2015/04/10

「香川湧慈のインスピレーションメッセージ平成27年4月10日」

あなたの会社は働く人から選ばれる会社でしょうか?
自社の欲するお客さんに、選ばれる会社であり、働く人から選ばれる会社でなかったら、いかんのじゃないでしょうか。
 
社長の立場にある人達へ、あなたは、働いてくれている人達に敬意を持っていますか?
 
社員に感謝している社長は多いと思うんだけど、敬意を持っている人は少ないんじゃないかと。
 
ワシは、うちの皆一人一人に敬意を持っとります。
 
何故か。
皆、自分の役割を認識し、自覚し、合意と納得の下、責任感持って仕事に従事しとるし、会社の考えに共感して自分なりに精一杯役割を果たそうと取り組んでおると感じてるからなんです。
それで以て、社員一人一人が他の社員一人一人の役割を認めておるんです。
 
自分の役割は他の人には向いてないなぁ、けど他の人の役割は、自分には向いてないなぁ。と「適材適所」が皆に認識されているということなんですエモーションは。
 
当(まさ)に、公転と自転なんです。
 
公転つまり、会社の考え・方針を理解納得して仕事に従事しつつ、自転つまり、自分で考え自主的に仕事に従事している。ということなんです。
 
ワシの勉強によると銀河系宇宙で太陽の周りを廻っている、つまり公転しているのは地球と月だけ。
 
地球は公転(太陽の軌道に沿って)しながら、自分でも廻っているんです。
 
つまり自転しているんです。
月には、その自転が無い。
何が言いたいか!
 
公転しながら、自転している所に生物は宿るということを、ちゃぁんと地球が教えてくれとるんですよ。
 
つまり生命が躍動する条件は、公転と自転の同時進行なんやと思う訳です。
 
社長は会社の理想像を語り、経営を語り、人間としての充実した生き方を語り、社員一人一人の魂を「より崇高」なものに導いて行く存在でないと、自分も充実せんと思うんよね。
 
社長という存在は、社員の主人(生活保障)であり、
ある意味、師匠であり、親を兼ね備えている人間でないと、社員が輝けないと思うんです。
 
「主・師・親」を胆に銘ずべし!ですね。
 
家庭でも、あらゆる組織でも同んじやと思います。
 
家庭に於ける親は、会社の社長と同じで、会社の社長は家庭の親と同じ役割。
 
これ、分かりますか?!
 
家庭の親はサラリーマンであっても、社長なんです。
子供に、人間の在るべき姿を語れないと「真の親」に成らんのです。
 
例えば受験の時期に、よく耳にする親の会話。
 
「子供の好きなようにさせてやりたいんです。」
 
この言葉は、親の無責任から来とる場合が多いんです。
未成年には、その子の特性を見抜いて、その子が将来充実するであろう、伸びるであろう「導き」が出来な、いかん。ということが分かっていない親の無知、放棄の言葉じゃないかと昔から思うて来ました。
 
親自身が不勉強ゆえ、よう導いてやることが出来ない。
自分の生き方も語れない。という証拠です。
 
「お父さん(お母さん)は、お前を子供の頃から観ていて、お前の特性を伸ばすんやったら、こういう方向がええのじゃないかと思うけどなぁ。理由は、こうこうこうや。まぁ、自分でように考えてみ。」
くらいは言えないかんでしょう。
 
うち(エモーション)のような規模の小さな会社は、
先週メッセージした「いい意味のワンマン」がリーダーシップを発揮するんですが、規模が大きくなると、ワンマンは通らないと思うんです。
 
自分(自社)の体質に合った経営をせないかんと思うのです。
 
特に、規模が大きくなって来ると維持発展せないかんという焦りにも似た感情に左右され、自社本来の大義を見失い、新規事業と称して、やらなくてもいい事業に手を出す愚に陥らんようにせなね。
 
昔、松下幸之助翁の書籍に、幸之助翁自身が述べています。
 
「最初は、ワンマンでないとあかん。それが上手く行くもんや。けど、社員が何千人、何万人になった時、拝むしかないんやぁ。」
 
なるほど、と頷きました。
拝む心境です。
想像出来るでしょ。
 
社員(従業員でなく、会社の一員やから、社員なんです。雇用形態に関係なく、パートタイムの人も会社の一員です。単に業に従事するだけの人と思うから、安易に従業員と呼んでしまっているんやと違いますか。だから社員と呼んでほしいのです。)
の、顔も分からない規模の人数になると、もう、拝む心境になるわなぁ。
 
何千人とは言わんけど、
百人規模の社員が所属する社長の人達に言いたい。
 
社員に、拝んどりますか!
天下の松下幸之助翁が言うとる心境です。
 
そして最後に「責任追求」はしたら、いかんでぇ!
「原因追求」せな。
 
何かミスを発見した。
 
「誰がやったんやぁっ!」と叫んだら、一般的には
「私がやりました。」は、
あんまり無いように思います。
 
うちは、こうなんです。
 
「何で、こなんなったんやぁ!」と叫びます。
 
と、社員から「これやろぅか?」「あれちゃうかなぁ?」と問題解決の策が出て来よるんですね。
 
皆さん、家庭教育にも言えまっせ。
 
誰がやったんやぁ!でなく、何で、こなんなったんやぁ!と、責任追求でなく、原因追求を。
 
原因を追求せな、また同んなじ失敗しますよ。