経営者に向いている人って言うのは、先ず素直で勉強熱心で、

アイデアマンやね。
これ言えてるでしょ。

だから、逆に言うと、反対意見を一旦受け入れることもしない、そして人間としての勉強もせんで、商売が儲かっている人を、ワシは「経営者」とは思わないんですよ。

単なる「商売人」としかワシは見ないんだよね。

まぁ、世の中には偽善者の多いこと極まりないわなぁ。

社長の野心の片棒担ぎに社員を雇っている連中が多過ぎるわ、ほんまに。

社長の給料は誰が稼いでくれてるか?

社長の皆さんどう思てます?

ワシは、昔からこう考えてました。

たぶん他の人とは価値観が違ってると思います。

社長の考えを、素直に聴く心で聴き、理解納得してくれている社員達が、

役割分担して社業を一所懸命やってくれているから、

それなりの稼ぎが上がり、その中から社長の報酬が得られているんだという思いです。

社長の皆さん、どうですか?

世の中、会社も、人間の身体も、役割分担なんですよ、それ分かってますか?って言いたいわなぁ。

身体で言うと、脳が社長で、心臓、肝臓、腎臓、肺臓等が幹部社員、

手足が一般社員という感じかな。

どれも大事で大切。役割の違いなんだよね。優劣じゃないんです。

それぞれが誰に言われるまでもなく、全体(会社=全社員とお客さんや支援してくれている周囲の人達)の発展の為に、自分が自分の役割を自覚して、

責任感を持って果たしているから、身体も会社も正常に機能しているんだと、皆さん自覚せないかんのとちゃいますか?!

中心である社長の考えに共感するから、自覚が芽生えて来るんです。

社長の考えに共感せんかったら、自覚は芽生えて来んと思うんです。

だから社長の考えに共感出来ない人は、辞めた方が、お互いの幸福に繋がるんです。

社員の人達に言います。

社長の考えに共感出来ん人が、何で社員やっとんですかっ?!

社長の金儲けの道具になってはいかんでぇ。

社長の人達に言います。

社長の考えに共感出来ん人を、何で社員にしてるんですかっ?!

社長が心スッキリ社業に取り組まな、理想の会社には向かわへんでぇ。

社員に気を使っている内は、社長も社員もスッキリ社業は歩めません!

氣は配るもんなんです。

社員に氣を配れている状態なら、充実感が湧いているはずです。

気は使うな!

氣は配れ!

と昔からワシは実践して来ました。

気を使うから、疲れるのよ。

氣を配っているのは、疲れは無いんです。

この似て非なるもの、違いを体感してほしいんです。

組織の最小単位は家庭です。そして会社があり地域があり国が成り立ち、

世界がある。つまり、組織の最大単位は民族です。

だから、家庭から民族に至るまで共通の納得行く価値観が一番大切なんです。

性格は皆、違って当たり前です。おそらく性格は生涯変わらんでしょう。

でも、ものの考え方や、捉え方は、共通基盤があることで変えることが出来ます。

うちの社員を例に取っても「社長の一貫した言動を、うっとうしいくらい身近に接していたら、ものの考え方や捉え方が変わって来ました。」と実感していると、折に触れ、時に触れ、言うてますよ。ほんまに。

家庭も会社もチームも、共通基盤、共通目的の無い所に充実なんて生まれないんです。

甲子園優勝したい!という共通の基盤、価値観、目的がある選手ばかりが揃わないと、甲子園出場は出来んのと違うかなぁと思う訳です。

選手皆、性格も違う、得意分野も違うはずなのに、共通の目的、価値観があると、徐々に考え方捉え方が変わって来るんです。

意識が変わって来るんです。ちゃんとした組織って、そういうもんです。

人数規模じゃないと思うけどねぇ。

組織の長である、家庭では家長、会社では社長、その他の組織では指導者ですが、長という人は、トコトン皆の人生が充実すると信ずる持論を発信し、続ける以外に、組織の幸福、充実感は生じて来ない!とワシはハッキリ断言しますね。

だから、共通目的、共通基盤を確固たるものにして行くことに、

長たる者は、全身全霊を懸けることに、自身も充実感を味わえるんです。

全身全霊を懸ける為に、体調のコンディションを一番に優先順位に置かないかんというのがワシの持論で、この30年実践して来たことです。

銭儲けよりも、何を置いても、社長は自身の体感コンディションを、

いつもベストコンディションにしていることが最重要なんです。

無理すると、長続き出来んでぇ。無理、無駄、油断の無い生活態度が、

組織の肝なんです。

どんな理想も、中心である社長の体調がベストコンディションでないと、

実現は出来んでしょう。

社員も同じ。

社員の体調コンディションを、いつもベストに。

こういうことが整うからヤル氣、アイデアが湧き、努力の継続性が可能となり、工夫、コミュニケーションが良好になって行くんです。

人それぞれ、体調コンディションの整え方は様々ですが、

自分にバッチリの体調コンディションの整え方を毎日、

実践してほしいと願うものです。

もしあなたが、何らかの長であれば、自身の体調コンディションをベストにすることを毎日の実践として、優先順位1位にしてないならそれは「無責任」なんです。

自分勝手なんです。よぉ~に考えてみてや。体調管理は重要な仕事ですよ。

社員にしてみれば、体調には経済も当然入ってますよ。

少なくとも文化的生活が出来るくらいの、給料や福利厚生をしてあげてほしいんです。


あなたの事業に取り組む姿勢と実際の事業の着実性、収益性、持続性、発展性の4つを包括して感じるものなら、銀行は金貸してくれます。

それが地域の金融機関の役目だからです。

銭が足りないんなら、銀行借入して社員に文化的な生活出来るくらいの給料と福利厚生をしてやらなぁ。

銀行が資金を貸してくれるということは、事業がちゃんとして行っているからなんやから。

だから、社員の生活向上に取り組むことは、事業の発展に繋がるんです。

衣食足りて礼節を知る。のが、普通の人です。

大方の社員は、普通の人なんやから。

社員の生活の体調コンディションが良くなると会社に運が来るんだと信じて下さい。ほんまやから。

あなた自身がスッキリを持続する為に。

何事も「スッキリ」が、充実感、幸福度の源泉ですよ。と言いたい今週でした。  

つい最近友人の店に女房を連れて寄ったら、付き添いで寄っただけなんだけ

ど、つまり何にも買うつもりじゃなかったんだけど、

自分の物なんですが「んんっ!」って来た物と出逢ってしまって、
「まぁ、もう一つ替えがほしいなぁ」って思うところがあったのでつい買った物があったんですが、そのブランドは全く知り得るところじゃなかったので、

 

オーナーである友人に聞いたら、
「デンマーク発信の最高級ブランドで、一生物です」って言うから、
「そうなん」って答えて、代金は?って聞いたら9万数千円「えっ!こんなにするん?」と、一瞬感じましたが、その数秒後には、
「まぁええわ。お店の売り上げになったし、喜んでくれたわ。」って感情が

湧いて来るんよねぇ。

 

その友人に少しでも儲けさせてあげたい、という心境です。
たぶん、そういう思いと行為の積み重ねが、ひょっとしたら、

自分に運氣を呼んで来たんちゃうかなぁと、ふと思いました。

だから、皆さん。

何か買うんだったら、知り合いの店で、良い物を買ったらええのよ。

大事に使うと思うし、高額な品なら、尚更その知り合いの人の心に残るで。

況(ま)してや、その友人もまさか買い物するとは思って無かった訳やからね。感謝の念が湧いてくれてるで。

商人って、そうやん。

自分のことを分かってくれて、他でも有るのに、

わざわざ自分とこで買ってくれたお客さんのこと有り難く思うもんや。

その「ありがとなぁ~」って言う気持ちが、相手に運を付けてあげてるんちゃうかなぁと思う訳です。

昔、聞いた話やけど、人口3000人くらいの村で一人の老婆が亡くなって葬式に1500人来たって。

いわゆる名士でもなければ、議員しとった訳でもない。

定年まで小学校の教師をしてただけの、ごく平凡な女性。

なぜ葬式に村の約半数になる1500人もが弔問に来たか?

その話をしてくれた人が「それは、たぶんこうだから」ってワシに話してくれたことがあります。

「その人は、近くにスーパーやディスカウントのお店が出来ても、一生涯を通して、自分の教え子の店からしか、物を買わなかったそうです。」って。

今、これ読んだ瞬間に、瞬時に涙出た人「あんたええ人間やなぁ」と天の神さんが言うてるわ。

皆さん、どう思いますか?

何か胸に熱くなるもの感じませんか?

哲学も品性もなく、あっちが安い、こっちが安いって、安易に買ってないですかねぇ?

物を買う一つ取っても、相手の心に響く買い方、してみませんか!

あっちが安い、こっちが安いって自分本位の範疇やわなぁ。

知らず知らずに自分勝手な人に陥るでぇ~。😱

知り合いじゃない店なら同じ物なら安い所を探すのは否定せんけどね。

知り合いが販売してたらやねぇ、これ買ってあげたら、あの人喜ぶわなぁとか、嬉しいやろうなぁっていう気持ちにならへんのかなぁ?皆さんは?

勿論、売ってる人が知り合いでも、買ってあげたいたいと思わせる人間性が無いと、それは出来んけどね(笑)。

物買う買い方一つにも、人間性が出るっちゅうことです。あなたの教養、

品性に関わって来ますよっ。って言いたいのです。

お金は稼ぎ方よりも、使い方が生き様に成りますよ。

また、あなたが、どう使っているかに、周囲の人達は静かに観てるもんやでぇ。

「ボロが出る」
皆さんが知らず知らずに使っている言葉に「ボロが出る」っていう言葉があるやろぅ。
語源はどういうところから生まれたか知ってますか?
最近のニュースでよく見てしまう議員達の、出るわ出るわ、ボロが。
内面の乏しさが、ボロを出さすんだろうねぇ。
○○議員の罵声録音を聞かされると、どんくさい秘書の間抜け言動に頭に来るのは、分からんでもないけど、じゃあ誰が、そのどんくさい秘書を雇ったんかっ!っちゅうことよ。
議員さんあんたでしょ。手が足りないから誰でもいいっていう安易さが招いた自業自得でしょう。
会社も、お店経営も同じやで。安易に雇わないことやと思うけどね。
罵詈雑言を吐く、あの議員、学歴は良かったんだろうけど、人間の中身、

つまり、品性の乏しさを暴露してるなぁと感じますね。
そこで、昔ワシが知ったボロが出るの語源のことを話ますね。
皆さんは、着物を見せられて300万する物か100万なのか果たまた5万なのか見ただけじゃ着物屋さんじゃない人達には分からないと思うんだけど、
そして高価な値が付いていても、雑な物もあれば案外安価な値の物でも、

雑じゃない物があるんですが、
昔着物を専門に洗う業者いわゆる「洗い屋さん」に汚れてしまった着物を、

今で言うクリーニングに出した時に、雑な物は「解(ホツ)れ」が出るそうです。
着物を専門に洗う「洗い屋さん」が見た目は立派でも雑な物なら「ボロが出る」っていうことが分かることから、語源が来ているということを学んだことがあります。
安い物にボロが出るんじゃないんです。雑な物にボロが出るんです。
そこから、見た目は立派に見えても、専門家に掛かると、見抜かれるんだということです。
つまり、ボロが出るのを洞察力のある人や、純粋な心を備えている人

(ある意味、人間洞察力が備わっているんだよねぇ、そんな心の純粋な人には)
には、見抜かれてしまうんだということです。
人間に置き換えると、如何に立派に装おうが、その人の「ちょっとした行為」を、よぉ~く観察していたら、ボロが出るのが分かるということです。
つまり、人間ボロが出るのは、普段のちょっとした行為から、出るんだよねぇ。
観られとるでぇ~皆さん!(笑)
その人の中身の問題なんです。
その人の中身、つまり、品性、品格、教養、正直さ、

素直さが確りと内面に存在しているか、否かなんです。
他人に立派なことを言いながら、自分は身銭を切ろうとしない人も、

よぉ~く観察してたら、分かるでぇ~。
そういう人は、品性乏しいなぁと感じてしまいますね。
金銭欲は何も悪くないんだけど「みみっちさ」を感じると、

その人の中身の薄さを感じてしまいます。
立派なことを言いながら、身銭を切ろうとしない人に、案外迷っている人達が付いて行っている光景を見掛けるんだよねぇ。
自分が迷っているから、立派に見えてしまう人に従ってしまうんですよ、

ほんまに。
純粋な心を備えている人は、案外迷ってないんだよね。
自分を案外確り持っているんだと感じますね。
「私、純粋なんですけど迷ってしまうんです。」と言う人に、

それは純粋な心を備えていない!んですよ、たぶん。
純粋じゃなく、ただ弱々しいだけです。
本当に純粋な心を備えている人は強いんですよ。
自分を確り持つ為に、誰にでも出来る、自身の哲学を深める習慣を一つ教えます。
ワシが昔からやって来たことです。
あなたが、何かやろうとしている時に「なぜ?なぜ?なぜ?」を習慣にしたら、自分の考えを深めてゆく習慣が身に付くんだよね。
まぁ、why?becauseをハッキリさせてゆく思考を習慣化させてゆくんです。
「why?なぜ?becauseなぜならば」をハッキリさせる思考習慣と、歴史上の先哲の考え方、生き方を学ぶ習慣が、人としての深い哲学、品格ある生き方が感じ取れて来ると思うんだけどねぇ。
最後にもういっぺん言います。
あなたの、何気ない、ちょっとした行為、言動に、意識を持つことを習慣化してみて下さい。
内面が豊かになって来ると、ボロは出なくなるんちゃうかなぁ。
自分に正直でありましょう。
自分に素直でありましょう。
品格感じる人物、品性感じる人物、奥が深いなぁと感じる人物の、

考え方や生き方を真似てみたら、ええのじゃないですか!
ぐじゃぐじゃ、あぁでもない、こうでもない、って迷ってないで、

真似せえぇっ!(笑)







「格式」

皆さん「古くから続いている」会社やお店を格式があると勘違いしてませんか?!
格とは、その家(人)が如何に、その家(人)柄、仕事を積み重ねて来た歴史があるのか、ということを言い、自分の仕事の根底に在るものは何かを見極めそれを責任を持って取り組み始めることが格になるんです。
式とは、この家(人)柄、仕事を、どう学び生かして来たかが式になるんです。
この二つが成り立たないと「格式」があるとは言えない。ただ古いだけでは格式があるとは言えないんですよ、皆さん。
自分の責任に於いて、自分の責任を積み重ねてゆく。これが格式を形成して行くんです。

老舗も、同じです。
老舗足る由縁、それは、格式を保って来ているかどうか、ということなんです。

それが無ければ、ただ古い物を売って食い繋いでいるに過ぎんと思うんです。
そこに、命の躍動が無ければ、老舗とは成り得んのです。
歴史の浅い会社やお店の皆さん、年齢の若い皆さん、年齢は若いとは言えないが、まだまだ数十年は生きるぞ、という人達にメッセージします。

今から「格」を形成すべく、如何に学び生かして行くかという念(おも)いと

行動が「式」になって行くんだから、

常にワシの言う「格式」を意識して仕事や生活をせな、いかんのとちゃうの!と言いたいんです。

ニュースで毎日のように見る、政治を生業にしている議員の人達や、

利権欲にまみれた事業者達の品性の感じないこと。

こういう人達は、日本に住んでいながら、日本人じゃない!と感じるのはワシだけでしょうか。

皆さんも品性とは何か?

格式とは何か?

自身の内面に問い掛けてみて、内面の「もう一人の自分」が、どう応えるか、聴いてみるべし!