付き合うパートナーに求める資質は、たった一つで良いと思うのです。
 
性格は、人それぞれやから、また性格に百点はありませんから。
 
だから性格に対して、あれもこれも求めるものではないと思うのです。
 
求めるべき、たった一つの資質とは、
 
付き合っていてその人から「精神性が高まり、澄んだ心に成れるか。」
 
これが最も大事なことなんです。
 
他は、ある意味どっちゃでもええのです。
 
付き合っていて、その相手が自分の精神性を高めてくれて、心が澄んでゆく感覚に成れるよう導いてくれる存在かどうかなんです。
 
夫婦関係も、恋人関係も、チームメイトも、上下関係も、友達もです。
 
人を導くというのは、この二点なんです。
 
相手の精神性が高まるように、相手の心の垢が取れて流され、澄んでゆくように立ち居振る舞えることを「導く」ということなんですね。
 
今一度あなたがパートナーだと思っている人を、じっと振り返ってみて下さい。
 
あなたを「導いて」くれてますか?
 
お金があるとか、優しくしてくれるとか、もの分かりがいいとか、ただそれだけでは本当の、本物の付き合いではないんです!
 
あなたの精神性が高まっていること。
 
あなたの心が澄んで行っていること。
 
ここが大事なんだと。
 
愛情がある人は、
厳しく出来るんです。
導くことが出来るんです。
日々の生活態度を生活習慣を、ついついズルズルなりがちな相手を、より精神性を高める導きをしてあげているか。なんです。
 
逆も同じです。
 
あなたが、あなたのパートナーに対して、導いている存在でいるか?ということも振り返ってみてや。
 
パートナーというのを少し広げれば、会社で言うと、社員の立場なら、あなたの社長は「導いて」くれる存在ですか?
 
また社長の立場なら、あなたの社員は「導いて」くれる存在ですか?
 
人間関係って、そういうことだと思うのです。
 
人生お互いが、お互いを導き合う存在を「真の幸福な関係」と言うのです。
 
素直さがあって、常に学ぶ姿勢さえあれば、そういう関係を結べます。
 
だから生涯掛けて、どんな人からも学ぶ姿勢で歩むことが結局、幸福な人生の基礎と成ると思えてならないのです。
 
分かりましたか?皆さん!
 
個人で何らかの商売をしている人や、主婦の人で、
「お金が上手く回らないと感じてる」人へのメッセージ。 
 
そういう人の特長です。
 
あなたに悪気は無いんだけど、悪いクセが抜けていないんです。
 
そのクセとは「どんぶり勘定」のクセなんです。
 
個人商売の人に言いますね、ひょっとして売上金をそのまま自分の財布に入れていませんか?
 
ちゃんと帳簿を付けていますか?
「仕事の件数が少ないから」」「頭で覚えているから」と勝手な言い訳をしてませんか?
 
ほんとは「めんどくさがり」なくせに。
 
めんどくさがって良い事とめんどくさがってはいかん事の区別が分かってないんですね。
 
主婦の人で例えると、
一ヶ月の食費を自分の財布に入れてませんか?
 
「食費や他の生活費」と自分のお小遣いはキチンと別の専用財布に分けるか、袋に入れて区別して使うことが実はポイントなんです。
 
一般経営者なら当然に自然体でやってる事なんですね。
 
後こういうのね。個人商売の人に、お客さんの売上があったその日に、
その材料の原価または仕入する商品代をその時に別封筒に入れて除けておくこと。
 
そして、原価を差し引いたお金を売上袋とか別財布に入れることを、せないかんのです。
 
一ヶ月経って、売上袋の中から、あなたが決めた自分の生活費(給料)を初めて、自分の財布に入れるようにして下さい。
(自分の財布のお金は何に使おうがとやかく言いませんから)
 
材料費や仕入商品代を除けていると、
次回の仕入れ代金の心配せんでええのです。
(それをせんから、次の仕入れせないかん時に、困るってるんですよ。個人商売なんやから出来るはず。)
 
主婦の人は、一ヶ月経って「食費や他の生活費」の財布にお金が残っていれば、
それがあなたのお小遣いのプラスアルファなんです。
 
会社では、そういうことを資金繰りと言い、当たり前にやってることを、個人商売や家計に当てはめるのです。
 
どんぶり勘定は、何の学習にも、成長にも成りません。
自分の財布と家計の財布をキッチリ分けた生活態度、生活習慣が、精神的「楽」を創ります!
 
別に一々、何を買ったかを会社のように帳簿に付けよ。とは言うてません!
 
お金を別に分けて使いなさいと言うとるのです。
 
ほんまに多いんですよ。
売上金を自分の財布に入れてしまい、個人と言えども公私の区別が出来ていない人が。
 
で、いっつも「あれっ?あれっ?」って困って精神的イライラしてる人。
 
自分のその無意識の悪習慣が、自分をイライラさせてることに気付いていないんですね。
 
「別に分けて使う」という事始めてみませんか!
 
あなたの「運気」を上げるために。
 
こういうことが自然体になれば、それを「習慣」と言うんです。
 
習慣化するまで、ちょっと訓練してみてほしいのです。お金掛からないんやから。
「心の丁寧さ」を身に付けるのは中々難しい。
 
心の丁寧さを身に付ける身近な訓練として文字を読む。という心の訓練があります。
 
メールとか或いは何か文章を読む時、読んでるんじゃなくて眺めてるようじゃ、丁寧な心は中々身に付きません。
 
あなたの、そういうちょっとした行為に、無意識に出てるんですよ。
 
一字一字を、ちゃんと見る習慣が実は、全ての物事を丁寧にこなす能力が身に付くのに、、、そういう感覚を持てない、気付いてもいない、そこのあなた!
要注意ですぞ。
 
相手から何かの文章やメールをもらったとして、サァーと流されるのは、誰だって、自分の気持ちをお座なりにされたら、淋しいし、嫌なものでしょう。
そういう事を無意識にしてしまっているんですね。
ちゃんと読まない癖の人は。
 
また、そういう人は損得で何でも動く人なんです。
 
だって考えてみてや。
相手の気持ちをないがしろしてサァーと眺めてるだけやから、自分の得にならないと感じてるから、そういう行動してるんですよ。
 
そりゃ、損得は大事です。でもあなた!
何でも物事、損得で動く人好きですか?
 
好かんでしょ。
なのに、あなたは損得ばっかりで無意識に動いてませんかっ!って言うとるのよ。
 
だから、例えば文章を数ページ音読させると分かるんです。
 
勝手に読み方を前の文章だけで見てスラスラッと一字間違えて読んでみたり。
 
こういう人は日頃からの癖が、一つ一つキチンとする丁寧さに欠けているんです。
自分勝手さの表れなんですね。
 
テキパキと要所要所をこなしすことが中々出来ないんですね。
 
テキパキと要所要所をこなしているのは、丁寧さが身に付いているんです。
シャッシャッシャッとやってるように見えても、ちゃんと要所要所を押さえてるんですよ。
 
メールの文字や本や何かの書類の文字を、一字一字見る習慣が、相手の意を汲む心の丁寧さを身に付けているんだと思ってみてはどうですか?
 
掃除や料理や音読や仕事の帳簿記入の仕方を、よぉ~く観察してると、モノに成るかどうかが分かるものです。
 
まず、何気ない日頃のメールや書類の文字を一字一字丁寧に「読む」訓練を始めてほしいのです。
 
サァーと読むな!
 
それは読んでるんじゃなく、眺めてるだけなんだと思って下さい。
 
何事も「読む」という習慣を身に付けると、あなたの心に栄養が付くんです。
 
眺めることが大切なものと、読むことが大切なものの区別はありますが、
 
訓練として「読む」ということを頼むけん意識してや。
あなたの心に「丁寧さ」が、お金掛からずに、身に付くんやでぇ!!
 
 
 
「有情活理(うじょうかつり)」が、自分が歩んで来ている信念であり、現在進行形なんです。
 
根底に情が有って初めて、理、つまり仕組みが活きて来るんですね。
 
人間関係全て、そうじゃないでしょうか。
 
会社は特にそうですね。
 
ビジネスの仕組みが良くても、そこに携わる人達に、経営者の情が注がれていないと感じる会社が余りにも多いのです。
 
ただ数字の業績が良いだけの会社やと思うのです。
 
そこで働く人達が幸福感を抱いているのか疑問に感じるんです。彼らの顔を見てたら。
 
また、どんな社員であっても、上に立つ者が「話せば分かる」と思ってやらないと、前には進めません。
 
ひょっとしてあなた、
分からん奴もおるで。って思ってませんか?
 
そりゃ、話しても分からん人はおるでしょう。
 
でも、あなたが上に立つ者であれば、あなたの方が「話せば分かる」と信じてやらないと、始まらんでしょ!と言うとるのです。
(人間関係全てそうやないでしょうか)
 
日本人は常に、上に立つ者への人間性を問うし、問われるのです。
 
上に立つ者が情を掛けて、「人間の幸福とは何ぞや」を諭して行く、導いてあげるから、少しずつ少しずつ年数掛かっても下の者が心を開いて来るんです。
 
社員の心の服を一枚一枚脱がして行くのは、情です。
その情にハラハラと触れた時、社員が自分から脱いで行く、脱ぎたいと感じるものやと思うのです。 
 
社員一人一人に、お前は生涯を通して、どういう人間に成りたいのか?
(一言で言うと、この自覚だけ持ってもらうのが、ワシの目的なんです。)
 
一人一人に「どういう人間像で、どういう人生を歩むのか」ということを仕事を通して本人が考える習慣を持てるよう投げ掛け、自覚に至るように促してあげるのが、上に立つ者の愛だという信念をワシは持っとります。
 
その前提が「話せば分かる」と、信じてやることやと思うとります。
 
上に立つ者は、しんどいですね。
 
でも、そういうことを生き甲斐に感じられないと上に立つ資格が無いように思うのです。
 
導いて行く為に、人生の相談事に乗ってあげる為に、人間性と問題解決のヒントを与えてあげられる哲学を、自分の考えを納得ゆくところまで掘り下げ、自分の「ものさし」つまり判断基準を持つ努力をやり続けないといかんのじゃないでしょうか。
 
ワシはそうして来ました。
情は、甘やかしとは正反対のものです。
 
厳しさの中に存在する優しさが情やと思う訳です。
 
どういう厳しさかと言うと、理念(生きる目的)に対して、出来ていないところを教育する、叱咤激励するということを「厳しさ」と言うのです。
 
そういう愛があるから、
優しさがにじみ出るのです。
あらゆる人間関係に於いて「人生の問題事」の解決のヒントは「家族社会」に潜んでいるように思うのです。
 
問題事が起これば「家族」に置き換えて考えてみると、ヒントが浮かびますから。
例えば、箸にも棒にも掛からん社員が居たとして、
まぁ、そこまででなくても社長の言うことが、理解出来ずに、同じミスばっかり繰り返しているとしても、
ちんぷんかんぷん訳わかめ。よう理解出来ない社員だとしてもですよ、
 
それを家族だと考えたら、捨てれますか?
 
例えば子供が三人居て、
一人がしょっちゅう警察に世話になる。或いは不良少女と呼ばれて、になっても、捨てれんでしょう。
我が子やから、情があるから。
 
大手企業は成果を出す社員を報いる仕組みがありますが、落ちこぼれ的社員を何べん言うても分からん社員を面倒みる風土は無いと思うのです。
 
中小零細企業なら、例え何べん言うても分からん社員でも、心を注いで一人前にして行く風土が存在します。
 
だから甘やかしは厳禁。
 
人間としての生きる道を、仕事を通して諭して行く、導いて行くのが「経営」です。
日々の仕事の中に人格教育が存在しているでしょうか?
労働と給料の交換だけになっては経営じゃないんですね。人の道が仕事に脈々と流れていることが経営だと思うのです。
 
理念を具体的に、よりハッキリさせて、理念実現の為の方針をよりハッキリさせて行くとどうなるか言いましょうか。
 
本当に縁が深い社員か、
縁が深くないかが霧が晴れるようにハッキリして来るんですよ。
 
トコトン本音で本氣で関わると、目に見えない縁が深いか浅いかがハッキリして来ますから。
 
社長が本音で本氣で関わってなかったら、本当は縁が薄いのに、会社にぶら下がっているだけの社員が蔓延(はびこ)ってしまいますよ。
縁が浅い人は、不思議と自分から離れて行くものです。
 
「来たる人には、優しさを」(この気持ちでやって来ました)
そして「去り行く人には、しあわせを」なんですね。
目的をよりハッキリさせて来たから、その為の方針をよりハッキリさせて来たから、縁が浅い人は、ここは自分の居るべき場所じゃないと本人の魂が判断して、去って行くのです。
 
だから、本来の縁深い場所で、しあわせにね。という想いがあるんです。
 
上に立つ者がトコトン本音で本氣で関わって、縁深い人達で人生を歩むのが幸福だと思うとるんです。
 
皆さんは、どうですか?