『恥ずかしくない生き方』『心に余裕がある生活』が
したいと思っているにも拘らず、それが出来てないわぁと感じている人へ。

それは、あなたの
『良心=人の道=正論』にあなたの思考態度と生活態度が、
そのようになっていないから、あなたが『正論=人の道』から逃げているからなんです。

自分の良心に素直に生きている人は、正論=人の道を楽しめているのです。

正論と感じることが、うぅ~ん嫌やぁ~。って思うのは、あなたの思考態度と生活態度が、
あなたの良心に添っていない、甘えなのです。
良心に添った思考態度と生活態度を心掛けている人には当然であり、納得であり、心地よいんです。

誰しも、自分の人生を楽しみたいと思っているのに、心から仕事も趣味も楽しめないのは、
どこか『良心に従う生活習慣』から逃げているからなんです。

『人間として生まれて来た意味』とか、

『自分が人生で果たす役割』とか、

『こういう人生を歩みたい』とか、

という事柄を深く究めてみることをしないと、

『恥ずかしくない生き様』『心に余裕ある生活』は、絶対に訪れませんよ!!
と言いたいのです。

たぶん、そういう事に気付いたことも無い人が、沢山いるんだと感じるのです。
こういう事柄を『人生目的』と言うのです。

この大事で大切な、自分の人生の目的が自身の心の中にというか、
魂に刻み込んでいる人なら、『趣味』が単に上辺で楽しむんじゃなく、
心底からのリラックスになるのです。

『物の贅沢』でなく、『心の贅沢』をしてほしいのです。

『満足』した人生を望むから、苦悩が生じて来るんです。
人生は、満足を求めるのでなく『納得』行く人生を歩むものです。

納得ゆく人生を歩んでいると、心に余裕が生まれて来ますから。

自分の考えを、掘り下げる時間を持ったり、

少なくとも自分に関わる、あらゆる事象に、

自分の考えを体系化するというか、

概念を整理するというか、

自分の『考え方を考える』ことを『哲学する』と言うのですが、そういう事をして、自分の生きる目的が、しっくり、納得出来て来ると『楽しめる』のです。

生きる目的が、フラフラしていると、いくら趣味や、生活を楽しもうとしていても、
それはただ単に『過ごしている』に過ぎないのだと感じてしまうのです。

過ごしてはいかんのです!犬や猫と変わらんのです。
人間は『歩まないかん』のです!

自分の人生なんやから。

自分の人生を大事に生きる。大切にする。って、『歩む』ことなんです。

ただ単に過ごすんでは、いつまで経っても、不平不満が沸き起こって来よるんです。

不平不満が沸き起こって来てるなら、
それは、歩んでいるのじゃなく、過ごしているんだと思うのです。

人生を歩んでいる者同志で、接していると気持ちスッキリなんです。ストレスは感じません。

だから、皆にも『歩む』ことを勧めているんです。

歩むという意味が分からん人に、→歩むとは、
自分が自分の確(しっか)りした目的(こういう生き方が出来れば本望だ。という)を立てて、
その目的を果たす為に、

『どんな人と付き合って』

『どんな仕事を業(生活)にして』

『どういう仕事のやり方をして』

『どういう考えの本を読むのが』

目的の為になるのか考えて、

どんな生活スタイルが、本当に楽しめるのかを考えて、

なぜ?何故ならば。が、

誰に対してもハッキリ言え、伝えることができる。

そういう自立している状態を『歩む』と言うのです。

『歩んでいる』から、心に余裕が生まれて来るんです。

お金があるから心に余裕が生まれて来るのではないんです。

そこを勘違いしてはいけません。

歩んでいるから、お金も、ちゃんと廻って来るんです。帳尻が合うだけ。余分は廻って来ません。
堕落させない為に。

何となく満足を求めて過ごしていると、やがて心が詰まり、有意義なお金は廻って来なくなるんです。

物欲では『心の余裕』は生まれません!

長い人生の『数年間』くらい、自分の人生なんやから、
そういう『歩む』ことを考える取り組みしたらええのに、、、、、ほんまに。

歩むことをせんけん、悶々とした事柄が、あなたの周りに次々と起こって来るのです。

自分の哲学を確り持っていれば、どんな事柄が起こって来ようとも、心は乱れません!
これも、ほんまです。

ちっと、勉強せないかんわなぁ。
そういう勉強してほしいから、メッセージしとるのです。

何があっても、動じずに、ちゃんとした対処が出来る人間に、お互い成りたいしね。

ワシはまぁ、どういう生き方がしたいかを『一言』で言うならば、

亡き師匠の『門下生として恥ずかしくない生き方』がしたいだけなんです。

永遠の人生テーマです。
『シンプルに独自性を生み出し、深みが感じられるような生き方』です。
つまり、
『自分の納得ゆく人生』を歩みたいだけなんです。

この一言に尽きます。

恥ずかしくない会社経営。
恥ずかしくない仕事のやり方。
恥ずかしくない社員教育。
恥ずかしくない人間関係。(社交辞令的な自分を良く見せようとするんじゃなく、良心に恥じない。)

日本人として恥ずかしくない生き様。

だから、
自分の人生の価値ある目的すら、持っていない人達には、振り回されないんです。

まぁ、世の中、運命学だとか、氣学だとか、四柱推命だとか、霊能だとか、
あなたへのアドバイスだと言いながら『責任を取ることが出来ないのに』平気で他人へ忠告する人達が多いし、またそれを鵜呑みにして、自分の人生を自分の意志で歩もうとしない人達も多い。

今から起こる現象は全て、自分が無意識的に過去に思った思考と行動が、
出会った人や本などの『縁』に触れて、結果として現れて来るんです。

これを『因・縁・果』の法則と言うのです。

因=原因。つまり、あなたの今の思考と行動です。

それが縁つまり、どんな思考の人や本(考え)とお付き合いするか。
で将来の結果が決まるのであって、あなたの将来を決定するのは『統計学』ではないのです!
確りして下さいよ。

責任の取りようの無い他人の言に、影響を受けて人生を無為に過ごしてはいけません。

人生は自分が一つ一つ責任を取りながら『歩む』ものです。
恥ずかしくない自分の人生を。

今のあなたの思考と行動があなたの将来を創るのです。

だから、全責任が自分なんです。他人に人生を誘導されてはいけません。

優しく、逞しく、責任ある『歩み』をしましょう。

皆さんは、どんな生き方ですか?

『一言で言うなら。』
『バランスが大切』と多くの人が分かったように言うてるけど、
ホンマに分かっとんのかいな?と感じてしまう事によく遭遇する。

大体(たいてい)の多くの人が、自分なりの言葉の
『定義付け』を考えもしないまま平気で、さも当然の如く、色んな言葉を使っているやろぅ。

そもそも『バランス』とは哲学的に言えば『中道』のこと。

つまりあなたの発言に、
『道』が存在していなければ、ならないんです。

ように振り返ってみて。

世の多くの人は、たぶん、自分の損得、好き嫌いで、物事を捉え、考えていると思うから
『道』に至っているかどうか??

今一度振り返ってみて下さい。あなたの普段何気なく発言している言葉を。

真のバランス感覚を持つということは、己が確りとした人生観、社会観を持って、
自分の損得、好き嫌いでなく、そこに『道』を見出せ、
他者に振り回されない『ものの見方、捉え方』が出来るということなのだと思う訳です。
(そういう学問しよりますか?)

だから、他人の意見を客観的に聴く事が出来、振り回されることなく、バランスが保てるのです。

つまり、どのようなものの考え方をしている人に対しても、相手が『うぅ~ん、なるほど!』と感じてもらえる道理が(あなたの言に)あるか!ということを言いたいのです。

それを、自分の説得力の乏しさを棚に上げて『あいつは、ダメや。よう分かってない。』と決め付けてませんか?

バランス感覚・説得力を、身に付けるコツだと思える一つを話しますね。

それは、些細な事に丁寧になっているか、ということです。特に仕事。

顕微鏡の如く『緻密に観察と対応』をしているか、ということなんです。

『一事が万事』なんです。
皆の努力が報われないのは些細な事への丁寧さが欠けている『まぁ、いいか。』という
一人一人の気持ちの隙に、魔が入るのです。

『隙間の間は魔』なんです。神道で言うと。

あなたのちょっとした
『まぁ、いいか。』が皆のツキを逃してしまう罪を作ってしまうと自覚して下さい。
仕事ってそういうものです。

人の心は、海の如く広く、深く、おおらかに。
人間はポカがあっていいのです。ちょっと抜けててええのです。

でも仕事は緻密に丁寧に。がワシの持論です。

だから、もしあなたが不平不満に過ごしているのであれば
(世の多くの人は、そうなんでしょうけれど)、

こういう勘違いに陥りやすいと思えてしまうのです。
自分はバランス感覚が良い『多様なる価値観』を持っている。と。

世の八割近くの人の意見を『常識』と世間では言いますが、
ではその『常識』は必ず人間の幸福に寄与するものなのでしょうか??

違うと思うのです。

だから、常識に振り回されては幸福を感じられないと思うのです。ワシは。
みんなが、そう言うてるし、、、とか。
みんなが、そうやってるし、、、とか。

そういうの止めませんか!
お前は、他人の人生を生きるんか!?
自分の人生やろ。

『多様なる価値観』を持つというのは、
己の哲学を深めていれば、相手の『異なり』が明らかに認められるようになります。

取捨選択が出来るのです。
振り回されないのです。

世の常識に振り回されている人(バランスの取れていない人のこと)が、
バランス感覚を持っている人の判断(言動)を見た時、バランスが取れていない。と
感じてしまっているのです。

そういう人達に対して、
あなたの方が、バランスに欠けている。『中道』じゃないのよ。と言いたいのです。

そうだと思いませんか。

世の多くの人が、自分の損得、好き嫌いでバランスを失っているのですから、
そういう人から、バランスを保っている人を見ると、曲がって見えてしまうのです。
ものの見え方ですね。

バランスが取れているとは、八方美人でなく、
確りとした迷いの無い自身の生き方の哲学を持っている人のことなのだと感じている訳です。
愚痴・泣き言は出ません。よぅ~し!どうするべ。という『工夫』しか。出えへんもんです。

バランス感覚を身に付けるもう一つのコツは『反省心』を常に持つことです。

ここで強く言いたいのは、反省は過去に対してするものではありません!

それは『後悔』というものです。
ここ勘違いしとる人がようけおるんじゃないだろうか?

『反省』は、過去に対してではなく、これから行なうことや、
将来に対してやろうと考えていることに対して『自らを省みる』ものなのです。

今、自分がやろうとしている事は、道理に適っているだろうか、
思い付きではないか、ということを確り捉え、己の良心を規範として、
過去の自身の体験と知識に照らし合わせ、如何に行動すべきかを考えることを、反省と言うのです。(自分の心に聴いてみよ!心が曇っていたら、聞こえて来ませんよ。)

常に、この『反省心』を、毎日毎日持つことが、実はバランス感覚を身に付けるコツなのです。

ワシは、毎日そうしてます。
そうしてても、中々目標を成就させて行くのが難しいのが、人生です。

でも決して諦めない。

何があっても起こっても、絶対に『参った!』と言わない。

I NEVER GIVE UPですよ。
自分が『参った。』と言ってしまえば、神様も助けようが無いんです。

ヤル気の無い人間には、誰も助けようが無いんです。

能力が乏しくても、ええのです。

才能が乏しくても、ええのです。

絶対に参ったと言わない、不屈の粘り、精神力さえあれば、必ず光が射して来るんです。

その為に、毎日曇りそうになる心を、自分が磨きながら澄ましてゆくのが『学問』をするということなんです。

自分の心が澄んで来ると、他人の心の曇りが分かるんです。

だから、曇っている人の意見に惑わされなくなるのです。

自分の人生、生き生きと明るく歩みたいなら、毎日、自分の心の曇りを拭うことです。

ほんまやで!

どんな人でも毎日ちょっとずつ曇るんやけん。

家の中の掃除も同じや。毎日掃除機してますか?

ワシ、毎日しとるで。
会社も毎朝みんなで、やっとるで。
だから、心地よい緊張感で仕事しとるから、全社員が毎日気合いとリラックスが融合しているんだと思うのです。

気付いたら、スグする!!

善い事も、悪い事も、毎日の積み重ねですから。

悪い習慣やなぁと感じてる事があるなら、それを断ち切るのは『勇氣』です。

自信が無くてもええんです!
勇氣さえあれば。

財産を失っても、心の痛手は少なくて済みます。
(ワシも恥ずかしながら、過去に自宅も何も物質的財産はスッポンポンになった上に個人で借金一億抱えたわ。苦節15年間で返したけど。心の痛手でなんて、無いもん。自業自得やしね。誰も恨んでないし。)

しかし、健康を失ったら、心の痛手は深いで。
(そういう人の心中察します。)

最後に、勇氣を失ったら、もう取り返しがつかない、、、、、、

だから!銭より勇氣持たんかい!!(笑)
新春は新入社員の居る会社もあるでしょう。

パート・アルバイトであろうが、中途採用で再就職であろうが、
新しく会社の一員になることに変わりはない。

経営者の皆さん!
あなたは、

能力で採用するんですか?
素質で採用するんですか?
また、手が足りないから採用するんですか?

否定はせんけど、ワシなら『風通しのいい』人を採用するなぁ。

風通しのいい人とは、

素直な人、純粋な人のことや。

何故なら、自分の直感で、第一印象で、採用する方が、
仮に上手く行かなかったとしても後悔はないからね。

また、大事にしたいと思うし、その方が上手く行くのよ結果的に。

素質のある人間を育てて、業務がスムーズに行っても面白くないやん。

素直な人、純粋な人間を、一人前に鍛え上げるのが、面白いし、
濃い付き合いが出来るから、互いに信頼関係が構築されるのよ。

社員とは濃い付き合いしない方がいい、と言う経営者がいるけど、
労働と給料の交換所だけなら、経営する意味無いと感じるのです。

経営者と社員が、人間として深く関わり合う信頼関係こそが、『経営力』を高める。

そして経営者と社員のより『高い次元』での認識の一致以外に、創造的な仕事は生み出されない。

というのが香川湧慈の信条であり、心情です。

だから、エモーションでは、経営者と社員の人格向上と世間体の教養でなく、
魂の教養を身に付ける為に毎週『社内学校』を実施しています。


あなたは、どうなん??

たった一度の人生やで!

迎合して過ごすも人生。

自分の思うように生きるのも人生。

誰だって、自分の思うように生きたいはず。


じゃあ、

ビジョンを描かな、いかんのちゃぁん!

感性を磨かな、いかんのちゃぁん!

誰と共に人生歩むのか、

決めな、いかんのちゃん!
社員、得意先、お客さん、友人、趣味の仲間、夫婦、 等々。

ご一考あれ。
皆さんは、あなた自身の
言葉で、何気ない行動で、相手を泣かしていますか!

『泣かす』というのは、
相手が感極まって、思わず熱いものを眼から流す。
ということを言うとるのです。

毎日しなさいと言うとる訳ではありません。

月に一度くらいは、そういう言葉、何気ない行動で、
相手が感極まることをしてほしいと思うのであります。

ワシは、今週、6~7年振りに当時仕事で関わったある会社の社員スタッフの人と縁がありました。

経営者の会で、ワシの講義を一番前で聴いていたから、
あれっどっかで見た顔やなぁと感じてました。

後の懇親会で、彼は独立したばかりとのことが分かりました。

で、懇親も出来ましたが、その夜、メールをして寝ました。

すると、翌朝返信メールがあり『今、このメールを読み、眼に涙が潤んでいます。』のメッセージ。

このメールを見た瞬間、
『通じ合えた』嬉しい気持ちになりました。

と同時に前職の会社では、
社員一人一人の心の『琴線』に触れる事柄に誠実に真摯に思いやりの気持ちで接してくれる
社長じゃなかったんやな、と感じました。

それでは、社員もヤル氣は起こらんやろうなぁ、と感じてしまう訳です。

神道(しんとう=神ながらの道・人間がより善く生きる為の道)に、こういう言葉が在ります。

『我(われ)無くんば、彼無し。
彼無くんば、我(われ)無し。

我(われ)あるが故に、彼あり。
彼あるが故に、我(われ)あり。』

分かりやすく言えば、

私が居なければ、あなたは成り立たない。

また、あなたが居なければ私も成り立たない。

私が居るから、あなたが、成り立つ。

また、あなたが居るから、私が成り立つ。

という意味です。

皆さん!これが人間関係の『真理』ではないでしょうか!

だからワシは、創業以来ずっと『会社は家族』と言い続けて来たし、
その具現化に命を懸けて歩んでいると言って過言ではない!と思うとります。

だから、毎日心穏やかに、しあわせ感いっぱいに会社生活を愉しんでいられるのです。

『家族』だから、稼ぎの悪い時は、まず社長(父親)が身を削るのが当たり前。
なのに、会社は家族です。と言いながら、稼ぎが悪い時は、まず社員の給料を減らすことを考えたり、実際減らしたりしている『社長』と呼ばれる人が余りにも多いと感じてしまう。

それは、自分の人生を真剣に生きてないなぁ。と思う訳です。

自分が先ず身を削ることの考えすら浮かばん人は、社員を雇ってはいけません!雇う資格なし!
ですよ。
社員には、ある一定の文化的生活が出来得るだけの給料を出してやらんと、
社員の心が疲弊するんですよ。

※これくらいが普通やろ。と他社と比べて、安い給料で済ませてはいかんのです。
一万円札の福沢諭吉が言うとるんですかねぇ、ちょい忘れましたが、
一番人間として醜いことは、他人と比べることである。でしたか?


心が疲弊した状態で、いくら発破掛けても『いい仕事』なんて、でける訳ないやん。と
感じんのやろうかなねぇ?感じんのやわ、たぶん。

社員達が文化的生活が出来、心穏やかに、仕事大好き人間で、
日々歩めている姿を目の当たりにしているのが、経営者のしあわせなんやけどなぁ。
※普通の父親だって、こういう想い、一緒だと思うけどね。

経営者は、そういう社員に囲まれて、毎日歩めることが、何よりもヤル氣の源泉であり、
次々とエネルギッシュに工夫、アイデアが湧き出て来るもんです。

この状態を、しあわせと言わなくて、何を以て、しあわせと言うのでしょうか。

『金は天下の廻りもの』と心から思えている社長は、上記の経営者に成れると感じます。

でも自分個人の収入を一番に考えてる人が、やっぱり多いんよなぁ。

上に立つ者ほど、お金の贅沢はしたらいかんと思う。
心の贅沢をせな!

経営者には特権があるやんか。

『お金の自由と時間の自由』を謳歌出来るやん。

勤めているサラリーマンの人には、会社が儲かってて、本人の業績も良ければ、
給料は沢山もらえるでしょうが、時間の自由は、かなり制限されますね。
たぶん、一般的会社では、高収入ほど、時間の自由は制限されていると思います。
それで人間味ある文化的生活が歩めるんだろうか?と感じてしまうのです。

ワシは、時間を拘束されるのが生理的に嫌なのよ。

だから、銀行を脱サラ(独立)した理由の大きいポイントでもありましたね。

なので、うち(エモーション)は、平均月間勤務時間は154時間です。
平均月間勤務日数で割ると、一日、7.7時間で、平均年間128日の休みを守り通しています。

一般的に言う中小企業に勤務する『女性事務職』の人達より、
たぶん、上記の勤務時間で月額7万円は高いと思います。

一日3分割でバランスを。というのが香川湧慈流。

8時間は好きな仲間と得意な仕事を一所懸命やろう!
8時間は睡眠を充分に。
8時間は自分個人の自由時間を『有意義』に使え!

ワシが社員だったら、これがええなぁ!と思う事を、会社運営にしているだけなんです。

つまり、人生の目的が先ずありき。なんです。

ええですか、皆さん!

あなたの人生の目的は、いったい何なん?
ということを自問自答し、深く心を掘り下げて考えないかんよ。

まさか『お金を貯めること』が人生の目的にならんといてね。

それが本当に目的なら、
人間として『下(げ)』ですから。
ワシは、そういう人は、生理的に嫌なんです。いいお付き合いは出来ません!ハッキリ言います。

それぞれの『人生の目的』の達成の為に『お金』は、道具として必要だから、
社員と共に知恵と汗で協力して『稼ぐ』ことをせないかんのです。

目的の為の道具がお金ですよ。
あなたにその『人生の目的』が見出せてないなら、何ぼ稼いでも、むなしくなるでぇ。

何の為に生きるのか!?を、探求してください。

そうしないと、虚しい人生の末路になってしまうからね。

今週言いたいのは、そういうこと。

奥深い意味で『ケチくさい人生』になってほしくないからメッセージしているのです。

もっと思慮深く、温かい心で毎日歩みましょうや。

高い理想に向かって、共に苦労しない限り、絆は結べないと思うし、深まりませんから。

人生は、縁ある人と、『高い理想に向かって共に苦労する』為に存在するものや。というのが、
ワシと縁ある人達に伝えたいのです。