会社の規模が100人超えていて、業績の良い社長達がよく言うことに、

 

新たな事業を創って、新たな雇用をして行くのが成長だと。

 

その意見に異論はありませんが、皆がそれを目指さないとダメとか

 

事業の拡大のみが成長だと言うのは、ちょい違うと思うとるんですよ。

 

業績とは何ぞや。

 

成長とは何ぞや。

 

あなたの定義を明らかにせよ!なんです。

 

その定義は『全社員の人生の充実』につながるものですか?!

 

ひょっとしたら社長だけの、社長の家族だけの、

 

人生の充実につながるものに想いが至っていませんか?

 

規模を大きくしたばかりに権利と義務の関係が強くなり過ぎていませんか?

 

もし、そうならそれは成長ではなく、膨張になっている感ありですね。

 

縁あって会社に集う、全社員の人生の充実につながるものでないと,

 

社長自身の人生は充実しないんだけどねぇ。

 

定義によって意味の深さが変わって来るんだよね。

 

ワシは業態や経営者の性格によって、

 

めざす規模が違っていて当たり前、という価値観です。

 

まぁ経営戦略というのは経営者の性格に反映されるもんですから。

 

良い悪いではなく、

 

社長の性格が大なり小なり反映されてますから。ほんまに。

 

一社一社が、生き生きと躍動を続けて行く為に、

 

その会社その会社に相応しい規模があるんだと思うんです。

 

の中、役割分担で成り立っていると思うとるんです。

 

数人規模の会社を運営するから輝ける会社。

 

数十人規模で運営するから輝ける会社。

 

数百人規模で運営するから輝ける会社。

 

数千数万人規模で運営するから輝ける会社。

 

事業が拡大して来たから人を雇用して行き、

 

人数が100人超えて来て、

 

今までは、社内のコミュニケーションも一人当たりの粗利額も良好だったのに、人数増えて来ると、今までしなくて済んでいた、

 

様々な施策が増えて来て複雑になることは否めないし、

 

いわゆる大手の論理、

 

いわゆる経済至上主義の会社運営をしていかないと、

 

事業が成り立たなくなって行くんですよ。

 

今までは、この愛する商品を売りたい。

 

このサービスで繁栄したい。と心スッキリとやっていた事が、

 

人数が増えたばっかりに、売れそうな商品を探して来て売ったり、

 

本心は、あんまりやりたくない事業だけど、

 

利益になるから(社員は喜んでもないのに)

 

やらざるを得なくなったり、

 

何であの会社、あんな商品まで売るんだろうか?

 

あぁ、人数400人規模になっちゃったから、

 

所帯を維持するの大変なんやろぅなぁ。

 

次々と新商品出し続けて行かないと、

 

同じ商品がその規模を維持するまでの売上になっていないからなんだと感じる会社、多いような気がするなぁ。

 

また流行って来たから店をどんどん出店しては、数年でスクラップし、

また出店。

 

近くならまだしも、

 

遠隔地なら、そこで働いていたパート社員達の生活、

 

考えたことあるんだろうか?と感じる会社も、多いような気がするなぁ。

 

そこに『血が通う』仕事ができなくなって来るとしたら、

 

本末転倒じゃないかと感じるんですよ。

 

様々な価値観の社長がいますが、

 

今からワシの言う捉え方で会社の形態を決めている人はどれくらい居るだろうか?

 

というのが今週のメッセージです。

 

ワシの価値観は、自分の魂に備わっている『良心』に、

 

相応しい形態で会社運営せよ!なんです。

 

ま、ワシは、そうして来ました。

 

振り返ると、人生目的がハッキリと産み出るまでに、

 

63ヶ月365睡眠時間掛かりました。結果的に。

 

それくらいの時間は、掛かるんじゃないかと感じます、

 

自分の魂の良心に向き合い続けていると。

 

何の為に経営するのかを一言で表した言葉を経営理念と言います。

 

つまり人生経営の理念が人生目的と言うことです。

 

人生経営の理念が

 

『志高く、らしく生きる』と言う言葉が産み出たんですね。

 

自分も社員も、自分らしく生き切ってほしい。

 

それが志高いものであってほしいという願いです。

 

人生を懸けて値する、人生目的に成り得る。と感じています。

 

永遠のテーマですね。

 

自分の魂の良心を実践して歩むからです。

 

これを読んでいる社長の皆さん、

 

あなたの魂に備わっている良心に相応しい形態で会社を運営していますでしょうか?!

 

この『魂に備わっている良心に相応しい』って価値観で、

 

考えたこと、捉えたことありますかねぇ?

 

社長じゃない人達にも同じことが言えるんですよ。

 

あなたは、あなたの魂に備わっている良心に相応しい行為をしていますか?

 

この行為を『自分らしい』と言うのです。

 

自分勝手とは全く違うんです『自分らしさ』は。

 

この行為を『自分らしい正しさ』と言うんですよ。

 

良心=らしさ

 

自分勝手=自我

 

会社運営で、10人未満の規模なら、

 

『人格的民心の統一』が可能に成ると思えるんですよ。

 

分かりやすく言うと、

 

経営者の人格で以て、社員全員の心が統一されて行く。

 

ということなんです。

 

社員は、社長の人格に照らして、自分の価値基準を考えて歩めると言うことなんです。

 

合意と納得の経営が為されて行けます。

 

社員全員が社長の人格を見て、

 

社員が相互に心通じ合うことが可能に成る規模だと思うのです。

 

10人を超える規模だと民主的合議制に成らざるを得ないと思うんです。

 

経営者自身の日々の姿を身近で見せることが出来ないから、

 

社員に魂を伝えることができないと思うんです。

 

社員全員が、相互に心通じ合うことは人数が増えれば増えるほど、

 

相互には通じ合うことは中々、いやいや困難極まりない感じがします。

 

不可能だとは言いませんが。

 

社員全員が、相互に心通じ合わないのはワシは嫌なんです。

 

だから10人未満の規模が好きなんです。

 

自分らしい規模なんですよ。

 

だからなんよ。

 

如何なる状況に置かれようとも、心腐らず、

 

次々と工夫のアイデアが湧き出て来ているのは

 

『自分らしい』スタイルで歩んでいるからだと感じますね。

 

その規模で、他人が羨む会社を経営し続けて行きたいんですよ。

 

まぁ羨ましがられなくて、ええんですけど。

 

10人未満の会社規模で

 

社員全員が相互に心通じ合い、経営者の人格によって、社員皆の心が統一されていて、社員全員が合意と納得(給料や福利厚生や、仕事の内容や配置)の会社運営が為されていて、共通の目的に向かってそれぞれが自分の能力を発揮し、

 

自覚のある役割分担で日々の業務が実践されている。

 

そしてお客さんと社員の家族と社員から愛され続ける会社が運営されている

状態が、ワシが好きな経営なんです。

 

これを実現可能にして行く規模を考えた時、

 

10人未満が可能性として高いんじゃないかと考えておるんです。

 

10人未満から、事業が自然体で拡大して行ったなら、

 

16人までの人数なら、可能性高いと思うのよラグビーを見て感じましたね。

 

ラグビーは15人の選手と監督の16人チーム。

 

ワシの考える、理想の会社人数は社長含め、16人までなら、

 

血の通う熱と光を与え合える太陽のような会社運営が可能なんじゃないかと

感じます。

 

このような会社が、

 

世の中に500万社出来たとしたら約5千万人の、

 

心温かい雇用が、可能に成るという想いがワシにはあるんですよ。

 

これ実現したら、日本はグッと善く成ると思うんです。

 

だから日本の零細企業のモデルケースをめざしているんです、うちは。

 

うちだけでは、日本は変わって行かないから10人未満の起業家が、

 

大いに増えてほしいと願っているんです。

 

人格的民心の統一に、チャレンジしながら、

 

皆が合意と納得ゆく、

 

(心の)統一ある(事業)発展を目指しませんかと訴え続けておるんです。

 

統一のない発展は分裂を呼び、発展のない統一は衰退を招く。

 

と言いたいのです。

 

あらゆる組織は、この『統一ある発展』が、

 

家庭と会社という組織で具現化している数が増え続けてほしいのです。

 

その集合体が地域であり、国家なんです。

 

良質な国家の縮図が、家庭であり、会社なんだと強く訴えるものです。

 

 

 

 

 

 

経済的に儲けている人が、自分の価値観を話しているのを聞くと、

 

 

 

そうだなぁ、と思う人が居れば、

 

 

 

経済で儲ける事よりも人間としての生き方の価値観を話している人の話を聞くと、

 

 

 

そうだなぁ、と思う人も居る。

 

 

 

自分の生きる価値観を確立出来ていない人が振り回されている感ありですね。

 

 

 

右往左往するんです。

 

 

 

人それぞれ価値観が異なるんだから、振り回されてはいけません。

 

 

 

自分の『成功』の定義を持つと、ストレスが溜まらないのに。

 

 

 

自分の『成功』の定義を確り持っていない人が、

 

 

 

他人の『成功』の定義を聞くから、振り回されてしまうんですよ。

 

 

 

自分の『成功』の定義を確り持っていれば、それ(他人の意見)

 

参考書に成ります。

 

 

 

自分らしく生きていない人が多いから、

 

 

 

ストレスが溜まるんじゃないでしょうか。

 

 

 

『正しさ』にも人それぞれの価値観があります。

 

 

 

地球規模で言うなら、

 

イスラム教徒の正しさの基準は、アラーの神の教えです。

 

 

 

キリスト教徒の正しさの基準は、エホバの神の教えです。

 

 

 

じゃあ日本人の正しさの基準は人の道です。

 

 

 

人の道と言っても、

 

人それぞれに、価値観の違いがあるかも知れません。

 

 

 

人の道=正しさとするならば、

 

 

 

正しさとは何ぞや?

 

 

 

正しいの日本の語源は

 

 

 

『唯、坦々と何々らしい。』と言うことなんです。

 

 

 

淡々というのは、

 

唯、意味なく時が過ぎて行く様です。

 

 

 

坦々というのは、

 

責任を持って、自分のやるべき事を、唯コツコツとやっている様を言います。

 

 

 

だから、

 

 

 

唯、坦々とあなたらしく。

 

 

 

唯、坦々と自分らしく歩んだら良いのに、

 

 

 

誰かに迎合したりしていませんか?

 

 

 

何かに迎合したりしていませんか?

 

 

 

やれ、お金だ。

 

 

 

やれ、人だ。

 

 

 

やれ、何々だ。

 

 

 

振り回されてはいけません。

 

 

 

唯、坦々と自分らしく歩みましょう。

 

 

 

それが、あなたに相応しい正しい道だと思うのです。

 

 

 

信念持って歩んでいると言う人がいますが、

 

 

 

そのあなたの信念は、

 

 

 

唯、坦々と自分らしいですか?

 

 

 

今一度、内観してみて下さい。

 

 

 

正しさは、唯、坦々と自分らしく生きている状態だと思うので、

 

 

 

あなたの、その信念、ほんまもんですか?

 

 

 

ほんまもんの信念ならストレスは溜まらないと思うんです。

 

 

 

唯、坦々と経営者らしく。

 

 

 

唯、坦々と政治家らしく。

 

 

 

唯、坦々と医者らしく。

 

 

 

唯、坦々と主婦らしく。

 

 

 

唯、坦々と先輩らしく。

 

 

 

唯、坦々と後輩らしく。

 

 

 

全てに於いて、

 

 

 

唯、坦々とあなたらしく歩む為には、

 

 

 

自分の命の使い方を、自分の良心に照らして考えてみるんですよ。

 

 

 

そして、自覚ができたなら、その自覚を果たす事だけに坦々とやれば良いと思うんです。

 

 

 

命の使い方を『使命』と言うんです。

 

 

 

自分が自覚した使命を唯、坦々とあなたらしく果たして行くのが、

 

 

 

あなたの正しい生き方だと言いたいのです。

 

 

日本の法人の約7割りが赤字経営だと言われて数十年続いていますが、

 

 

 

よく経営の勉強会で、

 

 

 

『時代の変化に事業を対応させて来た会社が生き残る。』

と言われて来ました。

 

 

 

でもこの言い方だと、

 

 

 

あぁそうかぁ。という程度の印象しか残らない社長達が多いような気がしているんです。

 

 

 

何となく分かるけど、具体性を感じないからボヤけてしまうんだと思う訳です。

 

 

 

また、理屈では分かるけど、自社がどうやって行けば良いのか思い浮かばない。

 

という人は多いと感じます。

 

 

 

だから、ワシは昔からこう言うて来ました。

 

 

 

『資金繰りの上手な会社だけが生き残る。』です。

 

 

 

そう思いませんか。

 

 

 

この表現だと、多くの人達に理解しやすいのではないですかねぇ。

 

 

 

資金繰りを上手にして行きながら、事業を整えて行くことが出来ますから。

 

 

 

だから、地域の金融機関と良好な関係を築きながら、

 

事業資金をショートさせない努力が必要なんですよ。

 

 

 

そりゃ、無借金経営が良いのに越したことはありません。

 

 

 

が、如何に無借金経営でも事業のキャッシュが回らなくなったら、

 

会社運営はストップします。

 

 

 

当たり前のことです。

 

 

 

だから財務内容が良くても、少しは借入して銀行に対して常に、

 

中間報告と将来ビジョンを話している姿勢が大切やと思う訳です。

 

 

 

資金繰りを上手にして行く為には、

 

 

 

事業に、

 

着実性があること。

 

収益性があること。

 

今やっているビジネスモデルに持続性が感じられること。

 

そして発展性を感じること。

 

 

 

この『四つを包括』している事業になっているかを、

 

自己チェックすることが大切です。

 

 

 

当然、経営者が誠実であり、やる氣があることが前提です。

 

 

 

如何なる状況に置かれようとも己れを見失わない精神力を常に持続していること。です。

 

 

 

信念に裏打ちされた、経営の指針に則った、そのような業務が為されている事実を、銀行にも見てもらうことが大切です。

 

 

 

そういう姿勢を担当者に見てもらっても、

 

ほとんどは現場を見ない、保身だらけの銀行支店長ですから甲斐がないですが、

 

 

 

けど、融資を伸ばして行くことは銀行の本業だから、

 

 

 

観てる人は必ず居る!と信じて、己れの役目を果たし続けましょう。

 

 

 

金融の勉強もせないかんですよ社長は。

 

 

 

社長から経営者に昇華せな、会社は続かないんちゃうかと感じています。

 

 

 

資金繰りさえ、常に出来ていれば、会社は運営出来ますから。

 

 

 

運営しながら、整えて行くしか、我々凡人はやれないし、出来ないんですよ。

 

 

 

資金がストップした時に、会社運営がストップします。

 

 

 

赤字続きでも、資金繰りが出来ていれば、会社は運営出来るんです。

 

 

 

黒字続きでも、資金繰りが出来なくなったら終わりですから。

 

 

 

是が非でも資金を繋ぎながら会社をちゃんとして行く、

 

あらゆる面を整えて行くんです!

 

 

 

あと、赤字続きの会社社長は、ついつい弱気になり勝ちですが、

 

 

 

卑下するなかれ!

 

 

 

赤字続きでも、社員が居るなら、給料払っているんだから、

 

 

 

所得税と最低限の法人税を納めているんだから、卑下すること無いんです。

 

 

 

世の中の7割り以上の会社が赤字だと昔から言われていますが、

 

 

 

所得税と最低限の法人税を納めているんだから卑下せず、

 

 

 

上手に銀行を活用するくらいの力を、社長が身に付けて、

 

資金繰り上手になって、数年掛けて、いや十数年掛けてでも、

黒字経営にして行く努力。

 

 

 

そして、社員の給料を多くして所得税を沢山納めながら会社の貯金もして行きましょう。

 

 

 

と言って実践して来ましたよ、ワシはね。

 

 

 

資金繰り上手な会社だけが生き残る。という表現なら、

 

 

 

多くの人達に分かりやすい表現でしょ。

 

 

 

資金繰りが上手に出来ないというのは、

 

 

 

銀行から見て融資するに値しない事業で、

 

融資に値しない経営者の考え方だからじゃないでしょうか。

 

 

 

身近な人にだって伝える能力が乏しければ、

 

 

 

理解してくれないのにましてや、

 

地域の金融機関にちゃんと訴えるそして伝える行動をせな、

 

 

 

関心持ってもらえんですよ。

 

 

 

資金繰り上手を実践して行く為にも、経営の王道を着実に歩むことと、

 

社会の流れを読みながら資金繰りのプロに成らんといかんですよ!

 

ほんまに。

 

 

 

そうせな会社運営出来んなるで!

 

 

 

 

 

 

今週は、うちの社員がお客さんとの電話応対に、あたふたしていたことがあったので、エモーションの仕事の流儀、エモーションの社員の心の在り方を、

 

タイムリーに指示したこと(伝えたこと)を含めて皆さんにメッセージしますね。

 

 

 

気づいたらスグする。

 

これコツやと思うのです。

 

 

 

『後で』は全部が全部ではないですが、ダメなんよね。

 

『後回し』に、あんまり良いことはありません。

逃げの心が、見え隠れするからです。

 

 

 

気づいた事、示唆しなければいけない事を、会議やミーティングでやろう。

 

ではモノに成らんのよ。(社員も、忘れがちになるしね)

 

その場で、指摘し示唆しないと、身に付かないんですよ。

 

 

 

その社員に伝えた事。

 

 

 

先ずいきなり言うたのは、

 

 

 

相手に対する『理解納得してもらいたい!』という思いの強さの問題や!

 

 

 

その気持ちが薄い証拠や。

 

 

 

社内で何か変更事項があることを、お客さんに伝える時、お客さんが、

 

今までとは違うのは『何で?』と瞬時に脳は感じるもんや。

 

 

 

だから、先ず『何故?何故ならば。』を丁寧に理由を述べることが大事なんよ。

 

 

 

そしたら相手が『なるぼど、そういう事情ですか。』と脳が感じるように

 

持っていってあげるんよ。

 

 

 

エモーションの事務所の壁に貼っている

 

『支持される商品特性』の一番最後の項目(そこまでやるか!の精神)が、

 

自分と会社の成長の基点やから。

 

 

 

『そこまでやるか!の精神』を今一度、味わうように読んでみてん。

 

 

 

お客さんには、なぜ?なぜならば。をハッキリと、先ず先に伝えることが、

 

その後のコミュニケーションをスムーズにするんやから。

 

 

 

お客さんが『何で?』と感じる点に、

 

 

 

『その理由はですね、こうこうこういう理由で、このようにさせて頂いています。』と、

 

 

 

何故ならば。を説明することが、相手に『なるぼど、そうなんですね。』

 

と感じてもらえるんやから。

 

 

 

今すぐ、お手紙書きなさい。

 

 

 

何故?何故ならば。を丁寧に、相手が理解納得出来る内容の手紙を書いて。

 

 

 

で、下書きしたら、ワシに見せえよ。よぉ~に考えて、文章能力を上げる。

 

自分で考え抜かないと成長には成らんから。

 

ワシが書いたんでは、自分の成長に成らんやろ。

 

 

 

めんどくさがっては、いけません!

 

 

 

自分と会社が、めんどくさいものに陥ってしまうから。

 

 

 

そこまでやるか!の精神(一人一人が自分の責任を追求する姿勢のこと)を、

 

 

 

自分が共感できなければエモーションの仕事には成らんから。

 

 

 

指針書の『存在意義』を、よくよく読み返して下さい。

 

 

 

これをしていなければエモーションが存在する意味がない!

 

という一言で表した言葉やから存在意義は。

 

 

 

『可能性への挑戦』がエモーション社員全員の存在意義やから、

 

 

 

全員が自分の内面の、可能性へ挑戦していないと『らしく生きる』に成らんから、宜しく😉👍🎶というものでした。

 

 

 

お手紙出した二日後、そのお客さんから、注文の電話がありました。

 

 

 

で『よく理解出来ました。』と電話口で言ってくれたようです。

 

 

 

あれ、手紙出してなかったら、お客さんは『何で?』のままになっていたと感じます。

 

 

 

こういうように社員には、先ず道理を説き、実務をさせ、

 

結果が良かった時、情理が納得出来るんですよ。

 

 

 

ちなみに『そこまでやるか!の精神』とは、

 

 

 

自分の可能性に120%挑戦している。という状態のことを言っています。

 

 

 

ついつい、めんどくさいなぁ、と感じてしまう己れの感情を、

 

自分の成長という感情で克服出来ている状態でないと、皆が幸福に向かわないんです。

 

 

 

例えば高校野球。

 

 

 

甲子園優勝を目指しているチームの全員が、

 

 

 

そこまでやるか!の精神を『ハイ!喜んで』の気持ちでやれない人が、居るとしたら、

 

 

 

その人は、一緒のチームに居てもらっては困るんですよ。

 

 

 

全員が出来る出来ないじゃなく、甲子園優勝を目指しているんだから、

 

 

 

全員の気持ちが、そこまでやるか!の精神で『ハイ!喜んで』で、

 

実践出来ていないと、無理でしょ。ほんまに。

 

 

 

出来る出来ないじゃないんです!

 

 

 

皆が、そこまでやらなければ、全員で人生の充実、幸福に成らんのよ。

 

 

 

エモーションでは、こうも明記していますよ。

 

 

 

オンリーワンから、シャイニングワンへ。

 

 

 

シャイニングワンからプレジャーワンへ。と。

 

 

 

シャイニングワンとは一人一人が輝いている状態。

 

 

 

プレジャーワンとは、一人一人が喜びを分かち合っている状態。

 

 

 

世の中の会社は、オンリーワンを目指しているところが多いと思うんですが、

 

 

 

自分で言うのも何ですが、

 

 

 

エモーションは、既にオンリーワンは成し得ています。ずっと前から。

 

 

 

北斗の拳のケンシロウで言うなら、お前はもう死んでいるですが、

 

 

 

エモーション、お前はもう、オンリーワンに成っている。

 

 

 

そこに留まっていては成長は無いんです。

 

 

 

スグ崩れて行くもんです。会社は生き物やから。

 

 

 

社員一人一人が、輝いている状態で、居続けなければシャイニングワンには成らんから。

 

 

 

そして、エモーションの社員一人一人が、自分の縁ある周囲の人と、

 

慶(よろこ)びを分かち合っているプレジャーワンの状態を目指さないと、

 

躍動が止まってしまうから。

 

 

 

ついでに言わしてもらいますが、

 

 

 

商売をしている人達が社長達が集まっている『会』に所属し、参加していますよね。

 

 

 

その狙いの多くは、人脈創りだと思う訳です。

 

 

 

人脈を創ろうと時間とお金を割いて、

 

人脈が作れて自分の商売につなげたいという感情が流れていると思うのです。

 

 

 

なのに、ワシが残念やなぁと感じてしまうのは、

 

 

 

そもそも『人脈』という定義を考えたこともないんじゃないかと、

 

感じる人達が多いなぁと思う訳です。

 

 

 

ワシの人脈の定義は、

 

 

 

『信頼関係の構築された知人』としているんですね。

 

 

 

じゃあ、信頼関係ってどうやっていれば築けるのか?

 

 

 

単に知り合いを作るだけでは人脈に成り得ません。

 

 

 

そりゃそうでしょ!

 

 

 

誰かこういう人を紹介してよ。って頼まれても、安易に紹介は出来ませんからね。

 

 

 

知っては、いるけど、仕事のクオリティーとか、人間性とか、

 

 

 

その人との信頼関係がなければ、ワシはよう紹介は出来ません。

 

 

 

だから知り合いを沢山作っても、しょうがないんですよ。

 

 

 

信頼関係の構築された知り合いでないと。

 

 

 

なぜ、人脈創りを目的の一つとして参加しているのに人脈が出来ない人の特徴を言うと、

 

 

 

社長達が所属する会はある種、勉強会というものが多いように感じますが、

 

 

 

そもそも勉強会に参加する目的は、自分の心を澄ませ精神性を高めながら、

 

自己変革するところに最大の関心がなければ本当じゃないんです。

 

 

 

自分の内面に存在する良いもので、

 

自分の悪いものを克服して行くことが自己変革に成るんですね。

 

 

 

何年所属していようが自分が『ゲスト意識』(お客さん意識)のままでは、

 

 

 

単なる知り合いにしかならないと感じるんです。

 

 

 

やっぱり『キャスト意識』(お世話する側)を持って、

 

取り組むところに、気付きがあり学びに成って行くもんです。

 

 

 

高い理想に向かって、共に苦労するから、

 

人脈って、築いて行けるもんやと思います。

 

 

 

単に知り合いになるだけでは、人脈は築けないんですよ。

 

 

 

いつまでも、お客さん意識の人は、学びにも成らんし、モノに成らんと思います。

 

 

 

社員の人達にも同じ事が言えます。

 

 

 

会社に仕事をしに来ているんだから、

 

 

 

単に、出社しているんじゃないんだから、

 

 

 

キャスト意識とは、

 

社員自身が経営者意識を持って、何事も取り組む姿勢です。

 

 

 

だから、何事も王道を歩みましょう。

 

 

 

王道とは、何ぞや?!を、自分で探究せんですか?

 

 

 

ほんまに。

 

 

 

自分で探究して、自分で腑に落ちない限り、

 

 

 

モノには成らんと思うんです。

 

 

 

有名にならなくても、ええのです。

 

 

 

モノに成る人間を目指しましょう。

 

 

 

無名有力に成りましょう。

 

 

 

世間では知られていない。けど、知る人ぞ知る。

 

 

 

そういう人物に成りましょう。

 

 

 

ワシは自分がそう実践しながら、縁ある人達に、発信し続けているんです。

 

 

 

無名有力が、カッコええよ!って。

 

 

 

有名無力は、風()が悪いで、って言うてます。

 

 

 

()が悪い=カッコ悪い。です。

 

 

 

 

 

今週は、うちの社員がお客さんとの電話応対に、あたふたしていたことがあったので、

 

エモーションの仕事の流儀、エモーションの社員の心の在り方を、

 

タイムリーに指示したこと(伝えたこと)を含めて皆さんにメッセージしますね。

 

 

 

気づいたらスグする。

 

これコツやと思うのです。

 

 

 

『後で』は全部が全部ではないですが、ダメなんよね。

 

『後回し』に、あんまり良いことはありません。逃げの心が、見え隠れするからです。

 

 

 

気づいた事、示唆しなければいけない事を、会議やミーティングでやろう。

 

ではモノに成らんのよ。(社員も、忘れがちになるしね)

 

その場で、指摘し示唆しないと、身に付かないんですよ。

 

 

 

その社員に伝えた事。

 

 

 

先ずいきなり言うたのは、

 

 

 

相手に対する『理解納得してもらいたい!』という思いの強さの問題や!

 

 

 

その気持ちが薄い証拠や。

 

 

 

社内で何か変更事項があることを、お客さんに伝える時、お客さんが、

 

今までとは違うのは『何で?』と瞬時に脳は感じるもんや。

 

 

 

だから、先ず『何故?何故ならば。』を丁寧に理由を述べることが大事なんよ。

 

 

 

そしたら相手が『なるぼど、そういう事情ですか。』と脳が感じるように

 

持っていってあげるんよ。

 

 

 

エモーションの事務所の壁に貼っている

 

『支持される商品特性』の一番最後の項目(そこまでやるか!の精神)が、

 

自分と会社の成長の基点やから。

 

 

 

『そこまでやるか!の精神』を今一度、味わうように読んでみてん。

 

 

 

お客さんには、なぜ?なぜならば。をハッキリと、先ず先に伝えることが、

 

その後のコミュニケーションをスムーズにするんやから。

 

 

 

お客さんが『何で?』と感じる点に、

 

 

 

『その理由はですね、こうこうこういう理由で、このようにさせて頂いています。』と、

 

 

 

何故ならば。を説明することが、相手に『なるぼど、そうなんですね。』

 

と感じてもらえるんやから。

 

 

 

今すぐ、お手紙書きなさい。

 

 

 

何故?何故ならば。を丁寧に、相手が理解納得出来る内容の手紙を書いて。

 

 

 

で、下書きしたら、ワシに見せえよ。よぉ~に考えて、文章能力を上げる。

 

自分で考え抜かないと成長には成らんから。

 

ワシが書いたんでは、自分の成長に成らんやろ。

 

 

 

めんどくさがっては、いけません!

 

 

 

自分と会社が、めんどくさいものに陥ってしまうから。

 

 

 

そこまでやるか!の精神(一人一人が自分の責任を追求する姿勢のこと)を、

 

 

 

自分が共感できなければエモーションの仕事には成らんから。

 

 

 

指針書の『存在意義』を、よくよく読み返して下さい。

 

 

 

これをしていなければエモーションが存在する意味がない!

 

という一言で表した言葉やから存在意義は。

 

 

 

『可能性への挑戦』がエモーション社員全員の存在意義やから、

 

 

 

全員が自分の内面の、可能性へ挑戦していないと『らしく生きる』に成らんから、

 

宜しく😉👍🎶というものでした。

 

 

 

お手紙出した二日後、そのお客さんから、注文の電話がありました。

 

 

 

で『よく理解出来ました。』と電話口で言ってくれたようです。

 

 

 

あれ、手紙出してなかったら、お客さんは『何で?』のままになっていたと感じます。

 

 

 

こういうように社員には、先ず道理を説き、実務をさせ、

 

結果が良かった時、情理が納得出来るんですよ。

 

 

 

ちなみに『そこまでやるか!の精神』とは、

 

 

 

自分の可能性に120%挑戦している。という状態のことを言っています。

 

 

 

ついつい、めんどくさいなぁ、と感じてしまう己れの感情を、

 

自分の成長という感情で克服出来ている状態でないと、皆が幸福に向かわないんです。

 

 

 

例えば高校野球。

 

 

 

甲子園優勝を目指しているチームの全員が、

 

 

 

そこまでやるか!の精神を『ハイ!喜んで』の気持ちでやれない人が、居るとしたら、

 

 

 

その人は、一緒のチームに居てもらっては困るんですよ。

 

 

 

全員が出来る出来ないじゃなく、甲子園優勝を目指しているんだから、

 

 

 

全員の気持ちが、そこまでやるか!の精神で『ハイ!喜んで』で、

 

実践出来ていないと、無理でしょ。ほんまに。

 

 

 

出来る出来ないじゃないんです!

 

 

 

皆が、そこまでやらなければ、全員で人生の充実、幸福に成らんのよ。

 

 

 

エモーションでは、こうも明記していますよ。

 

 

 

オンリーワンから、シャイニングワンへ。

 

 

 

シャイニングワンからプレジャーワンへ。と。

 

 

 

シャイニングワンとは一人一人が輝いている状態。

 

 

 

プレジャーワンとは、一人一人が喜びを分かち合っている状態。

 

 

 

世の中の会社は、オンリーワンを目指しているところが多いと思うんですが、

 

 

 

自分で言うのも何ですが、

 

 

 

エモーションは、既にオンリーワンは成し得ています。ずっと前から。

 

 

 

北斗の拳のケンシロウで言うなら、お前はもう死んでいるですが、

 

 

 

エモーション、お前はもう、オンリーワンに成っている。

 

 

 

そこに留まっていては成長は無いんです。

 

 

 

スグ崩れて行くもんです。会社は生き物やから。

 

 

 

社員一人一人が、輝いている状態で、居続けなければシャイニングワンには成らんから。

 

 

 

そして、エモーションの社員一人一人が、自分の縁ある周囲の人と、

 

慶(よろこ)びを分かち合っているプレジャーワンの状態を目指さないと、

 

躍動が止まってしまうから。

 

 

 

ついでに言わしてもらいますが、

 

 

 

商売をしている人達が社長達が集まっている『会』に所属し、参加していますよね。

 

 

 

その狙いの多くは、人脈創りだと思う訳です。

 

 

 

人脈を創ろうと時間とお金を割いて、

 

人脈が作れて自分の商売につなげたいという感情が流れていると思うのです。

 

 

 

なのに、ワシが残念やなぁと感じてしまうのは、

 

 

 

そもそも『人脈』という定義を考えたこともないんじゃないかと、

 

感じる人達が多いなぁと思う訳です。

 

 

 

ワシの人脈の定義は、

 

 

 

『信頼関係の構築された知人』としているんですね。

 

 

 

じゃあ、信頼関係ってどうやっていれば築けるのか?

 

 

 

単に知り合いを作るだけでは人脈に成り得ません。

 

 

 

そりゃそうでしょ!

 

 

 

誰かこういう人を紹介してよ。って頼まれても、安易に紹介は出来ませんからね。

 

 

 

知っては、いるけど、仕事のクオリティーとか、人間性とか、

 

 

 

その人との信頼関係がなければ、ワシはよう紹介は出来ません。

 

 

 

だから知り合いを沢山作っても、しょうがないんですよ。

 

 

 

信頼関係の構築された知り合いでないと。

 

 

 

なぜ、人脈創りを目的の一つとして参加しているのに人脈が出来ない人の特徴を言うと、

 

 

 

社長達が所属する会はある種、勉強会というものが多いように感じますが、

 

 

 

そもそも勉強会に参加する目的は、自分の心を澄ませ精神性を高めながら、

 

自己変革するところに最大の関心がなければ本当じゃないんです。

 

 

 

自分の内面に存在する良いもので、

 

自分の悪いものを克服して行くことが自己変革に成るんですね。

 

 

 

何年所属していようが自分が『ゲスト意識』(お客さん意識)のままでは、

 

 

 

単なる知り合いにしかならないと感じるんです。

 

 

 

やっぱり『キャスト意識』(お世話する側)を持って、

 

取り組むところに、気付きがあり学びに成って行くもんです。

 

 

 

高い理想に向かって、共に苦労するから、

 

人脈って、築いて行けるもんやと思います。

 

 

 

単に知り合いになるだけでは、人脈は築けないんですよ。

 

 

 

いつまでも、お客さん意識の人は、学びにも成らんし、モノに成らんと思います。

 

 

 

社員の人達にも同じ事が言えます。

 

 

 

会社に仕事をしに来ているんだから、

 

 

 

単に、出社しているんじゃないんだから、

 

 

 

キャスト意識とは、

 

社員自身が経営者意識を持って、何事も取り組む姿勢です。

 

 

 

だから、何事も王道を歩みましょう。

 

 

 

王道とは、何ぞや?!を、自分で探究せんですか?

 

 

 

ほんまに。

 

 

 

自分で探究して、自分で腑に落ちない限り、

 

 

 

モノには成らんと思うんです。

 

 

 

有名にならなくても、ええのです。

 

 

 

モノに成る人間を目指しましょう。

 

 

 

無名有力に成りましょう。

 

 

 

世間では知られていない。けど、知る人ぞ知る。

 

 

 

そういう人物に成りましょう。

 

 

 

ワシは自分がそう実践しながら、縁ある人達に、発信し続けているんです。

 

 

 

無名有力が、カッコええよ!って。

 

 

 

有名無力は、風()が悪いで、って言うてます。

 

 

 

()が悪い=カッコ悪い。です。

 

 

 

 190830shiji.JPG

 

 

 

もう10年以上前になるだろうか。

 

 

 

花見の時期に、吉野に在る『吉水神社』に参拝に行き、吉野の桜を見て来たことがありました。

 

 

 

ワシは源義経公と楠木正成公の生き方が好きで、

 

義経公(平安時代末期~鎌倉時代初期)と正成公(鎌倉時代末期~南北朝時代初期)は、

 

生きていた時代に約140年の差がある歴史に名を残している武将です。

 

 

 

義経公については、

 

20数年前に『新平家物語』16巻買ったことがあるんですが、

 

 

 

その中に、義経公と、静御前が吉野に身を隠していた時期があった縁(ゆかり)の地ですし、

 

 

 

楠木正成公が生涯賭けて護り通した後醍醐天皇の縁の地でもあることから、

 

 

 

参拝に行きたいと思い行った次第です。

 

 

 

吉水神社で祝詞を奏上していたら、神主さんが『何者??』という感じで見られていたようで、

 

 

 

そして、吉水神社には後醍醐天皇をお祀りしている部屋があり、

 

そこは拝観料を払うと見学できるのですが、後醍醐天皇の畳の部屋は綱が張ってあり、

 

その畳の部屋の中には入れないようになっていました。

 

 

 

なので、綱の外に正座して、深々とお辞儀をし後醍醐天皇に、

 

ご挨拶と祝詞を奏上していたのを監視カメラに映るんでしょうね。

 

 

 

その神主さん、中に入って来て、

 

 

 

『ささ、どうぞお入り頂いて、ご挨拶下さいませ。』と言いながら、

 

綱を外して畳の部屋へ誘って頂きました。

 

 

 

ご挨拶、拝観が終わって、神主さんと話をしましたら、

 

 

 

何とその神主さん、元は警察官でその神社とは血縁が無い人なのに、

 

 

 

警察官時代神戸の湊川神社(楠木正成公を祀っている)を、しょっちゅう掃除しに行っていたらしく、

 

 

 

ある日突然、吉水神社の神主になりなさい。と、お告げのようなものがあったと言っていて、

 

 

 

ワシも『ほんまですかぁ?!』と話たことを、ふと思い出したので、

 

メッセージしようと今週携帯にメモりました。

 

 

 

その日、吉野の旅館に泊まり、露天温泉に浸かりながら、

 

 

 

当時の義経公も詩を詠んだんじゃないかと、想いに耽りました。

 

 

 

そして、こんな感じで湯船に浸かり桜を見ながら義経公になったつもりで詠みました。

 

 

 

『去り行かん、この世の想いやがて消え、形見とて何か残さん、春は花、

秋は紅葉の、これぞ誠の神の国。また廻り逢わん、染む紫の雲の上まで』と。

 

 

 

こう言うたかどうかは知りませんが、

 

 

 

そういう心境じゃなかったかと感じましたねワシは。

 

 

 

またこれは実際『義経記(ぎけいき)』にありますが、

 

 

 

義兄頼朝の命により、平家を討伐した後、頼朝より認められると思いきや、

 

 

 

嫉妬の念か、あまりの強さに恐れの念か知らねども、

 

義経討伐に、全国指名手配の身となり鎌倉軍(頼朝軍)との戦。

 

 

 

義経公の四天王の一人弁慶が、殿である義経公に、こう詩を詠むのです。

 

 

 

『六道(りくどう)の、辻の巷(ちまた)で待てよ君。遅れ先立つ習いありとも。』と。

 

 

 

六道つまり、死んだ後に地獄・餓鬼・修羅・畜生・人間・天の六つの行き先に行く、

 

 

 

辻の巷つまり、その角で待っていて下さい。

 

 

 

習わしから言うと家来の自分が先に逝くのが筋ですが、

 

 

 

この戦の中、どちらが先に『あの世』に行くか分かりませんから、

 

 

 

私が先に行っていれば待っておりますが、殿()が先に行ったとしたら、

待っていて下さい。

 

 

 

と言う意味なんです。

 

 

 

で、義経公がこう返されたんです。

 

 

 

『次の世も、また次の世も、廻り逢わん、染む紫の雲の上まで』と。

 

 

 

次の世も、そのまた次の世も、何度生まれ変わっても、また廻り逢おうぞ、

 

天上界の最上界である、紫に染まる雲の上に行くまで。

 

 

 

と言う意味なんです。

 

 

 

ワシは、以前同友会のどこだったか、奈良の青年部に呼ばれた時の報告だったと思うんだけど、

 

 

 

こう言いました。

 

 

 

もし生まれ変わったとして、今の仕事を今の社員と、

 

また一緒にやりたいとホンマに思うとるんです!!

 

この心境を幸福(しあわせ)と言わずに、

 

何を幸福(しあわせ)と言おうか!!と唸ったのを思い出しました。

 

 

 

今、付き合いのある魂感じる友人達とも同じ心境ですね。

 

 

 

経営者や社員の皆さんは、今の経営者、社員と、今の仕事を、またやりたいですか?!

 

 

 

また、やりたいなぁ!という人間関係の人も居れば、

 

 

 

もう、嫌やぁ!という人間関係の人も居るでしょうが、

 

 

 

今からの、あなたの、言動が、将来を示唆すると感じます。

 

 

 

そこで今週のメッセージを思い付くまま、述べますね。

 

 

 

大切なものは見えない。

 

 

 

だから、見えないものの中から大切なものを掴むこと。

 

 

 

世の中は、人は、有情。しかし、商いは無情。

 

 

 

天は学んでもらう為にチャレンジを与える。

 

 

 

この方法しか、伝える術がないから。

 

 

 

繰り返し同じチャレンジを与えられるとしたら、

 

あなたが、そのチャレンジから学びを得ていないということである。

 

 

 

大きな苦難が遭った人は、人格の変換のキッカケだと捉えること。

 

故に、苦難は有り難いと言える。

 

 

 

自分の箱の中から抜け出る方法は、唯一つ。

 

 

 

謙虚になること。

 

 

 

考え方が、運命を決める。

 

 

 

これを素直に認めることを「謙虚」と言うんです。

 

 

 

成功者というのは特殊ではない。

 

 

 

原則の中で、全てが生きている。

 

 

 

ただ、活用の仕方を知っているだけ。

 

 

 

成功しない人は、出来ないんじゃないんです。やり方を知らないだけなんです。

 

 

 

自分の基準は、どこまで引き上げるかが鍵。

 

 

 

生きる目的は唯一つ。

 

 

 

自分の心を澄んだものにし、精神性を高め、

 

 

 

自分が如何に喜ばれる存在になれるか。ということ。

 

 

 

只今、この瞬間から自分が、どう周囲に喜ばれる存在になれるか。

の積み重ね。

 

 

 

団体のトップの立場にある皆さんに。

 

 

 

方向性を示したトップは、組織に「勢い」があるかどうかを見極めることが

重要。

 

 

 

その時部下にその意向が感じられない時は、トップの決断変更が要求されるんです。

 

 

 

しかし、面子の上から「こだわり」を生じてしまうもの。

 

 

 

組織に勢いが付かなければ、目標の実現はない。思い切った変更が要求される。

 

 

 

トップの面子の防波堤がブレーンの仕事である。

 

 

 

商売は勢いに求めて、人に責(もと)めず。 

 

 

 

一人一人の働きよりも先ず全体の勢いが重要である。

 

 

 

トップの仕事とは、全体の力を一つにまとめて、勢いに乗らせること。

 

 

 

社員の多い少ないではなく、勢いの有無によって勝敗は決まる。

 

 

 

前進すること無くして守ることは意味を持たない。

 

 

 

積極的な行動があって初めて、守りが成り立つ。

 

 

 

撃って出る攻撃は、人の心を攻撃目標に集中させる。

 

 

 

手をこまねくばかりの防衛は、人の心をバラバラにしてしまう。

 

 

 

攻撃は求心作用。防衛は離心作用。

 

 

 

目標を明確にして、

 

それに向かって積極的に進むことは、求心力を高め、離心を防ぐ、最大の策である。

 

 

 

思い付くまま述べましたが、いかが?

 

 

 

歴史に名が残っている人物で心惹かれる人物の生き方に、

 

現在の自分の課題を重ねて、考えてみるんですよ。

 

 

 

それが『歴史に学ぶ』ということです。

 

 

 

歴史「を」学ぶんじゃなく、歴史「に」学んでほしいなぁと思う訳です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『何であの人は、あれだけ世話になっていながら、自分勝手なんかなぁ?』と相談されたので、ワシの一言。

 

 

 

『性根に入ってないからや。』と即答。

 

 

 

人は性根に入()らない限り、覚悟が決まらないというか、覚悟は出来ないんじゃないかと思う訳です。

 

 

 

『性根に入()る』

 

状態ってトコトン窮地にならないと、性根には入らないんじゃないかと感じますね。

 

 

 

いや窮地に陥っているのに、性根に入らない人も多いように感じるんよね。

 

 

 

それは『我』が強過ぎて、自分に関係する周囲の人達の幸福なんて思わない、

 

 

 

自分勝手を通そうと見えてしまう人に多いように感じます。

 

 

 

窮地に陥って、どん底状態と思っていても、自分勝手を通そうとするから人生思うように向いて行かないんですよ。

 

 

 

自分のこと『しか』考えられなくなると、

 

行き詰まるようになっているのが法則のような気がします。

 

 

 

身近な周囲の人達の立場に立てないから、運氣が上向かないんだと思う訳です。

 

 

 

素直さの欠如、感謝の念の欠如です。

 

 

 

以前にもメッセージしましたが、

 

 

 

人間どん底状態の時にどう行動するかが人生の分かれ目になるんだと思えてなりません。

 

 

 

つまり、その人の覚悟を天が観てるとワシは思えるんだよねぇ。

 

 

 

こんな逸話があるんですよ。

 

 

 

三蔵法師と呼ばれた、唐の時代の僧であった玄奘(げんじょう)三蔵が、

 

天竺(現在のインド)に般若心経を持ち帰る志の下、向かっていた途中、

 

病に侵され身体から膿みが出ていた老婆に出逢う。

 

その老婆が、お坊様、どうか私の膿みを口で吸って助けて下され、と頼んだ。

 

三蔵法師は吸って、もし伝染病で死んでしまったら、天竺に行けなくなる。

 

自分には志がある。目的がある。しかし、自分は衆生を助ける僧侶である。

 

(しば)し悩んだ後、その老婆の膿みを口で吸ってあげたのです。

 

 

 

そしたら、みるみる、その老婆が巨大な天女に成って、

 

玄奘よ、そなたの覚悟を見させてもらった。と言い天竺までの長旅を援助した。

 

という話です。

 

 

 

ギリッギリッの状況下に、どう行動するかを問われているということですよ。

 

 

 

『性根に入らない人』ということで先週、

 

ワシの所属30年目になる中小企業家同友会で知り合った友人が、

 

香川さん、今度のメッセージで、計画倒産する人間のことを話して下さいよ。

 

って連絡あったから、ちょっと触れましょうか。()

 

 

 

誰も倒産したくて倒産する社長は居ないと思うんだけど。

 

 

 

まぁ倒産するのは運命と捉える思考を持つと状況が変わって来るかも知れません。

 

 

 

例えば倒産したのは、天が、その仕事はあなたに向いてないのに、

 

意地張ってやらないで違う世界に向いている仕事がある、というメッセージと捉えてみるとか。

 

 

 

世間でよく耳にする、計画倒産っていうのは意図的なものやから、

 

通常の倒産とは意味が違うと思います。

 

 

 

まぁ、それぞれ事情はあるにせよ、

 

 

 

窮地に陥った事業主で保身欲が強い人のやる行為が計画倒産じゃないかなぁ。

 

 

 

この『保身欲』にも、二通りあって社長自身の財産だけを守ろうとするものと、

 

社員の生活を守ろうとするものの違うパターンがあるんですよ。

 

 

 

社長自身の財産だけを守ろうとする保身欲の人は、

 

 

 

人の道なんて考えたことあるんかなぁと思う訳です。

 

 

 

たぶん、おそらく、前者の計画倒産する、社長達の共通している脳の思考回路は、

 

 

 

社員の生活の充実なんて毛頭関心が無い人種かも。

 

 

 

社員は自分の金儲けの道具くらいにしか思っていないんだと感じます。

 

 

 

また社員とも取引関係の域を出ないから、

 

 

 

これだけ利益出したら給料上げてやる的な、思考程度じゃないかなぁ。

 

 

 

まぁそういう人は利益上がっても社員の給料を上げるつもりは無いんだろうけど。

 

 

 

そもそも社員にノルマを課すような社長は、上手く行かないんですよ。

 

 

 

計画倒産された元社員の心境を聞くにつれ、そうだろうなぁと感じますね。

 

 

 

資金繰りに窮して、にっちもさっちも行かなくなり破綻の一途。

 

 

 

保身欲で、社長自身の財産を事前に名義変えした後、計画倒産へ。

 

 

 

金融機関への債務は、まぁ金融機関も商売で貸した訳やし、

 

 

 

仕入業者も商売で卸売した訳やし、

 

 

 

いかん!と思うんなら融資せんかったらええのであって、

 

 

 

いかん!と思うんなら卸売せんかったらええのであって、

 

 

 

お互いの『欲』の為せる悲劇やなぁ。

 

 

 

また、人間洞察力を身に付ける苦労が浅いということです。

 

 

 

斯く言うワシは、売掛している代金が入金になっていなければ、

 

 

 

その会社や商店に次の商品の卸はしません。

 

相手の支払いが滞っても、一回分で済みますから。

 

 

 

お互いに傷口が拡がらないようにね。

 

 

 

世間を見ていたら、まぁまぁ、あるんですよこれが。

 

 

 

支払いの入金がないのに欲出して注文が来たら仕事している会社。

 

 

 

ワシの知っている会社の話ですが、

 

 

 

契約している会社の車のガソリン代や灯油代800万円も未入金。

 

何ヵ月分いや何年分?の請求溜めてるの?と言いたい。

 

 

 

チラシ印刷代400万円の未入金。

 

これも数ヵ月分の請求だと聞いて、そりゃ、金もらってないのに、

 

仕事する方も悪いわなぁ、って言いましたよ。相談に来たから。

 

 

 

相手を、ちゃんとさせる為にも、そういう事したらいかんのです。

 

 

 

倒産して、自己破産して、債務免除になったとしても、

 

 

 

もし、個人でお金を借りている人が居るんなら、生涯掛けてちゃんと返して行くのが人の道です。

 

 

 

それをせえへん人は、死ぬまでに、ちゃんとツケが来ると思うなぁ悲惨な結末が、ね。

 

 

 

原因結果の法則と言われる所以です。

 

 

 

過去から現在までの、自分がやって来た考えと行動が原因として、

 

 

 

現在の状況を作って来たんだという自覚があるのか?無いのか?

 

 

 

自覚があっても性根に入らない人は、始末に終えない人やと感じます。

 

 

 

性根に入ることが運氣向上の起点になるんやと思うんやけどねぇ。

 

 

 

その唯一の道は、自分に関わってくれた人達に対して感謝の念を現すことなんです。

 

 

 

思う、感じるだけじゃダメ。現さないと!

 

 

 

そこに気づかない人は永遠に地獄をどうどう廻りすることになるんですよ。

 

 

 

当の本人は、そんなこと思ってもないから、気づくことは無いんだけどね。

 

 

 

でも人は何がキッカケでスイッチが入るか、分からんからねぇ。

 

 

 

そこに『救い』があるのかも知れんですね。

 

 

 

天は自ら助くる者を助く。です。

 

 

 

やりたい仕事は出来なくなり、やりたくない仕事を食う為にせないかんようになるのも、世の中です。

 

 

 

努力したから叶うもんでもないんです。

 

 

 

愚痴や悪口や文句を言わずに、運を味方につけて行く。

 

 

 

運は愚痴や悪口や文句ばっかり言っている人を嫌うみたいだから。

 

 

 

皆さん、仏になりましょう。

 

 

 

執着から解き放たれた人のことを古来日本では『ほとけ』と呼んでいたようです。

 

 

 

『ほとけ』の語源は、『ほどける』から始まっているんです。

 

 

 

つまり、自分を縛るもの(執着)から放たれた人を『仏』と言う。

 

 

 

チンパンジーやオランウータンを生け捕りにする際の仕掛けに、

 

 

 

木の空洞になっている穴にバナナや木の実を入れておく。

 

 

 

チンパンジーやオランウータンは、獲物を見つけると、穴の中に手を入れて獲物を掴む。

 

 

 

その穴は、ものを掴んで拳を握った時には、

 

それを引っ張りだせない程度の穴の大きさになっている。

 

 

 

手を放せば、スグに逃げられるのに、

 

一度掴んだものを放そうとしない(執着している)から、生け捕りにされてしまう。

 

 

 

チンパンジーやオランウータンと同じことをしていませんか?

 

 

 

その執着は、自ら掴むことから始まる。

 

 

 

その手を放すだけで、自由になれるのに。

 

 

 

『自然体の自由』で歩みませんか。

 

 

 

ワシは『自然体の自由』が一番の生活サイクルにしています。

 

 

 

 

全ての人間関係で大切で、充実の根幹じゃないかと思うのは、

 

『以心伝心』が出来ている状態じゃないかと思うんです。

 

『以心伝心』とは、禅の言葉であり、

 

意味は、優秀だから、心が伝わるのでなく、

 

寝食を共にするから、心が伝わる。と教えています。

 

 

 

禅の世界で師匠の心を分かる為には、師匠と寝食を共にしないと、

 

心は分からないということ。

 

 

 

会社に置き換えると、

 

 

 

経営者は、現場(毎日業務をしている所)を観察すること。

 

 

 

社員と空間を共にしないと、社員の心は分からないのと同じく、

 

 

 

社員も、経営者と空間を共にしないと経営者の心を分かりようがないんだと

感じます。

 

 

 

『阿吽の人間関係』が出来れば、以心伝心に近付けるんじゃないかと思うのです。

 

 

 

『阿吽の人間関係』はエモーションの社是にしています。

 

 

 

社是とは

 

『こんな会社でありたいということを一言で言い表した言葉』という意味です。

 

 

 

教育の原点は『共に在る』ことやという信念があるんですよワシはね。

 

 

 

物理的に共に居れなくても、心は共になかったら、いかんのです。

 

 

 

以心伝心の関心について、例えば大手チェーン店で、

 

何百億何千億売り上げを上げている会社はあるけど、

 

そこの社長と、そこで働く社員達と以心伝心なんて、

 

自覚がないだろうし、出来ていないと思うんだけどね。

 

それは経営陣が考える業績というのが、数値しか、眼中に無い証拠ですよ。

 

業績=数値=売上であり利益のことを、

 

多くの大規模の会社の社長達は、そう定義しているんだろうねぇ。

 

 

 

だから、社員の人間性や社会性という観点が無いんだと感じます。

 

また、世間の多くも、いわゆるミーハーだからやねぇ、

 

売上や利益しか眼中に無いんだと感じますね。

 

でも稀に、居ますね、大規模会社経営者で、

 

常に社員達と以心伝心を真心から心掛けている人が。

 

 

 

皆さん『行為(おこない)は心』ですよ。

 

その人が、どんな立派なことを言っていてもやねぇ、

 

じっとその人の行為を観察したら、分かるもんですよ、その人の本心が。

 

 

 

以心伝心を、

 

うち(エモーション)で言うと、事務所仕事ですから、

 

社員の何気ない会話や、お客さんとの電話応対の内容が、

 

意識しなくても自然に入って来ます。

 

 

 

ワシが目を通していないFAX の内容やメール内容や、顧客台帳も、ですよ()

 

 

 

まるでスポンジが周囲の水を自然と吸収してしまうように、です。

 

 

 

そして、ちょっとでも氣になる点を感じたら業務を通じて、

 

 

 

社長であるワシの考えをタイムリーに話しているのが、普段なんですよ。

 

 

 

だからと言って、以心伝心に成っているとは言えませんが、

 

 

 

少なくとも、毎日現場を観て、社員の一挙手一投足を感じているから、

 

 

 

現場を見ていない他所(よそ)の社長達とは、

 

 

 

以心伝心に於いて、その度合いに差は出ているでしょうね。

 

 

 

優秀な戦略や商品が有っても、経営者と、社員の以心伝心が無ければ、

 

充実には至らないと思うんです。

 

 

 

家庭に於いても同じ、

 

 

 

家族全員の以心伝心が家族皆の充実に成って行く基礎になるんだとワシは思うなぁ。

 

 

 

まぁ多くの社長と言われる人達は、

 

以心伝心が第一義にはなってないだろうなぁとワシは思うとりますよ。

 

 

 

だって、今まで1万人以上の社長と呼ばれる人達と一応、会って来たけど、

 

感覚的に以心伝心が、経営に於ける第一義で取り組んでいるなぁと感じた人は、ほんまに少ないんやもん、ワシの体験では。

 

 

 

皆さん!

 

 

 

自分と、自分の大事な人達と充実感ある日々を歩みたいなら、

 

 

 

以心伝心を心掛けてみませんか。

 

 

 

心を以て、心を伝えると書くんです。

 

 

 

先ずは、あなたの心が先なんです。

 

 

 

シャツの第一ボタンを掛け間違ったら、以降は、どんなに努力しても、

 

揃わないんです、シャツのボタンのように、ね。

 

 

 

相手が先じゃないんだと、毎日着ているであろうシャツのボタンが教えてるのに、

 

 

 

あなたは気付かないのかなぁ?

 

 

 

そんなに毎日ボッーとしてるんですか?()

 

 

 

先ずは、あなたから、心を以て、伝え続けましょうや。

 

 

 

桃栗三年、柿八年。一芸八年、商売十年。汗と涙で十三年。

 

それでもダメなら、二十年。

 

 

 

二十年くらい掛けて、伝え続けてこそ、

 

伝わるんじゃないかとワシは実践して来ましたし、現在進行形ですよ。

 

 

 

最初は『辛抱』です。忍耐ですよ。我慢じゃないんです。

 

 

 

忍耐と我慢の違いを言うときますね。

 

 

 

どちらも辛抱することは同じなんですが、忍耐の先には希望が有るんです。

 

 

 

だから、耐えられるんです。我慢の先に希望はありません。

 

 

 

我慢を続けていると、心も身体も壊れます。

 

 

 

だから忍耐はせないかんけど、我慢はしたらいかんと思っていますワシはね。

 

 

 

辛抱を続けていると、あなたの心に『芯棒』が出来て来ます。

 

 

 

また続けていると、周囲からの『信望』に成って来るんじゃないかなぁ。

 

 

 

今週は、このへんで。

 

 

もう何年も前に亡くなったコンサルタントを業にした○○先生と呼ばれた人が居たんだけどね。 

 

昔よく『自分は、何度も生まれ変わって色々やりたい。』的なことを言うてました。 

 

ワシは、この人、コンサルタントで『先生』と呼ばれる人にしては浅いなぁ、と感じたという話を、

 

今週はしようかと思います。

 

 そして人としての生き方と逝き方を発信したいと思います。

 

 逝き方は、生き方。

 

 皆さん、よぉ~に考えてみて下さい。

 

 そもそも日本人で生まれて来た事実が、奇跡も奇跡やと思いませんか?

 

 魂や霊の世界とかを、日本の哲人と言われて来た先人達が教えていますが、

 

 弘法大師や道元禅師や栄西禅師や親鸞上人などが教えていますが、

 

 そもそも人間に生まれて来る確率の奇跡。

 

 しかも、アフガニスタンやイラクや北朝鮮や中国や韓国などでなく、

 

日本人として生まれて来た確率を想像したら凄いなぁ、有り難いなぁと、

感じませんかねぇ。

 

ワシは、ホンマに有り難いなぁ、と自分を産み出してくれた魂の親(主護霊さん)に、感謝しかありません。

 

 皆さん、寿命がいつか来ますが、次もし生まれ変わりがあるとしたらやねぇ、人間で生まれて来る確率は、めちゃめちゃ低いかも知れんのですよホンマに。

 

 牛か豚が馬か犬か猫かも知れんのですよ。

 

 今、あなたが日頃から何気なく口にしている言葉や行動が、

 

 動物的な発言や行動がウェートを占めているなら、

 

 次は、人間じゃなくって、動物に生まれ変わる可能性は、大きいと感じるけどねぇ。😱😱

 

だって、その原因を、この世で作っているんだから、ね。

 

自業自得なんよね。

 

動物的な思考と行動とは、自分勝手な本能的な、ということです。

 

犬は、腹が減ったら、ごはんを食べ、鳴きたい時に鳴き、吠えたい時に吠えるだけ。

 

同じような事、してませんか?!

 

次、犬畜生に生まれ変わるでぇ。

 

あぁ、それは嫌だぁと思った人に、伝えたいのは、

 

今から寿命まで、動物的思考と行動は、慎んだ方が、

 

次生まれ変わる可能性が人間に近くなるかもよ、ということを言いたいのです。

 

 生きている間、余りにも自分勝手にやっていたら、ほんまに畜生になるよぉ。

 

何度でも人間に生まれ変われると思うこと自体が、烏滸(おこ)がましいと言うか、自惚れ以外の何者でもないんとちゃうかなぁと思うのよ。

 

 次も、自由で安全な国である日本人で生まれたかったら、あなたの日頃の思考と行動が、日本人らしい、人間らしい生き方が、9割くらい占めてなかったら、いかんのちゃうかなぁと感じるんです。

 

 人間らしい生き方とは、 

 

自分は『これ』を、やっていないと自分では無い!というものを見つめ直して、立てて行くことなんです。

 

 これが『自分らしく』ということなんです深い意味で。

 

 あなたの『これ』は、

 

 今まで生きて来た歩みの中にしか、存在しないと思うんです。

 

 一つ一つ、やっている事に『慣れ』が生じていないか?を、振り返ること。

 

 ついつい当たり前になっていませんか?

 

 特に仕事。

 

 毎月毎月、会社に行っていれば、給料が安定的にもらえる。って、

 

勘違いしてないでしょうねぇ?

 

 甘ったれたら、いかんでぇ!

 

 毎月毎月自分の会社の商品やサービスを買ってくれているお客さんが居るのも、奇跡ですよ、ホンマに。

 

 この世の中『安定』って無いんだ!と肝に命じて毎日仕事や生活をせな、

 

いつ給料が今の半分以下になるかも知れんのですよ。

 

いつ、お客さんが半分以下になるかも知れんのですよ。

 

 そういうことを皆が、心に留めて、毎日心機一転活動している間だけ、

 

いわゆる安定が、保たれているんだと、自覚して周囲にも示唆せんとね、ホンマに。

 

 あの白鳥のように。 

 

白鳥は、水面上は優雅な表情ですが、 

 

水面下では、休むことなく、足を動かしているから、

 

水面をすいすい当たり前のように動けているんだ、ということです。

 

 ほとんどの『社員』という立場の人達は、

 

 自分の家庭のことは真剣に考えられ、会社のことは考えられないのであろうか?

 

 それは、社長が月末に業績や資金繰りが苦しいと言っても、

 

仮に赤字が数ヶ月も続いたとしても、まさに今、

 

会社があるという事実に甘んじているんですね。

 

 つまり、会社は昨日も今日も明日もある、と思い込んでいます。

 

 また、会社経営は社長の仕事であり、自分の仕事ではないと割り切り、

 

自分の業務だけを見ています。

 

 そういう危機感のない人ほど会社が本当になくなった時、

 

全く対応ができずに困り果てます。

 

 そうならない為にも、こういう事を心掛けていますかねぇ?

 

 仕事や家庭内でも、 相手に対して、一つ一つ教えている事を、

 

もっと丁寧に理解納得するまで、教えていますか?

 

 才能を感じない人にも丁寧に教えているか。

 

 才能や能力が乏しい人が、理解納得するまで丁寧に教えているか。

 

 こういう行為が、深い意味で言うと大事なんよね。

 

 普通の人というか、浅い人はこういう観点が浮かばないんだと感じます。

 

 自分達は、これをしなければ生きて行けないという念(おも)いで、

 

 最後まで責任を持って取り組んでいるか。

 

 それが人間らしく生きるということです。

 

 それが、志を貫くということです。

 

 腕一本、足一本失っても、自分は『これ』で役に立つ。

 

 というものを持つことが大事なんよ。

 

 社長の人達に言わしてもらいます。

 

 『社員一人一人に、仕事をさせる役割を作っているか。』

 

 『社員一人一人が、納得できる仕事をさせているか。』

 

 『社員一人一人に、安定は無いんやで!って、たまに示唆しているか。』

 

 『縁ある、自分の周囲の人達にどれだけの愛情を注いだか。』

 

(これは皆さん全員に振り返ってもらいたいですね)

 

 これが、その人の人格なんです。

 

 人柄の深さなんです。

 

 一流の人物は、細かい所、隅々にまで氣を配られる人であり、

 

 恩と恥を知っていて、自分の受けた恩を感じるものです。

 

 ここに『人らしさ』『日本人らしさ』の意味があるんです。

 

 そして、自分の行為に対して『恥ずかしい』という気持ちが無ければ、

人間じゃないんです。

 

日本人じゃないんですよ。 

 

社員の人達や、家族の人達に、言わしてもらうと、

 

 先にも言いましたが、

 

毎月毎月、安定したお金をもらえるものと思うこと自体が動物的な行為なんですよ。

 

 社長の皆さんにも、

 

毎月毎月、今の給料がもらえると思っては、いかんのです。

 

 安定なんて、世の中に無いんだから。

 

 人間じゃない思考と行動ばかりだと、次生まれ変わったとしたら犬畜生ですよ。

 

 また、自分の善意を発するだけではダメなんです。

 

 それは独り善がりになるんです。

 

 相手は迷惑かも知れません。

 

 自分の善意と同じだけの力で、相手の善意を引き出しているか。を

 

考えて発信することが大事なんです。

 

 それを『思いやり』と言うのです。

 

 これが、中々難しいんですよ。

 

 でも成長の為には、これが出来ないかんのよ、ね。

 

 自分が、何かを与える時、相手も、

 

その誠を受けて同じだけの誠を尽くしていると自覚が芽生えているか、

 

ということが大事なんです。

 

 これが『まごころを合わす』ことになるんです。

 

 水は、高い所から低い所へ流れます。

 

 高い所の水が濁っていれば下も濁るんです。

 

 人も同じ。

 

 上に立つ者の水()が濁っていれば、下も濁るのです。

 

 苦しい時ほど、身の回りのものを握り締めるのが普通の人だと思いますが、

 

 でも一旦、手のひらを開いて行くことが、苦からの脱出になるんですよ。

 

 まさに『放てば、満てり』です。

 

 何でも、欲しがっている人って、見苦しいと感じるし、苦脳が生じて来ますよ。

 

 人生に対する価値観、社会に対する価値観、

 

物事の判断基準を持つことを『ものさし』を持つ、と言います。

 

 そして『ものさし』は自分の背中に刺すことが大事なんです。

 

 自分の背筋をピン!とさせ、一本筋の通った人間に成りますから。

 

 そういう生き方が、やがて寿命を迎える時の逝き方になり、

 

 次、生まれ変わる時に日本人に成る可能性が高まるんじゃないかなぁと、つくづく思った今週でした。

 

 皆さん! 

 

毎朝毎朝、自分の背中に『ものさし』を刺しましょうや、

 

次も日本人で生まれて来る為にも、ね。👍

 

 

 

 

 

 

人生の最大関心事は、人それぞれですが、

 

一度、自分の人生の、最大なる関心事を内観してみてはどうでしょうか。

 

と今週は訴えたいと浮かびました。

 

 

 

その『人生最大の関心事』が、本当にあなたの人生を心豊かにするくらいの

関心なのか?を、内観してみるんですよ。

 

 

内観しても浮かばないなら、

 

人生目的を確り持っている人を探して聴いてみるのも良いと思います。

 

自分の人生の経営者は紛れもなく自分なんやから、

 

本当に人生を心豊かにするものが一番の関心事にならんと、

 

いかんのちゃうかなぁと思い浮かんだ次第です。

 

 

余りにも、人生の最大関心事が、

 

金銭的物質的なものに重きを置いているなぁと感じる人達が、多いんよなぁ。

 

次元が低過ぎやせんでしょうか。

 

それでは人生つまらんもんに陥ってしまうでぇ~と言いたいのです。

 

 

お金を稼ぐことに行動することは当たり前です。人生目的をめざす為に必要だからです。

 

その『最大の関心事』が『より次元の高い』ものであり、

 

自分の心が澄んで行き、精神性が高まって行くものであれば、

 

『より充実』した人生を歩めるような気がするんですよ。

 

 

ワシは経営者になって32年目の道を歩んどるんですが、

 

今まで、そうやねぇ、1万数千人の人達と、名刺交換したり出会って来た訳ですが、人間としての生き方の本物思考を実践しているなぁと感じる人は、

 

1%くらいじゃないかというのが実感です。1%つまり百人に一人です。

 

 

 

ワシの言う『本物思考を実践している』というのは、

 

高い正義に満ちた思想や哲学に基づいた理念を、心の底から思って社員に、

 

そして身近な人に全身全霊で発信している。ということです。

 

 

 

本物思考の人は、沢山居ますが、それを実践していると感じる人は少ないんよなぁ。

 

なぜ実践せえへんのやろうか?ってワシなりに考えてみました。

 

 

 

たぶん、それは、自分以外の人を自分の思い通りにしたい、

 

という気持ちが強過ぎるから苦悩が生じるんです。

 

自分以外の人が、思い通りになる訳ないのに何で出来もせんことに精力使うんかなぁ。

 

思い通りになるのは、自分だけやのに。

 

自分の考えや行動を変えて行けるのは、自分だけでしょうに。

 

自分以外の事に問題解決を求めるから、実践が続かないんやと思うんです。

 

せっかく本物思考を抱いたんなら、自分の考え方や行動だけに焦点を絞って、

 

その本物思考を実践したら、ええだけなのにねぇ。

 

理念に命を吹き込むんですよ。

 

ワシは、そうしています。

 

 

だから、変なストレスは生まれないんです。

 

他愛もないことを口にするだけで、楽しく、愉快に、なれるんですよ。

 

あの、昨年か一昨年に流行った小学生の『うんこドリル』のような感じかなぁ()

 

ただ、今の自分の環境に感謝の念が湧いているし、

 

あれがほしい、これがほしい、なんて思わないもんねぇ。

 

何か、見苦しい感じがするんよね、物欲は。

 

 

 

40歳過ぎたら人生の折り返し地点と捉えて、

 

求める人生じゃなく、捨てて行く人生がいいんじゃないかと思ってやって来ました。

 

40歳までは、がっつくくらい求める人生で、ええと思うのよ。

 

エネルギーになるからね。

 

 

でも40歳過ぎたら、物欲求める人生は、止めにしませんか!

 

ワシは今、満57歳ですが、

 

時に小学生の脳になって他愛もない事を素直に喜べば、ストレスなんか消えるけどねぇ。

 

 

自由がワシは一番なんです。

 

ワシの言う自由は、英語で言う、フリーダムでも、リバティーでもないのよ。

 

如何なる状況に置かれても、心を見失わない心境。

 

淡々と、やるべき事を楽しみながらやっている現実。

 

を、ワシは自由と定義しているんです。

 

 

 

1%という表現をしたので、

 

皆さんに心軽やかになってくれるであろうと感じる本を紹介しますね。

 

この本は7年前に社員全員に買って『社内学校』の時に、

 

音読読み合わせに使いました。

 

 

 

100%幸せな1%の人々』小林正観著(中経出版だっかな)です。

 

正観さんとは生前お会いしたこともありましたし、

 

ワシの知人がプロのアナウンサーに正観さんの最高傑作と言われた

 

『で、何が問題なんですか?質疑応答集』と、

 

『宇宙が味方の見方道』という講演文を、朗読させて、

 

それを、速聴CD(2倍速、3倍速)にして販売していましたから、

 

買って(当時社員全員にも買ってやりましたよ、一人一式15000円くらいしたかなぁ。)

 

 

車の中で100回以上は聴きましたね。

 

良い講演テープは同じ内容を百回は聴く主義なので。

 

良書は10回は読まないと、入りませんよ。

 

ワシは、そうしていますから。

 

ワシの脳に刻み込まれましたね。

心軽やかに成る、ものの捉え方思考の同じ話を

 

100回以上コマーシャルのように耳に入って来たからね。

 

 

 

1%の本物思考を実践しているなぁと感じる人、日本に何人か計算したら、

 

人口12700万人だとしたら、その1%つまり127万人居るんですよ皆さん!

 

百歳まで生きても、127万人の本物思考を実践しているなぁと感じる人達と、

 

会われへんでぇ。

 

そう考えたら、人生捨てたもんじゃないですねぇ。

 

未だ会っていない127万人の内、何人とメシ食べれるかなぁ?

 

何人と話出来るかな?

 

そう考えたらワクワク😃💕するね。

 

 

 

人生は、出会いであり可能性だからねぇ。

 

自分から積極的に、

 

本物思考を実践しているなぁと感じる人達と出会って行く行動せんと、

 

向こうからは中々来てくれへんよぉ()

 

そして自分の可能性にチャレンジし続けないと、

 

自分の魂に申し訳ないと感じませんかねえ?

 

自分の魂に金銭的物質的な欲で幸福感を求めるんじゃなく、

 

そうじゃないところに心向けてみてはどうですかねぇ。

 

 

 

人生は´出会い´と´可能性´なんだから👍

 

 

 

100%幸福感を味わっている1%の人間を、めざしませんか?!

 

(ワシは、もう既に、そう成ってるんだよねホンマに👍)

 

と投げ掛けたいと思った今週でした。

 

 

 

 

皆さんは『運』の采配というのを考えたことがあるでしょうか?

 

テレビで西郷輝彦が、こんなことを言っていたので、

 

あっ、ワシもそう考えたことがあるなぁと思ったという話ですが、

 

西郷輝彦が涙しながら『母親の運を僕がもらった感じですよ』って。

 

これは、自分が望む、望まないに関わらず、

 

向こうの世界で、運を采配しているんじゃないかと、思ったことがあったという、ワシの捉え方です。

 

 

西郷輝彦の言う感情と同じ感情と、違う意味の二つの感情ですが、

 

香川家の親戚っていうのは、数少ないんですが、

 

昔は、まぁ迷惑掛けられた事が少なからずありましたから、

 

頭に来てた時期もありましたが、冷静にその人達を見渡したら、

 

お世辞にも、経済的にも、家族の人間関係も仕事も、

 

充実しているなぁとは思えない感覚でしたから、

 

何か香川家に関係する皆の運を、ほぼ自分がもらっているんじゃないかと、

 

勘違いするくらい、ふと思ったことがあるなぁと。

 

経済面、仕事面、健康面、人間関係で、自分が充実して生活出来ている(他人が昔の内情をもし知ったら、経済的にはたぶん一般的な人達よりは、大変な苦境と感じるでしょうが、苦労を苦労と感じない有り難い性格に助けられましたが)のは、

 

 

天の神様に望んだ訳ではないけど、向こうの世界で、

 

香川湧慈に、香川家の周囲一同の『運』を、

 

采配してくれているんじゃないかと思ったらやねぇ、

 

あぁ、申し訳ないなぁという心境になったことがあったなぁと、

 

西郷輝彦のテレビでの話を聞いた瞬間、思ったという話です。

 

 

ワシに皆の運を采配してくれたんじゃないかと思ったら、

 

頭に来てた感情も消えたんですよほんまに。

 

皆さんも、そう捉えたら、大いなる許しの心が湧き出るんじゃないかと感じます。

 

だから、皆さん。

 

もし皆さんの周囲から色々と大変な仕打ちを受けた人も居るかも知れませんが、今、考えてみたら、何やかや言うても、

 

充実した生活ができているなら、

 

向こうの世界で、

 

あなたにあなたの周囲の人達の『運』を采配してくれているんじゃないかと、

 

捉えてみてはどうでしょうか。

 

 

神道では、こう諭しています。

 

素直な人と感謝する人にだけ、その人に相応しい運を采配してくれる、と。

 

と考えると、神は素直な人と感謝している人を好むようですね。

 

逆を言うと、素直でない人と、感謝しない人には、

 

神は応援してくれないということやね。

 

これ、ほんまやと思うなぁ。

 

特に、身内には冷静になれない。これが人間の本性でしょう。

 

他人に対しては、他人の言動に一瞬頭に来ても、冷静さが瞬時に湧いて来て、

 

それなりの対処が出来ているのに何故、身内に対しては瞬時にキレてしまうのか?

 

それが人間の本性だと思います。

 

本性のままで長年過ごしては、やっぱりいかんのじゃないかと思うんですね。

 

人間成長せな、人生面白く成らないからね。

 

『受け入れる』訓練を天が、身内を動かして(通して)させてくれているんだと、無理にでも思ってみませんか!

 

 

嫌な言動も、ひっくるめて、その人なんだから、受け入れるって、

 

そういうことやとワシは自分に言い聞かせて来ましたから()

 

それが段々自分の身に付いて来ると、

 

腹が立つ度合いが少なくなって来たように感じます。

 

 

やっぱり、自分と自分の身近な周囲の人達を幸福に導いて行くには

 

『受け入れる』訓練を積み重ねながら、

 

神に好かれる人物に成って行かんとね。

 

 

もっぺん言いますよ。

 

神が好きな人は、素直で感謝している人だと忘れんようにしましょう。

 

特に、身内に対して、素直で感謝している人は、

 

神が応援してくれているんだと信じてほしいと願います。

 

どんなに経済面で支えていても、

 

素直じゃない人、感謝しない人には、

 

たぶん、絶対神は応援してくれないんだと。

 

この世の中は、神と人間の合作です。

 

人間の努力だけでも、真の充実は無いんだと思うんです。

 

神頼みしてもダメ。

 

あなたが素直な人間に成らないと。

 

あなたが感謝している人間に成らないと。

 

これ、ほんまですよぉ信じる信じないは、

 

あなたの勝手ですが。