(政治に携わる人達は)持つということが大前提のはず、なのに。

政治に携わる人達が、自分の中の仏性に気づくことは、無い気がするなぁ。

理由は、人間とは何ぞや!人間の幸福とは何ぞや!の勉強をしているとは、感じないからです。

政治に携わる人達が、自分の中の仏性を具現化して行かない限り、世の中は善く成ってはいかんと感じます。

もっぺん言います。

本来、禅の入門は、入門前に、人間とは何ぞや!を勉強して来た人だけが入門出来るものだからです。

歴史から考えると、若い年齢で禅の修行を実践するから、自分の中の仏性に気づいても若くして悟るから、

その仏性を現して行く時間を得れたんだと思う訳です。

これが年齢を重ね過ぎて晩年に悟ったとしても、具現化してゆくのに、時間が余りにも足りなさ過ぎると思うのです。

我々が、自分の人生を幸福にして行ける唯一の道は、人間とは何ぞや!人間の幸福とは何ぞや!を早くから勉強して行くこと。

そして、自分の中の仏性に気づくことが出来れば、自分の仏性を現して行けば良いだけのことなんです。

これは誰にでも出来ることなんですよ。経営者もサラリーマンも主婦も、子供も学生も、です。

マザー・テレサの言葉にもありますね。

『あなたの中の最良のものを、世に与えなさい。けり返されるかもしれません。でも気にすることなく、最良のものを与え続けなさい。』と。

自分の中の仏性に気づき、実践している人は何が起こっても、ブレない生き方が出来ていると感じます。

だから、他人に振り回されない。『本来の自由』を、生きて行けます。

ただひたすらに、自分の中の仏性つまり、『自分の本来の特性』であり、良心であり、真心を現して行くだけで、ええのです。

何を他人の言動に心を振り回されているんですか!振り回されることなかれ。です。

あなたの真心を実践するだけのことなんですよ!ほんまに。

悟りを得た、禅坊主や人物は皆、己れの仏性を現して歩んで来たと思えてなりません。

我々も自分の中の仏性に気づくことは、或る意味、悟りを得たことに似ているんです。

でも『後悟の悟り』と言われるのは、悟った後の悟りが重要と言うことなんですよ。

つまり、有っても現(アラ)しめない限り、無いに等しいんです。

具体的に現して行くしか、持っていても持っていないのと同じなんですよ、皆さん。

こういうことを現代では、行動とか実践とかと言うてますが、闇雲に行動したって、いかんと思うんです。

自分の中の仏性を具体化する行動でないと、幸福とは言えないんだと、今週はメッセージします。

長々となりました。  

今週、後輩経営者からこんな話を聞いたんだよね。

「うちの町の借金は、税収と同じだけの額があるのに、前の町長の退職金が3000万だったそうなんです。たった四年の任期で、どう思います香川さん!」って言う話でした。それが世の中の仕組みなんよね。

町長、市長、知事という首長。わずか四年で退職金が数千万。

普通退職金って言うのは30年とか40年、同じ会社や役所に勤めて、もらえるもんやのに。
世の中、間違ごうとると言うか、おかしいわなぁ。何とかならんのかいなほんまに!

既得権益のある人達が自ら、その権利を放棄することは先ず無いわなぁ。

首長の退職金廃止の、法案化できんもんやろか。

行政が多額の借金しているのに、四年に一回退職金って、これこそ税金の無駄遣いやと思うのはワシだけでしょうか。

県市町の借金より税収がかなり上回っている実績を上げたとしても四年に一回の退職金と言うのは、やっぱり、おかしいと思うんだけどね。

その場合に限り退職金じゃなく、功労賞で、百万でいいんじゃないのかと感じます。

世の中ほんまに良くして行くには、この日本に、何百万人と居る『社長』という人達が、

縁あって雇っている社員を、確りと人格教育をしながら、経済活動をして儲けて行きながら、

社員に文化的な生活が出来得るだけの給料を出してあげる事しか、ないんじゃないかと思う訳です。

なぜ、会社で人格教育を、業務を通して実践することが大事で大切なのか?

理由はやねぇ、人格の劣る人達で仕事しても質の良い仕事が出来るはずがない!と思うのとやねぇ、

血の通う人間の集団なのに、経済活動だけの職場というのは味気無いわなぁ。

人間としての、人生を有意義に歩む考え方を社員達に常に発信しながら、

業務を実践して行くことがどんな会社にも出来得る社会貢献やと、ワシは思うとるんですよ。

法人税を多額に納めるだけが社会貢献じゃないんですよ。

納税を美とするんならやねぇ、社員の給料の所得税を多額に!で、
チャレンジしたら経営者であるあなたの役に立ってくれている社員が慶ぶと思うんだけどねぇ。

そうなって来ると、数千万人という社員(会社が数百万社だからね)が、

生き生きと人の道に則った生活が出来るようになると感じます。

それが実現して来ると社会全体の風土が変わって行くと思うんです。

『人の道』が世の中の風土になって行かんと是正はされて行かないと思います。

ワシは、どんな事が起きようとも、生き生きと生き抜いて行く為に必要なものは、智力だという考えで、会社を経営をし、人生を歩んどるんですよ。

智力は無くならないし泥棒にも盗まれないしね。

智力とは、知識であり教養であり、知識を実体験して悟る智恵であり哲学です。

だから、社員が将来困らないよう、人の道に則った業務の実践を通じて、

何が正しくて、何が正しくないかを判断できるように成ってもらいたいという一心で経営をしておるんですよ。

それが『仕事』というもんだと思うからです。

だから、人格教育をしながら経済活動をせな本来の経営には、成らんという考えでやっています。

でも大多数の会社が、経済活動しか、仕事と見なしていないと感じてしまうのはワシだけでしょうか。

だから今週もニュースでやってたやろ、店でふざけた行動を動画にアップしてたアルバイト達。

手が足りないからバイトを募集する。しかし人格教育の風土を作っていないし考えたこともないから、

あんな事をしてしまう従業員が出て来るんだと感じるわな。経営者の『教えざるの罪』です、ハッキリ言うて。

まぁ、経営者の人生観社会観、哲学、経営の価値観に、社員への愛が欠如してるから人格教育なんて考えもせんのやと、ハッキリ言うときますワシは。

愛があるなら、社員が人の道を考えながら、与えられた職務を責任を持って果たして行く為に、

自主的に伸び伸びと働ける職場環境を創って行く努力をしているはずなんやけど。

皆さん、何の為に仕事をしているのかを、いずれ来るであろう死から逆算して内観してみると、あなたの価値観に良い影響を与えるかも。

と想像してみてほしいと思った今週でした。


世間に耳を傾けたら、相続税対策だとか、資産運用だとか、物質財産のことを、どうしたら有益かという事に、関心や話題が氾濫している感がある今日この頃ですが。

申し訳ないですがワシから言わしたら、
ナンセンスなんよね。

たった一度しかない人生なのに、頭と心の使い方が物欲過多なのはどうなん?ということなんです。

あなたは、そういう事しか頭にないの?と思ってしまいます。

そういう事より、

自分の『究極の幸福像』に、如何なる思考と行動が近づくのか、

考えてみたらええのにと思いますね。

人間に平等に与えられている共通のものは、時間しかないはず。

金持ちも、そうでない人も時間だけは、どんな人にも平等なのに、

なぜその時間の大多数を、物欲に費やすのかね?

まぁ先祖代々、多額の物質財産を引き継いでいる方々の心中は慮(おもんばか)れます。心中お察し申します、なんですが、

いやはや、お金が人生の第一の価値のような生き方には、批判はしませんが、

人生観、死生感を考えてみたらええのでは?と感じるんだけどね。

『時は金なり』ではないのに。時は、文字通り時間。

いくらお金用意しても過ぎた時間は戻って来んのにね。

一日経過するごとに、死に近付いているんだから、時間は命とも言えます。

だから、『時は命なり』なんです。

言うときますが、

あなたに『甲斐性』がある間だけ『所有権』というものが付くだけのことなんですよ、そう思いませんか。

いや、そう考えてみて下さい。

そんな『所有権』という権利を手にするから相続やら、更に増やす為の運用やら、いつか無くなる物なのに囚われてしまうんですよ。

執着してしまうんですよ。命である時間と引き換えに。

いずれ人間、死ぬのは明らかなのに、銭、銭、銭、金、金、金、物、物、物と、
それが第一義のように飽くなき物欲に、心の中の大部分を占めている人達。

お金や物的財産は、自分の理想を実現させる為の道具やという認識ですワシは、ね。

だから『これだけ稼ぎ続けたい』という目標数値はありますよ当然に。

実現の為の道具は揃えないかんからね。

でも、それ以上欲しいとは思わんのよ。

『ちょうどいい』が、どんな人にも、良いんじゃないかなぁと思うとるんですが、ね。

収入はいくら欲しいのか?

その理由を明らかにせよ!なんよね(笑)

なぜ、自分はその希望する収入が得たいのかを、周囲の人達が理由を聞いた時「なるほど!」と、思ってくれるものですか?

なぜ、これが欲しいのか?

安いから買っとこ的な事、よくやってませんか?

安物買いの銭失い。に陥らないようにね。

なぜ、自分はいくらの収入が欲しいのか?

その理由が第三者から見て『あんたは立派やなぁ』と思ってもらえるものなら、ええんですけどね。

自分で自分の心に問い続けてみるのは、良いことと思います。

自分の究極の幸福像を描いて、逆算して行くと、何が第一義かが、見えて来るように思います。

沢山お金を稼ぐのは、ワシも賛成ですよ。経営者だから当たり前です。

社員が居ますからね。

理想の零細企業(輝業)を目指すという皆の心一つに、

今の給料の3倍は支給してやりたいと思うとりますから。
本業で稼ぎ続けたいんです。

だからワシは、本業での儲けることには大いに関心ありですが、

本業以外の儲け話には関心が無いんだよね。

会社に営業の電話が掛かって来るでしょ。

「資産運用のご提案なんですが、、」って。

決まってこう言うてます。

「本業以外の投資には全く興味ないし、何で知りもせん、飛び込み営業の人に金預けんならんのかねぇ?
するんだったら自分の知り合いの中から信頼置ける人にするもんでしょ。」って(笑)

商人つまり経営者は、儲けに関しては、本業以外の他事(ホカゴト)を考えん方がええと思いますがねぇ。

大事なのは、そのお金を何に使うのかを、ほんまに考え抜いていますか?ということを皆さんに投げ掛けてるんですよ。

お釈迦様の言葉に、

『全てが、あなたにちょうどいい』

という言葉があるんですが、

今のあなたに、

ちょうどいい誰々が居るんです。

ちょうどいい環境になっているんです。

今のあなたに、ちょうどいい配偶者、

今のあなたに、ちょうどいい子供、

今のあなたに、ちょうどいい親、

今のあなたに、ちょうどいい社長、

今のあなたに、ちょうどいい部下、

今のあなたに、ちょうどいい友人知人

今のあなたに、ちょうどいい何々。

ちょうどいい収入になってるんです。

だから、今何かしらの不満要因があるんならやねぇ、

あなたが、成長するしか無いんだよね。

自分と、自分の大事な人達の『人間性と可能性を成長』させて行く思考と行動に、今の自分を変化させて行かんとね。

自己変革って、そういうことやと思うんだけどね。

いや、変革やなくって維新やね。

維新とは、自分の内面の良い特性を発揮して自分の内面の悪いクセを克服して行くことを言いますから。

自己維新というワシの造語をプレゼントしますよ。

自己維新することは、決して自分だけの為やないような気がするけどね。

あなたが、成長して行くと、

『全てがあなたにちょうどいい』んだから、

ちょうどいい何々を、周囲に持つことが出来るんだと思うんだけどね。

どう思いますか?ワシの考えをあなたは?

別に賛同せんでええんですよ。

あなたが、成長する為の考えるキッカケになれば、と閃いたので、

メッセージしました。

本当に相手の心配をしているんなら、注意や文句を言うんじゃなく、

やってあげればいいんです。黙って。

言ってあげたい事があるなら、何百回でも、何千回でも言ってあげたら、

いいんです。

何故なら、
何がキッカケでスイッチが入るかも知れんからです。

相手の為です。

でも相手が言った通りにしなかったから、といって腹を立てたり、苛立ったり、文句を言ったりしてはいけない。ということなんです。

ここが、人間難しいんですよ。

ワシも昔からチャレンジしとりますよ。

こう考えてみて。

あなたを成長させてくれる為に、

言っても、言う通りにしない身近な人を天が配剤してくれているんだと。

捉え方で自分の生き方が変わって来ると思うんだけどねぇ。

イライラ😒💢💢させる人は、ひょっとしたら居ないのかも?って。

イライラ😒💢💢している自分が居るだけ。なんだと。

こじつけでもええのでいっぺん、そう捉えてみてよ、ほんまに。✨

人は、人それぞれ。

だから、

『自分の持っているカードで戦うしかない。』んですよ。

何で、持ってもない、カードで戦いを挑むのかねぇ?

あなたの『持ちカードは何?』って、内面に問うてみるといいかもね。

世の中に、イライラ😡⚡させる人は、居ないんだ❗と、いっぺん、
言い聞かせてみてよ。

イライラ😡⚡する自分が居るだけなんだ❗と言い聞かせるのよ。

ここに成長のヒントがあるように思うなぁ、ワシは。

対人関係は、%なんよな。

つまり、あなたを賞賛する人50%。

あなたを批難する人50%。

人数じゃないんです。

あなたを賞賛する人が50人で、あなたを批難する人が50人じゃないんですよ。

ひょっとしたら、
あなたを賞賛する人が98人で、
あなたを批難する人が2人かも知れんのですね。

でも%は賞賛する98人が50%の力で、批難する2人が50%の力かも知れんのですね。

その批難する2人が、配偶者だったり、親や子供だったり、部下だったり、

するかもね。😱😱

だから、有り難いんだと捉えてみて下さい。

批難されなたくなかったら、周囲の人の話を『聴く』ことから始めなくては始まらんのですが、

人の話を聴くのは、
相手に対しての尊重の気持ちがないと聴けるものではありませんからね。

訓練して『聴ける』ようにはならないと思うんです。

相手に対する尊重の気持ちが、無いと中々聴く耳持てないやろう。

振り返ってみて下さいよ、思い当たる節があるでしょう。

自分は一所懸命やっている。なのに周囲は、全然分かってくれない。

と思っている人へ、

無意識に、あなたが、ドアをバーンと閉めたり、ツン気(け)な態度をしたり、

してませんか?

そういう人を見て、誰も好意的には、してくれんもんですよ。

人間、感情が溢れているから、カチン❗と来る事、一杯あるでしょうが、

カチン❗と来てええのです。人間なんやからね。

でもその後のあなたの行動は『あなたが決めることが出来る。』という

『自由』があるんですよ。

如何なる状況に置かれても、自分を見失わないことを本来『自由』と言うんです。
哲学的には。

どっちを選ぶとか、
好き嫌いとかの選択の自由のような薄ぺらいもんじゃないような気がするなぁ。 

考え方、捉え方、見方を考えて、本来の自由な生き方をしたいもんです。

あの人からも、
この人からも、
あっちの人からも、
そっちの人からも、

賞賛されたい。って?

贅沢言うなっ!と言うときますね(笑)

仕事も、そう。

『いいとこ取り』しようって?

ケチ臭いなぁ。

いいとこ取りは、モノに成らんと思います。

一生涯に於いて、
長ぁ~い目でみたらという意味です。

『徹美』と言う言葉があるんです。

徹することは美しい!

と。

人生アッと言う間ですよ。20年、30年アッと言う間やで。

徹しましょう。

徹することは美しいです。美しく生きましょう。

先が見えないから不安だって?

バカを言っちゃいけません。

あなたが、あなたの、生き方を『決める』から、徐々に『見えて』来るんですよ。

こんな生き方をすると『決めて』もないのに見えて来るはずないのとちゃうかなぁ。

決めたら、徹っしましょう。

それだけ、やでぇ。