何事も「全方位的」に観る。

上から観る。
下から観る。
縦から観る。
横から観る。
斜めから観る。
あらゆる角度から観るんです。

あらゆる角度から考え抜くんです。

目先の利益しか見えていない自分の利益しか考えていない商売をしている人を「商売人」と言うんです。

将来の周囲の人達の利益を考えて、見ようと商売をしている人を「商人」と言うんです。

これを身に付ければ、心の丁寧さが備わってゆくと思います。

日々の何気ない業務一つ一つを、全方位的に観る訓練を習慣化するんです。

自分の赤ちゃんが近くに居て、あなたが何かしているとしましょう。

無意識に全方位的に心を配っているはずです。

会社で言うなら、そうやって皆が全方位的に、ものが観れれば、一流に向かえるんです。


自分の業務じゃないから知らない。では、

余りにも「つまらん!」ではないですか。

同じチームなんだから。

皆でフォローし合う。

確認し合う。

日々の何気ない行為に、心を注ぐ。

氣を配る。

こういう習慣が、あなたの心を丁寧にしてゆくんです。

いわゆる「商売人」には出来ないんですよ、全方位的に心を配ることが。

「商人」は、それが身に付いているんですよ。

皆さん、
あの人は商売人やなぁ。と言われるのを聞いて、良い印象を受けますか?

あまり良いイメージは感じませんね。

あの人は、商人道を貫いてるよねぇ。と言われるのを聞くと、良い印象を受けるもんです。

自分の商品、サービスを売ろう、売ろうとする癖が抜けないと、商売人になり下がりますよ。

自分の考えを発信し続けるんです。

その考えが、周囲が聞いて、感心するもの、立派やなぁと感じてもらえるものなら、
良い印象を与えるでしょう。

そうなって来ると、ほしいと相手が思った時に、相手から喜んで買ってくれるだろうし、利用してくれるでしょう。

商売人から「売」を取ると「商人」に成るんだけどねぇ。

それを貫いていると、道になるんじゃないかなぁと思うのです。

個人でも同じです。

俺が、私が、ばかり言う人は、商売人なんです。

商人じゃないんですよ。

俺が、私が、の「が」は「我」です。我が強過ぎるんですよ。

いつも、我を主張する人は、好かれないと感じます。

結局自分の生き様を観られているんです。

あなたは、あなたの生き様を堂々と見せれますか?

あなたの生き様は風(格好)が悪くないですか?

あなたの生き様が、相手の判断基準になって、あなたを評価するんですよ。

それが世の中やと思います。

商人道、人間道を貫きましょうや!
成果主義で社員の給料を決めている会社の社長に一言言いたい。

成果主義の定義を明らかにせよ、と。

世間一般で言う成果主義とは、単に利益に応じて給料を上げる。程度の軽い、
品性乏しい施策です。

ワシの言う成果主義なら、人間性に立脚した科学性を追求した人間の幸福度を感じられる経営指針書に則った社員の仕事振りに対しての、成果を基準にしたものを言うとります。

もっと突き詰めたら、実はワシの永遠のテーマでもあるんですが、
これは、つい最近女房と近しい友人経営者にだけ話したことですが、

社員には、このメッセージで伝えることになります。

それは、あなたのお店は天皇陛下をお迎えして、恥ずかしくないお店ですか?

という投げ掛けです。

事務所しかない会社でも同じです。

あなたの会社は天皇陛下をお迎えして恥ずかしくない会社ですか?!

この一言に尽きます。

日本人なら、説明は不要でしょう。

うちは、社員の人間性や社員との関係や、仕事に対する取り組み姿勢は、自分で言うのも、
おこがましいですが、もし万が一、天皇陛下がお越し頂いても恥ずかしさは一点の曇りもありませんが、事務所には、とてもじゃないですが、恥ずかしくてお迎え出来ません。

それは、一隅を照らすということに於いて、役割を果す一端を担っていると自負していますから、

少なくとも経営者である自分は、全ての社業が、天下国家に、お役に立つという目的には外れてはいないと思っているからです。

皆さん方!

あなたの会社、お店は、天皇陛下をお迎え出来る会社、お店ですか?

これを探求し続けてほしいし、極める努力をしている間だけ、活力が湧いているんだと自覚せないかん。

ということを振り返って考えてみてほしいと切に願いたいと感じた今週でした
皆さんは、誰かから報告を受けることも多々あるでしょ。

そんな時、どう示唆していますかねぇ?

ワシは、うちの社員達にこう言うて来ました。

報告は、相手が何を言ったか事実を再現フィルムのように伝えてよぉ~。

そして、その後で自分はどう思うか、を述べてくれたら判断の参考になるからな。

最初から自分の意見を混ぜて言うなよぉ。報告を受けたワシが判断を誤り兼ねないからや。
と言うてます。

先ず事実を一言一句そのまま述べよ。そして、自分の感想を述べてくれ。って。

まぁ、一言一句っていうと録音しとかな出来ませんが、それくらい自分の感情を入れずに、
事実を述べさせることが極めて大事なんです。

その後、自分はどう感じたかを述べること。が、大切です。

また、聞いた本人が理解出来ていないのに、正しい報告は出来ないと思うのです。

物事を理解納得しないまま、誰かに報告すると、報告を受けた人は、判断を誤り兼ねないんです。

そして結果報告ではなく、中間報告を毎回ちゃんとしてくれ、と。

中間報告とは「今、こうなっています。」という現在進行形を伝えることを言います。 

自分の勝手な判断で「こんなことは、まぁ言わなくていいだろぅ。」と考えるな、と。 

報告は中間報告が極めて大事なんです。

また人は、往々にして、知識のみ得ることに奔走して知恵にしていないと感じることがあります。

人は、情報や知識を得ることで、間違えた人間になってしまう人の方が多いんですよ。 

人は、学んだり、知識を得ることで必ずしも正しい方へ行くとは限らないんです。

知恵になっていない知識が頭に入り込んで来ると、どうしても間違った方向へ行ってしまうケースがあるんです。

自分が学んだものを他人に与えるということは、とても難しいことなんです。

教える側に相当な能力、相当な見極めがあり、かつ、教える側に主体性が確立されていないと、

知識を知恵にしようという能力は中々身に付けてもらえないと思います。

だからワシは、指導者として、そこを自分に強く言い聞かせて来ました。

自分の人生哲学で以て、相手の哲学を切ってあげることが、真の親切心やと思っています。

皆さん「教えざるの罪」をしない努力が大切です。

部下が、配慮の行き届いた報告が出来ないのは、指導者が、教えざるの罪を犯しているんです。

身に付くまで、何百回でも伝え続ける勇氣を持つことです。これは、愛であり、情なんです。

何気ない日々の業務に、あらゆる配慮をする思考と訓練が、結果、自身の人間的成長に成るんです。

人間一流をめざすから、充実を感じるんですよ。

一流とは、隅々にまで行き届いていること。なんですね。

お互い、人間一流をめざしましょうや。  
皆さんは、自分のことで悩むことはありますか?

ワシは、変わってるのか自分のことで悩んだことは無いんです。

だから、いわゆる愚痴というものが、出たことが無いんです。

持って生まれた性格に、助けられてるかも?って思います。

自分のことで悩んでいると、その先は必ずと言っていい程、あなたの人生行き詰まるでぇ。

悩みっていうのは自分の周囲の人達のことで悩むもんなんよ、な。

そう思いませんか?

自分の周囲の人達に、より良くなってほしいと願う気持ち、心配してあげる気持ちが、
悩みを生じさせるんですね。

心を配ってあげる、悩んであげる。そういう感情が、自らの心を豊かにして行くんだと感じます。

自分のことばっかりで悩んでいると、知らず知らずに、あなたの大切な人が離れて行くと思います。

会社で例えると、自社のことばっかり悩んでいると、知らず知らずに顧客が離れて行くんじゃないかということです。

お客のことを、卸し先や協力会社のことを悩んであげる器量が、大事やと思うんやけど、どう思いますか?

自分のことで悩んでいるようじゃ、経営者は辞めた方がええと思います。

自分のことばっかりで悩んでいる人で、氣が弱く、くそ真面目な人は自殺に陥り兼ねないんです。

もう一度言いいます。

自分のことで悩むのは止めませんか!

悩みは、自分以外の人のことでするようにしたらどうですか!

そういう習慣を身に付けると、徐々に見る世界が変わって来ますから。  
ただ業務が出来るだけじゃいかんのよ。

社員数百人規模の財務的優良企業の幹部の給料を聞くに連れ、
業務能力が高いからという理由で、割りと高給(800万~1000万以上)を出している会社がありますが、それはどうか?と感じる訳です。

会社の業績が良いから、ただ単に、高給を出すというのは、分不相応に陥るんです。

また、ただ数字の業績しか頭に無い社長や幹部が多いのも、経営をしているとは思えない。

人間の充実という価値観が乏しいから数字に価値観を見出だそうとするんやと感じます。

やはり、人間力が備わっていないとね。人間力とは「人間的魅力」の略語です。

人生を達観するというか、洞察する深い哲学や他人(ひと)を諭せる教養を備えた人物じゃないと、

人に生きる勇氣を与えたり、良い影響を与えてゆくことは出来得ないと思うとるんです。

自分以外の人を思いやる行為が、その人の魅力に成るんです。

自分以外の人を思いやる行為が如何に自分の魅力に成るのかを教えないから、
パート社員やアルバイト社員の人達に人としての、お客さんとの接し方や、

人生を充実させてゆくであろう、ものの考え方や捉え方の会話が、皆無に近い会社も多い感じがするんですね。

パート社員やアルバイト社員の人達が、テーブルを片付けしているところに入店した、
お客さんに「いらっしゃいませ🎵」と声掛けもない。顔を見ようともしない。

自分と、お客さんが心地好くなる対応が、どんなものなのか、の指導すらしていないお店経営者。

経営者や幹部社員は、自分の人生を貫く確りとした哲学を持っていないと、その資格は無いんです。

人間は、どんなものの考え方や捉え方をし、どう人生を歩むことが、真の幸福を感じるだろうか、
充実感を味わえるだろうか、という哲学を持てと言いたいのです。

ワシは一言で言うたら、こういう考えです。

真の信頼関係を築くことが人生に於いて最も大事なことなんだ!というを声を大にして言いたいのです。

信頼関係の存在するところに、損得感情は生まれない!と言うときます。

逆を言うと、損得感情が湧いたら、その相手に対して信頼関係は築けて無いんですよ。 

また、人生のテーマを持っていない人には、真の信頼関係は築けないと思うのです。

人生のテーマを持てば、人生を貫く信頼関係の構築が出来て行く基礎になります。

そして、そういう人生を貫く信頼関係が築けている人が、一人でも居るなら、
あなたは幸福の道を歩めると思います。

世の中、この真の信頼関係が築けていない人達がものすごく多いと感じます。

ワシに言わせると、何と悲しいことか。

何と侘しいことか。

何と情けないことか。

損得感情は人間の本能です。

なら、自分だけの損得感情を越えて、縁ある皆んなの、全体の損得感情を考えてほしいのです。

それには、自分が人生のテーマを持つことです。

そして、たった一人でも真の信頼関係を築いている人が居るなら、
お互いが人物に成ってゆくと思えてなりません。

どうか、皆さん!

自分の人生のテーマを持って下さい。人生のテーマを持てば、真の信頼関係が築けますから。

だから、人生のテーマを持ってちょうだい。

お願いや!頼む🙏わ!