そもそも決めた事を続けられない人が多過ぎ。「毎日やったけど、出来ませんでした。」と言う人が多い。そんな時、ワシはこう言って来た。「お前の毎日は、何日や?!決めた事を一所懸命毎日20年やったけど、出来んかったわ。と言うんなら、まぁ、分かるけど。」って。ほんま情けないのが多い。

『一芸八年商売十年、汗と涙で十三年、それでもダメなら二十年。』という言葉がある。

誰しも成人して20年も経てば、つまり四十歳になれば、一冊の本になるくらいの自分の生き様を書けるはず。人間が二十年もの歳月を歩んで来て、その程度のことの出来ないということは、本当にする氣がないからである。

自分の努力の足跡を、ありのままに書けばよいのである。努力をした人なら書けないはずはありません。

ましてや、経営者足るもの、己という一人の人格を通して、自分の社員たちの上に、また縁深い人たちの上に、いかなる変化と影響を及ぼしたか、という如実な足跡を記録するのである。

経営者でなくとも、一人前の親なら、少なくとも我が子には、親としての生き様、足跡を記録し、子供たちの上に、心の変化と魂震える影響を及ぼしたか、という如実な足跡を記録するのです。

別に大学を出ていようがいまいが、銭が裕福であろうがなかろうが、その志さえ堅固にして確かであるなら、誰だって出来ぬはずは無い!

今までに記録してなかったら、今日からこのことを心中深く秘めて歩んだとしたら、二十年後の自分の生き様、足跡は、必ずしも誤りでなかったと信じられるようになります。

学校に卒業があっても、
人生に卒業はありません。
志とは、辞書によると
『心の向かうところ』
『心に打ち建てている信念』とある。

「特に志がありません」というのは、
『心の向かうところが無い。心に持っている目的が無い。心に打ち建てている信念が無い。』ことになる。
『心』があることが、人間本来の人間として存在する所以(ゆえん)だとすれば、志が無いとは、人間として大切な特性を自ら打ち捨てています。と言っているのと同じである。

だから、志は何も世の中に対して重要な役割を担っている人達だけが持つものでなく、ごく普通の我々こそが、自分の心に具えるものである。でなければ、人間らしく人生を歩めないのよ。ほんまに。
人間の魂に『自覚』の火をつけるべき人物が教育者であるように、

社員の魂に『自覚』の火をつけるべき人物が経営者である。

そうすると、
子供の魂に『自覚』の火をつけるべき人物は、親なのである。

さあ、あなたは、どうですか!!??

エモーションの社員は全員が、こういう事を第一義に考える人間であってくれ。頼むぜよ!

つまり、
自分が何をせないかんのかという自覚を確り持つ為に、人生哲学(どういう人生を歩みたいのかという納得ゆく考え)を深めるべし!
その為に、志感じる書物を食い入るように読んだり、志感じる人物と人生を大いに語ることを自分から積極的にやっていかない限り、『深める』ことは出来んと思う訳です。
『娘を嫁に出す思いで商品を出荷せよ!』

『商品』とは、何も「物」だけとは限らない。

形に無いものを売っている人も『仕事=商品』と捉えると、どこに出しても恥ずかしくない仕事=商品を育てていると言い切れますか!!

それが出来て初めて、その仕事・商品は、それ事態の特性を発揮出来るのである。
また、発揮させてやらねばならないのである。

まさに、商売はセンス。

センスとは『ちょっとしたこと』を感じ取る能力のことを言います。

ちょっとしたこと=細部
『神は細部に宿る』と昔から言われているが、細かいことに気付けないようでは商売に穴が空く。皆の努力に穴を空けるようになる。
細かい事、ちょっとしたことに心配り、気配りの出来る人に神は好んで宿るのかもしれない。

自分が責任者だという自覚が備わっていれば、細部に敏感になれるもの。

『まぁ、いいか。』という軽い気持ちが周りに無意識に迷惑を掛けるのだ。
『クレームの生まれる元は、まぁ、いいか。品質は人質(じんしつ)』なのだ。
相手に伝わるのは『言葉』でなく『人柄』である。

シンプルに生きる。
所有すればする程、人生の重荷は増える。

なのに、多くの人はそんなに所有したがるの?
自分で無意識に自分の首を絞めてるのに、、、

『放てば満てり』である。欲げに、あれも欲しい、これも欲しいと所有欲旺盛だから、心は満たされないのである。
そんなに欲張らずに、放てば心は満ちて来るものである。

成功の影に必ず失敗が在る。
成功につながる失敗とは、同じミスではなく、違うミスの積み重ねである。

だから、違うミスは歓迎するが、同じミスは許さない。と、うち(エモーション)では口グセ。

失敗を成功に導くもの。

それは、アイデア・創造力である。
まさに紙一重。
アイデア・創造力を磨くには、好奇心旺盛に仕事も遊びも一所懸命がコツだと感じる。

他人を批判するなら、対案を持て。対案がないなら、批判はやめよう。
何故なら、過ちを犯した者は自ら課した罰に十分罰せられている。

身体を大切にすること。
身体は、心の住みかである。身体を大切にしないでいると、やがて心が蝕まれる。