人生の最大関心事は、人それぞれですが、

 

一度、自分の人生の、最大なる関心事を内観してみてはどうでしょうか。

 

と今週は訴えたいと浮かびました。

 

 

 

その『人生最大の関心事』が、本当にあなたの人生を心豊かにするくらいの

関心なのか?を、内観してみるんですよ。

 

 

内観しても浮かばないなら、

 

人生目的を確り持っている人を探して聴いてみるのも良いと思います。

 

自分の人生の経営者は紛れもなく自分なんやから、

 

本当に人生を心豊かにするものが一番の関心事にならんと、

 

いかんのちゃうかなぁと思い浮かんだ次第です。

 

 

余りにも、人生の最大関心事が、

 

金銭的物質的なものに重きを置いているなぁと感じる人達が、多いんよなぁ。

 

次元が低過ぎやせんでしょうか。

 

それでは人生つまらんもんに陥ってしまうでぇ~と言いたいのです。

 

 

お金を稼ぐことに行動することは当たり前です。人生目的をめざす為に必要だからです。

 

その『最大の関心事』が『より次元の高い』ものであり、

 

自分の心が澄んで行き、精神性が高まって行くものであれば、

 

『より充実』した人生を歩めるような気がするんですよ。

 

 

ワシは経営者になって32年目の道を歩んどるんですが、

 

今まで、そうやねぇ、1万数千人の人達と、名刺交換したり出会って来た訳ですが、人間としての生き方の本物思考を実践しているなぁと感じる人は、

 

1%くらいじゃないかというのが実感です。1%つまり百人に一人です。

 

 

 

ワシの言う『本物思考を実践している』というのは、

 

高い正義に満ちた思想や哲学に基づいた理念を、心の底から思って社員に、

 

そして身近な人に全身全霊で発信している。ということです。

 

 

 

本物思考の人は、沢山居ますが、それを実践していると感じる人は少ないんよなぁ。

 

なぜ実践せえへんのやろうか?ってワシなりに考えてみました。

 

 

 

たぶん、それは、自分以外の人を自分の思い通りにしたい、

 

という気持ちが強過ぎるから苦悩が生じるんです。

 

自分以外の人が、思い通りになる訳ないのに何で出来もせんことに精力使うんかなぁ。

 

思い通りになるのは、自分だけやのに。

 

自分の考えや行動を変えて行けるのは、自分だけでしょうに。

 

自分以外の事に問題解決を求めるから、実践が続かないんやと思うんです。

 

せっかく本物思考を抱いたんなら、自分の考え方や行動だけに焦点を絞って、

 

その本物思考を実践したら、ええだけなのにねぇ。

 

理念に命を吹き込むんですよ。

 

ワシは、そうしています。

 

 

だから、変なストレスは生まれないんです。

 

他愛もないことを口にするだけで、楽しく、愉快に、なれるんですよ。

 

あの、昨年か一昨年に流行った小学生の『うんこドリル』のような感じかなぁ()

 

ただ、今の自分の環境に感謝の念が湧いているし、

 

あれがほしい、これがほしい、なんて思わないもんねぇ。

 

何か、見苦しい感じがするんよね、物欲は。

 

 

 

40歳過ぎたら人生の折り返し地点と捉えて、

 

求める人生じゃなく、捨てて行く人生がいいんじゃないかと思ってやって来ました。

 

40歳までは、がっつくくらい求める人生で、ええと思うのよ。

 

エネルギーになるからね。

 

 

でも40歳過ぎたら、物欲求める人生は、止めにしませんか!

 

ワシは今、満57歳ですが、

 

時に小学生の脳になって他愛もない事を素直に喜べば、ストレスなんか消えるけどねぇ。

 

 

自由がワシは一番なんです。

 

ワシの言う自由は、英語で言う、フリーダムでも、リバティーでもないのよ。

 

如何なる状況に置かれても、心を見失わない心境。

 

淡々と、やるべき事を楽しみながらやっている現実。

 

を、ワシは自由と定義しているんです。

 

 

 

1%という表現をしたので、

 

皆さんに心軽やかになってくれるであろうと感じる本を紹介しますね。

 

この本は7年前に社員全員に買って『社内学校』の時に、

 

音読読み合わせに使いました。

 

 

 

100%幸せな1%の人々』小林正観著(中経出版だっかな)です。

 

正観さんとは生前お会いしたこともありましたし、

 

ワシの知人がプロのアナウンサーに正観さんの最高傑作と言われた

 

『で、何が問題なんですか?質疑応答集』と、

 

『宇宙が味方の見方道』という講演文を、朗読させて、

 

それを、速聴CD(2倍速、3倍速)にして販売していましたから、

 

買って(当時社員全員にも買ってやりましたよ、一人一式15000円くらいしたかなぁ。)

 

 

車の中で100回以上は聴きましたね。

 

良い講演テープは同じ内容を百回は聴く主義なので。

 

良書は10回は読まないと、入りませんよ。

 

ワシは、そうしていますから。

 

ワシの脳に刻み込まれましたね。

心軽やかに成る、ものの捉え方思考の同じ話を

 

100回以上コマーシャルのように耳に入って来たからね。

 

 

 

1%の本物思考を実践しているなぁと感じる人、日本に何人か計算したら、

 

人口12700万人だとしたら、その1%つまり127万人居るんですよ皆さん!

 

百歳まで生きても、127万人の本物思考を実践しているなぁと感じる人達と、

 

会われへんでぇ。

 

そう考えたら、人生捨てたもんじゃないですねぇ。

 

未だ会っていない127万人の内、何人とメシ食べれるかなぁ?

 

何人と話出来るかな?

 

そう考えたらワクワク😃💕するね。

 

 

 

人生は、出会いであり可能性だからねぇ。

 

自分から積極的に、

 

本物思考を実践しているなぁと感じる人達と出会って行く行動せんと、

 

向こうからは中々来てくれへんよぉ()

 

そして自分の可能性にチャレンジし続けないと、

 

自分の魂に申し訳ないと感じませんかねえ?

 

自分の魂に金銭的物質的な欲で幸福感を求めるんじゃなく、

 

そうじゃないところに心向けてみてはどうですかねぇ。

 

 

 

人生は´出会い´と´可能性´なんだから👍

 

 

 

100%幸福感を味わっている1%の人間を、めざしませんか?!

 

(ワシは、もう既に、そう成ってるんだよねホンマに👍)

 

と投げ掛けたいと思った今週でした。

 

 

 

 

皆さんは『運』の采配というのを考えたことがあるでしょうか?

 

テレビで西郷輝彦が、こんなことを言っていたので、

 

あっ、ワシもそう考えたことがあるなぁと思ったという話ですが、

 

西郷輝彦が涙しながら『母親の運を僕がもらった感じですよ』って。

 

これは、自分が望む、望まないに関わらず、

 

向こうの世界で、運を采配しているんじゃないかと、思ったことがあったという、ワシの捉え方です。

 

 

西郷輝彦の言う感情と同じ感情と、違う意味の二つの感情ですが、

 

香川家の親戚っていうのは、数少ないんですが、

 

昔は、まぁ迷惑掛けられた事が少なからずありましたから、

 

頭に来てた時期もありましたが、冷静にその人達を見渡したら、

 

お世辞にも、経済的にも、家族の人間関係も仕事も、

 

充実しているなぁとは思えない感覚でしたから、

 

何か香川家に関係する皆の運を、ほぼ自分がもらっているんじゃないかと、

 

勘違いするくらい、ふと思ったことがあるなぁと。

 

経済面、仕事面、健康面、人間関係で、自分が充実して生活出来ている(他人が昔の内情をもし知ったら、経済的にはたぶん一般的な人達よりは、大変な苦境と感じるでしょうが、苦労を苦労と感じない有り難い性格に助けられましたが)のは、

 

 

天の神様に望んだ訳ではないけど、向こうの世界で、

 

香川湧慈に、香川家の周囲一同の『運』を、

 

采配してくれているんじゃないかと思ったらやねぇ、

 

あぁ、申し訳ないなぁという心境になったことがあったなぁと、

 

西郷輝彦のテレビでの話を聞いた瞬間、思ったという話です。

 

 

ワシに皆の運を采配してくれたんじゃないかと思ったら、

 

頭に来てた感情も消えたんですよほんまに。

 

皆さんも、そう捉えたら、大いなる許しの心が湧き出るんじゃないかと感じます。

 

だから、皆さん。

 

もし皆さんの周囲から色々と大変な仕打ちを受けた人も居るかも知れませんが、今、考えてみたら、何やかや言うても、

 

充実した生活ができているなら、

 

向こうの世界で、

 

あなたにあなたの周囲の人達の『運』を采配してくれているんじゃないかと、

 

捉えてみてはどうでしょうか。

 

 

神道では、こう諭しています。

 

素直な人と感謝する人にだけ、その人に相応しい運を采配してくれる、と。

 

と考えると、神は素直な人と感謝している人を好むようですね。

 

逆を言うと、素直でない人と、感謝しない人には、

 

神は応援してくれないということやね。

 

これ、ほんまやと思うなぁ。

 

特に、身内には冷静になれない。これが人間の本性でしょう。

 

他人に対しては、他人の言動に一瞬頭に来ても、冷静さが瞬時に湧いて来て、

 

それなりの対処が出来ているのに何故、身内に対しては瞬時にキレてしまうのか?

 

それが人間の本性だと思います。

 

本性のままで長年過ごしては、やっぱりいかんのじゃないかと思うんですね。

 

人間成長せな、人生面白く成らないからね。

 

『受け入れる』訓練を天が、身内を動かして(通して)させてくれているんだと、無理にでも思ってみませんか!

 

 

嫌な言動も、ひっくるめて、その人なんだから、受け入れるって、

 

そういうことやとワシは自分に言い聞かせて来ましたから()

 

それが段々自分の身に付いて来ると、

 

腹が立つ度合いが少なくなって来たように感じます。

 

 

やっぱり、自分と自分の身近な周囲の人達を幸福に導いて行くには

 

『受け入れる』訓練を積み重ねながら、

 

神に好かれる人物に成って行かんとね。

 

 

もっぺん言いますよ。

 

神が好きな人は、素直で感謝している人だと忘れんようにしましょう。

 

特に、身内に対して、素直で感謝している人は、

 

神が応援してくれているんだと信じてほしいと願います。

 

どんなに経済面で支えていても、

 

素直じゃない人、感謝しない人には、

 

たぶん、絶対神は応援してくれないんだと。

 

この世の中は、神と人間の合作です。

 

人間の努力だけでも、真の充実は無いんだと思うんです。

 

神頼みしてもダメ。

 

あなたが素直な人間に成らないと。

 

あなたが感謝している人間に成らないと。

 

これ、ほんまですよぉ信じる信じないは、

 

あなたの勝手ですが。

 

 

 

 

よく、何か指示した時に、すぐ「それは、そうやけど、こうこうこういう人もいるからねぇ。」的な、

 

否定から発するクセの人、いますよねぇ。(笑)

 

 

 

その何気ないクセ、直()さないかんで。

 

 

 

あなたはどうですか?

 

 

 

ワシは、うちの社内では香川湧慈の脳のコンピュータが瞬時に確りチェックしとるんですよ。()

 

 

 

『あ、スグ否定したなっ!』とか、

 

 

 

『あ、素直さが現れとるな!』とか。

 

 

 

このワシの脳に刻み込まれた社員一人一人の経営指針に対しての、習得能力の客観的評価にしているんですよ。

 

😱😱😱😁😁😁👀👀👀

 

 

 

10人未満の社員の会社なら複雑な評価基準なんて、要りません。

 

 

 

当然、合意と納得が存在しているからです。

 

(10人以上の社員数なら適正明瞭な評価基準を明記しとかな、いかんと思いますが。)

 

 

 

家庭で例えるなら、

 

ちゃんとしたお父さんなら、ちゃんと家族の一人一人を観てるし、

 

 

 

一人一人の得意不得意やチャレンジさすべきものを、見抜いて行けるもんですから。

 

 

 

家族から、お父さんに対して、尊敬の念と、親しみの情が抱かれているなら、

 

 

 

お父さんの采配を、素直に聴けるもんです。

 

 

 

会社も同じ。

 

 

 

社員から、社長に対して、尊敬の念と、親しみの情が抱かれているなら、

 

 

 

社長の采配を、素直に聴けるもんです。

 

 

 

この状態が、社長から経営者に昇華する前提に成るんですよ。

 

 

 

家族一人一人に対して愛と情で満杯だから、見えるんです、

まともな父親なら。

 

 

 

社員一人一人に対して愛と情で満杯だから、見えるんです、

経営者なら。

 

 

 

もし社員に対して愛も情もあるのに、一人一人の特性が見えないなら、

 

 

 

勉強不足としか言い様がないわなぁ。

上に立つ者は、いつも勉強せな。 

 

死ぬまで勉強せな。

 

 

 

逆を言うと、社員一人一人に、愛と情を注げないなら、経営者じゃないのよ。

 

 

 

登記簿上の社長という肩書きだけやなぁ。

 

 

 

何で縁あって採用した社員に、愛と情を抱けるような接し方せんのかなぁ??

 

 

 

ワシは不思議です、そういう社長は()

 

 

 

しょっちゅう入社しては辞め、入社しては辞めている会社の社長は経営者じゃないんだよね。

 

 

 

会社が銭を儲けていても、です。

 

 

 

そもそもやねぇ、下記の『四つ』が、ちゃんと出来ていればまともな人間は、辞めませんよ。

 

 

 

家族の転勤等で、そうとう遠隔地に行かなければならない事情さえ、なければね。

 

 

 

香川湧慈の考える当然の条件は、この四つ。

 

 

 

1:文化的な生活が過ごせる給料にしていること。

 

 

 

2:将来に安心感を抱ける福利厚生があること。

 

 

 

3:社員が他者から認められている仕事が出来ていること。

 

 

 

4:社員が会社や社長に、温かさを感じていること。

   温かさの風土があること。

 

 

 

社長さん!お前に愛と情が、社員一人一人に無いから、辞めるんだと自覚して、

 

 

 

反省せないかんのちゃうかなぁと思います。

 

 

 

反省とは、ということを一応言うときます。

 

 

 

反省とは、同じ過ちを二度と犯さないことを以て証拠とし、

次に、どう改善したかで反省に成るんですよ。

 

 

 

だから、同じ失敗をしているようなら反省していない、証拠です。

 

 

 

違う失敗は、大いにしたらええのよ。

 

 

 

新たな仕組みの発見になるんやから。

 

 

 

※昔、独立を志していた頃読んだエジソンの逸話。

 

エジソンは、1万回くらい失敗したそうな。

 

世間は、そんなエジソンを、あいつは1万回も失敗したぞ、って、言うたらしいけど、

 

当のエジソンは自分は、

 

こうやったら上手くいかないということ1万回も発見した。と、

 

考えたらしいんよなぁ凄いやろぅ、この思考回路。

 

 

 

反省の意味、お分かりですか?

 

 

 

反省って、そういうことを言うんです。

 

 

 

あと、うちは社員から『社長は同じ話ばかりしている。』と言われたり、

たぶん思われていますが、

 

 

 

敢えて同じ話ばかりするのは、理念を浸透させるためなんですね。

 

 

 

会社の強さは、

 

 

 

社長の考えを知ってもらう為の広報宣伝力によって決まると言っても過言ではないと思うんですね。

 

 

 

百回でも千回でも同じ大事な話は、することが会社の強さに成るんです。

 

 

 

それを、社員は素直に聴いて、実践出来ている習慣になっとかな、いかんのですよ。

 

 

 

言うときますが、社長が会社の志を明言しなければ、社員を大切に出来るはずないんですよ、

 

 

 

これ解りますか?

 

 

 

社長は『どんな会社にしたいのか』

 

 

 

『どんな事業をやりたいのか』

 

 

 

『社員には、どうあってほしいのか、どんな人間に成ってほしいのか』

 

 

 

『社員の将来をどう考えているのか』

 

 

 

という志を明文化しておく必要があるんです。

 

 

 

社長の強い念(おも)いと、会社を方向付ける強さが、そのまま経営に反映されるからね。

 

 

 

会社のあるべき姿の定義や存在意義を明確にしていて、

 

 

 

その内容が社員の生涯の雇用と、成長が目的になっていれば、

 

 

 

社員は安心して自分の可能性にチャレンジ出来るんですよ。

 

(社員は自分の可能性にチャレンジせないかんで!甘えたらいかんぜよ!ですよ。)

 

 

 

だから、

 

ワシは『社長第一主義』が正しいと思って経営しています。

 

 

 

経営の目的を決めるのは社長でなければならないと思っているんです。

 

 

 

その目的に共感出来る人だけが、社員になるんだから。

 

 

 

会社の目的に共感出来ない人は、その会社の社員になってはいかんのです。

 

 

 

会社の目的に共感しない人を、手が足りないからといって、雇うから不協和音が発生し、フラストレーションが溜まるんです。

 

 

 

また、目的も発信していないし、共感させる指導力もない社長は、

 

 

 

社員を雇う資格なんてありませんよ。

 

 

 

『社長第一主義』は、同時に『社員幸福主義』だからなんです。

 

 

 

父親の第一主義は同時に家族の幸福なんやから。当たり前です。

 

 

 

なのに、社長の銭儲けの道具として社員を雇用するから、それが肌で感じた時、去って行くんです。

 

 

 

これも人間として当たり前の感情ですよ。

 

 

 

ワシの言う『社長第一主義』だから、社長が成長させてもらえるんだと感じるんです。

 

 

 

それ等を実現して行く為に、会社は利益を出す、利益というより、

 

 

 

粗利を稼ぎ出して行かねばならんのですよ。

 

 

 

粗利から給料や福利厚生と、あらゆる経費を差し引いたのが、利益やから、

 

 

 

利益を残す、残さないの判断は、経営者の人生観、哲学に左右されますけどね。

 

 

 

会社の経営哲学や価値観を理解してもらう為に不断の努力をするのが社長の

仕事なんよねホンマに。

 

 

 

その為に

 

『優れた社風』を創ることが社長が全身全霊命懸けて、取り組むべきことなんですよ。

 

 

 

社長自身の言葉で、社員に直接伝えることに尽きます!!

 

 

 

社員が、言いたいことを気がねなしに言える風土が大切です。

 

 

 

一般的なボロ会社は、社員が、言いたいことを自由に言えない風土を作っていますよ。

 

 

 

例え、儲けていても、風通しの悪い会社風土は、ボロ会社です。

 

 

 

今週言いたかったのはこういうことです。

 

 

 

 

 

 

 

 

深みを感じる『人』や『会』がほんまに少ないなぁと思うことが、

まぁまぁあります。

 

 

人が一生を通じて、

 

どのような生き方をすべきかを考えたりせん人が多いのかなぁ?

 

 

 

まぁ、考えていても、深く掘り下げて考えることをせえへんのやろうなぁ、と感じてしまうんです。

 

 

 

人生で起こる「何か」が起きた時に、その判断を誤ることなく、

 

事に対処する能力を持っていなかったら、

 

困ると思うんやけどねえ。

 

自分だけ困るんじゃなく、自分を取り巻く縁深い人達も困るよぉ。

 

 

 

こういう事を、日々深めてゆくことが、より充実した人生の土台となるんですよ。

 

 

 

それをせんから、人として、深みが感じられないんかも知れんですね。

 

 

 

『会』も同じ。

 

 

 

その『会』のトップや幹部の人間的深みが、

 

影響してしまうんだと感じますね。

 

 

 

『学びごっこ』的な、表面的な会運営に陥っているかも知れんですね。

 

 

 

『人間的深み』を身に付けるには「人間とは何ぞや」を極めることが大事やと思うとるんですが、

 

 

 

人間とは何ぞやを極めるには、神道と仏教を勉強すること。

 

 

 

古来幾多の祖師や聖人が、この道を極める為に身を削って修行して来たんだけど、

 

 現代の社長や幹部が、社会的地位を放り出して「人間とは何ぞや」を極めるという訳にはいかない。

 

 

 

だから神道、禅によって得た人物の「人間とは何ぞや」を、学んでゆく以外に道はないと

 

思って来たんだけど、

 

 

 

稀に、そういう学びをしたことが無い人で、人間的深みを感じる人も、

おるのよねぇ。 

 

そういう人と接すると『あぁこの人は苦労を工夫に変えて来たんやなぁ』と、感じますねワシは。

 

 

 

ワシは亡き師匠(禅の修行を成した哲学者であり、上代史の歴史学者であり、西ドイツの経済学博士)の人間学を食い入るように学んで来たし、今も進行しているから、 

 

少しは、師匠の人間学が経営に実践されていると感じていますが、

 

 

 

勉強したから、身に付くもんじゃないんだけど、

 

 

 

人生で起こって来た事を、どう捉えて学んで生かして来たか、

 

 

 

神道や禅の人間学を、学んでいるか、ということは、大いに影響がありますね。

 

 

 

人の心の読める苦労人であり、参ったと言わぬ器量人でありたい。

 

 

 

でないと、縁深い人達を助けることが出来んですし、やっぱり人生面白くないからねぇ。

 

 

 

苦労人だから、器量人だから、人生謳歌出来るんですよ、皆さん!

 

 

 

だから、大いに苦労しましょう。

 

 

 

あなたの人生を有意義にして行く為に。