募集しても人が集まらない。と言う経営者の声をよく聞きます。
社員募集の理由には、大きく二つやね。

一つは、現在の社員が辞めているんじゃなく新店舗や新事業所開店の為に

社員が必要な場合。
もう一つは、よく社員が辞めてしまうから、社員が必要になっているんじゃないかなぁと思う訳です。

事業拡大により、社員募集は一見、順調な様に見えるけど、

経営者の信念に裏打ちされていない事業拡大は膨張企業に陥ってしまう懸念があるんですね。

事業の「あらゆる適正規模」を常に模索していないと、

花は咲いても実は成らないと感じます。

また事業の伸びによる社員増加を以て成長とは言えない面があるんですね。

やはり、社員の人格の向上を図りながら粗利額が増えていることが成長だと思うんです。

社員一人当たりの粗利額の向上が大事であって、

尚且つ社員の人格が高まっていること。

これを、いつも心に置いて社業に取り組んでいる経営者は、充実感があると思います。

そもそも人格の低い、つまり自分の損得しか考えない社員が多い人達で仕事してやねぇ、いい仕事が出来るはずがないと思うんやけどねぇ。

ワシは、相談を受けた時、その経営者にこう問うています。

あなたは社員に対してこう伝えていますか?と。

何事もこの二つが肝心やで、って。

一つは、

仕事(人生の)としてやろうという意志を持つこと。

もう一つは、

家族の理解を得ること。

この二つを自覚している社員は、人格向上に自ら努力しているものです。

そういう社員と経営者だから、一致団結ができ、長い目で生産性が上がり、

心の充実が生じて来るんです。

そもそも、よく社員が辞めてしまう会社は、たぶん、

人間としての「温かさ」が行き渡っていないか、全く無いか、ですよ。

経営は温かさ、なんですよ皆さん!

社員が、経営者に恩を感じているなら、温かさがある証拠じゃないでしょうか。

厳しいから、社員が付いて来ないんじゃないのよ。

経営者が信頼出来んから、付いて来ないんです。

それが人間じゃないでしょうか。

ワシは、縁あって集っている社員が、全員と相互に心通い合う会社であり続けたいという信念で会社経営をやって来ました。

だから零細企業の理想を求め続けて来たんですね。

何十人も何百人も居たら、全員が相互に心通じ合うことは不可能だと思うからです。

また、そんな大人数を経済的に、それなりに豊かな給料や福利厚生を「全員」には、無理じゃないかと感じて来ましたから。

全員が相互に心通じ合う関係で、高収益企業にしたいとやっていますよ、

ワシは。

だから、工夫が湧くんです。息切れしないんです。温ったかい会社が出来ているんです。

皆さんも、自分の事業の再構築にチャレンジせんですか?!

事業の再構築をリストラクチャリング、つまり、リストラと言うんです。

社員の首を切るのが、リストラちゃうで。

本筋を貫く為に、リストラが在るんです。

事業を本質的に観る。多面的に観る。そして、遠くから観るんです。

この三つを忘れんように、社員の心の内面と経営者自身の心の内面に、

本氣で向き合う勇氣を持って行動してほしいと、強く発信します。  

「親の心、子知らず」
こういう人は、寿命が来た時、成仏できんような気がします。

よく親の価値観を押し付ける。と言う人がいますが、

その価値観を一旦、客観的に考えてみる、捉えてみる。
親の言う価値観が究極、人生をより善く導いて行くものかも知れんのですから。
あなたが「人生の充実とは何ぞや!」ということを考え抜いていてやねぇ、

親の言うことが「押し付け」と感じるなら別ですが、
そこまで考えていない人が安易に「押し付け」と感じるのは、

どうかと思う訳です。

一旦、冷静に考えてみる、捉えてみる。この思考習慣は大切と思うのです。

ここで言う親とは、ただ単に「親」という意味ではなく
「親の心境になって接してくれている上に立つ者、子(部下)の人生を考えている者」という意味です。
親の心とは「子の人生がより善く成ってほしいという願い」です。

「より善く」とは、志が芽生え、その志を果たそうとチャレンジしながら、

他人(ひと)に善い影響を与えている人間に成るということです。
そう考えると、世の中にどれだけ「親」が居るでしょうか。
たぶん、苦労せず無難な人生を過ごしてほしい、程度の思いくらいでしょう。
無難な人生って、おもしろ味の無い人生とも言えます。

誰でも子が出来れば親にはなるでしょうが、人の道が説けてこそ親に成れるんじゃないかと思う訳です。

子に人の道を説くには「人の道」とは何ぞやを勉強せな、知識だけでも身に付かんわなぁと思うし、知識を得たなら、身に付くようチャレンジせなねぇ。

そういう心境の親(上に立つ人)の子(部下)の立場の人で、

「親の心、子知らず」の人は、寿命が来た時、成仏できんような気がします。

会社で言う親とは、「社員の人生を考えている社長」ということを言います。

そういう社長の心を、分かっている社員だけが、寿命が来た時成仏できるんだと感じるんだけどね。

だから、あなたの会社の社長が「会社の親」の心を備えて、

あなた達に接しているか、どうか?なんですね。

社員の皆さん。あなたの社長が会社の親に成っていると思える社長なら、

その心が分かる努力をすることが、
結局あなたが、やがていつの日か来るであろう寿命が来た時、成仏できると思って、今から自身の言動を振り返ってみることは大事なことやと思う訳です。

また逆に、社長をしているあなたは、自分の社員達に「親の心境」に成っているでしょうか?

そつなく業務をこなしてくれれば、給料出すよ。程度の心境じゃ、

これまた社長のあなたは、寿命が来た時に、成仏出来んような気がするなぁ。

その昔、江戸時代にある殿様が重臣に、こう嘆きました。

「近頃は継信、忠信のような家臣が居ない。」と。

(継信、忠信とは、平安時代末期の武将・源義経に仕えた忠臣・佐藤継信、

忠信兄弟のことです)

現代風に言うと「近頃は、社長に心から尽くす社員が居ない。」と嘆いたということ。


その殿様の発言に、重臣は、こう言いました。
「否、継信、忠信が居ないのではなく、義経のような殿様が居ないのでございます。もし今、義経のような殿様が居れば、継信、忠信如き家臣が続出するでしょう。」と答えたと歴史は教えます。

皆さん、このエピソードの意味、分かりますかねぇ?

義経のような情に溢れ家臣(社員)思いで、

且つ戦いに勝つ有能な殿様(社長)が続出したら、
社長の意を汲む、社員が続出する。ということを、歴史は教えています。

先ずは、上に立つ者の人間性、指導力です。

日本人は、部下のことを言う前に、先ず上に立つ者の心構えを指摘し、

戒めます。

社長も、親も、親分も組織のリーダーも同じです。

上に立つ者が、真剣に一人一人の部下の人生を考えて接し続ける。

本氣で部下の人生を考えて行動するしか、心はつながらないんですよ。

阿吽(あうん)の人間関係には成れないんですよ。

阿(あ)と言えば、吽(うん)と応える。

つまり意志疎通が瞬時に出来ている人間関係のことです。
阿吽の人間関係は、幸福の原点だと思うのです。

神社に仁王像(阿形像と吽形像)がありますが、ひょっとして仁王様は、

人間関係の幸福の原点を「阿吽」を表現することで教えてくれているんじゃないかと感じるんですよワシは。

選挙真っ只中。

経営者は、結果で判断されます。
結果とは、何を為し、何を成したか。ということです。
どう関わる人達(社員や得意先、仕入先、お客さん、銀行、関係業者)に、

善い影響を与えて来たか、で判断されます。

議員も、同じやと思います。

今回の衆議院選挙でも議員一人一人が、何を為し、

何を成したかで判断されるべきやと思います。
他人(ひと)に頼み込んで、投票依頼するもんじゃないんですよ。

国会議員は、国政に対して果たすべき役割を果たした人に投票すべきと思うんです。
国政とは何かを明らかにしている議員が何人いるんだろうか疑問です。

個人レベルの非を論議する程度では国会議員はダメやと思うんやけどねぇ。

あなたの立場は国政を担う国会議員やでぇ。

大所高所に立った国家運営、国家経営に論議をしてほしいと切に願うもんです。

外交、国防、経済(年金)、教育に対して、功績、結果を出していたら、

国民は票を入れるはず。

頭下げて走り回らなくても、結果で判断されるんだから。

口だけじゃ、信用にも信頼にも値しません。

人間性がどうだとか、人柄が良い、では国会議員は務まらんと思うのです。

国家が以前より、善くなっているという結果を示さないと、

国会議員の仕事、役目を果たしているとは言えないなぁと感じます。

具体策の無い理念は、躍動せんのですよ!

人生哲学の無い政治は一種の投機です。

そんな投機に振り回されたくはないと誰しも感じているはず。

国会議員の年俸は800万円で、ええのじゃないかと思うとるんですね。

政務活動費なるものも廃止したらええのに。
私設秘書も要らんのじゃないかなぁ。

公設秘書だけで、仕事出来るはずやと感じるんやけどね。

名古屋の河村さんが、衆議院議員辞めて、名古屋市長に成った時に、

2000万近くあった年俸を「800万で、ええだがやぁっ!」と言って、
自分の給料を800万にしたのは有名です。

ちゃあ~んと市政をやっているんじゃないでしょうか。

さぁ、もし国会議員の給料が800万にして、

政務活動費無しにしたら何人立候補するんだろうねぇ??

ポリシー貫きながら、議員活動してほしいものです。

中小零細企業経営者と同じ立場に国会議員も立つことが、

大事だと思うんです。

仕事上の経費は使って当然いいんですが、本来の仕事以外の使った金まで国費を使ってもらっちゃあいけねえよっ!と言うとるんです。

任期中、キッチリ結果を出していれば、次の選挙は通るのが当たり前の世の中になってほしいもんだと思っている次第です。  

責任感=誠実さ
皆さん、そう思いませんか?
その人の責任感と誠実さは比例すると思うんです。

本当に責任感ある人は手を抜かないし、業務でウッカリミスが起きないように全身の毛穴で敏感さを身に付けているもんですよ、ホンマに。
皆さん、自分の任務を責任感持って取り組んでいますか?!
責任感を確り持って、自分の任務を果たす。この積み重ねが「格」に成るんです。あなたの、人格、品格に成るんだから。
人格や品格が高まることは運が強くなるとも言えると思うのです。

我々は毎日同じような業務をしている訳ですが、

意識して日々の業務に取り組んでいる人と、
意識をしないでボーッと日々の業務に携わっている人に分かれますよね。

意識しないで日々の業務に携わっていると、ウッカリを起こしますよ。

あんまりウッカリを数起こしているとあなたの心から、

誠実さが、一つずつ無くなっていきますよ。

嫌ぁ~な人間になってしまいますよ。

毎日同じような業務を意識してする人と、そんなこと意識しないでする人は、同じ人間ですが、

心の誠実さが無意識に増減してるんじゃないかと思う訳です。

結局、自業自得なんよね。

業務は、1ミリも氣を抜かない心の姿勢が、あなたの誠実さを増やすんだと感じます。
あなたの心の温かさ、思いやりの心、思慮深さを増やすコツは日々の業務を

1ミリも手を抜かない、あなたの意識です。

責任感=誠実さです!

だから、うちは社員達に誠実さ溢れる人間に成ってほしいから

「業務は、顕微鏡の如く緻密にせえよ!」と口酸っぱく言うているんですよ。

業務に全方位的に集中する。
集中の後は、休憩したらええのです。勤務時間中に。集中ばっかりは続きませんから。
集中とリラックスを、勤務時間中に自分なりに上手に区別するんです。

また誠実な人は、ちゃんと返事をしていますね。

相手が誰であろうと。決して蔑(ナイガシ)ろにはしない。

ワシが起業して30年になりますが、さぁどうだろう約1万人の人達と名刺交換はして来ました。
(年間300~400人と会ってるからね。事務所に、ほぼありますよ名刺交換した名刺が。でその名刺に何を送ったか記載してますから後で分かるようにね)

そのほとんどの人に、名刺交換の後日、手紙と自己紹介(自分の考え方や生き方を紹介すること)として、綴ったものや、
その人が、参考になるであろうと思うものをコピーして中にはうちのルイボスティーをプレゼントして来ました。

皆さん、返事が何%くらい来たか分かりますかねぇ?たぶん数%ですよ。(100人中、数人の割)

名刺交換した人は、ほぼ商売している経営者ですよ。

何をか言わんやです。

返事もせん人が、商売上手く行くはず無いわなぁ。

人間関係で上手く行くはず無いわなぁ。

誠実さ、なんて無いんですよねぇ、こういう人達。だから責任感ある仕事も出来ていないんだと思います。

普通、他人(ひと)から何か届いたら、社交辞令でも返事くらいするでしょうに、ねぇ。

自分の商売に直結すると感じる人にしか返事しないんやろうねぇ、たぶん。

出会いが人生を好転させるのに、学びが人生を好転させるのに、と思うんだけど。
皆さん、毎日欠かしてはならんのは、勉強ですよ。

会社から帰宅して晩飯食べて、テレビ見て、風呂入って、寝て起きて、

また会社行って、しかもボーッと過ごして、、、

この繰り返しじゃあ、人生好転なんてせえへんと思うんだけど。

同じテレビ見てでも、風呂入ってでも、人生のテーマを確り持っている人は、学ぶんだよね。

アイデアがテレビ見てでも、風呂入っていても、ピン!と湧くんだよね。

人生何が起こるか分からないんだから、どんな状況になってでも、工夫出来る知識を持つ為に、勉強せなぁ。

困難を乗り越える工夫をして、克服して行くことが、人生を充実させると思うんだけど。
人生、縁、巡り合わせやと思います。

誰から学び、何を為したか。これが、どんな人にも言える「最も大事なこと」なんですよ。

あなたは「誰から」を間違ってませんかぁ?

歴史上の偉大な人物の生き方から学ぶ習慣を持つといいと思いますよ。

能の創始者「観阿弥」は、小さい舞台の中で、大きな世界を見せたんですよ。

能には、最初から哲学が存在します。歌舞伎と違い、派手さもないんですね。「今あること」「今やるべきこと」を見せているんです、能は。

会社に置き換えると、零細企業の経営の中でしか、人生如何に生きるかという大きな世界を見せれないのかも知れないということを能が現しているのかも知れませんねぇ。

エモーションの経営という行為で、縁ある人達に見せたいねぇワシは。