『情は伝わる』

今週は、これです。

あなたの想いが、中々伝わらないと感じている人達へ。

あなたの部下や上司や子供や配偶者や親達に『解ってくれない』と思っている人達に言います。

それはその対象の人に対して、あなたの情が無いからやと、捉えてみんですか?

伝え方の上手下手は、あるでしょうが、それはテクニックの域です。

もちろん、理解してもらう為の伝える表現力は、磨き続けないといけませんが。

情という漢字を分解したら『心』と『青』を合わせた漢字になります。

心の青さ、とでも言いましょうか。

青いとは、青臭いなど何か子供扱いの感覚を抱きますね。

ワシは、青いとは純粋さと捉えておるんですよ。

つまり、心の純粋さが情だと、ね。

あなたの心の純粋さを発信するんです!

それを続けていると、あなたの心の純粋さを感じてくれるようになりますから。

これ、ホンマやで。

あなたの心の奥底に存在している、深層心理で最も大事にしている価値観が『お金』か 『それ以外』か、に分けると解決のヒントが湧いて来ると感じるんだけどね。

お金は誰だってほしいし、必要なもんです。

しかし、あなたの人生で最も大事な根底に流れるものは、お金ですか??

もし、お金だと思っているなら、あなたの情は他者には、伝わりません!

ハッキリ言うときますよ。

純粋な心が情やから。物質のお金じゃないからね。

無意識に、あなたの、深層心理に流れている心の状態が、出ているんですよ。

人というのは、自主的な行動で、出会いが生まれて来るんです。

その出会いによって、あなたの深層心理の心に変化が起こるキッカケになって来ます。

人生は、出会いであり可能性やと思うんですね。

あなたの心が澄んで行くような、精神性が高まって行くような出会いを、

自主的に行動せな、あなたの深層心理の根底に流れる心に、

キッカケを与えることは無いと感じます。

だから、自主的に志を感じる人に会いに行って交流するんですよ。

志を感じる書物を味わうように読むんです。

志を感じる映画を観るんです。

自分から自主的に行動する人にだけ、幸運は訪れるんじゃないかなぁと、

発信しときます。

商売も同じ。

提案し続けるから、お客さんになってくれる可能性が高まって来るんです。

提案し続ける為には、あなたの工夫、工夫、工夫の連続しか、ないんです。

工夫するから愉しいんです。

逆に工夫しない人に、愉しい感覚は生じないんじゃないかと思うとるんですがね。

もし今あなたが愉しい人生を感じていないなら、それはあなたが、工夫を諦めているからじゃないでしょうか。

ワシは、如何なる状況下に置かれていようとも、しょっちゅう工夫して来たから、愉しさを感じてしまうんだろうね。✨👍  

 今週はニュースで児童相談所の事をやってましたが、


トップの立場にある人つまり所長が、

「聞いてなかったので分かりません」って、返答してたけど、

全くもって、上に立つ立場の人の、責任感の欠如です!ハッキリ言うて。

例え事業所がバラバラに何ヵ所あろうとも、

毎日気になるのが上に立つ立場の人間の心境なんやけどなぁ。

規模に関係なく、オーナー経営者なら、当然の心境なんやけどねぇ。

『会社の親・チームの監督』の心境になるもんです。

親だから家族皆の事が気になるし、監督だからチーム皆の事が気になるもんやけどねぇ。

何十年と続いている事業所なら、代表がオーナーでなく、

サラリーマン代表者であっても事業所の監督であり、親だという心境になってもらわんと困るわなぁ、ほんまに。

任すとは、手を放して眼を放さず。

眼を放しても、心放さず。なんです!

心を放しているから、気にも掛けないんよ。

『気に掛ける』この心情と行動が愛のある人間じゃないでしょうか。

気に掛けてあげることくらい、せなぁなぁ。

また上に立つ立場の人間に、愛が無ければ、部下を持つ資格は無いんですよ、ホンマに。

会社や、様々な組織の上に立つ立場の人間は業務に於いて、

常に『中間報告』を義務付けな、いかんのです。

あらゆる事に全神経を張り巡らして、

ちょっとでも気になる事があれば部下にスグに聞けっちゅうの!

『気になる事は、何べんでも聞くから、そこんとこ宜しく。』と、

前もって全部下に周知徹底するのが、上に立つ立場の人間の重要な仕事の一つなんです。

そういうコミュニケーションを常にしとかないかんと思うけどね。

そこを多くの人が、履き違えている、勘違いしていると思うんよね。

『ちょっとした事』を敏感に感じ取る能力を『センス』と言うとりますワシは。

そう定義しているんです。

うちの社員達には昔から、耳にタコが出来るくらい、やかましく、

しょっちゅう言うて来ましたし今も言うてます。

組織にとって大事な事やからです。

極端に言えば皆の運命に影響するくらいの念(オモ)いがあるから、

口酸っぱく、何べんでも言い続けておるんです。

そういう感性を感じ取れる部下でないと、これまた部下の資格が無いんよね。

お互い、なんですよ、組織は。

皆の日々の努力が台無しにならないようにする為の重要な要素だという信念があるからです。

『ちょっとした事を感じ取れよ。』

『ちょっとした事を疎かにするなよ。』

『ちょっとした事に、手間を掛けぇよ。手間を惜しむなよ。』

と、いっつも口酸っぱく言うて、実践してますよ。

なぜなら、人間はついついウッカリ忘れて、ちょっとした事に神経遣わないからです。

社員皆の、心の手綱を引く、手綱を締める役が上に立つ立場の人間の役目なんです。

そしてクオリティーを上げて行く為に、気になったなら『ちょっとした事』を聞く。

仕事で言うなら『対個別対応能力』を磨く。

『よりベター』の習慣を皆で身に付ける為に納得して、やりましょう。

だから、経営者は『何の為に経営するのか。』

社員は『何の為に会社に来るのか。』を、

たまには、深く自問自答することをせんかったら、本来の人生を考えることにつながらないんですね。

『給料が、自分の年齢や能力にしたら、まぁまぁええ方やから。仕事が、まぁまぁ楽やから。社内の雰囲気が楽やから。』

程度で、もし会社に来てるなら、それは愛情のある経営者に対して失礼な思いやと思いませんか?!

お互いが与えあったり与えられたり、しているのが『本来』と言うものです。

生活の為の給料をもらう為に、じゃなくて、

給料を稼ぐ為に、くらいの意気込みは持ってほしいし、

たまには、崇高な精神を抱いて、自分の心を磨いてほしいと思っています。

有意義な時間を歩む為に、経営者の皆さん、そして社員の皆さん、

そういう話題を真剣にチャラかさずに、会話をしている風土に、

多くの会社が成ってほしいと願うとるんです、ワシは。

 

ニュースで金融庁が、年金財源不足だから、

個人で2000万円くらい貯めておかないと老後生活が困窮するって、やってたけど、

年々社会保険料(厚生年金と健康保険)が上がっている現実。

何の為に、消費税を3%から5%、8%と上げて来たのか?!

皆さん、どう思いますか!!

自分達が、何か選ばれて生まれて来た人種だと感じているんでしょうかねぇ?

そういうのを選民思想と言うんですよ。

選ばれた民。

お金の苦労をしたことの無い人達って居るんですよ。

そういう状態が長年続くと、人間腑抜けに陥って行くんちゃうかなぁ。

ワシは昔から、うちの社員達にも言うて来ました。

「厚生年金は、所得税やと思うとけよ。

厚生年金もらえる歳になって、もらえるなら良しとせえ。」って(笑)

ワシは35年前に独立を志した時から人生百年と発信して来ました。

当時平均寿命65歳くらいの時です。

多くの人が、そんな事ないわぁ、と言われましたが、今どうでしょう?

百年が当たり前に成りつつあります。

ワシは終身現役が人間の幸福につながる人生の歩み方だと昔から皆に言うて来ました。

サラリーマンでもやがて、定年が来るんやから、

サラリーマン時代から定年後の数十年間を好きな事を個人事業でも、会社経営でもいいし、

商売は向かないなぁと思う人は、体調に合わせて温かさを感じる経営者の下に働きに行くとかして、

死ぬまで経済活動していたら、ボケも来ないし、年金を当てにせんでもええのよ。って。

国の医療費も大幅削減できるし、所得税収入増えるから国家財政も大助かりや。

定年後に、自分で商売は向いてないなぁと思う人には、こう言うて来ました。

この『温かさを感じる経営者の下で働く』というのが、

ストレスがかなり少なく、人生を楽しめる道やと思うからです。

理由は、商売はセンスであり、戦略。というのがワシの実践で大事だと思うとるんですが、

経営は人間の温かさが実は『モノ』に成り、『モノを言う』のであって、

大事なんだというワシの信念だからです。

人としての『温かさ』とは、相手が自立できるように、

相手の特性を見極めて、援助してあげることやと思うのです。

経営者で言うなら社員に対して、父の如き厳しさと、

母の様な細やかな優しさを兼ね備えた人物ということです。

こういう経営者を見つける為にも、いわゆるアフター5(ファイブ)の時間の使い方を、

サラリーマンのうちから考えて行動しとかな見つけられませんよと言うて来ました。

あと、ずっと感じてることですが、個人事業主の人達の中で、自分で仕事を開拓するという部分より、

公の仕事を依頼される部分のウェートが大きい人で、

年収1000万2000万くらいの人って、ワシの知人にもいますが、

語弊を恐れずに言わせてもらうと、そういう人を『魂が幼い人』と言うんです。

またワシの独断と偏見で言わしてもらうと、

魂の幼い人は、お金で苦労をしないで生活出来ている人達に多いと感じるんよね。

幼いから、苦労が少なくて生活できる環境を天から与えられているんだと感じるんです。

で、そういう人って、さも自分が凄いと内心思っているんだと感じるなぁ(笑)。

自分の努力で、その稼ぎを生み出していると勘違いしている人、多いような気がするなぁ。

行政が仕事くれている部分が大多数なのに。

人間に例えると、子供だから、生活をさせてもらえているのが分からんのですよ(笑)。

あなたの周囲にも居るでしょ?

人間としての苦労を、そうは、していると思えない人で、お金に困っていない人達。

そして自分は、いわゆる世間で言う、勝ち組だと内心思っているんじゃないかと感じる人達。

そういう人に、あなたが何か、偉そうに言われたり、見られたら、

こう思ったらええのです。

「あぁ、この人は魂が幼いんだ。」と(笑)。

逆に、精神性が高く、ご都合主義でない人、つまりハッキリもの言う人達で、お金に苦労して来た人は、

魂が高いんだと思いましょう。

あなたが魂が高いから天が敢えて、お金で苦労する環境を与えてくれているんだ、と。

だから勝負せないかんのよ、自分の環境と。

一寸の虫にも五分の魂があるんだと。ボロは着てても心は錦なんだと。

これを長年実践している人は、心が温かく成って行きますから。

そう感じますワシは。

                   
                   
                   
                   

『存在意義』を考えてみたことありますか?

ワシは26年前に初めて『存在意義』を考えました。

経営者ですから、個人の人生も会社での人生も一直線上にあるから、

同じという感覚は経営者なら、ほぼ皆同じじゃないかなぁと思います。

一般的に言われる仕事とプライベートは別。じゃないんだよね、

経営者ってのは。

分けること自体が、サラリーマン意識なんよ。

自分の人生=会社人生というのは、ごくごく自然な感情ですから。

だから、26年前に会社の経営指針を打ち立てようと取り組んでいる時に、

存在意義を考えるキッカケになりました。

存在意義とは、これが無ければ自分じゃないやろう。

これをやっていないと自分の会社が、そして自分自身が存在している意味がない。

というものを言うんですね。自分が存在する意義やから。

『可能性への挑戦』という言葉が浮かんだというか、産み出ました。

エモーションの経営指針書の『存在意義』の項目に、明記しています。

だから、常に可能性へチャレンジし、続けていますよ。

自分らしく在りたいからね。

何でもかんでも、思い付いた事へ挑戦しているんじゃないんです。

自分の『根底に存在する信条』に相応しいものから派生したものに、

挑戦するもんなんですよ、チャレンジというのは。

ワシの、そして会社の信条は『シンプルに、独自性を生み出し、深みが感じられるように。』なんですよ。

これも『経営基本方針』を一言で表した言葉として明記しています。

まぁ、こういう生き方が全う出来たら、ええなぁと思ったんです。

複雑なん、嫌いなんよね。

他人と同じ、嫌なんよね。

周囲から見られて、深みがあるなぁ、と感じてもらえると本望やね。

シンプルに、独自性を生み出し、深みが感じられるような、

生き方や経営の在り方を貫きたいですね。

社員達にも、そんな生き方をしてほしいし、仕事のやり方が、

そうありたいと思うから、経営の基本方針のタイトルにしているんですね。

皆さんも、自分の存在意義を、いっぺん考えてみてはどうですか。

ワシは仕事での挑戦もブレは無いようになりました。

ブレが無いだけで、上手く行ったという訳ではありませんがね(笑)

トライするんです。まぁだいたいエラーになりますね。

でもまた諦めずトライするんです。

トライ&エラーを積み重ねながら、納得性を高めて来ましたよ。

信条が基礎に成っているから、その基礎から外れない工夫で挑戦していますからね。

それと、如何に経営者が考える事が人間性と社会性と科学性のバランスとその高さに挑戦していても、

社員達が、その考えに共感していても、

社員達一人一人の業務能力が、その域の水準に達する不断の努力をしていないと、

天は、その環境を与えてくれないんだと感じるものです。

ココ、事業の肝というかコツじゃないかなぁと思います。

挑戦ということに於いて、人間は誰しも自分の『心の天秤』の重たい方に、

動いているんだよね。

例えば誰かから、何かを誘われたとしましょう。

別に嫌じゃないんだけど『ハイ!喜んで。』という感情までは無いから、

同じ日時に違う用事があれば、そっちに動くもんですよ、人間は。

そういう光景を見たり聞いたりしていたら、瞬時に感じるよね。

あぁそっちが心の天秤の重たい方なんだ、ってね。

良い悪いじゃないんですが、

あなたの『心の天秤』を内観してみることをたまにはしたらええと思いますよ。

そういう心の習慣が、自分の人間性の成長につながるし、他人の『心の天秤』が計り知れるように成って来ますから。

あなたの心の天秤が、あなたの人間性の成長につながる方へ、傾いてほしいと願うものです。

この何気ない心の天秤の傾きが、人生を徐々に決めて行くんです。

自分の可能性と周囲の人達の可能性を『包み込む。摘む。』行為を

『罪(ツミ)』と言い、
自分の氣と周囲の人達の氣が『枯れる』行為を『穢(ケガ)れ』と言うんですね。

神道で言う『罪穢れ』(つみけがれ)のことです。

罪=悪い事をする事。

穢れ=汚れ=氣が枯れる事。つまり、やる氣の無いことが、穢れなんですよ、皆さん。

あなたの、心の天秤の無意識に傾いた方を、立ち止まって考えてみることをしてみても、いいんじゃないでしょうか。

ひょっとしたら、あなた自身と、あなたの周囲の人達の可能性を包み込んでないだろうか?

可能性を摘んでないだろうか?って。

やる氣が無いなぁ、と感じたら、汚れて行ってますよ!と言う注意信号ですから。

やる氣が継続できる為にも、可能性への挑戦を続けたいですね。

だから、エモーションの存在意義は『可能性への挑戦』にしたんです、昔。

今も、可能性への挑戦が続いているから、生き生きと30年間歩めているんだと感じますね。

汚れたくないしね(笑)エネルギッシュであり続けたいしね。

皆さんも、自分の信条から発せられた可能性に挑戦することを考える為に、

他人の挑戦を聴いてみることをお勧めしますから、先ずはその事に挑戦を!!