営業マンの多くがゴルフや飲み会でする話しは、女性の話しとか、趣味の話しが多いように思う。
 
自分は、そういう話しはあんまりしない。
 
どちらかと言うと、政治、経済、歴史、生き方の話しを好んでしている。
 
それは、お互いが尊敬出来るようにもなるし、愉快だから。
 
知的会話は、実に愉しい。
低いレベルの会話をすれば、その時は単純に楽しいが、その楽しさは、いつまでも続かない。
 
ややもすると、お互い相手の軽蔑につながりやすくなる可能性があるから、
皆さんも会話の内容を省みる習慣をつけるといいと思うのです。
 
特にペチャクチャ、ワイドショー的な話ばっかりしてる人は、要注意です。
いかん事はないけど、一日の自分の会話を振り返ってみると何か感じるから。
 
会社に来てるだけで給料がもらえる。的な考えがちょっとでもあると、会社全体の運気を下げることになります。その犯人に絶対にならないように。
 
あなたは、会社で正味何時間「仕事」していますか?
 
ように振り返ってみて。
 
掃除や朝礼や昼休みを除くと、わずかな時間やと思います。そのわずかな時間、
ちゃんと仕事している自分が居るかをチェックすることです。
 
給料もらいよるんですよ。
ムダ話をしていないか?
人は、ちゃんと仕事せな、給料まともにもらったらいけません。と神さんが言うとります。
 
だから「勤務時間(勤勉に務める時間)」と言うんです。
 
ええですか!勤勉に務めていないと会社の運気を、あなたが下げとるんです。
運気を下げる行為を、人に迷惑掛ける。と言うのです。
 
迷惑掛けていませんか?
 
勤勉さはありますか?
 
務め上げていますか?
 
だから「勤務」時間なんです。
 
また経営者は、常に創造的システムの開発をしないと、会社は陳腐化するから、
日頃の何気ない会話が案外影響するもんです。
 
「質の高い会話」が「質の高い生活」を作り「質の高い仕事」を作るとしか思えません。
 
あと、最近つとに感じてしまうのは、実力を付けて、いい会社、いい経営者として世間から評価されている会社がありますが、たまに、新聞広告で自社が高い広告料(日経新聞とか)を払って自社のDVDなんかや、研修会社でないのに、有料研修します。的な宣伝している広告を見ると、
何かいい感じがしないのです。
 
他人が宣伝してくれるなら、いいんですが、自分で自社のやり方をDVDとか研修とかで金にしている光景が、何か残念に感じるのです。
 
本業で一応成功というものを実現してるんだったら、本業で更なる儲けを目指せばいいのに、
何で、本業以外のDVDや研修をして銭儲けに走るのか。
 
世間へのお返しと言うんなら、銭取らん方が納得出来るのにねぇ。
 
本業で更なる儲けをやりつつ、自分の体験は無報酬で縁ある人にだけ、してあげたらええのと違うんかなぁ。
 
ひょっとしたら本業の成功は一時的な数年間のもので、陰りが見えて来たから、過去の実例を元に、本業以外の銭儲けに走ってるように感じてしまいます。
 
また、哲学の乏しい、迷える経営者が、銭も少ないのに、高い銭払って、買っているんですね。そういうのを。
 
他社の「成功に見えてしまうもの」より、もっと身近な所に、成功、充実、変革の種があるのになぁ、、、
 
まるで、自分の家の掃除はせえへんのに、人目に目立つボランティアの公園掃除とか学校のトイレ掃除とか、せっせと、やってる人みたいやわぁ。
 
それとか、しあわせな家庭作りに、この本を、こういう勉強を、と自分の家庭を放ったからして頑張ってる人みたいやわぁ。
 
まさに本末転倒。
 
皆さんはそうならんといとやぁ。
 
 
結論から言うと、
会社の姿勢が社員の「徳」を生かすか殺すかを握っている。
せっかく備わっている徳を売上至上主義や人間性軽視の環境が邪魔して、
生かすということにつながっていない会社は、残念に思うのです。
 
人間関係に於いて、
「上に感謝。下に願い。」
この考え方が大切と思うのです。
 
自分より上の立場の人に、感謝出来る自分が居るか。相手がどういう人であっても、
感謝出来るものを見出だせているか。ココが難しいけど大事なんやなぁ。
 
そして尚且つ自分より立場が下の人に、成長してほしいという願いの心で接している自分が居るか。
 
人間の成長というのは仕事での成長が90数%占めると思うのです。
 
例えば、仕事でイレギュラーな事が起こった時の対処。
 
自分が、その解決策を考えてから後「こういうような対応をしようと思うのですが、
社長はどう思われますか?」というような、言われなくても、自分なりに考えてから、
周囲に聞く。という姿勢が、成長に大きく影響すると思うのです。
 
そういう社員や部下や後輩であってほしいという願いなんです。
「下に願い」とは。
 
まず自分で対策を考えてから「私はこうしようと思いますが、いかがしましょうか?」なんです。
 
自分が対策も考えずに他人に頼ってはいかんのです。それでは「モノ」に成らんのです。
 
仕事で哲学(人生観・社会観・価値基準)を現わそうと、研鑽(学びと努力)を重ねことが道だと思うのです。
 
誠とは本来あなたに備わっている徳を引き出すことなんです。
だから、誠は他者からの力に頼らずに、自らが修めて行くものなんです。
 
また、採用に困っている友人経営者が多いのを感じる最近ですが、適材適所に人を配置する考え方として、往々にして、要望する「適所」に見合う人を採用し勝ちですが、いつまでもそういう方法に頼っていては成長にはならんのです。
 
西洋的「適材適所」は、適材を採用して、それぞれに見合う適所に配置し、調和を図ろうとしますが、日本的奥義は、今存在する社員を教育し、その社員の生まれもって備わってる徳を引き出すことで、その人の特性を見出だし、適所に配置することが、適材適所になるのです。
 
自分の子供なら、出来が悪くても、取っ替えることは出来ません。そうでしょう。
うちの子出来が悪いから、あそこの子と取っ替える。なんて事、出来んのやから。
 
社員も同じと、思わないと、教育は出来ないと思うのです。
 
やはり経営者は、そこに命を注がな、いかんと思うのです。
 
そこに根を張らないと、
いかんと思うのです。
 
根を張るから字の如く
「根張り=ねばり=粘り」が出るんだと思うのです。
 
如何に、朝礼で理念や方針を唱和しても「社風」は生まれないと思うのです。
 
社員一人一人の自覚の深さを掘り起こさない限り、
社風には成らない。
 
理念や方針の理解を深めるには、社長自らが理念や方針のような生き方を実践し、
どうしたら実践出来るのかを社員達に見せることから、社風作りが始まるのです。
 
そうしない限り、日本的奥義の適材適所(生まれ持って備わってる徳を引き出すことで適性を知る)にはならないと思うのです。
 
難しいけど、これが本筋やと思うのです。
 
気付いたら「スグする!」  
いかんと思うたら「スグ止める!」
 
スグして上手く行かんかったら、結果スグ出るんやから二度と同じ過ち犯さんかったらええのよ。
 
異なる失敗は、新たな発見につながるんやから。
 
常に可能性への挑戦せな、生きてる意味ないですよ。
 
まず、この二つから実践したら「コツ」が掴めて来るんやから、してなぁ。
頼むぜよ!
ライバルは自分です。
 
 
ライバル会社が自分の会社を潰すんじゃないんです。
 
個人で言うなら、
誰かが、自分の目標や目的を潰すんじゃないんです。
 
「自分が自分の会社を潰してしまうのです。」
 
「自分が自分の目標や目的を失うんです。」
 
 
人生の「大事」と「小事」を決めることが大切。
 
香川湧慈の「大事」は「仕事」と「哲学を深める勉強」と「日々の体調コンディションの維持」この三点。
 
この三点だけは、人生の目的である理念の実現の為に必要だから妥協しない。
 
 
それが自分の大切な人達を守れる唯一の道であり、
自分を生かす道だから。
 
 
他はバカにされても、笑われても、そんなのは人生の「小事」であるから、負けてもOK。
譲ってもいい。
 
 
人生の「大事」でない事は、別にどっちでもええのです。でも、この三つだけは、妥協出来ない。
 
 
迎合しない生き方をハッキリ歩んでいるので、
共感しない人や反発する人(いわゆる知らない敵)が出来ても仕方ないんです。
 
 
でも、迎合しない生き方をしていると必ず「味方」が出来るんです。
 
敵がいれば必ず味方もいるんです。
 
でも全部が味方というのはないんです。
 
 
ところが愚かな人達は、皆が味方でないと安心出来ないんですね。
 
 
即(すなわ)ち、それは実は誰も味方ではないということなんです。
そういうことが、中々解らないんです。そういう愚かな人達は。
 
 
皆さんは自分の人生の大事と小事を決めていますか?
 
決めた方が、スッキリ歩めますよ。エネルギーが湧いて来ますよ。
真の味方が出来ますよ。
 
 
人生の「大事」を決めたとしましょう。
 
その「大事」は、
ほんまに大事なんか?を掘り下げてみる心の習慣を持つといいと思います。
 
どんな生き方をしたいのかが、確立されていれば自ずと「大事」は決まりますから。
香川湧慈の「大事」三点の理由は、
 
1.一生を懸けて惜しくない仕事を持って歩んでいることが男の幸福(しあわせ)。
 
2.縁ある人に勇氣と感動を与え続ける人生を歩むのが目的なので、哲学を深める勉強は、お腹空いたらメシが食べたくなるように、勉強したくなるのです。
 
3.常にベストなコンディションで臨むことが相手に対する礼儀だと思っているのと、コンディション良い方が一所懸命事に当たれるから、仕事のうちなんです。
信用は出来ても、信頼まで行かない。人が多い。
 
あの人は、人間として信用出来るんだけど、仕事能力がイマイチだから、仕事は頼めないよなぁ。
と感じる人が多いんです。
こういうのを「信頼出来ない」というのです。
 
皆さんは、自分を振り返ってどうですか?
 
プロは自分の仕事に於いては、群を抜いている。けど他事は出来ない。という人のことを言います。
 
何でも無難に出来てしまう。という人は、本当はプロじゃないんです。
 
「そこそこ」程度止まりなんです。
 
「一芸に秀でる」でなければ、本当はプロじゃないんです。
 
あなたは、他の誰かより、一芸に秀でるものを備えていますか?
 
主婦は主婦のプロを目指さないかんのよ。
 
勤め人(いわゆるサラリーマンの人達)は社員のプロを目指さないかんのよ。
 
社長は社長のプロを目指さないかんのです。
 
自分の「仕事」のプロにならない限り、私生活は充実しません!ハッキリ断言出来ます。
 
心も経済も「ゆとり」を持ちたいなら、人並み以上の自分の責任に対する情熱と努力を続けない限り「ゆとり」は生まれないでしょう。
 
プロには休息はありません。しかし、ゆとりは充分にあるんです。
 
休息がないというのは四六時中自分の仕事(やるべき事)のことに精魂を傾けている。ということです。
 
この自分の仕事に対する、真摯な努力が自ずと自信につながって来ます。
 
この自信から心にゆとりが出来て来るのです。
 
今、バタバタしてるあなた。不都合な出来事が次々と起こるあなた。
 
深層心理の原因を作ってしまっているのは、あなたの自分の責任を仕事を真摯に努力していないことから生じて来ているんだと思って下さい。
 
あなたをこの世に産み出した魂の親と言うべき何者かが、あなたに「反省心」を自覚させる為に、
あなたの性根に一番響く方法で(むごいようですが)与えて来るんだと思えるのです。
 
人間は「反省」「感謝」を心底からした時、違う新たな道が拓けて来るとしか思えません。
 
思い当たるあなた!
 
そうなんです。
 
顔晴(がんば)りましょう。