やはり、古典と歴史と人物の研究の徹底をしなければ、見識は身に付かない。

見識とは、確りした判断力に基づく考えのこと。これは知識をやってみて身に付くもの。

問題は、『元気づけ』より『方向づけ』である!

あなたは、社員を、或いは子供を、生徒を、部下を、『元気づけ』だけしてませんか?
元気づけるだけじゃ、ダメなのよ。『方向づけ』してやらなきゃ。

それがリーダーであり、指導者であり、親であり、先生であり、上に立つ者の
役目なんじゃないの!

~仁義なき戦いのセリフ調で言うと~

若い衆に『方向づけ』してやる為に、こんな(あなた)が『見識』を身に付けんといかんのじゃあ、ないのぉ!おぉ~っ!
お客さんとの関係は、濃くもなく、薄くもなく、
『淡い交わり』が大切。

大方の人間関係も『淡い交わり』が大切かも。

ビジネスを上手く進めるには、あなたの人柄から自ずとにじみ出る戦略を選ぶこと。

誠実なありのままの自分であれば、必ず自分独自の戦略が見つかるはずである!
相手の″喉の渇き″に上手く対応しているか。

人は衝動的に買い物をして、後から論理でその買い物を正当化する生き物であると心に留めよう。

商品の特長や性能を説明するあなたの手腕が、お客さんに購入を決意させる大きなカギとなる。

お客の感情に強く訴えるように説明する技術を会得してほしい。

それには、自分の内面を覗いてみれば、心の底にお客と同じような感情的な飢えがあることを発見できるのである。

自分がしてもらいたいように人に行え。

ステーキを売るな。
ジュージューという″音″を売るんだ!

事実をその人の利益になるように置き換えてやらなければならないのである。
めんどくさがってはいけない!
あなたの人生が『めんどくさい人生』になってしまうよ。ほんまに。
 
特に仕事(主婦なら主婦業)自分の業務に対して、
この気持ちが浮かんで来ると、気付かぬうちに自分の人生を『めんどくさい』ものにしてしまう。
 
ボーッと人生を『過ごす』あるいは『送る』ことになる。
他ならぬ己の自業自得である。
 
人生は、
過ごすものでも、
送るものでもなく、
『歩むもの』である。
 
歩むとは、常に意識して目的を果たすために自主的にワクワクして行動することを言う。
 
仕事は能率(一定時間内に出来る仕事の割合)良くやろうと思うな!
 
気付かぬうちに丁寧さが欠如して来る『落とし穴』があるのである。
 
一つ一つ丁寧に、考えながら業務をこなすことが、
人生の上で、実は効率(得られた成果とそれに費やした労力の割合)が良いのである。
字の書き方、数字の記入、帳簿の記入、誰が見ても『理解出来得る分かりやすい、丁寧なだなぁと感じる』一手間を掛けるのである。人生を歩む上で、
手間を惜しんではならない!のである。
 
仕事で、言われなくても気付く人は、オーナー意識の備わっている人だ。
 
これがなかなか、居ないのが世の中である。
 
がしかし、誰でも実際独立自営してオーナーになると無意識に脳は、オーナー意識が働いてくるもの。
 
まるで赤ちゃんが側に居て家事をしている母親の如く、全方位に気付く人間、そしてそのような社員に成る時、実は人生が丁寧なものに、『出来る人間』に成ってゆくものである。
 
皆さん、今一度自分の業務が完璧に気配りしているかどうか。全方位的に気配り出来ているかどうか。を振り返って、手間を惜しまぬ人生を歩んで行きませんか!
まじめと誠意だけでは通じない。何を為したかという行動しか、将来生かされない。
努力は報われる時もあれば、報われない時もある。
それでも淡々と努力を続ける人が本当の努力家である。

何事も楽しいから取り組むのでなく、真剣に取り組むから、楽しくなるのである。

楽しみを共にする友人は沢山持っていても、哀しみ苦しみを共にし、共に泣いてくれる者がどれだけ居るか、否かを振り返ってみよ。

道理と共に情理を兼ね備えた『器量人』でありたい。
会社は『経済活動』が成り立って初めて、理念が追求出来るもの。

だから、会社に於いて経済活動が完璧にこなせることが一番。
人格は二番である。

ここを勘違いしてもらっちゃ困る。

但し、地位が上がるにつれて人格は必要です。

そして経済活動を完璧にこなしながら、人格形成をして行く舞台が会社である。
つまり、教育より仕組みを作ることが先。

その『仕組み』があるから、人が教育出来るのである。

能力があっても誠意の無い人は、社会は認めないが、誠意があっても能力の無い人も、社会は認めないのである。

『優しい人』とは、誠意があって、且つ能力のある人のことを言う。

能力の伴わない誠意は、優しさでなく、単に『逃げ』と『弱さ』である。
そこのところを深い反省心を持って見つめ直し、改善して行く勇氣を出さないと『人間』じゃないのである。
人間だけに『反省心』が備わっていると思うから。

ワシはいつも、そう心して日々行動しているんやで。
みんなも、そうしてくれ!(勇氣を出して、逃げないでほしいのや。逃げと泣き言からは生産的なものは生まれない。勇氣と熱意からしあわせが生まれるんとちゃうかなぁ。)
本当の苦労をしたことない人は、もの事を深く考えない!

いや、深く考えられないのである。

そして何に於いても、安易に、わがままに行動に移してしまうものである。

※大体が『まぁ、いいか』って無意識に思っての行動を起こすのである。
エモーションでは、
こう掲げている。
『クレームの生まれる元は、まぁ、いいか。品質は人質(じんしつ)。』

その結果、行き詰まる。
行き詰まって、あたふた焦り、他人の所為(せい)にする。

よ~く観察して、あらゆることに深くもの事を考えてないなぁ、と感じたら、
おそらくその人は、苦労したことがないんだと思う。(自分で勝手に苦労だと思い込んでいるだけかも)

また、苦労してたとしても、そこから学ぶことを怠っているのである。逃げているのである。

『苦労から学ぶ。』そこに″真″の思いやりの心が育つのである。

『苦労は、より快適に成るためにするもの。だから、しなければならない苦労と、せんでええ苦労があるのである。』

これは、心底苦労したことがない人には理解出来ない。
こういう人達の表面は、
そう苦労することなく、
生活が出来ているが、
内面の心の貧困に気付いていない。

どうか、『心の貧困からの脱却』をしてほしい!と
希(ねが)うものである。
『経営者に完全無欠は望めないにしても、完全無欠の要件をある程度身に付けていかなくてはならないと思う訳です。
先見性はあるが、決断力に乏しいというようなことでは経営者としては失格や。
何が一番大切かということになると、私は経営理念やないかと思うんですな。
企業は存在することが社会にとって有益なのかどうなのかを世間大衆から問われていますが、それに答えるものが経営理念です。

つまり、経営者は他から問われると問われざるとに関わらず、この会社は何の為に存在しているのか、そしてこの会社をどういう方向に進め、どのような姿にして行くのかという企業の基本の在り方について、自らに問い、自ら答えるものを持たなくてはならない。

言い替えれば、確固たる経営理念を持たなくてはならないということですわ。

さらに経営者として必要な条件も結局、正しい経営理念があってこそ、本当に生きて来るのではないでしょうか。

経営者として最後の決断を下すのは実に孤独な仕事ですわ。それほどの孤独感を味わいながら決断を下していく根拠は何かというと、勿論損得勘定はするでしょうが、日常の小さな決断はそれでもいいけれど、最高戦略はそれだけではいかん。
やはり何が正しいかということに立脚することが大切ですし、その根底をなすものは正しい経営理念ですわ。常にそれに照らして判断を下すということです。これは頭で考えたものでは本物にはなりませんわ。

やはり、その人の人生観なり、人間観、世界観といった奥深いところに根ざしたものであることが大切やと思います。

つまり、その人の人間そのものから生まれて来たと言いますか、いわば血肉と化しているというほどでなくてはいけませんわ。

どんな立派な内容でも、単に言葉の上でのお題目に過ぎない経営理念では、生きた経営力には結び付かないと思いますな。』

まさに納得です。
発見しました!
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『若い時の閃きには、ほぼ間違いは無い。

閃いたことを深く深く徹底的に考えろ。

考え抜いた末、一つの結論に達したら、

徹底して、影響の及ぶ範囲で強く、主張して生きよ。』
大東亜戦争時の陸軍中将の言葉である。

まさに同感である。
自分も、そのように生きて来たし、今もそう歩んでいる。
狭義(狭い意味での)の仕事に取り組んでいる時は、面白いか面白くないかと言えば正直、あんまり面白くない。
広義(広い意味での、人生とも言える)の仕事に動いている時、充実を感じるものである。

あなたにとって『広義』の仕事とはなんですか?
自問自答するべし〓

日々同じような行為が、自分の意識次第で『天職』にも成り、また単に収入を得るためだけのものになってしまう。
『自分の進む判断基準は、カッコイイ』

毎日の如く哲学(考え方を考えて深めている)してるから→→→→→→→→→→
一言で言うなら自分の執ってきた判断基準は、自分の生き方として、どっちがカッコイイかどうか、で決めて来た。
(他人の雑音に左右されないが、どんな批評も素直な心で聴いている。だから、もう一人の香川湧慈が、お前そんな生き方でいいのかよ!?と香川湧慈に問い掛けて来るのです。)

とんな結果だろうと、全部自分の責任だという覚悟が出来てるから他人の所為にしないし、いつもワクワク湧いて来る。

だから悔い無く歩んでいれる!

〃これで、いいのだ!!〃精神である。

あなたも、自分が納得する『自分のカッコイイ』で今日から、今から、歩んでみてはどうですか!?
状況判断は心の置き所を変えて見直すこと。
目的が明確でなければ、見直しなんて出来ない。

自分のことは自分が一番分かっていると思った時、過ちを犯してしまう危険が存在する。これは『己の自覚』とは全くの対極だ。
先入観に囚われず、大局を見失わない努力が本質を見抜くのである。

会社が苦境に陥った時、経営者や幹部は心の均衡を失うことなく、先見性と知性を発揮して社員に希望を与えることが要求されてゆく。
病いや貧乏は、不幸でなく、不自由なだけ。

自分は誰からも必要とされていないと感じることが、最大の不幸である。

与えてもらう、しあわせ。

出来るようになる、しあわせ。

与えてあげられる、しあわせ。

自分の人生の運転席にちゃんと座っていますか?!

運転席には目的・ルート・運転の仕方を知っている者が座らないといけないはずなのに、あなたは自分の人生の目的・ルート・運転の仕方をちゃんと知っていますか?!

「出発に大丈夫なだけ」の燃料を積んでいるかを確かめることが大切。

「目的地に着けるだけ」とは言ってませんから。そんなことは誰にも出来ません。
世の中には、目的地に行く為の給油所がいっぱいあります。
友人や専門家や読書や勉強会やトレーニングや健康管理や金融機関や様々な『給油所』があるんだから、出発するだけの燃料があれば定期的に燃料補給できるよう計画立てておけば良いのです。

『準備完了』を待っていたら、いつになっても出発できませんよ。

ひょっとしたら多くの人は、目的地までの燃料を積んでおかなければならないと思い込んで、出発するのをためらっているのでしょう。時間はそんな思いとは関係なく、経過してるのに。
あぁ、もったいない!

あなたの人生の自動車が壊れたら、修繕して、また前進しなければならない。
橋が流されたら、遠回りして、またもとのルートに戻ればいい。

目的地に到着するために、ルートから逸れないように毎日気をつけようと心に決めようではありませんか。
ルートから外れるのは、自分で決めたルールを自分が破るからなのです。

『人生最大の敵は、自分のワガママ心』

人生運転の香川湧慈の五つのコツ。

1.ゆっくり運転。スピードを出す必要なし。
『雑音に耳を貸さず一事に徹する』
自分のペースでひたすら前進を続ける。
才能があってもダメなのです。
才能があるのに成功しなかった人はいくらでもいます。
天才も報われなかった天才は、ことわざになるほど沢山います。
学歴のある落伍者も溢れています。
『持続性と決意』だけが万能かも。

2.近道しない。最も現実的、着実だと信じる道を選んだら、それを変えないようにしよう。

すぐにお金が手に入ったり、簡単に報われたりするのは、たいてい誘惑ばかりの近道で、結局遅れを取ることになる。

3.ほかの運転者(会社でいうと社員・家庭でいうと自分以外の家族)を尊敬しよう。
誰かを蔑(ないがし)ろにして、価値ある目標に到達することなど有り得ない。みんなのお陰で目標を達成できるのだ。

4.目的地まで、じっくり時間を掛けよう。
自分は人間だから、途中で休息や気晴らしや楽しみが必要なことを忘れないように。
充分時間を掛けて休息を取り、人との付き合いを楽しみ、疲れを癒し、人生の旅そのものから喜びを引き出そう。

5.ルールを守ろう。
ルールは制約する為でなく、自分を助ける為にある。
以上を肝に銘じて、
自分の才能、エネルギー、熱意を一つのことに集中し、その状態を持続することなのだ!!

気を散らせる魔物を追い払って、一つのことに専念するのである!
焦点をボカさないように。
『成長は内面を見つめることによってのみ、達成できる。』

その引き金となるのは、自分自身に質問することだ。
『どうしたら、もっと良くなるだろうか?』という疑問が心に湧いて来る。

その疑問が、あなたの内面にある何かに気づかせてくれるのである。

『人にどう思われるか』を気にしてはならない。これが、才能の発揮や成功を最も妨げているのである。

人生に於いて何に時間を張るのか!を真剣に考えるべき。
明日の実現を阻むものは、あなたの今日の゛迷い゛だけです!

苦しみというのは、これまでの暮らしへの執着から生じるのです。

現在の自分に執着しながら、明日に尚、他のものを求めると、そこに葛藤が生まれる。この不調和があなたの肉体や精神に形を変えて表れる。

現在の自分にしがみつき、自分を変えることを拒んでいる多くの人達は『愚痴』を言う。言っても何ら変わりはないのに。

自分の人生をより良くして行くためには、まず自分が変わることを受け入れよう。そして信じることだ。

あなたの抱えている問題、苦しみ、絶望がどれほど深くても、心の中の幻想に過ぎないことに気付こう。
変わろうと決心すれば、そんなみじめな思いなど消えて無くなるだろう。
どのようにしたらいいかと心を悩ませることはない。
決心さえ固ければ、必ず導き手が現れてその方法を教えてくれるように巡り合わせはなっているのです
『あなたの人生の質は、主としてあなたの価値観によって決まる。』

なぜなら、あなたの思考水準つまり、『考え方』こそ、あなたの『生き方』だから。

間違ったルールは悪い結果を生み、正しいルールは良い結果を生む。このように単純なことなのだ。

自分の良心が「悪いなぁ」と感じてるルールを、勇氣を以て変えた時から、人生に未来が生まれるのである。

そのルールをあなた自身が決めるのだ。
自分の強さと弱さを知って。
自分なりのペースと基準を定めて、他の人とは競争しないで。

そして、すべてのことは、『過去になる』という真実を忘れないように。
本来は戦後アメリカから押し付けられた憲法なので、5月3日は本来の憲法記念日じゃないと思ってます。個人的には本当の日本国家の憲法記念日は初代天皇である神武天皇の発した『建国の理想』だと思ってるんだけど、まぁ国家に憲法が存在するように、会社には「何の為に経営するのか」を表現した経営理念や「如何なる方法・仕組みで維持展させるのか」を成文化した経営指針が在る。個人にも「人生理念・人生指針」が在った方が愉しいワクワクした人生を歩めると思います。→→そこで『特別メッセージ』→→→→→→→→社長から一般社員に至るまで『一流である』という自覚を持つ事から、一流の道が始まる。
我が社は何を以て一流と成るのか、一流と言えるのか。
社長以下全社員が、日に一度でも、自らに問うことである。

人間の知恵というものは、自分で自分の問題に気付いて、自らこれを解決するところにある。

教育とは、そういう知恵を身に付けた人間をつくること。

人間は、自ら気付き、自ら克服した事柄のみが、自己を形づくる支柱となる。

単に受身的に聞いたことは、何の価値もない。(自主性が無いから)

ホンマやで!
一般的には、人間の生きる目的は『幸せになるため』と言われている。
 
では、問う。あなたの言う『幸せ』とは何ぞや?
もっと具体的に言うてくれ、と。
お金ですか?物ですか?
家族ですか?子供の生き生きとした人生ですか?
心の友ですか?
 
自分の本当にやりたいことは何ですか?
 
それが手に入れば、それでどうするんですか?
そのことを時には自問自答して自分の心の本質に素直に耳を傾けて、じっくり聴いてみてほしいのです。
 
二つの耳でなく、十四の耳に心で。(聞くではなく、聴くは、十四の耳に心と書きます)そうすると、やがて気付くと思います。
 
いずれ寿命を迎えて『あの世』に行きます。
 
その時に持って行けるものは『自分が生きた生き様・人格・教養』しかないんだと。
 
金や物を一所懸命努力して残しても、相続税で半分持って行かれます。
 
何しよるんやら?ですね。
昨夜、魂友(こんゆう)と話ししてて『これやなぁ!』と腑に落ちたことがあるのです。
我々経営者は、心底から打ち建てた魂の叫びにも似た『経営理念・経営目的』の飽くなき追求全身全霊を懸けることが、何とも言えない充実感を味わえるなぁと。
勿論この理念・目的の内容が問われます。自分余勝(よが)りでないか、周囲のしあわせに繋がるのか否か。
 
勤め人(いわゆる社長じゃない人)も、勤めていない人も同じである。
 
自分の心底から打ち建てた魂の叫びにも似た自分の人生の『理念・目的』の無い人は、『しあわせ』には成れないのではと。
と言っても、大げさなものじゃないのです。
 
自分は、どんな人生を歩みたいのか!
どんな人と共に歩みたいのか!
どんな家庭を築きたいのか!
それはワクワク胸踊るものなのか!
を考える習慣を持ってほしいという親心(社員に対しては)です。
 
月に一度くらいは自分の人生の理念・目的をトコトン見つめてみてはどうだろうか?
自分の人生を充実させるために。
それに邁進している状態、姿が『しあわせ』(以前のメッセージで説きましたね、「幸せ」と「仕合わせ」の違いを)なんじゃないかと思うのです。
 
『人生に何を求めるか』をハッキリさせましょう。
それが、充実した豊かな人生を歩むための重要な第一歩になるのです。
 
僕の好きな珈琲倶楽部で、マンデリンフレンチローストを飲みながら、このメッセージを打っています。(5/3)
長々と読んでくれて感謝します。
『目は心の窓』とはよう言うたもんや。その人の心中の様相が現れとるわ。
ごまかしは利かへんで!

イキイキとした澄んだ眼で居続けるコツは、本当に自分を大切にすることや。

本当に自分を大切にするとは、この三つ!

一、自分の人生をどう歩むのか!つまり人生理念を確りと確立すること。

二、身体は授かっているんだという自覚を持って、大切に手入れを欠かさないこと。(自分のものと勘違いするから粗末にしてしまうのである)
健康(体調)管理に優先順位を置けない思考回路では日々の自分の努力が報われなくなるのである。

三、不義理をしないこと。一生掛けても義理は果たして行く姿勢が眼から曇りを消し、運気を徐々に上げて行く。
誰しも人の心には墨がある。墨とは、自分は得したい、恥を掻きたくない、あの人は嫌いだ、などの我欲である。
また誰の心にも良心という清い水が存在する。心というコップの器に良心という清い水があって、誰にでも在る墨が入って濁り水になっている。
そのままずぅっと放っておくと濁ったままの人生を過ごすことになってしまっている人が多いと思う。
その濁り水の人生から脱皮する唯一の方法は、大海とまではいかなくとも、プールくらいの器の清い水の心になるようにすれば、コップ一杯の濁り水は消えることは無いが、現れることもない。
在っても現れない限り、無いのと同じ。
さぁ、プールくらいの良心に成るよう清い水を補充しよう。あなたの心の汚れも消えはしないが、現れることはない。
清い水とは、良心。その良心に栄養を与えるのは他ならぬ、あなた自身である。栄養は、古典や歴史や人物の研究の読書や良心がいっぱいだなぁと思える人との交流から得られると自分を振り返ってそう感じます。
ちょうど選挙の時期だ。よく『皆様方の忌憚の無いご意見をお聞かせ下さい。』と文章や口頭で言ってるようだが。

全く自分の考えと違う意見を言われても、『素直』に受け止められる器量があるのか!と言いたい。

素直さが無い、器量の無い人は、安易に『忌憚の無いご意見を』と言わないでくれ。
忌憚の無い意見を本心から求めるなら、一旦、自問自答して、もう一人の自分(良心)に問うてくれ。

そして『何故、何故ならば』をハッキリ哲学を持って理解納得させてくれ。
頼むぜよ!
奢(オゴ)られる人生より奢(オゴ)る人生が愉しい!!
奢られることに感謝の念を抱かない人の心は、
益々貧しくなり、
奢ってあげたいから、奢る人生を歩む人の心は、
益々豊かになる。

だから、人に奢ってあげれる人生を歩む方が愉しい。
その為にも、仕事を『一所懸命』やり続けること。そして、ちょっとした『思いやりの気持ち』を声に、行動に表すこと。『行いは心』である。そうすれば、その人に相応しい収入が得られるようになっている
『心の窓』努力、試み、方法には失敗があるかもしれないが、
夢には失敗がない。
事実、失敗は夢見る人に活気さえ与える。まるで失敗が目標実現への踏み台であるかのように。

夢は仕事から退屈さを取り去ってくれる。
夢見る人は目標に至る小道が沢山あることを知っていて、一つの道が行き止まりなら別の道を見つけるのよ。
あなたは『心の窓』から何を見てますか?
ある二人の囚人が牢屋の鉄格子から外を見ていた。一人は『土くれ』もう一人は『星』を眺めていた。
様々な星の中から一つ選び、夢を託し、心に抱いて、努力を重ねてゆく。そうすることが、人生で出くわす失敗や絶望の沼から逃れることが出来る。
あなたの心の窓から見えるのは土くれか、それとも星?
あなたが見る方のものを、きっとあなた自身が経験することになるのだ!
妥協と迎合からは充実は生まれない(3月の給料袋に同封したメッセージですが)
なのに、まぁこれくらいでと妥協したり、他人が見てるからと迎合してる奴がようけおる。

だから、充実した人生を歩めないでいる。自業自得とは、この姿勢を言うのではないだろうか。
納得ゆく人生を歩みたかったら、決して妥協せず、他人に迎合せず、信念と覚悟を確り持って志を歩むことである。

そう思いませんか