ワシの定義で言うと、何か分からないまま大きくなった会社を膨張会社と言い、

社員の人間的クオリティーの向上と同時に一人当たりの粗利額が上がっている会社を「成長会社」
と言うんです。

ワシの言う成長とは、社員の業務能力向上に伴って、規模が大きくなる会社を成長とは言わないんです。

世間では、こういうのを、成長と言うてますが、これでは、膨張の気配があり、懸念があるんです。
  
社員の人間としてのクオリティー、つまり人間の品質が上がって行くと、

業務能力は、徐々に向上するもんなんです。
  
そして規模の拡大ではなく、社員一人当たりの粗利額の向上を以て、成長している。と言うんです。
  
粗利額とは売上から仕入、外注費、材料費を引いた額のことです。
 
まぁ規模が大きくなるのは、目に見えない因縁的要素が在るんです。
(本人の努力だけじゃないと感じます)
 
これは理屈では図れないから「信じる信じない」の価値観ですが。
 
目の行き届く範囲の規模で、縁の深いであろう人達と、社長の思いに皆が共感して、
自分の能力向上と人間性向上に励んでいて、一人当たりの粗利額が素晴らしい会社が、
何とも言えない安心感と躍動感が漂う成長会社だと思うのです。
 
 
社長の価値観に、社員全員が共感していて、尚且つ、意志疎通が出来ていたとしても、
社員全員が、相互に意志疎通の出来ている状態に、チャレンジせないかんと訴えているんですよ。
  
分かりやすく言えば、社員それぞれが業務をこなして、業績を上げとるだけじゃ、つまらん!のです。
  
「人間としての温かさ」が感じられないと「いい会社」じゃないと言いたいんです。
 
人数少ない会社でも、中々社員全員がそれぞれに(総当たりで)意志疎通、共感、心からの協力や、真心、思いやり等々が、出来ているとは、言えないようですね。 
 
況(マ)してや、人数規模の大きい会社では、難しいでしょう。 
  
でも、そこにチャレンジせな、環境を作っていかな、
会社経営しとる意義目的が充実せんのと、ちゃうかぁと思うのです。
 
商売は戦略であり、センスです。
 
そして、経営は温かさなんだという信念が、持論です。
 
経営者や社員の皆さん方、
一人当たりの粗利額が向上する仕事をしながら、人間としてのクオリティー(品質)を上げ続けて、
 
心ホッとする温かい会社の風土を築き上げて行きませんか!
 
こういう状態が、実は様々なストレスが発生しても、ぐ消えて行く環境だと思います。
 
これを築き上げるコツは、「苦楽共有」する以外に道は無いと思う訳です。
 
苦しいことも、楽しいことも共に歩むしか、
人間関係というのは、温かさを育むことは出来ないというのが真理じゃないでしょうか。
 
 
明日1月23日は昨年96歳で亡くなられた園田天光光(ソノダテンコウコウ)先生の誕生日やなぁ、
と思い出しました。 
 
天光光先生は、故、園田直元外務大臣の奥様です。
 
ご本人も衆議院議員を三回当選の政治家でした。
 
ワシと天光光先生の出会いは、平成11年3月でした。
以来、天光光先生のご家族とも交流がありました。
 
16年のお付き合いでした。
 
初めて出会って二ヶ月後、お茶して下さいと誘って、上京しました。
 
場所は赤プリ(赤坂プリンスホテル)のラウンジで。
くそ度胸があり、誰と会っても動じない自分が、自分から誘っておきながら、
地下鉄溜池山王の駅(赤坂プリンスホテルすぐの駅)を上がった時、胸踊る想いになってました。
 
あぁ、何の話ししよう?
って、ドキドキしたのを覚えています。
 
皆さん、彼女は当時79歳ですよ。ワシは37歳。
 
普通、有り得ますか?
 
それだけ品性が感じられて、チャーミングだったんですよ37歳の男から見て。
このメッセージ読んいでる女性の皆さん、そういう歳を重ねたいと思いませんか。
 
品性ということで学んだ事で、天光光先生がキッカケで、その年の12月に気付きがありました。
 
実は、1月8日のメッセージにワシの亡き師匠の事を書きましたが、天光光先生のご主人、故園田元外務大臣が、東京での師匠の門下生でしたので、平成11年12月に門下生有志で師匠を偲ぶ会を高松で開催し、記念講演に天光光先生に。ということになったのですが、当時天光光先生は講演料は30万円でした。先輩達は、謝礼金云々で「香川さん交渉してもらえないか。」と。
 
で先輩達に、ワシはこう説得しました。「師匠を偲ぶ会で、門下生であった園田大臣の妻として来てもらうんやから、謝礼金を出すのは失礼やと思います。交通費は負担しましょう。謝礼は気持ちなんやから、師匠の講義録をピックアップして差し上げるのが、お金より喜んでくれるんじゃないかなぁ。」と。
 
その事を天光光先生に墨を刷って毛筆でお手紙しましたら「その私の心中を想って頂いている、
お気持ちを光栄に存じます。」と、返事が来ました。
 
で、講義録のピックアップをワシがしましたが、先生宅へ送る役割を、ある仲の良い先輩に依頼しました。(ご自分のお店の五十周年に天光光先生を、お招きされていて交流があった先輩でしたから)
 
そして、です。
 
届いたその夜23時にワシの携帯に天光光先生から電話が。
 
「段ボールを開けた瞬間、皆様方のお師匠様に対する想いが伝わって参りました。」と。
 
ワシは、えぇっ?○○さんどんな風に講義録を送ってくれたんやろぅ?って思いました。
 
後日、その送り主である先輩の○○さん曰く「いやぁ香川君、桐の箱に漆を塗ってもらって、
その中に師匠の講義録を入れて包装したんやぁ。」
 
んんっ!絶句でした。
 
人に何か送る際、送る人も送る人なら、
受け取る人も、一流の人は違うなぁと感じたのを思い出します。
 
あれ、ワシが送ってたら、単に段ボールに講義録を重ねて入れて発送しとったと思います。
 
単に豪華に包装するのが良いんじゃないんですね。
 
どれだけの自分なりの重みを鑑みて、言葉を超えた、「伝えるもの」を自分が備えているか。
 
なんですよ。
 
これが、丁寧な生き方なんだと思うのです。
 
皆さん、丁寧な生き方を志しましょう。
 
添付写真は、天光光先生の卒寿(90歳)のお祝い会に、
明治神宮会館へ招待された時のツーショットです。
 
もちろん宇多津から着物で東京まで行きました。
 
ちなみに、男性で着物姿はワシ一人でした。
 
自分なりの礼儀と思っての着物でした。
 
6年前のことですから37歳の時よりは、
時と処(トコロ)と立場を少しは配慮出来るようには、なっていたと感じます。
 
天光光先生卒寿祝い.jpg
 
惑わされては、いかんでぇ!!
 
だいたいに於いて、耳障りの良い呼び掛けに、惑わされてはいけません。
 
耳障りの良い発言とか、プッシュしてくれる発言は、
一見自分を鼓舞してくれている発言に聞こえますが、
その発言をしてくれている人が、どれだけ洞察力があるのか?
 
深い人生哲学を備えているのか?
 
どれだけの経験値を持っているのか?
 
を見極める思考が大事やと思います。
 
指紋が全員違うように、
涯貫く幸福のあり方も、人それぞれ異なるんだという真実があると思うんです。
 
同じことを発言していても、発言している人の、人格や品格や、人生経験や、
洞察力や、幸福の価値観を観るようにしているんです。
 
己れの魂の声に耳を傾けよ。と歴史上の哲人達は発信していますが、
人間はついつい自分にとって夢のあるような声に、
つまり耳障りの良い声に、耳を傾けてしまう傾向があります。
 
仏教は、自分の判断を先ず疑え!と説きます。
 
まぁ、分かりやすく言うと
「ほんまに、これでええのかぁ??間違いないんかぁ?独り善(ヨ)がりになってないんかぁ?」と
己れの魂に耳を傾けてみんかい!
 
っちゅうことですね。
 
そういう判断を下すには、奥を深めることを止めたらいかんと思います。
 
人間とは何ぞや!という、奥を深めることやと思います。
 
何をするにも、百点はないと思うのです。
 
誰しも、儲けたい。
 
誰しも、ハッピーで居たい。
 
だったら、
あなたの「儲ける」とは何ぞや?
 
あなたの「ハッピー」とは何ぞや?
 
を明らかにせな、定義を明らかにせな。
 
そして、その自分の考えを疑ってみて掘り下げて考え抜かんかったら、
他人のささやく、耳障りの良い発言に、惑わされてしまうんちゃうかなぁ、と思った今週でした。
 
名前は言わんけど、
このメッセージを読んでる「あんた」のことやでっ!
 
追伸、
 
人間とは何ぞや!?
 
幸福とは何ぞや!?
 
ということをやねぇ、
 
時間的に、お金的に、精神的に余裕が出来たら考えるわ。という程度のものやないと思うんです。
 
人生の優先順位は、ココじゃないでしょうか!
 
そうせんと本当のスタートにならんと思います。
 
せないかん事の後回しは、やっぱりいかんでしょう。
同時進行が大事やと思います。
 
エネルギー注ぐとは、
命を傾けるとは、そういうことやと思うんです。
 
一月八日は亡き人生の師匠の命日なんです。
もう22年になります。
 
ワシの言う師匠というのは、魂ぶち抜くほどの、生涯を貫く、
人生の歩みを示唆し導いてくれる人物を言います。
だから軽々しく師匠と巷で呼ぶ人がいますが、ちょっと価値観が違いますね。
 
己は、どこから来て、この世に何をしに来て、どこへ去り行くのか。を
見極めるのが人生と師匠の人生哲学から学びました。
 
師匠は、禅坊主であり歴史学者であり哲学者であり、神道家であり、慈愛に満ちた人物です。
 
まさに、師匠の哲学に触れることが無ければ、現在の自分は有り得ないと、つくづく実感します。
 
単なる商売人の域に留まっていたと思うし、
商売人の域を越える心境にはなってなかったと思います。
 
株式会社エモーションの社長である前に、香川湧慈という人間ですが、
香川湧慈である前に、前世で師匠の門下生として人生を歩んでいた。
という心境になったんですね。
 
こういう心境にまで到達するくらいの存在を、師匠と言うんだと思うのです。
 
正師(ショウジ)を得ることは、廻り合わせ、運や縁だと感じます。
 
歴史を学ぶと、先哲と言われる弘法大師こと空海も、道元禅師も親鸞上人も皆、
自分の人生を導いてくれる正師を求めた前半生であったことを考えてみても、
正師を得るとは如何に稀有なことであり、幸福なことかを感じてなりません。
 
では今週のメッセージです。
 
人それぞれ、生活のスタイルがあるんだから、他人がとやかく言う筋合いは無いと思うんだけどたまに、誰かが、他人の生活スタイルを見て「あれは、いかんやろう!」と言うてるのを耳にしたりします。
 
悪気で言うてるんじゃないのは分かるんですが、その家庭には、その家庭の事情があるし、
また目に見えない因縁なんだと感じます。

人にアドバイスするには、寧耐(ねいたい)を要します。
先ず、相手が自分のことを尊敬の念と親しみの情を抱いてくれていて尚且つ信頼を置いてくれている間柄でないと、アドバイスというのは、素直に相手が、自身を正そうとはしないものです。
 
人間関係に於いて、そのように努力する事はあなたの人生にとって大切だと思うのです。
 
だから、
視野を広げな、いかんのよ。

人生哲学を深めな、いかんのよ。
 
多様なる価値観を持たな、いかんのよ。
 
まぁ、生涯勉強せな、いかんと言うことです。
 
生涯勉強することが愉しいと感じられないと、やっとられんわねぇ。
 
せないかんから、勉強するんじゃなく、自分の中の「なるほど!!」を発見するのが愉しいから、
勉強って続けられるんです。
 
人に感動を与えるのは、
その人の人生の価値観に裏付けされた生き様やねぇ。
つくづく、そう思います。

この「インスピレーションメッセージ」は、携帯メールで約500名の方々に一斉送信していますが、
(併せてフェイスブックに転送も)中には、お会いしたことのない、
うちのルイボスティーのお客さんもおいでます。
 
ルイボスティーの問い合わせでやり取りしてて、その方々の携帯メールアドレスが分かり、
以来、一斉送信メンバーに登録して発信させてもらっていますが、
個人的な相談事をメールで受けたこともあります。
 
まさに、縁深いと感じました。
うちの掲げている「心の通う通心販売をめざして」と言うことにも、少しは繋がっているのかな、
と嬉しくなります。
 
「品質は人質(ジンシツ)」という想いを注いで、社業に取り組んでおりますが、
会社の品質は、そこの社員達の品質に尽きると思うとります。
 
何年も前に発信した「呼吸を合わす。歩幅を合わす。」というメッセージがあるんですが、
自分がメッセージを発信していて、受信者さん達の感想メールを読むうちに、
やっぱり人生は、こうやなぁと感じます。
 
「呼吸を合わす。歩幅を合わす。」だけでは、いかんなぁ、と。
 
やっぱり相手の背中を押してあげんと、いかんよなぁ、と。
 
だから一歩進んで、呼吸を合わし、歩幅を合わしながら、背中を押して歩むことが大事なんやと。
 
タイミング良く相手の背中を押してあげれる教養や、信念を身に付けることが、大切と思った次第です。
 
皆さんは、誰か縁ある人の背中を、タイミング良く押してますか?!
 
これが、愛情であり、慈悲なんだというインスピレーションが浮かんだ今週でした。

追伸ですが、ニュース見てて大手企業経営者が所属する経済三団体の経営者達の
今年の抱負を聞いてましたが、失礼ながら、情けない感じがしたのはワシだけでしょうか?
 
日本経済を動かしている、お歴々の言としては、皆、経済至上主義オンリーです。
多くの働く社員達の、心の背骨をシャンとさせるような「背中を押す言葉」がなかったのは、
残念でなりません。
 
人間としての、希望が湧くような、言葉が発せられないのは、
人生哲学が浅いんじゃないかと感じてしまいます。
 
昔の大手企業経営者の中には、
人生哲学を確り持って社員達に生きる勇氣を与えていた人が重鎮として居たように思います。
 
石川島播磨や東芝の社長を務めた土光社長、松下電器の松下社長、出光興産出光社長、
東洋工業の松田社長等々。この方達は哲学が確りしとりますね。
 
やはり今の世の中、我々中小零細企業経営者が幸福度の高い結果を残して行かないかんなぁと思いました。