2014/06/27

続き

我が讃岐が生んだ哲人である弘法大師こと空海の著書に『十住心論』というのがあります。

人間の死後に行く世界のこと。十の心の住む所。

ほとんどの人間が死後は、皆さん行きたくないと思っている『地獄』に行くのです。

空海の言うところによると、あの世は地獄から始まり六つの階層になっている。

一つの階層が約4000年。

六つだから、24000年も過ごすことになるのです。

死んだ時の人格、性格の所に行くのです。

偽善者(大多数が大なり小なり偽善的行為で生活していると思うのです。)で生きて来た人達は、4000年も同じ偽善者達と共にするんですよ。

これこそ、ほんまの地獄やなぁ~。

地獄・餓鬼・修羅・畜生・人間・天と六段階。

地獄で4000年過ごし、餓鬼の世界、修羅の世界、畜生の世界を経て、やっと人間として再び生まれ変わって来る。

これを見てでも如何に人間として生まれて来る確率が極々わずかなものか、、、

なのに、せっかく人間として生まれて来れたにも関わらず、もったいない生き方や、ずさんな生き方をして何とも思わない、反省が無い、感謝が無い、偽善者の人生を過ごす人が多いことか、、、

せめて、わずか八十年、百年の人生を大切に大事に生きないのか?

自分の物質的損得を重きに考えて浅はかな行動をしてしまうのか?

そんな自分のクセを、どこかで浄化せんかったら、
例え百年の寿命を終えようとも、その後、何千年、何万年も、自分の物質的損得しか考えない、そういう行動しかしない人達と共に過ごすことになってしまうのに、、、

銭の亡者(金額の問題ではないんです)になったら、その後、そんな人達と、ずっと一緒なんよ。


おぉ~怖!

『当たって砕けろ!』という言葉があるが、本当に砕けてもいい!と覚悟して行動しないと、全力で、ぶち当たれはしないと思うのです。

他人を信じるのも同じ。

信じるなら、トコトン!

という覚悟が、実は道を拓くと感じます。

都合が良ければ信じる。

都合が悪ければ信じない。
こういう人が多過ぎる。

残念です。

信じるに値する判断力を身に付けるように勉強せえ!と言いたいですね。
人生は神と人との合作。
 
成功する者もあれば、
成功しない者もある。
 
その成功も子や孫の食い扶持を集めた成功なら、子や孫は哀れな生活となる。
(自分に子や孫の食い扶持を奪う気がなくとも、我欲で金儲けしていると、そういう事はあるんです。)
 
だから、今の成功は、ひょっとしたら奪っているかも知れないという謙虚さを忘れてはいかんと思うのです。
過去・現在・未来と常につながっているからです。
 
過去の結果としての現在が同時に未来の原因としての現在であるからです。
 
今、自分が行う行為が未来に向かっての種蒔きになるんだから、安易に今の行為を決定することは余りにも自分と他人の人生を蔑(ないがし)ろにすることになります。
 
今の行為の一歩を誤るが故に、生涯の災厄を招く人もあれば、今の行為の一歩が故に、未来に渡る成功への原因、絆となる人もあるのです。
 
神の世界に至ってまでの事を計算に置いた成功でないと真の成功ではない。
 
神の願いをこの現実世界に実現する努力が大事。
 
神の願いを実現しようと純心に努力するから、神が環境を整えてくれるんだと思うのです。
 
まぁ、会社の仕事をするから、給料が出されるもの。
自分勝手な行動をするのに会社が面倒を見てくれるはずはない。
 
会社の願いを実現しようとするから給料が出されるのです。
 
だから、神の願いをこの世に実現しようとするから神が環境を整え、それだけの幸福を与えてくれるのだと思うのです。
 
そういう観点で自分の生活行動を省みることをしてほしいのです。
 
神の願いが何なのか?
 
みんな良心があるんやから、想像してみたらええのです。
 
これだけは言えます。
 
神は、自分だけの要望だけは叶えてくれません。
 
神は「皆の為に」がないと、叶えてくれないと思うのです。
 
まぁ一言で言うと、他人の役に立つ心と行為です。
 
先に自分の金儲けじゃ、
ないんです。
 
自分は、この世に何をしに生まれて来たのか。を自覚しない者には、環境は整えてくれないと思うのです。
 
「自分は、この世に何をしに生まれて来たのか。」を自覚して、その自覚した事の実現に全身全霊懸ける。
自覚だけでは神の応援はないんです。行動が伴わないと。
 
その自覚が深ければ深いほど、神の願いが感じられるのだと思います。
 
つまり、神の願いを、少しはお手伝いする行動が大切なんです。
 
そしたら、神が「おぉ、よう手伝ってくれた。」と、丁度だけ環境を整えてくれるんだと思うのです。
 
余分はくれません!
 
丁度だけくれると思うのです。
 
余分はくれんのかぁ。
 
あぁ厳しいなぁ!
 
まぁ、だから神も人間も、こういう人は、愛情が豊かなんやと思うのです。
 
愛情が豊かだから、真の厳しさで接してくれると思うのです神は。
 
だから、余分はくれんのです。
余分をくれると碌(ろく)な事に使わんから人間は。
 
たまには、ほしいけどね、、、、、(笑)
 
神のご用を手伝うから、
 
自分の思いが叶うのです。
『神のご用を手伝うから、自分の思いが叶うんじゃ。これだけは忘れんようにな。単なる金儲けは何にもならん!のじゃ。何の為の金儲けか、というのが無いと。』
 
と道元禅師が言うとります。
 
自分の我欲の行動では神に「通じない」のです。
 
いくら頑張っても。
 
 
 
 
仕事に於いて元凶(悪くなってゆく根元)は、一言で言うと、コレです。
 
『後回し』です。
 
これに尽きます!
 
皆さん、業務には『一連の作業』というのがあるんです。
 
その会社の経営理念を実現する為の経営基本方針に則った『一連の作業』というものです。
※ちなみに、うち(エモーション)の経営理念(つまり、全社員の幸福の為の生きる目的のことです。思いやり深い生き方を理念と言うのです。)は、
「丸7年×365日-睡眠時間」の年月を掛けて、生み出されました。
 
これを実現する為の「経営基本方針」に於ける業務のことです。
 
この業務は何故?一連作業でなければ、後々不都合な状況が起きるのか?を、
 
全員が心一つにして考えな、いかんのです!
 
自分で分からん人は、小さい会社なら社長に自主的に聴かな、いかんのです。
 
規模のある会社なら、部門長に聴かな、いかんのです。
 
『何故?何故ならば。』を。
 
 
そして分かったんなら、
徹底して継続出来な、いかんのです!
 
こういうところを自分勝手な判断で、重要視せず、
業務を進めては、気付かぬ内に全体の足を引っ張ることになってしまうんです。
 
これが実は本人の悪い因縁を自ら作ってしまうということを、露さら知らないのです。
 
逆にこの『何故?何故ならば。』をいつも考える思考回路を持つことが、実は自分の人生を充実させ、
組織の運命を充実させるコツなんです。
 
 
こういうことが、心底から理解納得出来とる人が少な過ぎると思うのです。
 
だから、自業自得になるんです。
 
『心底から理解納得』出来ていれば「ついうっかり」や「まぁ、ええか」は、出ないんです。
性根に入ってますから。
身に付いて離れてませんから。
 
厳しいようですが、本当なんです。
 
『心底から理解納得』=
『行動出来ている』なんです。
 
皆さん『行いは心』なんです。これは真理やと昔から思って来ました。
 
口でいくら、うまげなこと言うてても、その人の行為を観てれば誰だって分かるもんです。
 
行いは心ですから。
 
業務について『何故?何故ならば。』を考えるというのは、まぁ、シャツの第一ボタンをちゃんと留める。作業なんです。
 
そうしないと、いくら第二ボタンから先を一所懸命やっても、整わないんです。
 
無理、無駄、油断の無い生活態度が、
 
特に仕事には大事で大切なんです。
 
後回しにしてしまうクセのある人達へ。
 
あなたの努力は報われなくなるよ!と言いたいのです。
空回りになっとりゃせんですか?そこの後回しさん。
 
仕事だけの努力を言うとるんじゃないんです。
 
あなたの家庭、個人の人生の努力が報われなくなるんだ!と言うとるのです。
 
何故?「うちの会社は、こういう事を顕微鏡の如く緻密に徹底することを、何べんも何べんも繰り返し訴えるのか?」を全員が考える。
心を向ける。
 
こういう風土のある会社が、充実した人生を歩める土台に成るんです。
 
例えば、うち(エモーション)は、毎日全商品の在庫管理をしています。
毎日です!
 
毎日棚卸しをしてるので、日時決算です。(皆さんの会社は毎日棚卸し、してますか??中小零細企業なら、せないかんでぇ。
めんどくさがっては、いかんで。)
 
商品管理が毎日出来ているのに、それに連動して帳簿や会計入力もキチンと出来ていないとしたら、日時決算にならない。
 
つまり、キチンとしている人達の足を引っ張ることにつながってしまうのです。
チームワーク=連携プレーは、同レベルの思いの高さと、同レベルの能力の高さでないと成り立たないということを皆さんに伝えたいのです。
 
どっちか一方じゃ、連携に成らんのよ。
 
同じレベルの思いの高さと同じレベルの能力の高さ。ですよ。
 
日々の、ちょっとした事に敏感に、なることが大事です。
 
これが『センス』なんです。
 
ちょっとした事を感じ取る能力をセンスと言うのです。
 
皆さん、センス良く仕事しましょう。
 
センスは何もスマートさを言うのではありません。
 
日々の業務の『ちょっとした事』を感じ取る感性を実践してほしいのです。
 
ワシの皆(縁ある人達)に対する願いなんです。
 
 
 
 
借金の多い人へ、ワシの考えです。
 
自分に確りした核となる理念、信念、愛情、志がある人なら、借金は財産になるんです。
 
皆さん、借金は返そうと思うから、気が『しんどく』なるのです。
 
返さなくていいんだぁ~。
金は天下の廻りもの。
 
借金は財産。
 
と思えば、いいのです。
 
寿命を迎える最後に、
ちゃんと帳尻が合うようになっとると思うのです。
 
ただ、それにはたった一つ条件があるんです。
 
その条件とは、あなたが、お金をどう使ったか?
 
ということを天は、ちゃんと見てると思うのです。
 
そして、帳尻を合わせてくれるか?くれないか?を
 
決めるんだと感じるのです。
 
逆を言うと、確りした理念、信念、愛情、志が乏しい人は、借金せん方がええと思うのです。
 
そういう人は、お金を自分の欲望にしか使わないし、そういう傾向が強いと思うからです。
周りが迷惑するしね!
 
借金は財産かぁ~。
 
そう捉えると、何か希望が湧きませんか?
 
貯金も借金も全部、自分が好きに使える『お金』ですよ。
 
近々友人が頭取決済で10億借金するそうなんですが、、、ええなぁ!と感じました。
 
〓〓君あなたなら大丈夫!
志と愛情が確りしてるからです。
 
皆さん!『所有権』というのが、有るか無いか、の違いなんです。
 
『自分の物』と思うところに勘違いが起こるんです。
自分の甲斐性(かいしょう)がある間だけ、所有権という名の『物』があるだけなんです。
 
死んだら、自分の物から離れるのに。なのに何で、
しがみつくんかなぁ?
 
他人に迷惑掛けて(自分は迷惑なんて掛けてないと思ってるかも知れませんが)、銭を稼ぐことを『横取り』と言うのを知ってますか?
 
大体(だいたい)の人は、
自分本位が強過ぎるから、知らず知らずに他人に迷惑掛けとるんです。
 
大量生産(出店)することが果たして、みんなの幸福につながるのか?ワシは疑問を昔から持ってるんです。
 
大量生産→大量消費→大量廃棄につながり兼ねない。
大量出店→大量雇用(愛情の無い)→大量解雇と同じ。
もっと工夫に工夫を重ねて、適度な量で適度な人に、適度な稼ぎを。が世の中、ええのと違うかなぁ、、、
民主主義は経済至上を生み、金力社会を作ってしまう。
共産主義は権力社会を作ってしまう。
 
金力社会も権力社会も幸福の反対である。
 
自由と平等が矛盾無く一致する社会が幸福社会。
 
正に日本的家族主義社会。本来家族に損得なんて有りません。権利と義務も本来の家族には有りません。
 
有るのは、責任と感恩。
愛情と希望。自立と自律を支援する思いやりです。
 
多くの人に、こういう考えを自分で工夫して実践してほしいと願うものです。
 
お金は『横取り』でなく、『縦取り』するものです。
縦つまり上から下=天から、自分が働いて頂くもの。
銭の亡者に陥らないように。
皆さん自分が一段高い境地で、自分の心の奥と行動を見てみて下さい。
 
横取りしとったら、見苦しいだけです。
 
恥ずかしいと思ったら横取りのクセは止めましょう。
例えば、協力業者と呼びながら、下請けにしてる人達を泣かしてませんか?
 
さも正当な理由をこじつけて、無理強いしてませんか?
 
そんな事しとったら、ツケ来るで!
 
ツケは金じゃないかも知れんで。あなたの一番辛い所に、来るで!ほんまに。
 
お金に貴賤はありません。つまり、貴いとか賤(いや)しいは、無いんです。
 
有るのは、因縁なんです。お金には因縁が付いて来るんです。
 
だから、あなたのお金の使い方が良い因縁を呼ぶか?悪い因縁に付きまとわれるか?
 
あなたの使い方次第なんです。
 
まあ、今週は『金は天下の廻りもの。』と昔から言われている意味を、ちょっと想像してみた訳です。
 
最後に、もっぺん言います!
 
お金の使い方が、人生では大切なんです。
 
さぁ、ケチ臭くならずに、自分の縁ある人のために、生かして使いましょう!
 
商売の金は、どんぶり勘定ではいけません。一円までキチンと毎日、ちゃんとせないかんのは当たり前。
 
私的なお金は、ケチるな!と言いたいのです。
 
立志が大事。
 
志を立てるのです。
 
限りのある『世の中のお金』を、自分の欲望だけに使ってしまう人達から、
 
私が生かして使います!と天に誓ってみて下さい。
 
天が、あなたに天下の廻りものであるお金を、廻らしてくれるか?どうか?
 
すべて、お見通しです。
 
んん!と来たあなた!
 
今日から、お金の使い方を考えなはれ。
 
全部!見られとるで!天に。
 
 
「商売」と「経営」は深さが違うものと捉えています。
 
商売は、人・物・金・情報を総合して儲けること。
 
つまり「損益計算書」の内容を良くしてゆくこと。
 
経営は、それらの要素のバランスを良くし、将来の為の再投資をする中で、経営者と社員が充実した人生を歩む為の会社という土台を築き上げる行為のこと。
 
単なる金儲けの商売が余りにも多いように感じる。
 
この繰り返しで、やがて年月だけが過ぎて行く。
 
それでええの??
 
と問いたい。
 
人は皆何かの「立場」「役割」が存在します。
 
単なる金儲けだけで年月を無意に過ごすことは「愚か」としか思えない。
 
自分が自分の立場、役割に相応しい行動をしていないことを日本語の語源では、「愚か」と言うのです。
 
立場に相応しい行動をしていないことを愚かと言います。
人は、皆誰しも「立場・役割」があります。無い人なんて居ないんですよ!
 
例えば、
自分は、親としての立場・役割、子としての立場・役割、主人としての立場・役割、妻としての立場・役割、社長としての立場・役割、社員としての立場・役割幹部としての立場・役割、部下としての立場・役割(等々)を自覚して、それに相応しい行動が出来ているだろうか?
 
と振り返っていますか?ということです。
 
こういう事を自覚していれば、今からあなたがやろうとしている行為を、
 
バカじゃない限り、
 
アホじゃない限り、
 
マヌケじゃない限り、
 
くそボケじゃない限り、
 
「考えるやろ!!」ということを言いたいのです。
 
そういう事を自覚しないことを「愚か」と言うのです。
 
人間なら自分の立場・役割に相応しい言動を一瞬でも、立ち止まって考えるはずなんです。
 
もう一度言います。
 
自分の立場・役割に相応しい行動をしていない人を「愚か者」と言うのです。
 
愚かな人生は嫌やろう?
 
だったら、
 
人生を無意に過ごすのじゃなく、
 
単なる金儲けの道具にするんじゃなく、
 
人生経営をやりましょう。
 
人生は「過ごす」ものでなく「歩む」もの。
 
「歩む」には、
 
自立と自律があり、
 
目的と目標があり、
 
反省と感謝があり、
 
恩というものを感じているものです。
 
最後に、商売してる人達。そこに従事している人達。
 
そろそろ経営に移行しようぜ!!
 
 
「すべてがあなたに、ちょうどいい。」という釈尊(お釈迦様)の言葉があるのですが、
皆さん、あなたの身近な人間関係は「すべてがあなたにちょうどいい」関係だと捉えるところに自身の発見があるんです。

あなたの心境は、お察ししますが、もし、釈尊の言葉が、そうだとしたら?

と一度振り返ってみて。

自分にそういう要素が在るから、身近な相手が、そういう行動を敢えてしているんだと。

何事も、自分の捉え方。

すべてがあなたにちょうどいい。んだと思うのです。

そんなこと無いわ!と思ってるあなた!

ちょうどよく無かったら、そういうシチュエーションは起こらないんだと一旦考えてみる姿勢が自分の心の幅を拡げるのです。

だから、あなた自身がバージョンアップせな、いかんのよ。

腐れ縁も、良好な縁も。

仕事もプライベートも同じなんよな。

真理は。

そしてもう一つ。

「事実と違うことを言う」
ことを「ウソ」と言いますが「ウソも方便」と昔から言われる意味は、こう思うのです。

相手に対して、相手の幸福に近付くものを「方便」と言い、自分の立場を良くしたいから自分勝手につく事実と違うことを「ウソ」と言うと捉えています。

自分勝手な言動を、カッコ悪いと感じないことが問題やと思うのに、ウソの上塗りの人生に陥らない勇氣を持ってほしいのです。

誰だって、事実と違うことを言ってしまいます。

が、その事実と違うことが相手の幸福につながるのか?自分勝手な都合だけなのか?

自分で自分の心に打ち克つしか、自由の天地は拓かないような気がするのです。
常に、縁ある相手の幸福を考え続ける、行動し続けるカッコいい!人間でありましょう。

すべてがあなたにちょうどいい。が原理原則なら。