2017/06/29

「香川湧慈のインスピレーションメッセージ平成29年6月30日

「目的意識」
目的意識には二つに分類されると、ふと思いました。
一般的には勝つ為、出世する為、金持ちになる為といった目的意識が多いと

思います。
けど、こういう目的意識は自然界には存在しないと思うのです。
ある意味、こういう目的意識は、人間をダメにして行くんじゃないかと。
ワシの言う目的意識は、ただ純粋に、周囲の人達に「いい影響」を与えたいという想いだけでいいんじゃないかと。
自分の工夫と努力を積み重ねて、正々堂々と想いを実現する過程にこそ、

価値があるんじゃないかと。
自然体が一番。
自分にとって都合の良い事ばかり続く訳はありません。
天気だって、晴れがあったり雨が降ったり、晴ればっかり続いても、

世の人達に良い影響はありません。
雨が降ったり、やんだりするのが自然です。
人間生活に置き換えると損得ばっかり考えていると、自然体にはならんと思うのです。
自然体の生き方の中に、何分のいくつかの人工的なものがある、

くらいが「いい感じ」に成るんじゃないかと。
自然体で正々堂々と人生に勝負するのが「いい感じ」で日々歩めるのに、

そこに、あなたの浅はかな知識や金銭欲や名誉欲が邪魔するんよ。
人が何故、学ぼうとするんかなぁと思うと、学ぶことによって、

偉くなりたいとか、楽になりたいとか、
安定を得たいと言った「私欲」が大きく含まれている場合がほとんどじゃないかと。
しかし、それでは、高度なレベルには行けない。
求めるべきなのは、安住ではなく、試練やと思うんです。
試練が、人を鍛え上げてくれるんです。
不安定に飛び込んで行く姿勢を持っていないと、低いレベルからは中々、

脱し切れないと思うんです。
つまり「人間としてやるべきこと、やらなければならないこと」を優先せな、いかんのとちゃう!と言いたいのです。

 

今年もワシは香川県中小企業家同友会の「経営指針を創る会」の助言者として毎年ここ10年間、関わっていますが、
まぁ、残念というか余りにも、社員の給料が安く、福利厚生が無い、

会社が多いのには情けなくなるんです。
人間としてやるべきこと、やらなければならないことが欠けている感が否めない。

例えば、うちで言うなら、正社員が5名と社長のワシとパート社員1名ですが、正社員5名の給料や福利厚生を、
世間一般的な月給18万円や20万円で、しかも長時間勤務で。
そして福利厚生としての退職積立金や医療保険積立金や掛け捨て医療保険や月3回の、身体の手入れに対する費用負担を無くして、待遇を下げたとしたら、おそらく毎年1000万円は余分に利益を計上するでしょう。

わずか7名の会社で。
借金も無くなっているでしょう。
決算数値も「素晴らしいじゃないですか。」と言われるでしょう。
数値的には、ね。
でも、それは自分らしくないんよね。
香川湧慈らしく、ないんですよ。
経営理念である「志高く、らしく生きる」にはならないから。
嫌なんです。
社員への、安月給の上に成り立つ会社の利益というのは、ね。
まぁ、多くの会社が社員への安月給の上に成り立つ、見せ掛けの世間体の良い会社ですね。
会社の業績が思わしくないんなら、仕方ないんですが、

安月給にしてるのに会社が利益を出すな、と言いたいのよ。
うちも昔は社員に「待っとけよっ~!ええようにしてやるけんのぉ」と

苦楽共有をして来ました。
事業の着実性と収益性と持続性と発展性の4つを構築して来ました。
その間、借入で資金繰りしながら、社員の待遇を向上させて来ました。
儲かったから、給料上げる。じゃないんですね。
気持ちがあるから、銀行借入しながらでも社員がちゃんと生活出来るレベルの給料と安心して働ける福利厚生の充実に心を注いで来たんですね。
逆に言うと、その想いがあるから、事業に1.着実性 2.収益性3.持続性 4.発展性を見出だして来たとも言えますね。
うちの経営基本方針に、「少数素人精鋭主義」というのがありますが、

世間一般で言う「少数精鋭主義」じゃないんですよ。
深く哲学を掘り下げようとしない人達が、薄っぺらく「少数精鋭」と口にしています。
うちは、少数の「素人」を鍛え上げて「精鋭」にして行くという意味なんですね。
言い方変えれば、「素質の乏しい社員と共に努力する」ことを実践して来ました。
絶対に逃げない。お座なりにしない。素人を鍛え上げて、精鋭にして行く。
鍛え上げるには何が最も必要か、分かりますか?
愛情です。
愛と情ですよ、皆さん!
これに尽きるでしょ。
人生の価値観は、自然体が一番。縁ある人に「いい影響」を与えたいという想い。
勝ちたい、儲けたい、金銭欲、名誉欲の「目的意識」は、あなたの心を疲弊させますよ。
そろそろ、自然体で行きませんか。
縁ある人に「いい影響」を与える為の工夫と努力を積み重ねて、

正々堂々に切り替えてみませんか。
他人(ヒト)が見ていようが、見てなかろうが、自分が恥ずかしいことをしていればもう負けなんです。
他人(ヒト)にどう見られようが自分が恥ずかしくないことをしないことが

自然体、正々堂々になれるんじゃないでしょうか。
寝坊するのも、嘘をつくのも、誤魔化すのもそうですが、自分に負けることって沢山あるんです。
そんなところで負けておいて、本業で勝てると思うのは大間違いだと思うんです。
ワシはいつもこんな心境です。
「見む人の、ためにはあらぬ山奥の、己のが誠を、咲く桜花」