相手の立場を思いやる言動が相手の心を救うんです!
 
皆さん、真面目に自分の心に問い掛けてみて、よくよく自分の現状を考えてみてほしいのです。
 
如何に恵まれているかを、感じませんかねぇ?
 
あなたは今、恵まれていると感じないんなら、それはあなたの心が貧困やと思いますが、、、
何か!?(笑)
 
一般家庭(セレブじゃない人)に於いて、お金を使うということは、毎月の手取り収入の中で、
使うものなのに、
 
クレジット的な使い方や、いわゆる「安物買いの銭失い」を無意識に習慣化している人がいるのは、残念に思うんよね。
 
安いのを見つけたから、買わないと損、みたいな感じでついつい、しょっちゅう買ってしまう人。
 
そして、お金をキチンと分けて使おうとしない「どんぶり勘定」の人。
 
ワシの知る限り独りで商売している人や、お金に苦労したことの無い主婦に多いんですよ。
 
あっ!自分のことや。って思った人、これは「学び」やと捉えて受け止めて下さい。
 
「学ぶとは、心が内に向くこと」です。
 
売上金を商売に使うポーチに入れて、その中から仕入れ代金を支払うようにして、

月末に現金が余ったら、自分の財布に入れることを徹底するんです。
 
主婦なら、食費は別ポーチに入れ、そこから一ヶ月の食材購入をし、レシートを入れ、

月末でお金余ったら、自分の財布に入れるようにすることが大事なんです。
 
家計簿付けるのが面倒な人にオススメしています。家計簿付けなくていいから、

食費のポーチを用意して、一ヶ月の食材購入はその中から使うことがポイントなんです。
 
自分に良い習慣を身に付けるには。お小遣いと生活費は、お金を分けるだけ!でいいから5月1日か

らやって下さい。月始めやしね。
 
「安物買いの銭失い」「どんぶり勘定」
 
こういう何気ない、あなたの癖が、自分の運気を下げ、

あなたの大切な人の足を引っ張ることになっている。とは誰も思わんものなんよな。
 
でも、そう考えてほしいと思うんです。
 
あなたを取り巻く周囲の人と、あなたが共に努力して幸福の「桶」という器に、

水を貯めているにも関わらず、なたの何気ない「安物買いの銭失い」習慣や「どんぶり勘定」の習慣

が、幸福の桶に小さな穴を空けることをしているということに気付かないんですよ。
 
あなたの努力が、たったこれだけの事で報われなくなるんです、ほんまやから信じてちょうだい。
 
皆んなの努力で貯めた水を、あなたが穴を空けてるんだと、ちょっと考えてみてほしいのです。
 
相手の立場を無意識に思いやる心を備えませんか!
 
あなたが、あれもほしい、これもほしいと思うことに比例してあなたの心が貧困になってるとしたら、

と考えてほしいんです。
 
一つほしいと思うと、一つ心が貧しくなる。と、ちょっとは考えてみたらどうでしょうか。
 
あれもほしい、これもほしい言うとったら、一番大切なものを失うかもしれませんよ、と言いたいので

す。
 
戦後、物資が何にも無い時、お腹すいた、お腹すいたと泣き叫ぶ子供に、親は何か食べさせたいと

思うけど、無い物は、無いんです。
 
皆さん、何でも「くれくれ」言うてませんか!
 
有れば、あげるんやから。
 
相手の心中を察してあげるのが、思いやりでしょう。ほしいものは、たった一つでええのと違いますか!!
 
たった一つの「幸福」感じるものがあれば、他はほしいとは思わんでしょう。
 
ワシは、そうやけどなぁ。
 
人生40歳50歳を過ぎたら、人生の折り返し地点なんやから、捨てて行く人生が、心の幸福度を増し

て行くのに。と思う訳です。
 
一枚一枚心の垢を、そして、ほしいという心を捨てて歩みませんか!
 
そして「シンプルイズベスト」に成るのが、真の幸福やとワシは思います。
 
「所有権」を持とうとするところに、不幸の入り口があるように感じますけどねぇ。
 
「持たざる経営」「持たざる人生」が重荷が無くてスッキリ人生を歩めるような気がするけどなぁと、

「ほしい、ほしい」と言っている人を見るに連れ、感じてしまう今週でした。


先週のメッセージの中で、やる気ある人、情熱ある人、威勢のいい人に、人は付いて行くもんです

が、得てして、本来の目的には付いて行っているかどうかは定かでない。と話しましたが、
 
まぁ往々にして、ベンチャー企業経営者で上場した威勢のいい人が、会員制の勉強会なるものをや

ってるのを見聞きしますが、大抵が、多額の会費を取ってます。
 
会員になろうとする人達は、そこに所属すると何かしら自分も金持ちに成れると思ったり、
人脈ができると思ったりの妄想を起こしていると感じてしまうんです。
 
そもそも人脈って何なのか勘違いしている人が多いように感じます。
 
知り合いが増えることは、人脈が出来ている。ことには成りません。
 
ワシは人脈とは、こう定義しています。
 
「信頼関係の構築された知り合いで、絆の結び付きが強い間柄」と。
 
ちょっと実績評価されている人に、振り回されているなぁ、と感じてしまう中小零細企業の社長が多い

と思うんです。
 
あなたは、その人の実績に魂が震えますか?
 
人間としての深みを感じますかっ?
 
この二つで判断されてはどうですか?
 
魂震えるか?人間としての深みを感じるか?
 
「行ないは心」です。
 
その人の「行為」を見てたら、その人の「本心」を感じてしまうもんですよ。
 
また、そう簡単には人脈は出来ませんよ、と言うとるのです。
 
その人と、人生を歩む価値観の共感があって、何かを共に取り組む過程で、苦楽共有出来て初めて

信頼関係が徐々に出来て来るもんです。
 
そして「人脈」へとつながって行くもんですよ。
 
そういう所に集まる人達が「すごいなぁ」と感じている事実がありますが、よぉ~に考えてよ、

何がすごいと感じているのか?を。
 
その人に「人間としての深み」を感じるんなら、ええのよ。OKです。
 
でもひょっとしたら、その人の内在する深み以外の何かに、

あなたは「すごい」と感じてしまってはいませんか?!
 
惑わされては、いかんと思うけどなぁ~。
 
もっと本来のやるべき事があるんとちゃうかなぁ?
 
足下を固めるって、そういうことやと思うんだけど。
経営者は結果で判断されますし、判断すべきものですが、じゃあ問います。
 
結果の定義を自分なりに明らかにせんかったら、結局目に見えている数字の結果に惑わされてしま

うことって往々にしてあるんですよ。
 
例えば、会社の当期利益額が多いが、そこの社員達の給料、福利厚生、勤務時間、風通し、

相互の心の通じ合い、
 
人間的成長度、職務能力成長度、理念習熟度、等々が、魅力的で無ければ結果と言えるんだろう

か?ということです。
 
これらを総合したものが、結果やと思うのです。
 
ワシの言う結果とは、この総合的内容の向上で判断すべきだと言うとるのです。
 
だから、単に業績の数字だけの結果を出してる人に、振り回されんといてほしいと願っているんです

ワシは。
 
人生観、社会観を確り持って仕事している人は、表面的な結果に惑わされなく、

それを参考資料に出来るもんです。
 
そういう事柄の出逢いが、参考資料に成るか、振り回される道具にされるかは、あんた次第ですよ。
 
よぉ~に足下固めなくっちゃね。
 
徳を積む生き方を皆んなでしてほしいんです。
 
そういう生き方していると、例えば、お金が必要な時には、必要なだけ、ちゃぁ~んと廻って来るよう

になっとるもんです。
 
必要な時に、必要なだけあれば、ええでしょ!
 
余分は、天はくれない(与えて)もんです。
 
ほしいけど、ね。(笑)
 
天から見られて、モノに成る人間でありたいと思います。

このメッセージを読んでくれている経営者の皆さん。
歴史上の名将と言われる人達の共通項の一つに「先ずやるべきは、民が安心して生活できる環境を作ること」を実践して来たことが窺えます。
 
現代の経営者に置き換えると「先ずやるべきは、社員が安心できる経営環境を作ること」となります。
 
それが、土台なんです。
 
地震が来ても崩れない確りとした基礎であり土台だと捉えることが出来ないと、
ホンマにええ会社は出来んと思います。
 
あなたの会社の社員達の、安心感は、何なんか?を考えたことがありますか?
 
と問いたい。
 
その安心感を創ってゆくには、経営者自身が「何を」本(もと)にするのか?
 
「何が」末(すえ)なのか?
 
つまり「本末」(ほんまつ)を自覚することから、全てが始まるように思うんです。
ワシは自分の性格、性分を見詰めて行くと、やっぱり本末の本(もと)は、教育者なんだという自覚に至りました。
 
根底に、人をより良く導いてゆく性分が在るんです。
だから教育者というベースで戦略を組んで会社経営を実践しているんです。
 
だから、社員は何かしらの安心感を抱いているんだと感じています。
 
例えば、本末の本(もと)が職人だという自覚がある人は、
その特性である職人をベースに会社の戦略を組むべきです。
 
そうせな、無意識の内に、フラストレーション=欲求不満が沸き起こってしまうんです。
 
自分の本末の本(もと)は、何なんか?
 
先ずは、その自覚をする為に内観せな、いかんのとちゃうかなぁ?
 
そうやって、冷静に人生観を養ってゆくと、やがて、こういう人生を歩もう!と決意が湧き起こるはずです。
 
そして人生を生きる覚悟が芽生えれば、自分のやっている経営を見直すことが出来ます。
 
常に、四方八方から考えて、違和感の無い、無理の無い状態を考えているとブレないようになります。
 
やる気や情熱だけでは、回りしますよ。
 
覚悟が定まっていないと。
どういうことかと言うと、やる気や情熱は熱量だから、その熱に影響されて人は付いて来ても、
本来の目的に付いて来ていないと思うんです。
 
覚悟ある人に、人は本来の目的を見失わずに付いて来るもんです。
 
この意味分かりますかねぇ?
 
「よし!やるぞ!」は威勢がいいだけで、そのエネルギーに人は酔いしれて付いて来てる人が多いもんです。
覚悟は、もっと冷静で静かなものなんです。
 
分かりやすく言うと例えば、損することに情熱は湧きませんよね。
 
よし!損するぞ!って熱くなる人はいないでしょ。
 
でも、人生の目的がハッキリ存在している、覚悟ある人は、目的の為なら損することは、眼中に無いもんです。
 
いわゆる損得に関係なく、振り回されないんです。
 
静かなる情熱が確立して来ると、覚悟が生まれます。
常に、覚悟を意識していればブレることはありません。
 
常に中心に自分の心を向けることです。
 
中心の中と心を一つの漢字にしたら、忠義の忠になります。
 
あなたは、自分の覚悟に、忠義を尽くしていますか!
自分の覚悟に忠義を尽くさんで、何に忠義を尽くすんや?!って言いたいわ。
 
どんな職業の人であろうと、男であろうと女であろうと「忠義の士(サムライ)」に成りましょう。
 
忠義の人は、美しい。といませんか?
 
ワシは、美しいと思います。
 
また覚悟ある人は「伝える」ことが成熟されています。
それが自然体で出来れば、勘違いや、誤解の歯止めになりますし、共感者を増やして同志を創ることにも、つながります。
 
経営者は、
第一に「愛情力」
次に「先見力」
そして「吸収力=応用力」というのが、ワシの持論です。
 
うちは、女房とも、社員とも、苦楽共有しています。
楽して暮らせる世の中は、本当の人生の充実は味わえないと思います。
 
苦労して、苦労して、暮らせている世の中が、実は、人間を腑抜けに陥らせず、人生の充実、愛情を味わえるし、自分も磨かれるんですね。
 
これが「まこと」だと確信しています。
 
「まこと」には4つの意味があり、全てを包括していること。とワシは定義しています。
 
4つの「まこと」とは、
 
真(まこと=宇宙の真理)であり、
 
信(まこと=自分の信じているものであり、想い)であり、
 
真事(まこと=物理的事実)であり、
 
誠(まこと=真心)
 
これが冷静に考えて、全て当てはまっているものが、実は「経営理念」でなければ、充実には至らないんだよね。
 
覚悟というものが醸成されるには苦労しないと、絶対に人生の覚悟は定まりませんから。
 
だから、縁深い者どうしで、苦楽共有する、苦労して、苦労して、やっと暮らせている状態が、
実は、幸福な人生を歩んでいるんだと悟りました。
 
だから、先哲(昔の哲人と言われる人達)は苦労せえ!」と言われて来たんだと思うのです。
 
皆さん!苦労と思える事を愉しみましょう。
(愉しいとはユーモアが滲み出てるということです)
ワシは、中小企業家同友会という経営者の真剣な交流(勇氣を与えたり、与えられたり、
自己を見つめ直したりする)で自己の内面の変革をして行きながら会社の事業を着実性と収益性を見出だし、人間的に温かい風土にして行こうとする、経営者仲間の勉強の会に所属しています。
 
もう25年7ヶ月になります。
 
ほぼ休んだことがありません。
 
約26年、月に約10日近くの同友会の会合を休んだことが無いって、どんな心境か分かりますか?
 
義理じゃ続きませんし、又面白くなきゃ続きませんよ。
 
そして、いい刺激を受けたり、与えたりしているから続いているんです。
 
我々、同友会の仲間の体験報告を聞き、お互いの会社に置き換えながら討論するのが、
通常の例会です。
 
約26年所属していると、他の経営者を観察していて感じることは、経営を体系立てて論理立てて、の勉強も同時並行でしていないと、中々、自社に活かして行くのは難しいんじゃないかと感じるんです。
 
だから、ワシは、個人的に、そうですねぇ、平成5年から経営を体系立てて論理立てた勉強始めました。
始めたから、身に付いたというものではありませんが、始めなければ身に付くことは無いと思うのです。
 
同友会では、経営者の生の体験報告を聞く機会が9割以上あるので、自分に置き換えて考えを深めていますが、同時並行で経営哲学を深め、概念整理出来る勉強会を自分が主催して丸14年と少しになります。
 
体験報告を聞くだけでは、どうしても自分の知識の範疇でしか、判断出来ないと感じます。
 
全て、自分の捉え方と応用力如何ですからね。
 
同じ体験談を聞いても、人それぞれ捉え方が異なるからね。
 
だから、体系的に論理的に、経営学を学ばないと中々自社に、自分に、活かすことが出来ないと思います。
経営学は学べても、経営は実践実技でしか、身に付かないんですよ。
 
でも、アメリカナイズされた経営学でなく、日本人的「有情活理」の経営学を学ぶことは、とてもとても大切で、ホンマに大事なんです。
 
こういう勉強会に参加できる人と、参加出来ない縁の無い人が居るんだけど、
これは、やっぱり巡り合わせや運命やと感じます。
 
もし、ワシが丸14年数ヶ月毎月実施している経営哲学講義に興味ある人は、個人的に連絡下さい。
 
年間スケジュールと内容を記載したもの送りますよ。
高松市丸亀町に在る会議室を借りて実施しています。
自主性を重視していますから、一年間の日程表を渡しているので、出欠は取りませんし、毎回案内もしないスタンスなんです。
 
来る者拒まず、去る者追わず。のスタンスで14年数ヵ月やっています。
 
人間とは何ぞや?!
 
「経営は人間学」を学ぶ勉強会です。
 
人生観、社会観を養い深めて行くことは、人生のあらゆる問題事を自ら克服する為に、大いに役立ちますね。
 
あなたは、何のために生活していますか?!
 
を深めて行くことは、いい事だと思うのです。