平成28年・今年最後のインスピレーションメッセージです。

皆さんは来年、何にチャレンジしますか?!

決めていますか?

決めな、いかんでぇっ!

ワシは商売をしていますから「新たな販売チャネルの開拓」にチャレンジです。

まぁ、ワシは常に新たな販売チャネルの開拓には神経注いでますけどね。

商売している人なら業種業態に関係なく、新たな販売チャネルを開拓し続けないと、
じり貧になりますよ。

今の延長線上では、じり貧に陥ります。

店舗での商売している人は「どうやって?新たな販路を?」って袋小路に入りがちですが、
店舗での商売も同じです。

考え抜いて、工夫して、新たな販売チャネルの開拓を模索し、チャレンジせな、
安定的収益や社員の能力と人間性の向上は無いと思います。

安定的収益の獲得というのは、お客さんが理解してくれ、納得してくれる施策でないと、成りません。

ここを、よく考え抜くことです。

自分だけが得する施策は長続きせんと感じるし、長続きしても、あなたの魂に潤いは来ないでしょう。

常に、新たな販路は何かを考えるんです。

そして、自社の、自分の可能性にチャレンジし続けるんです。

エモーションの経営指針書に明記している「存在意義」は「可能性への挑戦」としています。

存在意義とは、「これをしてなかったら世の中に存在する意味がないよ。維持発展できへんで。」
ということを一言で表したものです。

ワシは経営指針に取り組んだ時に、可能性へ挑戦し続けないと、たぶん、存在は危ういし、
生きる意味を成さない。と感じたんですよ。

不可能を可能にするのも人間なれば、可能を不可能にするのも人間だと思うのです。

業務能力向上に挑戦し、自身の生活態度の向上に挑戦する。

あなたの自分で感じている、ちょっと嫌やなぁと思う自身の生活態度を変える挑戦をせなぁ、
いかんのとちゃう?

人生は姿勢です!

姿勢とは姿に勢いがあることを言います。

だから、姿勢を正すだけじゃ、ダメなのよ。

あなたの姿に勢いが必要なんです。

ここ要チェックね。

商売の姿勢も、あなたの商売の姿は勢いがありますか?

あなたの心の姿に勢いがありますか、と言うとるんです。

あなたの心が輝いていると闇は消えるんですよ。

光入りなば、闇消えゆ。です。そうでしょう。

真っ暗な部屋の電気点けた瞬間に、闇は消えてしまうでしょ。

人間世界も商売も同じ。

あなたが、家庭の光に成るんです。

あなたが、会社の光に成るんです。

如何なる状況であろうとも、心を光らしてほしいんです。

そしたら、闇は消えるんですよ。

光と闇は同居出来ないから。

皆んなの心に勢いがつくんです。

また、曲がった姿勢では勢いはつきません。

身真っ直ぐにして、影曲がったこと無し!です。

つまり、社長の姿が真っ直ぐであれば、影(社員)は曲がらないという理屈です。

そうでしょう。真っ直ぐ立っていて、光が当たった時に出来る影が曲がることはないんですよ。

商売も同じじゃないかなぁ。

新たな販路開拓で、ついつい陥りがちなのが、世の中で言うネットワークです。

やっぱり、日本的に言う「連携」でないとね。

連携は、新たな販売チャネルの開拓につながると思うんです。

連携とネットワークの違いは、ネットワークは単に、知っている、仲が良い、程度のことを言います。

連携は違います。連携は、お互いの「志」と「業務能力」が同等のレベルの高さがないと、
出来得ませんから。

単に仲が良いだけでは、仕事には成らないのよ。

社員間でも同じですね。社員間でも志と業務能力が同等レベルでないと、連携は成り得ません。

社員の人達、ように心して下さいよ。

ここを勘違いしとる人が商売で簡単にネットワークを組んで、上手く行ってないんですね。

新たな販売チャネルとは?を考え抜いて、工夫しましょうや。

相手の潜在的ニーズに、プレゼンテーションするんです!

ボッーとしとったら、潰れてしまうぞぉっ!!

性根入れて、目を覚まして、新たな販売チャネルの開拓にチャレンジする来年にしてほしいと皆さんに訴えるメッセージを今年最後の贈り物にします。

佳きを迎えるために。 
経営者の皆さん。或いはご主人、奥さん。

あなたは、あなたの考えを社員や部下や配偶者や子供や友人や得意先や、

お客さんに、発信していますか?!

それも、信念に裏打ちされた考えですよ。

発信するって言うことは、手に理解納得させるだけの哲学が要るっちゅうことですよ。

先ず、考え方を発信するんです。

方法論は、自分も考えるけど、社員皆にも考えてもらったらええのよ。

但し、理念から派生した「三方良し」の方法を。

まぁ、小手先の方法論しか考えられない人の多いこと。

そこに陥っていませんか?

信念に裏打ちされた方針を貫くことが結局、納得と、長い目での業績に値(あたい)するんです。

うちで言うなら営業方針は「信頼関係の輪を拡げながら、愛用者を積み重ねる額の経営を貫く。」

というものなんですが、トコトン自分の生き様らしい、やり方だから納得が行くんです。

ついつい、売上が停滞して来ると、品質は良いんだから、という意識があるから、
どこでも誰でも商品を卸す(取引する)行動をしてしまいがちですが、そこが「落とし穴」なんやと感じますね。

自分の弱さ脆さをカバー出来るのは、自身の信念しか無いんですよ。

さすがの、このワシも、
たまぁ~~に、心の弱さ脆さに、どこでもええけん買(こ)うてくれぇ~!
って衝動に駆られることは正直言うてあります。

でも、そんな時、魂の経営指針書や過去の自分のメッセージを読み返すんです。

勉強したノートを読み返すんです。

そうしていると、胸に込み上げて来るものがあるんです。

目から熱いものが流れるんです。

その行為が自分を救ってくれるんですよ、皆さん!

うちの実例を一つ紹介します。

15年くらい前ですが、うちのルイボスティーの原料を卸していた会社です。
うちのルイボスと、他のお茶をブレンドして、オリジナルの商品をメーカーとして販売していた会社があったのです。

商品の特性と企画力でヒットしていました。
たぶんピークは10億円くらい売ってたんじゃないかなぁ。

うちのルイボス原料出荷量から先方の商品としての販売量で計算すると。

でも信念に裏打ちされた方針を、打ち立てていなかったんだと思うんですね。

まぁ、こんな所にも、あんな所にも、っていう感じで全国的に色んな所に商品置いていましたから。
何であんな所に卸すん?って思うような所にも。

で、結局ネットで乱売され収拾が着かない。

結果、廃業しましたよ。

健康茶一本で10億円も売ってたのに、、です。

設備は計算なしに入れるは社員も計算なしに採用するわ、、、。

どこでも、誰でも、付き合うのは自社商品に愛情が薄い証拠です!

皆さんは自分とこの商品に聴いたことがありますか?

「お前どんな会社に扱ってもらいたい?どんなお客さんに買ってもらいたい?」って。

ワシは、昔から、うちの商品達に聴いて来たでぇ。

皆さん!よぅに、あなたの商品やサービスに、聴かな、いかんのとちゃいますかぁ?

と言いたいのです。

今週は、それだけやっ!(笑)

よぅに、自分を掘り下げて考えてみてね。

天は自ら助くる者を助く。ですから。
人生に安定なんて無い。

なのに、世の中の多くの親や学校は、子供に安定と思える公務員や大企業に就社(就職じゃなく、ね)させようと教えている。

形の安定を望んで公務員とか、大手企業に就社を希望する人が多いが、
実際は情緒が不安定な人が多いんですよ。

一見、安心しているように見えて、その実、不満足で欲求不満に陥っています。

何故なら、無能と言える上司が自分の上に付いてしまう可能性が大だからです。

そんな上司にいつまでも付きまとわれたら、情緒不安定になりますよ。

大企業は、能力や目に見える実績のある社員には報いる仕組みがありますが、
いわゆる落ちこぼれ的な社員はリストラ(実際はレイオフ=首切り)されているのが現状です。

そりゃそうです。

そうしないと大企業の何千人、何万人という大所帯は維持出来ないからです。

大手の論理で動かざるを得ないから、それを一言に悪いとは言うてはいかんと思います。


それが大企業なんです。それが嫌やったら辞めたらええんです。ブチブチ、ブツブツ言うてはいかんわなぁ。

辞める勇氣がなく無駄な時間がただ過ぎて行きますよ。

また、一番困るんは公務員です。公務員は懲戒免職しか、リストラ出来ないんだからね。

その点、中小零細企業は、まぁ、学校の通信簿5段階評価で例えるなら、
1や2の社員ばかりじゃないでしょうか?

それを3や4や5に鍛え上げて行く行為に、真の充実が生まれるんです!
大企業は最初から4や5の人達が就社して来ます。

皆さん、素質のある人を育てるより、素質なんて無いような1や2の人達を育てる方が本当に「育てる」ということなんじゃないでしょうか。

そこに、慶びがあるんですよ。充実があるんですよ。この世の中、安定なんてないんですよ。

世の中は、意に染まぬ事やトラブルはつきものです。どんな組織にも。勇氣を持って、
不安定を受け入れ、工夫して行く姿勢が大切なんです。

皆さん工夫や努力の慶びを味わえることが「仕合わせ」(幸福)なんです。

例えば、大金持ちの家に生まれて来た人は、然(さ)して努力や工夫をしなくても、メシが食べれる。

生活がお金に不自由せず出来るんですが、本人の成長に関したら、どうなんでしょうか?

一見、幸せそうに見える運が良いと言われる人は、真の努力や工夫の慶びを知らないまま時を過ごすんですよ、皆さん。

努力することや工夫する体験を知らずに時が過ぎて行くとしたら憐(あわ)れにさえ感じますし、
本人にしたら辛い状態かも知れんのです。

お金が思うように無いから、工夫したり、努力して、目的を達成する為の手段としての金儲けをする訳でしょう。

その行為の結果、充実感を味わえます。こういう感覚が仕合わせ(幸福)じゃないかと思うんですね。

また人間、真面目過ぎても、面白くない人になってしまうし、不真面目は言語道断です。

真面目とユーモアがくっついてこそ、本当の温かさが生まれます。
優しさと温かさを、はき違えてはいけません。

真の優しさは「強さの中にしか」存在しませんから。強さが備わっている人は「呑まれない」んです。

相手が誰であろうと相手に呑まれないんです。

酒も、飲んでも呑まれないんです。(陽気にはなりますが、、)

雰囲気、状況にも呑まれないんです。

欲望にも、呑まれないんです。

欲望は悪いものではありません。

欲望は無くさなくていいんです。

呑まれんようにしてくれよ!と言うとるんです。

相手に生きる栄養やエネルギーを与えることが出来るのは、温かさの証拠です。

あなたは、あなたの「立ち居振舞い」で、縁ある人に生きる栄養やエネルギーを与えていますか!

他人に生きる栄養やエネルギーを与え、他人に、心の解放感を与えることこそ自分が生きる目的なんじゃないの!と言いたいのです。

あなたが経営者ならば、少なくとも、配偶者や、社員に心の解放感を与えていますかねぇ?

心が解放されている人は「うつ病」にはならないと思うんだけど。多いですよぉ~っ! 

うつ状態、情緒不安定の社員が、大企業や公務員には。

何故、我が子をそんな所に、小さいうちから入らそうと、時間と心とお金を使うんですかね?

素質と言っても様々なものがあると思います。

素質は育むものです。

愛も育むものです。

愛を外に求めてはいけません。

それを可能にして行く組織は、中小零細企業なんだと思うとるんです。

通信簿で言う1や2の社員に、愛情を注ぐ、涙を注ぎ、共に育って行く環境を創ることが出来るのは
中小零細企業ですよ。

それも条件があります。

社長の人間性と指導力に全て掛かっています。

家庭も会社も行政も全てトップの人間性と指導力に尽きますよ、本当に。
安易に優しさと思っているのは、甘さかも知れんのです。

安定を求める生き方を考える人は、もうそこで、ダメになってます。
多くの親や学校や会社も損得しか教えない。

人間は、こう生きることが充実するんだ。という指針を教えることの出来る人がホンマに少ない。

自分の心を澄ませてさえいれば、普段見えないものや聞こえないことが、見えて来るし、聞こえて来ます。

心を澄ませてさえいれば、温かさが分かって来ます。

そしてピンチ、ピンチの連続する出来事に、工夫と努力で克服して来たという体験が自信に成るんですよ。

揺れない心が備わって来ます。

心は揺れて当然ですが、その揺れを楽しむというか、負けない心を養うんです。

まあ、心理的バランスを保て。と言いたいのです。その為には「姿勢を正す」ことです。 

身体の姿勢が歪んでいるけど、心の状態は素晴らしい、なんて有り得ませんから。

背筋を、気付けば伸ばさんといかんですよ。背筋がシャンとしていると、心が歪みかけても、
防げるんですよ。

自己防衛出来ます。相手に「呑まれない」生き方が出来て来ますから、

工夫、工夫、工夫の連続を楽しみながら「見極める力」「心の眼」を養って行く為に姿勢を正しませんか。  
やっぱり1%くらいの比率じゃないかなぁと、つくづく思います。

何が?

「行き届いた対応」が、身に付いている人は。

うちは朝礼の中で、唱和している項目が4つあります。

一、一流とは、全てに行き届いていること。

一、ちゃんとする。

一、キチンとする。

一、至れり尽くせりを心懸ける。

と、毎朝皆で唱和していますが、皆さんの会社でも、唱和している項目があると思うんですが、

たぶん、うちも含めて、99%の人達は、身に付いていないんだよねぇ。

自分の毎日やっている、日々の業務に取り組む、真剣さと自覚の問題やと感じます。

誰しも悪気があってミスしたりはしないんですが(悪気があってミスするの犯罪ですけど)

毎日やっている業務なのに、自分の心が行き届いていないから、

ミスになってしまったり、工夫に欠けていたり、するんですね。

でも、たぶん、1%の人達は、そこまで配慮するかっ!って域まで、ちゃんとしているし、
感動すら覚えるんですね。

ワシは、機会があれば、こんなことを言うてます。

「重病患者専門の調剤をしている薬剤師になったつもりで日々の業務に当たらないかんよ。」って。

皆さん、そう考えてみて下さい。

まぁ、いいか。では済まされませんよ。0点何g間違えても、患者さんの命に関わりますからね。

皆が、日々の業務に、こういう感覚が身に付いていれば、
全てに行き届いた対応が段々身に付いてゆくと思えてなりません。

自分の人間性の成長につながる「肝」だと思うんです。

例えば、多くの人がよくやってしまう「凡ミス」と言われるものですが、自分の、ついウッカリが結局、周囲に余計な時間を使わさせてしまっている事実を、

よぉ~に認識せな、ワシの考える真理から言うと、天に積立ている、あなたの貯金が、一つ減っているんです。

他人の、お金に換え難い「時間」を奪っているんだと自覚せないかんのよ。

それを天から見ると、時間泥棒に陥っているんだと、ね。

せっかく、あなたが良いことをして天にコツコツ貯金して来ているのに、
あなたのウッカリが自分の天の貯金を大幅に減らしているんですよ!と言いたいんです。

他人の貴重な時間を無意識に奪っている罪を犯しているんだと自覚して、反省をしてほしいと願うものです。

反省の本来の意味は、二度と同じ過ちをしないことを以て反省した証拠となるんですね。


証拠を示して初めて反省と言うんです。

同じ失敗を繰り返していませんか?!

もし同じ失敗をちょくちょくしてるなら、反省していない証拠ですよ。

毎朝の唱和が、お題目になっていませんか?!

誰しも、お題目に陥ってしまうんです。

うちも例外ではありません。

お互い、お題目にならないよう顔晴(がんば)りましょう!

だから少なくとも、このメッセージを読んでくれている人達には、自分の日々の業務は、重病患者専門の調剤をする薬剤師なんだ。

という感覚を持って業務に励んでほしいと、切に願うものです。

時間泥棒にならないように。自分の運氣を司っている天の貯金を減らさないように。

生き甲斐は自覚ある行為によってのみ、生まれるんです!

自分が全身全霊を傾ける仕事振りが、自分の魂を大切にすることなんです。

だから、🙏頼むけん、自覚ある行為をして下さい。

結果、お互いの生き甲斐につながるから言うとるんです。  
「一念になる」
今週は、このことをワシの師匠の修行時代の実話を紹介して皆さんに発信したいと思います。

時は昭和23年か24年。師匠の弟子時代、二十歳そこそこの時代の実話です。

師匠は自分の師匠である京都建仁寺の管長をされた臨済禅の今津老師の弟子でした。

当時、建仁寺管長を退き妙光寺の管長をしていた頃です。
※後にラグビーで有名な、花園大学の学長をされた方でもあります。

二人で船に乗船(二等客室)していた時、今津老師は禅を組んで座られ、
師匠は正座して満員の船内で居たそうです。

長い船旅の中、師匠もまだ二十歳そこそこでしたから自分はキチンと正座していたんだけど、
チラチラッと今津老師の方を見ていたようです。

終始キチンと正座していたけど老師の禅を組んでいるのが気になるのか、チラチラッと見ていたそうです。

長い船旅が終わり、下船した途端に、今津老師がワシの師匠の頬を思いっきり、
ひっぱ叩(ぱた)いたそうです。

「お前は、船に乗っている間、禅でも組もうか、と思う心でキョロキョロしおって。よそ見するなっ!!」

と、ひっ叩(ぱた)かれたそうです。

内心「禅を組まれてたのは老師なのに、自分はちゃんと正座してたのに何で叩かれないといけないんや?」って思ったそうです。師匠も弟子時代でしたからね。

皆さん、何で老師はひっ叩いたか分かりますか?

おそらく、よそ見せず、ひたすら正座に集中していたら、叩かれなかったでしょう。

心が集中せず、よそ見する浮わついた心を叱ったのだと思います。

一念になる。

毎日の業務も、ただひたすらに一念集中してキチンとこなしてゆくこと。

これが作業でなく仕事に成るのです。

作業からは、やり甲斐や働き甲斐、延いては生き甲斐には成りません。

やっぱり仕事になっていないと、働き甲斐、生き甲斐には、つながらないんですよ。

プライベートも同じ。

よそ見しない!浮わつかない!男女関係も同じです。

皆さん、

よそ見してないですか?

浮わついてないですか?

幸福の原点は「一念に成る」ということじゃないかと思うんです。

よそ見している人、好きですか?

浮わついている人、好きですか?

何かに一念になっている人は、やっぱり美しいと思います。

毎日の業務で言うなら、決められた一連の業務を一念にキチンとこなして自己チェックする。
※自己チェックが肝です。

この積み重ねが「仕事」に成るんですね。難しいことやないんですよ。

ただひたすらに、一念に、やればええだけなのに。

他事ぐちゃぐちゃ考えない!

よそ見しない!

己の役割をひたすら一喜一憂せず、キチンとこなすのみ!です。

そういう習慣を身に付けると、不安感が無くなるんですよ。迷いが無くなるんですよ。


観念出来るようになります。
※こういうことをホンマに全く、分かってない人が多いわぁ。

こういう事をワシは自分の会社で社員に口酸っぱく言うて来ました。

何故ならば、うちの社員達には、人生を不安感なく、観念して、己の特性を充分に発揮して歩んでほしいという社長としての願いがあるからなんです。

毎日の業務を、どう捉えるかで、実は自分の心に安定感を養い、人生を堂々と歩めるように成るんです。それを仕事と言うんです。

そういう信念があるんですワシは。

だから、些細な毎日の決められた業務に特に心を配るんです。

気になるんですよ。

些細な、ちょっとした事を決して疎かにしないんです。

少なくとも、うちの社員達には、自覚ある人生、何が起こっても、慌てない、キチンと対処して行ける、困っても困らない強い精神力を身に付けてほしいという願いがあるからなんです。

皆さん、人間は全員死ぬという事実があるのに、何で不安感を抱くのか?迷うのか?

いつか必ず死ぬんです。だから、観念したらええんです。

皆、寿命で死ぬんです。

決まりきっているんだから、観念したら心が安定しますよ、ホンマに。

例えば、百円しか持っていないのに、百五十円のものが欲しいと思うから苦悩が始まるんです。

百円しかないんだったら、その中で充実を見出だすことです。

そういう習慣が、様々な器を広げてくれるように思います。

それを「器量」と言うんです。

苦労人は器量がありますし、人間洞察力がありますね。

欲しい、欲しいという貪(むさぼ)りの心からは幸福は訪れないんです。

まぁ40歳までは、欲しいという想いは活力、バイタリティーになりますが40歳越えたら、欲しいという貪りの心を捨て「捨てて行く人生」を歩みませんか!

しょうもないプライド、見栄、物欲、捨てて行く心に向いて行くと、心が豊かに成って行く感覚が生まれて来るから。

諦めるんじゃないんですよ、勘違いしないようにね。

明らかに認めることを、観念するということです。

ワシは、明らかに認めると書いて「あき(明認)らめる」と言うてます。

人生決して諦めたらいかん!明らかに認めるんやで!って。

ただ目の前のやるべき事を一念にこなして行くことで、人生に迷いなく、不安感なく生きられるんです。

人間は、動機(原因)論でもなく、結果論でもなく、行為論だと禅は説いています。

つまり、生きている間に「あなたは何を為したのか」が天から問われていると説いています。

だから人間は自分の行為で成長もし、自滅もするんです。

毎日の決められた業務を一念にキチンとこなして行くことが、社員自身の自滅を防ぐ唯一の日頃から出来る方法なんだと思うとるんです。

だから、自滅してほしくないから、出来るまで言うんです。

「ちゃんとせえよ。」「キチンとせえよ。」と。ケチ臭い損得勘定じゃないんですよ。


社員達自身の自滅を防ぐ唯一の方法やからなんです。

それが分からんようじゃ「つまらん」のです。

つまらん人間に陥らないように、ワシは一日も欠かさず努力しとるんです。ワシの縁ある人達には、つまらん人間に陥らないで欲しいんです。

ワシも努力しとるから、皆も、努力してほしいと願っているんです。

禅は、そういう心を説いているんだと思います。

皆さん。

観念する。一念に成る。

ここに自分の心のチャレンジをしてほしいと思った今週でした。