2017/04/21

「香川湧慈のインスピレーションメッセージ平成29年4月21日

工夫する生活は生き甲斐と快適さを増す。

朝起きて食事をする、道を歩く、人と会う。

もしこれを、つまらないと思えば、毎日はつまらないの連続となる。

工夫の連続となれば一生は、意義を持つ。

会社や役所で、つまらなさそうに業務をしている光景を見かける。

そのような人は、業務が乱雑で手順も悪く、事務ははかどらす応対も横柄で不親切である。

これに反して、生き生きとした顔で手順良く能率的に処理していく人は、
はた目にも気持ち良くて用事も早く片付き、笑顔で応対する。

自由意思を持たぬ機械的に同じやり方で物事を処理する生活態度は意義を失う。

世の中のことは、どんなことでも研究的に味わうと何かしら教えられ、
悟るところがあって興味が湧いて来るものです。

自分の宿命を与えられたまま歩む。それが恵まれた人生ならば有頂天となり、
反対に恵まれない人生なれば、嘆き悲しむ。

これは受動的、消極的な人生観です。

能動的積極的な人生観は宿命を出発点として、工夫と努力によって価値ある人生を築き、
意義あらしめることです。

人生の意義目的は初めから定まっているものではなく、己れで人生を意義付け、目的付けるものです。

商売するのに金が無いと言うか、極めて乏しいと言うか、売上金で何とか賄う状態を、
起業した時は、多くの人が体験すると思うんですが、

最初に金に余裕が無いから工夫する能力が身に付いたように思うのです。

如何にお金を使わずに、仕事を進めて行くか、を考え抜いて来ましたワシは。

これ最初に金に余裕が有ったら、たぶん工夫する能力、考え抜く能力は身に付かなかったと振り返ってみて感じます。

だが、振り返るだけではもう一つ意味を成さないんです。

他人の生き方・考え方を一旦受け入れて、自分の心の中で、自分の仕事の取り組み方や人生を歩む心構えに照らしてみることが大切です。

これも自分の中に「核」を持っていないと、中々身に付かないんですね。

「核」とは、自分がどんな生き方をしたいのか、どういう人生を歩むことが充実する人生だと言えるのか、という自分が納得出来る考え方を持つことを言います。

つまり「人間はどうあるべきか」に明確な考えを持って、それを自問自答し続けて行く中で、
次第に心の芯の部分に「核」が出来て来るんです。

よくワシに、会社経営の課題を相談に来られますが、開口一番こう言うてます。

あなたの会社は人間関係が整っていますか?!って。

およそ人間関係の整っていない環境で、何を施策しても上手くいかんでって。どう自分が行動したら、人間関係が整うのか、を考えなはれ!って。

そこに、工夫する能力、考え抜く能力が身に付くんやでっ!って。人間性というものは、
生活の維持発展と生き甲斐の両輪が揃ったところに存在するんです。

ただ単に、待遇改善のみが、人間尊重ではないと思うんです。それだけなら、言い方悪いですが、
家畜の賃金と同じです。

自主性と自己責任が無くなる。ここには生き甲斐が生じる筈がない。

先ずトップが、本来、人としてあるべき真の姿を説いて行くことから全ては始まるんちゃうかい!って話している次第です。