閃いた、閃いた、閃きました!
ええですかぁ。
 
世の中で流行ってる『風水』や『パワーストーン』や『易』など、運氣を上げるっていうもの。
これらを、自分の、或いは自分達家族や自分達会社の幸せの為に、利用しては、いかん!のですよ。
 
こういう物は、今を感謝する為に存在するものなんです。神道流に言えば『ひもろぎ』という物です。
神様に感謝の意を伝える方法としての三次元世界での『物』を通して、自分の感謝の意を伝えるのです。
 
自分のいわゆる利益、幸せの為に感謝している人がいるけど、それは感謝してるんじゃなくて、
自我欲望です。
 
感謝しているパフォーマンスをしているに過ぎない。内心は、自分のご利益(りやく)じゃないでしょうか。
そういうのは『へらこい』でしょ。
 
神様は見抜いていると思いませんか。
あなたの『へらこさ』を。
 
風水グッズやパワーストーングッズや易や占いなどを活用するには、前提があるんです。
 
それは、人としての基本がちゃんと出来ている人で、尚且つ、自分達の幸せの為でなくて
『世の中を浄化』させる為に、自分達がお金を払って活用させてもらうという気持ちになっていることなんです。
 
人としての基本というのは『決めた事を徹底継続する』ということを言うのです。
 
朝起きたら、ぐずぐずせずにスグ顔を洗う。
 
歯を磨く。これ一番ね。
 
ほんまにこれコツなんよ。
その後に、朝食をするとか、したい事をするんです。
 
脱いだ靴はキチンと向きを揃える。
急いで家に上がっても、
ちゃんと振り向いて、脱いだ靴を前向きに直して揃える。そういう習慣を身に付ける。
 
下駄箱の中の靴も、ちゃんと前向きに直して揃える。
自分が取りやすいからと、靴のお尻を前にしない。
 
お店の靴売り場の靴で、尻向けているものなんて、一つもないよね。
 
トイレしたら、必ず毎回、毎回ですよ。便器のフタを開けて、汚してないか、
ちゃんと確認する。
 
この、毎回ちゃんと確認する習慣が身に付くと、他の物事も、ちゃんと確認する習慣になりますから。
 
だから運氣が上がってゆくのです。
 
困った事が起こっても、
困らないんです。
ちゃんと解決出来るように神様が取り計らってくれるんです。
 
挨拶も、ちゃんとする。
 
返事も、キチンとする。
 
この返事が、大の大人が、出来てない人が多いのよ。
 
『返事』は、ほんまに運氣を左右するで。
 
まぁ、こういう事が、ちゃんと出来ている人でないと、風水の神様も、パワーストーンの神様も、
あらゆる神様も、あなたの応援はしてくれません!
そう思いませんか。
 
自分の幸せの為に、お願い事していて、何で神様が、応援してくれる道理がありましょうや。
 
こんな神様の声が聞こえて来ませんか?
 
『お前は、神様に願いを叶えてもらえるだけの資格があるのか?
毎日のキチンとした事も疎かにして、軽い気持ちで、まぁいいかって思ってて、崇高な精神の神様に、お願いしますって、よう言えるなぁ。』って声です。
 
皆さん、悪魔は、そういうだらしない人が、めっちゃ好きなんですよ。
 
自分が、よしやろうと決めた事も徹底継続していない人が好きなんですよ。
 
一事が万事です。
 
徹底継続していない事が、あなたの大事な仕事に出てるんですよ。
 
せっかくのあなたの努力が、報われないんですよ。
 
もうちょっとのところで、努力が報われないのは、
 
あなたの、ちょっとした、決めた事を徹底継続していない氣の緩みが、そうさせているんだということを、あなたに気付きを与えているんだと分かりませんか?
 
朝起きたら、スグ顔洗い、歯を磨く。
 
靴はちゃんと揃える。
 
返事も、ちゃんとする。
 
こういう人を、悪魔は嫌いなので、寄って来ないんです。
 
だから、悪魔が嫌いなちゃんとした人だけが、風水の神様もパワーストーンの神様も好きになってくれ
て、あなたの想いが、自分の幸せの為でなく、世の中の浄化のお役立ちなら、応援したくなるんだ。とワシには聞こえて来るんです。
 
幸せは、なろうとするものでなく、感じるものだと、いつも思っています。
 
自分の事は、自分が責任持って、志持って、やればええこと。
結果どうなろうと、それも自業自得、運命だと自覚したらええだけのことです。
 
その方が、気が楽でしょ。
他人に迷惑及ばないでしょ。
 
だから今日から、今から、キチンとして下さい。
 
風水も結構、パワーストーンも結構。易も結構。
前提を果たしている人だけに神様は声掛けてくれると思って下さい。
 
そして、世の中の浄化の為に自分が役割分担の一役を担わしてもらう。
そういう思いを、その物に馳せて下さい。
 
自分の為じゃなく。
 
風水グッズやパワーストーングッズを販売している人達には、お客さんに、世の中の浄化の為に、
あなたも一役担ってみませんか。と販売してほしいと閃いたんです。今週は。
今、人生最大のショック。と感じているあなたへ。
あなたやで。
 
心中は察します!
 
けど、時間は取り戻すことは出来んのです。
 
済んだことは、今さらどう考えても、どうにもならんやろ。
過去は変えられへんのです。
 
ショックな気持ちは『時』が経過することでしか、薄まりません。
 
でも、それまで待ってても時間は取り返すことは出来んのですから、
こう覚悟を決めて下さい!
 
『変えようのない事実を丸ごと受け止めて、自分が今から、どう輝いて生きるのか、歩むのか。』だけを考えてほしいのです。
 
そうやろぅ。変えようが無いやろう、済んだ事は。
 
グジグジ考えたり、落ち込んだりしたって、どうにもならんもんは、どうにもなりません。
相手を責めても、しょせん解決には至りません。
 
それより、
『受け止めて、流す。』
のが大切と思うのであります。
 
確りせないかんのは、相手でなく、己自身です。
 
いつも言うとる
『考え方・捉え方・ものの見方』です。
 
まぁ人間関係のショックな出来事とは関係ありませんが『捉え方』のたわいもないワシの事例ですが、参考までに。
 
ずっと以前、車を自損して修理代40万円。あぁ~っ、んもぅ~。とは感じましたが、その数十秒後、
車を買った費用が40万円高かった。と思うようにしました。
 
瞬時に切り替えが出来るんです。
一切『引きずりません』
ワシは。
 
これも日頃の訓練から自分の脳の思考回路が、数十秒で気持ちの切り替えが出来るよう身に付いているからです。
 
何でも考え方次第。捉え方次第。
 
考え方変えるんに銭が要りますか?
 
捉え方変えるんに銭が要りますか?
 
銭要らんのやけん、いい様に捉え方を変えれるやろぅ。
 
先のあなた達へ、ワシは、心で応援してますから。
 
このメッセージを読んでる皆さんも、縁ある人のピンチやショックに遭遇している人に、
心で応援してあげてほしいのです。
 
心で応援するとは、目に見える心配りも大切ですが、そういう事を言うとるんやないんです。
 
目に見えないあなたの、
 
『器量』で接してほしいのです。これ中々めんどいで。
 
どんな事に遭遇しても、
 
生き生きと歩む『自覚』と何があっても絶対に参ったと言わない『覚悟』さえ備わっていれば、
奥深い器量で接することが出来ると思う訳です。
 
さぁ、すべてあなたの目の前に起こる事は、あなたの『器量』を大きく、深く、
魅力あるものにしてくれているんだと捉えて下さい。
 
筋肉は『もう限界』というところを、少しクリアーした時に付きます。
 
身体の筋肉は『もう限界』をクリアーし続けないと、戻ってしまうと思うけど、
 
人間の『器量』は、眞に、自覚と覚悟が核になっていれば、衰えません。
 
毎日付着する『心の垢』は毎日落とさないかんけど、訓練要るけど、
 
トコトンどん底を一度でもクリアーして器量が備われば、もう大丈夫。何が遭っても生き生き歩めますよ。
 
ほんまに。
 
あなたが、他人にどう思われようと、気にしてはいけません!
 
あなたの良心を発信し続ければええのです。
 
分かってくれなくてもええのです。誤解されても構わないんです。
 
要は、自分の真心、良心をギブ、ギブ、ギブしたらええのです。
 
あのマザーテレサも言うてます。
 
『あなたの中の最良のものを、世に与えなさい。
 
蹴り返されるかもしれません。でも、気にすることなく、最良のものを与え続けなさい。』と。
 
そして、こうも言うてます。『人生のたとえ99%が不幸だとしても、最後の1%が幸せならば、
その人の人生は幸せなものに変わる。』と。
『香川さん、いつも愉しいそうやなぁ。』と、よく言われる。
何故、愉しそうに見えるのか。

それはいつも『愉しい方』を選んでいるからです。

決して『楽』を選んでいるのではないからです。

こういう言葉があります。
『楽すれば、楽が邪魔して楽ならず。楽せぬ楽が、遥か楽楽。』

年齢や、体調に応じて、楽を選ぶのは、いいとしても『愉しい』方を選ぶのが、
体調も楽になるし、人生を愉快に歩めると思うのであります。


何が言いたいか。

人生目的が据わっていれば、右するか左するか、
どちらが人生目的に近づくかを考えて行動することが出来る。それが『愉しめる人生』だと感じます。

本心から『愉しむ』為に、あなたの携わっている仕事をキチンとすること。

『まぁ、いいか』と手を抜かないこと。

お座なりにしないこと。

気付いたら、スグすること。
後回しにしないこと。

自分が感激した言葉を掘り下げ、納得のゆく自分なりの言葉を発すること。

これ、愉しむコツです。
今週は、思い付いた事を、箇条書きに。
ご一考あれ。


『意識の高さは課題に取り組んだ時間に比例する。』

『付いて来れない社員を繰り返し迎えに行く。』

『社員の智恵が増えて行く興奮を学ばさせる。』

『人間関係は、濃い付き合いと気配りが大切で、濃い付き合いが幸福感を増す。』

『一つ一つの業務を辛抱強く、丁寧にこなし続ける。こういう行為こそが、チャンスを呼ぶ。』

『自分の内にある悪い芽を捨て去り、善い芽を育てることが、内容ある人間。』

『自分に価値を見出だせないから、数に価値を見出だして、数を追い、そして苦悩する。』

『本当にいいものは、広まらない。本物はごく僅かだから。』

『愛社精神は訴えるものでなく、育むもの。』

『子育てに大切なものは、愛されている実感を子が持つこと、と躾け。』

『社員にも、社長から愛されている実感を持たれていること、と幸福に成る為の躾けが大切。』

『中庸とは中和のことであり、誰の意見にも加担をしないことや、
感情や意思を押し隠す状態が中庸だと勘違いしている人がある。』

『中庸とは、感情や意志を動かし、万物が込められているが、そこに欲による揺らぎが一切なく、
常に反省を以て事に当たらんとすること。そういう人を「中庸の徳を備えている」と言える。』

『何百年経っても残したいものが無ければ、老舗に非ず。ただ古い物を売っているだけ。
それを老舗とは言わない。』

『何百年だから、自分以外の人間が介在しても残るものが真の理念、存在意義である。』

『故に、自分以外の人間が介在して何百年と残して行きたいものが今、在るのかが問題であり、
そこに全身全霊を傾けることが存続の鍵である。』

『エモーションの経営目的は、縁ある人に勇氣と感動を与え続ける人生を歩むこと。
これが自分以外の人間が介在しても何百年と残して行きたいものである。』

『そのこと(後々にまで残して行きたい思いのこと)を「反省心」と言う。』

『その反省心を持つ人を一人でも作ること。そして増やすこと。これを口頭でなく、社業で現すこと。』

『人生、自覚が無ければ、成長は無い。そして覚悟が無ければ、生きてる意味が無い。』

『明るく、愉しく、熱く生きる。』

『「損得でなく、善悪で判断する。」と言うが、では、あなたの考える善悪とは何か、を明らかにせよ。』

『その基準が明らかでないと、単なる感情で勝手な善悪の判断に陥ってしまう。』

『運、不運を含め、人の一生を支えているものは善悪でなく、
ただ己れの担いで生まれて来た因縁宿業のみである。』

『担いで生まれて来た因縁そのものに善悪は無い。そう気付くまでに人は多大な時間を費やす。』

『己れを不幸にするのも、不運に喘(あえ)がされるのも他人の所為(せい)だとして、
他人を恨む、嫉む。これは自我を基(もとい)として描く妄想である。』

『そして、この妄我が罪を作る。そうして人間は限りなく、悪業を積み重ねてしまう。』

『反省すれば、自覚が湧く。深く深く反省しなければ、
魂が求めている己れの声に巡り合うことは出来ない。』

『反省とは過去にするものではない。それは後悔。』

『反省とは一言で言えば、「自分は、この世に何をしに生まれて来たのか」を考え抜くことである。』

『その自覚が芽生えない限り、覚悟が決まらない。故に「生きている」とは言えない。』

さぁ、あなたは、どうなん!?
頼むけん、『自覚と覚悟』だけは持って下さい!
お願いします。
心に余裕が持てているから、細かい所に氣を配れるのです。

例えば、器に微細な画を描く作業や、まつ毛エクステを一本一本きちんとする作業や、

ネイルアートの細かい作業も、心に余裕が無ければ『ちゃんとした仕事』は出来ないように、
事務仕事や、営業センスも同じなんです。

 『一事が万事』なんです。
心に余裕があるから、微細な所に氣が配れるんです。
見た目には、芸術的作業と事務仕事や営業センスは違うように思われているでしょうが、
それは大間違いです。

芸術的作業がちゃんと出来る人なら『種目』が違うだけで『その氣』さえあれば、
事務仕事や営業センスを磨くことは、出来ます!

ただ『その氣』が向かないだけなんです。

でも、せっかくの技術を持っているんだから、生活態度にも、その繊細さを活かして下さい。
あなたの『思いやりの心』が、より育まれますから。

何が言いたいか。

細かい所に『氣配り』が出来る人は、思いやりのある人なんだと言いたいのです。
見た目の言動だけで、人の『思いやり』度を判断してはいけません。
些細な、ちょっとした事がちゃんと出来ているか、で判断したら本心が窺い知れますから。

裏を返せば細かい所に氣配り出来ない人は、自分勝手が強いのだと思う訳です。

細かい所を丁寧に、きちんとする訓練をしていると、実は『人を思いやる心』が育まれるんです。

FAXが来たら10分以内に返信する。とか。内容の返事でなく、確かに受け取りましたよ、
と相手にちゃんとお返事する。(エモーションでは徹底させてます。こういう事を。)

まぁ何かにつけて『返事』せん人が、多いわほんまに。しかも商売してる人がやでぇ。 

いわゆる勝手に無造作に送ってくる営業のDMじゃないんだから、知り合いから何か送って来たら、
手段は何でもいいから『返事』くらいするのが礼儀なのに、返事せん人が、ほんま多いですよ。

自分の得にならないと感じているのか?相手を見下しているのか、
自分勝手が強いのか、思いやりの心が乏し過ぎるのか。

『ちょっとした事』に敏感さを身に付けないと、思いやりの心は、育まれないと思う訳です。

話は変わるが、
好きな経営者に『出光佐三』という立志傳中の人物がいます。
(あの松下幸之助より八歳年上の人物です。)

出光佐三の生き方は、ワシは好きやなぁ。気分がええ。痛快やし、思いやりが溢れとる。

社員五十名くらいの時のエピソードですが、
出光は、丁稚(今で言う新入社員)一人一人に手取り足取り、
掃除の仕方、伝票の書き方など、徹底して直接教えて、育て上げた。

『出光の商売は、君たちの書く伝票一枚一枚から成り立っているんだぞ。
そこのところを忘れてはいかん。』と、いつも言っていたそうである。

ある時、福岡支店長をしていた(後に『出光』から巣立って日本通運の社長を務めた)
安座上(あざかみ)支店長の下に丁稚が入社。
安座上支店長は、一枚の伝票を、書いた丁稚を呼び寄せ「覚えがあるだろう。よく見たまえ。」と。

丁稚「はい。一昨日出した伝票だと思いますが、、、」

一昨日出して本社に送られ、出光が見て、また送り返されたものであった。
赤鉛筆で、大きな字のなぐり書きが。
『字か絵か』と、
出光の直筆で書かれていたそうです。

丁稚「申し訳ありません。忙しかったものだから慌てて、、、字か絵か判らんような字を書きまして、、、」と。

「店主(出光のこと)は、こんなに注意しておられるのだ!我々も、たるんではいかん。」と
安座上支店長が諭す。

この幹部である支店長の、社長の心を汲み取り、社風を大事にしている姿勢が、窺える。
部下に示唆を与え、伝票一枚からでも、人間としての生き方を大事に育んでいることに感銘を受ける。

細かい所への氣を抜かない徹底さ。

資本よりも組織よりも人間優先。
『これくらい、まぁいいやん。』この、ちょっとした氣の緩みが、人間成長を止め、
堕落へと無意識に向かわすのです。

いいですか!皆さん。

『ちょっとした事』を徹底出来る人に成るよう自分で意識して、訓練して下さい。

一に、意識。二に、意識。反復訓練しか、身に付きませんから。

何でも一緒や。

どうか、細かい所に命を注いでほしいのです。

一流の人は、どの分野に於いても、細かい所に対処出来る人ですよ。ほんまに。
一生一度やで。

一流を目指しませんか!
徹底している人は美しい。これを『徹美』と言うんです。
理想や完全を目指して、
一所懸命、徹している間だけ、美しいのだと感じます。
美しく在りましょう。