ごくごく普通の人達が、何気なく自分の運を下げてしまっているついついやってしまう事の一つ。

お店に予約する、何かを約束する人は、特に誠実にするように。と訴えたいのです。

安易に、軽い気持ちでしても、約束なんだと自覚せないかんで!と言うとるんです。

つまり、約束はキチンと守る。ということです。自分がお客なんだから、
自分の都合で予約を平気でキャンセルする人、おるやろぅ~。

相手の立場に立つ思いや心があれば、そんなこと出来んけどなぁ。と思います。

予約するということは、自分から「お願い」しているんですよ。

不可抗力以外のキャンセルは、してはいかんのです。

不可抗力とは、約束の時に、突然交通事故に巻き込まれて行けなくなったとか、
熱が40℃近く出て動けない、とかのことです。

百パーセント自分では、どうにも出来ないであろう事態のことです。

キャンセルしたら、相手が予約を受けていたら、その日時に他のお客さんの予約依頼を断らなければなりませんから、一旦予約したら、相手の心中を察せないかん。

察しない人は自分勝手な人になるでぇ。自分から約束しといて、キャンセルなんて出来ませんよ、
誠実な人なら。

もしあなたが、ちょくちょく平気でキャンセルしている人なら、あなたは不誠実な人です。
ハッキリ言って。

こう捉えてみて下さい。天から見て、あなたは軽い人間やと思われて、運が一つ無くなる、と。

自分の予定を、段取りを「ちゃんとする習慣」「キチンとする習慣」を身に付けていない証拠です。

だから、昔から「段取り八分」段取りがキチンと出来ていれば、八分つまり80%は成功したようなもの、という教えから言うと、

段取りしてない訳やから、あなたの努力が逆に80%台無しになってるよ、ということです。

あなたが不可抗力でないのにキャンセルをしてしまったら、あなたの運が一つ無くなると自覚せないかんわなぁ。

自分が誰かと約束していて、逆にウッカリ忘れられたり、平気でキャンセルされたら、
どう感じますか!?

ちゃんと出来ない人というのは、だいたいが予定をキチンと確認しない人なんです。

「まぁ、いいか。」の癖を持っている人は、自分の運を自分で下げていることに気付きもしないんですよ。

軽く考えているけど、実は大事(おおごと)なんやけどなぁ~。目に見えない「運」の世界ではね。

常に相手の立場に立つ。相手の心中を察する。あやふやなことは約束しない。

自分が、思うよぉ~に、納得ゆく人生を歩みたいなら、常に確認、確認、確認で、相手の心中を察してあげる思いやりの心を自分の言動で養うしか道(方法)は無いように思うんやけどねぇ。

しょっちゅう、ブチブチ文句を誰かに言うてる人へ言いたいのは、あなたが悪気なしに平気で、
何かをキャンセルしてませんか!?っていうことです。

目に見えない世界で、回り廻って、自分の運を下げている自業自得の行為なんです。

だから、何でか知らんけど、ブチブチ言わないといけない事態が起こってるんだと、一旦捉えてみる思考をしてみて下さい。

よぉ~に反省して今からキチンと予定管理をすることを徹底したらええのです。考えてみて下さい。

世の中の、多くの人達がキチンと予定を管理して約束を守る人ばっかりになったとしたら、
こんなスッキリと日常を歩めるベースになるコツはないでしょう。

先ずは、あなたが実践者になって下さい!ほんまに。そして相手が軽い気持ちで、
平気で人の道に外れた行為をしていることに接したら、

相手が出来るまで、身に付くまで、何べんでも言い続けてほしいのです。

相手が身に付いているなら、言わなくてええのですが、相手が自分にとって大事な人であるほど、
出来てないなら、何べんでも言わないかんのよ。

それが愛情です。繰り返し言う勇氣を持て。です。何故か?

相手が、人としての道が出来ていないなら、言うてやるのが人情であり、思い遣りじゃないでしょうか。

だから相手のことを大事に思うなら、繰り返し言う勇氣を出してほしいと願うし、
毎週インスピレーションメッセージを読んでくれている人達に訴えたいんです。

ワシもちゃんとするけん、皆もちゃんとしてくれ、って。お互いで、より良くなって行きましょう。  
「テクニック」テクニックって聞くと、あんまり、耳触りのいい言葉じゃないと感じるんやけど、ね。

日本語で言うと「技術」です。

技術って聞くと、ちょっと感じ方が違うやろぅ。

皆さんテクニックは大事です。

但し、テクニックを社員に対して使うなら、あなたが、使おうとする相手を本心から大事に想っているか、ということを言いたいんです。

テクニックには前提があります。

使おうとする相手の幸福の為に、使うものです!

だから、あなたが人生はどういう考え方で、どう行動をしてゆくことが、幸福感を味わえるか、
という信念を持っているかということなんです。

そしてその感情を社員や友人に抱けているか、ということやと思います。

性格は千差万別ですが、どんな人間でも幸福に感じる感点と観点は共通があるように思うんです。

あなたにとって、大事に想う相手に対して、且つあなたが、人生の幸福とは何ぞや!
つまり、皆がハッピーに成ってもらえる、

ものの考え方や実際の行動を為しているなら、テクニックは生きて来ます。

そういう感情も湧かない相手に対してのテクニックは、逆効果になるんだと自覚してほしいと思うんよね。

孫子は言いました。兵は欺道(きどう)なり。と。欺(あざむ)くこと、と。

兵とは、まぁ戦いの事です。

しかしワシの好きな武将義経は言いました。兵は誠なり。と。

対人関係は誠と誠の関係しか、幸福感は味わえないんだと、義経公は言い切っとんですよ、
皆さん!

あなたが、人生とは?人間とは?幸福とは?

を、あなたなりに確立してから、テクニックを駆使しないと、ね。

一つ、皆さんに、この人の生き方を、ちょこっと勉強してみては?とお勧めします。

良寛さんです。

ワシは、良寛さんの句は悟りの句やなぁと、つくづく思って来ました。

松尾芭蕉の句は、求道(ぐどう)の句やと感じて来ました。求道つまり、道を求めるということです。

悟っていないんやと思います。道を求めて自覚に至って悟りの境地に成るんだろうけど、
芭蕉は道を求める旅を生涯した人なんやろぅなぁと。

まぁ言っちゃあ悪いですが、有名な人の句でも、迷いの句ばかりの人も、ままありますね。

その点ワシの好きな良寛の句の中では、この二句が普遍性を感じるし心に響きます。

裏を見せ、表を見せて、散る紅葉。

自分の良いところも、悪いところも、すべて隠さず見せて生きて来たから、悔いは無い。
という意味の句やね。

また、散る桜、残る桜も、散る桜。

これも、グッと来るねぇ。品があるよねぇ。覚悟、生き様、粋さ、洒落っ気・・・・・・・皆さんなりに、
感じて、今、抱えている課題に、当てはめて考えてみてはどうですか?

最後に、ワシの良寛さんの、一番グッと唸った言葉を、皆さんにも。

今まさに苦しい!と良寛さんに相談しに来た人に良寛さん、一言。

「苦しみから逃るる道は、、、、、、、、、苦しみ切るが、よろしく候(そうろう)。」 

苦しいって思っている内は、苦しみ切っていないんだ、と。

もっと苦しみなさい!苦しみ切った、その先に晴れ晴れしい心境が訪れるんだ、と。

やっぱり、哲人・達人と言われる人物の発する「人間は苦労することでしかモノに成らんな。」

という言葉は、重みがあるね。

ワシは、昔からこう言うて来ました。

苦労は何の為にするの?って。

苦労はもっと快適に成る為にするもんやでっ、って。快適に成る=理想像です。

だから、いつも言うとるんです。自分の理想像を描けっ!って。

理想像の無い苦労は悲惨ですよぉ~。(笑)理想像があるから、理想像が生涯貫くに値するもんやから、苦労が楽しめるんじゃないかと感じます。

これは、経営者も勤め人も専業主婦も、子供も、関係ないでぇ~っ。

あなたの今、抱えている苦しみ、苦悩からの脱出テクニックは、あなたの生涯貫くに値する理想像やと思うけどなぁ。
事業がどんどん拡大して行き、社員の増員が必要だから、社員募集しているなら分かるんだけど、

社員数の規模は、あまり変わらないのに、しょっちゅう社員募集している会社の経営者から、
たまに相談を受けますが、

決まって開口一番こう言ってます。

「社員を大事にしてやってなかったんやろ!」って。

本当に自分は大事にされている。と感じている人は、余程の理由がない限り辞めることはないと思うんです。

「大事にする」とは、あなたが社員のことを、本当に大事に想っているから、
社員の心に潜む光を見出だしてあげる努力をしているもんですし、

且つ待遇も資金に余裕の有る無しに関係なく人並みか人並み以上のことを施しているか、
ということなんです。

そして尚且つ相手が大事にされていると感じるものでないと大事にしているとは言えないと思うんです。

資金が無いから、待遇を良くできないと愚痴を聞きますが、ワシは銀行借入して、社員にしてやって来ました。

資金に余裕が出来たら、社員にしてやるんやけどなぁ、って愚痴る社長が居ますが、

ワシに言わせると言い方きついですがそれは社員を取り引きの道具同然に思っているからや、
と言うてますよ。

皆さん、事業に着実性と収益性が見出だせない会社に銀行は貸しません。

また、経営者の考え方や社員の働き具合を観ていますよ、まともな支店長は。

現在の森信親金融庁長官の全銀行に通達している「事業性評価」「企業を見よ」の方針は、
まさに事業の着実性と収益性が感じられる会社で、

現在のビジネスモデルの持続可能性と経営者の考え方と、そこで働く社員達の人間性と能力を、
評価せよ!という「お上」の意向を事業性評価と言うんです。

この事業性評価に叶う会社だと判断されれば借入は出来るんですよ。

そして銀行が喜んでくれる(融資のし甲斐がある)仕事を貫いて、上手に付き合ってゆくもんなんですよ、地域の銀行とは。

だから経営者に「その氣」があるんなら、自分の事業を、事業性評価に値するものにする経営指針書創りに取り組んで、

良好な借入を実施して、社員の待遇を安心感湧くものにしてやったらええのです。

それが商売の域を脱して経営に昇華するんです。

そして、社員に対して、自分が想っていても、その想いが相手に伝わっていなければ相手は大事にされているとは感じないものです。

社員のことを大事に思う心境に成るには、理想に向かって、トコトン真剣勝負の立ち居振舞いを、
あなたから実践しない限り、

そういう心境には中々なれないもんやと思います。

そもそも、あなたに理想があるんでしょうか?

その理想を文書に成文化しているんでしょうか?

理想を成文化することが経営指針書なんです。

本氣で経営指針書創りに取り組んだことのない人は、真の充実は感じないと思いますね。 

薄っぺらい人生に陥ってしまうんじゃないかなぁと思います。

大事に想うという心境に成るには社員一人一人の心の琴線に触れる事柄に誠実に接する思いやりの言動が、そういう心境に成って来るんです。

往々にして経営者は会社の利益の収支バランスしか考えないもんですが、
社員の心の収支バランスも考えることをせな、いかんわなぁ。

そういうことを、全く思いもせん人に相手を大事にしたい、という心は湧かないと思いますね。

何故、他人である社員であっても、自分の血を分けた子供だという心境になれないのか?

人生で起こる全ての問題解決の糸口は「家族」にあり。と考えるところに有るんです!

何故なら、真の家族に、利害の意識は存在しないからです。

そうでしょう!

あなたの子供に損得(利害)が浮かびますか?!

あなたが、損得感情を抱くから、大事にしてやりたいという心境が湧かないんですよ。 

だから、社員と取り引きするんですよ。

だから、社員が辞めて行くんですよ。

人間関係は、一言で言うなら、ワシはこの一点です。

性格に百点はありませんし、求めるものでもないと思うんです。

付き合う相手に求める資質は、たった一つでええのじゃないでしょうか?

それは、付き合っていて「澄んだ心になれ、精神性が高まる。」

この一点じゃないでしょうか。

社長と付き合っていて、社員は心が澄んでいるでしょうか?精神性が高まっているでしょうか?

社員と付き合っていて、社長は心が澄んでいるでしょうか?精神性が高まっているでしょうか?

夫婦も恋人も友達も、です。

人間関係って、そういうことだと思うのです。  
人に寿命があるように、会社や、お店にも寿命があるように思う。

また、人との付き合い、つまり人間関係にも寿命があると思います。

仲が良かって長年付き合っていても突然疎遠になって、以後たまに偶然出会っても、
前のような仲良い付き合いにならない、

何かしら、しっくり来ないことがある人いると思うんです。
それは目に見えない世界の縁が疎遠になったり、縁が寿命で切れたと考えられます。

だから現実に今付き合いが続いている人で、仲がギクシャクしている人が居るとしたら、
それも目に見えない縁が良い悪いに関係なく、

縁の寿命が来ていないんだと思ったらええのです。
でも、嫌なら現実の世界で自らその人を相手にしない、関わろうとしない行動をしたらええのに、

誰かに頼まれた訳じゃないのに、嫌な人と付き合っているのはあなたの弱さやと感じます。

自分の意志をハッキリさせて行くと、縁が薄い人は、自分から離れて行ってくれると思います。

目に見えない縁が、あなたがハッキリすることで相手にも霧が晴れるようにハッキリして来るから、

相手があなたのことを嫌なら、相手から離れて行ってくれるんです。
何故なら、この世は神と人間の合作だと思うからです。

日本書紀に「維新」の語源が書かれています。

維新とは、神と人間の合作によって、日々新たに努力すること。と書かれています。

現実の世界で維新をしないと、縁をハッキリさせることは出来ないと思います。

真に縁深い者同士で一緒に働いたり、付き合って行くことが、充実を感じながら生活出来るのに、
何で皆んなせえへんのかなぁ、と思うことがありますね。

あなた自身が、あなたの良心に従って、ハッキリすること。

ハッキリとした言動をすることで、いわゆる「腐れ縁」が切れて、深いであろう縁の人達と現実が進んで行くと思います。

目に見えない世界の縁をハッキリさせたいなら、現実の世界で維新を為して行くことやと思います


維新の意味は、神と人間の合作により、日々新たに努力することを言い、そして自分の良心で自分の短所を克服することを言います。

その為には、目に見えない神に、あなたの心を向けて、誰にも具わっている良心で、自分の短所を克服する言動をするしかないと思います。

斯く言うワシは毎朝神棚の前で、こう言うています。

「神の御心(ミココロ)を我が心とし、今を新たなる始めとして、日本の国体(柄)再興に尽力する所存です。」と。

本心から、そういう心境なんですね。

取り引きはしないんですよ。

つまりギブ&テイクじゃないんです、ワシの生き方は。
皆さん、神社や神棚に向かって、神と取り引きやしたらいかんでぇ。

こんな非礼な失礼な行為はありません。祈りの語源は、意宣(ノ)りです。
自分の意志を宣言することが意宣り(祈り)なんです。

人間関係も同じ。自分の意志をハッキリと伝えること。テイク(求める)してはいかんと思うんです。

ギブ(与える)だけでええのです。出来ることなら、差し上げなさい。を昔から実践して来ましたワシは。

よく周囲から「香川さんは気前がいいねぇ。」と言われますが、皆さん、気前がいいということを勘違いしている人が多いように思います。

例えば富豪が多額の寄付をしていますが、ワシはそういうのを「気前がいい」とは言いません。

ワシの言う「気前がいい」は、江戸っ子気質という感じです。

つまりお金は決して裕福じゃないんだけど、他人に惜し気もなく、お金を使ってあげている人を
「気前がいい人」と言うんですよ。

皆さんは、したくない人にまで、変な気を使って何かをするからストレスが溜まるんですよ。
してあげたいと思った人に、してあげればええんです。

お金に余裕がなくってもしてあげたい人には、してあげればええのです。

ワシみたいに(笑)