人生、一言で表すと、
 
すべてに於いて美しく
そんな人生を歩みたい。
 
みんなは、どうなん?!
 
一、言葉遣い。
汚い言葉を発しない、
愛情の無い丁寧そうに感じる言葉でなく、
愛情あるインパクトのある言葉の方がいい。
※言葉遣いについては、
ワシは、中々出来てないなぁ~。反省やなぁ。
 
一、立ち居振る舞い。
 
一、お金の使い方。
 
一、文字の書き方。
 
一、仕事のやり方。
 
一、丁寧な所作。
『丁寧な生活』とは、
十方に気配りが出来ていることを言う。四方八方以上のこと。
 
気遣いは義務的な意識があり、そういう心から生じるもの。
気配りは自主的で疲れが生じず、喜びがある。
 
なのに、義務的意識で気を遣ってる人ばっかり〓
嫌やぁ~〓
もっと自然体で気配り出来たら、楽になるのに、、、
 
一、人との付き合い。
 
一、生き様。
などなど。
すべてに於いて美しく。
 
そして、
根っこに感謝が無ければ努力は報われないし、感謝した分だけ、しあわせになれる。』と思う。
 
また、
『自分の楽しみの為だけにしている事は、飽きて来る。
そういう過ごし方は惰性の人生になってしまう。
 
周囲の人達の意義ある人生の為に自分が率先して行動している事は、飽きない。
自分が生き生き歩めるもの。』
 
先日聞いたこと。
『苔むす会社』の意味。
なるほど。と感じた。
 
苔は、環境が良くないと生えないらしい。
 
苔は、汚い所には生えない生物とのこと。
 
故に、苔がむすような会社が、いい会社。
 
国歌『君が代』
〓苔の~むぅ~すぅ~まぁぁぁ~でぇ〓
 
だから、
掃除は、自主的な気持ちがないと続かないし、
 
掃除は、自分が納得するまでやるもの。
 
そうでなければ続かない。
休日に自主的に出社して、掃除したいと思う心と行動が、自己を成長させる。
 
ええですか!みなさん。
 
『何事もやろうと思って、やらなかった事は、
いつまでも後悔が残る。
だから、面倒くさがらないでやる方が、心がスッキリする。』
 
また、
『本物は長持ちする。
植物も人間も会社も商品も』
 
『人間の本物は、やろうと思う事はスグやる人。
本物に「そのうち」という言葉は無い!』
 
※そのうち、そのうちと思っている内に日が暮れる。今来たこの道、帰れない。
ほんまやでぇ~~〓
 
ワシは、うちの会社を
『人物が育つ』会社にしたいんや。
その為に経営しとるのよ。
また逆に、人物が育たない会社は、努力しても業績は上がらないと感じてるんや。いや、天がそうさせて(業績が努力しても上がらないように)いるとさえ、
思えてならないのです。
 
 
 
決まっている未来と、まだ決まっていない未来がある。という話しするね。

『決まっている未来』とは
目的意識が弱く、なんとなく人生を『過ごしている』人は、
統計学でもある四柱推命や占星術や易などで調べたり霊能者なる者の言で、
大体の将来の姿が分かるというもの。
あなたがボーッとしてるから、先が何となく見えるんだろうね。
このまま行くと、こうなるなぁって、ね。

ちゃんと四柱推命でも占星術でも易でも勉強している人や、
霊能者は大体が動物霊がその人に憑いて「見させて」くれているから、
過去の事が分かることくらい容易な事だと思う。

でも、大事なことは、今、自分が如何に輝いて人生を歩むかだと思う。

『決まっていない未来』とは、
西洋で言う
『原因結果の法則』
東洋で言う
『因縁の法則』の通り、
今何を思い、どう行動したか(これが原因)で、将来の結果が決まるもの。

自分が蒔いた種は、自分が刈り取る以外にない。というのが、因縁の法則。
法則ですよ!
誰にでも当てはまることを『法則』と言います。
(太陽が東から昇り西へ沈む。とか、空気が無ければ人間は生きられない。みたいな。)

つまり、一瞬一瞬のあなたが、どう思うかとか、どう行動するかは、四柱推命でも占星術や易や霊能者なる者でも、分かり得ないもの。(運勢を表すという手相も毎日変わってるんやで。)

つまり、何が言いたいか。
占いに頼るな!霊能者なる者に頼るなということや。こういう類いに頼っている人が多過ぎる。

自分の人生の主人公は自分やで。
なのに、何で占いに頼るのか?
何で他人である霊能者なる者の言を真に受けるのか?

己の人生を生きるんやから自分で将来の理想像を描いて、
自分の良心の声に従って『歩む』ことをせんと、
ただ『過ごす』無為な人生を過ごしてしまうことになるで。
後悔するで。

神道では、神通力のある人と霊能者を明確に区別しています。

神通力のある人は、千年に一人くらいしか生まれ得ないのではないかと感じます。
神通力のある人は、国家国民の将来のことしか眼中に無いものです。
人間としての有意義な生き方を指し示してくれているものです。
個人の人生の損得レベルの言は、発しないものです。
自分の人生は、自分で切り拓くものだと示唆していると思うから。

1200年前の弘法大師は神通力のあった人だと思う。

故に弘法大師と同等の人格を有する人物以外に真の霊視は出来ないと思うから、
惑わされてはならない!

『個人の人生の損得レベル』の言を発する人に、心揺れる方が、自分の軸がないのと違うかなぁ。

そんなんじゃ、いつまで経っても『自立』出来ませんよ。
誰かの言に心揺れる『あなた!』

心の自立が出来た時から、あなた自身の人生がスタートするのよ。

自立出来ずに何十年経ってるの?ええっ!

しっかりしてよ!頼むよ。〓〓
つべこべ言うな!思うな!『如何に自分が生き生きと輝いて生きるか。』
これだけ考えて、行動してくれ!
 
うちの社員に対しても、
ワシの友人達に対しても、『ここの所』に、いつも帰ってほしいワシの願いです。
 
他人に、どう思われたいかより、自分が輝いているかに心を向けてほしいわ!
ええ、どうなん?
自分に都合いい考えとちゃうでぇ。自分勝手でなく、自分の良心に恥じてないのかを、振り返ってよ。と言うとるのです。
 
全ての起こる現象に対して自分がどう捉えるか、
(♪目に映るすべてのことはメッセージ♪や。『やさしさに包まれて』いるなら、そう捉えないかんよ。)
 
どう自分を輝かせるのか、を考え行動すればいいのです。慌てず、動揺せず。
 
そういう習慣を身に付けると、問題解決のヒントが必ず、浮かんで来ますから。
自分が生き生き出来るから。
 
今、苦しんでいる人!
そこに正面から向き合うてよ。他人に、情報に、振り回されては、いけない!
 
ワシは、人の言うことを、信用せん!!ようになった。
 
社員の言うことも同じです。口だけは信用せんぞぉ(笑)
ちゃあ~んと観よるぞぉ。自己啓発と健康意識。仕事の丁寧さと氣締めを。
 
行動を観察するのみ!や。何でか?そうしないと、皆を導いて行けないと思うから。
 
『行ないは心』や。
 
その人の行動をよぉ~く、観とったら、その人の心の思いを感じるのです。
無意識の思いを。
 
仕事に対する『丁寧さ』や『自覚の深さ』も。
 
皆さん、自分の仕事をホンマに丁寧にしよる!?
 
自分の仕事にホンマに悩んどる!?
 
誠実さがあれば、悩むはずやで。
 
まさか、世間一般で例える『公務員意識』で会社に来てないやろうねぇ??
それは、自分の魂を傷付けとることになるんやで。
 
また、人は自分の心の天秤に、どっちにするか皆、秤(はかり)に掛けとるのよ。
で、重たい方に動きよるのが人間やわ。

だから、口で何を言おうが、信用せんでええ。
 
行ない、行動を観てれば、その人の『今』の本心を感じるものです。

偉大なる『孔子』も2500年前に、そう言うとったらしわ。論語に、そう書いとる。ほんまやと思います。
 
行動はウソをつかない!ですぞ。
 
そして『浮気』はしてはいけない!
 
会社で言う『浮気』とは、勤務時間中は、自分の仕事に『全身全霊で臨む。』ということです。 
 
中々、この全身全霊で仕事に臨んでいる人は少ない。

また『全身全霊で仕事してますから。』ということを社外の人達に伝えることも、心配りです。
社外の人達に対しても、自覚を促す親切になりますから。
 
仕事中に他事を考えることを『浮気』と言うのです。
 
男でも女でも、浮気されて気分ええ人なんて、おらんはず。
 
仕事に一念になっていれば、他事は脳裏に浮かびません。これが脳のメカニズムです。
 
まさに光と闇が同居出来ないように。
そうでしょう。
 
闇に光が入った瞬間、一瞬にして闇は消えますから。
これを『一念夢想』と言います。覚えといて下さい。
※夢に想うくらい一念に今対面していることに取り組んでいる人は他事は気にならないし、
  自制心が働くもの。
 
勤務時間中は、己の仕事に没頭する。全身全霊で臨むこと。
今一度、自身の良心に問いなさい。
『浮気してないか』を。
 
『クレームの生まれる元は、まぁいいか。という一人一人の氣の緩みです。
まさに品質は人質(じんしつ)!』です。
 
かつ、仕事というものは、甲子園優勝を本氣で狙っているチームのレギュラーメンバーが
自分だと思って下さい。
それが『本来の会社・本来の社員』です。
 
自分は、甲子園優勝を本氣で狙ってるチームのレギュラーメンバーとしての『心構え』と
『練習(チャレンジです。工夫です。仕事の勉強です。)』をやっていると言えるのか。
と良心に問うて下さい。
 
誰一人欠けることなく、
この気持ちと行動を実践してほしいのです。
 
そうしないと、会社が描いた理想は、絵に描いた餅にしかならないということをワシは、
感じているのです。すごい危機感を持っているのです。
 
上手く行っているような時に、氣の緩みが湧いて来るのです。
この氣の緩みが『間』を生じさすのです。
 
間は魔です。悪魔がジンワリ忍び寄って来るのです。
霜のように、根っこを腐らして行きよるのです。
 
『油断大敵!』なのです。一人の氣の緩みが、皆の努力を削いでしまうことの自覚が無いから、
まさか自分がそんな悪い事をしている自覚さえ、つゆさら無いのです。
 
悪気ない『まぁ、これくらいでいいか。』の行為が、実は『罪深い』のです。
 
そこの、あなた!つい、やってませんか!?
 
もし、一人でも『その氣』になっていない社員が居れば、
自分の仕事に全身全霊で臨んでいない社員が居れば、
勤務時間中に浮気をしている社員が居れば、
自分の仕事に、これでもか!とチャレンジしていない社員が居れば、
 
甲子園優勝は出来ません。
 
と同時に、仲間の夢を(自分の不始末が)奪うことになるんだと自覚してほしいのです。
 
このメッセージを読んでいる人みんな、お願いやから頼むぜよ!!
 
ワシは、伊達や粋狂で、毎週メッセージが浮かんで来てるんやないんやで。
 
本氣で人生、生きとりますから!
 
 
 
自分には人生を導いてくれる『師匠』の存在がある。
平成六年一月八日に逝去された。来月で、もう丸19年になる。
 
自分が師匠の哲学を学び始めたのは平成六年十月である。
 
故に、生前の師匠と会っていない。(師匠が逝去されて九ヶ月後だから。)
 
だが師匠の生前の講義テープや講義録を学んでいると、一点の曇りなく、自分の『心』に『脳』に『魂』に唸るほど師匠の哲学が入って来たし、入って来る。
 
今までの自分が考えていたことと違う考えが師匠の講義録から出て来た時でも、
すぐに自分の考えを深め、直すように心が、脳が、動き出すんやなぁ、これが。
こういう現象というか、感覚が『素直になっている』状態ではないかと感じる。自分に信念が確りしていれば、素直になれるが、信念の乏しい人は、素直になれないもの。
 
以前こんなことを考えたことがある。
 
現代人で誰も、約2500年前の釈迦や孔子や約2000年前のキリストや
約1400年前の聖徳太子と会った人はいない。
 
だけど敬虔な仏教徒やキリスト教徒や神道家は、一点の曇りなく、
それらの哲学を自身の人生に活かして歩んでいるじゃないか。と。

故に、偉大な人に会ったか、会ってないかは、一切関係なく、如何に自分が魂揺さ振られる哲学に
出会い、学び実践しようとしているか。が大事で大切なことなんだと感じ、現在に至っているんや。
 
だから、皆さん、
人生をより良く導いてくれる師匠という存在を持てた人は、真の幸福者であり、
すべての出来事が感謝と反省に辿り着くのです。
そういう心境に成れるものですよ。
そういう存在がいないという人へ、ちゃんとおるがな、自分をより良く導いてくれる『良心』が。
真の幸福者に成りたいなら、身を修めようとする人なら、
己の良心の声に一点の曇りなく、素直に従うべきである。
少しくらいは怠けても良い、少しくらいは油断して良い、少しくらいは、、、と、
自らを甘やかす声ではなく、己の良心に対して素直になること。この良心の声を欺いてはならない。
良心の声は厳しい。しかし、実に的確なアドバイスをしてくれるのである。
良心の声は自分に出来もしない事は言わないのよ。
 
己には必ず出来ることのみを導いてくれる声である。
ここを強く肝に銘じないといかん。
そして、
徳が薄い人(小人)は、人目が無ければ不善を成すもの。
それは、
何一つ徳に至っていないからである。ほんまやで!
 
そして小人は、君子(くんし=徳の備わった素直な心の持ち主。会社で例えるなら身を修めようとしている社長やな)の姿が見えれば、居住まいを正し、普段している不善を隠して、善行のみを行なっているかのごとくに振る舞うもの。
 
しかし、君子から見れば、如何に取り繕おうと、その小人の不善は内臓まで見通すごとく、
全て白日の下に晒(さら)されているのである。
 
故に、取り繕うことに何の益もない。
 
なのに何故、取り繕うのか?馬鹿げた事や。
 
自分の内心に誠があれば、それは必ず外に表れて来ることを君子は知っている。
だから、君子は自分の心に曇りがないか、一人静かに己の心の根を省みるのである。
 
小人とて、善、不善の違いは分かっているのである。
そうでなければ、取り繕うことすらしないはず。
 
しかし、良心の声に従わず甘やかす声にばかり靡(なび)く。
 
君子と小人の違いは、まさにここである。 
 
ええかい!ごまかしは通らんぜよ!ほんまやで!
 
何もワシが君子やなんて、思ってもないし、言うてない。偉そうに言うとんのやないんや。みんなに、自分の心の良心の声に素直に従ってほしいだけなんや。
皆に訴えたいのは。
 
ワシは自分の心の良心に恥じない生き方がしたいと常々思っています。
 
だから、自分の心の鏡が曇らないよう毎日、心の鏡を磨いています。
 
そうすると、
綺麗なものは綺麗なまま、汚いものは汚いまま正直にワシの心の鏡に映りよるのよ。
 
みんなもそうやで。
 
自分の心の鏡が曇らんように毎日、磨かんと曇りが増すばかりやで。
 
自分の心が曇っていなければ、綺麗な鏡なら、対面した相手の心の様相が正直に映りよるでぇ。
相手を調べるのに、占いなんかに頼るなかれ、占いに頼る姿勢が、自立していない証拠です。
自分自身を丸ごと受け入れていない証拠です。
 
心の鏡が曇っていなければ、相手の心の様相が、分かるというか、感じてしまうんやなぁこれが。
 
曇ったままやと、相手を誤解してしまうと思うわ。
相手には常に誠実に向かわないといかんで。
お互い、毎日自分の心の鏡の曇りを拭いて、自分の良心の声に従わないかんで!その理由は、
自分の本当の応援団なんだからです。これ理解出来ますかねぇ?

特に、うちの人間(エモーション社員)には、如何なる状況下に於いても、全員がそういう人間性を
身に付けてほしいという社長の願いです。でなければ、一流には成り得ないのです。

一流を全員が性根入れて、目指さないと、会社する意味が無いし、瀬(やり甲斐)が無いんや。
皆さん、ちょっとの時間でええから、一日も心の鏡を拭くことを欠かさないでほしいのよ。
ほんまや、頼むわ。

斯く言うワシは、独立を志してから今日まで、丸28年一日も欠かしてないから。
自分の心に栄養を与えましょう。魂揺さ振る刺激を与えましょうや。