人数が多く居る会社の社員の心理的特徴。
 
人数規模が大きい会社では仕事を通じて、もっと人間的成長と業務能力向上をしたいと考える社員と、仕事をただ収入源としか考えない社員が居ます。
 
これはある意味、仕方ない人間構造やと思います。
 
「成長」したいと思っている人には、
追い詰めると、成長に向かうんです。
 
「収入源」と思っている人には、
追い詰めると反抗するもんです。
 
収入源としか考えない社員は、例えば、お客さんから会社の仕事に対して、クレームを受けた時に、
 
社長の管理者に対する対応が単に「部下に対する厳しい指導」を命じたとします。
 
それで部下の多くが退職した、としませんか。
 
しかも退職した社員がネットに「充分な教育もせず、クレームは社員のせいにする会社」と書き込みをしている光景を見ます。
 
しかし、成長を求めている社員は、そのクレームをくれたお客さんとの信頼関係を形成しようと、
自主的に工夫していますね。
 
お客さんが「言葉から発生する誤解」から不信感を抱かないような工夫をしていますね。
 
それはその社員の性格よりむしろ、自分を成長させたいという意欲の現れとも言えます。
 
だから、もし会社が、その成長希望社員に充分な教育や成長機会を与えていなければ、
その有能な社員は、転職を考える要素が大ですね。
 
成長希望社員には、会社の将来展望や経営理念の共通認識や、共感をしてもらう努力を、
何よりも欠かさず実施し続けないといかんと思います。
 
その一方で「収入源社員」には、ビジネスライクな対価構造を意識させ、社員が何を守り、
何を実現すべきなのかを、明確にすることが要求されますよ。
 
会社の勝手な要求ではなく、社会的に正当な「求め」をしているんだ、という経営の姿勢を成文化していると「収入源社員」の人達にも、合意と納得の経営を実践しやすいと思います。
 
経営の正当性を貫く姿勢が、どちらのタイプの社員達にも、自らの反省心を呼び「役立とう!」という姿勢の原動力に成るのだと思うのです。
 
大手企業になると、業績を上げたり、業務能力のある人は、報いられる仕組みがあるように思いますが、
そうでない人は、切り捨てられる風土があります。
 
そうしないと何千人、何万人という所帯を維持出来ないんだと感じます。
 
業績を上げられない社員を懇切丁寧に育てる風土は、無い!と思うんです。
 
経営の正当性を貫いている中小零細企業では懇切丁寧に社員を育てる風土がありますし、
一人一人の特性に応じた職務を与えることが可能だから、
 
社員全員を「成長思考」で「成長志向」型に持って行けます。
 
経営者の経営姿勢に共感してもらう施策が、人間的に可能なんです。
 
大きい規模になると、それが出来ないスパイラルに入るんじゃないかと感じています。
 
経営は生き物です。
 
根底から全員を幸福にして行く理念が存在して、理念が「まぁ、行き届いているなぁ」と感じている間だけ充実が生まれ、
 
また、社員が、どこか理念を忘れとるなぁと感じた時「収入源社員」になっているんだと感じます。
 
だから「生き物」なんです。いくらお金を内部留保したから、とか、
安定と思えるビジネススキームを構築した、とか、上場した、とか、
 
だからと言って全員が幸福を感じ続けられるか?は、生き物ですから、分かりませんよ、と言いたいのです。
 
「上場企業の社員にしてやれた」と簡単に言うベンチャー社長がいますが、上場企業の社員になったが故に、
 
嫌~な、保身第一主義の上司の部下に成らざるを得なかったり、数値第一主義の為、心が疲弊したり、
 
利益の為に平気でレイオフ(首切り)が実施される会社に陥るかも、です。
 
理念が行き届いている間だけ、全員に充実が生まれるんです。生き物ですから。
 
だから、経営者の心が行き届く人数規模で商いするのが、心地好いと思うんだけどねぇ。
 
上場して、自分は株売って数十億を手にして、次なるビジネスを手掛けている人達を見るにつけ、こう思うんです。
 
社員を社長の野心(自分だけの欲望)の片棒担(カツ)ぎにしてはいかんと思うんだけどねぇ。
 
それはまるで、社長のギャンブルに社員を巻き込んでいるのと同じやのに、、、。
 
死ぬまでにツケが来ると思うんだけどねぇ。
 
いや、死んでから、もっと大きなツケが来るような気がするなぁ、と思った今週でした。
 
「商売は戦略であり、センス。経営は温かさ。」が、ワシの持論で、実践しているつもりです。
 
戦略とは戦を略すると書きます。
 
あなたの仕事で、これだけは絶対に略できないものを考え抜いたら、略できるものを一旦、全部止めてみるんです。
 
あれもほしい、これも放したくない、と思うとる内は、つまり「いいとこ取り」を狙っている内は、あなたはモノに成らんと思います。
 
温かさとは、人間としての温っかい心のことです。
 
人が本心から付いてゆくのは、人間としての温かさを感じる人にだけですよ。
 
ホンマに。
 
なのに、なぜ?あなたは、人間として温かく成れへんの?と問いたい。
 
商売で儲けている人は、いっぱいおるでしょう。
 
でも、それだけなら、尊敬には至らないんです。
 
だからワシの持論は、「商売は戦略であり、センス。」「経営は、温かさ。」
 
というのが昔からの信念です。
 
だから、世の中の人がよく言う「そこまで、ようせんわ。」を、具現化しているんですよ。
 
嘘やと思うた人、うちのホームページ(www.emotion.net)をクリックして「香川湧慈の考え方」をクリックして一番目に添付している、
 
経営指針書を開いて、福利厚生の所を隈無く読んでみて下さい。
 
わずか七人の会社で、これだけ実施している会社は無いですよ。と多くの経営者や生命保険の人達から言われます。
 
先ず、考え方を発信することが大事と思います。
 
しかも、さりげなく。
 
「秘すれば花」という言葉が日本古来からありますが、また自分もこうありたいと思うんです。
 
「何にも言わない」んじゃなく、相手のことを思った時だけ発信しています。
 
「秘すれば花」
 
皆さん、自分なりに思いを馳せてみては、どうですか?
 
 
今週は、持論を更に確信する場面に居ました。
 
やっぱり人間は二十歳までに、つまり十代で苦労体験をしている人は「ちゃんとした人間」に成るなぁ

と、再確認した思いです。
 
社員の採用も同じやと感じます。
 
人の道を、トコトン発する社業をしていれば、今どんな社員だとしても、

必ず、魂レベルで分かってくれるという思いをまた一つ重ねました。
 
苦労体験をしていても不勉強で無知なるが故、不遇な日々を過ごすことになる人と、

巡り合わせ(出会い)によって、識を学び教養を身に付けてゆくようになると、

過去の苦労体験をしているが故に、身の素直さ、生まれ持った才能を発露するように成っているんだ

なぁと感じます。
 
また、組織に於いて「文化」が無いと、基本方針は生きて来ないと感じます。
 
家庭、職場、団体、あらゆる組織に於いて、です。
 
あなたは、あなたの所属する組織に於いて、文化を形成していますでしょうか?
 
文化を形成するには、本物を追求する姿勢が必要なんです。
 
あなたが「本物思考」で「本物志向」でないと、たぶん文化は形成されないんじゃないかと思うんです。
 
文化が無いと、どうなるか?こうなるんです。
 
あなたが貫きたい方針は、貫かれないと思います。
 
だから、文化、社風、家風創りに、全身全霊を傾けることが、大事なんです。
 
「社風は最大の教育者」と昔から言われる理由が、そこに在るんです。
 
一旦、良い社風が出来れば、良い文化を創る原動力に成るんです。
 
そうすると、そこに居る人達は、良い流れに乗れるようになって行きます。
 
だから、ワシは、良い社風創りに於いて、一切の妥協は許さないし、妥協しないし、貫いて来たんです。
 
社員皆を、そして家庭に於いては女房を、良い流れに乗せてあげたいと心底思うとるからです。
 
だから、方針が貫かれて、合意と納得の経営(家庭も会社も団体も)が為されるようになります。
 
そして「統一ある発展」へと向かうと思います。
 
統一の無い発展の行く末は、分裂しかありません。
 
また逆に、発展の無い統一の行く末は、衰退になるんです。
 
さぁ、
あなたの家庭は?会社は?あなたの所属する団体は?
 
「統一ある発展」を目指さないと、心スッキリ充実には至らないと思いますよ。
 
人が集まると、性格や思考が違って当たり前です。
 
でも縁あって集っているんやから「いい家風」「いい社風」「いい文化」を創る為にも、統一ある発展を

心掛けましょうや。と言いたいのです。
 
良い文化を創ってゆくコツは、家庭も職場も所属する団体でも一緒です。
 
それは「中間報告」が完璧に為されていることなんです。
 
キチンと、ちゃんと、途中経過を報告し合うことが、文化形成には大事なんですよ。
 
皆さん、出来とりますかぁ?
 
会社で例えるなら、情報の共有化が、社内のツールにキチンと、出来ていることです。

しかも完璧に!です。
 
うち(エモーション)では、事務部門と製造部門と違っていても、常に「情報の共有化」が出来るよう

工夫と注意をしょっちゅうやっています。
 
この「しょっちゅう」が大事なんです。百回でも千回でも、発信し続けています。

皆の幸福の為やからね。
 
クソボロ役所でよくある「私、担当ではないので知りません」的な。
 
うちは、そういうことの無いように、な!と社員に注意を促しています。
 
皆さんも、皆さん流に工夫と注意を実施されたし。
 
情報を共有して、次なる一歩を考える、次なる一手を打つ為に、

中間報告が日常的に必要なんです!
 
結果報告じゃ、いかんのです。
 
日常的な「今、こうなっています。今、こうしています。」という中間報告が為されていることが

共に仕事が出来る要(かなめ)なんだ、と認識してほしいと思います。
 
共に仕事(生活)をする為に、命令系統が一本化されていないと、出来ないということを言いたいのです。
 
あなたの会社、団体では、命令系統が複雑になってませんか?(笑)