2014/08/23

「香川湧慈のインスピレーションメッセージ平成26年8月22日」

「誠実さ」とは、深い意味では、こうじゃないかと思うのです。
 
自分が立っている場で自分が今まで学んで来たことを伝えられているか。
 
ということに心を向けている姿勢を誠実と言うのだと。
また、人は理想というのは、中々見えないものですが、でもそこ(理想)に向き合っている姿が誠実な生き方と思うのです。
 
 
皆さん、どうですか?
 
そういう意味で誠実に生きてますか?
 
誰しも今まで生きて来ている以上、何かしらの学びをして来たはず。
 
今、自分が立っている場で今まで学んで来たことを、周囲の人達に伝えようと、
努力している、
 
心を向けている姿勢が誠実な人だと思うのです。
 
伝えないというのは、
 
自分だけが良ければ、それでいいということと同じと思うのです。
 
一人一人が「伝える」という姿勢になった時、世の中が少しずつ良い方向に動くんじゃないかと思うのです。
 
「あなたは何をしますか?」
と、もう一人の自分があなたに問い掛けているでしょうか?
 
あなたは何をしますか?
 
つまり、お前は生涯掛けて何をするんですか!?と、もう一人の自分が問い掛けて来たことはありますか?
と皆さんに問いたいのです。
 
そこに誠実に向き合うことが、とても大事。
 
なぜなら、そうすることで、自分の一生を通しての役割が見えて来ると思うのです。
 
自分が生涯掛けて、
その自覚した自分の役割を果たそうと誠実に行動することが、本当の人生だと感じるのです。
 
 
自分の理想像が中々見えない人が多いんじゃないでしょうか?
 
でも、自分が描く理想像に向き合っている姿が誠実な生き方だと感じるのです。
理想像すら描かないとしたら、
 
「起きて食べて、出して寝て。」の繰り返しで何十年。
 
これを「生きている」と言えるんだろうか?
と、たまに感じてしまうのです。
 
理想像を描いたら、理想を実現する為の具体策を考えることが大事。
 
なぜなら、具体策の無い理想像は躍動しないからなんです。
 
理想像さえ確固たる軸になれば、どんな困難も躍動しながら、乗り越えられると思うのです。
 
つまり、如何なる状況に置かれても、自分次第ということやと思うんだけどなぁ。
それで状況変わらなかっても、また死んだとしても、
それも運命と受け止めたらええのです。
 
お釈迦様の最後の言葉に、
「同じ価値観を持ち、同じ方向を向ける友人を作ることが人生の生きる目的です。」
というのがあります。
 
突き詰めたら、そうやなぁ!と感じるんです。
 
世の中は多様なる価値観が存在しているけど、全員が価値観が合うことなんて有り得ない。
 
わずか数人でええのじゃないでしょうか。
 
生きる価値観が同じく出来る人達と共に仕事が出来、人生を歩めたら。
 
お釈迦さんも、そう言うとることやし、、、