2018/09/14

「香川湧慈の今週のインスピレーションメッセージ平成30年9月14日

今週は『人生の深さを身に付ける自覚』について思うことを。

全ては『観念』することから始まるんだけど観念していない人が、

ものすごく多いと思いますねぇ。

この『観念』をせずに行動をしても、人生の意味に、味わいを感じないんじゃないかと思う訳です。

『観念する』とは、いわゆる甘いも酸いも体験しながら、

トコトン自身を内観し尽くした時に、

『あぁ~自分が生きる道は、役に立てる自分の生き方は、これしかないなぁ。』と、

神妙になる心境のことを『観念する』と言う。と思うんです。

だから、観念して生きている人は、芯が強いんですよ。

うちの社員全員に芯の強い人間になってほしいから、

また何が遭っても、動揺しない心を備わってほしいと願っているから、

あたふたせず、物事に対処することが自然体で出来る人間になってほしいから、
人生を歩む考え方や、物事の捉え方をしょっちゅう話しながら、

日々の業務に意味合いを必ず話し、丁寧にこなすよう訓練しているんですね。

先ず、知的理解を与え日々の業務で反復訓練させない限り、身には付かないと思うなぁ。

普通の人はワシのこういう言動を、うっとうしい、と思うと思うんですが、

うっとうしいと思っている内は、
観念なんて出来得ないと感じます。

あぁ、有り難いなぁと思える人は、観念出来得る人間やと感じますね。

人間として観念して、生きてほしいから、大事なことは口酸っぱく言わな、

いかんのよホンマに。

ワシの亡き師匠はこう言うてました。『繰り返し言う勇氣を持て』と。

社員に口酸っぱく言うのは『会社の親』としての願いやからです。

また、観念は、考えて出来るもんじゃないんです。

沸々と、湧き上がって来るもんやと、ワシは思うんです。

だから、教えたからと言って、沸々と、湧き上がって来るもんじゃないんですね。

絶対零度から沸々と、湧いて来るものです。

皆さんは、沸々と湧き上がって来る感覚になったことがありますかねぇ?

自分は、これしか生きる道がないなぁ、

これしか、自分が誰かの役に立つ生き方は、出来ないなぁ、って、

沸々と湧き上がって来た体験はないですか?

沸々と湧き上がって来るものが、理念なんです。

理念とは、人生の究極目的のことを言うんですよ、皆さん。

理念って、何も経営者だけに存在するもんじゃないんです。勘違いしないように。

人生の目的である人生理念、つまりあなたの人生経営の理念です。

考えて作るもんじゃないんです。

トコトン自分を追い詰めて、極端に言うと、血ヘドを吐くくらいのところまで追い詰められた心境や、

内観し尽くして、湧き起こって来るもんなんです。

だから、観念している人の言動は、観念していない人からは、

理解が出来にくいかも知れません。

でも、言っている事が『人として、まともな事』なら、

理解しようと心を傾けてみては、どうでしょうか。

観念して人生を歩むことで、自分の人生を、より味わい深いものにし、

より高みに導いてゆくものになってゆくと感じます。

だから昔から『本真者(ほんまもの)の師匠』

と言われた人は弟子に対して、

『観念せぇっ!!』と喝を入れて来たんだと感じますね。

そこには、愛が存在しているんですね。

情が存在しているんですね。

思いやりが存在しているんですね。

だから、観念して、今から、あなたの真の人生をスタートしませんか!と言いたいんです。

昨日までは、リハーサル。という考え方で、今日からスタートしてほしいなぁと思う訳です。

また、観念したら、死に対しても不安にならないと感じます。ワシが、そうやもん。

覚悟が備わっているから、いつか来るであろう寿命が来た時、

『あの世』とやらに行く訳ですが、怖さは無い心境ですワシはね。

人間は病気で死ぬのでなく、事故で死ぬのでなく、自殺や他殺で死ぬのでなく、

寿命で死ぬ。

これを観念の域で信じられるか、どうかなんですよ。信じる信じないは、

人それぞれですが。

寿命で死ぬんだと観念したら、死は怖くないという心境になると感じます。

あの世には六道が在ると仏教は説きます。

六道とは、地獄→餓鬼→修羅→畜生→人間→天という、

あの世で住む世界のこと。

どこに行くかは、閻魔さんが決めるんじゃなく、

自分の生きて来た言動や生き様で、自動的に振り分けられると考えてみては、どうですか。

まさに、大いなる自業自得で、行き先が決まるんですね。

ワシの好きな人物に、源義経がいます。

義経と家臣である弁慶の詩に、ワシの大好きな詩があります。

弁慶が言います。

『六道の辻の巷で待てよ君(殿=義経公)、遅れ先立つ習いありとも。』と、

今は戦の最中。

本来なら、家臣である自分が先に死ぬものですが(遅れ先立つ習いありとも。)

戦ですから、どっちが先に死ぬか分かりません。

もし、殿(君)が先に逝くことになりましたら六道の辻の巷で待っていて下さい。

という意味です。

そしたら、義経公は、こう返しました。

『いつの世も、またいつの世も、巡り逢わん染む紫の雲の上まで』と。

何度生まれ変わってもまた、巡り逢おうぞ。

染む紫の雲の上(天上界の最高の住む世界)
に行くまで。という意味です。

こういう人間関係が、現代社会の、経営者と社員、夫婦、友人等の間で、

心底感じられる心境に成れた人を、

『幸福な人』とワシは思うんだけどねぇ。

そういう観点で、あなたは今、幸福ですか??

観念してますか??内観されたし。