"安定"というのは本来無いと思いませんか?
 
よく気軽に他人が「安定していますよねぇ。」って言う声を
 
聞きますが、その人の毎日の努力を知りもせんのに、
 
そんなに気軽に言うてもらっちゃぁ、、、、、ねぇ。
 
ワシは、こう思うんですよ。
 
何事も、何事もですよ。
 
波の上を(ワシはサーフィンはようしませんが)
 
サーフボードに立って、体勢を崩しながら、そして整えながら、
 
ひっくり返らないよう続けている姿勢、努力が、
 
実はバランスを保つんです。
 
人生も、仕事も、この"バランス"を保ち続けるには、
 
波の上のサーフボードを乗り続けるという努力があってこそ、
 
のことだ。と言いたいのです。
 
「いやぁ、香川さんとこは、安定してますよねぇ~」って、
 
たまに言われますが、毎日どれだけ本筋を全うする為に、
 
神経注いでバランスを取っているか、
 
「些細な大事なこと」を社員に業務を通してタイムリーに、
 
口酸っぱく言い続けているか、推測してから言うてよねぇ。
 
って感じる時があります。
 
会社というのは、全員で波の上をサーフボードに乗って、
 
バランスを保ち続けるものやからね。
 
一人で乗っているんちゃうからねぇ。
 
皆さん、よぉ~に考えてみてん。
 
人生や、仕事のサーフボードでバランスを保ち続けるには、
 
全神経を研ぎ澄ますことと同時に、リラクゼーションが、
 
同居している脳の状態になっているんだと思うのです。
 
そして大事(本筋)なことを「繰り返し言う勇氣」を持たな、
 
バランスは維持出来ません。
 
何故か?それは不完全な人間集団(二人以上が集団ですから)
 
だからです。
 
その相手やメンバーに対して、仕事としての本筋が、
 
出来ていないと感じる事や、本筋のことを繰り返し言う勇氣を持てないとしたら、
 
あなたが(その相手やチーム(会社・組織)を)愛していない、どうでもええ存在やと思うるからなんと違うかなぁ?と思います。
 
その心中を察し合うことが大切なんです。
 
「言われんでも、分かっとるわ。」と言う人に、言います。
 
「分かっとる」とは「出来ている」ことです。
 
誰も、出来ている人には、繰り返して言いません!!
 
あなたや、会社を大切に想ってくれている人から、
 
言われているとしたら、あなたが、その人から観ると、出来ていないんですよ。
ほんまに。
 
だから自分の何気ない日々の仕事に、サーフボードに立ってバランスを取り続けている意識を、たまには持ってほしいと訴えたいのです。
 
人間は、ちょいちょいウッカリしてしまうもんですから、気付いた人が
 
「おいおい、ちゃんとしようで!」って声掛けする習慣が、
 
優しさであり、思いやりやと思うのです。
 
言われた人は、一瞬、頭に来ても
(脳が感じることは、どうしようもないから仕方ないけど、その後の言動は、自分が決めることが出来るという自由を持っているんやから)
 
自分と、その集団を思って言ってくれているんだと「有り難いなぁ」と感じる感性を養ってほしいと思うのです。
 
全て自分の捉え方が幸福を決めると思うからです。
 
仕事をしている人なら、あなたは「プロ」なんですよ!!
 
と自覚してほしいのです。
 
稼いでいる金額じゃないんです。
 
プロ意識を、何時も持っている。ということが相手にハッピーな心になってもらえ、
 
自分には、磨きを掛けることに成るんです。
 
あと、何でも軽々しく言う人は無意識に、他人(ひと)の懐(ふところ・財布の中身)を覗いていることと同じと気付いたらええのに、と思います。
 
失礼な、浅はかな、ことを無意識に、しょっちゅうやっているとワシも含めて、
反省せないかんですよ、
 
と言うとるのです。
 
皆さん、人生、仕事に安定なんてありません!!
 
他人から見て、安定しているように見えているとしたら、それはあなたが、
一所懸命バランスを維持しようと努力しているか、もしくは、先祖、先代からの
財産の上に胡坐(あぐら)をかいているか、です。
 
自問自答あれ。
 
軽々しく、毎月安定して収入がある、と思ったらいかんですよ。
 
世の中、安定なんて無いんやから。 常に波の上なんです。
 
仕事も、人生も。そう感じませんか?
 
「商売の規模というのは、経営者の好みによって決まる。」
 
どういうことかと言うと、起業する人って、やりたいことを事業としてやる訳やから、
経営者の好みなんです。
 
後継者も自分が納得して、その事業を後継してるはずなんですね。
 
だから、やりたい事の業態が例えば総合複合レジャー施設だとしたら、数人じゃ出来ないわね。
 
やっぱり数百人規模になると思うのです。
 
何が言いたいか。
 
やりたい事業によって、大人数にもなり、少人数にもなる。
 
どちらでも「経営哲学」によって充実出来る。と言いたいのです。
 
だから、事業つまり商売は経営者の好みですが、そこに携わる社員皆と充実を味わうには、
商売から経営に昇華せな、いけませんよ。と言いたいのです。
 
それには経営者始め、社員と共に、仕事を通じて人格を研き続けないと、
人生の真の充実は無いと思うのです。
 
頭の良さや業務能力というのは"人材"のレベルだと思うのです。
 
本物というのは、"人物"である。と思うんです。
 
"人材"は学校で育てられるかも知れませんが、"人物"というのは、学校では育てられない。と思うんです。

人物は、中々、育てられるものではないと思うんです。
 
一人一人が、高い志を抱いて生きる人たちの中から、歴史が育てるものだとも言えるんじゃないかと思うのです。
 
ただ、ワシが思うに、現代社会に於いて"人物"を育て得る機関が「会社」という存在だとも言えると思うんです。
 
それは、経済活動を実践する中で、人格教育を実践できる環境を創ることが出来るからです。
 
それを「経営」と言うんです。
 
経済活動しか、していないなら、それは単なる商売だと思うのです。
 
商売を経営に昇華させることが充実を感じるものです。
 
また、商売で言う「お金」は信用を数値化したもの。とも言えます。
 
また、信用を蓄積してゆくのがビジネスであり、仕事です。
 
「あいつと付き合って損した。」と思われるのが人生で一番良くないこと。と思うのです。
 
だから「あの人と付き合って、本当に良かった。」と思ってもらう言動をするのが、充実に至ると思うのです。
 
あなたは、周囲から「あの人と付き合って、本当に良かった。」と思われていると感じますか?
 
「毎日正しく苦しんでいますか?」と投げ掛けられたら、どう感じますかねぇ?
そういう人の中に、将来"人物"に成る人が居るように思うのです。
 
毎日、正しく、苦しむんです。これ深いですよ。
 
単に苦しんじゃダメなんです。ひねくれ者に陥ってしまうからね。
 
自分に正直に生きていたらまず苦しむことはないと思うのですが、
さぁ「正しく苦しむ」って?

たまには、こういうことを考えてみてはどうですか?
今、苦しんでいる人。
 
ひょっとして何かウソついてませんか?
 
ウソついていると、苦しみますよ。
 
正しく苦しんで下さい。
 
人生の充実が待ってると思うんですよ。
 
"人物"と言われる人は、
たぶん皆、正しく苦しむ時期を体験してるはずだと思えるのです。
 
どんな状況に置かれていても、絶対に自分から「参った!」と、言うてはならんのです。
 
自分から「参りました。」と言っている人に、神さんも応援のしようが無いと思うのです。
 
ダメになった人というのは「自滅」しているんだと思うのです。
 
だから、絶対に、自分に、(大声で〓→)負けたら、負けたらいかんぜよっ~〓
とエールを贈ります。
 
 
たぶん、多くの人が「運」を良くする本だとか、そのような類いのものを読んだりしながら、

自分に運を呼び寄せたいと思って色々やっていると感じるのですが、
本末転倒に陥ってはいかんですよ。と投げ掛けたいなぁと思いました。
 
先ず「後始末きちんとスグ実践」ということが運を呼び寄せる大前提だと思うのです。
 
例えば、脱いだ靴はスグ揃える。下駄箱に入れる際は靴先を手前に、靴のお尻を奥に入れていますか?
 
自宅でも、ちゃんと靴を揃えていますか?
 
脱ぎ放しにしていませんか?
 
朝、おはようございます。と挨拶していても、ちゃんと相手の顔を見て挨拶していますか?
 
帰りも、お先に失礼しますやお疲れ様でした。の挨拶も、相手の顔を見てちゃんと挨拶していますかねぇ?
職場でも自宅でも、最低限の「後始末キチンと」を徹底実践していることが、運を呼び寄せる栓なんですよ。

栓とは、洗面台に水を溜めようと水道水の蛇口をひねっていても、栓が出来ていなかったら、水は何時まで経っても溜まりません。
 
運の水を呼び寄せる努力をしていても、ちゃんと栓をしていなかったら、運の水は溜まりませんよ、と言いたいのです。
 
いくら運勢の本を読んだり、パワースポットだと言われる場所に行っても、運の栓をしていなかったら、
 
あなたの努力は流れ出てしまうと思うのです。
 
運の栓が、毎日の些細な、「後始末キチンと」なんです。
 
脱いだ靴は毎回ちゃんと揃える。
 
飲んだコップは、すぐ洗って水切り棚に置く。
 
挨拶は相手の顔を見て実践する。
 
相手の顔を見ない挨拶は、誠意が無いでしょう。
 
誠意の無い行為に、運が喜んで来ると思いますか?
 
職場では、毎日の業務です。
 
それも「些細な事をきちんと」する。
 
些細な事ほど完璧に、百点いや120点目指してする。
これが誠意のある行為なんです。
 
疎かにしない。
 
疎かにしないというのは、誠実だという証拠です。
 
誠意ある行為を日常的に実践している人、つまり誠実な人に、運は向こうから喜んで来てくれると思うんだけどねぇ。
 
会社での日常的な事の一つに、支払代金を振り込む際、絶対に振込手数料は差し引かないこと。
 
何にも言わなくて、振込手数料勝手に差し引いて振り込んで来た会社は、あぁ、ここは誠意がない、誠実に欠ける自分勝手な会社なんやなぁ、と昔から感じて来ました。
 
またはケチ臭い会社やなぁと。
 
正当な商売として決めた額を、そのまま振り込むのが当たり前なのに、振込手数料を引いて振り込むと自分の運が、あなたに嫌気さして逃げて行くっていうことに気付かないかんですよ、と言いたいのです。
 
運を呼び寄せたい人に言いたい。
 
本を読んでも、誰かに聞いても、運は来ないと思います。
 
あなたが、毎日の些細な事を後始末キチンとする習慣、毎日の些細な業務をキチンと完璧にこなす習慣が、誠実さの現れなんです。
 
そんな後始末キチンとしている人に、運というのは、ハイ喜んで!と来てくれるんとちゃうかなぁと思うのです。
 
些細な業務や、些細な事をする時の心境は、こういう心境でやってみてほしいのです。
 
人生最大のピンチを救ってくれた命の恩人の人の些細な頼み事をしているんだ!と思ってやってみて下さい。
 
誠実な気持ちに成るやろう。
 
命の恩人に対して、こんな些細な事でいいんですか?って気持ちに成るやろう。
一つ一つを疎かにしない。これを誠意ある行為、誠実な人間の気持ちの現れ。と言うのです。
 
こういう気持ちを、日に一度でええから思い起こしてほしいと切に願います。
リーダー的立場に居る人達を見ていて感じること。
 
会社の社長や、何かの「会」の支部長、PTAの会長、お店の店長いわゆる組織の「長」の、
立場に居る人達に伝えたいなぁと思っていること。
 
皆さんは「リーダーシップ」という言葉はよく耳にすると思いますが、リーダーシップとはどういうことを言うのか知っとりますかぁ?

またリーダーシップを発揮するには「ヘッドシップ」が必要なことを知っとりますかぁ?
 
と伝えたいなぁと感じました。
 
ヘッドシップとは、指導者の考えによって実行方法を決め、これに基づいて部下に任務を与え、
実行させることを言います。
 
リーダーシップとは、部下の総意(社会正義に則った全員一致の意見)に基づいて実行方法を決め、各人の自発的努力を全体の目標に総合指向する指導のことを言います。
 
分かりますかねぇ?
 
つまり、ヘッドシップ無きリーダーシップも、リーダーシップ無きヘッドシップも、功を奏さないんです。

最近よう見かけるリーダー的立場の人の言動が、まるで自分の意志が無いんとちゃうかい?と感じてしまうくらい、熱が感じられない人を見かけてしまうんですね。
 
確(しっか)りせえよっ!!と背中を押したいわ。
 
リーダーシップを発揮する為には、先ずヘッドシップが要るんじゃないかとワシは思うんです。
 
斯く言うワシは自分のキャラでもありますが、昔からヘッドシップを実践して来ました。
 
何でか?
 
それは自分の傘下の人達の特性によると思うのですが、うちの社員達の特性を考えた時、
トップであるワシが「叩き台」を作って、社員達に提示して来ました。
 
「これこれ、こうしたいから、こうしようと思うけど、皆どう思う?」って投げ掛けないと、
何にも無いところからは社員もアイデアが浮かばないですよ。
 
このメッセージを読んでいる「長」と呼ばれる人達。
 
あなたは、あなたの考えを傘下の人達に、何を果たす為に、こういうように実施しようと思っているんだが、皆役割分担して、やってもらいたい!と訴えてますか!?
 
頼むで!って頼んでますか?
 
あなたの本氣度が周囲を動かす原動力になるんです。
人は、理屈が分からんでも、本氣の熱意が伝わった時何か分からんけど、よっしゃっ~!となるもんですよ。
 
ヘッドシップを発揮した時、メンバーがそれぞれに、リーダーシップを発揮しようという気持ちになるんですよ。
 
リーダー的立場の人達に、ワシから提言します。
 
傘下(メンバー)の人達に、ヘッドシップをせずに意見を聞いたら、いかんですよ。
 
人生哲学の無い人達の多くが、よう言うてるでしょ。
一人一人の意見を聞いて、運営して行きたい、と。
 
バカなことを言ってもらっちゃあ困ります。
 
一人一人の意見?
 
ほぼ間違いなく、目先しか見えていない人が大多数なんですよ一般的な人は悪気なしに。
 
(やっぱり部下という人達は「長」の立場じゃないから、どうしても大局が見えてない人達が多いんですね。)
 
これじゃあ、全員を、より良く導いて行く施策は出来ません。
 
目先の自分の利益を優先する意見しか出ないのが人間ですから。
 
じゃあどうするのか。
 
一人一人の「理想」を述べさせるんです。
 
みんなが幸福に成る施策を、自分なりの理想を述べてくれ。、と一人一人に聴くんです。
 
性格や好みの違う人達であっても、人間の幸福感には必ず共通項があるもんですから。
 
一人一人の意見は聞くな。
一人一人の理想を述べさせよ。なんです。
 
理想を述べさせて、再度、尋ねたらええんです。
 
ほんまに、それが皆んなの理想像に成るんやなぁ?って。
 
つべこべ言わず、つべこべ思わず、自分が受けたんやろ。その組織の長を。
 
事情はどうあれリーダーを受けたんやから、覚悟決めて、ヘッドシップを発揮してほしいと強く思うし、
こう肝に命じてほしいのです。
 
「無能な上司(リーダーや、一般的な親もそうやで)に付かざるを得ない部下(子供)ほど、哀れな者はない!」と。
 
皆をより良くして行く責任がありますからねぇ。
 
より良くして行く施策を、考えて、考えて、考え抜いて、ヘッドシップを実践せな、なぁ。
 
傘下の皆が路頭に迷うで。
傘下の皆が辞めて行くで。
あなたが「長」になったという事実があるんやから、
何か天(神様や仏様)の采配やと覚悟して、運命やと覚悟して取り組んだらええのです。
 
で、指導方法を決めたら、後は、皆に「頼むで」と頼んだらええのです。
 
何で、あなたは「頼むで」の一言が言えないんですか?
世の中、役割分担で成り立っとんやから。
 
あなたの本氣度を感じたら、皆協力してくれるもんです。
 
それが、人間です。
 
本氣で接している人に協力してくれない人達を、天は配剤しないんですよ、実は。
 
協力してくれてないとしたら、それはあなたの本氣度が足らないんだと自覚したらええのです。
 
皆んなの為に本氣で熱意持ってやっているリーダーに付いて来ない人は居ないもんです。
 
心当たりある人に、
 
「昨日まではリハーサル。今日から本番」と改心して、顔晴って下さい!
 
傘下の人達が希望が湧く、ヘッドシップを頼んますね。
みんなが本質的に持っている幸福の感情は「お金」じゃないと思うんだけどねぇ。

お金に翻弄されている人達の、まぁ多いこと。
 
斯く言うワシは、そうやなぁ、いつも、銭儲けのことを考えていますよ。(笑)
 
だけど、本質的に「お金」という人達とは違う感覚なんです。
 
だから、お金に翻弄されないんです。
 
この感覚分かりますかねぇ?
 
あなたの銭儲けは、あなたの本業をトコトン深めることから派生する事業で実践しないと、
お金に翻弄されてしまいますよ、と言いたいのです。
 
儲かりそうだと感じたら何でもかんでも手を出す人達が多いんですよ、色々見ていて。
 
何の為に、銭儲けするのかが、人生目的に沿っていることが大事なんですね。
 
人生の目的は、信念に裏打ちされた経営理念の実現です。
 
これは誰にでも当てはまるんです。だってみんな自分の人生の経営者なんだから。
商売人だけが経営理念を持つんじゃないんですよ。

信念に裏打ちされた自分の人生(を経営する)理念を打ち立てないと、
何の為に生きているのか分からんですよ。
 
その理念を実現する為に、事業(仕事)が必要なんですが、
その事業の目的がワシの場合は「適正規模の確立」なんです。
 
ほとんどの商売人は、この感覚が分からんのやと思います。
 
自分が持って生まれて来た「適正とは何か」を自問自答し続ける中で、自ずと分かって来るんです。
 
また自覚するもんなんですよ、本質的な幸福を考えていると、ね。
 
自覚出来ないのは、本質的な幸福とは?を考えていないんやと感じます。
 
どんな人にも言えることは、自分は何の為に、この世に生まれて来たのかを自覚することが出来たら、先ず幸福の第一歩なんです。
 
そして、その自覚を、ほんまに間違いないんか!?
自分の勝手なエゴを自覚と勘違いしていないんか?
と深めて行くこと。
 
そしたら、自分の人生目的が「核」として定まって行くと思うんです。
 
そうなると覚悟が出来るからブレないし、お金に翻弄されないし、
如何なる状況下に置かれようとも生き生き活動出来るんです。
 
それが誰にでも当てはまる幸福感じゃないでしょうか。
 
あたふたするのは、自分が何の為に生まれて来たのかを自覚しようとせんからなんです。究極は。
 
自己実現することが幸福だと、世間では言われていますが、自分のやりたいことを実現する程度のことを、自己実現とは言わないんですよ、魂的には。
 
自分が、この世に生まれて来たのは、何をする為に生まれて来たのかを自覚し、その深い自覚を実現して行こうとすることを自己実現と言うんです。
 
だから、自問自答し続けることが自分にとって最も、幸福に導く道なんですね。
正に、禅の世界観です。
 
そこには必ず慈愛が存在していますから。
 
本当に慈愛ある人物から、慈愛ある言葉を受けた時、一瞬にして感極まる涙が溢れ出ますよ、
ほんまに。
 
あなたは、慈愛ある人物から、慈愛のある言葉を投げ掛けられたことがありますか?
 
また、誰かに慈愛ある言葉を投げ掛けてあげたことがありますか?
 
誰の心にも、慈愛が存在しているはずなのに、お金に翻弄されるから、
あなたの心に存在する慈愛が、一つずつ失ってしまっているんです。
 
自分は、どこから生まれて来て、この世に何をしに来て、どこへ去って行くのかを自覚することが出来れば、心は永遠の世界につながることが出来るんです。
 
心が永遠の世界につながっていると、あたふたしないし、翻弄されないんです。
つまり、如何なる状況下に置かれようとも、自分を見失うことは無いんですよ。
例えば、自分の生まれ持った器を知る内観。
 
自分の本来の器は、
 
コップ一杯なのか?
 
どんぶり鉢なのか?
 
バケツくらいなのか?
 
果たまた、プールなのか?
自分の生まれ持った器に、丁度いい量の水を容れる。
試行錯誤しながら
「丁度いい」を模索する。
 
これがワシの言う適正規模の確立なんです。
 
全てに於いて「丁度いい」が維持出来ている状態が幸福と言うんじゃないかと思う訳です。
 
あなたの器がプールの大きさなのに、バケツくらいしか水を容れてなかったら、
何と自分の人生を無駄にしているか、謳歌していないか、と言うことになります。
 
あなたの器が、どんぶり鉢なのに、バケツ一杯の水を容れようとするから、無理が生ずるんです。
 
心が疲弊するんです。
 
さぁ、みなさん!
 
あなたの真の「適正」とは何ぞや!?を仕事(生きること)を通じて、探究してみてはいかがですか!?
 
要らんでええこと、せんと、トコトン、あらゆる適正を考えながら人生の仕事をしてほしい!と願うばかりです。
ちょくちょく「香川さん、毎週毎週すごいですねぇ、含蓄のあるメッセージ。
毎週考えているんですか?」と質問されますが、こう答えています。
 
「いや、浮かぶんよ。ピン!と閃いた時に、忘れないように携帯にメモってて、前日の木曜に、
文章を整えるんよ。この文章を整える作業が実は自分の頭の整理になっとんよなぁ。」
 
「閃くというのは、過去に勉強したり、見たり、聞いたり、読書したりしている、つまりインプットしているから、脳に刻み込まれているんよ。で、閃きとして浮かぶんよ。

だからインプット量が少ない人は、閃きようが無いわなぁ。」って。
 
「あと、閃きはどんな時に出て来るかと言うと、ホッとリラックスしとる時に浮かんで来るんよ。
 
年中無休で諸問題を考えたり、理想像を考えているからねぇ。」
 
「自分を振り返って考えると、ずっと集中して仕事して来たし、併せて、集中して毎日勉強をしとるから、ホッとリラックスした時にアイデアが浮かぶんよ。」

「あと、全てを楽しんでいるのも、モチベーションが維持出来ている理由かも。」
「何でも、ものの考え方、捉え方、見方やしね。」
 
「22歳で独立を志向して、約32年間ほぼ毎日集中して仕事して来たし、勉強を欠かしたことは無いんよなぁ。」
 
「だから、リラックスしている時にアイデアって浮かぶんちゃうかい?
集中して仕事もせえへんし、詰め込むほど勉強もせん人が、アイデアが浮かぶはずないやんか、
そう思わへんかい?」
 
「仕事の仕組みのアイデアも、浮かんだ後、じっくり考え抜いて工夫しているんよ。」って答えています。

長時間仕事するんじゃなく、集中して短時間で仕事をして来ました。
 
長時間では集中は出来ないからね。人間の脳のメカニズムはそうなっとると感じます。
 
また経営者は、自由時間を創り出さないと、いかんと思うんです。
 
業務に追われていては経営者としての独自の仕事が出来ませんからね。
 
目一杯集中しているから、脳がフル回転するので、身体に来ます。(疲れ)
 
だから、リフレッシュする為にほぼ毎日夕方には風呂です。
 
水風呂に飛び込む。
 
スカァ~ッとリフレッシュするんです。一瞬ですよ。
で、また身体は朝に成るんですね。
 
で、夜は勉強です。
 
「人間とは何ぞや」の探究ですね。(これがまた面白い)
経営の勉強をしても、中々身には付かないと思います。
 
そうでしょ?経営の勉強しよる社長、ようけおるやん。
 
けど、経営が良くなってない人、多いやん、ねぇ(笑)
人間とは何ぞや!の勉強をせな、ね。
 
また、教育は「教育とは?」を勉強をしても、身には付かないと思います。
 
じゃあ、何の勉強をするか?それは「母親とは何ぞや」の勉強をしていると、
身に付きやすいと思うのです。

「教育とは?」を勉強しても、身には付かないんです。
歴史上の「すごいなぁ」と思う人物の母親を探して、
その姿勢を学び取るんです。
 
また実在の人物で、自分が尊敬出来る人が居れば、
その人の母親に「どんな育て方をしたんですか?」と調査したらええのです。
 
聞いたら、ええのです。
 
勉強に成ると思いますよ。
何で、せんのかなぁ?(笑)
気を使ってばっかりの人、疲れるでぇ。
 
氣は配るもんです。
 
自分の氣が充実しているから、周囲に配ってあげられるんです。
 
自分の氣を充満させる為に、目一杯集中して仕事をして、詰め込むほど、勉強したら、ええのです。
 
そしてリラックスタイムを毎日わずかでいいから作ることです。
 
そしたら、変な気遣いは、せんで済むし、充実の氣をお裾分けしてあげられますよ、と言いたいのです。
 
もっぺん言います。
 
「変な気は使うな。氣を配ってあげましょう。」
 
あなたは、誰に頼まれたんですか?!
 
変な気を使えっ!って(笑)
そうでしょう。
 
もう今日から、変な気は使わない。と決めて、
人間とは何ぞや!の勉強をしてゆく習慣を持ってほしいと思った今週でした。