2019/03/08

「香川湧慈の今週のインスピレーションメッセージ平成31年3月8日

今週ピ~ッン!と閃きました。

奥深くほんまやなぁ!言い得てるなぁということが浮かびました。

性格の違いや考え方の違いがあれど、人間の幸福というものを哲学的に一言で表すと、

人は、それぞれ様々な立場で生きている訳やから、

『己れの立場を自覚した上で、日本人らしい生き方で、己れの立場の結果を出すことに尽きる!!』

これが出来ていなければ、自分は幸福なんだと思っていても、個人の自己満足にしか成らない気がするんです。

人間としての『幸福』という意味が閃いたんです。

この意味、深いものがあるんです。

先ほどの言葉、何回も読み返してみて下さいね。

要は、

自分の立場を自覚せないかんで。

日本人らしい生き方をせないかんで。

日本人らしい生き方であなたの立場の結果を出さな、いかんで。

ということなんです。

つまり、あなたが、あなたの立場を自覚してやねぇ、

如何にして、日本人らしい生き方で、具現化するのか、結果として現すのか。ということやなぁと、つくづく思う訳です。

つまり、いくら思っていても、結果を見せないと、世間は信用してくれんもんです。

いや世間より自分自身の納得というか、真の幸福という観点で言うと、

日本人らしい生き方で結果を出すことが、

実は『天が認めてくれる唯一の道』なんじゃないか、とさえ思えるんです。

『日本人らしい生き方で』が、肝であり要であり、基礎なんです。

結果だけ出しゃあ、良いってもんじゃないんですよ。

多くの会社、職場での社員間と社員と社長とのコミュニケーションに、

何と情のないことか。

『日本人らしい』が、身に付いていれば、情の乏しい間柄には、ならないんだけど。

お互いの正論と正論のぶつかり合いを聞く度に『あんた達ほんまに日本人なの?』って、感じてしまうのはワシだけでしょうか?

理屈は大事やけど理屈を超えた『思いやり』にこそ情が通い合い、

心も業務もスッキリと、ほんわかして行くのにと思うのです。

よく耳にする例は、「それは業務命令ですか?」とか、

「残業代付くんですよね。」とか、

様々な、冷たい言動。

ワシに言わせたら、社長の人間力、指導力が、まだまだ不十分なんよ、ね。

どんな組織でも、語弊を恐れず言うならば、

『親分子分の関係』『阿吽の人間関係』が幸福の源やと考えておるんですよ

ワシは。

そこには、根底に情が流れているんですよ。

お互いが、お互いを、尊重出来ているんですよ。

尊敬と仰慕が存在しているんですよ。

だから10人未満の零細企業の方が、社員全員が相互に、

心通じ合う間柄が可能になって来るんですよ。

この『相互に心通じ合う』が、人数が多くなると、不可能だと思うのです。

相互やからね、相互。

だからワシは、理想の零細企業を生涯懸けて目指しているんです。

まぁ、相手によって、自分の立場が上の時もあれば下の時もあるでしょうし、横の時もありますが、

親と子、夫婦や兄弟姉妹、上司と部下、先輩後輩や、経営者と社員や、

監督と選手や、
地域の集まりの立場上、上の時、下の時。

様々です。

例えば、職場では社員で家に帰ると親や妻、夫、という感じだとすると、

それぞれの立場を自覚して日本人らしい生き方で、

その立場の結果を出すんだ!と言いたいのよ。

皆さん!

自分の立場をよくよく考えてみて下さい。

そして、その立場の、結果を出しているでしょうか?!

しかも、日本人らしい生き方で、具現化しているでしょうか?

ここが大事なんですよ本当に。

日本人とは、どういうものなのかを勉強せな日本人らしい生き方で結果を出そうにも出す術(すべ)が分からんわねぇ。

こういうことは、信心深さがあるか、ないかで、理解出来るか出来ないか、

だと感じますね。

この『信心深さ』というのは、ハッキリ二つに分かれます。

たぶん、多くの信心深いと思われる人達は、

ご利益(りやく)の為の信心深さになっている感、大有りなんよね。

それはワシに言わせたら、信心(神に祈る心や感謝する心)じゃないんです。

使命を感じての信心深さじゃないと、神々には通じないと、思えてなりません。

ワシは、25年くらい前から、自分なりの生まれて来た役割というか使命を感じてしまったんですね。

だから神社参拝に行っても、ご利益は頼んだ事はありません。

一般的に皆さんが思っているご利益とは、

病気を治してほしい、とか、お金を儲けさせてほしい、とか、

人間関係の争い事を解決してほしい、とかです。
✳病・貧・争の解決

そういう事は、神社で神々に頼むもんじゃないんです。

自分の考え方、捉え方を自分で『日本人らしい生き方』に変えて行かないと、改善はされないんです。

原因結果の法則、因縁を作るのは他でもない自分なんやから。

お釈迦様も言うています。

釈尊と言えども、因縁の法は曲げられない、と。

何の為に生まれて来たのか、何の為に生きるのか、をトコトン内観を繰り返す取り組みをした体験をすることで自分なりに生まれて来た役割とか使命が感じるようになると思います。

使命から行く神社参拝であり、使命から来る自分の日本人らしい生き方で、

結果を出すことが、幸福の源泉だと言いたいのです。