あぁ~消してしもうたぁ。

今週のインスピレーションをメモってたのにぃ、

九割方メッセージ書いてたのにぃ。

ウッカリ削除してしもうたぁ。

読み直していて中々、ええメッセージやと思うとったのにぃ。😱

思い出しながら、メッセージ書きます。

それでは今週のを。

経済的成功者が人生の最大のメリットを得る的な風潮が昔からあるけど、

本当にそうやろうかねぇ?

その人の晩年、魂は歓喜するんやろうかねぇ?

人生の成功って、何なんやろう?って、考えたことありますか?

人生のメリットって、何なんやろう?って、考えたことありますか?

たまには、トコトン、自分にとっての成功は何なんやろう。って、

突き詰めてみることをしてみたら、ええのにと思うんだけどね。

資産が何億、何十億、何百億、何千億って、テレビや週刊紙で見るけど、

経済的な成功者という観点で言うと、99%くらいの人達は、

不成功者だと感じます。

そう感じませんか?

事業で上場し個人資産何百億とか何千億っていいんだけど、

そこの社員の給料は?待遇は?どうなん?

その事業体は、30年、40年と高収益で社員の待遇も良好に維持されるんだろうか?って、思ってしまうんよね。

そもそも人間の成功の価値観は、自分なりの『成功』の定義によるんですよ。

人間にとっての成功とは、いったい何なんやろう。って、

人間にとってのメリットって、いったい何なんやろう。って、

一度くらい、トコトン考え抜いてみてはどうでしょうか?

そしたら、結局のところ、自分の夢や志、人生目的に向かって、

どれだけ挑戦したか、努力したか、じゃないかなぁ。

という心境に成って来ると思うんだけどね。

挑戦した不成功者には再挑戦としての新しい輝きが待っているんです。

挑戦を避けたままで、降りてしまった人には新しい人生なんて来ない、

ただ成り行き任せの、虚しい生涯を送ってしまい兼ねないだろうねぇ。

『友達』って言うのも同じ感覚です。

本当に友達って言える人は、自分の心を解放出来る間柄を言うんだと思うんだけどね。

だから自然体で生きてると、縁があれば友達が出来るんです。

無理に友達を作ろうなんて、せんでええと思うんやけどねぇ。

自分の考え、意見を、発信していれば、

それに共感する人も居れば、反発する人も出て来るんです。

縁がハッキリして来るから、自然体で、人間らしく歩んだらええんです。

作為が加わると、ろくなこと無いと思うんだけどね。

自分の心の純粋さを、貫きませんか!

まぁ、ワシは興味ないんだけど、経営者の集まるセミナーが、

巷で沢山開催されているようだけど、

皆、同じように見えてしまったり、感じてしまったり、するのは、ビジネス、利潤追求のみに、専念している感満載であり、

その外の人生はゴルフかマージャンだけ。みたいな。

皆、同じ顔つき、同じ服装。

魂が歓喜する生き方がワシは好きです。

だから、トコトン人間の本質と感じることに一直線です。

自分がやってることが物事の本質かどうかは分からんもんですが、

一度きりの人生、自分に純粋に生き切る。

生き切るんです!

純粋さに、中途半端は無いと感じます。

だから逆に言うと、中途半端な人に、純粋な人は、おらんのちゃうかなぁ。😱

自分が生き方を発信していれば、それに共感するか、反発をされるか、なんですよ。

反発を恐れていては、魂の歓喜は、無いと思うんだけどね。

だから、自分の魂が歓喜する生き方しませんか!

それが、その人にとっての『成功』『メリット』じゃないでしょうかねぇ。

今週は、友人経営者の一人が再婚しました。

開口一番ワシは、こう言いました。

『女房の心一つ、解放させてやれんようじゃいかんでぇ。

社員の心も解放させてやれんでぇ。

心の解放が幸福の原点でもあるからねぇ。』って(笑)。

結婚という漢字は好きじゃないんよね。婚は、女が黄昏(たそがれ)る、

と書く。

女と昏(たそがれ)を合わせた文字です。黄昏って、日没直後って意味やろぅ。つまり、黄昏時です。

今から、夫婦の人生を始めるのに、たそがれたら、いかんやろぅ。

『夫婦の為の生活か、生活の為の夫婦か。』

明らかに、夫婦の為の生活でなかったら、『つまらん』ものに陥ると思うんだけど。

でも世の中は、生活の為の夫婦が多いのか?皆さんは、どう感じますかねぇ?

古来の日本語では、結魂と書くんです。結ぶ魂を結魂と言うんです。

つまり、魂の結び付きの生活を歩むことを、意味してるんやとワシは昔から、思うて来ました。

会社での充実も同じです。

魂の結び付いた者同士で、共に歩むから充実が生まれるんです。

その為に経営者が全員が幸福感じるであろう理念、

つまり何の為に生きるのか、何の為に経営するのか、

を明らかに言葉にしたものを経営理念と言うんですよ。

それを明らかにして、そこに共感してくれる人達だから、魂の結び付きに成って行くんですね。

結ぶ魂でないと、権利と義務の関係、労働と賃金の関係にしか、ならないんです。

つまり、人生が早くも黄昏時になってしまうと思うのです。

黄昏は、日没直後ですよ。

黄昏(たそがれ)たら、いかんのちゃうかなぁ新婚さんが。

そして一緒に働く仲間達が、黄昏たら、情熱なんて湧いて来んでしょう。

人生の輝かしい時期を情熱、元氣、勇氣で、歩むのが健康な職場、会社と言うもんです。

魂の結び付きの関係を考え抜くんですよ。

そしたら、人生の全ての問題事を、解決するヒントが浮かんで来ますから。

ワシは昔から、社員の心が解放出来る職場を創って来たと言っても過言じゃないと言えます。

『心の解放』

ええ言葉やなぁ、と、つくづく思うねぇ。自分の心を解放してますか!?

周囲の人の心を解放させる努力をしていますか!?

職場で例えると、社員一人一人の居場所を作ってやることやと思います。

居場所を作ってやるには、一人一人の特性を見抜く眼が必要です。

これは親が子供に対しても、同じことが言えます。

社長であるあなたは、社員一人一人の居場所を作っていますか?

そもそも、居場所を作ってやりたいと思ったことがあるんでしょうかねぇ、

社長さん?


社員が生き生き働いてくれないと嘆く社長が相談に、たまに来ますが、

ワシは決まって、そう言ってますよ。

社員一人一人の、心の奥底に潜む『光』を見出だす社長自身の人間力が、

居場所作りに必要なんです。

そうしないと社員一人一人の『特性』を発揮させてあげることが、難しいんです。

特性を発揮し、居場所があるから、生き生きと自然体で働けるんですね。

夫婦関係も、社長と社員の関係も、今年開催されたサッカーワールドカップの各々のチームの関係も、です。

特性を発揮させる環境が居場所を作ります。この状態が『健康体』と言うんです。

家庭環境も職場環境もスポーツチームも。

健康体を目指して、先ずは立場が上の者が『あるべき姿』を学んでほしいと

願うものです。

ちなみに、うち(エモーション)は、次回の『社内学校』から、

佐藤一斎の考え方を学ぶ(上に立つ者のあるべき姿)を、付け加えます。

佐藤一斎の解説本は買いません。その解説者の意見に傾く恐れがあるから、

原本を揃えて、先ずは読む。

そして自分なりに考えて、社員皆で、考え方を考えるんです。考え方を考えることを哲学と言うんです。

今大河ドラマで『西郷どん』をやっていますが、西郷隆盛の『南州翁遺訓』の内容は、 佐藤一斎の思想哲学を学んだ事が書かれていますしね。

上に立つ者の、あるべき姿を学ぶから、

本当の『自分らしい』生き方が出来るんじゃないかというのがワシの昔から

無意識に感じて来たものです。

ここ、よく考えてほしいと思っています。

人としての、あるべき姿を学ぶから、本当の自分らしい生き方が出来て来るんだと。

逆に言うと、『自分らしく』生きれてないなぁと感じるんなら、

それは、『人としてのあるべき姿』を、学ぶことをして来なかったからじゃないでしょうか?

そういうことをせんから、いつまで経ってもあなたの心がスッキリせんのちゃうかなぁ。

心は、いつもベストコンディション。

これに尽きます!

自分らしく生きる為の『人としてのあるべき姿』の学びです。

『商道徳』を実践していないと感じてしまう会社や個人商売の実際の話を耳にすると、 情けなくなってしまいます。

やっぱり筋を通す商売を貫くことが、結局は自身の心を豊かにして行くのに

なぁと感じるのはワシだけでしょうか、、、。

ちょっとでも多くの金を自分のものにしたいと思う気持ちは、

誰しもあるとは思うんだけど、人の道っちゅうもんがあるんやけど、

それを無視して銭に走る。

どこかでツケが来るように感じます。

自浄作用を起こすしか助かりようは無いと思う訳です。

そう言やぁ、20数年前こういうことを年上の経営者に言うたことを思い出しました。

20数年前やからワシの年齢は今、満56やから30代前半ですよ。

で、その社長は50くらいやったかなぁ。

人間は、ええ人やったし、うちのルイボスティー買ってくれてたお客さんでもあったんですよ。

皆さんなら、よう言いますかねぇ?

こう言うたんです。

「そんなことしよったら、ツケが孫娘に来るでぇっ!」って。

そしたら、一代でブイブイ言わして来た人やけど、

心のどこかに、信仰心があったのか、やっぱり孫娘は可愛いから、

ピタッ!と止まりましたね(笑)。

自浄作用が起こったという訳です。

天は自ら助くる者を、助く。ですね。

やっぱり、王道とは?を勉強せな。

王道を歩みながら、商売を貫かな、ねぇ。

あなたの今日の仕事は、たった一人でもいい、

あなたに、心から、ありがとうと言ってくれる、

お客という名の、友を作ることです。

一人のお客の為に、誠を尽くし、

一人のお客の生活を守る為に、利害を超える。

その人間としての心を我が商人の姿としたいですね。

また、いくら持論が、正論だと感じて発信しても、

発信が過ぎると敵を創ることもあるのが世の中。

過ぎたるは、及ばざるが如し、ですね。

ワシの言う敵とは、反感の想念を抱かすと言う意味です。

十分の勝利は下。

七分の勝利は中。

五分の勝利が上。

中々、五分の勝利は難しい。達人の域ですね。

十分の勝利だと恨まれるのよ。十分=100%やからね。

相手を、こてんぱんにするんやから、恨まれるっちゅうことです。

七分の勝利でも相手は気分悪いもんです。

五分の勝利なら、相手のプライドを保ちながら、勝てるという訳です。

皆さん、五分の勝利を目指すなら、商道徳の実践を。

と言いたいなぁと思った今週でした。  

社員の安月給の上に成り立つ会社の利益は、本当の利益じゃないんです。

こんな会社、ほんまによおけ(多く)ありますよぉ~。

そこで働く社員の、大多数がやねぇ、個人の生活に於いて、世帯主じゃない人達なら、 給料は時給で、仕事柄高収入を得にくい業種業態(価格決定権の無い下請け業)なら、

社員に高い時給は出してあげれなくても、社員が自分の能力を伸ばせられて、経営者の愛情を感じていれば、

自分の特性に相応しい業務に特化した、役割分担で、その社員は、

自身の人間性と可能性を引き出せるからいいんです。

つまり、合意と納得の経営が出来るので、そういう会社に対して上記のことは言うつもりはありませんが、

そこで働く社員の個人生活で、世帯主だとしたら、文化的な生活が出来得る給料を払えっ!
と訴えるものです。

また、利益の業績だけが良い会社が、優秀な会社だと持て囃されていますが、

業績とは何ぞや?

あなたの定義を明らかにせよ。と言いたい。

言葉は、その人なりの定義により、異なるからです。

人間性に立脚した戦略を実践し、業績を上げて行くことが、全社員の充実につながる。
という考えですワシはね。

人間性と科学性(戦略に則った儲けのこと)と、

社会性のバランスとその高さの追求が会社のあるべき姿です。

なのに、こんな社長、多いんですよ。

自分は、ごっつ高給を取り、豪華な家を建てて贅沢していながら、

そこの社員の収入の、ごっつ低いこと。

社員も、文化的生活の出来得る給料や待遇を与えての、社長の高給なら、

何も言いませんよ、ワシは。

不様、風(ふ)が悪い、恥ずかしい、と感じないんかなぁ、と感じてしまいます。自分だけ「ええ目」して。

カッコ悪いなぁとワシは昔から思って来ましたね、そういう社長達を見て来て。

そういう人は、経営者とは言わないんです。単なる「社長」です。

世の中に社長は巨万(ごまん)と居ますが、果たして経営者は?と、

よく言うてますよワシはね。

経営の経は、人の道という意味です。経営の営は、経済活動という意味です。

だから、人の道を実践しながら、経済活動をすることを『経営』と言い、

そのトップ責任者を、経営者と言うんですよ、皆さん。

だから経営者に成る為に終わりの無い、『人間とは何ぞや!』の、学びを、

勉強を、せないかんのです。

社員数が多い会社には自分の業務にヤル氣があり、

その社員なりの会社の発展を真剣に考えている社員も、何人か出て来ますが、

おんぶに抱っこの社員も多くなってしまうもんです。

だから『経営者』は、己れの哲学で社員一人一人の哲学を切って歩むことが

必要不可欠なんです。

どういうことかと言うと、社員の考えを聴いた上で、自分の考えと社員の考えと、自身の中で検討し、より将来の発展、充実に至るであろうと思う方を、

選ぶのが経営者です。

もし、経営者自身の考えの方が、より将来の充実につながると判断したらなら、己れの哲学で以て、部下に、理解納得を得られるように導いて行く、

諭して行くことを、己れの哲学で相手の哲学を切る。
と言うんです。

『理解納得を得られるように諭して行く』これが大事なんです。

これを実践するには、己れの人生観、社会観、価値基準を確り持って、

深めてゆくことを欠かしては出来ないんですよ。

経営者は、会社の中心人格です。

社員に対しての教養と判断の中心でなければ導いて行くことは出来ません。

そして経営者は、社員の師匠という存在に成らねばならんと思うのです。

仕事に於ける師匠であり、人間としての、ものの考え方、

将来を指し示す存在。

最後に、経営者は、社員の親でなければなりません。

無情の愛を注ぐ親という存在。

この三つを兼ね備えてこそ、初めて社員は、自己の能力をより発揮し、

充実感を得るんだという考えで、貫いているんですよワシは。

主・師・親(しゅ・し・しん)

主とは、教養と判断の中心。師とは、師匠的存在。

親とは、無情の愛を注ぐ存在です。

社員も家に帰れば、家族の『主・師・親』なんですよ。

だから、会社の経営者だけのことを言うとるんじゃないんです。

誰しも、自分の人生の経営者なんやからね。

家族が居るなら、家族の人生の経営者という認識を持ってほしいもんです。