足して100点が人生。という考え方。

50点の社長と50点の社員。足して100点。

また50点の旦那と50点の女房。足して100点。
つまり、お互いが心通じ合いながら発展して行く為に99の努力をすることが肝心。

「99の努力をした者だけに、天は1を与えてくれる。」
もし、成就してないなら99の努力をお互いがしていないんだと捉えてみる反省心が大事。

自分の役割を果たす努力もせんで、50点ではいかんでぇ。

自分の果たすべき役割とは何ぞや?!を、たまには考えてみんとねぇ。

お互いが、それぞれの役割を果たす努力を、

天は観ていて、1を足してやろうか、どうしようか考えているんだと。

表面的なもので判断するんじゃなく、内面的なもの、あらゆる総合的に考えてみたら、 「足して100点」という考え方になるんじゃないかと思う訳です。

この「足して100点」になるには「勢い」が重要になって来るんですよ。

機運、つまりムード。

皆さん方の会社は勢いが感じられますか?

組織は「勢い」が重要やと思います。組織の最小単位は家庭です。

家族間でも、滞ってはいかんのです。

勢いというか生き生き感が大事です。

況(ま)してや、他人を含む組織には、勢いが重要なんです。

だから、方向性を示したトップは、組織に「勢い」があるかどうかを、

見極めることが重要なんです。

その時にやねぇ、部下にその意向が感じられない時は、

つまり、勢いが感じられない時は、トップの決断変更が要求されるということなんです。
しかし、トップが自己中的な面子の上から「こだわり」を生じてしまう人が多いんですよ。

組織に勢いが付かなければ目標の実現は無いんですよね。

思い切った変更が要求されるのに、変なこだわりを意固地になるから、

上手く機能しないんです。

また、トップの意固地な面子があるなぁと感じたら、その防波堤になるのが、ブレーン(補佐役)の仕事です。

そういう見極めの出来るブレーンが居るかがこれまた重要になって来ます。

商売は勢いに求めて、人に責(もと)めず。 と思うのです。

一人一人の働きよりも先ず全体の勢いが重要なんです。

トップの仕事とは、全体の力を一つにまとめて、勢いに乗らせること。

社員の多い少ないではなく、勢いの有無によって勝敗は決まる。

前進すること無くして守ることは意味を持たないんです。

積極的な行動があって初めて、守りが成り立つ。

撃って出る攻撃つまり目標、理想に、人の心を集中させる。

攻め以外に勝利なし。攻めるとは、思う一点に全力投球することを言うんだけどね。

思う一点に全力投球してますかねぇ?あれこれ、気が散ってないでしょうか。どこか保身の心に重心が行ってないですか?

手をこまねくばかりの防衛は、人の心をバラバラにしてしまう。

攻撃は求心作用。防衛は離心作用。

目標を明確にして、それに向かって積極的に進むことは、求心力を高め、

離心を防ぐ、最大の策なんですよ。

人は、有情。商いは無情。と世間では言われているいますが、

ワシは「有情活理」なんやけど。
情が根底に流れているからこそ、理つまり、仕組み(システム)が活きて来るという考えです。

また「大切なものは見えない」もんやから、見えないものの中から大切なものを掴む感性が大事なんです。

ひょっとしたら天は、あなたに学んでもらう為に、チャレンジを与えているのかも知れんのです。

この方法しか、伝える術がないから。

もし、繰り返し同じチャレンジを与えられているとしたら、

そのチャレンジから学びを得ていないということかも。

日々の業務で言うなら同じミスを繰り返しているなら、学びを得ていないということですよ。

それから、大きな苦難が遭った人は、人格の変換のキッカケだと捉えることも大事。
故に、苦難は有り難いと言える。自分の殻の中から抜け出る方法は、唯一つ。

謙虚になること。

考え方が、運命を決める。

これを素直に認めることを「謙虚」と言うんだと思うんです。
成功というのは、その人なりの成功の定義によるんだけど、成功者というのは特殊ではないと思うんです。

原則の中で全てが生きているんだから、

ただ活用の仕方を知っているから成功して行くのかも知れんのです。

成功しない人は、出来ないんじゃなく、やり方を知らないだけやと思うんです。

基準というのは、どこまで引き上げるか、が鍵。

生きる目的は唯一つ。自分が如何に慶ばれる存在になれるか。ということ。

只今、この瞬間から自分が、どう周囲に慶ばれる存在になれるか。

の積み重ね。

さぁ、皆さん。これ、一つ一つを自分に置き換えて考えてみるべし。

「注意の促し方」

人に意見をしてその人の欠陥を改めさせることは、大切なことなんやけど、

その方法については、大いに苦心を要するものである。

人の善悪を見出すことは、ある意味簡単であるし、またそれを批判するのも 簡単なことではあるんだけど、

大概の人は、人の嫌がる言い難い事を言ってあげることが親切だと心得て、

それが受け入れなければ仕方が無いことだと言う。

これでは、何の益にもならない。人に恥をかかせ、悪口を言うのと同じ事である。自分のうっぷん晴らしに言っているだけである。

意見というものは先ず相手にそれを受け入れる気持ちがあるかどうかを

よく見極め、互いに心を打ち明け合う程の仲となり、

こちらの言葉を信頼するような状態にしなければならない。

それから気持ちを引き入れ、言い方や、言う時期をよく考え、手紙とか、

または別れ際などに自分自身の弱点や失敗などを話して、

直接相手に意見 しなくても、思い当たるようにするのが良いのです。

また、先ず相手の長所を褒め、気持ちを引き立て、その上で喉が渇いた時に水を飲むように、こちらの言い分を自然に受け入れられるように工夫して、

欠陥を直して行くのが本当の意見なんです。

殊(こと)の外(ほか)、難しいものなんです。

誰しも、欠陥、弱点と言うのは長い間に染み付いたものであるから 一通りのことで直せないことは、自分にも覚えがある。

同僚同士がお互い親しくし、その欠陥を正し合い、一つ心になって御用を勤めるようになることこそ、思いやりなんです。

然るに人を辱めたのでは、どうしてこの目的を遂げる事が出来ようか。

人の善悪を取り上げて追求するものは、他人の恨みによる報いを受ける。

罪過の追求、詮議は人を辱めるだけに終わってしまう。

議論に勝っても、説得に成功することは無いものです。

さりげない会話の中で相手の間違いをそれとなく示唆することが、最善策ではあるが、 これには受け入れられるだけの素地として、先ず信頼関係がなければならない。

更に、言い方や時期に至るまでの考慮が必要である。

相手が受け入れ易い状況を、積極的に働きかける大いなる「慈悲」が必要なのである。

水が余り清ければ、魚は棲まないということがある。水藻などがあるからこそ、魚はその陰に隠れて成長するものである。

少々の事は見逃し、聞き逃しておくことによって下々の者は安心して暮らすことが出来るもんです。

人の気持ちもこの心得が必要なんです。

多少の事は見て見ぬ振りをする度量が無ければ、纏めて行くことは出来ない。

これが出来る経営者は自分の経営方針に確信を持ち、かつ、部下に対する深い愛情を抱く人である。

人というものは、立場が下の者ほど苦労していることを、よく分かっていなければならない。

普通経営者は、社員より収入も高く、自由に使える経費もあるものである。

それに引き換え、欲しい物があっても、それを許す経済が無く、時間も拘束されるのが社員である。

その事を常に心に置き感謝の念を持って日々暮らして行く心境が、

経営者には必要なんです。

社員や後輩の気持ちをよく察し、その立場に立って広い視野を以って検討すれば、大きい過ちを起こすことはまず無い。

社員が増えて行けば、社長の眼も行き届かなくなる。

社員もまた社長と接する機会も減って行くもんです。

これは、致し方の無いことであるからこそ、ここで管理職の任務が大切となる。

管理職を務める者は、大局的な立場に立たなければ、害が出るものなんです。

社長に代わって、社長の素行、幹部の善悪、世間の声、社員の苦楽などを正しく聞き取り会社を正して行くのがその務めである。

従って上に対して厳しく点検する事が本来の主旨である。

然るに、社員の悪事を見出し、聞き質して言上するから却って悪事が絶えず、害を及ぼすことになる。

下の者の悪事などは、 別段会社に害をもたらすものでは無いのである。

また、悪事をした人を取り調べする役の者はその人の言い分が通って、

助かることを願って取り調べをするべきである。

これも、結局は会社の為である。最も求められるのが、この役割ではないだろうか。会社が掲げる理念に基づいた経営がなされているかどうか。

先ず誰よりも、トップが、幹部管理者たちがその行動に責任を持たなければ、最終的にその苦労を背負うのが、社員たちである。

下から上を仰ぎ見ても、見えるのは直属上司への不満や漠然とした会社への 不満である。

それは、時には根拠の無いものだったりもする。

また社長に進言するにも様々なやり方があるものです。

真に忠義の志からする進言は、周囲に知られないようにするものである。

社長の感情に逆らわぬようにして、欠点を直して差し上げるのである。

間違っても、周囲に対して社長の欠点を大っぴらにし、自分の忠義ぶりを見せるような行為はしてはならない。

社員同士の注意の仕方も同じです。

自分は、本当に会社の為を思ってやってるいるのだ、というように見せたいのだろうが、これは一種のパフォーマンスとでもいうべきものであって、同僚の反感を買うだけ。

社長に対して礼儀を外れた言葉遣いは、例え諫言であっても見苦しいものである。

諫言や意見などは、事が起きてしまってからでは、効果は無く、 却って事が大きくなってしまう。病気になって薬を飲むようなものである。

諫言や忠言に限らず、社内の様々な動きに対しては治療ではなく、

予防でなければならない。

欠陥製品が出荷されてからでは遅いのである。その前にくい止めなければならないし、それ以前に、欠陥製品が出来ないようにしなければならない。

経営トップは、人体に例えれば、頭の部分であり、心臓部分でもある。

ここに病が生じてしまえば、名医といえども治療には困難を伴うのである。

それ相応の立場にない者が諫言をすることは却って不忠となる。

もし、真に忠義の心からするのであれば、自分の考えた意見をそれに相応しい人にそっと話し、その人の意見として述べてもらうならば、事は成就するだろう。

ともかく、色々と配慮をし、事が成就すれば良いのであって自分の忠節心などは人に知られる必要はないんです。

もし、何人にも相談して話が進まないようであれば、その時はそのままにしておいて、また繰り返し努力すれば、たいてい目的を遂げることが出来るんです。

我が身は一途に捨てて社長に捧げ、どのようになろうとも構わぬという気持ちになっていれば、道を取り違えることは無い。

大体、諫言というものは何の為にするのかと言えば、社長の過誤を正す為である。とすれば、どうすれば意見が採り入れてもらえるかを先ず、考えることである。

社長に近く仕える人には、社長や色々の人と親しくすることです。

自分の為ではなく、何か社長に申し上げたいことがある時の為である。

絶対的な力を持った社長の下では社員が時に盲目的思考に陥り易いもの。

これは短期に急成長いや、膨張して来た会社に多く見られるものである。

何故なら、会社が掲げるべき理念を明確にしていないか、 或いは有ったとしても、その理念を社員が共有していないからである。

社長から社員に至るまで、理念、目標を共有して初めて、人を育てる事が出来るんです。

社風は最大の教育者である。その社風を作るのが社長の役目であり 社風は人を駄目にもし、育てもする。

経営者は人を「育てる」ことに喜びを感じて欲しいものである。

最近の缶コーヒーのBOSSのテレビCMが、「いいねぇ!」

ワシの好きな竹原ピストルのセリフが。
内野聖陽扮する国会議員が辞職した際に秘書に投げ掛けた

「お前はこの25年間を後悔はしていないのか。」の一言に、

秘書役の竹原ピストルの一言。

「いい時も悪い時も、あなたのそばに居ました。それが私のプライドです。」

何とも言えない表情と声が、よりこのセリフを、胸に響かすねぇ。
グッ!と来ます。

初めてこのCMを見た時、瞬時に涙が出たねぇ、この一言に。

状況によって手のひらを返す人達が、無くなることはないんだろうけど、

節操の無い言動(立ち居振舞い)は、見苦しいねぇ。

昨日まで「こう主張します」と言っていた人が、

今日から違う主張をしている人に、

「あなたは節操が無いのか?!」と言うと、

「夏に夏服を冬に冬服を着て、どこが悪い」と答えて憚らない人達多いんじゃないかなぁと感じますね。
さも筋が通っている、当然のことのように、返答する人達。

目先の利害の為に節操を曲げているように見えてしまう人は、

何かその人の内面、本質が見えてしまう瞬間かも知れないね。

理屈は大事です。理性的納得を得る為の論理だしね。

あなたのことを心配しているからと、色々噂話をする人も多いように感じますね。

でも、その人の立場と同じ状況を体験していない人が、それはこうしたらいい。とか、何でそうしなかったのかとか、悪気なく言う人、ようけおるやろ!

人間の軽い、屁理屈屋に陥ってしまうよ。と言うときます。

相手の心中察するというのは、理屈を理解した上で、トコトン深く相手の立場を想像するんよ、そしたら心中を徐々に察する心を備えることができると思います。

その相手のことを、あなたが見て、尊敬の念を抱け且つ、信頼できる人物なら

「自分には分からない何か深い事情があって、敢えてそうしてるんやろうなぁ。」と心中を察しな、いかんのとちゃいますかね?

あ、言うときますが、信頼の置けない、尊敬も出来ない人には、別ですよ。

「心配してるから」と言うのは、ワシに言わせたら「理屈」なんですよ。

心配してるなら、そっと心で祈ってあげたらええのよ。

そして、自分に出来る支援を陰でそっとしてあげたらええんじゃないかなぁ。

それしか実際できんやろ。と言うときます。

自分の責任において、出来ることを全うする以外に、お役立ちはできんと思います。
「それが、私のプライドです。」と、少なくともワシと縁ある身近な人達には、堂々と言ってほしいもんです。

そういう人物に成ってほしいと願っていますね。

相手の心中を察する、心の許容量と寛容量と洞察力を身に付けたいね。

相手の立場に立って、心中察していれば、当人の居ない所で噂話はしないもんだし、また、その人に軽々しく「良かった」とか「感動しました」とか、

言えませんよ。

人生に影響を与えるほどの深い感動のことを「感銘」と言うんですよ。

皆さん覚えといてね。

ホントに感銘を受けたら、言葉がでません!ズシンと胸に来ますよほんまに。

自分が向き合うだけのものを持っていないと感銘は受けないものなんです。

感銘を受ける人は皆、自分として精一杯をやっている人なんですよ。

ワシはそう思うなぁ。
自分として精一杯をやっているということが大事やと思うから、言いますね。

皆さん、自分としての精一杯をやっているのか?を、振り返ってみて下さい。

そしたら「感銘」を受ける機会が出来て来ると思います。

人生に影響を与えるほどの深い感動が魅力ある人間にしてゆく原動力になりますよ。

また自分としての精一杯をやっている人というのは、

相手に対してちゃんと自分の素直な想いを、返事しているんですよ、皆さん。

ちゃんと返事してますか?あなたは。自分に出来る精一杯をやっている人は、どう返事していいか分からんでも、ちゃんと返事してるんですよ。

自分の「良心」に耳を傾けているもんです。あなたの良心が答えてくれると思うんです。
誠実さの現れですからね「返事」は。

必ず、想いを返事すること。そうせな、節操の無い人間になってしまうでぇ、ほんまに。

ちゃんと返事する為にも、教養を身に付けんとね。勉強せないかんわなあやっぱり。

相手の想いに、ちゃんと答えられへんで。

感銘を受ける体験を重ねていると、自分としての精一杯をやっていると、

ちゃんと返事が出来る人物に成って行けるんだから、

先ずは何事にも、想いを伝える返事を訓練しましょうや、勇氣を出して。

「それが、私のプライドです。」と言えるように成るから。ほんまに。  

世の中には様々な会社がありますが、規模で競ったり、売上で競ったりしている感があるんだけど、ワシはもし競うなら社員の給料を時給換算で勝ちたいと思って経営して来ました。
なぜ時給換算で勝負したいか?
それは人生のバランスを重視しているからなんです。
年収が多くても、年間勤務時間が、疲労する程多い時間なら、

人間的な生活が歩めるんだろうか?と思ったからです。

ちなみに斯く言う自分は、月の最終週に女房に翌月の夜の一ヶ月のスケジュールを手渡します。理由は自宅での晩飯を心配させない為です。

で、一ヶ月の内約10日間は勉強会に参加しています。なので勉強会後に、

参加メンバーと晩飯食べていますから帰宅は遅いです。
残り20日間は、女房と過ごしますし、その間誰かと会食というか晩飯食べる時は女房が行きたいと言えば、同席させています。
一ヶ月のバランスは、心地好いスケジュールとなっていますよ。

時給換算の目標数値は全正社員3333円なんです。

しかも年間1800時間以内で。
これハッキリ明記してますよ経営指針書に。

(既に1800時間勤務はクリアしてますが。)
ちなみに延べ勤務年数22年になるパート社員が一人居ますが、

家庭の都合で自由出勤にしています。
月平均50~60時間勤務だから福利厚生含めると勤務時間が短時間なので、

計算してみたら時給換算2000円になってますね。

たぶん他社では、そういうの無いんじゃないかなぁと思います。

(先日このパート社員の旦那さんから感謝の言葉をもらいました)
皆さん、社員の家族が会社の姿勢を理解してくれて感謝してくれて直接伝えてくれるというのは、それだけで甲斐があります。
人間気持ちやからね。
皆さん方の社員が自分の家族にちゃんと会社の姿勢(考え方と実践)を伝えているでしょうか?これ仕事のうちなんやけどねホンマは。
配偶者に、子供に、親に伝えている社員本人の姿勢が、実は目に見えない縁に影響しているというのが、香川湧慈流なんです。
ここが肝なんやけどねぇ、そういう観点が無い会社や社員が多いのが残念でならんのです。

時給換算のことを書いたので、ついでに言うと、

うちの正社員は、福利厚生含めると時給換算2400円くらいになります。
一人は週三日勤務なので約4000円になりますね。勤務日数が少ないから時給換算すると高くなるんだけどね。
(これを福利厚生を含めずに給料だけで、全正社員の時給換算3333円にしたいというのが数値目標ですね。昔は、時給換算したら600円~1000円くらいだったのを上げたいと思ったから上げて来たんです。)

そもそも採用の時点で社長であるワシの考え方、生き方に対して、

ある一定の「共感」があり、縁を感じた人でないと、採用したいとは思いませんでしたから、手が足りないから採用するというのは好きじゃないんです。

業務は、入社してから徹底的に鍛え上げたらええんです。

そうして来ましたからワシは。
トコトン考え方をハッキリさせて社業を徹底しますから、それが心地悪い人は辞めて行きましたし、逆に納得が深まる人だけが現在も在籍しています。
その方がいいんです。おそらく「縁」が深いんだとしか、思えないから、

全員が心地好いんじゃないかと思いますね。
業務の徹底は、共感があるんだから段々身に付いて行くもんです。
いくら業務を徹底しても身に付かないとしたら、それは会社に共感が無いんちゃうかなぁと感じます。

全ての業務に、なぜこうするのかという理由を、

そして、考え方を注入して来ました。そして任せているんです。
理由も考え方も注入せずに「任せています」は、ないんじゃないかと思うんです。それは「放ったらかし」と言うんです。
社員との意志疎通で悩んでいる社長さん達、放ったらかすから、

意志疎通が出来んのと違うかなぁ。

会社で最も大事で大切なもの優先順位は意志疎通です。

社員の心の統一なんですよ。
何百人社員が居ても、一人一人と「その人の内面」に、思いを伝える手法はあると思うんだけどね。

考え方の合意と納得に妥協はしませんし、人間としての温かさを大事にして来ました。
思うにそれぞれの会社が、希望が湧く、充実感が永続きするであろう規模で、それぞれの「グッドカンパニー」を目指して、
今を一所懸命に生きていれば、ええんじゃないかと思います。

ワシは昔から「スモールイズビューティフル」なんです。

それが、好みだからです。1年先も、5年先も、誰も分からんと思うんです。
だからワシは数値目標というのは、究極しか描いていません。

中期計画なんて信憑性の在るものなんてキッチリ書けませんよ。
でも「夢」なら描けるよね。

ワシはごっつ儲けて、社員皆に、自分の株を百万円単位で分けてやって、

10割配当したいなぁと思っているから更新した経営指針書に明記しましたよ。(10割配当というのは100万円の株式を持っていて、配当が100万円あるっちゅうことです。)まぁ、数値上の夢ですが。

どちらかと言うと目標より人生目的の為に、毎日「今を一所懸命」に生きるのが、ええと思うんだけど、目標の為の目標みたいにならん方がええと思うんだけどねぇ。

また不安感があるからお金が第一みたいな考えは、

人生もったいない気がするなぁ。ワシは不安感は抱きません。
「もしそうなったら」と不安感を抱いても、「今」を一所懸命に成れんでしょ。もし、そうなったら、そうなった時に、考えますワシは。

不安感を抱かない代わりに、危機感は持って手を打つことはやってるつもりです。
ワシの人生目的は一言で言うと、縁ある人に勇氣と感動を与える為のキッカケを、与え続ける人生を歩むことに尽きています。
毎日心懸けて行動していますよホンマに。

今、今、今の連続が、将来を創ると思うので老後とか考えないですね。
そもそも、老後という言葉がピンと来ないし好きじゃないんです。

終身現役が希望やからね。
死ぬまで好きな仕事で働いてたら、生活に困らへんし、年金がどうなるかなんて、当てにならんしね。
毎月払っている、厚生年金は、所得税やと思うて、当てにしてないから、

もし70歳か75歳か知らんけど、年金くれたとしたら、プラスアルファやと考えとるんです。
国会議員も当てにしてませんから自分と自分の社員達が終身現役で働いて、
お金を当てにせんでも自分で死ぬまで稼いで人生歩むのが一番の幸福っちゅうもんやと、発信している次第です。

だから、ボケるなよぉ~っ!と社員に言うてますよ。ボケたら仕事出来んからね(笑)。

リピーターというお客さんが、心の安心感を養いますし、

安定した高額終身年金に成り得ると言うています。
好きな仕事で死ぬまで働く。稼いだものは全部使い切って、

あの世に行くと決めてるんです。要らんでええ事に神経使いたくないしね。
人生目的の為だけに、頭と心を使いたいからね。

お金貯めてる人や物質財産多く持っている人は大変やと思います。
相続とか、遺言とか。

必要なだけ毎月稼いで死ぬ時には、余分な金は残さない。

だから、スモールイズビューティフルでありシンプルイズベストで人生を生き切りたいというのが持論です。
皆さんも、老後という考えは止めて、終身現役の考えを想像して、創造してみてはどうですか。