2020/06/26

『香川湧慈の今週のインスピレーションメッセージ』令和2年6月26日

 

『真心(まごころ)

 

皆さんは真心をどのように捉えていますか?

 

真心とは『真実の声』だと思うとるんです。

 

人間、中々、この真実の声を出さないというか、出していないもんだと感じるんです。

 

 

 

また真心とは、相手があなたに対して何かをしてくれた。

 

その行為を相手の氣持ち、想いの深さと同じレベルで、

 

あなたが受け止めている心境のことを言うんです。

 

相手の想いと、同等の想いで、あなたが受け止めている心境です。

 

分かりますかねぇ?

 

 

 

してくれた行為に、有り難みを感じているか?

 

どんな想いで(こんな自分なのに)してくれているのか?

 

その人の心中を察するあなたの心根を真心だと言いたいのです。

 

 

 

『あぁ、まぁしてくれて当たり前やん。』とか

『あぁ、有難うございます。』的な心で、

 

接していないですか?

 

『相手の心中と同じレベル』で、というのが真心やと思うんです。

 

どうか皆さん、誰かから何かしてもらったら些細な事であっても、

 

相手の心中を察する想いを持ってほしいんです。

 

それが、あなたの心を豊かにして行く道筋だと思うんです。

 

 

 

また、何かしてくれていなくても、あなたの心を豊かにしてあげたい、

 

精神性を高めてあげたいという想いで、指導をしてくれている行為に対しても、

 

その指導に対する想いを、受け止めるあなたの心境が真心だとワシは思います。

 

 

 

そういう心の習慣が、運が味方してくれると感じて仕方ないんですよワシはね。

 

あなたの『行動』が、運が味方してくれるか見放されるか、に分かれて行くんですよ。

 

これホンマやと思うんです。

 

 

 

そもそも人間は、孔子やキリストや釈迦の言うように、嘘で固めたものではないはずだと思うんですが、

 

現実の人間は、嘘ばっかり言い、嘘ばっかりしておるもんです。

 

人間の心は、言うなれば十二単(ジュウニヒトエ)を着ているようなもんやと思うんですね。

 

汚ない所を隠すために意識的、無意識的に、様々な意匠を作って、化粧をしている。

 

そして腹の中を読まれまいとして防弾チョッキを着て、防御態勢をとっている。

 

 

 

かと思うと、自分というものを善()く見せようとして、背伸びをしたり、

虚勢を張ったりするし、

 

気がねをして思うことの逆を言ったりする。

 

 

 

中々『真実の声』を出せないもんなんでしょうねぇ。

 

せめて一生に一度ぐらいは、真実の声を出したいと、心の奥底では感じているはずなんだと感じるんだけどね。

 

 

 

先週のメッセージでも言いましたが、相手の心の奥底に潜む『良心』を捉える訓練をしませんか。

 

それは、何気ない相手の行為の心中を察しようとする、まぁ訓練ですよ。

 

そう訓練していると、区別ができるように成って来ると思うんです。

 

区別とは、人間としての充実した生き方を考える上に於いての判断のことです。

 

様々な価値観、性格、好き嫌い、があるのが人間ですが、

 

ワシが強く言いたいのは、

 

人間として『充実の人生』を歩む為の『こうでなければならない』ということは、やっぱり有るんですよ。

 

仕事のやり方や、人としての行動に。

 

深く考えたことも無い人が安易に『あの人は決め付けるから、、、いかんわぁ。』と言うのはどうかなぁとワシは思うんだけどね。

 

 

 

会社で例えるなら、心ある経営者は皆、社員想いの経営者は皆だと思うんですが、

 

社員皆の精神性が高まり人間性が豊かに成って行くような職場環境を全身全霊懸けて、

 

創って行くもんなんですよ。

 

そういう環境を与えてくれている。という事を社員は心中察して、

 

与えてくれている経営者と同じ想いで受け止める心の習慣が、

 

あなたの『真心』を養成して行くと思うんです。

 

 

 

人は自分の人間洞察力が乏しいのを、どこかに置いて、相手を判断してしまい勝ちです。

 

同じことを言われたりされたりしても、

 

あなたが、その相手の人や人達に対する感情が、真心を阻害していることって、あるんですよ。

 

 

 

『あぁ、有難う😉👍🎶ご親切に。』と瞬時に感じる人も居れば、

 

相手が自分に文句を言っていると瞬時に感じる人も居るんです。

 

これは、あなたの真心の問題であって、相手の問題ではないんですよね。

 

自分の真心に、日に一度でいいので、見つめてみる心の習慣を持ってほしいと願っていますワシは。