自分の仕事に対して「これで心中(運命を共にすること)しても本望」という心境で、取り組んでますか?!極端に言うたら、この仕事で死んでもええ、命を懸ける。ということです。
 
そういう心境、覚悟で取り組んでいないと、モノには成らんと思います。
 
ワシは昔、ある時から、
ルイボスと心中しても本望。と覚悟して歩み出しました。
 
だから商品開発はルイボスから派生したもの。という域を脱しないようにしています。(商品「ウコンぜよ!」は、その以前に開発してたので、今でも作ってますが、、、(笑)固定ファンが居るので止めると申し訳ないしね。)
 
例えば、味噌の会社なのに、味噌を使わない商品開発や味噌関連以外の商品開発は、有り得ないでしょうし、味噌から派生して行って、業態変化して行く。というのは考えられるでしょう。
 
理念を達成する為の戦略を組み、戦略に沿った方針を立てて商いするのが充実した経営を生むんです。
 
例えば美容室なら労働集約型なので、美容に関連する自分達が納得出来る商品の物販をしないと、社員一人当たりの粗利額向上は望めないと思うのです。
 
うちは「日本の零細企業の雛形(モデル)を目指しながら、縁ある人に勇氣と感動を与え続ける人生を歩むこと。」が経営目的で、本氣で取り組んでおるんですが、数値よりも大切な項目は多々あるんですが、一般的(世の中の人達)に理解してもらう為に数値から入る方が皆が興味持ってくれるから、うちの数値目標を。
 
こう掲げています。
 
社員一人当たりの年間粗利額は2000万円。しかも年間勤務時間1800時間で(時給換算3333円)。
 
パート社員一人当たりの年間粗利額は200万円。と。
一般的にパート社員の人は勤務時間が極めて短いからパート勤務になっているはず。
また年間収入が所得税制限の103万円未満か、社会保険制限の130万円未満希望者ですね。
 
だから、うちはパート社員一人当たり200万円稼ぎ(粗利額)出せれば「良し」とする目標にしています。
 
うちのパート社員の時給はたぶん他所より高いと思います。
 
一人だけだから。
 
何十人も、何百人もパート社員の居る会社では、そんなに出したくても、出せないと思うのです。
 
うちの数値目標は、社長のワシを含めて、フルタイム社員が6人だから×2000万円=1億2千万円。
パート社員が1人だから×200万円=200万円。
合計1億2千2百万円なんです。
 
世間で言う社長を含む正社員6人とパート社員1人の零細企業で、年間粗利額が1億2千2百万円安定維持出来てたとしたら、一応、世の中の零細企業経営者や中小企業経営者も、モデルケースとして、エモーションの「ものの考え方」「仕事の流儀」「社員間の心の通じ具合」等を参考にしてくれるんじゃないかと昔、思ったんです。
 
それが、結果的に経営目的を謳歌することにつながると思ったんです。
 
例えば正社員30人、パート社員100人の会社だったら、30人×2000万円+100人×200万円だから、8億円の年間粗利額になります。
 
仮に数値達成出来ても、他のあらゆる目標項目(社員幸福度とか)が為し得てなければ、何の為の会社経営??ってなりますよね。
 
理念、戦略、方針に沿った仕事をやりながら、数値を達成して行くところに充実が生まれて来るんです。
 
また、そうでなかったら、いかん!やろう。と言うとるんです。
 
総合バランスなんです。
 
皆さんも、単に数値目標を掲げるんじゃなくて、納得ゆく理由の基、数値目標を掲げてほしいと思います。
うちは、この数値目標実現に向けて、ルイボスを活用した、今度は「お茶」でない日常的な食品を開発しようと思うとります。
 
まだ、秘密です。
(美味しい、ご飯のお供みたいな。叉は新たなマーケットを作れる商品開発)
 
20年掛かりましたが1万人の顧客を創って来ましたから、そのお客さんに月に千円稼がせてもらいたいんです。数値的には。
 
ワシは今、ストーリーを考え抜き、長期的な安定発展につながるであろうストーリーを描いている最中です。
いい商品を作っても、販路にストーリーが無ければ、後悔に陥り兼ねないと思うからです。
今の延長線上では、この数値目標は実現出来ないだろうと思ってますから、新たな挑戦やね。
 
但し、ルイボスからは逸脱しない。これが戦略であり方針。
自社の事業領域からも逸脱しない販路開拓。
 
「中小企業の市場で弱者の戦略を貫く」がエモーションの事業領域なんです。
「中小企業の市場で」とは、大手の市場には行かない。
「弱者の戦略」とは、
不特定多数を狙うのでなく、特定の多数を狙うことに挑戦。という領域ですね。
皆さんも、自分の目的から派生した戦略を組み、方針を立て、ストーリーを構築する。
 
これ、社員である「あなた」も同じですよ。
自分の生活スタイルを振り返ってみる。
 
人生ストーリーを構築して、納得ゆく人生を歩む為の人生戦略、人生方針を考えてみてはどうですか?!
 
会社経営の最終責任者は、社長やけど、自分の人生の最終責任者は誰ですか?
 
あんたや!あんた。
そう自分の人生経営の経営者は、紛れもない自分です。
だから、勤め人(社長じゃない人のことよ)も、立志伝中の経営者の実話伝は読んだらええよ。
参考になるから読みなさい。人生を充実させる為に。
今週は、このお盆休み中に色々浮かんだことをランダムに。
 
この世の中は不公平なもの。
だから、いちいち傷つかないように精神を鍛え上げておいた方がいい。
 
不公平に慣れること。
不運を笑える心境。
人間社会は不公平で理不尽なもの、という自覚が大切。
 
「やれば、できる」というのは、思い上がりかも。
 
努力で、その人の可能性の分野を広げることが出来ることは確かにあるが、その人の人生が、どんな生き方になるかは、その人が望む部分と、宿命的なものによって定められている部分とがあるように思う。
 
だから、その接点で生きるのが、自分の生き方に無理をしなくなるようになり、楽しく愉快に生活出来る。
 
他人が「いい」という学歴や会社が、実はその人にとって特に「いい」訳でもないという真実。
 
人生は能力でなく、氣力で決まるように思う。
 
不幸のない家庭はない。
問題のない家庭や会社は、ない。
 
苦悩のない人が居るとしたら、その人の人間性は乏しいんじゃないかと思う。
 
上手く行かないのは、別の道を行け。ということかも知れない。
 
人間の勝負は、死ぬまで分からない。
 
誰からも嫌われない人は、一人もいない。
 
他人の行動に巻き込まれるのが人生だと自覚すること。
 
人は、誤解される苦しみに耐えて、一人前になる。
 
誤解され続けても「いつか分かる」という生き方が、自分を救い、他人を勇氣付ける。
 
 
人間はどんな人からも学ぶ姿勢さえあれば、学ぶことが出来る。
 
もっと欲しいという欲望が不幸を招く。
「足るを知る」ことが幸福ではなく、幸福の始まりなんやとワシは確信する。
 
今現在、しあわせ感がある生活なら、すべてに満足を得ようと思ってはならない。どこかにツケが来るよ。身体か、運気か、どこかに。
もっと欲しいと手に入れてしまったら、自分にとって最も大切なものの中から何かを失うんじゃないかと思うのです。
 
皆さん、そう思いませんか?
バランスを取らされてる感あり、です。
 
 
人は誰しもズルい部分を持っている。
ワシもズルい。あんたも、ズルい。そやろぅ?
 
しかし「好き」になれば、
ズルさが消える不思議。
 
嫌だなぁということに遭遇したら、逃げる、避ける。ことと、立ち向かうことのバランス感覚が大切。
 
 
人間関係は、距離感が大切やと思う。
 
どんな仕事であろうとも、他人を喜ばそうという気持ちがあれば、充実に向かう。
 
最後に、絶対に自分の人生自分から「参った」とは言うてはいかん!
 
自分から参ったと言うとる人に(やる氣の無い人)、
神さんも、応援の仕様がないからね。
 
 
「出会いと向上心」
 
これは「二つで一つ」な感じがします。
 
せっかく、ええ出会いをしていても、向上心の乏しい人は、その出会いを自分のものに活かすことが出来てないと感じます。
 
まぁ、向上心にも種類があるんやけどね。
 
肉体美の向上心がある人は、筋トレのようなものには意識しチャレンジしてますが、
人間の深みとか教養というような向上心には、関心や興味がないなぁと感じる人が多いように思います。
 
人間としての深み、
心の豊かさや温かさに、
興味関心を多くの人に抱いてほしいなぁと感じるんです。
 
まぁほんまに、人間の哲学を深めたり、人間力を豊かに高めたりすることに興味関心が薄い人が多いなぁと感じる今日この頃です。
 
皆、等しく
 
「素晴らしい出逢い」を天の神々が巡り合わせてくれているはずだと思うんですが、人間の方が心を向けないから。行動しないから。
 
せっかくの出逢いを、
チャンスに活かせないんだと感じてしまいます。
 
そういう事に興味も関心も薄い人が自分の人生を幸福にしたいと思っていても、
 
幸福に、充実に、
向かうと思えますか??
 
と問い掛けたいわぁなぁ。
ワシが何で、いつも皆さんに、こういう類いのメッセージを発信してるか?
 
「またぁ!同(おんな)じことばっかり言よるなぁ。」と思ってる「あんた!」に、気付いてほしいから言いよるんですよ。
 
ワシの愛情やと思うておくれ。
 
長生きしたって、
高々100年やで。
 
何億残したって、
札束、棺桶に入れてもろても、皆灰になるだけやで。
 
土地、現金、有形資産何ぼ残しても、受け継ぐ人に、器が無けりゃ、不幸やで。
所有権を持たない。
 
自分で稼いだものは、
夫婦と社員で使い切って、寿命を向かえましょうや。
 
経営者じゃない人は、
自分と、お世話になった人の為に使い切って、
寿命を向かえましょうや。
 
「シンプル イズ ベスト」って、そういう生き方やと思うとるんです。
 
複雑は嫌なんです。
 
ゴジャゴジャも嫌なんです。
 
せな(しないと)、いかんから、する。
のも嫌なんです。
 
してあげたいから、する。のが好きなんです。
 
気を使いたくないんです。
氣は配ってあげたいんです。
 
人の為に、人の為に。って殊更言わんでええのに。
誰しも自分の周囲の大切な人には、役に立ちたいもんなんやから、黙ってやっとるものです。
 
あんまり、人の為に。と言うような人は、偽りの人生を進んどんとちゃうかなぁ。
だって、人の為と書いて
「偽り」って読むしねぇ。
 
あんまり声高に「人の為に」って言ってる人には、近寄らないのが賢明かも。
 
あと、勤務時間は短い方が好きなんです。
 
仕事は顕微鏡の如く緻密にやり、集中したいんです。
体調コンディション良くありたいから、
リラックスタイムは、勤務時間には絶対必要なんです。
 
心は、いつもベストコンディション。が、
 
ワシの生き方なんです。
 
皆さん、
自分の生活スタイルをリストラクチャリング(再構築)してみては、どうですか?!
 
 
色んな人の行動を観察してて、やっぱりどんな人も、無意識に自分の根底の価値観で動いている。
と感じるんです。
 
ほとんどの人間は、自分の本質を欲望で包み込んでしまってるんだと思う訳です。
 
罪の語源というか意味は、その人の「本質=真心」を、我欲で「包み込んでしまう」ことなんやないかなぁと感じているんですね。
 
真心を被(おお)う=包む事を「罪」と言うんだと思うのです。
 
貴方は、あなた自身の真心を自分の我欲で被ってませんか?!包んでませんか?
 
例えば、
仕事が調子良くなって来ると、ついつい本質=真心を我欲で包み込んでしまい、いわゆる「調子に乗って」しまって、反省心が消えて行くんですね。
謙虚さが消えて行くんですね。
 
気付いたら「スグする」
 
いかんと思ったら「スグ止める」
 
これが本質=真心に返って行ける誰にでも出来る行動なのに、、、、、
 
気付いたらスグする。のは案外出来ても、いかんと思ってるのに、スグ止められない人は、ものすごく多いもんです。
 
だから、あらゆる出来事は、自業自得なんやと思います。
 
 
自分の本質=真心に、相応しい考え方や捉え方が出来てない状態なら、それは、罪なんですね。
 
自分で自分に「罪」を犯してるんだと感じてなりません。
 
誰しも、自分の本質=真心に戻ってほしいと願うものです。
 
色んな会社でよくやっている社員研修も、業務をより良くやってもらう為だけにやってるとしたら、それは社長の本質=真心を無意識に包み込んでいる我欲の為せる行為やと感じるんです。
 
それは社長の野心の片棒担ぎに、お金という餌で社員を巻き込んでいると感じてしまうんです。
 
それじゃあ、いかん!のよ。
社員を、社長の野心の片棒担ぎにしないことは簡単な事。
それは、社員を自分の子供と心底感じられるか否か。だけなんです。
 
どんな人間でも自分の子供の幸福を願わない親はおらんのです。
 
どんな社長であっても自身が自分の我欲で自分の本質=真心を包み込まない勇氣さえ奮えれば、皆が幸福を享受出来るんです!
 
社員一人一人が光輝く存在で居てほしい。という願い。
 
これを「シャイニングワン」と、うち(エモーション)では呼んでます。
 
そして、シャイニングワンから、喜びを分かち合える状態、存在。
 
それを「プレジャーワン」と呼んでます。
 
オンリーワンは既に成し得てるんです。
 
オンリーワンからシャイニングワンへ。
 
シャイニングワンからプレジャーワンを目指して。
 
そのコツは、社長自身の、本質=真心を我欲で包まないことなんです。
 
我欲との闘い。
 
これが上に立つ者の、飽くなきチャレンジの第一じゃないでしょうか。