皆さんは『運』の采配というのを考えたことがあるでしょうか?

 

テレビで西郷輝彦が、こんなことを言っていたので、

 

あっ、ワシもそう考えたことがあるなぁと思ったという話ですが、

 

西郷輝彦が涙しながら『母親の運を僕がもらった感じですよ』って。

 

これは、自分が望む、望まないに関わらず、

 

向こうの世界で、運を采配しているんじゃないかと、思ったことがあったという、ワシの捉え方です。

 

 

西郷輝彦の言う感情と同じ感情と、違う意味の二つの感情ですが、

 

香川家の親戚っていうのは、数少ないんですが、

 

昔は、まぁ迷惑掛けられた事が少なからずありましたから、

 

頭に来てた時期もありましたが、冷静にその人達を見渡したら、

 

お世辞にも、経済的にも、家族の人間関係も仕事も、

 

充実しているなぁとは思えない感覚でしたから、

 

何か香川家に関係する皆の運を、ほぼ自分がもらっているんじゃないかと、

 

勘違いするくらい、ふと思ったことがあるなぁと。

 

経済面、仕事面、健康面、人間関係で、自分が充実して生活出来ている(他人が昔の内情をもし知ったら、経済的にはたぶん一般的な人達よりは、大変な苦境と感じるでしょうが、苦労を苦労と感じない有り難い性格に助けられましたが)のは、

 

 

天の神様に望んだ訳ではないけど、向こうの世界で、

 

香川湧慈に、香川家の周囲一同の『運』を、

 

采配してくれているんじゃないかと思ったらやねぇ、

 

あぁ、申し訳ないなぁという心境になったことがあったなぁと、

 

西郷輝彦のテレビでの話を聞いた瞬間、思ったという話です。

 

 

ワシに皆の運を采配してくれたんじゃないかと思ったら、

 

頭に来てた感情も消えたんですよほんまに。

 

皆さんも、そう捉えたら、大いなる許しの心が湧き出るんじゃないかと感じます。

 

だから、皆さん。

 

もし皆さんの周囲から色々と大変な仕打ちを受けた人も居るかも知れませんが、今、考えてみたら、何やかや言うても、

 

充実した生活ができているなら、

 

向こうの世界で、

 

あなたにあなたの周囲の人達の『運』を采配してくれているんじゃないかと、

 

捉えてみてはどうでしょうか。

 

 

神道では、こう諭しています。

 

素直な人と感謝する人にだけ、その人に相応しい運を采配してくれる、と。

 

と考えると、神は素直な人と感謝している人を好むようですね。

 

逆を言うと、素直でない人と、感謝しない人には、

 

神は応援してくれないということやね。

 

これ、ほんまやと思うなぁ。

 

特に、身内には冷静になれない。これが人間の本性でしょう。

 

他人に対しては、他人の言動に一瞬頭に来ても、冷静さが瞬時に湧いて来て、

 

それなりの対処が出来ているのに何故、身内に対しては瞬時にキレてしまうのか?

 

それが人間の本性だと思います。

 

本性のままで長年過ごしては、やっぱりいかんのじゃないかと思うんですね。

 

人間成長せな、人生面白く成らないからね。

 

『受け入れる』訓練を天が、身内を動かして(通して)させてくれているんだと、無理にでも思ってみませんか!

 

 

嫌な言動も、ひっくるめて、その人なんだから、受け入れるって、

 

そういうことやとワシは自分に言い聞かせて来ましたから()

 

それが段々自分の身に付いて来ると、

 

腹が立つ度合いが少なくなって来たように感じます。

 

 

やっぱり、自分と自分の身近な周囲の人達を幸福に導いて行くには

 

『受け入れる』訓練を積み重ねながら、

 

神に好かれる人物に成って行かんとね。

 

 

もっぺん言いますよ。

 

神が好きな人は、素直で感謝している人だと忘れんようにしましょう。

 

特に、身内に対して、素直で感謝している人は、

 

神が応援してくれているんだと信じてほしいと願います。

 

どんなに経済面で支えていても、

 

素直じゃない人、感謝しない人には、

 

たぶん、絶対神は応援してくれないんだと。

 

この世の中は、神と人間の合作です。

 

人間の努力だけでも、真の充実は無いんだと思うんです。

 

神頼みしてもダメ。

 

あなたが素直な人間に成らないと。

 

あなたが感謝している人間に成らないと。

 

これ、ほんまですよぉ信じる信じないは、

 

あなたの勝手ですが。

 

 

 

 

よく、何か指示した時に、すぐ「それは、そうやけど、こうこうこういう人もいるからねぇ。」的な、

 

否定から発するクセの人、いますよねぇ。(笑)

 

 

 

その何気ないクセ、直()さないかんで。

 

 

 

あなたはどうですか?

 

 

 

ワシは、うちの社内では香川湧慈の脳のコンピュータが瞬時に確りチェックしとるんですよ。()

 

 

 

『あ、スグ否定したなっ!』とか、

 

 

 

『あ、素直さが現れとるな!』とか。

 

 

 

このワシの脳に刻み込まれた社員一人一人の経営指針に対しての、習得能力の客観的評価にしているんですよ。

 

😱😱😱😁😁😁👀👀👀

 

 

 

10人未満の社員の会社なら複雑な評価基準なんて、要りません。

 

 

 

当然、合意と納得が存在しているからです。

 

(10人以上の社員数なら適正明瞭な評価基準を明記しとかな、いかんと思いますが。)

 

 

 

家庭で例えるなら、

 

ちゃんとしたお父さんなら、ちゃんと家族の一人一人を観てるし、

 

 

 

一人一人の得意不得意やチャレンジさすべきものを、見抜いて行けるもんですから。

 

 

 

家族から、お父さんに対して、尊敬の念と、親しみの情が抱かれているなら、

 

 

 

お父さんの采配を、素直に聴けるもんです。

 

 

 

会社も同じ。

 

 

 

社員から、社長に対して、尊敬の念と、親しみの情が抱かれているなら、

 

 

 

社長の采配を、素直に聴けるもんです。

 

 

 

この状態が、社長から経営者に昇華する前提に成るんですよ。

 

 

 

家族一人一人に対して愛と情で満杯だから、見えるんです、

まともな父親なら。

 

 

 

社員一人一人に対して愛と情で満杯だから、見えるんです、

経営者なら。

 

 

 

もし社員に対して愛も情もあるのに、一人一人の特性が見えないなら、

 

 

 

勉強不足としか言い様がないわなぁ。

上に立つ者は、いつも勉強せな。 

 

死ぬまで勉強せな。

 

 

 

逆を言うと、社員一人一人に、愛と情を注げないなら、経営者じゃないのよ。

 

 

 

登記簿上の社長という肩書きだけやなぁ。

 

 

 

何で縁あって採用した社員に、愛と情を抱けるような接し方せんのかなぁ??

 

 

 

ワシは不思議です、そういう社長は()

 

 

 

しょっちゅう入社しては辞め、入社しては辞めている会社の社長は経営者じゃないんだよね。

 

 

 

会社が銭を儲けていても、です。

 

 

 

そもそもやねぇ、下記の『四つ』が、ちゃんと出来ていればまともな人間は、辞めませんよ。

 

 

 

家族の転勤等で、そうとう遠隔地に行かなければならない事情さえ、なければね。

 

 

 

香川湧慈の考える当然の条件は、この四つ。

 

 

 

1:文化的な生活が過ごせる給料にしていること。

 

 

 

2:将来に安心感を抱ける福利厚生があること。

 

 

 

3:社員が他者から認められている仕事が出来ていること。

 

 

 

4:社員が会社や社長に、温かさを感じていること。

   温かさの風土があること。

 

 

 

社長さん!お前に愛と情が、社員一人一人に無いから、辞めるんだと自覚して、

 

 

 

反省せないかんのちゃうかなぁと思います。

 

 

 

反省とは、ということを一応言うときます。

 

 

 

反省とは、同じ過ちを二度と犯さないことを以て証拠とし、

次に、どう改善したかで反省に成るんですよ。

 

 

 

だから、同じ失敗をしているようなら反省していない、証拠です。

 

 

 

違う失敗は、大いにしたらええのよ。

 

 

 

新たな仕組みの発見になるんやから。

 

 

 

※昔、独立を志していた頃読んだエジソンの逸話。

 

エジソンは、1万回くらい失敗したそうな。

 

世間は、そんなエジソンを、あいつは1万回も失敗したぞ、って、言うたらしいけど、

 

当のエジソンは自分は、

 

こうやったら上手くいかないということ1万回も発見した。と、

 

考えたらしいんよなぁ凄いやろぅ、この思考回路。

 

 

 

反省の意味、お分かりですか?

 

 

 

反省って、そういうことを言うんです。

 

 

 

あと、うちは社員から『社長は同じ話ばかりしている。』と言われたり、

たぶん思われていますが、

 

 

 

敢えて同じ話ばかりするのは、理念を浸透させるためなんですね。

 

 

 

会社の強さは、

 

 

 

社長の考えを知ってもらう為の広報宣伝力によって決まると言っても過言ではないと思うんですね。

 

 

 

百回でも千回でも同じ大事な話は、することが会社の強さに成るんです。

 

 

 

それを、社員は素直に聴いて、実践出来ている習慣になっとかな、いかんのですよ。

 

 

 

言うときますが、社長が会社の志を明言しなければ、社員を大切に出来るはずないんですよ、

 

 

 

これ解りますか?

 

 

 

社長は『どんな会社にしたいのか』

 

 

 

『どんな事業をやりたいのか』

 

 

 

『社員には、どうあってほしいのか、どんな人間に成ってほしいのか』

 

 

 

『社員の将来をどう考えているのか』

 

 

 

という志を明文化しておく必要があるんです。

 

 

 

社長の強い念(おも)いと、会社を方向付ける強さが、そのまま経営に反映されるからね。

 

 

 

会社のあるべき姿の定義や存在意義を明確にしていて、

 

 

 

その内容が社員の生涯の雇用と、成長が目的になっていれば、

 

 

 

社員は安心して自分の可能性にチャレンジ出来るんですよ。

 

(社員は自分の可能性にチャレンジせないかんで!甘えたらいかんぜよ!ですよ。)

 

 

 

だから、

 

ワシは『社長第一主義』が正しいと思って経営しています。

 

 

 

経営の目的を決めるのは社長でなければならないと思っているんです。

 

 

 

その目的に共感出来る人だけが、社員になるんだから。

 

 

 

会社の目的に共感出来ない人は、その会社の社員になってはいかんのです。

 

 

 

会社の目的に共感しない人を、手が足りないからといって、雇うから不協和音が発生し、フラストレーションが溜まるんです。

 

 

 

また、目的も発信していないし、共感させる指導力もない社長は、

 

 

 

社員を雇う資格なんてありませんよ。

 

 

 

『社長第一主義』は、同時に『社員幸福主義』だからなんです。

 

 

 

父親の第一主義は同時に家族の幸福なんやから。当たり前です。

 

 

 

なのに、社長の銭儲けの道具として社員を雇用するから、それが肌で感じた時、去って行くんです。

 

 

 

これも人間として当たり前の感情ですよ。

 

 

 

ワシの言う『社長第一主義』だから、社長が成長させてもらえるんだと感じるんです。

 

 

 

それ等を実現して行く為に、会社は利益を出す、利益というより、

 

 

 

粗利を稼ぎ出して行かねばならんのですよ。

 

 

 

粗利から給料や福利厚生と、あらゆる経費を差し引いたのが、利益やから、

 

 

 

利益を残す、残さないの判断は、経営者の人生観、哲学に左右されますけどね。

 

 

 

会社の経営哲学や価値観を理解してもらう為に不断の努力をするのが社長の

仕事なんよねホンマに。

 

 

 

その為に

 

『優れた社風』を創ることが社長が全身全霊命懸けて、取り組むべきことなんですよ。

 

 

 

社長自身の言葉で、社員に直接伝えることに尽きます!!

 

 

 

社員が、言いたいことを気がねなしに言える風土が大切です。

 

 

 

一般的なボロ会社は、社員が、言いたいことを自由に言えない風土を作っていますよ。

 

 

 

例え、儲けていても、風通しの悪い会社風土は、ボロ会社です。

 

 

 

今週言いたかったのはこういうことです。

 

 

 

 

 

 

 

 

深みを感じる『人』や『会』がほんまに少ないなぁと思うことが、

まぁまぁあります。

 

 

人が一生を通じて、

 

どのような生き方をすべきかを考えたりせん人が多いのかなぁ?

 

 

 

まぁ、考えていても、深く掘り下げて考えることをせえへんのやろうなぁ、と感じてしまうんです。

 

 

 

人生で起こる「何か」が起きた時に、その判断を誤ることなく、

 

事に対処する能力を持っていなかったら、

 

困ると思うんやけどねえ。

 

自分だけ困るんじゃなく、自分を取り巻く縁深い人達も困るよぉ。

 

 

 

こういう事を、日々深めてゆくことが、より充実した人生の土台となるんですよ。

 

 

 

それをせんから、人として、深みが感じられないんかも知れんですね。

 

 

 

『会』も同じ。

 

 

 

その『会』のトップや幹部の人間的深みが、

 

影響してしまうんだと感じますね。

 

 

 

『学びごっこ』的な、表面的な会運営に陥っているかも知れんですね。

 

 

 

『人間的深み』を身に付けるには「人間とは何ぞや」を極めることが大事やと思うとるんですが、

 

 

 

人間とは何ぞやを極めるには、神道と仏教を勉強すること。

 

 

 

古来幾多の祖師や聖人が、この道を極める為に身を削って修行して来たんだけど、

 

 現代の社長や幹部が、社会的地位を放り出して「人間とは何ぞや」を極めるという訳にはいかない。

 

 

 

だから神道、禅によって得た人物の「人間とは何ぞや」を、学んでゆく以外に道はないと

 

思って来たんだけど、

 

 

 

稀に、そういう学びをしたことが無い人で、人間的深みを感じる人も、

おるのよねぇ。 

 

そういう人と接すると『あぁこの人は苦労を工夫に変えて来たんやなぁ』と、感じますねワシは。

 

 

 

ワシは亡き師匠(禅の修行を成した哲学者であり、上代史の歴史学者であり、西ドイツの経済学博士)の人間学を食い入るように学んで来たし、今も進行しているから、 

 

少しは、師匠の人間学が経営に実践されていると感じていますが、

 

 

 

勉強したから、身に付くもんじゃないんだけど、

 

 

 

人生で起こって来た事を、どう捉えて学んで生かして来たか、

 

 

 

神道や禅の人間学を、学んでいるか、ということは、大いに影響がありますね。

 

 

 

人の心の読める苦労人であり、参ったと言わぬ器量人でありたい。

 

 

 

でないと、縁深い人達を助けることが出来んですし、やっぱり人生面白くないからねぇ。

 

 

 

苦労人だから、器量人だから、人生謳歌出来るんですよ、皆さん!

 

 

 

だから、大いに苦労しましょう。

 

 

 

あなたの人生を有意義にして行く為に。

 

『情は伝わる』

今週は、これです。

あなたの想いが、中々伝わらないと感じている人達へ。

あなたの部下や上司や子供や配偶者や親達に『解ってくれない』と思っている人達に言います。

それはその対象の人に対して、あなたの情が無いからやと、捉えてみんですか?

伝え方の上手下手は、あるでしょうが、それはテクニックの域です。

もちろん、理解してもらう為の伝える表現力は、磨き続けないといけませんが。

情という漢字を分解したら『心』と『青』を合わせた漢字になります。

心の青さ、とでも言いましょうか。

青いとは、青臭いなど何か子供扱いの感覚を抱きますね。

ワシは、青いとは純粋さと捉えておるんですよ。

つまり、心の純粋さが情だと、ね。

あなたの心の純粋さを発信するんです!

それを続けていると、あなたの心の純粋さを感じてくれるようになりますから。

これ、ホンマやで。

あなたの心の奥底に存在している、深層心理で最も大事にしている価値観が『お金』か 『それ以外』か、に分けると解決のヒントが湧いて来ると感じるんだけどね。

お金は誰だってほしいし、必要なもんです。

しかし、あなたの人生で最も大事な根底に流れるものは、お金ですか??

もし、お金だと思っているなら、あなたの情は他者には、伝わりません!

ハッキリ言うときますよ。

純粋な心が情やから。物質のお金じゃないからね。

無意識に、あなたの、深層心理に流れている心の状態が、出ているんですよ。

人というのは、自主的な行動で、出会いが生まれて来るんです。

その出会いによって、あなたの深層心理の心に変化が起こるキッカケになって来ます。

人生は、出会いであり可能性やと思うんですね。

あなたの心が澄んで行くような、精神性が高まって行くような出会いを、

自主的に行動せな、あなたの深層心理の根底に流れる心に、

キッカケを与えることは無いと感じます。

だから、自主的に志を感じる人に会いに行って交流するんですよ。

志を感じる書物を味わうように読むんです。

志を感じる映画を観るんです。

自分から自主的に行動する人にだけ、幸運は訪れるんじゃないかなぁと、

発信しときます。

商売も同じ。

提案し続けるから、お客さんになってくれる可能性が高まって来るんです。

提案し続ける為には、あなたの工夫、工夫、工夫の連続しか、ないんです。

工夫するから愉しいんです。

逆に工夫しない人に、愉しい感覚は生じないんじゃないかと思うとるんですがね。

もし今あなたが愉しい人生を感じていないなら、それはあなたが、工夫を諦めているからじゃないでしょうか。

ワシは、如何なる状況下に置かれていようとも、しょっちゅう工夫して来たから、愉しさを感じてしまうんだろうね。✨👍  

 今週はニュースで児童相談所の事をやってましたが、


トップの立場にある人つまり所長が、

「聞いてなかったので分かりません」って、返答してたけど、

全くもって、上に立つ立場の人の、責任感の欠如です!ハッキリ言うて。

例え事業所がバラバラに何ヵ所あろうとも、

毎日気になるのが上に立つ立場の人間の心境なんやけどなぁ。

規模に関係なく、オーナー経営者なら、当然の心境なんやけどねぇ。

『会社の親・チームの監督』の心境になるもんです。

親だから家族皆の事が気になるし、監督だからチーム皆の事が気になるもんやけどねぇ。

何十年と続いている事業所なら、代表がオーナーでなく、

サラリーマン代表者であっても事業所の監督であり、親だという心境になってもらわんと困るわなぁ、ほんまに。

任すとは、手を放して眼を放さず。

眼を放しても、心放さず。なんです!

心を放しているから、気にも掛けないんよ。

『気に掛ける』この心情と行動が愛のある人間じゃないでしょうか。

気に掛けてあげることくらい、せなぁなぁ。

また上に立つ立場の人間に、愛が無ければ、部下を持つ資格は無いんですよ、ホンマに。

会社や、様々な組織の上に立つ立場の人間は業務に於いて、

常に『中間報告』を義務付けな、いかんのです。

あらゆる事に全神経を張り巡らして、

ちょっとでも気になる事があれば部下にスグに聞けっちゅうの!

『気になる事は、何べんでも聞くから、そこんとこ宜しく。』と、

前もって全部下に周知徹底するのが、上に立つ立場の人間の重要な仕事の一つなんです。

そういうコミュニケーションを常にしとかないかんと思うけどね。

そこを多くの人が、履き違えている、勘違いしていると思うんよね。

『ちょっとした事』を敏感に感じ取る能力を『センス』と言うとりますワシは。

そう定義しているんです。

うちの社員達には昔から、耳にタコが出来るくらい、やかましく、

しょっちゅう言うて来ましたし今も言うてます。

組織にとって大事な事やからです。

極端に言えば皆の運命に影響するくらいの念(オモ)いがあるから、

口酸っぱく、何べんでも言い続けておるんです。

そういう感性を感じ取れる部下でないと、これまた部下の資格が無いんよね。

お互い、なんですよ、組織は。

皆の日々の努力が台無しにならないようにする為の重要な要素だという信念があるからです。

『ちょっとした事を感じ取れよ。』

『ちょっとした事を疎かにするなよ。』

『ちょっとした事に、手間を掛けぇよ。手間を惜しむなよ。』

と、いっつも口酸っぱく言うて、実践してますよ。

なぜなら、人間はついついウッカリ忘れて、ちょっとした事に神経遣わないからです。

社員皆の、心の手綱を引く、手綱を締める役が上に立つ立場の人間の役目なんです。

そしてクオリティーを上げて行く為に、気になったなら『ちょっとした事』を聞く。

仕事で言うなら『対個別対応能力』を磨く。

『よりベター』の習慣を皆で身に付ける為に納得して、やりましょう。

だから、経営者は『何の為に経営するのか。』

社員は『何の為に会社に来るのか。』を、

たまには、深く自問自答することをせんかったら、本来の人生を考えることにつながらないんですね。

『給料が、自分の年齢や能力にしたら、まぁまぁええ方やから。仕事が、まぁまぁ楽やから。社内の雰囲気が楽やから。』

程度で、もし会社に来てるなら、それは愛情のある経営者に対して失礼な思いやと思いませんか?!

お互いが与えあったり与えられたり、しているのが『本来』と言うものです。

生活の為の給料をもらう為に、じゃなくて、

給料を稼ぐ為に、くらいの意気込みは持ってほしいし、

たまには、崇高な精神を抱いて、自分の心を磨いてほしいと思っています。

有意義な時間を歩む為に、経営者の皆さん、そして社員の皆さん、

そういう話題を真剣にチャラかさずに、会話をしている風土に、

多くの会社が成ってほしいと願うとるんです、ワシは。

 

ニュースで金融庁が、年金財源不足だから、

個人で2000万円くらい貯めておかないと老後生活が困窮するって、やってたけど、

年々社会保険料(厚生年金と健康保険)が上がっている現実。

何の為に、消費税を3%から5%、8%と上げて来たのか?!

皆さん、どう思いますか!!

自分達が、何か選ばれて生まれて来た人種だと感じているんでしょうかねぇ?

そういうのを選民思想と言うんですよ。

選ばれた民。

お金の苦労をしたことの無い人達って居るんですよ。

そういう状態が長年続くと、人間腑抜けに陥って行くんちゃうかなぁ。

ワシは昔から、うちの社員達にも言うて来ました。

「厚生年金は、所得税やと思うとけよ。

厚生年金もらえる歳になって、もらえるなら良しとせえ。」って(笑)

ワシは35年前に独立を志した時から人生百年と発信して来ました。

当時平均寿命65歳くらいの時です。

多くの人が、そんな事ないわぁ、と言われましたが、今どうでしょう?

百年が当たり前に成りつつあります。

ワシは終身現役が人間の幸福につながる人生の歩み方だと昔から皆に言うて来ました。

サラリーマンでもやがて、定年が来るんやから、

サラリーマン時代から定年後の数十年間を好きな事を個人事業でも、会社経営でもいいし、

商売は向かないなぁと思う人は、体調に合わせて温かさを感じる経営者の下に働きに行くとかして、

死ぬまで経済活動していたら、ボケも来ないし、年金を当てにせんでもええのよ。って。

国の医療費も大幅削減できるし、所得税収入増えるから国家財政も大助かりや。

定年後に、自分で商売は向いてないなぁと思う人には、こう言うて来ました。

この『温かさを感じる経営者の下で働く』というのが、

ストレスがかなり少なく、人生を楽しめる道やと思うからです。

理由は、商売はセンスであり、戦略。というのがワシの実践で大事だと思うとるんですが、

経営は人間の温かさが実は『モノ』に成り、『モノを言う』のであって、

大事なんだというワシの信念だからです。

人としての『温かさ』とは、相手が自立できるように、

相手の特性を見極めて、援助してあげることやと思うのです。

経営者で言うなら社員に対して、父の如き厳しさと、

母の様な細やかな優しさを兼ね備えた人物ということです。

こういう経営者を見つける為にも、いわゆるアフター5(ファイブ)の時間の使い方を、

サラリーマンのうちから考えて行動しとかな見つけられませんよと言うて来ました。

あと、ずっと感じてることですが、個人事業主の人達の中で、自分で仕事を開拓するという部分より、

公の仕事を依頼される部分のウェートが大きい人で、

年収1000万2000万くらいの人って、ワシの知人にもいますが、

語弊を恐れずに言わせてもらうと、そういう人を『魂が幼い人』と言うんです。

またワシの独断と偏見で言わしてもらうと、

魂の幼い人は、お金で苦労をしないで生活出来ている人達に多いと感じるんよね。

幼いから、苦労が少なくて生活できる環境を天から与えられているんだと感じるんです。

で、そういう人って、さも自分が凄いと内心思っているんだと感じるなぁ(笑)。

自分の努力で、その稼ぎを生み出していると勘違いしている人、多いような気がするなぁ。

行政が仕事くれている部分が大多数なのに。

人間に例えると、子供だから、生活をさせてもらえているのが分からんのですよ(笑)。

あなたの周囲にも居るでしょ?

人間としての苦労を、そうは、していると思えない人で、お金に困っていない人達。

そして自分は、いわゆる世間で言う、勝ち組だと内心思っているんじゃないかと感じる人達。

そういう人に、あなたが何か、偉そうに言われたり、見られたら、

こう思ったらええのです。

「あぁ、この人は魂が幼いんだ。」と(笑)。

逆に、精神性が高く、ご都合主義でない人、つまりハッキリもの言う人達で、お金に苦労して来た人は、

魂が高いんだと思いましょう。

あなたが魂が高いから天が敢えて、お金で苦労する環境を与えてくれているんだ、と。

だから勝負せないかんのよ、自分の環境と。

一寸の虫にも五分の魂があるんだと。ボロは着てても心は錦なんだと。

これを長年実践している人は、心が温かく成って行きますから。

そう感じますワシは。

                   
                   
                   
                   

『存在意義』を考えてみたことありますか?

ワシは26年前に初めて『存在意義』を考えました。

経営者ですから、個人の人生も会社での人生も一直線上にあるから、

同じという感覚は経営者なら、ほぼ皆同じじゃないかなぁと思います。

一般的に言われる仕事とプライベートは別。じゃないんだよね、

経営者ってのは。

分けること自体が、サラリーマン意識なんよ。

自分の人生=会社人生というのは、ごくごく自然な感情ですから。

だから、26年前に会社の経営指針を打ち立てようと取り組んでいる時に、

存在意義を考えるキッカケになりました。

存在意義とは、これが無ければ自分じゃないやろう。

これをやっていないと自分の会社が、そして自分自身が存在している意味がない。

というものを言うんですね。自分が存在する意義やから。

『可能性への挑戦』という言葉が浮かんだというか、産み出ました。

エモーションの経営指針書の『存在意義』の項目に、明記しています。

だから、常に可能性へチャレンジし、続けていますよ。

自分らしく在りたいからね。

何でもかんでも、思い付いた事へ挑戦しているんじゃないんです。

自分の『根底に存在する信条』に相応しいものから派生したものに、

挑戦するもんなんですよ、チャレンジというのは。

ワシの、そして会社の信条は『シンプルに、独自性を生み出し、深みが感じられるように。』なんですよ。

これも『経営基本方針』を一言で表した言葉として明記しています。

まぁ、こういう生き方が全う出来たら、ええなぁと思ったんです。

複雑なん、嫌いなんよね。

他人と同じ、嫌なんよね。

周囲から見られて、深みがあるなぁ、と感じてもらえると本望やね。

シンプルに、独自性を生み出し、深みが感じられるような、

生き方や経営の在り方を貫きたいですね。

社員達にも、そんな生き方をしてほしいし、仕事のやり方が、

そうありたいと思うから、経営の基本方針のタイトルにしているんですね。

皆さんも、自分の存在意義を、いっぺん考えてみてはどうですか。

ワシは仕事での挑戦もブレは無いようになりました。

ブレが無いだけで、上手く行ったという訳ではありませんがね(笑)

トライするんです。まぁだいたいエラーになりますね。

でもまた諦めずトライするんです。

トライ&エラーを積み重ねながら、納得性を高めて来ましたよ。

信条が基礎に成っているから、その基礎から外れない工夫で挑戦していますからね。

それと、如何に経営者が考える事が人間性と社会性と科学性のバランスとその高さに挑戦していても、

社員達が、その考えに共感していても、

社員達一人一人の業務能力が、その域の水準に達する不断の努力をしていないと、

天は、その環境を与えてくれないんだと感じるものです。

ココ、事業の肝というかコツじゃないかなぁと思います。

挑戦ということに於いて、人間は誰しも自分の『心の天秤』の重たい方に、

動いているんだよね。

例えば誰かから、何かを誘われたとしましょう。

別に嫌じゃないんだけど『ハイ!喜んで。』という感情までは無いから、

同じ日時に違う用事があれば、そっちに動くもんですよ、人間は。

そういう光景を見たり聞いたりしていたら、瞬時に感じるよね。

あぁそっちが心の天秤の重たい方なんだ、ってね。

良い悪いじゃないんですが、

あなたの『心の天秤』を内観してみることをたまにはしたらええと思いますよ。

そういう心の習慣が、自分の人間性の成長につながるし、他人の『心の天秤』が計り知れるように成って来ますから。

あなたの心の天秤が、あなたの人間性の成長につながる方へ、傾いてほしいと願うものです。

この何気ない心の天秤の傾きが、人生を徐々に決めて行くんです。

自分の可能性と周囲の人達の可能性を『包み込む。摘む。』行為を

『罪(ツミ)』と言い、
自分の氣と周囲の人達の氣が『枯れる』行為を『穢(ケガ)れ』と言うんですね。

神道で言う『罪穢れ』(つみけがれ)のことです。

罪=悪い事をする事。

穢れ=汚れ=氣が枯れる事。つまり、やる氣の無いことが、穢れなんですよ、皆さん。

あなたの、心の天秤の無意識に傾いた方を、立ち止まって考えてみることをしてみても、いいんじゃないでしょうか。

ひょっとしたら、あなた自身と、あなたの周囲の人達の可能性を包み込んでないだろうか?

可能性を摘んでないだろうか?って。

やる氣が無いなぁ、と感じたら、汚れて行ってますよ!と言う注意信号ですから。

やる氣が継続できる為にも、可能性への挑戦を続けたいですね。

だから、エモーションの存在意義は『可能性への挑戦』にしたんです、昔。

今も、可能性への挑戦が続いているから、生き生きと30年間歩めているんだと感じますね。

汚れたくないしね(笑)エネルギッシュであり続けたいしね。

皆さんも、自分の信条から発せられた可能性に挑戦することを考える為に、

他人の挑戦を聴いてみることをお勧めしますから、先ずはその事に挑戦を!!

 

受けた恩は石に刻め。掛けた情けは水に流せは、日本人の哲学ですが、

それを実践出来ている人が、さぁ果たして、どれくらい居るんだろうか?

と、思うことがあるんです。

この意味をちゃんと諭されれば『そうだな』と感じる人は、多いと思うんだけど、
心掛けている人はホンマに少ないと感じてしまうのはワシだけでしょうか?

よ~に振り返ってみて「あぁ、あの人には恩を受けたなぁ。」と、

思える人のことは気にかけるくらいは、せなつまらん人間に陥ってしまうと感じます。

思い浮かんだ人が居れば、その受けた恩は、あなたの胸に刻み込んどかな、なぁ。

『恩を忘れない』という気持ちが大切なんですね。

目先の、自分の利益に成ると思える人には、対応するのに、

自分の勝手な感覚で、もう自分の利益に成らんと思う人には、関心すら無い、としか思えない無反応の人達。

誰もが『お金』を稼ぎたい!と思っているのは当たり前のことですが、

何の為に、お金を稼ぐのか?を、芯から自覚出来ている人は、もの凄く少ないように思います。

人生、ココが大事なんやけどなぁ。

そういう感覚がハッキリ言って、無いんですね。

あなたは、何の為に、お金を稼ぎたいの?!

俺は、私は、何の為にお金を稼ぎたいの?!

と自問自答くらいしたら、ええのに。

これを自分で見出だした人は、ブレない生き方が歩めると思うんだけどねぇ。

じゃあ、自問自答しました。

これこれ、こういう為に、お金を稼ぎたい。

と、あなたが見出だしたとしましょう。

その、あなたなりの答えを、よくよく考え抜いてみてほしいなぁ。

『そういう事の為に、お金稼ぎたいんやな?お前は!私は!』って

何度も自問自答するのよ。それを内観と言うんやけど、

その答えを周囲の人が見た時、聞いた時、

恥ずかしくない、カッコ悪くない、正々堂々とした理由ですか?!

と、考えてみてほしいのです。

お金を稼ぐのが目的ではなく、

あなたの究極の人生目的(こんな一生を歩めたら本望だということを内観してみてほしいのです)

を達成する為のお金だと考えれば、

自ずと、稼ぎたい金額が見えて来ると思うのです。

あなたの人生を豊かにするものは、お金ではなく、永遠のテーマを描くことやと思うんだけどねぇ。

令和に入って一ヶ月経ちました。

あなたの永遠のテーマを思い描いてみては、どうですか?!

描くというのは、紙に書き出すということですから、勘違いしないようにね。

その中に、

受けた恩は石に刻め。掛けた情けは水に流せの心境が感じられるものであってほしいなぁと願っています。 

ワシは平成5年10月より取り組み始めた経営指針書。

何も会社経営だけの、指針ではないんですよ経営指針ってのは。

自分の人生の経営者は紛れもなく、自分なんだから、

その自分の究極の人生目的を探究しながら、文章に表して行く作業が、

経営指針書創りなんですね。

だから、最重要課題となりましたね、当時。

どれくらいの期間掛かったかって?

振り返って計算したら

『6年3ヶ月✖365日➖睡眠時間』ですよ。

『何の為に生きるのか!』をストイックに探り続けて来たんですよ。

だから、結果、揺るぎ無い信念を確立することが出来ましたから、

人生に迷いは無い、ブレない心を養うことが出来たように思います。

究極の人生目的を探究し続けたから産み出たんですね。

『何の為に生きるのか』を一言で表すことに、これくらいの時間が掛かりましたね。

だから、人生に悩みは有っても、迷いは無い心境に成れたんです。

トコトン自分の内面をストイックにえぐって来た年月を体験しましたから。

人生の究極目的が、魂から産み出て来た感覚でした。

皆さんも、数年間✖365日➖睡眠時間くらいの時間を費やして、

自分の究極の人生目的を産み出してみる作業をしたら、ええと思います。

でも一人では、産み出ないんよね。自分の脳が思考する範疇だからです。

やっぱり、経営の指針を打ち立てた事のある人達に囲まれて、

トコトン追い詰めてもらうと自分の潜在意識が目覚めるもんです。

潜在意識が目覚めないものは、充分に謳歌できんのちゃうかなぁ。

これが、自分の人生の経営の指針を打ち立てる作業ですね。

人生の最終到達形を、考えてみてはどうですか?

『目指す!』んです。

『目指す!』って言葉の響き、いい感じしませんか!

勇氣が湧いて来ませんか?!

自分の人生の最終到達形、そしてエモーションの最終到達形を。

ワシは、考えていますから。

社員皆が、それいいですね!ワクワクしますと感じてしまう株式会社エモーションの最終到達形を。

直接機会あれば、話しますよ(笑)。

人生経営の目的は、経営理念の実現です。

そう違いますか?

何の為に自分の人生を経営するのか、を言葉に表したものが、

あなたの経営理念というものなんやから、

人生懸けて、その理念を実現して行くことが目的になるわなぁ。

では、人間生きて行く為には、何らかの経済活動をせな、生きて行けんわねぇ。

それを個人も会社も、自分の事業ということになるでしょう。

だから、事業の目的は『適正規模の確立』とワシは昔、言葉にしました。

つまり理念を実現する為の、あらゆる適正とは何か。を確立出来たら、そりゃブレないでしょ。

個人の人生の適正とは何ぞや?を考えて、紙に書くのよ。

まぁ、パソコンに書くのが、いいかもね。上書き保存が出来るから。

ワシは脱サラして今年で32年目です。

理想の零細企業を創り続けて生涯を全うしたいというのが、魂から産み出た目的なんよ。

世の中の経済活動している会社や個人商店数から言うと、90数%が零細規模らしいから、

その人達に、自分達の生き様を通して、勇氣と感動を与える為のキッカケを

与え続ける人生を歩みたいという想いなんです。

だから理想の零細企業であり続ける為に、

『社員全員が健康で、それなりに経済的豊かさがあり、社員同士が相互に心温かく通じ合い
(だから同士から同志に成るんですよ)、

働くことに、燃え、苦しみ、感動し、何かを残し、何かを伝え、

自分が人間として成長していると実感でき、

人のため、世の中に、エモーションらしく、お役に立つことで、

更に、人と自分の人生に感謝できることが、本来のあるべき姿』

だという信念が出来たんです。

それに向かって、目指して、歩んでるんですよ。

この『 』を実現したいから、本氣で魅力ある零細企業で、あり続けたいんです。

最大と成るより、最良と成れ。を目指しているんです。

生涯懸けて、到達できるか、どうか分かりませんが、目指しているんです。

常に、チャレンジ。常に、工夫。常に、最良とは何かを考える。

だから、昔からワシの生き方は『スモールイズビューティフル』なんです。

また、ACE(エース)に成れれば、おもしろいなぁと思って来ましたから。

何の略かって?

Aはant(アント)蟻。Cはcontrol(コントロール)。Eはelephant(エレファント)象。

つまり、巨大な象を、コントロールするような蟻。ですね。

ACE (エース)アント・コントロール・エレファントです。

ワシは、この姿が、カッコイイ(格好良い)と思うとるんです。

だから何かを選択する時、どっちが、自分らしいか?どっちが、自分はカッコイイ生き方なんか?

で選んだら、悔いは無いんじゃないかなぁ、と。

悔いが残るか、残らないかの分かれ目は、

根拠に成る、人生の、経営指針書に取り組むか、に掛かっていると思う訳です。

だから、社員を正社員であろうとパート社員であろうと、

トップは、経営の指針書を成文化して、社員の心を澄んで行けるよう、

精神性が高まるよう、導くことをせな、人間として、やっぱりいかんと思うけどねぇ。

親は子供の心を澄んで行くよう、精神性が高まるよう、努力する。

夫婦はお互いに、お互いの心が澄んで行くよう、精神性が高まるよう、努力する。

経営者も、親も、夫婦も、導くということが人生の課題として与えられているんやと、

ワシは思うとります。