「哲学の裏打ちされていない商品・サービスは

              売れなくなる速度が加速する」

 

先が見えないから「決めれない」のではなく、

 

どんな生き方をしたいのか。(これが基本。全ての始まりである。)

どんな風土の会社を創りたいのか。(理想の会社像は!)

どんな社員と共に働きたいのか。(手が足りないから安易に採用するのか!)  どんなお客さんを創りたいのか。(買ってくれれば誰でもいいのか!)

どの商品で、どれだけ売りたいのか。(年間販売目標数を決めているのか!)

どの市場で商いしたいのか。(ピンとはボケていないのか!)

広告物には、自社がお客さんに対して自分達が何を、どういう風に考えて、

商いをしているのかという意見が表明されているのか。

 

の覚悟を「決める」から、少しずつ、少しずつ「見えて来る」のである。

つまり、己の中に「核」を持つことが一番大切で、大事なことだと思うのです。

「核」とは、

自分はどんな人生を歩みたいのか。どういう生き方なら本望なのか。を、

己の中に確りと持っていること。人生を生きる哲学であり、信念であり、

最終責任は自分が取るという覚悟であり、こんな社会にせないかん!という、社会観です。

 

社長自身の「核」が確りするところから、全ては始まるように思います。

それが、確りしていなければ、「砂上の楼閣」になり兼ねません。

 

あなたの商品に哲学が裏打ちされていますか!

あなたの仕事に一本筋が貫かれていますか!

どうか、あなたの社業に哲学が貫かれたものになりますことを希望します。

 

中小零細企業は、社長が「ブランド」です。

あなたの「ブランド」を安売りしていませんか?

自社の「ブランド」を安売りしない事が誇りにつながるのです。

中小零細企業の商品・サービスに、全く特殊なものなんて無いんじゃないでしょうか。

一般的に見れば、似たり寄ったりでしょう。

だから、独自の工夫が優劣を決めてしまうのです。

 

その「工夫」を生み出すヒントが己の過去の体験(DNA)に潜んでいるような気がしてなりません。

自らの体験を通して、独自の法則を生み出す以外に、充実は生じない。

と思うのです。

経験は、貴重で尊いが、普遍性がありません。だから、己の経験体験は

「ヒント」であり、「答え」ではないのです。

経営学を体系的に論理的に学ぶことで、そして、人間とは何ぞや!を深く学び続けることでしか、己の体験は生かされないと思うのです。

 

それを、広告物に、商品に、サービスに、アフターフォローに、応用してゆく。

「品質は人質(じんしつ)」です。

品質・価格・機能・デザイン・パッケージ・ネーミング・癒し

プラス「そこまでやるか!」の精神。

「そこまでやるか ! 」とは、一人一人が自己責任を追求する姿勢のことです。

 

まず、

社長自身の考え方をお客さんに「発信」していますか。

中小零細企業は、まず「考え方」を売ることから始めねばならないと思うのです。

 

「考え方」を売る。そして、「顔を出す。」その次に「商品」を売るのです。

そして、アフターフォローに徹し続ける。

「続ける」のです。

 

社員との関係も同じと思うのです。

 

まず、社長の考えを発信し続けること。人間として深く関わる勇氣を持つこと。

そして、実際に人間として深く関わること。積極的にお互いの向上の為に本氣で関わる。

 

「向上のための摩擦」を起こすこと。摩擦は物理的に「磨く」行為のことです。

社員と真剣勝負で関わるのです。

この継続からしか、「信頼関係」は構築出来ないと確信しています。

売上が悪くても、人の育成を優先するのです。

十回言ってもダメなら、百回。百回でダメなら千回。発信し続けるのです。

諦めずに育て続けてこそ、人は「育つ」のです。

精魂を注ぐ・・・全ての生きものは、そうやって育つのだと思います。

すると、その「積極的摩擦」がやがて、「雨降って地固まる」に成って行くものです。

 

「縁」がハッキリして来るのです。

 

縁の深い者同士で共に働くのが、心穏やかに、職場生活を歩めます。

共に、苦楽共有できるのです。

 

高い理想に向かって、共に苦労することでしか、絆は深まりません。

 

そして、縁ある社員や友人たちに「エール」を贈りましょう。

相手の魂に響くメッセージを贈るのです。

贈り続けるのです。

 

勇氣と感動を与え続けるのです。そういう人生を自分は歩みたいんです。

魂に、心に、響くメッセージを贈るには、

己の哲学を深めないと、エールは贈れません。

 

だから、みなさんにも自分の哲学を深める努力をしてほしいのです。

 

自分の縁ある人たちに勇氣を与え続けるために。

 

自分の縁ある人たちに心穏やかになってもらうために。

 

                                 感謝

 

 

 

 

 

 

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宇多津中学一年生の皆さん      平成22年11月10日

 

                  株式会社 エモーション

                    社長 香川  湧慈

 

講演内容

 

まず、みんなは何歳まで生きたいですか?

80歳ですか?100歳ですか?

ほとんどの人が「元気で、生き生きと長生きしたい。」と思ってると思います。

今、みんなは何歳ですか?13歳でしょうか。

じゃあ、一人一人が「自分で何歳まで生きたい」と思っている年齢から、

13年を引くと、残り何年になりますか?

その年数のことを「時間」と言いますね。

また、生きていられるのは「命(いのち)」があるからですよね。

つまり、「命」は「時間」ということです。自分にとって大切なものですよね。

その大切な「時間」は目に見えますか?「命」は目に見えますか?

見えないですよね。命を維持する為に必要な「酸素=空気」も見えないですね。

世の中は、目に見えるものよりも、目に見えないものの方が、人生には大切なものが多いのです。

「大切なものは目に見えない」って「星の王子さま」という本にも書いてます。

まだ読んだことのない人は、一度読んでみてください。

命とは、自分達一人一人が使える時間のこととも言えますね。

「時は、金なり」ではなく「時は、命なり」です。

じゃあ、その大切な時間を、どう使いますか?

時間の使い方は、いろいろあるけど、自分だけのために使うんじゃなくて、

みんなのために使う努力をしてほしいのです。

みんなのために使うことを「志」と言います。

自分のためだけに使うことを「野心」と言います。

自分の目標が、自分の「しあわせ」のためだけに使うことを「野心」と言います。

自分の目標が、自分の周りの人の「しあわせ」のために努力することを「志」と言います。みんなが「しあわせ」になることが自分の「しあわせ」と感じる心が「志」です。

多くのお父さんが、家族のしあわせのために努力している姿と同じです。

多くの親が、自分の子供が健康で、生き生きと、一所懸命何かに取り組んで生きていることを、「しあわせ」と感じているはずです。

もう、中学一年生なんだから、これからの「時間」をどう使って人生を歩むのか、を考えてほしいのです。

まだ、中学一年ではありません。もう、中学一年です。

今から、約140年前の江戸時代までは、満14歳で元服(げんぷく)、今で言う「成人式」を迎えていました。14歳は、立派な「大人」として世の中から認められていました。自分のこれからの時間の使い方を、真剣に多くの子供達が考えていたんですね。

*人生は「過ごす」ものでも「送る」ものでもありません。「歩む」ものです。

「歩む」とは、自分で考えて、自分が責任を持って行動することを言います。

 

最初は「野心」で良いのです。自分の目標が自分の「しあわせ」のためだけでも良いのです。残りの時間を、どう使って人生歩むのか。を考えて、行動していると、やがて、少しずつですが、「志」のある人や、志のある「本」との出逢いがあるようになって来ます。

そして、少しずつですが、自分の目標が変わって来ます。

自分と自分の周囲の人達の「しあわせ」のために時間を使いたいって気持ちになって来るのです。そして、自分にも「志」が芽生えて来ます。

「志」が芽生えると、

人間として「良い思い」が浮かんで来ます。

そして、 ↓

「良い行動」をしたくなります。

そうすると↓

「良い習慣」が身に付いて来ます。

そうなると↓

「良い人柄」になって来ます。

そして、 ↓

「良い運命」が巡って来ます。

結果、  ↓

「良い人生」を歩め、

     ↓

「周囲の人達をしあわせ」に出来ます。

 

逆に、自分のことしか考えられない人は、やがて必ず「行き詰まる」ように、人生はなっていると思うのです。

 

「夢」のある人には・・・・・・「目標」が出て来ます。

「目標」のある人には・・・・・「計画」を立てようとします。

「計画」のある人には・・・・・「行動」があります。

「行動」のある人には・・・・・「実績」が出て来ます。

「実績」のある人には・・・・・「反省」があるものです。

「反省」のある人には・・・・・「進歩」があります。

「進歩」のある人には・・・・・「夢」が湧いて来るのです。

 

人生は、この繰り返しではないかと思っています。

 

でも、人生は計画通りには行きません。それが人生です。

しかし、「準備」の出来ていない人には、「チャンス」は掴(つか)めません。

 

だから、これからの限られた時間を、どう自分と自分の周囲の人の「しあわせ」のために使う努力をするかの「準備」をして行ってほしいと思います。

人生は、ほとんどがピンチの連続です。チャンスなんてめったに来ません。

でも、誰にでも公平に「チャンス」は巡って来ます。そのわずかな「チャンス」が来た時に、掴(つか)めるよう「準備」をすることに時間を使ってほしいと思います。

 

みんなの「準備」って何ですか?

勉強ですか?スポーツですか?習い事ですか?

 

自分と家族と友人や周囲の人達の「しあわせ」のために、大切なこれからの

「時間」を使うんだ!という想いで、一人一人の「準備」をして行きませんか!

 

その「しあわせ」のための準備のコツを教えます。

それは、自分の「考え方・ものの見方・捉え方」です。

みなさんは、「のに」という言葉をよく使っていませんか?

「私が、オレが、○○してあげた のに。」って。

ついうっかり、心の中で「のに」が出そうになったら、スグに打ち消してください。「のに」を言いたい気持ちは、分かります。でも、それを言うと、今まで

努力して来たことが、振り出し(スタート地点)に戻ってしまうのです。

嫌なことを誰かからされたとしても、「のに」でなく「こそ」を思うようにしてください。「あなたが、○○なことをしてくれたから こそ、今、自分はこんな風に考えることが出来る人間になれました。」って。

不平・不満、愚痴(ぐち)、泣き言、悪口が出た分だけ、自分の努力から差し引かれちゃうんです。

 

それと、人間関係も数字に置き換えると、分かりやすいので、お話します。

数字は0(ゼロ)1.2.3.4.5.6.7.8.9.10とあります。

関係のことを国語的に言うと「交わり」ですね。

数学的に言うと「交わり」は「掛け算」です。

つまり、人間関係は「掛け算」してみると、よく分かります。

合計で10と考えてください。

 

自分のことばかり考えている人は、

自分のことが最大の10です。そしたら、相手は0(ゼロ)になりますから、

掛け算すると答えは10×0=0になりますね。

じゃあ、ちょっとだけ相手のことも考えて

自分が9だと、相手は1になりますね。

掛け算すると答えは9×1=9です。

そう考えて行くと

自分と同じように相手のことを考えられる心になっていると、半分半分だから、

自分のこと5、相手のことも5.

掛け算すると答えは5×5=25という最大の数値になるんだよね。

自分のことを卑下(ひげ)して、2にしたら、相手は8になるから、

結果2×8=16にしかならないのよ。

相手を自分と同じように考えられる心で接すると、5×5=25という、一番大きな価値が生まれます。

 

だから、これからの何十年という「時間」を自分と家族と友達と周囲の人達のことを考えられる心になって行動して歩むことを「しあわせ」と言うのです。

 

「思う」だけでは「しあわせ」には向かいません。

「思って行動」し、「反省」し、自分と周囲の人の人生に「感謝」できる「準備」を今からして行ってほしいと願います。

みんさんの中には「楽して、お金儲け」出来ればラッキーと思っている人もいるかもしれません。

お金を儲けることは、人生を生きてゆくために必要なことです。でも、

「何のために、お金が必要なのか」「誰のために」ということを確(しっか)り

自分の考えを今から培(つちか)って行ってほしいのです。

本当は、一所懸命にやるのが一番「楽」なのです。

    一生懸命は一所懸命の誤りですから、命を懸けれるのは、「今」「ここ」だけです。人間は、いつ死ぬか分かりません。未来の保障は誰も出来ません。

だから「今」「ここ」に命を懸ける思いで、「一所懸命」が正しいのです。

  由緒ある辞典には、「一生懸命は一所懸命の誤り」と載っています。

理由は、

1.一所懸命やる方が成功する確率が上がる。      だから楽しい。

2.一所懸命やる人は、周囲に感動を与え、信頼感も増す。だから楽しい。

3.一所懸命やると、失敗しても、後悔が残らない。   だから楽しい。

 

では、何の為に一所懸命になるのか、誰のために一所懸命になるのか。

誰もが、いい人生でありたいと願っています。だから、自分の人生のために、勉強するのは当たり前のこと。でも、勉強の本来の意味は「勉強は自分のためだけにするのではなく、家族の役に立つために、友達の役に立つために、世の中の人の役に立つために学ぶ」ものです。

理屈では分かると思いますが、もう一つ納得を深めるために、「人生誰のために、

何のために努力するのか。」を考えてみる参考として、

一つ実話をお話しますので、みんなも自分の胸に手を当てて考えてみて下さい。

 

アトランタオリンピックの時、女子マラソンでメダル受賞者になった3人をNHKがインタビューしています。

 

銅メダルだった日本の有森裕子選手に「あなたは何故そんなに一所懸命走るの?」との質問に

「私は、自分のために走りました。」と答えました。自分自身のためにベストを尽くして走ったのだから、銅メダルでも「自分を褒めてあげたい」とも言いました。(TVで何度も放映された有名な言葉です)

 

では、2位の銀メダルだったロシアのエロゴワ選手にも同じ質問をしました。

エロゴワ選手は「それは、家族や親戚のために走りました。」と答えています。

ソビエト崩壊直後のロシアは生活が大変でした。「自分が頑張れば、家族や親戚が豊かになる。」そのために、どうしても勝たねばなりませんでした。そこで、

アメリカに渡り、特訓に耐え、勝利したのでした。

 

最後は金メダルに輝いたエチオピアのロバ選手にも、同じ質問でした。

「私は、祖国の名誉のために走りました。」と凛として答えたのです。

そして「私は、東京オリンピックで優勝したアベベ選手(エチオピア)を尊敬しています。もう一度、祖国エチオピアに栄光をもたらしたい。その思いから頑張りました。」と言いました。

それまで無名だったロバ選手。無名の新人が、自分と家族の為だけでなく、祖国の栄光のために、金メダルを勝ち取ったのです。

 

人が人生を歩むとき、「どんな思いを胸に歩むのだろうか?」

かけがえのない人生、自分のために頑張るのは当然でしょう、、、、、。

それは、自分を大切にする思いの中から湧き出て来るものだからです。

けれど、その自分は誰の世話にもならず、生きている訳ではありませんね。

必ず、両親があり、家族があり、地域があり、国家があり、生まれて来れたわけです。家族や周囲の人々のお陰で、学校や地域の人々に支えられたお陰で、

日本という安全で自由な国に生まれたお陰で、持てる力を存分に発揮することが出来るのです。そういう思いを持ち続けていれば、自分の人生は、決して自分のためだけにあるのではなく、地域社会のすべての人たちとのつながりの中で、生かされていることに気づくのです。

そこから、自分に、そして周囲の人たちに感謝できるようになってゆくのです。

 

そういう気持ちが「人から与えられることに満足するだけでなく、人のために何かをしたい・・・両親に恩返しをしたい・・周囲の人たちに勇気や感動を与えたい・・・」そんな思いが、歳を重ねるにつれ、湧き上がって来るようになります。そんな思いを実現するために、更に「勉強しよう」という気になるのです。

 

どうか、自分の人生を本当の意味で楽しむために、今からの「時間」をどう使って歩むのかを考えながら、学生生活を楽しんでください。

 

最後に、一番「ヒント」になる学びを教えます。

それは、歴史上の人物の生き方を学ぶことです。何百年も名前が残っているような人物の生き方を学ぶということが実は、将来の「ヒント」になります。

歴史上の人物から目標とする人物が発見できます。いろいろな人物を勉強していると発見できます。それでその人がどういう生涯を歩んだかを知る。そして、そこに自分が直面している姿を合わせ、自分には何が足りないのかを考える。その人物の知恵に、歴史の知恵に自分を照らし合わせてゆく学びが、本来の

「歴史を学ぶ」ということです。

                                 感謝 

「生活水準よりも思考水準を大事にすること」

単なる肯定的な考え方ではない、大きく、強く、深い信念を持ち、

考え方を明確にすること。の必要性が重要。

「残飯は捨てよう!」

残念ながら、多くの人は身体を養うために気をつけていることを、

心を養う場合には情けないほど、無視している。

将来の為に自分の身体を具えることはするが、心を具えはしない。

心の為に新鮮な材料を揃え、食欲をそそる料理を作ろうとはしないのだ。

一番困るのは、昨日の残飯を執念深く取っておいて、今日の料理と混ぜ合わせている。

身体の為の食事作りではしないことを、心を養う場合には平気でやっている。

人生のコントロールセンターである「心」は、何ヶ月も何年も前から溜め込んである残飯で

養われながら、幸福、目的、満足を得ようとしている訳である。

これでは、仕事や人間関係に絶望したり、挫折感を感じたりしても無理は無い。

さぁ、今日から「残飯は捨てよう!」

昨日まではリハーサル。

今日から本番だ!

自分の出来る事で、身近なことを自分が続けられるか否かで、器が変化する。

道に迷ったら、ドップリ浸ること。

これ以外に至る道は無い!

自分の今やっている事に、精一杯の責任を感じること。

真面目と誠意だけでは、通じない。

何を為したかという行動しか、将来生かされない!

人間の器とは「大きさ」でなく、

「果たすべき役割」のことを言うのである。

自分の生涯を通しての「果たすべき役割」とは何ぞや?!

を自問自答する習慣が自分を強くして行く。

真の大人は、その「志」を得るを楽しみ、

小人(しょうにん=愚者)は、

その「事」を得るを楽しむ。

大人の身体をして、小人になってはいけない!

結局、「しあわせ感」は、志を歩む人にしか訪れない。

「事」を楽しむだけでは、「しあわせ感」は永くは続かない。

顔が可愛いのは、慣れが来るが、

心が可愛いのには、慣れはない!

お洒落心と恋心は、いくつ歳を重ねても、

持ち続けることが若さの秘訣。

お洒落心と恋心を忘れた時から老いが始まる。