今週は、うちの社員がお客さんとの電話応対に、あたふたしていたことがあったので、エモーションの仕事の流儀、エモーションの社員の心の在り方を、

 

タイムリーに指示したこと(伝えたこと)を含めて皆さんにメッセージしますね。

 

 

 

気づいたらスグする。

 

これコツやと思うのです。

 

 

 

『後で』は全部が全部ではないですが、ダメなんよね。

 

『後回し』に、あんまり良いことはありません。

逃げの心が、見え隠れするからです。

 

 

 

気づいた事、示唆しなければいけない事を、会議やミーティングでやろう。

 

ではモノに成らんのよ。(社員も、忘れがちになるしね)

 

その場で、指摘し示唆しないと、身に付かないんですよ。

 

 

 

その社員に伝えた事。

 

 

 

先ずいきなり言うたのは、

 

 

 

相手に対する『理解納得してもらいたい!』という思いの強さの問題や!

 

 

 

その気持ちが薄い証拠や。

 

 

 

社内で何か変更事項があることを、お客さんに伝える時、お客さんが、

 

今までとは違うのは『何で?』と瞬時に脳は感じるもんや。

 

 

 

だから、先ず『何故?何故ならば。』を丁寧に理由を述べることが大事なんよ。

 

 

 

そしたら相手が『なるぼど、そういう事情ですか。』と脳が感じるように

 

持っていってあげるんよ。

 

 

 

エモーションの事務所の壁に貼っている

 

『支持される商品特性』の一番最後の項目(そこまでやるか!の精神)が、

 

自分と会社の成長の基点やから。

 

 

 

『そこまでやるか!の精神』を今一度、味わうように読んでみてん。

 

 

 

お客さんには、なぜ?なぜならば。をハッキリと、先ず先に伝えることが、

 

その後のコミュニケーションをスムーズにするんやから。

 

 

 

お客さんが『何で?』と感じる点に、

 

 

 

『その理由はですね、こうこうこういう理由で、このようにさせて頂いています。』と、

 

 

 

何故ならば。を説明することが、相手に『なるぼど、そうなんですね。』

 

と感じてもらえるんやから。

 

 

 

今すぐ、お手紙書きなさい。

 

 

 

何故?何故ならば。を丁寧に、相手が理解納得出来る内容の手紙を書いて。

 

 

 

で、下書きしたら、ワシに見せえよ。よぉ~に考えて、文章能力を上げる。

 

自分で考え抜かないと成長には成らんから。

 

ワシが書いたんでは、自分の成長に成らんやろ。

 

 

 

めんどくさがっては、いけません!

 

 

 

自分と会社が、めんどくさいものに陥ってしまうから。

 

 

 

そこまでやるか!の精神(一人一人が自分の責任を追求する姿勢のこと)を、

 

 

 

自分が共感できなければエモーションの仕事には成らんから。

 

 

 

指針書の『存在意義』を、よくよく読み返して下さい。

 

 

 

これをしていなければエモーションが存在する意味がない!

 

という一言で表した言葉やから存在意義は。

 

 

 

『可能性への挑戦』がエモーション社員全員の存在意義やから、

 

 

 

全員が自分の内面の、可能性へ挑戦していないと『らしく生きる』に成らんから、宜しく😉👍🎶というものでした。

 

 

 

お手紙出した二日後、そのお客さんから、注文の電話がありました。

 

 

 

で『よく理解出来ました。』と電話口で言ってくれたようです。

 

 

 

あれ、手紙出してなかったら、お客さんは『何で?』のままになっていたと感じます。

 

 

 

こういうように社員には、先ず道理を説き、実務をさせ、

 

結果が良かった時、情理が納得出来るんですよ。

 

 

 

ちなみに『そこまでやるか!の精神』とは、

 

 

 

自分の可能性に120%挑戦している。という状態のことを言っています。

 

 

 

ついつい、めんどくさいなぁ、と感じてしまう己れの感情を、

 

自分の成長という感情で克服出来ている状態でないと、皆が幸福に向かわないんです。

 

 

 

例えば高校野球。

 

 

 

甲子園優勝を目指しているチームの全員が、

 

 

 

そこまでやるか!の精神を『ハイ!喜んで』の気持ちでやれない人が、居るとしたら、

 

 

 

その人は、一緒のチームに居てもらっては困るんですよ。

 

 

 

全員が出来る出来ないじゃなく、甲子園優勝を目指しているんだから、

 

 

 

全員の気持ちが、そこまでやるか!の精神で『ハイ!喜んで』で、

 

実践出来ていないと、無理でしょ。ほんまに。

 

 

 

出来る出来ないじゃないんです!

 

 

 

皆が、そこまでやらなければ、全員で人生の充実、幸福に成らんのよ。

 

 

 

エモーションでは、こうも明記していますよ。

 

 

 

オンリーワンから、シャイニングワンへ。

 

 

 

シャイニングワンからプレジャーワンへ。と。

 

 

 

シャイニングワンとは一人一人が輝いている状態。

 

 

 

プレジャーワンとは、一人一人が喜びを分かち合っている状態。

 

 

 

世の中の会社は、オンリーワンを目指しているところが多いと思うんですが、

 

 

 

自分で言うのも何ですが、

 

 

 

エモーションは、既にオンリーワンは成し得ています。ずっと前から。

 

 

 

北斗の拳のケンシロウで言うなら、お前はもう死んでいるですが、

 

 

 

エモーション、お前はもう、オンリーワンに成っている。

 

 

 

そこに留まっていては成長は無いんです。

 

 

 

スグ崩れて行くもんです。会社は生き物やから。

 

 

 

社員一人一人が、輝いている状態で、居続けなければシャイニングワンには成らんから。

 

 

 

そして、エモーションの社員一人一人が、自分の縁ある周囲の人と、

 

慶(よろこ)びを分かち合っているプレジャーワンの状態を目指さないと、

 

躍動が止まってしまうから。

 

 

 

ついでに言わしてもらいますが、

 

 

 

商売をしている人達が社長達が集まっている『会』に所属し、参加していますよね。

 

 

 

その狙いの多くは、人脈創りだと思う訳です。

 

 

 

人脈を創ろうと時間とお金を割いて、

 

人脈が作れて自分の商売につなげたいという感情が流れていると思うのです。

 

 

 

なのに、ワシが残念やなぁと感じてしまうのは、

 

 

 

そもそも『人脈』という定義を考えたこともないんじゃないかと、

 

感じる人達が多いなぁと思う訳です。

 

 

 

ワシの人脈の定義は、

 

 

 

『信頼関係の構築された知人』としているんですね。

 

 

 

じゃあ、信頼関係ってどうやっていれば築けるのか?

 

 

 

単に知り合いを作るだけでは人脈に成り得ません。

 

 

 

そりゃそうでしょ!

 

 

 

誰かこういう人を紹介してよ。って頼まれても、安易に紹介は出来ませんからね。

 

 

 

知っては、いるけど、仕事のクオリティーとか、人間性とか、

 

 

 

その人との信頼関係がなければ、ワシはよう紹介は出来ません。

 

 

 

だから知り合いを沢山作っても、しょうがないんですよ。

 

 

 

信頼関係の構築された知り合いでないと。

 

 

 

なぜ、人脈創りを目的の一つとして参加しているのに人脈が出来ない人の特徴を言うと、

 

 

 

社長達が所属する会はある種、勉強会というものが多いように感じますが、

 

 

 

そもそも勉強会に参加する目的は、自分の心を澄ませ精神性を高めながら、

 

自己変革するところに最大の関心がなければ本当じゃないんです。

 

 

 

自分の内面に存在する良いもので、

 

自分の悪いものを克服して行くことが自己変革に成るんですね。

 

 

 

何年所属していようが自分が『ゲスト意識』(お客さん意識)のままでは、

 

 

 

単なる知り合いにしかならないと感じるんです。

 

 

 

やっぱり『キャスト意識』(お世話する側)を持って、

 

取り組むところに、気付きがあり学びに成って行くもんです。

 

 

 

高い理想に向かって、共に苦労するから、

 

人脈って、築いて行けるもんやと思います。

 

 

 

単に知り合いになるだけでは、人脈は築けないんですよ。

 

 

 

いつまでも、お客さん意識の人は、学びにも成らんし、モノに成らんと思います。

 

 

 

社員の人達にも同じ事が言えます。

 

 

 

会社に仕事をしに来ているんだから、

 

 

 

単に、出社しているんじゃないんだから、

 

 

 

キャスト意識とは、

 

社員自身が経営者意識を持って、何事も取り組む姿勢です。

 

 

 

だから、何事も王道を歩みましょう。

 

 

 

王道とは、何ぞや?!を、自分で探究せんですか?

 

 

 

ほんまに。

 

 

 

自分で探究して、自分で腑に落ちない限り、

 

 

 

モノには成らんと思うんです。

 

 

 

有名にならなくても、ええのです。

 

 

 

モノに成る人間を目指しましょう。

 

 

 

無名有力に成りましょう。

 

 

 

世間では知られていない。けど、知る人ぞ知る。

 

 

 

そういう人物に成りましょう。

 

 

 

ワシは自分がそう実践しながら、縁ある人達に、発信し続けているんです。

 

 

 

無名有力が、カッコええよ!って。

 

 

 

有名無力は、風()が悪いで、って言うてます。

 

 

 

()が悪い=カッコ悪い。です。

 

 

 

 

 

今週は、うちの社員がお客さんとの電話応対に、あたふたしていたことがあったので、

 

エモーションの仕事の流儀、エモーションの社員の心の在り方を、

 

タイムリーに指示したこと(伝えたこと)を含めて皆さんにメッセージしますね。

 

 

 

気づいたらスグする。

 

これコツやと思うのです。

 

 

 

『後で』は全部が全部ではないですが、ダメなんよね。

 

『後回し』に、あんまり良いことはありません。逃げの心が、見え隠れするからです。

 

 

 

気づいた事、示唆しなければいけない事を、会議やミーティングでやろう。

 

ではモノに成らんのよ。(社員も、忘れがちになるしね)

 

その場で、指摘し示唆しないと、身に付かないんですよ。

 

 

 

その社員に伝えた事。

 

 

 

先ずいきなり言うたのは、

 

 

 

相手に対する『理解納得してもらいたい!』という思いの強さの問題や!

 

 

 

その気持ちが薄い証拠や。

 

 

 

社内で何か変更事項があることを、お客さんに伝える時、お客さんが、

 

今までとは違うのは『何で?』と瞬時に脳は感じるもんや。

 

 

 

だから、先ず『何故?何故ならば。』を丁寧に理由を述べることが大事なんよ。

 

 

 

そしたら相手が『なるぼど、そういう事情ですか。』と脳が感じるように

 

持っていってあげるんよ。

 

 

 

エモーションの事務所の壁に貼っている

 

『支持される商品特性』の一番最後の項目(そこまでやるか!の精神)が、

 

自分と会社の成長の基点やから。

 

 

 

『そこまでやるか!の精神』を今一度、味わうように読んでみてん。

 

 

 

お客さんには、なぜ?なぜならば。をハッキリと、先ず先に伝えることが、

 

その後のコミュニケーションをスムーズにするんやから。

 

 

 

お客さんが『何で?』と感じる点に、

 

 

 

『その理由はですね、こうこうこういう理由で、このようにさせて頂いています。』と、

 

 

 

何故ならば。を説明することが、相手に『なるぼど、そうなんですね。』

 

と感じてもらえるんやから。

 

 

 

今すぐ、お手紙書きなさい。

 

 

 

何故?何故ならば。を丁寧に、相手が理解納得出来る内容の手紙を書いて。

 

 

 

で、下書きしたら、ワシに見せえよ。よぉ~に考えて、文章能力を上げる。

 

自分で考え抜かないと成長には成らんから。

 

ワシが書いたんでは、自分の成長に成らんやろ。

 

 

 

めんどくさがっては、いけません!

 

 

 

自分と会社が、めんどくさいものに陥ってしまうから。

 

 

 

そこまでやるか!の精神(一人一人が自分の責任を追求する姿勢のこと)を、

 

 

 

自分が共感できなければエモーションの仕事には成らんから。

 

 

 

指針書の『存在意義』を、よくよく読み返して下さい。

 

 

 

これをしていなければエモーションが存在する意味がない!

 

という一言で表した言葉やから存在意義は。

 

 

 

『可能性への挑戦』がエモーション社員全員の存在意義やから、

 

 

 

全員が自分の内面の、可能性へ挑戦していないと『らしく生きる』に成らんから、

 

宜しく😉👍🎶というものでした。

 

 

 

お手紙出した二日後、そのお客さんから、注文の電話がありました。

 

 

 

で『よく理解出来ました。』と電話口で言ってくれたようです。

 

 

 

あれ、手紙出してなかったら、お客さんは『何で?』のままになっていたと感じます。

 

 

 

こういうように社員には、先ず道理を説き、実務をさせ、

 

結果が良かった時、情理が納得出来るんですよ。

 

 

 

ちなみに『そこまでやるか!の精神』とは、

 

 

 

自分の可能性に120%挑戦している。という状態のことを言っています。

 

 

 

ついつい、めんどくさいなぁ、と感じてしまう己れの感情を、

 

自分の成長という感情で克服出来ている状態でないと、皆が幸福に向かわないんです。

 

 

 

例えば高校野球。

 

 

 

甲子園優勝を目指しているチームの全員が、

 

 

 

そこまでやるか!の精神を『ハイ!喜んで』の気持ちでやれない人が、居るとしたら、

 

 

 

その人は、一緒のチームに居てもらっては困るんですよ。

 

 

 

全員が出来る出来ないじゃなく、甲子園優勝を目指しているんだから、

 

 

 

全員の気持ちが、そこまでやるか!の精神で『ハイ!喜んで』で、

 

実践出来ていないと、無理でしょ。ほんまに。

 

 

 

出来る出来ないじゃないんです!

 

 

 

皆が、そこまでやらなければ、全員で人生の充実、幸福に成らんのよ。

 

 

 

エモーションでは、こうも明記していますよ。

 

 

 

オンリーワンから、シャイニングワンへ。

 

 

 

シャイニングワンからプレジャーワンへ。と。

 

 

 

シャイニングワンとは一人一人が輝いている状態。

 

 

 

プレジャーワンとは、一人一人が喜びを分かち合っている状態。

 

 

 

世の中の会社は、オンリーワンを目指しているところが多いと思うんですが、

 

 

 

自分で言うのも何ですが、

 

 

 

エモーションは、既にオンリーワンは成し得ています。ずっと前から。

 

 

 

北斗の拳のケンシロウで言うなら、お前はもう死んでいるですが、

 

 

 

エモーション、お前はもう、オンリーワンに成っている。

 

 

 

そこに留まっていては成長は無いんです。

 

 

 

スグ崩れて行くもんです。会社は生き物やから。

 

 

 

社員一人一人が、輝いている状態で、居続けなければシャイニングワンには成らんから。

 

 

 

そして、エモーションの社員一人一人が、自分の縁ある周囲の人と、

 

慶(よろこ)びを分かち合っているプレジャーワンの状態を目指さないと、

 

躍動が止まってしまうから。

 

 

 

ついでに言わしてもらいますが、

 

 

 

商売をしている人達が社長達が集まっている『会』に所属し、参加していますよね。

 

 

 

その狙いの多くは、人脈創りだと思う訳です。

 

 

 

人脈を創ろうと時間とお金を割いて、

 

人脈が作れて自分の商売につなげたいという感情が流れていると思うのです。

 

 

 

なのに、ワシが残念やなぁと感じてしまうのは、

 

 

 

そもそも『人脈』という定義を考えたこともないんじゃないかと、

 

感じる人達が多いなぁと思う訳です。

 

 

 

ワシの人脈の定義は、

 

 

 

『信頼関係の構築された知人』としているんですね。

 

 

 

じゃあ、信頼関係ってどうやっていれば築けるのか?

 

 

 

単に知り合いを作るだけでは人脈に成り得ません。

 

 

 

そりゃそうでしょ!

 

 

 

誰かこういう人を紹介してよ。って頼まれても、安易に紹介は出来ませんからね。

 

 

 

知っては、いるけど、仕事のクオリティーとか、人間性とか、

 

 

 

その人との信頼関係がなければ、ワシはよう紹介は出来ません。

 

 

 

だから知り合いを沢山作っても、しょうがないんですよ。

 

 

 

信頼関係の構築された知り合いでないと。

 

 

 

なぜ、人脈創りを目的の一つとして参加しているのに人脈が出来ない人の特徴を言うと、

 

 

 

社長達が所属する会はある種、勉強会というものが多いように感じますが、

 

 

 

そもそも勉強会に参加する目的は、自分の心を澄ませ精神性を高めながら、

 

自己変革するところに最大の関心がなければ本当じゃないんです。

 

 

 

自分の内面に存在する良いもので、

 

自分の悪いものを克服して行くことが自己変革に成るんですね。

 

 

 

何年所属していようが自分が『ゲスト意識』(お客さん意識)のままでは、

 

 

 

単なる知り合いにしかならないと感じるんです。

 

 

 

やっぱり『キャスト意識』(お世話する側)を持って、

 

取り組むところに、気付きがあり学びに成って行くもんです。

 

 

 

高い理想に向かって、共に苦労するから、

 

人脈って、築いて行けるもんやと思います。

 

 

 

単に知り合いになるだけでは、人脈は築けないんですよ。

 

 

 

いつまでも、お客さん意識の人は、学びにも成らんし、モノに成らんと思います。

 

 

 

社員の人達にも同じ事が言えます。

 

 

 

会社に仕事をしに来ているんだから、

 

 

 

単に、出社しているんじゃないんだから、

 

 

 

キャスト意識とは、

 

社員自身が経営者意識を持って、何事も取り組む姿勢です。

 

 

 

だから、何事も王道を歩みましょう。

 

 

 

王道とは、何ぞや?!を、自分で探究せんですか?

 

 

 

ほんまに。

 

 

 

自分で探究して、自分で腑に落ちない限り、

 

 

 

モノには成らんと思うんです。

 

 

 

有名にならなくても、ええのです。

 

 

 

モノに成る人間を目指しましょう。

 

 

 

無名有力に成りましょう。

 

 

 

世間では知られていない。けど、知る人ぞ知る。

 

 

 

そういう人物に成りましょう。

 

 

 

ワシは自分がそう実践しながら、縁ある人達に、発信し続けているんです。

 

 

 

無名有力が、カッコええよ!って。

 

 

 

有名無力は、風()が悪いで、って言うてます。

 

 

 

()が悪い=カッコ悪い。です。

 

 

 

 190830shiji.JPG

 

 

 

もう10年以上前になるだろうか。

 

 

 

花見の時期に、吉野に在る『吉水神社』に参拝に行き、吉野の桜を見て来たことがありました。

 

 

 

ワシは源義経公と楠木正成公の生き方が好きで、

 

義経公(平安時代末期~鎌倉時代初期)と正成公(鎌倉時代末期~南北朝時代初期)は、

 

生きていた時代に約140年の差がある歴史に名を残している武将です。

 

 

 

義経公については、

 

20数年前に『新平家物語』16巻買ったことがあるんですが、

 

 

 

その中に、義経公と、静御前が吉野に身を隠していた時期があった縁(ゆかり)の地ですし、

 

 

 

楠木正成公が生涯賭けて護り通した後醍醐天皇の縁の地でもあることから、

 

 

 

参拝に行きたいと思い行った次第です。

 

 

 

吉水神社で祝詞を奏上していたら、神主さんが『何者??』という感じで見られていたようで、

 

 

 

そして、吉水神社には後醍醐天皇をお祀りしている部屋があり、

 

そこは拝観料を払うと見学できるのですが、後醍醐天皇の畳の部屋は綱が張ってあり、

 

その畳の部屋の中には入れないようになっていました。

 

 

 

なので、綱の外に正座して、深々とお辞儀をし後醍醐天皇に、

 

ご挨拶と祝詞を奏上していたのを監視カメラに映るんでしょうね。

 

 

 

その神主さん、中に入って来て、

 

 

 

『ささ、どうぞお入り頂いて、ご挨拶下さいませ。』と言いながら、

 

綱を外して畳の部屋へ誘って頂きました。

 

 

 

ご挨拶、拝観が終わって、神主さんと話をしましたら、

 

 

 

何とその神主さん、元は警察官でその神社とは血縁が無い人なのに、

 

 

 

警察官時代神戸の湊川神社(楠木正成公を祀っている)を、しょっちゅう掃除しに行っていたらしく、

 

 

 

ある日突然、吉水神社の神主になりなさい。と、お告げのようなものがあったと言っていて、

 

 

 

ワシも『ほんまですかぁ?!』と話たことを、ふと思い出したので、

 

メッセージしようと今週携帯にメモりました。

 

 

 

その日、吉野の旅館に泊まり、露天温泉に浸かりながら、

 

 

 

当時の義経公も詩を詠んだんじゃないかと、想いに耽りました。

 

 

 

そして、こんな感じで湯船に浸かり桜を見ながら義経公になったつもりで詠みました。

 

 

 

『去り行かん、この世の想いやがて消え、形見とて何か残さん、春は花、

秋は紅葉の、これぞ誠の神の国。また廻り逢わん、染む紫の雲の上まで』と。

 

 

 

こう言うたかどうかは知りませんが、

 

 

 

そういう心境じゃなかったかと感じましたねワシは。

 

 

 

またこれは実際『義経記(ぎけいき)』にありますが、

 

 

 

義兄頼朝の命により、平家を討伐した後、頼朝より認められると思いきや、

 

 

 

嫉妬の念か、あまりの強さに恐れの念か知らねども、

 

義経討伐に、全国指名手配の身となり鎌倉軍(頼朝軍)との戦。

 

 

 

義経公の四天王の一人弁慶が、殿である義経公に、こう詩を詠むのです。

 

 

 

『六道(りくどう)の、辻の巷(ちまた)で待てよ君。遅れ先立つ習いありとも。』と。

 

 

 

六道つまり、死んだ後に地獄・餓鬼・修羅・畜生・人間・天の六つの行き先に行く、

 

 

 

辻の巷つまり、その角で待っていて下さい。

 

 

 

習わしから言うと家来の自分が先に逝くのが筋ですが、

 

 

 

この戦の中、どちらが先に『あの世』に行くか分かりませんから、

 

 

 

私が先に行っていれば待っておりますが、殿()が先に行ったとしたら、

待っていて下さい。

 

 

 

と言う意味なんです。

 

 

 

で、義経公がこう返されたんです。

 

 

 

『次の世も、また次の世も、廻り逢わん、染む紫の雲の上まで』と。

 

 

 

次の世も、そのまた次の世も、何度生まれ変わっても、また廻り逢おうぞ、

 

天上界の最上界である、紫に染まる雲の上に行くまで。

 

 

 

と言う意味なんです。

 

 

 

ワシは、以前同友会のどこだったか、奈良の青年部に呼ばれた時の報告だったと思うんだけど、

 

 

 

こう言いました。

 

 

 

もし生まれ変わったとして、今の仕事を今の社員と、

 

また一緒にやりたいとホンマに思うとるんです!!

 

この心境を幸福(しあわせ)と言わずに、

 

何を幸福(しあわせ)と言おうか!!と唸ったのを思い出しました。

 

 

 

今、付き合いのある魂感じる友人達とも同じ心境ですね。

 

 

 

経営者や社員の皆さんは、今の経営者、社員と、今の仕事を、またやりたいですか?!

 

 

 

また、やりたいなぁ!という人間関係の人も居れば、

 

 

 

もう、嫌やぁ!という人間関係の人も居るでしょうが、

 

 

 

今からの、あなたの、言動が、将来を示唆すると感じます。

 

 

 

そこで今週のメッセージを思い付くまま、述べますね。

 

 

 

大切なものは見えない。

 

 

 

だから、見えないものの中から大切なものを掴むこと。

 

 

 

世の中は、人は、有情。しかし、商いは無情。

 

 

 

天は学んでもらう為にチャレンジを与える。

 

 

 

この方法しか、伝える術がないから。

 

 

 

繰り返し同じチャレンジを与えられるとしたら、

 

あなたが、そのチャレンジから学びを得ていないということである。

 

 

 

大きな苦難が遭った人は、人格の変換のキッカケだと捉えること。

 

故に、苦難は有り難いと言える。

 

 

 

自分の箱の中から抜け出る方法は、唯一つ。

 

 

 

謙虚になること。

 

 

 

考え方が、運命を決める。

 

 

 

これを素直に認めることを「謙虚」と言うんです。

 

 

 

成功者というのは特殊ではない。

 

 

 

原則の中で、全てが生きている。

 

 

 

ただ、活用の仕方を知っているだけ。

 

 

 

成功しない人は、出来ないんじゃないんです。やり方を知らないだけなんです。

 

 

 

自分の基準は、どこまで引き上げるかが鍵。

 

 

 

生きる目的は唯一つ。

 

 

 

自分の心を澄んだものにし、精神性を高め、

 

 

 

自分が如何に喜ばれる存在になれるか。ということ。

 

 

 

只今、この瞬間から自分が、どう周囲に喜ばれる存在になれるか。

の積み重ね。

 

 

 

団体のトップの立場にある皆さんに。

 

 

 

方向性を示したトップは、組織に「勢い」があるかどうかを見極めることが

重要。

 

 

 

その時部下にその意向が感じられない時は、トップの決断変更が要求されるんです。

 

 

 

しかし、面子の上から「こだわり」を生じてしまうもの。

 

 

 

組織に勢いが付かなければ、目標の実現はない。思い切った変更が要求される。

 

 

 

トップの面子の防波堤がブレーンの仕事である。

 

 

 

商売は勢いに求めて、人に責(もと)めず。 

 

 

 

一人一人の働きよりも先ず全体の勢いが重要である。

 

 

 

トップの仕事とは、全体の力を一つにまとめて、勢いに乗らせること。

 

 

 

社員の多い少ないではなく、勢いの有無によって勝敗は決まる。

 

 

 

前進すること無くして守ることは意味を持たない。

 

 

 

積極的な行動があって初めて、守りが成り立つ。

 

 

 

撃って出る攻撃は、人の心を攻撃目標に集中させる。

 

 

 

手をこまねくばかりの防衛は、人の心をバラバラにしてしまう。

 

 

 

攻撃は求心作用。防衛は離心作用。

 

 

 

目標を明確にして、

 

それに向かって積極的に進むことは、求心力を高め、離心を防ぐ、最大の策である。

 

 

 

思い付くまま述べましたが、いかが?

 

 

 

歴史に名が残っている人物で心惹かれる人物の生き方に、

 

現在の自分の課題を重ねて、考えてみるんですよ。

 

 

 

それが『歴史に学ぶ』ということです。

 

 

 

歴史「を」学ぶんじゃなく、歴史「に」学んでほしいなぁと思う訳です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『何であの人は、あれだけ世話になっていながら、自分勝手なんかなぁ?』と相談されたので、ワシの一言。

 

 

 

『性根に入ってないからや。』と即答。

 

 

 

人は性根に入()らない限り、覚悟が決まらないというか、覚悟は出来ないんじゃないかと思う訳です。

 

 

 

『性根に入()る』

 

状態ってトコトン窮地にならないと、性根には入らないんじゃないかと感じますね。

 

 

 

いや窮地に陥っているのに、性根に入らない人も多いように感じるんよね。

 

 

 

それは『我』が強過ぎて、自分に関係する周囲の人達の幸福なんて思わない、

 

 

 

自分勝手を通そうと見えてしまう人に多いように感じます。

 

 

 

窮地に陥って、どん底状態と思っていても、自分勝手を通そうとするから人生思うように向いて行かないんですよ。

 

 

 

自分のこと『しか』考えられなくなると、

 

行き詰まるようになっているのが法則のような気がします。

 

 

 

身近な周囲の人達の立場に立てないから、運氣が上向かないんだと思う訳です。

 

 

 

素直さの欠如、感謝の念の欠如です。

 

 

 

以前にもメッセージしましたが、

 

 

 

人間どん底状態の時にどう行動するかが人生の分かれ目になるんだと思えてなりません。

 

 

 

つまり、その人の覚悟を天が観てるとワシは思えるんだよねぇ。

 

 

 

こんな逸話があるんですよ。

 

 

 

三蔵法師と呼ばれた、唐の時代の僧であった玄奘(げんじょう)三蔵が、

 

天竺(現在のインド)に般若心経を持ち帰る志の下、向かっていた途中、

 

病に侵され身体から膿みが出ていた老婆に出逢う。

 

その老婆が、お坊様、どうか私の膿みを口で吸って助けて下され、と頼んだ。

 

三蔵法師は吸って、もし伝染病で死んでしまったら、天竺に行けなくなる。

 

自分には志がある。目的がある。しかし、自分は衆生を助ける僧侶である。

 

(しば)し悩んだ後、その老婆の膿みを口で吸ってあげたのです。

 

 

 

そしたら、みるみる、その老婆が巨大な天女に成って、

 

玄奘よ、そなたの覚悟を見させてもらった。と言い天竺までの長旅を援助した。

 

という話です。

 

 

 

ギリッギリッの状況下に、どう行動するかを問われているということですよ。

 

 

 

『性根に入らない人』ということで先週、

 

ワシの所属30年目になる中小企業家同友会で知り合った友人が、

 

香川さん、今度のメッセージで、計画倒産する人間のことを話して下さいよ。

 

って連絡あったから、ちょっと触れましょうか。()

 

 

 

誰も倒産したくて倒産する社長は居ないと思うんだけど。

 

 

 

まぁ倒産するのは運命と捉える思考を持つと状況が変わって来るかも知れません。

 

 

 

例えば倒産したのは、天が、その仕事はあなたに向いてないのに、

 

意地張ってやらないで違う世界に向いている仕事がある、というメッセージと捉えてみるとか。

 

 

 

世間でよく耳にする、計画倒産っていうのは意図的なものやから、

 

通常の倒産とは意味が違うと思います。

 

 

 

まぁ、それぞれ事情はあるにせよ、

 

 

 

窮地に陥った事業主で保身欲が強い人のやる行為が計画倒産じゃないかなぁ。

 

 

 

この『保身欲』にも、二通りあって社長自身の財産だけを守ろうとするものと、

 

社員の生活を守ろうとするものの違うパターンがあるんですよ。

 

 

 

社長自身の財産だけを守ろうとする保身欲の人は、

 

 

 

人の道なんて考えたことあるんかなぁと思う訳です。

 

 

 

たぶん、おそらく、前者の計画倒産する、社長達の共通している脳の思考回路は、

 

 

 

社員の生活の充実なんて毛頭関心が無い人種かも。

 

 

 

社員は自分の金儲けの道具くらいにしか思っていないんだと感じます。

 

 

 

また社員とも取引関係の域を出ないから、

 

 

 

これだけ利益出したら給料上げてやる的な、思考程度じゃないかなぁ。

 

 

 

まぁそういう人は利益上がっても社員の給料を上げるつもりは無いんだろうけど。

 

 

 

そもそも社員にノルマを課すような社長は、上手く行かないんですよ。

 

 

 

計画倒産された元社員の心境を聞くにつれ、そうだろうなぁと感じますね。

 

 

 

資金繰りに窮して、にっちもさっちも行かなくなり破綻の一途。

 

 

 

保身欲で、社長自身の財産を事前に名義変えした後、計画倒産へ。

 

 

 

金融機関への債務は、まぁ金融機関も商売で貸した訳やし、

 

 

 

仕入業者も商売で卸売した訳やし、

 

 

 

いかん!と思うんなら融資せんかったらええのであって、

 

 

 

いかん!と思うんなら卸売せんかったらええのであって、

 

 

 

お互いの『欲』の為せる悲劇やなぁ。

 

 

 

また、人間洞察力を身に付ける苦労が浅いということです。

 

 

 

斯く言うワシは、売掛している代金が入金になっていなければ、

 

 

 

その会社や商店に次の商品の卸はしません。

 

相手の支払いが滞っても、一回分で済みますから。

 

 

 

お互いに傷口が拡がらないようにね。

 

 

 

世間を見ていたら、まぁまぁ、あるんですよこれが。

 

 

 

支払いの入金がないのに欲出して注文が来たら仕事している会社。

 

 

 

ワシの知っている会社の話ですが、

 

 

 

契約している会社の車のガソリン代や灯油代800万円も未入金。

 

何ヵ月分いや何年分?の請求溜めてるの?と言いたい。

 

 

 

チラシ印刷代400万円の未入金。

 

これも数ヵ月分の請求だと聞いて、そりゃ、金もらってないのに、

 

仕事する方も悪いわなぁ、って言いましたよ。相談に来たから。

 

 

 

相手を、ちゃんとさせる為にも、そういう事したらいかんのです。

 

 

 

倒産して、自己破産して、債務免除になったとしても、

 

 

 

もし、個人でお金を借りている人が居るんなら、生涯掛けてちゃんと返して行くのが人の道です。

 

 

 

それをせえへん人は、死ぬまでに、ちゃんとツケが来ると思うなぁ悲惨な結末が、ね。

 

 

 

原因結果の法則と言われる所以です。

 

 

 

過去から現在までの、自分がやって来た考えと行動が原因として、

 

 

 

現在の状況を作って来たんだという自覚があるのか?無いのか?

 

 

 

自覚があっても性根に入らない人は、始末に終えない人やと感じます。

 

 

 

性根に入ることが運氣向上の起点になるんやと思うんやけどねぇ。

 

 

 

その唯一の道は、自分に関わってくれた人達に対して感謝の念を現すことなんです。

 

 

 

思う、感じるだけじゃダメ。現さないと!

 

 

 

そこに気づかない人は永遠に地獄をどうどう廻りすることになるんですよ。

 

 

 

当の本人は、そんなこと思ってもないから、気づくことは無いんだけどね。

 

 

 

でも人は何がキッカケでスイッチが入るか、分からんからねぇ。

 

 

 

そこに『救い』があるのかも知れんですね。

 

 

 

天は自ら助くる者を助く。です。

 

 

 

やりたい仕事は出来なくなり、やりたくない仕事を食う為にせないかんようになるのも、世の中です。

 

 

 

努力したから叶うもんでもないんです。

 

 

 

愚痴や悪口や文句を言わずに、運を味方につけて行く。

 

 

 

運は愚痴や悪口や文句ばっかり言っている人を嫌うみたいだから。

 

 

 

皆さん、仏になりましょう。

 

 

 

執着から解き放たれた人のことを古来日本では『ほとけ』と呼んでいたようです。

 

 

 

『ほとけ』の語源は、『ほどける』から始まっているんです。

 

 

 

つまり、自分を縛るもの(執着)から放たれた人を『仏』と言う。

 

 

 

チンパンジーやオランウータンを生け捕りにする際の仕掛けに、

 

 

 

木の空洞になっている穴にバナナや木の実を入れておく。

 

 

 

チンパンジーやオランウータンは、獲物を見つけると、穴の中に手を入れて獲物を掴む。

 

 

 

その穴は、ものを掴んで拳を握った時には、

 

それを引っ張りだせない程度の穴の大きさになっている。

 

 

 

手を放せば、スグに逃げられるのに、

 

一度掴んだものを放そうとしない(執着している)から、生け捕りにされてしまう。

 

 

 

チンパンジーやオランウータンと同じことをしていませんか?

 

 

 

その執着は、自ら掴むことから始まる。

 

 

 

その手を放すだけで、自由になれるのに。

 

 

 

『自然体の自由』で歩みませんか。

 

 

 

ワシは『自然体の自由』が一番の生活サイクルにしています。

 

 

 

 

全ての人間関係で大切で、充実の根幹じゃないかと思うのは、

 

『以心伝心』が出来ている状態じゃないかと思うんです。

 

『以心伝心』とは、禅の言葉であり、

 

意味は、優秀だから、心が伝わるのでなく、

 

寝食を共にするから、心が伝わる。と教えています。

 

 

 

禅の世界で師匠の心を分かる為には、師匠と寝食を共にしないと、

 

心は分からないということ。

 

 

 

会社に置き換えると、

 

 

 

経営者は、現場(毎日業務をしている所)を観察すること。

 

 

 

社員と空間を共にしないと、社員の心は分からないのと同じく、

 

 

 

社員も、経営者と空間を共にしないと経営者の心を分かりようがないんだと

感じます。

 

 

 

『阿吽の人間関係』が出来れば、以心伝心に近付けるんじゃないかと思うのです。

 

 

 

『阿吽の人間関係』はエモーションの社是にしています。

 

 

 

社是とは

 

『こんな会社でありたいということを一言で言い表した言葉』という意味です。

 

 

 

教育の原点は『共に在る』ことやという信念があるんですよワシはね。

 

 

 

物理的に共に居れなくても、心は共になかったら、いかんのです。

 

 

 

以心伝心の関心について、例えば大手チェーン店で、

 

何百億何千億売り上げを上げている会社はあるけど、

 

そこの社長と、そこで働く社員達と以心伝心なんて、

 

自覚がないだろうし、出来ていないと思うんだけどね。

 

それは経営陣が考える業績というのが、数値しか、眼中に無い証拠ですよ。

 

業績=数値=売上であり利益のことを、

 

多くの大規模の会社の社長達は、そう定義しているんだろうねぇ。

 

 

 

だから、社員の人間性や社会性という観点が無いんだと感じます。

 

また、世間の多くも、いわゆるミーハーだからやねぇ、

 

売上や利益しか眼中に無いんだと感じますね。

 

でも稀に、居ますね、大規模会社経営者で、

 

常に社員達と以心伝心を真心から心掛けている人が。

 

 

 

皆さん『行為(おこない)は心』ですよ。

 

その人が、どんな立派なことを言っていてもやねぇ、

 

じっとその人の行為を観察したら、分かるもんですよ、その人の本心が。

 

 

 

以心伝心を、

 

うち(エモーション)で言うと、事務所仕事ですから、

 

社員の何気ない会話や、お客さんとの電話応対の内容が、

 

意識しなくても自然に入って来ます。

 

 

 

ワシが目を通していないFAX の内容やメール内容や、顧客台帳も、ですよ()

 

 

 

まるでスポンジが周囲の水を自然と吸収してしまうように、です。

 

 

 

そして、ちょっとでも氣になる点を感じたら業務を通じて、

 

 

 

社長であるワシの考えをタイムリーに話しているのが、普段なんですよ。

 

 

 

だからと言って、以心伝心に成っているとは言えませんが、

 

 

 

少なくとも、毎日現場を観て、社員の一挙手一投足を感じているから、

 

 

 

現場を見ていない他所(よそ)の社長達とは、

 

 

 

以心伝心に於いて、その度合いに差は出ているでしょうね。

 

 

 

優秀な戦略や商品が有っても、経営者と、社員の以心伝心が無ければ、

 

充実には至らないと思うんです。

 

 

 

家庭に於いても同じ、

 

 

 

家族全員の以心伝心が家族皆の充実に成って行く基礎になるんだとワシは思うなぁ。

 

 

 

まぁ多くの社長と言われる人達は、

 

以心伝心が第一義にはなってないだろうなぁとワシは思うとりますよ。

 

 

 

だって、今まで1万人以上の社長と呼ばれる人達と一応、会って来たけど、

 

感覚的に以心伝心が、経営に於ける第一義で取り組んでいるなぁと感じた人は、ほんまに少ないんやもん、ワシの体験では。

 

 

 

皆さん!

 

 

 

自分と、自分の大事な人達と充実感ある日々を歩みたいなら、

 

 

 

以心伝心を心掛けてみませんか。

 

 

 

心を以て、心を伝えると書くんです。

 

 

 

先ずは、あなたの心が先なんです。

 

 

 

シャツの第一ボタンを掛け間違ったら、以降は、どんなに努力しても、

 

揃わないんです、シャツのボタンのように、ね。

 

 

 

相手が先じゃないんだと、毎日着ているであろうシャツのボタンが教えてるのに、

 

 

 

あなたは気付かないのかなぁ?

 

 

 

そんなに毎日ボッーとしてるんですか?()

 

 

 

先ずは、あなたから、心を以て、伝え続けましょうや。

 

 

 

桃栗三年、柿八年。一芸八年、商売十年。汗と涙で十三年。

 

それでもダメなら、二十年。

 

 

 

二十年くらい掛けて、伝え続けてこそ、

 

伝わるんじゃないかとワシは実践して来ましたし、現在進行形ですよ。

 

 

 

最初は『辛抱』です。忍耐ですよ。我慢じゃないんです。

 

 

 

忍耐と我慢の違いを言うときますね。

 

 

 

どちらも辛抱することは同じなんですが、忍耐の先には希望が有るんです。

 

 

 

だから、耐えられるんです。我慢の先に希望はありません。

 

 

 

我慢を続けていると、心も身体も壊れます。

 

 

 

だから忍耐はせないかんけど、我慢はしたらいかんと思っていますワシはね。

 

 

 

辛抱を続けていると、あなたの心に『芯棒』が出来て来ます。

 

 

 

また続けていると、周囲からの『信望』に成って来るんじゃないかなぁ。

 

 

 

今週は、このへんで。

 

 

もう何年も前に亡くなったコンサルタントを業にした○○先生と呼ばれた人が居たんだけどね。 

 

昔よく『自分は、何度も生まれ変わって色々やりたい。』的なことを言うてました。 

 

ワシは、この人、コンサルタントで『先生』と呼ばれる人にしては浅いなぁ、と感じたという話を、

 

今週はしようかと思います。

 

 そして人としての生き方と逝き方を発信したいと思います。

 

 逝き方は、生き方。

 

 皆さん、よぉ~に考えてみて下さい。

 

 そもそも日本人で生まれて来た事実が、奇跡も奇跡やと思いませんか?

 

 魂や霊の世界とかを、日本の哲人と言われて来た先人達が教えていますが、

 

 弘法大師や道元禅師や栄西禅師や親鸞上人などが教えていますが、

 

 そもそも人間に生まれて来る確率の奇跡。

 

 しかも、アフガニスタンやイラクや北朝鮮や中国や韓国などでなく、

 

日本人として生まれて来た確率を想像したら凄いなぁ、有り難いなぁと、

感じませんかねぇ。

 

ワシは、ホンマに有り難いなぁ、と自分を産み出してくれた魂の親(主護霊さん)に、感謝しかありません。

 

 皆さん、寿命がいつか来ますが、次もし生まれ変わりがあるとしたらやねぇ、人間で生まれて来る確率は、めちゃめちゃ低いかも知れんのですよホンマに。

 

 牛か豚が馬か犬か猫かも知れんのですよ。

 

 今、あなたが日頃から何気なく口にしている言葉や行動が、

 

 動物的な発言や行動がウェートを占めているなら、

 

 次は、人間じゃなくって、動物に生まれ変わる可能性は、大きいと感じるけどねぇ。😱😱

 

だって、その原因を、この世で作っているんだから、ね。

 

自業自得なんよね。

 

動物的な思考と行動とは、自分勝手な本能的な、ということです。

 

犬は、腹が減ったら、ごはんを食べ、鳴きたい時に鳴き、吠えたい時に吠えるだけ。

 

同じような事、してませんか?!

 

次、犬畜生に生まれ変わるでぇ。

 

あぁ、それは嫌だぁと思った人に、伝えたいのは、

 

今から寿命まで、動物的思考と行動は、慎んだ方が、

 

次生まれ変わる可能性が人間に近くなるかもよ、ということを言いたいのです。

 

 生きている間、余りにも自分勝手にやっていたら、ほんまに畜生になるよぉ。

 

何度でも人間に生まれ変われると思うこと自体が、烏滸(おこ)がましいと言うか、自惚れ以外の何者でもないんとちゃうかなぁと思うのよ。

 

 次も、自由で安全な国である日本人で生まれたかったら、あなたの日頃の思考と行動が、日本人らしい、人間らしい生き方が、9割くらい占めてなかったら、いかんのちゃうかなぁと感じるんです。

 

 人間らしい生き方とは、 

 

自分は『これ』を、やっていないと自分では無い!というものを見つめ直して、立てて行くことなんです。

 

 これが『自分らしく』ということなんです深い意味で。

 

 あなたの『これ』は、

 

 今まで生きて来た歩みの中にしか、存在しないと思うんです。

 

 一つ一つ、やっている事に『慣れ』が生じていないか?を、振り返ること。

 

 ついつい当たり前になっていませんか?

 

 特に仕事。

 

 毎月毎月、会社に行っていれば、給料が安定的にもらえる。って、

 

勘違いしてないでしょうねぇ?

 

 甘ったれたら、いかんでぇ!

 

 毎月毎月自分の会社の商品やサービスを買ってくれているお客さんが居るのも、奇跡ですよ、ホンマに。

 

 この世の中『安定』って無いんだ!と肝に命じて毎日仕事や生活をせな、

 

いつ給料が今の半分以下になるかも知れんのですよ。

 

いつ、お客さんが半分以下になるかも知れんのですよ。

 

 そういうことを皆が、心に留めて、毎日心機一転活動している間だけ、

 

いわゆる安定が、保たれているんだと、自覚して周囲にも示唆せんとね、ホンマに。

 

 あの白鳥のように。 

 

白鳥は、水面上は優雅な表情ですが、 

 

水面下では、休むことなく、足を動かしているから、

 

水面をすいすい当たり前のように動けているんだ、ということです。

 

 ほとんどの『社員』という立場の人達は、

 

 自分の家庭のことは真剣に考えられ、会社のことは考えられないのであろうか?

 

 それは、社長が月末に業績や資金繰りが苦しいと言っても、

 

仮に赤字が数ヶ月も続いたとしても、まさに今、

 

会社があるという事実に甘んじているんですね。

 

 つまり、会社は昨日も今日も明日もある、と思い込んでいます。

 

 また、会社経営は社長の仕事であり、自分の仕事ではないと割り切り、

 

自分の業務だけを見ています。

 

 そういう危機感のない人ほど会社が本当になくなった時、

 

全く対応ができずに困り果てます。

 

 そうならない為にも、こういう事を心掛けていますかねぇ?

 

 仕事や家庭内でも、 相手に対して、一つ一つ教えている事を、

 

もっと丁寧に理解納得するまで、教えていますか?

 

 才能を感じない人にも丁寧に教えているか。

 

 才能や能力が乏しい人が、理解納得するまで丁寧に教えているか。

 

 こういう行為が、深い意味で言うと大事なんよね。

 

 普通の人というか、浅い人はこういう観点が浮かばないんだと感じます。

 

 自分達は、これをしなければ生きて行けないという念(おも)いで、

 

 最後まで責任を持って取り組んでいるか。

 

 それが人間らしく生きるということです。

 

 それが、志を貫くということです。

 

 腕一本、足一本失っても、自分は『これ』で役に立つ。

 

 というものを持つことが大事なんよ。

 

 社長の人達に言わしてもらいます。

 

 『社員一人一人に、仕事をさせる役割を作っているか。』

 

 『社員一人一人が、納得できる仕事をさせているか。』

 

 『社員一人一人に、安定は無いんやで!って、たまに示唆しているか。』

 

 『縁ある、自分の周囲の人達にどれだけの愛情を注いだか。』

 

(これは皆さん全員に振り返ってもらいたいですね)

 

 これが、その人の人格なんです。

 

 人柄の深さなんです。

 

 一流の人物は、細かい所、隅々にまで氣を配られる人であり、

 

 恩と恥を知っていて、自分の受けた恩を感じるものです。

 

 ここに『人らしさ』『日本人らしさ』の意味があるんです。

 

 そして、自分の行為に対して『恥ずかしい』という気持ちが無ければ、

人間じゃないんです。

 

日本人じゃないんですよ。 

 

社員の人達や、家族の人達に、言わしてもらうと、

 

 先にも言いましたが、

 

毎月毎月、安定したお金をもらえるものと思うこと自体が動物的な行為なんですよ。

 

 社長の皆さんにも、

 

毎月毎月、今の給料がもらえると思っては、いかんのです。

 

 安定なんて、世の中に無いんだから。

 

 人間じゃない思考と行動ばかりだと、次生まれ変わったとしたら犬畜生ですよ。

 

 また、自分の善意を発するだけではダメなんです。

 

 それは独り善がりになるんです。

 

 相手は迷惑かも知れません。

 

 自分の善意と同じだけの力で、相手の善意を引き出しているか。を

 

考えて発信することが大事なんです。

 

 それを『思いやり』と言うのです。

 

 これが、中々難しいんですよ。

 

 でも成長の為には、これが出来ないかんのよ、ね。

 

 自分が、何かを与える時、相手も、

 

その誠を受けて同じだけの誠を尽くしていると自覚が芽生えているか、

 

ということが大事なんです。

 

 これが『まごころを合わす』ことになるんです。

 

 水は、高い所から低い所へ流れます。

 

 高い所の水が濁っていれば下も濁るんです。

 

 人も同じ。

 

 上に立つ者の水()が濁っていれば、下も濁るのです。

 

 苦しい時ほど、身の回りのものを握り締めるのが普通の人だと思いますが、

 

 でも一旦、手のひらを開いて行くことが、苦からの脱出になるんですよ。

 

 まさに『放てば、満てり』です。

 

 何でも、欲しがっている人って、見苦しいと感じるし、苦脳が生じて来ますよ。

 

 人生に対する価値観、社会に対する価値観、

 

物事の判断基準を持つことを『ものさし』を持つ、と言います。

 

 そして『ものさし』は自分の背中に刺すことが大事なんです。

 

 自分の背筋をピン!とさせ、一本筋の通った人間に成りますから。

 

 そういう生き方が、やがて寿命を迎える時の逝き方になり、

 

 次、生まれ変わる時に日本人に成る可能性が高まるんじゃないかなぁと、つくづく思った今週でした。

 

 皆さん! 

 

毎朝毎朝、自分の背中に『ものさし』を刺しましょうや、

 

次も日本人で生まれて来る為にも、ね。👍