充実した生活をしている人は必ずと言っていいくらい、自分の仕事の中に面白みを発見する人だと
感じている。どんな職種でも、ね。


また、自分の仕事に燃えて取り組んでいて、しかも、そういう人が、周囲に親切だと、周囲の人達は、もっと自分は仕事に精を出さなきゃって思うもんです。


つまり、自分が自分の仕事に燃えて、周囲の人達に親切にしてあげるだけでええんです。


必ず、周囲の人達は自浄作用とヤル氣が起こるようになるから。

それは相手を『しあわせ』にしてることにつながるのよ。

まぁ、あんたがピッチャーならピッチャーを確りやってくれ!

セカンドならセカンドを。

センターならセンターを確りやってくれ!っちゅうことです。

自分の責任をキッチリ果たしている姿勢が周囲に良き影響を与えてしまうのです。
今週のは長いけど、じっくり読んで下さい。
 
最初にお断り。
業種と業態によって会社の規模は経営者が選べば良いのです。
つまり、経営者の好みですから、とやかく言うつもりはありませんが。
 
会社は永久に続かなければならないとか、
 
事業を拡大して行かねばならないとか、
 
分かったようなことを言う人達が居るけれど、言うことはごもっとも、と思えることであっても、
 
人間としてどこまで深く考え抜いた人生哲学を持って言うているのか?甚だ疑問だ。
 
売上規模の大きい会社の社長が言っているから何の疑問を持たずに鵜呑みにしているのか?
 
世間体を気にして、そういうことを言っているのか?
自我から出てるものなのか?

もしあなたがそうなら、
『何の為に、誰の為に』
経営しているのかを、今一度自分の奥底から納得の行く答えを出してみませんか?
と投げ掛けているのです。

ワシはトコトン自分の内なる心と自問自答し続けて来ました。
常に、
『何故!?何故!?何故!?』を自分の心に問うて来ました。
 
その結果『人生を歩む覚悟』が出来たんです。人間、人生を歩む覚悟が芯から出来れば、
人生に『迷い』は無くなります。本当に。
 
『悩み』と『迷い』は違います。悩みは人間が成長している限り存在するものです。
だから、悩みが無いっちゅうのは、成長していない証拠。
 
香川湧慈の『会社』というものの、人生哲学はこうです。
 
世間一般が言う、ごもっともな理屈ではないんです。

将来どうなっているか、ということは誰にも分からない。
綿密な計画を立てて実践していても、将来そう成る保証はどこにも無い。
誰にも将来は分からないはずである。
 
人間に寿命があるように、商品にも、会社にも寿命はあるはずである。
 
今のお客さんも我々と同じように歳を重ねて行く。
だから何十年スパンで考えると、やがて今のお客さんも寿命を迎える。
それが、消費者というもの。

売上拡大、人員拡大、利益拡大、、、それでもし、
そこで働く社員達の心が疲弊してたら、一体何の為の経営なの?って、
自分の心に聴いてみるといい。
 
『雇用は社会貢献』とよく言う経営者がいますが、本心から言っているのなら、OKです。
でも、あなたの会社の規模で本心から、そう思ってるのかなぁ?
 
じゃあ、中小企業で、何百人雇用すれば社会貢献なの?
 
あなたは本心から、事業の為に雇用を拡大して、至福の喜びを感じていられるの?

ひょっとしたら世間体?見栄で事業を拡大してはいかんと思う訳です。
自社の充実した姿、つまり『あらゆる適正』を想像してみると少しずつ見えて来ますから。
 
ワシはこう考えてますよ。何処の会社にも出来得る『社会貢献』は、

縁あって採用した自社の社員達を確りと人格教育出来る会社を創って行くことだと。
 
人格を豊かにして行く努力をすることこそ、社会に貢献していることだと思う訳です。
※人格が貧困な人に、いい仕事が出来るはずが無い。人格の低い人が蔓延することは社会悪です。
 
この努力なら、経営者がやろうと決意すれば、何処の会社にも出来る立派な社会貢献です。
 
どんな理由であろうと、会社は長く続けなければならないと思っている人達に、一言。
 
会社は、目に見えない『天の縁』が在るならば、
今の会社に後継者が居なくても、経営理念を受け継いでくれる人が現れると信じているのです。
ワシは。

お客さんも、継ぐ人達がちゃんと守ってくれるもんです。心配要らん。

その理念を受け継いだ人が、自分の『お客』を一から創って行けば良いと考えています。
 
長く続いているから、貴いのではなく、理念が(形を変えようと)続いているから『伝統』に成るのです。

喩え短くても、誰にも分からぬその会社の寿命まで、理念を貫いて『伝説』と成れれば本望である。
 
歌手で例えるなら山口百恵。(わずか七年間。)
尾崎豊。(わずか九年間。しかし、その後多くの山口百恵のような、
尾崎豊のような素敵な歌手を目指す人達に、勇氣を与え続けている。)
 
歴史上の武将で例えるなら、源義経。
(わずか二年間の出来事が八百年以上も語り継がれて、人々に生きる勇氣を与えています。)
 
幕末で言うなら、忠臣蔵。
(四十七士の志と潔さが、後世の日本人に、人生を歩む覚悟を示唆し続けています。)
 
人間が策をどう作ろうと、全ては『縁』次第。
 
だが、その『縁』も人間の誠心誠意の不断の努力が無ければ、現れては来ないと思う。
 
だから、大事なことは、
 
縁あって集いし今の社員達と、どんな未来を創って行くのか。』ということだ。
 
これに尽きる!!
 
あなたは、今現在居るあなたの社員達と、どんな未来を創って行くんですか!!??

縁ある人達と共に希望溢れる未来を創っている現在進行形が、
実は充実していて、幸福感を味わえるのだ。
 
というのが、香川湧慈の『会社経営』を一言で表した結論です。
 
 
 
 
 
最近、名刺交換して感じることの一つに、
『代表取締役CEO』とか、やたら肩書を記している名刺とよく出逢う。

カッコ悪いって思ってないんだろうなぁ、と感じる。
ワシはよう書かん。
そういうの風(フ)が悪いと思ってるから。

CEO?
お前んとこは社員、何千人もおるのぉ?って感じてしまう。

五人しかおらへんくせに(笑)

で、そういう人の話を聞いていると、何となく『軽さ』を感じてしまう。
言うてる事は、ちゃんとしたまとまな話なんやけど、重みが無いというか、どことなく、軽い。


単に『代表取締役』だけでええんじゃないん?

そういう、どうでもいい外見に囚われている人が多いように思う。

人間必要な外見と、どうでもいい外見の見極めが大事。
何も、これは経営者だけに言うとんのとちゃうでぇ。
どうでもいい外見より、
自分の手のひらの中にあるものを、どれだけ大事に扱っているか、接しているか、
ということに心を向けないかんと思う。

あなたの手のひらの中にあるものは何なんか、心を向けていますか。


本来やらねばならぬ事をやっていない事が穢(けが)れ(汚れ)なんや。穢れ=氣が枯れること。

これしか出来ないと確信した事に徹することが己を生きるという事です。

会社で言うなら、より着実に大儀を果たしている会社が充実するのである。
理想を形にしていく会社しか、生き残って行かなくなるのだと感じるのです。

だから、着実に自分の日々を『歩んで』いますか!?
理想を形にして行っていますか!?

誘惑に負けたら、
負けたらいかんぜよーっ!!
自分の仕事のプロにならな、いかんやろーっ!

まぁ、自分の仕事やのに、プロ意識があるとは言えない人が、ようけおるわ。

情けない。

例えば、服屋の人。
このデザインなら、この生地。というように、提案出来んといかんわなぁ。

例えば、ソフト開発屋の人。開発しようとする相手の、業務上あったら便利やなって思うシステムを先に提案せないかんわなぁ。
それがプロやろう。

例えば、印刷屋の人。
お客(素人)が提出したデータを、検証もせんと、そのまま印刷機に掛けたらいかんよなぁ。と言いたい。
子供の使いやないんやでって。

『だってお客さんから言われてないもん、、』ですか?

相手の気付いていない潜在的な要望を察知してプレゼンテーションせないかんでしょ!

そういうところに、
微妙なところに、
気付くか気付かんか、の違い。微差が大差に成るんよな。これが。


中小零細企業の仕事は、
同業者で、そう大差ないはず。そうでしょ。

そんなにあなたのところは特別なんですか!?
似たり寄ったりやろ、他人から見たら。

だから、工夫せな!
自分の仕事に精通せな!
人間洞察力を磨かな、
いかんのちがいますか。

相手の気付いていない潜在的な要望にプレゼンして、請けた仕事は、顕微鏡の如く緻密に、誠実に、丁寧にしようや!

今週こういうことが浮かんで来たというか、言いたいことです。

ちゃんとしようぜ!