商売の神様は、綺麗な所に宿る。と昔から言われている。
 
そして、素直で感謝と反省をする人を好むようです。(今週、天界から電話が掛かって来て、
そう言うとりましたから、間違いないと思います。(笑))
 
 
世の社長と言われる人達は、成長する為の勉強が好きな人と、勉強をめんどくさがる人がいます。
 
 
無闇に勉強したからと言って、成長するとは限らないと思うのですが、知的理解をしないと、
応用力は身に付かないし、これもまた成長には至らないと思うのです。
 
要は、自分の問題点は何か。を把握してから勉強せんと、身に付かんと思うのです。
 
日々の仕事も同じ。
 
「要は、何が原因なのか。」が瞬時に浮かぶ思考回路を身に付けていないと、
ついついダラダラ、ズルズルの業務に陥り兼ねないのです。
 
緊急なトラブル事は、対処が先。
 
原因究明は、後でじっくり考えたらええのです。
 
緊急でないのなら、原因究明が先。
 
何でか?それは原因が不明のまま業務を進めても、
無駄が生じるし、そういうのを「仕事」とは言えないと思うのです。
 
要は、社内での「仕組み」を基本方針に則って作りあげることが先です。
 
だいたい、日々の仕事に、経営基本方針が反映されていないから、成長に至らないんです。
 
全社員が自分の仕事ぶりが経営基本方針に沿っているのかを自己チェックするんです。
 
自分で自分を自己チェックするんです。
 
それが大事だと思うのです。
私生活も同じです。
 
仕事の原点は、経営基本方針に照らし合わす習慣を身に付けているか、どうかなんです。
 
ちなみに、うちの経営基本方針は
 
「シンプルに、独自性を生み出し、深みが感じられるように。」です。
 
自分の日々の仕事ぶりが、シンプルになっているだろうか?
 
独自性があるだろうか?
 
周囲が見た時、深みを感じてもらっているだろうか?
を自己チェックする習慣を身に付けているか、なんです。
 
そこに成長の原点が潜んでいるんですね。
 
帳簿記入、パソコン入力、電話応対、伝票処理、内での情報共有、等など。
 
まぁ、経営の基本方針すらない会社は、何の研修や勉強をいくらしてでも、
成長には至らないと思えてなりません。
 
 
成長した気になってるだけやなぁ。
 
自分の問題点は何か。の握が存在してこそ、経営の基本方針が存在してこそ、
そして、素直で感謝と反省をする習慣が存在してこそ、様々な勉強が自分のモノになるんだと思うのです。
そして、これもコツなんです。
 
毎日、同じテンションで、挨拶や朝礼やトラブルに対しての対応や心構えを「ブレない歩み」で居続けられているか。ということがコツなんです。
 
これが人生の「基本」なんです!!
 
基本をちゃんと出来てるか、自己チェックや!コツは。
他人(ひと)に相談事をする人に、注意点として一言申します。
 
相談事をした時に、相手から自分の考えと全く違う意見を言われることは、よくある事です。
 
その時、その相談した人の反対意見をつぶやいてはいけません!
 
「そんなん言うたって、事情知らんくせにぃ~」というような。
 
そう思うんなら、相談や、せんでええのに。と感じます。
事情を知らないから、ピュアな人の意見が聞けるのです。先入観が無いから。
 
また、相談しに来て、解決に至るであろう考え方をアドバイスしたら「そんなん絶対にないわ!」って逆にキレる人がおるのは、どういうこっちゃ。
 
相談された人はたまったもんじゃないわなぁ。
 
こういう思考回路を持つんです。
自分の感情を一旦横に置いて。
「もし、あなたが相談している対象者が、今相談している人の言うような考えだったら?」
と。
 
「そんなはずない。あんた知らんからや。」とあなたは思っていても、
一旦「そうだとしたら。」と自分の考えを深める参考意見と受け入れてみるんです。
 
受け入れられないんなら、他人に相談はしないことです。相談された人が甲斐がありません。
 
相談事って、そういう意味が存在するんです。
 
およそ軸の確りした人というのは、あまり相談事をしない人が多いように思うのです。
 
自分の中で取捨選択を誤らないように軸を持っているからだと思います。
 
自分は何を以て、いい影響を与えるのか?!
 
何を以て、日本人らしく生きるのか?!
 
何を以て、立つのか?!
 
何を守り抜くのか?!
 
を誤らないで取捨選択することが大事。
 
だから、自分の軸がブレないから、相談事をするに至らないのだと思うのです。
 
商売で言うなら、
 
相手に勝たない。
 
そして負けないところに、コツがあるように思うのです。
 
個人的なことも同じです。

なぜ、そう思うか?それは
 
己れの弱さを知り、世の中には理屈を越えたものがあるということを知っているからです。
 
勝ち続けると、逆恨みを買いかねません。
 
名将は、こう言うてます。

「十分(じゅうぶ)の勝利を以て、下とし、七分(しちぶ)の勝利を以て中とし、

五分(ごぶ)の勝利を以て、上とする。」と。
 
これを身に付ける香川湧慈流の日頃の習慣は、この二つなんです。
 
 
1.ミーハーにならないこと。
 
軽い人間に陥らないよう、自分の思考と言動を、自己チェックすることが、とても大事なんです。
 
相談されてもないのに、
他人のプライベートなことに興味を持ってはいかんのです。
 
世の女の人に、こういうのが多い傾向がありますね。
(要注意です。そのツケが身近などこかに出ますよ、ホンマに。)
 
(自分がどう生きるのか、に興味を持ったらどうなん?と言いたいのです。)
 
また、相談されて初めて、自分の意見を親身になって話すんです。
 
また、他人の相談に乗れる哲学を日頃から深めていることが、ミーハーに陥らない秘訣と思うのです。
 
2.同じウッカリミスを繰り返さないこと。
 
こういう人は、些細な事を軽視してるんですよ。
 
キチンと確認する。ことが性根に入ってないんですね。

自分の仕事(特に文字や数字)の些細な事に、緻密になることが実は大事なんです。
 
そう言うても「それくらい、ええやん。一々、細かいこと言わんでも。」と思っているあなた!
 
こう考えて下さい。
 
あなたが、他人の命に関わる処方箋(お薬の調合)を毎回やってるんだと。
 
まぁ、こんなもんでええわ。では済まされないでしょう?
 
毎日の業務というのは、

そういうものだ。と自覚して緻密に丁寧に正確に、やって下さい。
 
あなたの個人的な私生活は、まぁ、こんなもんでええわ。でもええのです。
 
人間は百点は無いのやから。

でも業務は、いつも完璧を留意する心の姿勢、性根が大切と思うのです。
 
たったこの二点だけ意識して徹底して身に付けて(習慣化して)みて下さい。
 
他人から相談事を受けた時に、頼り甲斐のある自分になれるから。
 
会社間でも個人の間でも、問題事を解決しようと色々と策を練っている人達が多いと思うのですが「和解」と「妥協」の違いを皆さんは、分かっているでしょうか?
 
「和解」とは、一本筋が通っていることを言います。
 
共通の目標や共通の基盤が存在して初めて、和解と言うのです。
 
「妥協」というのは、お互いが「まぁまぁ」というような痛み分けをすることを言います。
 
この「和解」と「妥協」の区別すら、分からない人が多過ぎやしないだろうか?
 
一生涯の勉強として、根本的な問題を振り返って学び合うことが大切。
 
自分の器が小さくて、大きく育つ道理はありません。
器つまり「何が価値なのか」「何が幸福なのか」というような価値基準の確立。
 
自分の人生観の確立なくして、どうして部下を持つ資格がありましょうか!
 
部下を持つことが許されましょうか!
 
世の親も同じです。
 
子供を産んだから親に成れるのではなく、このような価値基準の確立、人生観の確立が伴って初めて、親と成るのです。
 
多くの人が様々な方法で「学び」をしていますが、学んだ事を実践していないと学んだことにはならないんです。
 
特に生活の基本となる仕事で、学んだことを実践することで、学びというのは身に付くものなのです。
 
あなたが自分の立場で、
どうすれば、周囲(部下や子供や上司や同僚)に何を以て良い影響を与えられるのかを考える習慣を持ってほしいのです。
 
自分の立っている位置に於いて、何が出来るのかを考えることが「幸福(しあわせ)」と言うものだと思うのです。
 
先週のメッセージは、ブレない軸のことを言いました。
 
では人生の軸を作る基は何か。
 
それは「責任感」なんです。
自分の仕事(公も私も)に対する責任感が強ければ、自ずと軸は出来て来ます。
 
この「責任感」は、周囲を愛する気持ちから生まれて来るんです。
 
責任感の基は、愛情です。
会社を愛する気持ち。
 
社員を愛する気持ち。
 
仲間を愛する気持ち。
 
家族を愛する気持ち。
 
大きくは国を愛する気持ち。
 
愛する気持ちが強ければ、責任感は湧いて来ます。
 
その責任感から、
よし!やるぞ!という
「決意」が生まれます。
 
その「決意」が、様々な問題解決の方法や工夫を生み出すのです。
 
あらゆる問題解決の工夫を生み、方法を生む。
 
それがまた自分の軸に自信が付き強くしてゆくのです。
 
人生、この繰り返しを営むから充実感がみなぎるんです。
 
だから、学んだことを実生活で実践せんかい!と言いたいのです。
 
実践出来んのは、あなたの愛情が薄いからじゃないでしょうか?
 
愛情→責任感→決意→工夫・方法→解決→自信→軸強化→更なる使命感(愛情)のスパイラルなんだと思うのです。
「ブレない生き方」を多くの人がしたいと願っているだろうと思う。
 
しかし、ブレブレの人生になっているなぁ、と感じてる人達へ。
 
結論を言います。
 
自分の理想の美学を持って、その美学に従う生き方をしたらええだけのことです。
 
自分の理想像も考えたことすら無いから、他人に振り回されるんです。
 
理想像を描きたくても描かれない人は、歴史上の人物の生き方を学んだらええのです。
 
こんな生き方したい!
 
こういう生き方なら本望!
という理想の美学を持ちませんか!
 
賢者は歴史に学び、
愚者は経験に学ぶ。と昔から言われていることすら、知らん人が、ようけおるんじゃないだろうか?
 
自分の経験なんて大したことないし、狭過ぎるんです。
 
理想の美学を、もっと分かりやすく言うと、
 
日々、小さい些細なことから自分にとって大きいことを自分で決断して毎日生きてるはず。
 
朝、今日はどの服を来て行こうか、という些細な決断や、対人関係での対処の仕方の決断など。
 
自分にとって、どっちが得か?ではなく、
どっちが「カッコイイ」か。で決めて人生を歩むということです。
 
全ての選択を、自分の生き方として、どっちがカッコイイ生き方かで選んで歩んでみてはどうでしょうか。
歴史上の人物の生き方から、自分の理想の美学を見出だすことで、自分の理想像を描くことが出来ますから。
 
私生活も仕事も自分で自分の立ち居振舞いを自己チェックする思考習慣を持ってほしいと願います。
 
そういう思考習慣を持つことが、自分の理想の美学に従って生きるということにつながるんだと思うのです。
 
もっぺん言います。
 
自分の理想の美学に従って生きるのみ!です。
 
そしたら、ブレない生き方が出来ます。
 
このゴールデンウィークに、自分の理想の美学を考える一つのヒントを得る意味で歴史上の人物の生き方を読書してはどうですか?