それぞれの「その筋」で有名になっている「長」の人達で、

縁あった人や知っている人をじっくり観察していると本物か否か、

分かって来るというか感じることがありますね。何かと言うと、それは、

その「長」の人の、お金の使い方を見ていると、分かるんです。

感じてしまうんです。

「有名無力」な人やなぁと。中々、その筋で有名になっている人で、

有力な人は、ものすごく少ないんじゃないか、と。

いや、無名な時は有力であった人が、有名になって来ると、誰しも内在する「いやらしさ」が出て来て無力になって行くのかも知れません。

ワシは「無名有力」でありたいなぁ、と。

まぁ、それは周囲の人達が決めること、言うことやけどね。

まぁ、ワシが感じるのは有名無力な長の人達は、自分でお金の支払いをしない感あり、ですね。

自分が、ビジネスとして対価を得るのは全然OKなんですが、研修と称して、所属メンバーを連れて、どこかに行くような時、

その長が身銭を切っているかどうかを、ワシは観ているんですよ。

所属するメンバーに費用を毎回持たせている長は有名無力な人ですね。

尊敬に値しない。何を高尚なことを発言していても、価値がないわなぁ。

銭くらい自分で出さな、いかんわなぁ。

と感じることがありますね。

こういう人達は、自分の行為が「無様、かっこ悪い」って感じないんやろうねぇ。

出してもらっても、まぁいいか。って思ってるんだと感じますね。

そういう所属メンバーの人達に言いたいのは、有名無力な長の人達に、

振り回されてしまいますよ。ということです。

振り回されない為にも、あなたが、本物に、人物に、成らんと。

人の身銭(私的金銭)の使い方を観たら、感じてしまうよね。

お金は、身銭(私的金銭)の使い方が、その人の生き様になるんです。

また会社は、そこで働く人達の「人格レベル」と「能力レベル」にしか、

ならないんですね。ほんまに。

会社で社業を通じて人格教育をしていない、人格教育する気持ちすら浮かばない所が、多いから、

テレビニュースで出るような不祥事が次々と起こるんだろうなぁ、と感じます。

規模を拡大したって中身が伴っていなければ、膨張会社に陥ってしまうだけ。成長じゃない。

やっぱり会社というのは社長はじめ社員達の人格レベル、能力レベルにしか、成らんのですよ!

お互い、考えたいものです。  

自分は「これ」をしていないと自分じゃない!というものを見つめ直して、

立てて行くこと。

 

これが「らしく」ということ。
「これ」は、あなたが、今まで生きて来た歩みの中にしか、存在しない。

多くの人が、自分らしく生きたいと思っているはず。

しかし「これ」を貫いていないと、自分らしくは生きれない。

「自分らしく」と「自分勝手」とは違う。

あなたは、あなたの「これ」を貫いてますか?!
またあなたは「これ」がそもそもありますか?

自己実現と世間では言うてますが、一般的に言う「自分の夢」を実現する程度では、真の自己実現とは言わないとワシは昔から言うて来ました。

だいたい一般的に言う夢というのは、そう深いものじゃないのが多いと感じるし、自分の贅沢をしたい程度のものが多いんですよ、ほんまに。

そんな軽いものじゃないと思うんですよ。

人間には持って生まれて来た真の役割があるように思えてならないからです。

それを「天命」と言うようですが、あなたの天命は、こうですよ。

なんて他人から言われて「ハイそうですね。」なんてことにはならんでしょう。

自分が、その氣になって自分の心の内面をえぐって、えぐって、えぐり抜いて「これ!」しか自分の魂は、輝かないんじゃないか、

と思えるものが芽生えたら、それが天命じゃないかと。

そういう自分で自分を掘り下げて、心底から納得の行く、

生涯懸けて惜しくない「これ!」が芽生えたら、

真に自分らしく生きるスタートが出来るんだとワシは自身の体験から言えますね。

おそらく、大多数の人達が「これ」を見出だせずに、生涯を終えているんじゃないかと感じることが、ままあります。

自分らしく生きてると、勘違いしているだけの、勘違い人生を無為に過ごしているんだと感じますね。

自分勝手に過ごしているだけ。生きているんじゃなく、過ごしているだけなんじゃないですか?

少なくともワシの大事な人達には、自分らしく生き切ってほしいと願っているので、毎月神社に参拝に行き、祝詞を奏上していますが、

必ず、こう口上(こうじょう)を言うてます。

先ず毎回言うのは、日本国の安定、皇室の安寧、天皇陛下の安穏(アンノン)

続いて個人的な願い事。個人的な願い事は志のことだけしか言いません。

個人的な願い事で必ず言うことが、うちの社員の全員のフルネームと

女房のフルネームを言い、分かりやすく言うと、

こうお願いしています。

「一人一人に志が芽生えますように。その志を実現する生涯が歩めますように。」

この二つだけです。

何故なら、志が自ずと芽生え、その志を生涯懸けて実現したいと思い行動することが、人生が充実する唯一の道だという、

信念があるからです。

お金や、その他のものは志を実現する為の道具に過ぎないと思っているからです。

少なくともワシの身近な大事な人達には、真に、「自分らしく」生き切ってほしいんです。

だから、どうか志が芽生えますように、その志を実現する人生を歩んでくれますように。と願うばかりです。

それだけや。

お金が沢山あるとか無いとか、健康だとか病がちだとか、人間関係スムーズだとか、ぐちゃぐちゃだとか、仕事が順調だとか、不調だとか、

そんなことは人生の半分つまり50%は、運命や。前世からの因縁や。

そう覚悟したらええんですよ。

そう覚悟出来たら、つべこべ言うことも無いんです。

志が芽生える。その志を生涯懸けて実現してゆく歩みをする。

それが出来ている人は、幸福なんよ、ね。  

報告事や帳簿記入は特に「至れり尽くせり」で。

そして電話や実際の応対は「ちゃんと伝える」を徹底せないかん。

相手が勘違いしない表現をすること。一目で理解出来る表現をすること。

何故?何故ならば。を伝えること。

これが出来てない人が多い。

事務処理に於いては、自分で、

相手目線になって確認しようという気持ちが無い証拠や、こういう人は。

もう悪いクセになってしまっとるわ。

一つ一つ丁寧に。確認、確認、確認の念押しを、せないかん!
(この毎日の行為が自分に漏れの無い能力を身に付けさせるんです。)

それが出来ていない、疎かにしている報告や、漏れだらけの記帳内容が多い人、おるやろぅ。

何か相手に連絡せないかんことをメモしたり、

パソコンで文章にしたり帳簿記入する時の要留意点は、

あらゆる観点から考えて自分の書いているメモやパソコンでの文字表現を相手に言われなくても、

丁寧に、正確に、そこまでやってくれるか、という思いを抱かす表現にすることです。

直接の応対(電話やリアル)も、同じです。

よう氣配り出来とるなぁ相手に対する配慮が感じるわなぁ、という表現が大事なんよね。

事情を全く知らない人が読んでも「あぁ~、なるほど!」と瞬時に理解出来る

 

表現をするように心掛けることが、ほんまに大事なんですね。

エモーションでは、特にそのことを口酸っぱく言い続けています。

一人一人が、こういう事に取り組むことが、自分に丁寧さ、

 

正確さを身に付けさせ、信頼感を抱いてもらえる、日常の行為です。

誤解を与えずに済むことも多くなります。

日々の業務すらトコトンの丁寧さが欠けているとしたら、

 

自分の私生活の大事なことは、丁寧に、正確に、というのは出来んのとちゃうかなぁ。

日々の何気ない業務に、配慮が溢れていたら、自分に「運」が付くんだ!と

 

昔から言うて来ました。

ちゃんとせえ!

キチンとせえ!

伝えるべき事は伝えないかんのや!

(どうでもええ事は言わんでも、ええのよ。)

自分の毎日の日々の業務を疎かにしない姿勢、相手に勘違いが起こらないように、相手が「あぁなるほど!」と瞬時に感じてしまう伝え方をするんだ。

という気持ちで、業務を実施することが自分に運を付けるコツの一つなんよ、ね。

クレームの生まれる元は「まぁ、いいか。」品質は人質(ジンシツ)。なんよ、ね。

相手に心労を掛けてるんですよ、自分の連絡事のメモの仕方一つに。

無意識に、自分の日頃の悪いクセが、相手に心労を掛けているという感覚を持つこと。

それが、思いやりであり繊細さなんよ、ね。

エモーションでは、こう経営指針書に明記しています。

業務は顕微鏡の如く緻密に、人間は海の如く大らかに。と。

これを日々実践していると「繊細さと大胆さ」が時と所と立場に相応しい言動として、徐々に身に付いて行くんです。

まぁ、だいたいやねぇ、日々の業務を疎かにしていると

(疎かにしている気は全くなかっても)

せっかくの努力も、小さい小さい微妙なくらいの穴の空いた器で水汲んでいるのと、同じになってしまうんよね。

一緒に働く仲間の努力がたった一人の「まぁ、いいか。」や

「決めた事を守り、守る事を続けることを疎かにしてしまう」

ことで穴を空けてしまうんよ、ねぇ。

また、皆んで、一から積み重ねないかんなるんよねぇ。

だから、口酸っぱく言うてるんです。相手が勘違いせんような表現をせえ。

事情を全く知らない人が読んでも、あぁ~、なるほど!と理解出来る表現をせえ、と。

これが、思いやり、愛情であり、あなたに文章能力を身に付けさせるんやと思うんだけどねぇ。

5W1Hって昔学校で習ったやろう。When(いつ)Where(どこで)Who(誰が)What(何を)Why(なぜ)

これくらいは、メモしたり、報告内容に記載したり、帳簿記入も、これが理解出来る記入の仕方をするのが、ワシに言わしたら「普通、常識」なんやけどなぁ。
つまり、「要は、こうや。」ということを、伝えたらええだけのこと。

 

全てに「要はこうやで」を伝えることを意識したらええだけのこと。

社会生活は「伝える」ことがスムーズになれば、人間関係トラブルの多くは防げて、あなたも頭に来んでええようになりますよ、と言いたいのです。

本当に、信頼関係のある間柄なら、イチイチ言わなくても、

ツーカーの仲になれるのよほんまに。

人間関係、ツーカー(ツーと言えばカーと応える間柄)の間柄が、

一番信頼、尊敬、親しみの仲なんです。

皆さんは夫婦の間、社内の間、友人関係で、出来てますか?!

自問自答せな、なぁ。

「生き方の美学」

自分の生き方を確り貫いていると、それが自分の美学になって行くのに、

自分の生き方すら、確りと持とうとしないから、他人に振り回されるんじゃないかと思う訳です。


生き方の美学を持っていると、他人に振り回されるようなことには、

ならないと思うんだけど。


他人に上手に言われて、結局何か損してるとか、嫌な思いをしたとか、

そういう人、多いと思うんです。

 

まぁ、相手も自分が得する為に「あなたにとって良い話だから、、、」

とあなたを利用しようとしたんだと思うんだけど、
あなたに「生き方の美学」が確り備わっていたら、ハッキリとした判断基準と、物事を洞察する能力が備わっているものやから、振り回されることはなかったんじゃないかと思うんです。


ひがみ、妬(ねた)み、愚痴を周囲に、無意識に平気で言う人よぉ~け、

おるでしょ。

そういう人は毎日が充実していない、心が満たされてない、

足るを知っていないんです。
物欲に際限が無い人達なんです。


ほしい、ほしい、ほしいと、もしあなたが思っていたら、

いつまで経っても、心は満たされんとおもうけどなぁ。
まぁ、こういう人達が、いわゆる「普通」の人だと自覚しとかな、

あなたが振り回されて疲れますよ、と言うときます。


不平不満、愚痴、泣き言悪口、文句ばっかり言う人は、

生き方の美学なんて持ってないだろうし、他人が羨ましく見えている人達なんです。
そういう人達は、中々変わりませんよ。


だから、あなたが振り回されない心のコントロールを身に付けるしか方法は無いと思うんだよね。
自分の心のコントロールを身に付けるには、生き方の美学を確り持つことと。

つまり「人間とは何ぞや」を深く洞察する心の習慣を心掛けることやと思います。

まぁ、分かりやすく言うと、自分らしく在ることです。

「自分らしく」と「自分勝手」は真反対やから、

そこんとこ勘違いせんように。美学やからね。

客観的に自分を見て、美しい生き方してるか?

学べる生き方してるか?この二つや。

「らしく」とは、思い付くまま、好きなことするんじゃないんやで。

組織(夫婦・家族・会社・地域等々)の発展の為に、自分は何をすることが、役に立てるのか、

自分の得意(役割)を発揮することで自分も組織も充実するのか、

を考えて行動することを「らしく」と言うんです。

だから、男は男らしくを考えてみる。女は女らしくを考えてみる。

社長は社長らしくを、社員は社員らしくを、親は親らしくを、子は子らしくを、夫は夫らしくを、妻は妻らしくを、考えてみるんですよ。

夫婦の発展につながっているのか、

家族の発展につながっているのか、

会社の発展につながっているのか、

これを、あなたが何かしようとした時に、ちょっと考えてみるんです。

そういう習慣を身に付けていると、振り回されなくなりますから。

「経営=人生=人間とは何ぞやを探究すること。」だとワシは昔から思って

来ました。

皆さんも、人間とは何ぞやを探究しながら、人間洞察力を深め、生き方の美学を確り持ってみてはどうですか