2017/07/14

「香川湧慈のインスピレーションメッセージ平成29年7月14日

「ボロが出る」
皆さんが知らず知らずに使っている言葉に「ボロが出る」っていう言葉があるやろぅ。
語源はどういうところから生まれたか知ってますか?
最近のニュースでよく見てしまう議員達の、出るわ出るわ、ボロが。
内面の乏しさが、ボロを出さすんだろうねぇ。
○○議員の罵声録音を聞かされると、どんくさい秘書の間抜け言動に頭に来るのは、分からんでもないけど、じゃあ誰が、そのどんくさい秘書を雇ったんかっ!っちゅうことよ。
議員さんあんたでしょ。手が足りないから誰でもいいっていう安易さが招いた自業自得でしょう。
会社も、お店経営も同じやで。安易に雇わないことやと思うけどね。
罵詈雑言を吐く、あの議員、学歴は良かったんだろうけど、人間の中身、

つまり、品性の乏しさを暴露してるなぁと感じますね。
そこで、昔ワシが知ったボロが出るの語源のことを話ますね。
皆さんは、着物を見せられて300万する物か100万なのか果たまた5万なのか見ただけじゃ着物屋さんじゃない人達には分からないと思うんだけど、
そして高価な値が付いていても、雑な物もあれば案外安価な値の物でも、

雑じゃない物があるんですが、
昔着物を専門に洗う業者いわゆる「洗い屋さん」に汚れてしまった着物を、

今で言うクリーニングに出した時に、雑な物は「解(ホツ)れ」が出るそうです。
着物を専門に洗う「洗い屋さん」が見た目は立派でも雑な物なら「ボロが出る」っていうことが分かることから、語源が来ているということを学んだことがあります。
安い物にボロが出るんじゃないんです。雑な物にボロが出るんです。
そこから、見た目は立派に見えても、専門家に掛かると、見抜かれるんだということです。
つまり、ボロが出るのを洞察力のある人や、純粋な心を備えている人

(ある意味、人間洞察力が備わっているんだよねぇ、そんな心の純粋な人には)
には、見抜かれてしまうんだということです。
人間に置き換えると、如何に立派に装おうが、その人の「ちょっとした行為」を、よぉ~く観察していたら、ボロが出るのが分かるということです。
つまり、人間ボロが出るのは、普段のちょっとした行為から、出るんだよねぇ。
観られとるでぇ~皆さん!(笑)
その人の中身の問題なんです。
その人の中身、つまり、品性、品格、教養、正直さ、

素直さが確りと内面に存在しているか、否かなんです。
他人に立派なことを言いながら、自分は身銭を切ろうとしない人も、

よぉ~く観察してたら、分かるでぇ~。
そういう人は、品性乏しいなぁと感じてしまいますね。
金銭欲は何も悪くないんだけど「みみっちさ」を感じると、

その人の中身の薄さを感じてしまいます。
立派なことを言いながら、身銭を切ろうとしない人に、案外迷っている人達が付いて行っている光景を見掛けるんだよねぇ。
自分が迷っているから、立派に見えてしまう人に従ってしまうんですよ、

ほんまに。
純粋な心を備えている人は、案外迷ってないんだよね。
自分を案外確り持っているんだと感じますね。
「私、純粋なんですけど迷ってしまうんです。」と言う人に、

それは純粋な心を備えていない!んですよ、たぶん。
純粋じゃなく、ただ弱々しいだけです。
本当に純粋な心を備えている人は強いんですよ。
自分を確り持つ為に、誰にでも出来る、自身の哲学を深める習慣を一つ教えます。
ワシが昔からやって来たことです。
あなたが、何かやろうとしている時に「なぜ?なぜ?なぜ?」を習慣にしたら、自分の考えを深めてゆく習慣が身に付くんだよね。
まぁ、why?becauseをハッキリさせてゆく思考を習慣化させてゆくんです。
「why?なぜ?becauseなぜならば」をハッキリさせる思考習慣と、歴史上の先哲の考え方、生き方を学ぶ習慣が、人としての深い哲学、品格ある生き方が感じ取れて来ると思うんだけどねぇ。
最後にもういっぺん言います。
あなたの、何気ない、ちょっとした行為、言動に、意識を持つことを習慣化してみて下さい。
内面が豊かになって来ると、ボロは出なくなるんちゃうかなぁ。
自分に正直でありましょう。
自分に素直でありましょう。
品格感じる人物、品性感じる人物、奥が深いなぁと感じる人物の、

考え方や生き方を真似てみたら、ええのじゃないですか!
ぐじゃぐじゃ、あぁでもない、こうでもない、って迷ってないで、

真似せえぇっ!(笑)