先日、ある友人からこんな相談を受けました。
 
「うちのある社員から社長は言うてることと、やってることが違うから信用出来ない。」と。
 
ワシはこう思うんです。
 
およそ、苦労して社長業をやっている社長というのは、社員より体験や勉強する時間や哲学の深さなどに差があるものだから、理解の相違が生じるものです。
 
そこで今週は「君子豹変」というメッセージです。
 
「君子豹変」と「朝令暮改」は、似て非なるもの。
 
朝令暮改は読んで字の如く、朝言ったことを夕方にはコロッと変えている。と言うこと。
そして「反省心」が無いことを言います。
 
行き当たりばったりだからかも知れません。
(これでは信用されないわなぁ)
 
君子豹変は読んで字の如く、物事が分かっている君子と言われる人は、信念を持って朝言ったことを、日中考え抜いて、朝言ったことより、もっと良い方法を思い浮かんだから、夕方に全く朝言ったこととは違うことを言うことなんです。
 
また自分が朝言ったことを、よくよく考え抜いたら、自分が誤っていたと気づき夕方には自分の意見を改めることを言います。
 
社長のあなた!
 
自分の言った言葉が、
朝令暮改なのか?
君子豹変なのか?を自問自答してほしいのです。
 
社員の皆さんには、社長が朝言ったことが夕方に変わっていた時、出来れば「君子豹変か?」と考えてほしいのです。
(と言うても日頃の言動に信用無ければ難しいわなぁ)
 
こういう思考回路の習慣は、社長のことを尊敬の念や、社長に対する親しみの情が無ければ、持つことは出来ないと思うのです。
 
だから何が言いたいか。
 
社長足る所以(ユエン)の第一に、
部下から尊敬されているか、そして且つ親しみの情を寄せられているか。が基礎に成るんだと。
 
お互いが、こういう思考の習慣を持てたなら、一人一人の人生の充実につながるんだと思うのです。
 
また社長の皆さんには自分が朝言ったことが夕方に変わったとした時、自分の判断は朝令暮改なのか?
君子豹変なのか?の自己チェックを欠かさないことが実は自分自身を成長させることにつながるんだと自覚してほしいのです。
 
こういうことを「謙虚さ」と言うんです。
 
人間は「反省」と「感謝」の、この二つだけに帰結するんだと思うのです。
 
この「反省」「感謝」を忘れていると、ついつい自分の「分」を考えないようになってしまうんです。
 
そして本来充実出来る「分」を超えて「数」に価値を見出だすようになる社長が多いように感じるんです。
 
本当は10人くらいの所帯(会社規模)が楽しかったはずなのに、何で300人にするの?
 
自分に価値を見出ださないと、いかんと思うのです。
自分に価値を見出せないから「数」に価値を見出だそうとし、やがて「数」に追われ苦悩する人生を過ごしてしまうことになるんです。
 
「松下幸之助の憂鬱」の中に、松下幸之助自身がこう言うてます。
 
「松下電器なんかもう止めたい。40~50人だった中小企業の親父に戻りたい。」と。
 
かの天下の松下幸之助さんがですよ。
 
人間は自分との「自我」との闘いなんですね。
 
我を取れば、自分を丸ごと映し出す鏡の「ガ」が無くなり「カガミ(鏡)-ガ(我)=カミ(神)」のような心に成れるのにねぇ、、、、、
 
それを踏まえて、松下幸之助のエピソードを紹介しますね。
 
当時松下電器社長時代、
部下に対する発言。
 
部下が自信満々に持って来た、利益は薄いが人情的な案件に「あんた何か勘違いしてまへんか?
 
商売人は儲けてなんぼ。
仕事が一番です。
 
人格は二の次です。
 
ただ、歳を重ねるごとに、人格を磨いてもらわな困りまっせ。
 
そうせな部下が付いてこうへん。」
 
このエピソード深いなぁと感じました。
 
皆さん、どうです?
 
社員達に「情け」を掛けてますか?(教え諭し気付くキッカケを与えてますか?)
先ず上に立つ者が部下に情けを掛けてあげて下さい。
そして部下の方達、上に立つ人が朝令暮改なのか?
君子豹変なのか?
 
それは別にして、
先ずは君子豹変だと感じて接してほしいのです。
 
そういう心境を「素直さ」と言うんです。
 
そして上に立つ人達に、
自分の言動は朝令暮改なのか?君子豹変なのか?を
自問自答する心境を「謙虚さ」と言うんです。
 
素直でありましょう。
 
謙虚でありましょう。
 
 
 
 
「人間は苦しい時こそ普通の事が淡々と出来なければならない!」
 
と思ってずっと歩んで来ました。
 
と言うか、生まれ持ったこういう性格に感謝してるんです。
 
苦しい時こそ、普通の事が出来なければならない!
 
皆さん、これホンマやと思いませんか。
 
淡々と日常を普通の事が出来なければ、疫病神がくっついて来るように思うんですよ。
 
今、苦しい状況の最中にあるあなた!
 
苦しい時こそ、淡々と普通の事が出来な、いかんのよ。
でなかったら疫病神が好んでくっついて来るんやで。
 
そして人間いつ沸点が来るか分からんもんやからね。
落ちこまんでええのです。
沸点とは沸騰する点です。質が変わる境目です。
 
水は5℃の冷水も99℃の熱湯も「液体」に変わりないんですね。
 
でも5℃から頑張って努力して80℃上昇しても85℃ですが、液体に変わりないんですね。
 
しかし99℃から1℃上がるだけで液体から気体に変化する。
 
つまり、質が変わる瞬間です。
 
人生に例えると、芽が出る沸点、陽の目を見る沸点。自分では分からないもの。
だからワシはずっとこう思って来たんです。
 
将来の理想像を描いて、
その理想に向かってチャレンジしていれば、やがて沸点が来ると。
 
手を抜かないことがコツ。
焦ることないんです。
 
理想を描いて、理想に向かってチャレンジさえしていれば。
 
信長も秀吉も成し得なかった265年もの長期に渡る天下統一を江戸幕府創始者である家康が開いた歳は、61歳でした。
 
陽の目を見た歳が61歳やで。
 
ケンタッキーフライドチキンの創始者カーネルサンダースも芽が出たのは65歳。
それまでいくつも会社を始めては倒産を繰り返したようです。
 
ネバーギブアップ!の精神。
 
グッズ販売額1兆1000億円年間売り上げるアンパンマンの作者やなせたかしさんもアンパンマンが陽の目を見たのは、やなせさん60歳過ぎてからです。
 
ワシはこう思うのです。
 
99の努力をした者にだけ、天が1を加えてくれるんだと。
 
人生死ぬまで勝負!
 
なんですよね。
 
あなたの「本氣」を天が試してるんですよ。
 
どうや!どうや!
 
そう簡単には上手い事行かさんぞ!ってね。
 
正に、これは天の愛情なんだと。
 
そう思わないかんですよ、皆さん。
 
「一芸八年、商売十年。
汗と涙で十三年。それでもダメなら二十年!」
 
なんです。
 
赤ちゃんも成人するまで、二十年掛かるんです。
 
やっぱり二十年くらい真剣に取り組んでモノに成るんじゃないでしょうか。
 
根性とは、
 
1、方針の一貫性。
 
2、行動の持続性。
 
3、自主独歩性。
 
なんです。
 
1、あなたの人生方針を貫いていますか?!
 
2、その人生方針を貫く行動が持続してますか?!
 
持続とは常にマイナーチェンジしてることなんです。マイナーチェンジとは、
自身の内面の変化をしているということなんです。
 
これを「素直さ」と言うのです。
 
最後に
 
3、自主独歩性とは、
周囲が反対しようが、
反対意見を「そうかもしれない」と聞く耳を持ちながら、自分の考えを自己チェックして独自の歩みをしてますか?!
 
と言うとるんです。
 
この三つを合わせて根性ある人物と言うんじゃないかなぁと感じた今週でした。
 
 
 
皆さんの業種業態に相応しい仕事をしていますか?
 
うちはオーガニックルイボスティーの原料輸入・製品加工とルイボスをベースにブレンド茶を開発しているメーカーとして価格決定権を持ち、製造メーカーと企画開発メーカーの二つの要素を持っている業態です。
販売形態は、直接消費者への販売(メーカー通販)と、卸売りの両方を業務にしている訳ですが、
経営方針に則った規模にしているから、息切れしなく気持ち良く仕事が出来ているんです。
 
例えば一般的通販で十億以上売り上げている会社は、ほんまに、、息切れしそうな勤務状態の会社が多いですね。
 
何千、何万という商品アイテムを抱え、毎月毎月カタログを作り、セミナー開催を実施したりして、
顧客の囲い込みをしないと維持出来ないくらいに忙しい日々の業務に疲弊している。
 
息を切ることなく、走り続けないと会社自体が成り立たなくなる規模になってしまってるんですね。
 
財務が成り立っていても、そこで働く人達の心の健康が成り立たなくなるんですね。
 
その点うちの経営方針は、
「シンプルに独自性を生み出し、深みが感じられるように」というものです。
 
シンプルの反対、
複雑にしないこと。
 
独自性があること。
 
仕事振りに、深みが感じられていること。
 
に徹しられているかということを自己チェックしているんです。
 
その経営方針に則って持論を展開しているから、どんなに苦しい状況に陥っていても常に心は生き生きとしてるんです。
 
心にゆとりが持て、工夫することを息切れすることなく、チャレンジしています。
 
人生を歩む上で休息(リフレッシュ)は次なるエネルギー源になるんですね。
 
仕事での根幹は、お客がいつも居てくれることです。
そのお客の心理は、
 
人が「物を買う」という決め手に「デザイン」があります。
 
外見の形(デザイン性)はもちろんのこと、それを含めた経営全般のデザインが極めて重要だと思うのです。
 
あなたの業種業態で例えるなら、あなたの商品・サービスの「デザイン」は、洗練されているでしょうか?
 
ここで言う「デザイン」とは、経営のデザインのことです。
 
これが、中々考え所であり、工夫の極みなんですね。
自分は、よくこういうことを考えているんです。
 
ターゲットがボケてないか?
歴史的普遍性が感じられるか?
 
アンティーク(伝統的基本・歴史的普遍性)が根底に在り、
 
そしてモダン(現代的・粋で洒落)が在り、
 
アバンギャルド(未知の領域を切り拓く)に進む。
 
これが経営の「デザイン」じゃないかなぁと感じた今週のインスピレーションでした。
 
さぁ皆さん、自分の仕事振りに、アンティークが根底に存在してるか?
(経営で言うと古典を勉強しているか?)
 
モダンさはあるか?
(時流を感じて取り入れているか?)
 
そしてアバンギャルドに進んでいるか?
(未知の領域を切り拓いているか?)
 
ご一考あれ。
 
 
「行為(おこない)は心」だと昔から感じて来ました。
 
言葉より、その人の行為を観てれば、その人の心が窺い知れるものです。
 
正に、その行為はその時点での、その人の心の現れなんですね。
 
無意識のあなたの何気ない行為が、あなたの本心を現しているんですよ。
 
如何に社交辞令の行為が多いことでしょう。
 
他人に、自分が良く見られたい気持ちは分かるんだけど、社交辞令の行為は決して他人(ひと)に良くは見られていない。と自覚してほしいのです。
 
やっぱり本音と本氣の行為が、一所懸命さが、他人(ひと)の心を打つんですよ皆さん。
 
死ぬまで生きる訳ですが、何人の人と、メシ食べますか?
何人の人と、付き合いますか?
ホントに限られた人だと感じませんか。
 
縁ある人としか出逢わないし、共に仕事や付き合いをしてゆく人は限られているものだと感じたら、もっと出会いを大事に大切にしたいとワシは思って実践して来たし、しています。
 
何か物を買うにしても、その人の買い方を見れば本心が窺えますね。
 
口でいい事言ってても実際の買い物の仕方を見たら感じるものです。
その人の本心が。
 
バレバレやわね。
 
うちでは昔から社員に言うて来ました。
 
「出来ることなら、差し上げなさい。」
 
「ケチ気にするな。」
 
「その相手と良い付き合いしたいなら、まず自分がその人のお客になってあげなさい。」
 
「三回に二回は奢(おご)ってあげなさい。奢られる人生より奢ってあげる人生が楽しいから。」
 
こういう事をワシは約30年続けています。
 
自分のポリシー貫きたいから。
 
「気を遣うな。氣は配れ。」
と世の中の社交辞令大好き人間、パフォーマンス大好き人間の人達に言いたい!
 
時間だけは平等に過ぎて行ってるのに。
 
そんな偽者の人生を過ごしている人達の何と多いことか。
 
気を遣うと自分が疲れるものです。だったらするなっ!って言うとるんです。
 
氣は配るもの。
 
だから「気配り・心配り」と言うんです。
 
配ってあげることが出来ている人は、自分が充実しているから、お福分け(氣のお裾分け)が出来るから、疲れないんです。
 
本心だから、本音の気持ちだからです。
 
もっぺん言います。
 
時間だけは全員、
 
金持ちもそうでない人も、仕事熱心な人も、遊び呆けている人も、時間は平等に過ぎてゆくんです。
 
死ぬまで生きるんやから、限りある時間を社交辞令やパフォーマンスで使い果たしてほしくないんです。
 
志を立てて、それに生涯懸けてチャレンジし続ける人生を少なくともワシの縁ある大事な人達には歩んでほしいと願(ねご)うとるんです!