他人の『成功』『幸福』の価値観に左右されてはいかんと思います。

自分の『成功』『幸福』の価値観を持つこと。

これをトコトン考えて下さい。


今週はこれだけです。(笑)

えぇっ!いっつも長いのに、って?


自分なりの成功とは何ぞや。幸福とは何ぞや。を文章にしてほしいのです。

別に他人に見せなくてええから。

思ってるんなら、言葉(文章)に出来るはずです。


まさか、文章にも出来ないくらい曖昧なんだったら、あなたの『成功』も『幸福』も、

成し得ないんじゃないかなぁ。

きちんとした言葉に出来ない人は、残念ながら、
不平不満な出来事に押し潰されるかも、、、、

経営者もサラリーマンも主婦も芸術家もミュージシャンも政治家も、教職員も。

全ての人間が、人間であり続けるんなら、自分なりの成功観、幸福観が書けるはずです。

況(ま)してや、歳の四十にもなってたら、社会人として約20年経過しているんだから、

自分の人生から来る人生観で一冊の本とまでは行かなくても、物語が書けるようじゃないと、

つまらん!と思って下さいよ。

赤ちゃんから成人になるのに20年間で、みんな、
ちゃんと成長しとんやから。

二十歳から四十までの20年間、まさか成長してなかったら、まずいやろう。
そんなにボーッと過ごしてるのぉ?

自分の『道』は、
自分しか分かりません。

持って生まれた『良心』に作為なく従うことが『道』です。

だから、他人に聞くな、
己の良心に耳を傾けよ。といっつも言うとるのです。

そのあなたの『道』の何たるかを明らかにして、
正しく『良心』を生きることを『教育』と言います。

人の言葉に耳を傾け、
心を配り、
相手と自分の共通点を見つけるように配慮することです。

与えられた環境の中で、
どう工夫して歩むか。
仕事も生活も同じです。
それが人生でしょ。

言い訳一切無用!
言い訳してる人を見て、
気分ええですか?
ええこと無いやろぅ。

だったら、自分だけは言い訳しない!と今から実践しましょう。

限られた中で工夫して行くのが人生です。
工夫せんのやったら、人生にならんのやけどなぁ、、脱け殻やで。

やっぱりいつも並みの長さになったかな。

先日、友人で、志のある経営者がポツリ一言。

『どうやっても中々モノに成らない、何べん言うても分からん社員を、どうしたらええんでしょうか?』

って。呟いていたのを耳にして、ワシの思うこと。

社員の皆さんも自分のことのように考えてね。

そういう経営者の皆さん、『心中察します!』と前置きして。

何事も最初が肝心。

採用の失敗は、
その後の教育では中々難しい。

だから、安易に採用しては後々困るのは、採用を決断した経営者やなぁ。

けど、ように考え抜いて採用して、その人間が思うようでないとしても、

その人達が意欲的に働けるような環境創りに全身全霊を懸けな、いかんと思います。

それが社長という職種であり、人種なんです。

そのような『仕組み』を作り続けることが、教育することを促進します。

先ずは仕組みです。

そういう社員が納得して、成長出来る仕組みを作るしかないと思う訳です。

そして、

トコトン、その社員と心で向き合わないかんと思います。逃げたらいかんのです。

(もうどうでもええわ、と思う気持ちは分かるけど)

ワシは、社員の成長を心底願ってるから、迎合しません。何べんでも心から向き合っています。

社員は、たまらんと思います。うるさいから。(笑)

そういう想いのある社長をうるさいなぁ、と思っている内は、

その社員の心は充実しません。ハッキリ言って。

唯一、そういう社員が自分の心を充実させる方法は、

社長の気持ちを理解する努力をすることしかあり得ません。

そういう想いのある社長の気持ちが理解出来ない社員は不幸なんです。

お互いが理解し合うしか、心の充実はあり得ないのです。

大事なことは大事やし、

大切なことは大切やから。


トコトン行くのが香川湧慈流。

会津藩の家訓じゃないが、『ならぬものは、ならぬ。』という想いがあるからです。

それが会社に於ける親やし。社員皆を大事にしてやりたいと思うとるのでね。

見捨てる訳にはいかんのです。

その為に、一人一人を見極めることでしか、役割分担させることは出来ない。

能力が乏しいなら、

何べん言うても出来んのなら、

能力の範囲内での給料にし、説得するんです。

慈善事業じゃないんだから。

そして、励ますんです。

エールを送るんです。

それが愛情じゃないでしょうかねぇ。

能力が乏しいから『見切る』のでなく『見極める』んです。

この意味理解出来ますか?似て非なるものです。

『見切る』と『見極める』は。

このチーム(会社)の中で、何をどの程度やらせることが、当の本人が意欲的になるのかを。

経営の『経』とは、縦という意味です。つまり秩序です。

秩序は人の道でもあります。

人の道を実践しながら経済活動するのが、経営。

単なる商売しとるんじゃないんです。

そうでしょう、あんたは単なる商売しとるのぉ?

違うやろう!

だから、経営者は必然的に『忍耐』が身に付く業種であり、人種なんです。

本当に忍耐力付きますよ、経営者やっとったら。

こういう感覚は自分一人で商売している人には、分からんだろうと感じます。

社員の何気ない言動で瞬時に感じ取れるから、現時点での社員の心理が。

良い悪いじゃないんです。
(今、社員の立場の人でも、経営者になったら理解出来ますよ。スグに、この心理が。自分が社長になってみたら。立場が人を作るとは、よく言ったものです。)

まるで、小さい子供の居る母親のように、子供の瞬時の心理を感じてしまうものです。

まともな親ならね。

何が言いたいか。

ここ大事なとこね。
まとめやで。

経営者は、社員一人一人の特性を見抜き、見極めて、その人が、

自分の可能性にチャレンジ出来る業務をやらす者です。

何かあるはずです。

社員が90点以上取れる科目(業務)が。

そこを見抜かないかんのです。だから、忍耐が要るんです。

だから『出来の思わしくない社員』が、実は経営者であるあなたの忍耐力を鍛えてくれているんだと、

工夫する能力を鍛えてくれているんだと自覚するのが大切と思う訳です。

社員の多くの人は、自分を正当化しようとするものです。

まぁ、社長もそういう人おるけど。

言い訳をしたくなるもんです。

けど、言い訳が浮かんだら、スグその思いを打ち消すんです。そういう訓練をして下さい。

そうしないと、せっかくのあなたの努力が、また振り出しに戻るように宇宙の真理は、

なっているとしか思えません。

もし、天地神明に誓って、自分は言い訳はしていないと言う人に一言、言いますが、

相手が言い訳しよると感じてるなら、それはあなたの表現力が乏し過ぎるんです。

表現力が乏しいから、相手は、あなたが言い訳しよると思ってしまうのです。

残念ですがあなたに、瞬時に素直になる心が欠如してると思うのです。

ちゃんと相手に伝わるよう表現力を磨くと共に、理不尽な事をされても、

決して言い訳しない!心を備えて下さい。

言い訳して『事が上手く行く』んなら、したらええけど、上手く行かんでしょ。

自分の幅が拡がりますから。自分の努力が報われますから。

言い訳する社員がいるのは、しょうがないのです。

自分が産んだ子供(社員)なんやから、何百回同じこと言うてでも育てないかんと自覚する。

そういう体質になることが、人間の幅を拡げると思うのです。

目に見えない縁が深ければ、必ず努力してくれると信じて、やらないかんのです。

信じることは忍耐が要ることなんです。

逆に縁の薄い人は、自分から理由付けて去ってくれますよ。ほんまに。

お互いが真剣勝負なんですよ、世の中。

だから『繰り返し言う勇氣を持て』と先達は教えています。

歴史上の哲人と言われている人は、そう言うとるんですよ皆さん。

そこのいつも同じことを言われている人に一言。

相手から見て、出来ていたら、言わないものです。

言われてるということは、出来てないんです。
 
子供じゃないんだから、言われるような不安感を与えない立ち居振る舞いを心掛けて下さい。

それが自分を磨くということです。

人生は『限られた時間』をどう行動するか、ということで決まる。
 
じっくり、ように読んでね。
 
 色んな人を長年観て来て、その人の『運』は、
やっぱり、その人自身の『意識』と『行動』に決定づけられているとしか言い表わし様がないのです。
特に『意識』やなぁ。
 
どんな人にも言えるのは、『何の為に、自分はココにいるのか。ココで働いているのか。』を意識し、
自問自答していない人は、、、、
 
気の毒ながら、自分の周囲(身内や顧客や友人等)の人達に、
自分(あなた)の『時間』を無意識に奪われてしまうようになっている人が多いように思えてならない。
で、本人には気の毒だけど、その根本原因が実はそういう事に関心を持たない、そういう事へ自分の自問自答をしない意識と行動から来ているということに、思いもよらない、気付かないんですね。
ほんまに。
 
だから、ほんまに皆さんに伝えたいのは『何の為に、ココにいるのか。』先ずは職場や!専業主婦なら家事や。そういうことを、日に一度くらいは自問自答せな(毎日一度でええから)、
あなたの『運』を邪魔されるようなシチュエーションが起こるよ。ということ。
 
人間誰しも、自分の人生を充実させたいと思ってるのに、ブツブツ言わないかん事が多いのは、
自らの人生を自問自答しない。
 
何事も確認(後始末や人との対応や仕事など)しない。
 
そういう事に意識が行かない。
 
目先の軽い事にしか想いが行かないからやとしか思えません。
 
コツは、何の為に、自分はココにいるのか。を考える、自問自答する習慣を持つことが『開運の扉』のカギを手に入れることになるんだとしか思えないんですね。
 
何故なら、あなたの知ってる人で、内面が充実してるなぁと感じ取れる人を観察するというか、
取材するというか、そういう観点で想像してみたら、何となく理解出来る、腑に落ちると思いますよ。
 
いつも口酸っぱく言うている『確認する』習慣が無意識に身に付くと、
『瞬時に察知する』能力が実は身に付く訓練になっているんです。
 
また、
仕事人(仕事してる人)特に経営者は『いい人脈づくり』と『自己成長の為の勉強』は欠かしてはならないものと思うのです。
(一般社員やパート社員の人達も同じです。人生ですから。仕事と思うな!人生と思え!です。仕事と思うから、せえへんのとちゃう?自分の人生やとホンマに思うたら、するけどなぁ。人脈づくりと勉強を。)
 
人脈、人脈と軽く言う人が多いように感じるが、人脈とはどういう状態を言うのかを自分が分かってなければ、人脈のつくりようがないんです。
 
人脈とは『信頼関係の構築された知人』とワシは定義してます。
 
信頼関係が結べてないなら、それは単なる『知り合い』です。
 
なかなかめんどいでぇ。
信頼関係を結ぶというのは。
銭貸して、返って来んかっても、その人なら差し上げてもええわ。って思えるっちゅうことと一緒やわな。
いい人脈(人間性と仕事面の強みの両面)を持っている人に出会う為にも、
自ら感性を磨きながら動き回らなければ、築きようがない。結びようがないんです。
 
いい人脈が出来ると自分の心が救われますから。
 
いい人脈を持っている人に出会ったなら、自分の志に立脚した本音で本氣の姿勢しか、
相手には響かないと思う訳です。
 
※志というのは簡単に言うと『心の向かう所』です。何も高尚なものだけが志ではありません。
自分がどういう人生を歩みたいかという考えとも言えます。それを話なさい。と言っているのです。
 
 
人生は『出逢い』と『可能性』。
 
自分の『志』が乏しければ、あなたの本音は単なる『わがまま』にしかならない。
この意味解りますか?
 
相手がどういう人物であろうと、いい人脈を結びたいなら、まず自分の志を立てること。
 
そして、その志に立脚した本音で本氣で向かい合うしか、いい人脈というのは結べないのではないかと思う訳です。
 
そのいい人脈が自分の将来を切り開いてゆくのだと思うのです。
 
そういう信頼関係は、ちょっとした事を無視しない習慣から生まれて来るように思うのです。
 
あなたは、無視なんかしてない、と思ってるかも知れませんが、ついつい、瞬時瞬時の自分の気持ちの赴くまま、相手からの好意ある行為に、真摯に向き合ってない意識と行動をしてしまっている自分がいませんか!?
 
人間は無視された時に腹が立つもんです。
 
めんどくさがらず(もう、めんどくさいと感じてる時点で誠意は欠けてるわね)誠実に向き合いましょう。
全部に向き合えとは言うてません。
 
あなたを大事に想ってくれている人達には、瞬時瞬時に誠実に向き合わないかんのじゃないかと言うとる訳です。
 
急いでいる時ほど、丁寧な心で。ね。
 
 

今週は『学ぶ』ということの香川湧慈の解釈をメッセージします。
学ぶとは真似ぶが語源らしい。
真似(まね)ぶとは真似る事。

では何を真似るのか、
それは、神が先人に与えし智慧(ちえ)を真似る事だと思うんです。

何故、何百年も何千年も前に生きていた人物の考えや、生き様が後世である現在に残っているのか。
そういう観点で考えたことはありませんか?皆さん。

日本は日本の神々が後世の自分達に有意義な人生を歩んでほしいという願いがあって、

先人達に智慧を与え、その人達の考えや、生き様を残してくれているんだと思えてなりません。

考えるとは神還(かみかえ)ること。(かんがえる→かみかえる)
つまり、問題事が生じてるなら、良心に照らして考えて考えて考え抜くんです。

あなたの心の我欲を、ちょっと横に置いて、考え抜いてみて。
神の御心に心を合わせる者にヒントを与えてくれるんだと思うのです。
そう思いませんか?

その人の幸福(真理)にとっての『ヒント』を神が与えてくれるんだと、思うのです。

ただ神々は、人間の個人的な問題には関心はないんだと思うのです。
(それは人間自身が考え行動したらええことやから)
一言で表すと『国家安泰』を望んでいるんだと思うのです。
だから、
国家安泰というと難しく感じる人もいるだろうから、まぁ、世の中がより良くなってゆくことの為に、

自分に与えられた仕事を全うする者に、神は智慧を授けるものだと思うのです。

そういう観点が実は自分の人生を有意義に導いてくれるんだと思うのです。

先人が国家安泰の為に何を学び、何を考え、何を為して来たのかを自ら真似、
神還(かみかえ)り、実践し、初めて学ぶと言えるんだと思うのです。
究極を言えば。

先人達はそれぞれの時代に何を残して来たか。そして今、私は何を残そうとするのか。

今あなたが直面している問題事を先人の智慧を学んでいると、解決のヒントが浮かんで来ると思うのです。
様々な起こる出来事に臨機応変に行動する力を養うにはどうすればいいか、ということを考えるべき。

それぞれに与えられし仕事は、大黒柱の者もあれば、瓦一枚の者もある。

しかし、その仕事に大小は無い。瓦一枚無いだけで、国家という家は雨漏りがして家として成り立たないのである。

会社も同じ。

目的を共有した役割分担で成り立っているのです。

全てが大事な存在なんです。

目的を共有していないと、役割分担にはなりません。

目的を共有していなことを『バラバラ』と言うんです。

だから、全員が社長の志=経営理念=全社員の将来像(いいですか!経営理念は全社員の将来像のことだとワシは思うとります。)に共感し、一人一人に与えられた職責を誠心誠意果たすこと。

この『現在進行形』が、  しあわせ(仕合わせ=幸福)な状態と思うのです。

ただ単に職責を果たすのでなく、誠心誠意果たさないと意味を成しません。

自分の人生を、自分の所属する組織(家庭・会社・団体等)を、しあわせな状態で居続ける為に、神が与えし先人の智慧に『学ぶ』ことをしてほしいと願うばかりです。

そういう事が、愉しく納得行く、深い人生を歩めるコツだとワシは思うとります。

何故、毎週毎週メッセージを発信するのかを一言で表すと、気付きのキッカケを与えたいだけなんです。

『希望に溢れた丁寧な生活』をしてほしい為に。