経営者が学び合いをする会にせっかく入会しているのに、

自分のしょうもないプライドや見栄を脱ぐえ去れない人、

多い気がするんです。

 

『学び合いの会』というのは、しょうもないプライドや見栄を脱ぐい去る勇氣を培って行くから、

吸収できるもんなんやけど、吸収出来てないんちゃうかと感じる社長や

後継者、多いと思うなぁ。

 

例えば、経営のピンチ

(売上激減や銀行借入のピンチ状態や社員の反乱とまでは行かなくても、

社長の気持ちを理解しようという気はサラサラない社員等)

に、陥りつつある状況なのに、

 

その会のメンバーの誰かに、自分の恥をさらけ出して、相談できる相手を一人や二人作るくらいの人間関係を持てない社長や後継者。

 

それが出来ないんは、その会の活動を、しょうもないプライドや見栄を取り

払えないまま『意氣に感じる』域にまで取り組まんから、

信頼関係が出来ないんです。

 

ただ精力的に活動するだけじゃ、いかんのです。『意氣に感じる域』に達しての活動じゃないと。

その会の目的、本質を追求する行動をせんから、意氣に感じる域に行かないんやと思う訳です。

人生、すべてエッセンシャル。本質を追求せな、充実には至らんと思う訳です。

 

自分の『ゲスト意識と行動』が、(積極的に関わろうとしない姿勢をゲストと言うんです)

必ず自分の会社で現れて来るのに、気付きもしないんよ。

 

しょうもないプライドや見栄を取り払って、トコトン活動しているにも関わらず、意氣に感じないなら、止めたらええのよその会を。

 

なのに、本質を追求しようとキャスト意識で活動せん人達が『忙しいから』という理由を言い訳にして、

商売につながらんからという内心のくせに、体(てい)の良い言い訳で止めて行く。これをワシは『もったいない』と言うとります。

 

本質を食べてもないのに、美味しくないと言う。美味しくないから食べない、止める。と同じなんですよ。

 

また自分の会社がピンチに陥ってしまってから、相談する人も居りますが、

結果相談でなく、中間相談せなぁ。

 

何の為に『学び合い』の会に入ったん?

その会のメンバーと、心を裸にして、人間として深く関わり合わな信頼関係なんて結べへんと思うんです。

 

自分の会社の『社員との人間関係』を経営者仲間に相談できる間柄が大事なんですよ。

会社も一緒や。社員と人間として深く関わり合う信頼関係こそが、経営力を高めるのに、そこに全身全霊を懸けようとしない社長や後継者。

 

だから商売は行けてても、ストレスが溜まり悶々としてたり、

やがて、その商売が傾いて行くんとちゃうかなぁ。

 

会社の中には、人間として出来た社員も居れば、人間として不届きな社員も居るもんですよ。

不届きとは、自分の金の損得しか考えない、楽な勤務のことしか、考えない、社長の気持ちや考えを理解しようとしない社員のことです。

 

だから経営方針をハッキリ発信せないかんのです。強烈で熱烈な発信を。

 

経営方針というのは、当然『筋』が通っていることが大前提です。

筋が通っているということは、人の道に敵(かな)っているということ。あらゆる業務に、筋の通った方針をハッキリさせて行くんです。

あらゆる業務に人の道を現して行くんです。あらゆる業務に、ですよ。

 

電話応対、帳簿記帳、社員間のコミュニケーション、隅々にです。何ぼでもあるでしょ。

 

人の道を業務に、方針にして行くと、自分の損得しか眼中に無い社員は、

居心地が悪くなって、自分から辞めて行くもんです。

逆に、その方針が居心地の良いと感じる社員は、益々共感してくれるもんです。

 

それを『仕組み』と言うんです。

仕組みが先か、教育が先か、と相談されたことがあるんですが、

すかさずワシは『仕組みが先や。仕組みが出来てると、教育がしやすいから。』と言いましたね。

 

会社が傾く99%の原因は社長一人に、あるんです。しょうもないプライドや

見栄が、その要因のほとんどです。

社員の内面に全身全霊で向き合う勇氣の欠如です。

 

実は今週、経営者仲間から『香川さん、会社のことで相談があるんやぁ、、、』と、

相談事を聴いてアドバイスしましたが、本人に言うた内容を、

このメッセージを読んでいる『社長』の皆さんにも、自分に置き換えて読んでみて下さい。

 

こういうことをです。

会社の借金のことを、社員にオープンにしてますか?何の為に借金しとるんか、説明してますか?

 

会社はちゃんと儲かってるんか、赤字なんか、ちゃんと説明してますか?

赤字なのに、ボーナス出す為に銀行借入してる社長おるでしょ。

そんなことしたらいかんのよ!

給料は、借金してでも出さないかんけど。

 

ボーナスは権利やないでぇ、言うとくけど。社員皆が仕事に励んで利益が出たから、出すもんがボーナスです。

キャッシュが赤字なのに、賞与というのは、有り得ないんです。

だいたい、夏冬のボーナスなんて出すなっちゅうんです。

 

毎年ボーナス出してたら、社員は『生活給』になってしまって当てにしてしまうんです。

どうすん、突然業績が悪くなって、赤字でキャッシュが無い状態やのに。

 

出すなら『決算賞与』にせえっ!と、聞かれたらいつも言うて来ましたワシは。

決算賞与は、当てにしないし生活給とは思わんのよ、まともな社員は。

これこそボーナス感が湧くのよ。

また決算賞与は、社員皆のチームワークにつながるんです。

 

社員の総合能力は給料で差を付けるんです。ワシは、そうしています。

この『総合能力』の定義を社長はキチンと決めていなければいかんですよ。

そしてその定義を社員が『なるほど』と感じてもらえるものを。

 

社員に対する総合能力とはどういうことを言いますか?概念整理せよ。

皆が共感できる定義を明らかにせよ。です。

 

そういう事をイチイチ整理し、明文化することを経営指針に取り組むと言うことなんよ。

決算賞与は、全社員のチームワークで勝ち得たものやから、年間の勤務時間で公平に割って分配したらええのです。

能力の差は給料で付けとんやから。

 

全社員(パート社員もやで)で、その人の年間勤務時間で割って分配したら公平なんやから。

社員が、理解納得そして共感してくれる説得力を持たな、経営者とは言えんのよ。

 

社長も社員の人達も、人生の課題ってあるでしょ。

 

その課題を『人の道』そして『家族』に照らし合わせて考えたら、解決の糸口が見つかるんです。

 

なぜなら、人の道や、家族は本来『利害』を超える間柄だからやからです。

 

利害つまり損得感情を超えた存在に成らないと、信頼関係って結べないと思うんです。

 

もっぺん言います。

 

人間として深く関わり合う信頼関係こそが、経営力を高めるんですホンマやから。

 

会社を潰さない為にも社長も社員も、人の道に則った、

人として深く関わり合う行動をしてほしいと願うとるんです。

 

あ、そうそう、その相談者に、これも言いました。

 

その『不届きな社員』にワシも頭に来た()から、そなな人は社員やない!

会社の一員、仲間やない。辞めさせえ。他の社員も迷惑になるでぇ()って。

 

そしたら○○さん『もう辞めさせた。』って言いました()

ほんでも、その原因は○○さん、○○さんが悪い!

 

会社の借金のこと社員にちゃんと言うとん?

言うてないから、社員は会社はようけ(沢山)儲けとるのに、ボーナス出せよ。って社長に向かって言うんやで。

全然儲かってないのに勘違いされるんよ。社長の人柄や行動を解っている社員は、言わんでも解ってくれると思うけど。

 

まぁ、色々大変やけど済んだことより、今からどうするかや。

一旦更地にして、建て直しせな、また砂上の楼閣になってしまうでえ。

共感してくれている社員達と共に、着実に再構築して行ったらええのよ。

それが出来得るビジネスモデルなんやから。

 

そして銀行にも再建構想を丁寧に説明して行くんよ。

社長の気持ちを、考えを、理解しようとする社員達ばかりなら、

着実に積み重ねて行けて、耐震構造ができ、未来が拓けて行くでえ○○さん!と話したんです。

 

共感してくれている社員と共に業務をして行くことを『仕事』と言うんです。

だから、仕事は気分がええもんなんですよ。

皆さん、業務を仕事にしていかなぁ!ホンマですよぉ。

 

新聞やTVニュースでよく言われている、世間で言うパートタイム勤務の社員を、非正規雇用という言い方は間違いやと思うんやけどね。

 

勤務時間が短時間勤務だけで、何で正規雇用じゃないのか?

同じ会社の社員なのにね。意味が分からん。そう思いませんか?

 

派遣会社から派遣されている社員は、まぁ、その会社の立場では、

非正規社員ですが、

 

直接雇用している短時間勤務のパート社員を何で、非正規と言うのか?

それこそ差別やないかと思うわぁ。

 

マスコミの哲学の無さを感じる。

 

何事も『人の道』ということを判断基準にしたら、呼び方や考え方や施策も

情が通うというか、心温かい関係が、成り立って行くのに。

 

会社というのは親心を持たないかんのよ。親心を持って、施策を実施するから、フルタイム勤務の社員も短時間勤務の社員も年月は掛かるやろうけど

『伝わる』んです。

 

人間関係の充実はこの『伝わる』ということじゃないかと思う訳です。

 

伝わらない関係というのは、そもそも、情が通いにくい規模にするから、

人の道が社業に現すことが出来んなるんも、また事実やわなぁ。

 

成長企業じゃなく、膨張企業が多過ぎる気がします。

 

『成長』の定義を今一度、考え直してほしい会社、ようけ(沢山)あるように思うんはワシだけでしょうか。

 

ワシは、成長とはこう思うんです。

 

人間を考えたら分かると思うんやけど。

 

赤ちゃんは、20年経って、世間は成人と言いますが、二十歳になったから

『一人前』とは認めてくれんでしょ。

 

二十歳から『何か』に一所懸命取り組んで、まぁ十年、一つ事を為していると、まぁまぁ、世間からは一人前扱いされるとも言えます。

 

つまり生まれて20年経って、それから何か『一つ事』を十年一所懸命取り組んで、やっと一人前。という考え方です。

 

だから、会社に置き換えると、未だ心底から打ち立てた経営の指針が無ければ、真の意味で、生まれたことには成らんと思うんです。

 

だからワシは、事あるごとに『経営指針』に取り組みながら、

己れの良心に向き合い、経営のあらゆる概念を整理する取り組みをしたら、

ええのに。と話しておるんです。

 

会社設立して30年だとしても、一人前じゃないという考え方です。

 

人生の生きる意義目的が、個人も会社も生きる基盤なんですよ。

意義目的の芯が無いから、マスコミや他人の言うことに振り回されるんよ。

 

自分の芯に成る判断基準が無い人や乏しい人は、あんまり情報を入れん方がええですよ。

 

情報は、判断基準を確り持っている人が入れるのが、幅が広がるんやけどねぇ。

 

自分の判断基準を持つには、自分の考えを、よくよく考え抜いてゆく習慣を

持つことなんです。

 

考え方を考えることで哲学が形成されて行きますから。

 

コロナに関する様々な発言も、批判が多過ぎる感ありやわ。

批判するなら、対案を出せ!なんよ、人の道に照らすと。

 

自分が、総理大臣ならどうするんか、対案を出さないんやったら、批判したらいかんわ。

 

相手の立場に立つ訓練に成るんよ、対案を考えることは。人間が出来て来ると思うけどなぁ。

 

公転の中の自転しか、躍動は生じないんです。

 

どういうことかと言うと、地球は太陽の周囲を廻っています。これが、公転。

 

公転しながら、自分でも廻っているのが地球なんです。つまり、自転。

 

だから現在生物が活動している星は、地球しかないんちゃうかなぁと感じてます。

 

月は太陽の周囲を公転してますが、自転してないんよ、ね。

だから生物は活動していないというのが現代の科学です。

 

あなたの人生を、何事も『公転と自転』ということに置き換えるんです。

 

会社の方針が公転。社員が方針を理解納得して実践しながら、自分も考えながら業務を果たしている状態です。

 

言われた事をするだけでは、公転のみやから躍動は無いんです。

躍動とは、あなたの魂が輝くということ。

 

自分なら、どうするかを考える。自転せな。

 

全員の充実の為に、公転しながら、自転する集団が、真の国家であり地域であり、会社であり、家庭なんやけどねぇ。

 

会社の方針を理解しようともせず、自分勝手に業務をやってるのでは、

自転だけやから、これまた、躍動は生じないんです。

 

ワシが所属活動している『同友会』でも同じなんです。

 

支部の執行部の方針を理解しようという思考が大事なんです。

 

意見が異なるなら、活動の理想像に対して大いに議論することが『雨降って地固まる』になって行くんです。

 

意見が合わないから、自分は参加しない。こういうことをやっていると、

自分の会社の社員に、反映するで。

 

自分が違う場所で行動した事が、回り廻って自分の会社に反映されて来るんよ、ほんまやでぇ。

 

公転の中の自転が、幸福の原点なんよ。批判するなら、対案を出せ!

 

お前なら、どうするんやっ!己れの意見を述べよ。です。

 

その意見は全体の幸福や、充実につながるのか?を考え抜かな、いかんのよほんまに。

 

あぁ、言うときますが自転には、軸が無いと自転出来ないんです。

軸つまり、生きる意義目的です。己れの哲学が軸です。

 

公転の中の自転。さぁ、皆さん。よくよく考えてみてほしいと思った今週でした。

 

  

他人(ひと)の心の苦しみや悩みは、その本人しか、分からないもんやと思います。

 

心中を察して、想像してあげることは出来ても、その想像したことが、

的を射てるかどうかは分からんもんです。

 

また、その人に何か役立つキッカケになればと、何かしてあげても中々、

それを受け入れる心境になれない人も居るように感じます。

(これはもはや精神的病いやと思いますが)

 

結論は、どんな苦しみも悩みも、己れの心で克服して行くしかないというのがワシの価値観です。

 

そして、しょうもないプライド、見栄を自ら捨てない限り、人生行き詰まるようになっとると思うんです。

 

縁あって他人があなたの何か、克服できるキッカケを親切心(ごころ)で、

作ってくれているにも関わらず、

 

自分の欲求が優先してしまう人は、多い気がします。

 

欲求とは(自我が強過ぎて)自分が『第一に知りたい事』のみ発散してしまっているクセのことです。

 

よく、テレビドラマで言うてる『ただ真実が知りたいだけなんです』みたいな。そななん知らんでええんちゃう!()

 

そういう人の大体は、

 

その『知りたい』心境というのは、被害妄想の心のクセ。とも言えるんじゃないかと感じることがあります。

 

自分のことを何か善からぬことを言われてると思っているから、何か、言い訳したいんでしょうか?

 

その人に瞬間的に頭に来たから、責めてるんじゃないの?その人を責めても

仕方ないのに。

 

その被害妄想のクセを心の持ち方で払拭するしか、あなたの心は晴れませんよ。

 

どんな想いで、他人であるあなたに、キッカケを作ってくれているのか?

に先ず、心を傾けな、

 

いつまで経っても、あなたの心の苦しみや悩みは、スッキリせんと感じるなぁ。

 

例えば以前、誰かがワシのことを良く言っていないと言うことを、

ワシに親切心(ごころ)で言ってくれた友人がいましたが、

 

誰が?何を?どんな風に言ってたんか、聞きたい気持ちも一瞬過(よぎ)りましたが、 

 

ワシは何も聞かず、言い訳も発せず、ただ『ありがとう』と返事し、握手しました。握手ですよ、握手()

 

一切、聞き出すようなことはしませんでしたね。

 

皆さん、ワシはココやと思うんです。

 

イチイチ聞くなっ!というのが香川湧慈の価値観です。

 

聞くより、自分の心に潜在している二つの心に、気持ちを向けることが大事で大切やと思うんです。

 

二つの心とは、卑しい心と、誠実な心です。

 

人間は誰しも、この二つの心を内在しているもんやと思います。

 

己れの良心で、内在する卑しい心に打ち克つしか、苦しみや悩みは克服して

行かんと思うなぁ。

 

苦しみから逃るる道は苦しみ切ること。

 

苦しみ切ったその先には『スッキリした心』が待っているんだと感じます。

 

言い訳したい気持ちは分かりますが、

 

言い訳の心が浮かぶようじゃあ、あなたの心の苦しみや悩みは解消されんような気がします。

 

苦しみの海に溺れたまたやでぇ。

 

観念する。苦しみ切ることで、溺れた状態から逃れられるのに。

 

誰にも備わっている心の良心を発露する毎日を心掛けませんか。

 

言い訳の先に、スッキリは、ありません。

 

誰しも、誤解されることはあるんですから。

 

だいたい、誤解する人というのは、あなたとじっくり話した体験の無い人達やと思うんです。

 

自分の人間性や価値観のことを、よう知らん人達なんやから、

 

そりゃ、誤解されても仕方ないという一面はありますよ。

 

イチイチ被害妄想に陥るより、

 

自分の良心に心を向ける習慣をワシの縁ある人達には、持ってほしいなぁと思った今週でした。

うちに今月末で60歳になる女性社員が居まして、

 

うちは、定年制の無い引退制なので、一旦、60歳で退職扱いをし、退職積立金を数百万円支給(正社員歴10パート社員歴8)するんですが、

 

(社員一人一人に相応しい、会社で規定している60歳で受け取る金額を、

60歳で満期になるプルデンシャル生命の積立保険を会社が全額負担で掛けておるんですね。)

 

翌月から再雇用というスタンスで、本人が引退しますと言わない限り、

終身雇用なんですねエモーションは。

 

本人の意向で2月からは短時間勤務の、パート社員になります。

 

ワシは社員一人一人の人生を昔から慮って考えて、会社の仕組みを構築して

来たから、こんな提案をしてあげました。

 

まぁ社員という立場の人達は、中々60歳以降の人生設計が思い浮かばんもんですよ。

 

だから、本人が選択できる構想を提案してあげることは、親心と言うもんやと思うとりますから。

 

『体調と自由時間と、集中した短時間勤務』のバランスが、穏やかな生活に

成るんやないか。と言い、

 

ハローワークから60歳から再雇用して、正社員時の月給が最大40%下がる

再雇用時の給料という条件ですが、

 

本人が65歳になるまで60ヶ月間『高齢者雇用継続給付金』が、

MAX額振り込んでくれるので、5年間で、こんだけくれるぞ、って話してあげました。

こういう給付金なんか、制度があっても、ハローワークから一々言うてはくれんですからね、申請やから。

 

だから、勉強しとかないかんで経営者は。社員の有意義な人生のために。

 

そしたら本人も、その生活スタイルを想像できたんでしょう、心軽やかに成った感ありです。

 

皆さん方の会社では、正社員が、一旦退職して、再雇用した場合、時給はいくらですか?

 

ワシの価値観は、正社員時の月給を月の勤務時間で割った金額を、時給にしています。

 

うちは月150時間勤務なので、正社員時の月給を150時間で割った金額を時給にしています。

 

これが『まとも』やと思うからです。

 

なのに、世間一般的な会社では、正社員が、パート社員になったら時給が900円とか千円に落ちるんは、どういうこと?って思うんやけどねぇ。

うちは、その二倍の額が時給になるなぁ。

 

今月までの勤務能力が来月になったら、劣る訳でもないし()

 

勤務時間が短くなっただけなんやから、時給は正社員時の月給を時給換算してやったら、ええんちゃう?

 

というのが香川湧慈の価値観です。

 

更に、福利厚生も充実しとると自負しておるんです。

うちより、何倍も何十倍も大きい会社でも、

 

うちのような福利厚生は、あんまり聞いた事がないんよねぇ。

 

福利厚生なのに、何か『取引』感のある内容のもんも、見聞きしますしね。

 

うちの今月、一旦退職する女性社員の場合、月額約65000円分の福利厚生でしたが、退職積立金だけ2月から省くので約42000円分は、継続です。

 

うちの福利厚生の一つに、ソニー生命の医療積立保険を全員(自由出勤のパート社員含)に、全額会社負担で掛けておるんですが、

 

社員一人一人が65歳になった時点で、掛け金満額掛け終わりで名義をエモーションから社員個人に引き継ぎする保険です。

 

65歳で個人(社員本人)名義になるので、社員が、その時点で、解約したら、

250万円になり、解約しなければ、保障が終身継続というものです。

 

だから、まぁ、60歳で一旦、退職積立金を無税(退職金は、所得税も住民税も無税で、確定申告も不要やから)

 

で受け取り、65歳で250万円受け取ることもできるので、2回退職金受け取る感覚にもなります。

 

儲かってない時期から銀行借入してでも、整えて来ました。

 

気持ちがあるんやったら、借金してでもしてやれぇっっ!って、

他の社長達に言うて来ましたよ()

 

うちは業績は悪かったから、

 

会社が銀行借入するのは事業の『着実性と収益性とビジネススタイルの持続性と発展性を包括』した事業を訴えながら、

 

銀行を理解納得共感させて行く説得力を持たないと、貸してはくれへんと思う訳です。

 

だから、振り返ってみると、哲学が深まり、事業を整えることが出来たとも言えますね。

 

まぁ以上はうちの実例ですが、

 

で、引退したい時まで働ける継続雇用やからうちは。

 

縁あって、共に人生を歩む社員は、一生面倒見るという想いを、業務に現しているんやけどね。

 

別に特別な事とは思わんのやけど『ようするなぁ、すごいなぁ。』とか言われたことがありますが、価値観が違うんやろうねぇ。

 

世の中の『社長』と呼ばれる人達の中には、

 

会社(経営者と社員と株主やお客さんや関係先さん)を真剣に心底から考えてないんちゃうかなぁと、感じる人達、多い気がするんです。

 

そもそも社長やでぇ、何で、自分が取り組んでいる事に本氣に成れん人が多いんかなぁ、と感じる人達、居るんよなぁ。

 

本氣で取り組まんのやったら、せんでええのに。と、たまに思うことがあるんよねぇ。

 

仕事も勉強も、一所懸命にならないなら、人生で『モノ』には成らんような気がする。

 

『なぜ?何のために』を理解せずして『やり方』を学んでも『もの』には成らんと思います。

 

『なぜ?何のために』が明確になると、人は成長に向かうことが出来るんやと思います。

 

その『なぜ?何のために』の理由を言葉や、文章で示せると、より相手に理解、納得してもらいやすいから、

 

今、やっている事や、やろうとしている事の『なぜ?何のために』を明らかにせよ。と、何かあるごとに、言うておるんです。

 

まぁ今週はこの辺で。

皆さん方は、真心(マゴコロ)の気持ちを、

業務に現していますか?

誰かに現していますか?

例えば『待遇の良い会社』に勤めている社員の人達に言いたいんやけどね。

どこか『してくれている事』に対して、

あなたは『真心』を現していますか?と投げ掛けさせてもらいます今週は。

真心とは、そもそも、してくれている人の想いと同じ気持ちで、

受けていますか?っちゅうことなんです。

相手の心中を察する心を持って、その想いと同等の気持ちで受ける心を、ワシは『真心』や、

と言うとるんです。

してくれて嬉しいわぁ程度の気持ちじゃ、

単に『ラッキー😃💕
では、いかんのやでって。

相手のしてくれている心中と同等の気持ちで返事する、想いに応える。

これが、真心で接する。真心を現す。

ということやと思います。 

そういう人間としての『深み』を養成していかな、皆さん、子供ちゃぁうんやでぇ()

と、脳裏に浮かぶことがあるんです。

中々自然体で『相手の気持ちと同じように』

に、成っている自分の心持ちって、

成っているようで、成っていないかも分からんですね。

してくれる相手と同じ想いのレベルで、受ける側の想いも同じレベルでないと、

真心と真心の付き合いには、成らんのよ。

真心と真心を釣り合わすことを『真釣り』と言うんやけど、

つまり『祭り』なんです。日本語の由来から言うと。

『人生は、お祭りだ』の真の意味は、

真心と真心を釣り合わしている生活を、本来言うんですよ皆さん。

全国各地に昔から祭りが、行なわれていますが、

単に、ワイワイ騒いで踊ったり、酒を飲んだりするのが祭りじゃないんよね。

祭りという行事を通して、人間と人間の真心を釣り合わす神事なんです。

神さんは、祭りを通して教えているんやと感じて来たし、

その何者か分からん偉大なる、与えてくれている存在の想いに報いる気持ちが、真心ちゃうかなぁとも感じる訳です。

そういう気持ちでいる心持ちを『謙虚』って言うんちゃうかなぁ。

自分で、出て来るメッセージを読みながら、

ワシも
『なるほどなぁ』と学びを深めておる次第です。

自修ですね。

この『謙虚さ』を、
どう、待遇の良い会社の社員達に、備えてもらえるよう風土を創って行く先導者が、

経営者です。

社長の皆さん、経営者に成るよう自分の心を向けていますか?

社員の皆さん、先に言いました『謙虚さ』に心を向けていますか?

人間関係は権利と義務だけじゃないんです。

責任と感恩の関係。

つまり、真心と真心を釣り合わす関係やと、メッセージさせてもらいます。

先週の金曜(18)は亡き師匠の27回目の命日でした。

 

新年に当たり、そう言やぁ、師匠の『悟りの句』は

 

『岩もあり、木の根もあれど、さらさらと。水は流るる、たださらさらと。』

 

だったなぁ、と頭をよぎりました。

 

あぁ、自分もこの心境で歩もうかなぁと、なぜか、ふと思い浮かんだんです。

 

ずっと信念を持って歩んで来ましたが、

 

信念と頑固は紙一重。

 

ついつい知らず知らずのうちに、信念を貫いているつもりが、

 

ひょっとしたら、頑固に陥ってないか?

 

自問自答する心の習慣を持たな、いかんわなぁと、ふと思った訳です。

 

だから、師匠の悟りの句に照らしてみたら、

 

自然体で、流れるままというのも、人間成長かなぁと感じたという訳です。

 

ただ、ここで感じたのが、今まで歩んで来た行動が『人の道』に照らして恥ずかしくない歩みをして来た自負があるなら、

 

流れるままで、心穏やかに『あらゆる環境』が上手く行くやろうなぁと感じます。

 

逆に『人の道』に照らして反した歩みをして来た人は、

 

流れるままに歩むと、それこそ『ど坪』に向かって行くんちゃうかなぁと。

 

もし、こういう思いのある人は、今から、考え方を改めて『人の道』に照らした歩みをすれば善いんです。

 

頑固に陥りそうな自分の我を抑えること。それしか、前には進めん気がしますねぇ。

 

今年から九星氣学というものによると、流れが変わる節目の年らしいです。

 

『風』の流れに、今年からなったようです。

 

正月早々、師匠の悟りの句が浮かんだことを考えると、何か『水は流るるたださらさらと』と、

 

『風』の流れが始まった年という共通のような感じがしたんよね。

 

だから、たいていの事は、流れのまま自然体で行くのが善いかなぁと、

感じておる次第です。

 

皆さん、何か頑(カタク)なになっている事やモノがあるなら、

一旦『自然体の流れ』という観点に立って、

 

見つめ直してみては?

 

というメッセージを今週は贈ります。

 

今年最初のメッセージはエモーションの令和三年の年間スローガンと、

今週思ったこと。

 

毎年、正月三が日の間に社長のワシが、年間スローガンを書いて壁に貼り、

毎朝の朝礼の最後に、皆で唱和しております。

 

一年間、出勤した日は毎朝唱和をしていますが、

 

どこの会社でも陥るであろう『お題目』に、ついついなってしまい勝ちなところを、

 

お題目にさせない風土が大切だと肝に命じてせないかんのです。

 

うちの、今年の年間スローガンは、これにしました。

 

『人格は、本を読んだから、何か研修をしたから磨かれるものではなく、

仕事に向き合う姿勢でしか、磨かれない!

 自分の心の姿勢と行動だけが、自分の将来を創る。一流とは、隅々にまで行き届いていること。今日一日、一流をめざす❗❗

 

です。

 

社長はじめ、社員一人一人が、日に一度でいいから『一流をめざすんだ』と毎朝心する習慣が、とても大事で大切やと思うんです。

 

皆さんの会社では、

社員一人一人に、一流をめざす!と心を向けさせる努力を習慣化しとりますか?

 

せな、いかんで、ほんまに()

 

ということを年頭に述べまして、今週思ったこと。

 

商売のセンスは年齢ではないなぁとつくづく思います。

 

見た目は、何か頼りない感じに見えてる若い経営者でも、商売のセンスあるなぁと感じる人、おるんよなぁ。

 

でも、若くして商売センスがある人が、将来も善いように成っているか?

 

それは社長自身の誠実さに左右されるんやないかなぁ。

 

社員想いか否かで、運が味方するかどうかに分かれるんやと感じます。

 

だから、若くして商売センスがある人も、

 

若い時は商売センスがなく、ある程度年輪を重ねて、商売センスが身に付いて来る人も、

 

『誠実さと社員想い』

 

この二つを、自然体で維持出来ていれば、実は、運が味方してくれるんやないかと思う訳です。

 

自分は、誠実で社員想いなのに、運が味方してくれてるとは思えへんのやけど、と思っている人や、

 

自分は商売センスはないわぁと感じている人に、言わしてもらいますね。

 

それは、たぶん誠実さが欠けているか、社員想いと思っているだけで、

社員想いの行動が出来てないのよ。

 

人生、勝負は後半にあり!

 

36年前から思って来たことです。だから、焦らない習慣が身に付いたんやと感じます。

 

普通、こんな危機になったら焦るやろっ。と皆が感じることに遭っても、

焦らなかった習慣が身に付いていたのは、

 

人生、勝負は後半にあり!と信じ切って来たからやとしか、思えません。

 

皆さん、自分は信じてたのに、、違うやん、と思ったことがある人に、

 

それは、信じ切っていなかったんです。

 

そういう人の、信じるとか信じないとか、っていう心境は、自分の都合で言うてるだけなんです。

 

『信じる』って言うのは、自分の都合じゃないんですよ。

 

如何なる状況になっても、我れ悔いなし!の心境になれないならそれは、

信じていたとは言えません。

 

信じ切れるものがある人は、心救われます。そして自分らしく生き切れるんじゃないかなぁと。

 

商売センスのある人も商売センスのない人も人生、勝負は後半にあり!と考え方を変えてみてほしいという願いを注いで、

 

今週のメッセージにします。

今年最終のメッセージです。

 

それこそ今年は未曾有の年。来年も、この余波は続くやろうねぇ。

 

来年、ブレずに愉快に歩んで行けるコツは、こうやと、ほんまに思います。

 

『人生の優先順位』を決めよ!です。

 

あなたの人生の優先順位は、何なん??

 

そういう事を、決めてないから、または決めているのに、決めた事を続けんから、

 

せっかくの努力が報われなくなるんよ、ほんまやでぇ。

 

例えば、あなたが何かに出会い、凄く感激して、これ自分の人生を有意義にして行く為に一番ちゃうかぁと、思った事があるとしませんか。

 

または優先順位の第一義としてしているものがあるとしませんか。

 

だったら、続けなぁ!

 

途中で何か用事が入ったから、一旦お休みする。それなりの理由を付けて。

 

そんな繰り返し、やってませんか?!

 

だから、また振り出しに戻ってしまうんよ。

 

斯く言うワシは、アサヒスーパードライの名キャッチコピー

『すべては旨いの為に!』

のようなものが、自分には在るんです。

 

人生の優先順位が魂に根付いている、という表現がピッタリやと感じるんですよ。

 

皆さんは、自分の魂に響くものが今までありましたか?

 

何を於いても、これが人生の優先順位というものが備わっていれば芯の部分でブレることは無いと思います。

 

そういうものが在る人は、他人に言う必要もないんです。秘めていれば。

 

あぁ、感激しました。魂に響きました。って、言葉に出しているうちは、

 

芯まで至っていませんね()悪いけど。

 

本当に感激や魂に響く思いをしたら、言葉に出ませんよ。

 

『あぁ~!』って、うなだれますよ。身体中に染み込んで来るもんです。

 

言葉に出るうちは染み込んでないと思いますねぇ。

 

新たな年を迎えるに当たり来年は、あなたの魂に響く何かと出逢えますように、と願っていますよ。

 

自分が感激したものを続けるだけで、運が寄って来るんやと体験的に感じておるんですよ。

 

あなたが、せっかく、感激した出逢いがあったのに、

 

最初は、続けるぞ!って決意したはずなのに、

 

続けんから、一回休むから、振り出しなんよね。

 

残念!

 

来年は、自分が決めた事を、決意した事を、続けて下さい!

 

『儲けの根源』

というのを何十年か前に学びましたが、こういうものでした。

 

1.時流に乗ること。

 

2.儲かるような会社にシステムを創ること。

 

3.付加価値(粗利益)を高める創意工夫に徹底的に挑戦すること。

 

4.社員のやる氣が起こってしまう社風創りに全身全霊を懸け、

社員を時間で使うのでなく、能力を生かすこと。

 

5.社長の器を大きくし『ツキ』を付けること。

 

一番大事なのは社長のツキである。

 

という項目でした。

 

だから、自分の人生の経営をしている社長はあなた自身ですから、

 

『ツキ』が付くような行動を心掛けましょうや。

 

言葉より行動です。

 

ワシがいつも言うてる『行ないは、心』

 

あなたの行動が、あなたの将来のツキを呼ぶか、逃げるか、なんよね。

 

他人(ひと)は、あなたの言葉より、何をしたか、何をしているのかという行動しか評価しませんから。

 

人間は、行動でしか、評価されないものなので、つべこべ言わず、自分の行動を振り返って、粋な行動しませんか。

 

今年最終メッセージのまとめに下記メッセージを贈ります。

 

人間、どん底の時に何をするかで、未来が決まる。

 

行動できない(していない)理由は、

『行動したくなる程、

心が震えていないから。』というただ一点にあるんです。

 

一人前とは、価値の提供と共に価値の説明まで出来る人を言う。

 

人は何を信じるかで人生が決まって来る。

 

 

 

世間ではクリスマスのプレゼントをする人は多いんだろうねぇ。

 

皆さんは自分に出来るいや自分にしか出来ない『贈り物』をしているんかなぁ?

 

ワシは、趣味とも言えるくらい習慣になってしまっている、何十年と続けている贈り物があるんです。

 

『言葉の贈り物』ですねぇ。

 

お金や物は、そうは中々プレゼントし続けてあげれんしね。

 

言葉くらい、縁ある人達に贈り続けてあげたら、ええのに。

 

と昔から思っていたので続けておる訳です。

 

言葉の贈り物をするには、自分の哲学を深め続ける生活をしていないと、

中々できんと感じます。

 

言葉の贈り物は、声で発するのも、文章で発するのでもいいんです。

 

相手の心、いや魂に響くような言葉の贈り物を、事有るごとにしてあげたいよねぇ。

 

そのコツと言うか自分の体験で言うと、

 

相手の人間性の成長になってほしいという願いで、厳しさの中に優しさが在るメッセージを心がけて来ました。

 

それには『人間とは何ぞや!』ということに関心がなければ、

 

人間の特性や本質を学びたいとは思わんだろうしねぇ。

 

エモーションの『経営根本精神』というのを経営指針書に明記しているんですが、

 

その言葉が『経営は人間学』と明記し、説明しています。

 

正に、永遠のテーマです。

 

この探求は、尽きることが無いですねぇ。

 

人間学を探求しているから、自分が『出来た人間』という訳ではないんです。

 

まぁ、ワシはだいたい気が短いんです。

 

商売や経営に於いては執念深く、ようそこまで耐えれるなぁと言われるくらい、忍耐強いし、気も長くおれるんやけど、仕事以外では気が短いわなぁ。

 

『要は、こうせないかんやろ!』というシチュエーションには気が短いんよねぇ。

 

要は、こうせないかんやろ!以外のことには気は長く居れるんやけどね、

何でか知らんけど。

 

『自分も商売しとんなら、ちゃんとせんかい!』って、一般人でなく、

仕事に従事している人で、

 

配慮が無いなぁと感じてしまう人には、気短かになってしまうんよなぁ、

これが。

 

また自分を信じ切る気持ち、自己肯定感が強く、自信が備わっているから、

 

いわゆる、偉そ気(ゲ)に言う癖が身に付いているから、

 

気が短かくて、偉そうに言うから、その点だけには女房から、ダメ出し食らうんやけどね()

 

まぁしょうがないんよ性格やから、治らんわなぁ()

 

得てして、創業者ってそういうタイプ、まぁまぁ居るよ。

 

でも、偉そ気に言いながら同時進行で内面に反省心も起こっとるんよ、

ほんまに。

 

まぁ、この30年、色々と『社長』を見て来たけど、だいたい起業した創業者っちゅう社長は、

 

創業者じゃなくても、創業者タイプの社長は気が短い人、多いなぁと感じますねワシを含めて。

 

その点、二代目三代目の社長というのは、創業者に比べると、気が長そうに感じるんやけどね。

 

皆さん、人の性格は、たぶん一生変わらんと思います。

 

でも、ものの見方や、考え方、捉え方は後天的な『学び』を続けていると、

変えることは出来ます!

 

だから、人間は自分の人間性を磨き続ける勉強、学びを生涯懸けて継続せんと、ね。

 

昨日までは、リハーサル。今日から本番!

 

と気持ち切り替えて、

 

ものの見方、考え方、捉え方を深めることが『その氣』さえあれば誰でも出来ると思うんです。

 

どんな性格の人も『その氣』にさえなれば、自分の将来切り拓いて行くことが出来るとワシは思うなぁ。

 

『その氣』になって、縁ある人達に『言葉の贈り物』をし、続けませんか!

 

クリスマスを目前に、閃いた『言葉の贈り物』です。

この10年くらいの間、うちのルイボスティーを扱いたいって問い合わせがある会社や個人の人達に、ワシは聞くんです。

 

どこで、どうやって売るん?って。

 

そしたら、ネットで。とか、どっかに卸ししようと思ってる。とかが、

多いんです。

 

何で、仕入れ商品を、自力で直売しようという意識がなく、

卸しをしようとするのか?

 

仕入れて、卸売りするんならプチ商社やから粗利少ないけどねぇ。

 

うちのようなメーカーが『考え方が合い、顧客層が的を射てる所』なら、

卸しは大切ですが。

 

また、何でもネットで売ったら売れるんちゃうか、と安易に思うのか?

 

ネット通販は、商材によるよ売れるか売れないかは、って話するんです。

 

マーケティングをしようとしないで、何でもネット、

特に有料モール(楽天とかアマゾン)に出店したら、

 

売れると勘違いしているんじゃないかと感じてしまうんよね。

 

例えば、ネット通販で広告バンバン掛けて、

 

ヒットしたとしませんか。

 

どうするん?発送。

 

発送処理の為にパートスタッフ大量に雇わないかんのよ。

 

安い、または世間一般並みの時給しか出せへんのに、大人数雇っていつネット通販の売上が、激減するか分からんのに。

 

発送個数が激減したから、辞めてもらわな、いかんなるんじゃないの?って

思うんやけどね。

 

また、欠品したら困るから、大量在庫抱えないかんなるんやでぇ。

 

昔、聞いたことがある実話やけど、

 

ネット通販でバンバン広告費掛けて、大ヒットした単品リピート商品が、

あれよ、あれよと価格が千円かそこらの商品が10億円の年間売上。

 

物流を外注する費用が惜しかったのか、自社で物流倉庫を銀行借り入れして

建てて、オペレーターやら、物流スタッフやら、大人数雇用して、

数年は売上てたけど、やがて売上激減。

 

ついに倒産でした。

 

あらゆる『適正』を考え抜くことが大事なんやけどね。

 

ゆっくりと、規模を拡大せず、着実に。

 

これが『歩む』ということやとワシは思う訳です。

 

赤ちゃんだって、いきなり成人に成らへんのに()

 

『急成長』ってマスコミや世間で言うけど、国語知っとんか?!って()

言いたくなるんよね。

 

本来、国語的に意味がおかしいでしょ。

 

急に拡大したなら、それは『膨張』と言うのにね。

本来、急成長企業って無いんよ。

 

有るのは膨張企業や。

 

やっぱり、自力で直接お客さんを掴んで行く努力は、実が成るような気がします。

 

花は咲いても、実が成らない会社、ようけあるんちゃうかなぁ。

 

卸しは、メーカーの『想いと、仕組み』をちゃんと理解してくれて、

普及してくれる卸し先でないと、長く続きません。

 

()してや、仕入商品を、卸先を探して流すだけなんて、メーカーなら、

粗利が商売になるくらいあると思うけど、

 

小さい会社が粗利額が見込めない商売をしたらいかんと思うんです。

 

『労多くして、益少なし』ですよ。

 

自分の魂が本当に願っていることに心を向けて行かない限り、

 

充実感は一時期であって、長続きしないと思うんやけどねぇ。

 

魂の願いは、自分がどんな人生を歩みたいと願っているのか?

 

本当にやりたかったことは何なのか?

 

その願い通りの人生を歩むことが本当の魂の願いじゃないでしょうか。

 

自分の魂の願いに生きると、充実感や満足感があり、心が癒されます。

 

魂からの願いのことを『魂願』と書きます。

 

今一度、自分の魂の願いは何なのか?

 

じっくり見つめてみてほしいんです。

 

自分の魂の願いに心を向けて行くと、発見があるから、ホンマに。

 

なぜ発見があるか?

 

あなたは、今まで色んな人達と出会って来て影響を受けて来たはずでしょ。

 

人生を歩む上で、良い影響を受けたなら大丈夫ですが、

 

悪い影響を受ける人の多くは、自分に芯が無いというか、軸が確りしていないから、振り回されて、自分の魂の願いに生きれないんだと思う訳です。

 

そういう自分の魂に、覆い被さっているものをディス(取り除く)するんです。

 

覆い被さって、積み重なって来たもの、つまりカバーされて来たものをディスして行く。

 

だから、ディスカバーつまり『発見』出来るようになっているんじゃないかなぁと感じる訳です。

 

発見を英語で、ディスカバーと言うしね。

 

さぁ、皆さん!ディスカバーしましょう。

 

そのコツは、今まで覆い被さって来たものを取り除く、あなたの強い意志、

勇氣しか、ないですから。