2020/01/24

『香川湧慈の今週のインスピレーションメッセージ」令和2年1月24日

 

自分の運命を良くして行くには何事にも感謝すること。

 

 

 

と、自分が認めている人から言われて、感謝の行為をする人がいますが、

 

 

 

その行為は本心からなのか?

 

 

 

上辺の心から、発する言葉じゃないでしょうか。

 

 

 

心の底では、自分が良くなりたい為に、

 

パフォーマンスで

 

『感謝しています』と、思い付きで言う人も多い気がします。

 

 

 

こういうのは、感謝の念とは違うと思うんです。

 

 

 

人は窮地に立たされた時、それを救ってくれた人には『あぁ有り難い🙏🙏』と瞬時に湧き出て来る感情があります。

 

 

 

でも、この感情も『一時』の人が多い。

 

 

 

パフォーマンスで演技してしまう人の多いこと。

 

 

 

自分史を心静かに振り返ってみることを、おすすめします。

 

 

 

『この人のお蔭』と、心底思えると感謝の念が湧いて来るもんですが、

 

 

 

ワシが言いたいのは、窮地に立たされていなくても、

 

 

 

些細な行為にでも、

 

 

 

感謝の念が湧き出る心を備えた人間でありたいと思う訳です。

 

 

 

人は誰も苦労はしたくないと思っていると思うんですが、

 

 

 

苦労を体験した人は、

 

些細な行為に感謝の念が湧く人が多いと思います。

 

 

 

苦労を体験しながら、些細な行為に感謝の念も湧かない人は、

 

 

 

その苦労を生かしていないんよね。

 

 

 

残念な人やなぁと感じます。

 

 

 

そういう人は人間関係を、権利と義務でしか捉えていないんだと感じてしまうんです。

 

 

 

人間関係は権利と義務の関係と、多くの人が思っている節がありますが、

ワシは違うんです。

 

 

 

人間関係は責任と感恩の関係に尽きるんですよ。

 

 

 

そう思いませんか。

 

 

 

責任感ある行動を見て感謝の念が湧くんじゃないでしょうか。

 

 

 

恩に感じるんじゃないでしょうか。

 

 

 

権利と義務の関係では利害の域を超えないんですよ。

 

 

 

血が通っていないんです。

 

 

 

血の通わない関係に、信頼は湧きません。

 

 

 

感動は、言葉を超えた世界にあるんです。

 

 

 

衣食足りて礼節を知ると昔から言われていますが、

 

 

 

まぁ多くの人は、衣食足りないと礼節を忘れるんだと思いますが、

 

 

 

何かそれは権利と義務の域なんよね。

 

 

 

日本人は本来、衣食足らずとも、礼節を知る心を備えているんやけどねぇ。

 

 

 

ワシは、あんまりDNA と言う言い方は好きじゃないんだけど、

 

 

 

日本人のDNA には、

 

衣食足らずとも、礼節を知っている民族なんだと思うのです。

 

 

 

そろそろ、権利と義務の呪縛から脱しませんか!

 

 

 

それが唯一『人間』に戻れる心のあり方なんだ、と言いたいなぁと感じた今週でした。