今週ピン!と、閃いたのが『丁寧な対応』というワードでした。

 

丁寧な対応を習慣化できていない人、多いような気がするなぁ。

 

斯く言うワシも反省を込めて。

 

丁寧な対応とは『至れり尽くせり』が為されている事なんです。

 

この『ちょっとした敏感さを感じとる微差』を習慣になっている事の積み重ねが、

 

やがて『大差』に成るんです。これを『微差が大差』と言うんです。

積小偉大っちゅうことです。

 

小さい積み重ねが、やがて偉大に成って行くんです。

 

皆さん、毎日の何気ない業務に『至れり尽くせり』に成っていますか!?

漏れは、無いですか?

 

例えば、社内で、或いは電話で、誰かがあなたに何かを伝えた。

 

それを、キチンと、ちゃんとメモに5W1Hを記載してますか?

 

When いつ」「Where どこで」「Who 誰が」「What 何を」

Why なぜ」「How どのように」

 

と言うことをワシは、言いたいんよ。

 

伝える為のメモっちゅうのは、知らない他人が読んだ時、

 

『あぁ~なるほど。』と、事情が大体理解できるように5W1Hを記載しとくことが配慮やと思うとるからワシは習慣にしています。

 

至れり尽くせり!を、常に心掛ける。相手が勘違いを起こさないような書き方や、言い方を心掛ける。

 

一流とは、隅々にまで行き届いている事。

 

あなたの精神性を高めて行く学びをしていると、人間性が少しずつ豊かになって行くんです、ほんまやから。

 

そしたら、あらゆる事に配慮できるように成れるんです。

これまたホンマですから。

 

あらゆる事に配慮出来ている状態を『至れり尽くせり』やと思う訳です。

 

見詰め直さないかんのは、あなたの精神性の高さや、人間性の豊かさです。

 

よぉに考えてん。自分が恋した時、あるやろ?

 

その時、頼まれてもないのに、至れり尽くせりの心境に成ってませんでした?()

 

仕事に恋したら、ええだけなんやけどなぁ。自然体で配慮できるように成ってるはずなんやけど。

『リズムの良い生活スタイルが、組織の活性と安定に繋がる。』と思っているんです。で、実は今『組織』について綴っておるんですが、
我ながら気付きがハッ、ハッと、あるんよね。
組織とは一体、何の為に在るのか?
それは言わずと知れた『経営目的を達成』する為に在るんですね。
経営目的って言うのは本来、生きる意義目的のことを言いますからそこんとこ宜しく。
単なる商売の目標とはちょい意味合いが違うと捉えてます。
組織について思うことは『職能的組織論』より『間に合う組織』を。
なんです。
職能的組織とは、社員が専門的分野の職能で仕事をする事なんやけど、
人数が多くなって来ると、いつしか経営目的に合致しない組織に陥って
行く傾向あり、なんよね。
あなたの会社は『間に合う組織』に成ってますか?
ちょい、振り返ってみて。
先ず上に立つ立場の人は、やはり、人を見る眼を持たないといけません。
人間には様々な特徴があるから、自分に仕えてくれる者の性格を、
よく見極めて、これをどう組み合わせ、どう誘導したら良いかという、
これが社長を始めとした幹部の役目やからねぇ。
人情は別として、目的に合致した組織を考えて行かねばならんと思う訳です。
何か組織を考える場合に皆『いいもの』を作ろうとするもんなんやけど、ワシが言いたいのは『今、間に合うもの』を作らないかんのよ。ということです。
往々にして、多少教養の高い人は、どうしても理想を追いますが、
理想の形態は無い!と思うんです。
理想の形態は無い。何故なら、人間皆微妙に違うからです。
世の中に完全は無いと思うからです。
だから、絶えず理想を求めて動くんです。
世の中に完全な形態は無い。たがら常に完全を求めて動くんです。
会社の組織も、人間の修行も、この不完全を自らに鞭打って、
完全を追い続けて行かなけばならんのです。
いつも『初心』いつも『これから』という決意のある間だけ、
組織も個人も前進できるんです。
『慣れ』が組織も個人も堕落させて行く始まりなんです。
『仕事をやり易くしたり、仲良く仕事をさせる』ことは合理化であり能率化なんやけど『目的に合致した間に合う組織』になっているか?を、
自己チェックせな、いかんのよ。
仕事をやり易く、仲良く仕事をさせるという内部事情を優先するが余り、
目的意識から離れてしまっていては、本末転倒なんよ。
視野が狭くなる事が、一番怖い事。
組織は、経営目標を達成する為の手段でありチームに過ぎんのやから。
先ず事業目標を明確に決め、それにはどういう組織が必要かを決める。
組織を流動的に決めて対応して行くことができている間、
会社は生き残って行くと感じます。
『何だ、自分に専門外の事をさせて、、、』と不平不満たらたらで流動性
無く、動脈硬化した専門組織の中に居る会社は、
たぶん、どうにもならんと思います。
流動的な組織に対応できるように教育されていない、
専門的に間に合っても、他では間に合わない組織というのは、
意味が無い。
事業目標の無い所には立派な組織は有り得ないし、目的が明確でない限りは、目的に合致するもしないも無いやろう、と思うんです。
 
例えば、我が社はどうしてもこれだけの事をしなければ、
生きて行けない。という目標を明確にして、目的に合致した組織、
仕事のやり易い組織じゃなく、実戦面に間に合う組織を作らないと、
この乱世は乗り越えて行けない気がするんです。
楽しい職場という意味を間違ってほしくないという考えです。
楽しい職場とは何か遊園地的な遊び場ではありません。
人並みの生活の資金を稼ぐ場でもある訳なんやけど、
その人並みの生活資金を稼ぐには、命懸けになっても稼げるか稼げないか、分からん乱世なんやから。
真剣勝負しない限り、残っては行けないんです。考えてみて下さい。
楽しい真剣勝負など、有りますか?
励まし合って、苦しい中にも、志を同じくして、苦しさに耐え抜いて行くという、これを称して楽しい職場と言うなら、納得ですが。
少しでも楽をして無理せず汗を流さず、恵まれた環境を作る事が、
会社の任務というような、会社の遊園地化を望んでいるが如き錯覚は、
持たないで欲しいんです。
そんな会社が乱世に生きて行ける道理が無いんです。
楽しい場を求めるんなら、家庭で求めて欲しいもんです。
低成長の時代『内部的な能率化、合理化』を図っている会社は、
やって行けなくなります。
外部事情に対応する為には、自分の仕事がやり易かろうと、やり難かろうと、如何にして会社的観点に立って、経営的観点に立って、
改めてくれる社員が多い会社のみが、生き残って行くのではないかと思う訳です。
人間は中々、自分の慣れない事、今までやった事の無いことは出来ないものなんだけど、パッと組織を変えられたら迷惑と思うけど、
その流動性の中にこそ真の組織があり、如何に立派な組織を作っても、
その流動性に耐え得る人材を持たない限り、組織は無いに等しいんです。
電線を張っても、電流が通らないようなものなら、それは無意味なものになるんです。
だから、目的に対して妥協はしてはならんのです。
会社的観点や経営的観点に立てない社員は、自分が、やり易い仕事や、
仲の良い人間関係や、少しでも楽できる職場環境の視野しか、持てないもんです。その状態の社員が増えれば、やがて会社は潰れます。
そこの社員も困る事になることが想像つかないんです。
だから、何としても、社員を説得する説得力を持って、
社員とも真剣勝負せな理想と現実のギャップを埋めて行くことは出来ませんから。
妥協は、皆を没落させる行為です。何としても、社員達を納得させ得る
説得力を持つ努力をせな、いかんと思いますよ。
納得は、感情の納得つまり、情理を整えてやること。
そして情理を整えながら、道理を説くことでしか、納得には至らないと思う訳です。
経営者と社員が全社的観点、経営的観点に立たない限り、会社は潰れますから。それが現代の乱世の時代です。
理想の形態の組織は作れても、人に当て嵌める事は簡単ではない。
故に、形より実情に合った組織を、です。
現状を改善して、実現可能な目標を立てて、それが実現してさえすれば良いと思っていると、会社は潰れるんです。
会社が潰れるか生き残るか?という事は、外部事情に対応する目標が、
達成出来るか?どうか、なんです。
外圧プラス経営者の希望が加わること。外圧対応だけでは、
やっぱり息が詰まるんです。希望が加わらないと。
『間に合う組織』『外圧に対応できる目標』『経営者の希望』
5惣田 直人、村井 良弘、他3人

 

 

今、ホームページのリニューアルをしておるんですが、うちのサイトは一般的なネットショップとはちょい違えています。

 

そもそも当初はネットショップというより、会社案内がメインで作ったようなもんでしたから。

 

一般的なネットショップは、沢山売りたいという思いがあるから、

 

検索エンジン対策や、商品アイテム数を多くしたり、楽天やアマゾンの有料サイトで販売したり、に時間とお金を掛けている。

 

うちは、欲しい顧客を絞っているので、上記の真逆を行くサイト構築にリニューアルしておるんですね。

 

アサヒスーパードライの『すべては、うまいのために!』に例えると

『すべては○○を探すために!』のHP 構築の為のリニューアルです。

 

なぜ?それに取り組んでいるか?エモーションの経営基本方針を貫いているからなんです。

 

経営基本方針『シンプルに、独自性を生み出し、深みが感じられるように。』

 

シンプルになっているか?独自性があるか?深みが感じられるか?

 

この三点を包括させる為の、あらゆる施策と業務実践の徹底を日々取り組んどるんです。

 

皆さんの会社では、皆さん方の経営の普遍的な基本方針を、打ち立てていますか?そもそも。

 

それが曖昧だったら、時間と、お金と社員を無駄にしてしまう事に傾いてしまいますよ。

 

労多くして、益少なしになってませんか?益多くても、労が多くなってませんか?

 

社員や従業員が疲弊してませんか?忙し過ぎて。いつまでもネット売上が上がり続けるもんやと思ってませんか?

 

売上と社員数と社員の『心と身体の状態』のバランスを考えながらの商いじゃないと、やがて疲弊すると思うんやけどね。

 

売れなくなったら従業員を切る会社、多い気がするんやけど。

 

そもそもホームページは、何の為に作るのかを、熟慮してからの、断行せないかんのに。

 

自社の欲するお客さんを、見知らぬ人達から探す道具やと、ワシは思うとるんやけどね。

 

だから、単に商品が売れたらええ、というやり方は、うちはしてないんです。

 

商品が売れりゃいい的なことは、エモーションじゃないんよね。

売れりゃいいのみの、ネットショップ、多いんじゃないかなぁ?

 

いや別に文句はないんやけど、うちには関心が無いんよ。

 

何でも商品が売れりゃいいってもんやないんやけどねぇ、長~い目で見たら。

 

また、うちの商品は、美容健康商材やから、

 

ネットの世界で美容健康商材なんて、数千億の市場で、強豪犇(ヒシ)めく中に、何で勝負を挑むかねぇ?()

 

ワシはタイプじゃないなぁ()

うちは創業以来30数年『クローズドマーケット』で勝負して来ました。

 

欲するお客さんをハッキリ決めているから、一点集中して、トライ&エラーを積み重ねながら、納得度を高めて来たんです。

 

会社は、先ず『考え方を発信する。』

次に『顔を出しながらストーリーを語る。人柄や社風を感じてもらう。』

 

そして『商品を販売する。』その後『アフターフォローに徹する。』

うちは、この繰り返しを徹底しておるんですよ。

 

特に『考え方を発信』することに傾注しとるんです。

本音の言葉と文章だけが、人の心を揺さぶると思っておるんです。

 

『うまい事』書いて、客集めするサイトって多いわぁ、ほんまに。

 

やっぱり広告ってのは『その会社の意見の表明であり、魂の叫び』なんやと

ワシは思うとるんです。

 

そこに共感してくれる『お客』と言う名の友を創って行く歩みやから、自分達の心が踊るんです。

 

商いって、そういう事やないやろうかねぇ。

自分が他人(ひと)から変に思われたくないという気持ちから、 

大事なことを言いたいのに言わない人って、多いんやと感じます。

 

自分が大事に思うとることを、しょうもない見栄が強いばっかりに言わないのは、やっぱり、いかん!と思う訳です。 

『大事』に思っている事は言うた方がええと思うんです。 

どうでもいい事は、言わなくてもええんやけどね。

 

分かりやすく例えて言うと、あなたが断崖絶壁の場所で居て、下を見ると、

高さが100mの所だとしましょう。 

突然、霧が掛かって来て、全く崖が見えなくなっている状態になった。

 そこへ、あなたの子供(しかも反抗期)が、何も知らずに、崖に向かって歩いている。

 

さぁ、あなたはどうしますか?

 

『止まれっ!そっちには崖があるっ!』と声掛けるでしょ。

 で、子供が『関係ないわっ!』って言って、無視してそのまま歩いて行って、崖間近だったら、どうしますか?

 

走って行って、羽交い締めにしてでも動かないよう捕まえるやろ。

そして、霧が晴れるまで待ったら、その子供は状況が判るから、

 

あなたの言動に、今後の『聞く耳や心』に、何らかの変化は起こるはず。

子供と表現したのは、あなたにとって大切な人に置き換えて下さい。

 

霧の中を歩いて行っている人が、全く知らない他人でもやねぇ、その先は崖ですよ~って、声くらい掛けるでしょ。 

知らんぷりします??

 

これ、あなたの会社の社員達や、友人達と置き換えてみて、あなたの心に問うてみて。 

あなたの心の『良心』に従って行動せんですか!

 

自分の『大事』な事はどういう事を言うのかを、自分なりの区別する判断基準を日頃から持つ。

 

人生観や死生観、社会観、価値基準を深める学びは、自分と縁ある人達が心軽やかに歩む源泉だと思う訳です。

 

そうしていないと、誰かが、あなたに何か相談されても、相談にすら乗ってあげれんで。 

人生に取って、言わなければいけない事を言わなかったら、人生に影響が出ると思うなぁワシは。 

だから、勇氣を持って言いましょう。

 人生に取って他愛もない事は、言わなくていいんです。

 

この区別が瞬時に判断できる立ち居振舞いを『らしく』と、

哲学的には、言います。

 

だからエモーションの理念『志高く、らしく生きる』と、しとるんです。

 

中々、身に付けて行くのは難しいんやけど、そういうことを、思う心の習慣と人生哲学を深める学びは、してなかったら、いつまで経っても、身には付かんのよ。

 

良い話を、いくら沢山聞いても、習慣にしなかったら、身には付かんのです。

 

人間のDNA遺伝子は、そうなっとるようですよ、皆さん!

 

DNA遺伝子にスイッチが入るのは、心の習慣と行動の習慣やと思うんです。

スイッチって、ONOFFの、どちらかやから、どっちかにスイッチしたら、もう一方は切れるんよ。物理現象やからね。

 

正に『光り入りなば、闇消えゆ。』です。

 

あなたのDNA遺伝子に光りのスイッチが入ったら、瞬時に心の闇は消えるはず。 

スイッチが入った気になってるのに、どこか不安や、惑いを感じるのは、スイッチは入っていないんですよ。

 

そんな気持ちになってしまった時の、あなたの捉え方は、こうして下さい。

 不安感を危機感に変えたらええのよ。危機感を常に持ってたら、油断せん考え方に成るんやけどねぇ。

 

無理なく、無駄なく、油断のない生活態度。

 

商売で、目的持って、計画立てて、社員を巻き込んで、一致団結して事業を

伸ばしている経営者は、居ますが、 

人生観、死生観、社会観、価値基準、人生哲学を、油断ないよう深める毎日を歩んでいないと、 

規模が大きくなってから、売上激減に陥った時に、縮小せざるを得ない会社になってしまうでぇ。

 

ちゃんと、哲学、価値基準を持って油断の無い歩みをしている経営者なら、

そういう状況になっても復活するんよ。

 

例えば、中小零細会社が、大手企業の事業の得意先となった場合。

 大手企業の伸びに乗って、自社の規模を大きくしている会社、あるよねぇ。

 

経営哲学のない社長は調子に乗って、その大手企業の需要に応えようとして

設備拡大や、社員の増員をする。ずっと仕事がある保証も無いのに。

 

その点油断のない会社は、その大手企業の経営者になったつもりで常に、

何が必要か?を考え抜いているから、

 

単なる下請けにはならないんです。その仕事が突然切れても大丈夫なくらいの準備をするもんです。

 

大手企業の、潜在的に必要だと思えるものを考え抜いて、自社の利益を、

ものすごく乗せて、提案するんです。 

大手企業担当者は、その提案を取り入れたいと思ったら、お金は言い値で受けます。欲しいから。

 

その中小零細会社は、かなりな儲けを稼ぎますが、安心してはいないんです。

 納入したら、すぐ次なる潜在的に(その大手企業が)必要なものを考え抜く習慣が身に付いているから、

 

つまり、危機感を常に持っているから、研究開発するんですよ。大手企業は、最初は高くても、欲しいから導入しますが、

こっそり、それを安価に導入できる他社を探すかも知れんのです。

油断大敵です。

 

『要望を満たしている間だけ』言い値で買ってもらえるんよね。

 

単なる下請けだと、大手企業が、当該事業を縮小せざるを得なくなったら、

もう仕事は来ませんから。

 

『常に考える』

 

これは、企業の大小に関わらず『大事』な事です。

 

ワシは『適正規模の確立』を、事業に於いては、一番大事に考えて来ました。やっぱり、手堅く着実に。

 

社員一人当たりの付加価値(年間粗利額)を高く。

社員が、自主的に伸び伸びと働ける職場環境を維持し続けること。

社員の心が疲弊しない勤務状況や社内の人間関係が出来ている。

 

だから、他社や得意先に左右されず、我が道を行く。が継続出来とるんです。

 

無理なく、無駄なく、油断のない経営を皆さん、歩みましょう。

 

不透明な時代が加速して行くんじゃないかと感じます。

 

だから尚更、自分自身の『物差し』つまり『判断基準』を確りと持っていないと、

 

周囲や世論やマスコミに振り回されることが加速するんだと感じる今日この頃です。

 

素直な気持ちさえ忘れていなければ、他人の意見も、全部参考書に成るとワシは捉えて来ました。

 

自分が納得するかしないかのキーワードは、素直さやなぁと思う訳です。

 

自分なりの判断基準を確り持っていて、素直さを忘れなければ、反対意見をも参考資料にできるんです。

 

『素直』というものが人間の幸不幸を左右する最大のものじゃないかと。

 

素直とは、何でも従うことではないのに、素直の意味を勘違いしとる人も多いように思うけど。

 

辞書的には『ありのままで飾り気のない様。素朴。』

 

『性質や態度などが、穏やかで、ひねくれていない様。従順。』という意味やけど、

 

まぁ、穏やかで、ひねくれていない。は、そうやと思うけど従順は、どうかなぁ?

 

自分の判断基準に則っての従順なら、ええんやけど、

 

盲目的な従順になったら、それは素直とは言えんと思うんやけど。

 

『ありのまま』を真っ直ぐに捉える気持ちが素直さかなぁ。

 

せっかく、自分なりの判断基準を持っているにも関わらず、

 

素直さが乏しいばっかりに、その判断基準が生かされない人、多いんちゃうかなぁ。

 

例えばコロナワクチン打つ派?打たない派?

 

マスコミに惑わされない自分なりの判断基準を確り持って、自分の判断基準に従ってやればええのに、と思う訳です。

 

こんな話を見聞きします。

 

自分は、こういう立場だから、ワクチンは打たないといけないんです。と言う人も居れば、

 

自分が、こういう立場だからこそ、自分なりの判断基準で、安全に留意したら、ワクチンは打てませんし、打ちません。

 

と言う人。

 

自分なりの判断基準で行動したらええだけなのに、知りもせん人達に吹聴せんでええんです。

 

ワクチン打つ派も打たない派も。

 

自分の大事な身近な人達だけに、発信はしたらええと思うんです。

 

自分なりの判断基準を確り持っての意見なんだから、自分の大事な身近な人達には、

 

やっぱり自分の判断基準は発信してあげるべきやと思う訳です。

 

それをしないのは、自分の身近な人達を大切に思ってないんよ。

 

『どうでもいい事』はどうでもええんです。身体に影響を及ぼす恐れのある事は、

 

自分なりの判断基準を発信してあげることは親切やからね。

 

知らない他人にまで、やいやい言うことは、せんでええと思う訳です。

 

世の中に『絶対』は、無いんちゃうかなぁ。

 

だから、己れの納得の行く行動をすることが幸福というか、充実に至るんじゃないかと思う訳です。

 

だいたいが、自分が決めてやってるのに、思うように行かなかったら、

文句を言うてる人、おるよねぇ()

 

文句や愚痴が出るのは納得行く判断基準で、行動してない証拠や。

 

自分の『物差し=判断基準』を持つ為に、勉強せなぁ!

 

判断基準を持つ勉強はワクワク😃💕するでぇほんまに。

 

勉強が身に付いている判断基準は、

 

あなたの心が澄んで行っている感覚になっているか。

あなたの精神性が高まって行っている感覚になっているか。

 

この二つです。

 

よぉ~に、今やってる事、振り返ってみてみてん?

心は澄んでいるか?精神性は高まっているか?

 

ただし!

 

学んだ事が理屈つまり道理に叶っているか?が大事。そして学んだ事を実践していないと身には、付かんのからね。

 

色んなセミナーや研修で、ふぁ~と凄いなぁ⤴⤴と感じてるだけで、

 

心が澄んで行ったり、精神性が高まって行ってる感覚になってる人も、多い気がします。

 

その学びに道理が通っていなければ、自分が学んだ事を実践してなければ、身には付かんのです。

729日の京都同友会での、ワシの体験報告『エモーションの仕事の流儀』の90分の動画を見ての、元宇多津中学教師の森崎君から感想文が来ました。

 

内容に感激したのと、嬉しかったのと、素晴らしい考え方の持ち主なので、

皆さんに披露したいと感じましたから、

本人の了承を得ましたから、今週のメッセージの冒頭に紹介します。

 

11年前に宇多津中学一年生170名に講演してほしいとエモーションに来社すること二回。

『校長と学年団の先生方を口説きますから』と、懇願して来たのが当時新任教師の森崎君(当時25歳現在36)でした。

稀に見る素晴らしく、まさに教師が天職のような人物です。

 

こんな感想でした。

 

お世話になっております。京都同友会での報告資料を送っていただき、

ありがとうございました。

先程、京都同友会での動画を見させていただきました。

このような愛情と魂のこもったご講演を聴かせていただき、本当にありがとうございました。

 

日本の宝である「天皇制」と「家族制」

その家族社会を業務の中で見事に実践されており、勇気を与えていただくとともに、自分自身の反省につなげることもできました。

 

本物の愛情は、現在の学校教育に欠けている部分でもあり、わたし自身も追求していかなければならないものです。

明日もまた、目の前の子どもたちに心を込めて愛情を持って接していきたいと思います。

本当にありがとうございました。

 

また、毎日美味しくルイボスティーを飲ませていただき、おかげさまで家族みんな健康に過ごせております。本当に感謝しております。

今後とも、自分自身を磨いて少しでも社会に貢献できたらと思いますので、

ご指導よろしくお願いいたします。ありがとうございました。

 

追伸

 

香川さんのお話は、

本当に聴いていて心地よくて、あっという間に終わった感じがしましたし、

ずっと聴いていたい感覚でした。

僕自身、天皇制については、家族社会についてより理解が薄いですが、

これからの課題だなと思っています。

日本とは何か、日本の役割とは何か、この答えは、おそらく、僕が学校教育で実現しなければならないものと同じだとも思います。

自分自身を極めて極めていく中で、それをつかみ、実践していきたいと思います。

という森崎君からの感想メッセージでした。

 

でワシは、こういう返信をしました。

 

いやぁ、嬉しい😆何が?

森崎君から、日本の誇るべきは「天皇制」と「家族主義社会」の文言が出たことが、です。

 

僕の究極目的が、エモーションという会社で、この二つを具現化したいという願いであり、念(おも)いだからなんよ。

それを感じてくれている。共感してくれていることが嬉しいんよ。有り難う。

 

という、やり取りでした。

 

ここで皆さんに、分かりやすく一言で日本の誇るべきは『天皇制』と

『家族主義社会』を解説しますね。

 

天皇とは、一言で言うと、毎日何を願っている人物か?というと、

それは365日、国民の幸福のみ、を念願として生きておられる人物です。

家庭に於ける父親や、会社に於ける社長は、本来『天皇』のような人物で居てほしい!ということを体現されているんです。

 

いわゆる外国諸国の『王様』とは違うんです。

先ず、皇帝や王様には『権力』がありますが天皇には権力はありません!

天皇の人格だけで国民を統治している世界唯一の存在なんです。

 

これを『人格的民心統一』と言います。

権力でも金力でもなく人格に依って国民皆が尊敬し、仰慕(親しみの情を感じる)している人物です。

 

父親は、365日家族の幸福のみ、を念願として生き、

会社の社長は、365日社員の幸福のみを念願として活動している姿であり、

家族がそして社員が、その人格に触れて心が一つになっている姿が天皇制なんです。

だから『日本の誇るべき姿』なんですよ。

 

家族主義社会とは、利害を超えた『責任と感恩』の人間関係の世の中という

意味です。

決して『権利と義務』だけの殺風景な世界ではないんです。

感謝する気持ち、恩に感じる気持ち。

そこに利害の損得感情は起きていない状態の人間関係。

 

皆さん!

この二つが徐々に離れて行くところに、歪みが生じて来るんです。

不和が生じて来るんです。この、天皇制と家族主義社会が世の中の多くを占めたとしたら、これを持続可能な幸福な社会と言う。と香川湧慈は考えます。

 

流石!森崎君。昔から森崎君のことを感じているのは、

どんな性分の生徒からも、信頼があるのが、よく理解納得できるからです。

うちの社員の娘の○ちゃんが11年前、宇多津中学一年生だった時の担任の先生でした。

 

で今回、先の森崎君の感想を、その社員に転送していたら、

今年宇多津中学一年生になった弟の○君も森崎先生に教わりたかったです。

とワシにラインくれたくらい、父兄からも頼られていた教師です。

 

あと、感想を十数人の方々がくれましたが、同じ報告内容の動画なのに、

人それぞれに心の琴線に触れた箇所が違っているのも『その人の、その時点での』心の有り様なんだと感じた次第です。

 

うちの社員からも二人の社員が感想をくれましたが、

琴線に響く箇所に違いがあって、人それぞれの『心の置き処』は、

その人なりの価値観やなぁと感じた次第でした。

 

で今週のインスピレーションが浮かんだんです。

 

『器の大きなバカ』で『素直で正直なアホ』であれ!

これは今年4月に85歳で亡くなられた筑波大学名誉教授の村上和雄博士の言葉であり信念です。

村上先生は、血圧をコントロールする酵素「レニン」の純化精製に世界で初めて成功させた人物です。

『生命の暗号』『人生の暗号』他、遺伝子研究の世界的な第一人者です。

 

17年か18年前に、村上先生の講演会に参加して、名刺交換した翌日に、

いつものように手書きのお便りを出した数日後、

エモーションの終業時間直前に何と『筑波大学の村上です。』と、電話があったのを今でも覚えています。

電話を受けたのがワシやったからです。

 

その時、思いました。村上先生は、本物や!何と誠実な人なんやろうと感じましたね、あの電話を受けた瞬間。

 

普通、あんな有名な人が、直接電話なんて掛けて来んですよ。

しかも、たった一度会ったくらいの、いや会ったというか名刺交換しただけの聴衆者の一人に。感激しましたね。

 

有名無名関係なく、ちゃんと返事するのは人として当たり前の行為やのに、

多くの人が相手を自分のエゴで選んでいるからか?返事せんのよ。

そう思いませんか?

 

世の中の有名な人の多くは、たぶんやけど、村上先生のような直接電話掛ける行為は、せえへんと思うわぁ。

 

世の中、利口で賢い人が多い気がするけど、利口さや賢さのスケールがどこか『小さい』感ありです。

 

やっぱり、ワシが大好きなバカボンのパパ(ワシの机の横にバカボンのパパを置いてます)の生き方がカッコいい!

 

鈍くて深い生き方が、いいですねぇ。

バカボンのパパの名言『これでいいのだ!』

この言葉、意味、深いなぁと昔から思って来ました。

 

人は、自分の都合の良いことは、ウエルカムで、都合が悪いことは避けたい。と、思っているもんです。

でも、バカボンのパパは、都合の良い事も、都合の悪い事も、全部ひっくるめて『これでいいのだ!』と、悟りの境地で、いつも明るく愉快に生き生きと生きている。

 

どんくさくて、鈍いけど、器がでっかいバカで、素直で正直なアホな生き方が、周囲をしあわせに、穏やかにするんじゃないかなぁ。

 

村上先生は遺伝子研究を突き詰めて行くと、器のでかいバカで、素直で正直なアホで、鈍くて深い生き方をしている人を、サムシンググレイト(偉大なる何者か=)は、一番好きなんだ。と言える。とハッキリ言うてました。

 

皆さん、人間の遺伝子を突き詰めると、神はそんな生き方をしている人を好むようです。

そして、村上先生は運について、こんな事を言っていましたねぇ。

 

運とは必然でもなければ偶然でもない。

とても蓋然性(がいぜんせい)の高いものです。と。

蓋然性?ワシは知らなかったからスグ調べましたよ()やっぱり大学の先生、と感じたものです。

 

運を呼び込む条件の重要なことは、こう言うとりました。

『素直で注意深い目』です、と。

 

村上先生の信念とバカボンのパパが好きなんです、ワシは。

小利口になってはいかんと感じます。人生のスケールが小さくなって行く気がするんよねぇ。

小利口な賢さを披露する人達を見るにつけ、それが、どしたん?って、

ワシは思ってしまう性格です。 

 

皆さんは、どういう性格ですか?

鈍くて深い性格?器のでかいバカで、素直で正直なアホ?

小利口なスケール小さい性格には成らんといてほしいと感じた今週でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アフターフォローとかアフターケアの源泉は『気に掛けてあげる』という想いであり、心やなぁ、とふと思い浮かびました。

 

その観点から想像したら、アフターフォローの徹底している会社、

どれくらいあるかなぁと。

 

例えば、ホームページ製作を業としている会社、多いですが、

 

自分とこが作ったHPの相手の会社を、心に気に留めているんやろうか?

気に掛けてあげてるんやろうか?

 

って、思う事があります。

 

お客さんから言われたら『する』けど、別に言われなかったら『しない』

『どうですか?』の声掛けもしない。

 

何百、何千とHP 製作手掛けたお客さんが居ても、気に掛けていたら、

 

そのお客さんのHPをたまには、見る筈やのに気に掛けてないから見ない

会社、多いんちゃうかなぁ。

 

数々の手掛けたお客さんのHPを、その会社の顧客目線で見てたら

『ここ、こう改善したらええかなぁ』的な、

発見するもんやし、お客さんに声掛けしてあげれるもんやけど。

 

例えば、保険会社のファイナンシャルプランナー。

 

自分のお客さん全てとまでは言いませんが、

大多数のお客さんを『気に掛けて』あげてますか?

 

気に掛けてたら、たまにはコンタクト取ってコミュニケーションするけどなぁ。

 

誰だって、自分のことを気に掛けてくれてるなぁ、と感じたら、

 

嬉しいもんやし、信頼感が増して行くと思うんやけど、

 

何で、自分のお客さんやのに、気に掛からんのかなぁ、と思うことがありますね。

 

一度ご縁のあったお客さんに対して、継続的に向き合い続けることが、

 

やがて、顧客を積み重ねて行き、その顧客の客単価が上がって行くんだと思う訳です。

 

商売は、自分がアフターフォローし続けられる客数を見極めて、利用してもらう額を増やして(客単価向上)行く活動とも言えます。

 

またその商売のビジネスモデルが儲かるビジネスになっていれば、

 

社長の人間的資質や、経営能力が、そんなに優れてなくても事業は儲かって

行くもんなです。こういう会社、多いのも事実。

 

何で、あの会社の社長自分の利益ばっかりで社員の待遇良いとは言えないのに、儲かってるわなぁ、という会社です。

 

ワシが思うに、こういう会社の社員の心の充実感は、少ないと感じるし、

 

そこの従業員は、労働と給料の交換所が会社だと認識してると感じます。

 

逆に、社長の人間的資質や経営能力が優れていても、

 

ビジネスモデルが時流に乗っていなかったり付加価値(粗利額)が少ない仕事だったり、

 

構造的に儲かりにくいビジネスモデルだったら、儲からないもんです。

 

だから、先ずは継続的に儲けて行けるであろうビジネスモデルの構築と実践が大事。

 

物販なら、お客さんが自社商品を使っているシチュエーションを提案することで、

 

新たな販売カテゴリーが開発できるもんやと思うし、仕組みが先やと思う訳です。

 

自分の商売の概念整理をして行くと、自社らしい仕組みが出来て来ますから。仕組みが出来ると教育が断然、し易くなる。

 

その仕組みが、人間性と科学性と社会性が、バランス良く、しかも高いものに成るように構築してほしいもんです。

 

そういう会社を幸福な会社と言うんです香川湧慈的には。

人生長いようで短い。60が来たら、あっと言う間に80が来るでぇ。

 

『人生勝負は後半にあり』と、

 

昭和59720日に、大阪は、箕面観光ホテルで社会教育家の田中真澄先生(昭和11年生まれ)の講演を初めて聴いた時に教わったことを、

37年経った今も忘れていませんし、根付いています。

 

40年前から田中先生は『人生100年時代』を提唱していました。

 

人生60歳から黄金期を迎えられるような思考と哲学、行動が大事だという内容でした。

 

そのような生き方をして来たつもりですワシは。

 

年明け一月、誕生日が来たら還暦、つまり60歳。

 

振り返って、じっと思い起こしたら、黄金期を歩める感じが湧いて来とるなぁ、と実感しとるんです。

 

オセロで例えると、

 

ワシの体験は振り返ってみると『世間一般で言う表面的な成績』の見方で見ると、

 

ずっと黒で塗り広められて来た感あり、です()

 

例えば、

 

会社の数値業績で言うと、30年ちょい商売をやっているのに会社は無借金経営じゃないし、会社借入金も売上に対して多額やし、

 

内部留保金は、決算上は、売上の半分くらい有るけど、90%は社員が60歳になった時に支給するものと、

65歳になった時に支給するお金で、実質会社の内部留保金と言えるのは10%くらいのもんやし。

 

なんやけど、

 

内面的には、ずっと信ずる念い、つまり信念を貫きながら経済活動をやって

来て、

 

心は納得で歩んで来たからか、60歳からは、その黒が徐々に白に転換されて

行く気配を感じておるんです。😃✌

 

人生100年。40年掛けて、黒を白で塗り潰せるなぁ()と感じておる次第です。

 

念じるほどの信ずる価値観で人生を歩んでいるなら、結果がどうであろうと

納得行く人生に成る筈。

 

もし、納得できないんなら、それは信念じゃなかったという訳よ。

言い訳無用です。

 

昔から人間関係は20年くらい掛けて本物を見抜いて行こうと思って来ました。

 

人は、お金の利益損得で動く者が大多数。

 

しかし、そういう人でも魂は、情を信念に行動を貫いている人のことを好きに成るものなんよ。無意識に理屈を超えて魂の感情は。

 

商売は『経営の指針を打ち立ててから』30年は、モノに成るまで掛かると思って実践して来ました。

 

エモーションの経営の指針作りに取り組んだのが平成5年。

 

経営の『あらゆる概念』を打ち立てたのが平成12年。

 

だから、平成12年から30年後は平成42年になるなぁと覚悟して来ました。

 

平成で言う42年つまり2030年に、オセロの黒の大多数を、白に塗り替えると。

 

皆さん、人生、勝負は後半にあり!です。

 

商売している人で未だ経営のあらゆる概念を整理していない、指針を打ち立てていないとしたら、

 

『流される人生』になっとるんじゃないかと感じる訳です。

己れを立てる。理想像を描く。

 

それが『芯』に成っていれば、60歳以降に黄金期を迎えられると思えてなりませんね。

 

人生、焦ってはいけません!焦って、納得行く人生は歩めんと思います。

 

人生の後半と言える60歳から、黄金期を歩めたら、それまでの災難とも言える、あらゆる事象が報われると思う訳です。

 

流されない人生にして行くには、

 

相手に勘違いを起こさせない、コミュニケーション能力が必要なんです。

 

だいたいの人間関係の『ごじれ』は、勘違いさせてしまっている話の仕方が

起点になっとると、感じる訳です。

 

どれだけ、自分を正当化しようとも、

 

相手が勘違いを起こさない、勘違いの起こり様がない、あなたのコミュニケーション能力が問われます。

 

『自分は、ちゃんと言うたのに、、、』

 

けど、意図する事が伝わらなければ『納得』に至らず『流される人生』になって行きますから。

 

話の仕方は、詰まるところ、あなたの思考哲学に起因するんです。

 

自分の仕事や人生に、真摯に向き合っていれば、自分の仕事や人生を、

愛していれば、いくらでも伝える言葉は出て来る筈です。

 

相手に伝えるメッセージに、工夫が出来る筈ですから。

 

そのような『ちゃんと伝える』訓練の継続がやがて、60歳以降の黄金期の素養に成って行きますから。

 

めんどくさがらずに、伝える能力を磨き続けましょう。

 

もう一つ大事なことは人生の目的を果たす為に、目標を立てたならば、

絶対に変更しては成らんのです。

 

飽くなき執念で、妥協してはいけません!どうにか、工夫し続けて行くんです。

 

工夫に工夫を重ねて行けば、必ず方法が見えて来ます。

 

目的は、絶対に譲れないという念(おも)いが責任感を湧かせるんです。

その責任感が工夫を生みますから。

 

『決意が責任感を生み責任感が工夫を生む』

 

人生を充実させたいなら。人生、勝負は後半にあり!そう信じて、己れを立てましょう。

『合意と納得』には『道理と情理』を兼ね備えた言動でないと、成し得ないんです。

 『合意と納得』『道理と情理』

 

道理とは、理屈で納得できるもの。情理とは、感情で納得できるもの。

 

これ、あらゆる人間関係を良好にして行く基礎、源泉のように思います。

 

だいたいの会社に於いて、社長の思いを社員全員に理解納得してもらおうと

努力しているとは思えない社長達、多い気がします。

これじゃあ合意と納得が行き渡らないと感じますね。

 

家庭でも会社でも、また様々な会組織でも同じ。

 

合意と納得を得る為には、道理つまり理屈を整理し、性格も考え方も価値観も異なる人達が、 

理屈の上で納得できるであろう話しをしながら、本音の感情で訴えないから、

 その感情で訴えたものが、相手の心に響くものでないから、

 また、話の仕方、理解してもらう為の文章での交流など様々な方法で、

工夫をしてないから、 

そのような姿勢を見せないから、合意と納得に成らんのです。

 

そもそも、あなたに、相手に対する『愛』が薄いか、

もしくは無いんちゃうか?なんですよ。

 

あなたの思いが伝わらないのは、相手に対する愛が浅いんです。

 

何でかと言うと、

愛があればやねぇ、どれだけ伝えても、伝え足りないということはないし、

何を問われても、あらゆる角度から回答が出来る筈なんです。

工夫するのに、諦めは浮かばないもんです!愛があれば、です。

 

そう思いませんか。

 

やっぱり経営は愛情力が根底に存在していないと、判断力や先見力があっても、最終的に花は咲いても、実は成らない気がするのよ。

 

あなたが情を訴えても伝わるか否かは、あなたが好かれているかどうかが、

かなり影響しますよ。

 

誰だって嫌いな人の感情は、無意識に無視してしまう脳の構造だと思うからです。

 

好かれていたら、素直に聴こうという心の姿勢に成るもんやし、

 

理解に及ばないようなら、素直に理解しようとする為に、質問して来る筈なんです。

 

これ商売で言うなら、

お客さんに対して合意と納得の行く『説明』という観点が無いと思える店や会社、あるんよねぇ、残念ながら。

 

例えばクリーニング店の表示。

 

スタンダードとクオリティーとハイクオリティーという3段階表示してる店。

がっかりするのは、

ハイクオリティーの所に『大切なもの』って表示してて、スタンダードや

クオリティーの所には、表示なし。

お客さんが出す衣類は価格に関係なく、どれも『大切なもの』やけどねぇ()

お客さん目線に立っていない証拠やね。

 

どういう洗い方で、仕上げ方は、どうしているのか、の区別の説明が為されてないんよだいたいのクリーニング店。

 

お客が知りたいのは、価格の差の理由と、クリーニング物の生地に相応しい

クリーニング法の『具体的説明』なんです。

その説明が表示されていない。

 

ただハイクオリティーの表示には、丁寧な仕上げです。と表示していて、

スタンダードには表示なし。 

『丁寧な仕上げ』とはどのような仕上げの仕方をしているのか、を明記せないかんのよ。

 じゃあ料金が安いスタンダードは、丁寧にしてないの?って思う客もいるだろうに。

 

例えば飲食店。

 

お客さんが『お勘定』と言ったら、明細なしで『何円です』的な、返答だけ、の店。

 やっぱり信用を得るには、明朗会計が大事です。メニューのレシートは、

ちゃんと出しましょうや。 

レシートが出るレジがないなら、手書き伝票に明細をちゃんと記載して、

お客さんに渡すことが誠実さです。

 

人間オーダーミスすることもある訳やから、

 明細をちゃんと記載してたら、お客さんがミスを発見してくれることもあるしね。

 

『付出し』の価格も、ちゃんと明細があると誠実さを感じるし、

信用してもらえる要因に成るんやけど、

 

お客さんへの、価格に対する配慮の無い店は個人経営の居酒屋に多いんよ。

 

また、個人居酒屋ではメニュー表に、価格を書いているものと価格表示なしのメニューが混在している店があるんよね。

 

全てのメニューに価格を書いていない。これは誠実とは感じないし、

不安感から不信感になって行き、

 リピーターになってくれない要因の一つに、なって行く。

 

味が気に入っていて、例えリピーターになっていても、内心の気分は釈然とはしないんよね。

 

例えば高級鮨料理店でメニューの無い『おまかせ』のみの店なら、

 価格表示しなくても、メニューが無いんだから、選び様がないんやから、

お客さんがお勘定の時に納得すれば、リピーターになるだろうし、

 納得しなければ『それまでの店』に区分けされるだろうし。

 

あらゆる商売のお客さんとの『合意と納得』が崩れて行っていることに気づかな、いかんのやけどね。

 

『なぜ、なぜならば』を合意と納得行くように、道理を通しながら情を訴える。感情の納得を得るんです。

 

人間関係は、個人も、会社も、お店も同じですから。

今の政府のコロナの説明も、しかりです。

 

理屈で納得行く説明が為されていないし、感情の納得行く説明も為されていないから、不信感しか、湧かないんです。

 

感情の納得つまり情理を身に付けるには、誠実に、本氣で、配慮の行き届いた言動をすることなんです。

 

誠実で本氣で行動していても、配慮が行き届いてないと、信用はされても、

頼りなさを感じたら、信頼には成らんのです。

 

一流とは、隅々にまで行き届いていること。

これ、エモーションの『一流』の定義です。

終わりはありません。

百点は取れませんから常日頃、留意しながら仕事をしとる訳です。

 

社内の人間関係が良好でないことで悩んでいる社長や、

 

自分の思い通りに仕事をやってくれていない社員が居る社長というのは、

 

大体テクニックを研究する傾向があり、

そのテクニックで社員を上手く動かしたいと思っている社長が多い気がするなぁ。

 

テクニックつまり技術は大事ですが、前提が存在するのを、忘れとるんですよ。

 

社長と社員全員の人間として深く関わり合う信頼関係が無いと、

 

テクニック技術は、意味を成さんのです。そして多少の信頼関係があったとしても、

 

そのテクニックを使う場面が『ベストマッチのタイミング』じゃないと、

功を奏さないんです。

 

また社長自身が『社員の生活の充実』を心底願っていないから、見透かされて、却って、不信感につながって行くんです。

 

いくら様々な勉強会に参加しても『本来の学ぶ姿勢』が、本人の心に無いなら、意味を成さないんです。

 

経営の目的を一言で表した言葉を経営理念と言いますが、

 

エモーションの経営理念は『志高く、らしく生きる』が、目指している目的ですが、

 

この『らしく』を禅用語で『時処位相応の行為』(じしょいそうおうのこうい)と言います。

 

つまり、時(とき)と処(ところ)と位(くらい)に相応しい行為を『らしく』と言い、

 

わかりやすく言うと、あらゆる事がベストなタイミングでマッチしている状態を言うんです。

 

これが、中々出来んのです。

 

だから、生涯懸けての目指すべき人間像であり、経営の目的に値するんです。

 

社員全員の永遠の人生テーマでもあります。

理由は、社員一人一人の、あらゆる言動が、

 

ベストなタイミングでマッチするような人間を目指すことは、

 

家庭生活や会社生活に於いて、心通じ合え、配慮ある人間に成れると思えるからです。

 

日本古来の価値観で言うと、善悪の善を、時処位相応の行為と言います。

 

西洋の価値観の善悪の基準は、その民族の神の教えが善です。

 

キリスト教徒の善は、エホバの神の教えが善です。

 

イスラム教徒の善は、アラーの神の教えが善です。

 

日本は、時処位相応の行為、時と処と位に相応しい行為が為されている状態を、善と言います。

 

平易な言葉で言うと、あなたの日頃の言動(行為)が、ベストなタイミングでマッチしているか否かなんです。

 

道徳観が善ではないんです。

 

中々、全ての行為が、ベストなタイミングでマッチする事は、出来んですよ。

 

だから、人間として、商売として、永遠のテーマであり、目指すべき目的にしておるんですねワシは。

 

テクニックつまり技術を磨くことは大切ですが、

 

そのテクニックを使うタイミングがベストにマッチするには、使うあなたの人間性と哲学に依るんです。

 

だから自身をよくよく内観せな、いけませんよ皆さん。

 

その要因は、社長自身の精神性の高さに依るんです。社員に対する想いの高さに依るんです。

 

そういう人物だから、テクニックつまり技術が活かされるんです。

 

自分の人間性、心の豊かさを磨こうとせずに商売や事業に励んでも充実には至らんと思います。

 

外見的な充実は可能と成っても、やがて心底からの充実感には至らなくなっている社長、多いんちゃうかなぁ。

 

人間性に立脚した科学性(理念が方針や全ての業務に反映していて継続的に稼いで行ける仕組み)

の実践をせな充実には向かわないんです。

 

それを続けていると、社会性が高まって来るんやから。

 

そもそも、社長に理念が根付いていないなら砂上の楼閣に陥りますから。

 

テクニックを研究する前に、自身の精神性を高めてほしいと願うんやけどねぇ。

 

まぁこれも『縁』つまり、巡り合わせやからねぇ。そして会社で大事なコツは『情報の共有』です。

 

皆さん方の会社では、情報の共有為されていますか?

 

業務は、絶対ですよ、共有化してなかったらお客さんに不愉快な思いをさせてしまいますから。

 

『私聞いてません。』『私、知りません。』は、お客さんには関係ないことやから、

 

皆が担当という意識を持つ為にも、情報の共有化は徹底して下さいね。

 

あと、うちはこういう共有を大切にしています。特に感動の共有は大切です。

 

うちは外部からの感動のメールや手紙は、必ず、社員全員で回覧しています。

 

社長に来たラインや、メールや手紙でこれは』と感じたものを、

社員全員で共有する社風です。

 

感動を分かち合うことは、実は全ての業務の根底に流れていることで、

充実が生まれて来るんだという実感があるんよね、ワシには。

 

最後に、つい先週ワシ宛てに来たライン文を紹介します。

 

発信者は、後輩経営者でありルイボスティーのお客さんでもある人が、

 

先週、数年振りに社員のことで相談の電話があり、翌日うちの社員達との信頼関係が感じられるものを、郵送していました。

 

で、それを読んだ彼が感激のラインをくれました。即、その夜社員全員に転送しました。

 

こんなライン文を社員全員に転送しました。

 

同友会メンバーの元、幹部だった、○○君(現在、広島でさぬきうどん店経営)からのラインを皆で共有や。

 

『香川社長、郵便届きました。ありがとうございます😭エモーションの社員さん心底、羨ましい!

 

何でこんなに、共鳴し合ってるんですか?社員さん達の人間性も素晴らしい!

 

やっぱ、香川社長スゴイっす!

 

俺もまず自分自身の人間性を高めて、勉強して、スタッフと向き合っていがなければ、、と痛感しました😢

 

本当に勉強になります!ありがとうございます😊

 

というものでした。

 

皆さん方の会社では、感動の共有や情報の共有を習慣化していますか?