今週ニュースで『東京ディズニーランド』の社員約4000人の冬のボーナス70%一律カットや、

突然の配置転換やダンサーの給料60%にするとか、

更に退職勧告に対して社員達がプラカード掲げて反対行動をしているのを報じていたのを見て、

 

ワシが感じたのは、やっぱり『突然発表』が本当なら、人間味がないなぁ、と。

コロナショックは3月から始まっていたし、㈱オリエンタルランドとして、

コロナ融資枠を2000億円調達してたんだから(社員一人当り約4500万円分)

 

社員全員に時間を掛けて、事情説明をしながら、合意と納得してもらえるような話し合いが、

なかったとしか思えない。

突然の通達に社員側の気持ちも分かるけど、経営者側の気持ちにもなる心は、大事やと感じます。

 

コロナで、集客大打撃を受け、この状態がいつまで続くか誰も分からない状態で、ドンドンお金が無くなって行く状態(給料だけで毎月十数億円はあると思うなぁ。終わりの見えない中もし、自分が経営者で、毎月十数億円飛んで行く状態を半年も続いたとしたら?実際続いているんだから、心中は察しないかんと思うけどなぁ)を、

 

社員側も経営陣の立場になって考えている人は果たして、どれくらい居るか?

 

そもそもワシは夏冬のボーナスは出すな派なんです。

ボーナスっていうのは会社がキャッシュフローで黒字で給料以外の、

特別な報酬なんやから、

毎年、毎年、夏冬と出すから、社員は生活給となってしまってるんです。

 

生活給つまり『当て』にしてしまっているんです。

生活給になっているから、特別感もなく当たり前になっている。

その『当たり前』になっているボーナスを突然70%も一律カットの通達されたらそりゃ怒るわなぁ。

 

ワシは、昔から経営者仲間には、夏冬のボーナスは出すな。

社員が当たり前の心になるから、却って社員の為にならんから、

決算賞与にしなさい。と言うて来ました。

 

決算賞与は、それこそ正社員やパート社員、全員のチームワークで稼ぎ出したものやから誰も、当たり前のような『当て』にはせえへんもんです。

当てにしないから生活給にはならないし、他の社員達にも感謝の念も湧こうというもんです。

よりチームワーク感が湧くんですよ決算賞与というのは。

 

夏冬のボーナスを毎年出している会社で、

業績悪化しているのにボーナスを出す為に借金している社長というのを、

見聞きする度に『それはおかしい👀』と感じて来ましたワシはね。

 

給料は、借金してでも出さないかんけど、

ボーナスって本来キャッシュフローが、黒字の会社が出すもんなんです。

給料とは別もんなんやから。

どこか、しょうもないプライドや見栄が拭いきれないから、本音で社員と向き合わないんだと感じます。

 

ワシの亡き師匠が生前言うてた至言が、これです。

『人生で最も大切なことは、捨てることである。』

しょうもないプライド見栄全部捨て切れ~

捨てると、次なる大切なものを掴むことが出来る。

 

組織の問題は『家族や家庭』に置き換えたら問題解決のヒントが多々あるんですよ。

何故なら、家族に利害は本来存在しないからです。

『人間としての本来』という意味で言うとるんです。

利害つまり、損得の事です。

 

父親が家族の為に働くのは、自分の利害の為じゃないはずです。

自分のエゴ、損得利害が対立するから、不協和音が起こるんです。

全ての問題解決のヒントは、家族にあり!なんですよ。

 

もし、本来の家族だったら?と考えて内観してみることを、皆さんに勧めます。

問題打開の糸口が見つかると思うんだけど。

大体、世の中の争い事や問題事は、利害関係から生じていると言っても過言じゃない!と思うとります。

 

どんなに売上を上げていて、どんなに利益額を上げていて、

どんなに社員を雇用していても、全員が全員がですよ。

幸福感が持てていないなら、その会社は幸福な会社とは言えないんです。

 

今このメッセージを綴りながら『うちは?』と思いました。

まぁ、うちは全員が、幸福感を抱いて会社に仕事に来てるやろうと感じているし、生活も幸福感持って過ごせているんじゃないか、という感情が浮かんで来ました。

そこに集う全社員が、幸福感溢れる会社は、文字通り『幸福な』会社なんです。

たった一人でも、幸福感を抱けていないならば、その会社は幸福な会社とは言えない。

 

だから、自分の会社の適正規模を、確りした哲学を以て、考え抜くことが大切なんです。

だからエモーションの事業目的は『適正規模の確立』と経営指針書に明記したんです。

奥深いんです、言葉の意味が。

 

毎日の社業を通して、自社らしい適正とは?を模索し続けて来たんです。

結果、幸福感のある会社が運営出来ているんだと感じるんです。

 

さぁ、皆さん!

外見に囚われず、あなたの会社の全社員が、

幸福感を感じながら社業に励んでいる環境創りに、全身全霊を懸けませんか。

家庭に置き換えても、同じことやで皆さん。

毎週、脳をリラックスさせる手入れ(頭蓋仙骨手技氣功療法)に通っている

『姿勢堂』で邪気を抜いてもらっている最中、いつものことですが、ウトウトと眠ってしまうんですが、

今週、夢見心地に浮かんだ事をメッセージします。メッセージって突然浮かんで来るんです。

こんな想いが突然浮かんで来たんです。

 

何で?ワシは運が味方してくれているんかなぁ、という想いが浮かんだんです。

たぶんワシは『普通』じゃないからやと思うんです。『普通』って、大多数ということです。

100人居れば8090人の普段の思考や行動を『普通』と言うので、ワシは極少数派やと思うとるからです。

 

普通は、ギブ&テイクの価値観なんでしょうが、ワシはギブ&テイクって、あんまり好きじゃないんですよ。

ワシは、ギブ&ギブ&ギブを好きでやって来たからかなぁと。この『好きで』がポイントやと感じます。

何か意図してギブ&ギブ&ギブは、本来じゃない、本当じゃない。と思うんです。

 

今年脱サラして32周年で、会社設立30年周年になるんですが、

普通は、好きでやっている仕事も、諸事情で続かない人も多いと感じます。

また、生活の為に好きでない仕事を、せざるを得ない人も多いと感じます。

その点ワシは、好きな仕事を、好きなようにやって来て32年、独立自営の道を歩めている奇跡が、つくづく、有り難いなぁ、と眠っている間に浮かんだんです。

 

『好きな仕事を好きなように』やって来た訳やから当然『何か』は相当しんどい思いをして当たり前だと思うんです。

ワシの場合は、お金で相当しんどい思いをして来ました。

(しんどい思いというのは、その人それぞれの比率の問題ですからね。金額の大小だけの問題ではないんですよ。

例えば同じ50%の比率で、月収手取10万円しかなく、家賃が半分の5万円で貯金ゼロの人は相当しんどいですよ生活が。

月収手取50万円で家賃半分の25万円の人は、まだ、しんどさが違うでしょ。

何億借金あっても収入がそれに見合っていれば、そうしんどくはないんです。

お金が廻らなくなるのが、毎月毎月、毎年毎年続いて、それを廻して行くのが相当しんどいんです)

 

誰だって、好きな仕事を好きなようにやっていたら『何か』が相当しんどいのは、当たり前です。

人生百点は無い!んですから。

でも、心腐ったことは一度もないなぁ。

皆さん、苦労は何の為にするのか?

それは『今より、より良く成る為、より理想を実現する為』にするもんなんです。

何を人生の優先順位に日々行動しているかを実は、主護霊さんや神さんは、じっと観てるんじゃないかなぁ。

 

そして、ウトウトしながら、こういう想いが浮かんで来たんです。

誤解を怖れず言うならですが(自慢でも偉そうに言うんでも全くないので誤解なきよう)

もし、うちの女房も、うちの社員も香川湧慈と出会っていなかったら?

女房も社員も、今のような『精神的充実感』と『経済的充実感』を感じて生活が出来ているだろうか?

っていう想いが浮かんで来たんです。別にワシがどうこうと言うんじゃないんですよ。

なぜ浮かんで来たのかは分かりませんが()

 

当然、このメッセージは、毎週女房も社員も読んでいますが、敢えてメッセージしてるんですが、

皆さん方も、自分がもし、○○さんと出会っていなかったら?って、

ちょっと考えてみて、出会っていなかった人生を想像してみて下さい。

何か悟るものがあるように感じますよ

 

ワシは『せないかんから』して来たんじゃないんです。

『してやりたい』と思ってるから、して来たし、現在も変わらないんですが、

女房はもしワシと一緒になってなかったら?

果たして今のような、精神的充実感と経済的時間的自由が、あっただろうか?って勝手に想像したんですね。

で、その晩その浮かんだことを話しました。

そしたら『ほんまやなぁ~』と言うてました。

想像したんでしょうね一緒になってなかったら?って()

先ず間違いなく、精神的余裕と、経済的、そして時間的自由は、

無かっただろうなぁと想像したみたいです()

本人納得してました

 

社員にも、もしエモーションに入社してなかったら?

エモーションの経営者が香川湧慈じゃなかったら?

今のような、精神的充実感と、経済的時間的自由が得れていただろうか?

今の生活スタイルが出来ていただろうか?っていう思いです。

別にワシは他意はないんです。純粋に浮かんだ事です。

 

たぶん、縁ある人達に『充実感』を自然体で与えて来たから、

ワシの主護霊さんが、応援してくれたり、神さんが味方してくれ

運が味方してくれて来たんじゃないかなぁ、と、結果的に思えるんです。

そう思うとホンマに、有り難いなぁ~という気持ちが湧き上がって来たんです。

 

人の『巡り合わせ』を操っているのが、目に見えない主護霊さんだというワシ独自の価値観だからです。

だから主護霊さんや、神さんに、女房や社員を、よくぞ巡り逢わせてくれたことに、

有り難いなぁという想いが湧き上がって来たんです。

こういうことです。

禅語で言う

『彼あるが故に、我あり。彼なくんば、我なし。我あるが故に彼あり。我なくんば彼なし。』

 

つまり『女房や、うちの社員が居てくれるが故に、香川湧慈があるんです。

女房や、うちの社員が居なければ、今の香川湧慈もないんです。

また、香川湧慈があるが故に、今の女房や、うちの社員があり、

香川湧慈がなければ、今の女房や、うちの社員はないんです。』

 

正に『感謝と感恩』の関係なんです。決して『権利と義務』の関係じゃないんですよ、真の人間関係は。

正に『自分の天命を自覚する使命感』に尽きるんですね。

これがワシの『本来』なんですよ。

 

好きでやって来たことが、結果的に自分の身近な人達の充実感に、役立っているんだと、感じた想いでした。

この事から何が言いたいかと言うと、

皆さん方の縁ある人達に、精神的な充実感を好んで与えるような言動を、自然体でやり続けると、

運が味方してくれるような気がするから、

自分の精神性を高める勉強を続けてみたら?どうかなぁと。

 

精神的充実感というのは、心が澄んで行きながら精神性が高まり、

人間的魅力が増している、ということと、

経済的なもの、時間的なものに、自由度が増している状態ということやと思うんです。

 

知らず知らずの内に、より良い変化を起こさせて行くのが実は『名人芸』なんです。

ワシは名人芸であり続けたいと留意して来ました。

自分の心も『知らず知らずの内に、より良く変化』して行くコツというのは、

精神性を高める勉強と心が澄んで行く毎日の生活スタイルを、無理なく自然体で実践することやと思います。

 

夫婦では、女房の心を解放させてあげる言動が大切で、大事です。

気は使うんじゃなく、配ってあげたくなるもんです。

気を使うことと、氣を配ることは、似て非なるものやと、ワシは区別しとるんです。

 

女房一人の心も解放させてやれんで、何の為に夫婦をしてるんですか?

『夫婦の為の生活』なのか?『生活の為の夫婦』なのか?

夫婦の為の生活なら、夫婦が目的であり生活は手段となります。

生活の為の夫婦なら、生活が目的になり夫婦は手段となってしまいます。

本当の意味での夫婦は『夫婦が目的、生活は手段』でないと成し得ないという価値観なんですワシは。

だから、ワシは断然『夫婦の為の生活』を歩んどります。

生活の為に夫婦をしてるんじゃないんです。夫婦の、より良い人生を歩む為の生活をしているんです。

 

会社でも、社員の心を解放させてあげる言動が出来なくて何が社長か!なんです。

『人の為の経済』なのか?『経済の為の人』なのか?

『生活の為』だけが、全てなのか?これでは犬や猫と変わらんじゃないですか。

ワシは断然『人の為の経済』なんです。

経済の為に社員を雇っているんじゃないんです。

縁あって集った、縁深いであろう人達と、充実感ある人生を歩む為に、経済活動をやっているんです。

だから社長の思いを社員に伝え、社員の思いを汲んでいるんです。

 

まぁ、ワシは『普通』じゃない立ち居振舞いや、言動をしてるんだと感じます。

冒頭にも言いました『普通』が、世の中の『常識』になって来るんです。

常識を否定しないけどワシは、常識に捕らわれない性分なんです。

 

つまり、ある意味常識外れの立ち居振舞いや言動をしてしまうから縁深い身近な人達の、心を解放させているのかも、知れんのです。

 

ワシは、自分のこんな性格、性分は、気に入ってますね。

だから、ストレスが溜まらないんだと感じます。

会社でのコミュニケーションはお金より大事ですよ。

お金は血液。コミュニケーションは息ですから。

息が止まると死にますからね。血液は、輸血出来るから。

 

会社は、組織です。

ワシが18年前の40歳の時、ある病院経営者に

『医者と看護師と事務社員のコミュニケーションが上手く行ってないから、

組織とは、について話をしてほしい。』と頼まれて、講演したことがありました。

そもそも組織とは?ワシは、こう定義しています。

 

『上の思いが下に伝わり、下の思いが上に伝わっている状態』を、組織と言う、と。

これが成し得ていなければ、本来の組織とは言えないんです。

 

政治に置き換えて考えると、ここ数年有能な官僚が、退職する人が増えているようです。

有能とは、日本国民がより良く生活でき得る政策の立案をしようと努力して来た人ということです。

政策の作成に時間を要したいのに、国会対策に追われる時間が多過ぎる事に、

嫌気が差したんだろうねぇ。

 

安部政権では官邸主導の政治が実施されて来ましたが、ワシが感じるに、

官邸が現場を知らないから、組織が気分良く機能していないんだと思うんです。

政治を主導している官邸こそが、現場を知る努力をしないと、

国民生活をより良くして行く施策は、できない。

組織とは、上の気持ちが下に伝わり、下の気持ちが上に伝わっている状態を言うのに、

現場である官僚の実情を見に行こうともしない。

上の立場にある官邸が下の立場にある官僚に『思いを伝える』ことを怠っている、

としか感じないんです。

『本来の組織』に立ち返ってほしいと願うばかりです。

そうしないと、整って行かないんですよ。

組織の大小に関わらず『本来』に立ち返られない限り『整わない』ということを感じてほしいんです。

 

さぁ、あなたにとって『本来』とは?を考えてみてほしいから、

冒頭のメッセージを発信した次第です。

 

コンサルタント業を商売にしている人って、まぁまぁ居りますね。

そもそも、コンサルが出来る能力がある人って、個人でやるべきやと感じてしまう時があるんです。

事務スタッフを雇用するのは別です。

コンサルをする人は、オーナーただ一人というのが、やっぱり本筋じゃないかなぁ、と。

『その人』だから、出来るんであって、

コンサル会社で何人も社員コンサルタントが居る、人数規模のある会社って、

能力の無い社員多い感あり、です。

いや失礼()能力、乏しいと感じるんやけどね。

 

でも世の中に、数十人規模や百名規模のコンサルタント会社があります。

上場している大規模人数のコンサル会社もありますが、

何で成り立っているかと考えると、

言い方悪いけど、

人生哲学を確立していないんじゃないかと感じる社長達が沢山居るから、

つまり、何の為に経営するのか、如何なる方法で維持発展させて行くのか、

ということを自分自身は勿論のこと、社員や得意先にも、納得行く哲学を持っていないから、

コンサルタント会社に自社の経営の戦略の相談なんかを、多額の報酬で依頼をするから、

人数規模のあるコンサルタント会社の商売が成り立っている実態。

 

でも本当に『対費用効果』が成り立っているんだろうか?と感じてしまう会社も、よく見かけます。

多額な報酬をコンサル会社に払うなら、社員の待遇向上に使えばいいのに、

と感じる会社も、あるように感じるんだけどねぇ。

 

専門の業務スキル系のコンサルなら分かるんだけど、

他人の業績事例を上手にプロデュースして、

セミナー系で収益を上げているコンサル会社も、大小あるけど、

ワシは、そういう系は好きじゃないんです。

 

だいたい年間商い高が78億から数十億規模の中小企業が、狙われていますね。

狙われている、は口が悪いか()いわゆる『お客さん』にされている実態ですね。

 

数百億~数千億規模の企業が、年間数千万~数億のコンサルフィーを支払って、

システム導入からアフターメンテナンスというコンサル内容というのもあるから、

社員が数百名の大手コンサル会社も会社維持が出来ているんだろうけど。

 

ワシも昔、ちょっと知っていた(そこの専務が、うちの商品の愛用者だったから)

人数規模のあるコンサルタント会社で、そのコンサルのビジネスモデルが全国的にヒットして、

コンサル事業の拡大に比例して社員が増えて行ったんだけど、

全国にコンサルに行くコンサル社員達の旅費交通費と人件費過多、

そして、そのビジネスモデルの衰退傾向で、依頼する企業が減少して行き、

一世を風靡した、ある業界では有名コンサル会社も、倒産。

 

コンサルタントを業にしている会社が、倒産ですよ、皆さん。

そのコンサル会社は、自社の社員数の適正規模を、考えなかったのか?と感じましたね。

ビジネスモデルが好評に見えたから、安易に社員を雇い過ぎた感があるんだけどね。

こういう実例からも、自社の取り巻く環境や自分の人生哲学をもっと深く考え直してみてはどうなん?

と言いたくなったことが過去ありましたね。

 

コンサルタント会社の創業者は、それなりの人物であったりするから、

人間洞察力が優れていたと思うので、

その実績の積み重ねが『ブランド』に成って会社がそこそこ有名になっているんだけれども、

それは創業者個人の能力に因るもので、

社員が真のコンサル能力がある人も、わずか居るかも知れませんが殆ど、

居らんわなぁ。

そんなことを、ふと思ったら、世の中の多くは『つまらん』なぁと感じたので、

今週のメッセージにしようと題材を携帯にメモりました。

 

依頼する会社も、規模が大きくなって来て、業務が複雑になって来てやねぇ、

無駄の発見が出来にくくなって来るんやろうねぇ。

社員にも、知らず知らずに無理を強いるようになり、

いつしか業務が仕事でなく、作業になり、売上だけが伸びているから、

それを『成長』と勘違いしているから、油断が起こって来る。

 

売上だけが伸びている状態は、ワシに言わせると、成長ではなく、膨張なんです。

成長とは何ぞや?!の定義を考えないかんよ、と縁ある社長達に言うてるんですよ。

 

これを読んでくれているあなたも、自分なりの『成長の定義』を、

文章にしてみる取り組みをしてみてはどうですか?

 

会社も『無理がないか、無駄がないか、油断をしていないか。』を、

社長という立場の人間は、しょっちゅう考えること。

そして社員に示唆することが大切であり、大事なんです。

 

あ、そうそう『大切』と『大事』という言葉を皆さんは区別していますか?

 

『大切』とは、心から必要としていて慎重に注意深く扱う様のことであり、

『大事』は、自分にとって必要だから確りと扱う様を言うんです。

そして深刻な事態を『大事』と言うんです。

 

個人個人の人生を考えても『社会人としての人生』を考えた時、

あぁそうそう、これ今月のエモーションの『社内学校』の内容でもあるんですが、

社会人とは学校卒業して就業してから、寿命で逝くまで、と定義しています、うちは。

こんな話しました。

 

90歳まで生きるとして社会人になるのが18歳か22歳の人が大多数だと思うんですが、

中を取って、20歳から社会人としたら90歳から20歳を引くと社会人としての人生は70年。

3分の1は睡眠しているとして、起きてる時間は約46年。

その内3分の1が会社での勤務時間としたら、

残り約30年が、プライベート時間ということになるやろう。と話ました。

 

90歳まで生きたとしても一般的に自分が自由に使える時間は、わずか30年やぞ。

そのプライベート時間30年の中で、メシも食べるし、風呂も入る。遊びにも行くし、家族との時間も。

そう考えると、30年の半分くらいは、そういう時間に費やす訳やから、

自分が教養を身に付けたり、人格を磨いたりする時間って、90まで生きたとしても、

長いと思われる人生時間の内、わずか15年くらいやないか。

90まで生きても、たった15年しかないなぁ、と話したんですよ。

 

死んで、あの世に持って行けるものは『教養と人格』だけや。

長生きしたとしても、自分が余程、意識して学んで行かんと、

教養を身に付けることも、人格を磨き続けて行くことも、せんかったら、

人間として中身空っぽで『あの世』に行ってしまうからな。

いずれ行く『あの世』で困るでぇ~()

あの世で過ごす期間、何千年か知らんけど。って、話しをしたんですよ。

 

社員一人一人に死生観を養ってもらいたいという想いがあるからなんです。

『無理なく、無駄なく、油断のない生活態度』を、社員皆に考えてもらう社内学校でした。

 

京セラ創業者の稲森さんは『値決めは経営』と言われましたが、

 

斯くいうワシがルイボスティーのメーカーになる時、価格設定は考え抜きました。

『自分の生き方』と『商品特性』と『欲する顧客層』の融合できる価格にするんだと決めました。

 

この3つのバランスは妥協せず貫いて来ました。

『高品質で、お手頃価格』を貫こうと決めました。

 

商売されている皆さん方は、

自分のサービスや商品の価格をどのような判断基準で決めていますかねぇ?

その判断が本当に『基準』に成っていますか?

 

あなたの『我』が出過ぎていませんか?

鏡を見ながら、静かに考えてみてほしいんです。

なぜ鏡を見ながら静かに、と言うかは、鏡は自身の内面を時に映すからです。

 

『鏡=かがみ』『が=我』を取れば『かみ=神』が現れますから。

 

商売としての価格設定で、例えば、居酒屋を経営しているオーナーが、

何を思い立ったか突然に『おまかせコース』2万円というメニューのみの店に変更したとしましょうか。

今まで、客単価4千円とか5千円の居酒屋が突然『おまかせコース料理』のみの店に、しかも料金は2万円。

お客さん今までのように付くと思いますか?

オープンした時からのイメージが、お客さんには、ある意味染み着いているというか、

『あそこは、こういう店だ。』という自覚がありますから

(その時その時に応じて、居酒屋に行ったり、高級店に行ったり、お客さん自体が使い分けしていますからね)

 

余程、今までのお客さんを説得できるだけの技量と、雰囲気と接客と、

そして想いを発信できなければ、お客は付かないと思います。

 

最初から『おまかせコース料理』のみ、料金は2万円。の高級店で長年続いている店は、当然あります。

その店の席数が、いつも満席近くになっている繁盛店は、技量と、店の雰囲気と接客と、場所のバランスと、その品質の高さが維持されているからだと感じます。

 

治療院然り、最初から保険を使わない自費診療の所は、イメージが着いていますから、

その技量と価格が、お客さんから納得行けば、リピーターになってくれるでしょうが、それでも地域的な要素は当然あります。

あんまり遠隔地だったら、そう再々は距離的に、時間的に、行けませんから。

 

また今まで、保険診療をしていた整体院や鍼灸院やマッサージ店等が、

保険診療を止めて自費診療のみに変更した場合、

ある意味、一発で楽になるくらいの技量があれば、少々高額でも、お客は付くと感じますが、

そのお客さんの懐具合で、どれくらいのスパン(期間)でリピーターになってくれるか、なんです。

また、来院や来店される訳ですから、その地域に『あなたが欲する顧客』が、

どれくらい居るか?は経営が成り立つ収益力に、当然関係して来ます。

 

うちは『欲する顧客』を明確に決めていますから『高品質で、お手頃価格』としたんですよ、

ルイボスティーのメーカーになる時に。

『家族の健康を意識する主婦』の方々を一番多く欲しい顧客と決めました。

だからルイボスティーの品質に於いては、ピンきりの『ピン!』を目指しました。

 

売れそうな価格、売りやすい価格にしていたら、薄利多売になってしまいます。薄利多売は大手の役目と、ワシは考えていますから、

中小零細企業は、薄利多売はしてはいけないという考えです。

 

薄利多売にしようと思えば、どうしても量販店(何百店舗)をいくつも取引せんならんし、

ネット通販なら多額の広告費を費やして販売できるだろうけど、

価格競争に巻き込まれるし、売上が多くても出荷する労力に、社員は疲弊し、

利益は少なくなるのが予想されますからね。

また売る力のある強豪ひしめく世界に、何で突入せないかんのか、ワシは嫌ですねぇ。

中小零細企業は薄利にしては、続かないと思います。

自分達が成り立つ適正利益が継続的に稼げる価格に設定しないと。

 

だから、商品の品質、販売スタイルに於いては、揺るぎない、ブレない信念でやって来たんです。

ルイボスティーの生産国である南アフリカ共和国のルイボス本社の社長に、

日本から通訳連れて、自分の熱い想いを話に行きました。

その高品質のルイボスティーを、お手頃価格に設定したんです。

高品質で、お手頃価格のことを、適正価格と定義しました。

 

エモーションで言う、お手頃価格とは、

一般的な主婦の方々が『そんなに安くはないけど、高くもない。』と感じてもらえる価格と定義しました。

ルイボスティーを飲みたいと思ってくれる家族の健康を意識する主婦の方々は当然、高品質を望みますが、

出来れば、そんなに安くとは言わないけど、お手頃な価格なら続けたい。

と思うと考えました。

だから、高リピーターになってもらいやすいんではないか、と思いました。

 

また、うちは当初から10(10ヶ月分の量)単位で、定価の40%オフ価格に設定し、以来、現在も変えていません。

なぜ?10ヶ月分の量をメイン販売しているのか?

10個未満の販売は定価販売にして来たのか。そして、なぜ40%オフ価格にしているのか?

それは、家族の健康を意識する主婦の方々なら、気に入れば継続的に飲んでくれるはずだから、

また、エモーションのルイボスティーを飲んでもらえるなら、

続けて飲んでほしいという願いがあるから、

お客さんにも『飲むぞ!』という覚悟を持って買ってほしいという想いがあるからなんです。

お客さんにも、ちゃんと飲んでくれるんですよね?と覚悟を促す為にも10個での販売にしているんです。

10個単位だから40%オフ価格にして、1個当たりの単価を、お手頃価格にしたんです。

 

ルイボスティーに取り組んで丸35年。ルイボスティーメーカーに成って丸26年。

最初に、この価格設定と販売数量を設定した事が、

結果的に全国47都道府県の『家族の健康を意識する主婦の方々』を、

お客さんにすることが出来たと感じます。

 

自分(自社)の理念から派生した、価格戦略が『三方良し』につながるんです。

いくら、想いがあっても、釣りに例えると、

いわゆるその地域に『魚』が少なければ、釣りを何時間やっても釣れる数は知れていますから。

『労多くして、益少なし』になっていませんか?あなたの商売。

人間は『わがまま』ですから『わがまま』を貫くことで、周囲が納得してもらえるなら、貫いたらいいんです。でも『自分勝手』に陥っていないか?

 

鏡を見ながら神の出現を待ってみますかね?