2016/07/15

「香川湧慈のインスピレーションメッセージ平成28年7月15日

人数が多く居る会社の社員の心理的特徴。
 
人数規模が大きい会社では仕事を通じて、もっと人間的成長と業務能力向上をしたいと考える社員と、仕事をただ収入源としか考えない社員が居ます。
 
これはある意味、仕方ない人間構造やと思います。
 
「成長」したいと思っている人には、
追い詰めると、成長に向かうんです。
 
「収入源」と思っている人には、
追い詰めると反抗するもんです。
 
収入源としか考えない社員は、例えば、お客さんから会社の仕事に対して、クレームを受けた時に、
 
社長の管理者に対する対応が単に「部下に対する厳しい指導」を命じたとします。
 
それで部下の多くが退職した、としませんか。
 
しかも退職した社員がネットに「充分な教育もせず、クレームは社員のせいにする会社」と書き込みをしている光景を見ます。
 
しかし、成長を求めている社員は、そのクレームをくれたお客さんとの信頼関係を形成しようと、
自主的に工夫していますね。
 
お客さんが「言葉から発生する誤解」から不信感を抱かないような工夫をしていますね。
 
それはその社員の性格よりむしろ、自分を成長させたいという意欲の現れとも言えます。
 
だから、もし会社が、その成長希望社員に充分な教育や成長機会を与えていなければ、
その有能な社員は、転職を考える要素が大ですね。
 
成長希望社員には、会社の将来展望や経営理念の共通認識や、共感をしてもらう努力を、
何よりも欠かさず実施し続けないといかんと思います。
 
その一方で「収入源社員」には、ビジネスライクな対価構造を意識させ、社員が何を守り、
何を実現すべきなのかを、明確にすることが要求されますよ。
 
会社の勝手な要求ではなく、社会的に正当な「求め」をしているんだ、という経営の姿勢を成文化していると「収入源社員」の人達にも、合意と納得の経営を実践しやすいと思います。
 
経営の正当性を貫く姿勢が、どちらのタイプの社員達にも、自らの反省心を呼び「役立とう!」という姿勢の原動力に成るのだと思うのです。
 
大手企業になると、業績を上げたり、業務能力のある人は、報いられる仕組みがあるように思いますが、
そうでない人は、切り捨てられる風土があります。
 
そうしないと何千人、何万人という所帯を維持出来ないんだと感じます。
 
業績を上げられない社員を懇切丁寧に育てる風土は、無い!と思うんです。
 
経営の正当性を貫いている中小零細企業では懇切丁寧に社員を育てる風土がありますし、
一人一人の特性に応じた職務を与えることが可能だから、
 
社員全員を「成長思考」で「成長志向」型に持って行けます。
 
経営者の経営姿勢に共感してもらう施策が、人間的に可能なんです。
 
大きい規模になると、それが出来ないスパイラルに入るんじゃないかと感じています。
 
経営は生き物です。
 
根底から全員を幸福にして行く理念が存在して、理念が「まぁ、行き届いているなぁ」と感じている間だけ充実が生まれ、
 
また、社員が、どこか理念を忘れとるなぁと感じた時「収入源社員」になっているんだと感じます。
 
だから「生き物」なんです。いくらお金を内部留保したから、とか、
安定と思えるビジネススキームを構築した、とか、上場した、とか、
 
だからと言って全員が幸福を感じ続けられるか?は、生き物ですから、分かりませんよ、と言いたいのです。
 
「上場企業の社員にしてやれた」と簡単に言うベンチャー社長がいますが、上場企業の社員になったが故に、
 
嫌~な、保身第一主義の上司の部下に成らざるを得なかったり、数値第一主義の為、心が疲弊したり、
 
利益の為に平気でレイオフ(首切り)が実施される会社に陥るかも、です。
 
理念が行き届いている間だけ、全員に充実が生まれるんです。生き物ですから。
 
だから、経営者の心が行き届く人数規模で商いするのが、心地好いと思うんだけどねぇ。
 
上場して、自分は株売って数十億を手にして、次なるビジネスを手掛けている人達を見るにつけ、こう思うんです。
 
社員を社長の野心(自分だけの欲望)の片棒担(カツ)ぎにしてはいかんと思うんだけどねぇ。
 
それはまるで、社長のギャンブルに社員を巻き込んでいるのと同じやのに、、、。
 
死ぬまでにツケが来ると思うんだけどねぇ。
 
いや、死んでから、もっと大きなツケが来るような気がするなぁ、と思った今週でした。