2020/10/13

『香川湧慈の今週のインスピレーションメッセージ』令和2年10月9日

『事業の器と人間の器は同じじゃない』と、なぜか今週浮かびました。

例えば一千億円あればあなたは、どういう使い方するか?を、数分から数十分で語れるなら、

あなたの事業の器は、一千億円の事業の器があると言えるんじゃないか、と。

但し、プランを描けても、成るか成らないかは、努力や計画や行動や運や縁が成否を握っていると思う訳です。

 

あなたに、一億円あげるから、今すぐその使い道を述べよ。

と言われて、すぐ答えられるなら一応一億円の事業の器があると思います。

但し、その使い道が、周囲の人達に幸福感を与える構想でないと、事業の器とは言えないんだけどね。

お金の器というのは、その人の事業プランが常にあるから、使い道を答えられるんです。

 

三千万の事業の使い道をすぐ答えられるならあなたの事業の器は、三千万。

十億の事業の使い道を答えられるなら、あなたの事業の器は十億。

まぁ分かりやすく言えばそういうことです。

 

数千億、数兆円の事業プランを描けるなら、その人の事業の器は、それくらいあるんだろうけど、

 

人間として、尊敬できるか?親しみの情を感じられるか?人格者なのか?は、別やと思うんよね。

 

人間としての器は、

その人の『人間洞察力や思いやりの深さや、許容量、寛容量、思想の高さや哲学の深さ』

を兼ね備えている人物やと、ワシは思って来ました。

 

だって、今まで社会人になって41年が来ますが、事業ですごい⤴⤴なぁと思う人に出会ったり、テレビで見たり経営誌で読んでも、

人間として、心惹かれるかは、別なんよね。

 

数百億や数千億以上の事業をやっている全部とは言わないけど、

だいたいの社長の脳は『数値業績』で埋められているとしか思えない言動を見聞きするからねぇ。

 

昔から、人間の『器と人格』は同じなのか?違うのか?を自問自答した時期がありましたね。

こうやって『お金』と『構想』に置き換えてみると、なぁるほどーと納得が行く訳です。

なんかスッキリと区分けが出来たんですね。

皆さん、物事は『区分け』が自分なりに出来ると、判断基準ができスッキリ歩めますよ。

 

忍耐と我慢の区分け。自由と自分勝手の区分け。愛と甘やかしの区分け。

様々あるでしょ。

自分なりに、色々考えてみたらええですよ。

 

ワシは昔、うちの社員に言うたことがあります。

我慢するなよ~っ。忍耐はせないかんぞぉ~って。

両方とも状態としては『辛抱する』ことに変わりありませんが、その先には、夢も希望も無く辛抱することを我慢と言うんです。

だから、我慢ばっかりしてたら、精神に来るか身体に来るか、いつか爆発するでぇ。

だから、我慢するなよ~って言って来たんです。

 

忍耐は、その先に夢や希望があるから耐えれるんです。

例えば、どうしてもほしい物ができた。50万する。

毎月25000円ずつ20ヶ月貯めよう。辛抱しようと思って、耐えれるから、

それを忍耐と言うんです。

 

人間的成長の指導に厳しい社長の下で働く社員が、長年働いている状態は、

我慢ではなく、

自分の成長になっていると感じているから、忍耐力があるんやと感じるんよね。そこで働ける事に希望があるからやと感じます。

 

人間的成長の指導を本心から取り組んでいる社長に対してですよ、忍耐できるのは。

お金の為に嫌な社長や会社に長く勤務しているのは、忍耐じゃなく我慢ですよ。

我慢は、せん方がええように思うけどねぇ。

出光佐三は言いました『お金の奴隷になるな』と。

苦労は、もっと快適な生活をするんだ、という希望があるから楽しめるんです。

 

苦労が、ひねくれ人間を作ってしまう人と、苦労が、忍耐力や精神力を身に付けさせ、人間的魅力を増してしまう人に、分かれているように感じます。

 

自由と自分勝手も全く別物です。自由は秩序の中に存在するもんです。

つまり『秩序=社会正義』とも言えます。

分かりやすく言うと、人殺しする自由はありませんし、泥棒する自由もありません。

自由の国、アメリカ合衆国でも、共産主義の自由は認めていませんからね。

何でも勝手に行動することが自由ではないからです。

 

区別できる人間に成れるよう、哲学を深めましょう。

優れているとされて来た歴史上の人物の思想も学びましょう。

そういう習慣を身に付けないと『物事の区別』は、中々できへんのじゃないかなぁ。

 

事業の器と人間の器は同じじゃないとワシは思うてます。

事業の器を大きくしたければ、グランドデザインを描くことです。

そして、描いたグランドデザイン構想の先のベネフィットを想像しましょう。

 

メリットとベネフィットの違い。

メリットって分かるよね。損得の得です。

ベネフィットは、

メリットの先にある、満足感とでも言いましょうか、単なる損得の得じゃないんです。

 

メリットは、商品・サービスの売りや特長のこと。

 

ベネフィットは、商品・サービスの購入により、お客さんが受ける恩恵のこと。

★商品が売れるか否かは、相手にベネフィットが伝わっているか否かに左右される。

これは、業種や業態に関わらず言えてると思うんです。

 

事業では、135の壁があります。

年商一千万から三千万に中々行かないんですよ。これが壁です。

三千万行ったら今度は五千万の壁があるんです。

五千万の次は一億円の壁です。一億、三億、五億の壁があり、

十億、三十億そして五十億と。

 

自分が、どこを目指したいのか?

 

目指したいなら、その規模の構想、グランドデザインを描かないと、、出来んわなぁ👀

また目指す規模の会社の考え方や行動を観察すると参考になりますが、

 

自分達が、その規模になったと仮定して、人間的に心地好さを感じられるのか?を想像してみたらええのよ。

 

ワシは過去に、大きい規模の会社を想像したことがありましたが、

何も、オモロナイなぁと感じたことを思い出しましたね()

 

やっぱり、理想の零細企業が、愉快で心地好いなぁ、と想像できるんですよ。

『少数素人精鋭主義』(ショウスウシロウトセイエイシュギ)が、心地好いんです。

少数の素直な人達で、精鋭を目指すのがワシらしいし、エモーションらしいなぁと。

 

あと、たまに居るんですよ構想を描いていないのに、何かがヒットして現在の年商(年間売上)の何倍何十倍にもなる会社。

危険ですよ~っ。経営者に哲学と思想が無ければ。

 

年商数千万からスタートした会社が、数億、数十億、数百億になった会社を、端から観てると、だいたい、上場企業の出資をしてもらっている会社、まぁまぁあるでぇ。

自分達が、やって来た事業では、人数規模が大きくなったら、

そのビジネスモデルだけでは維持できんようになって来たんだと感じますね。

そうなると、何か経済を成り立たす為に資本注入してもらわないといかんようになって来るんじゃないかなぁ。

ワシは、そんな会社に魅力は湧かんのよね。

どうしてもオーナー企業じゃないから、経済至上主義にならざるを得なくなるんやないかと。

やっぱり、大きい規模を目指すなら、自前で数十億、百億企業になってほしいよなぁ

上場企業の資本なんか注入せずに、ビジネスモデルを伸ばしてほしいと願うねぇワシは。

 

ワシは年商つまり売上の構想は、あんまり無いんです。

社員一人当たりの粗利額の構想があるんですよ。究極の数値目標です。

エモーションでの夢の数値目標を経営指針書に明記しています。

年間粗利額、社員一人当たり2700万円と。

どうやったら、この家族(社員)で、この数値を稼げるか?!を、点が線にはなっていませんが、

頭に、心に、置いてます。()

だから『これやっ!とピン!』と閃くことがあるんです。

で、徐々に具現化しているんです。

 

決めるから、描くから常に想っているから、閃くんですよ皆さん。

それが達成できた時の社員の人生構想を描いて来ましたから。

何が遭ってもブレないんよねぇ、グランドデザインが確り描けているから。

遭うという漢字は、悪い事が起こったという漢字です。

だから、何が遭ってもと書きました。

 

会う、逢う、遇うは、良い事の『であい』という漢字ですから。

遇うは良い事、悪い事の両方意味合いがありますが、未知との遭遇の『遇』ですから、

悪い事に遭うと、良い事に遇うとワシは区別しとるんです。

 

漢字一つ書くにも、伝えたい意味、想いを漢字に表す習慣は大切です。

 

哲学を深める初歩は、先ず漢字の意味から調べてみてはどうでしょうか?という投げ掛けを今週はさせてもらいますね。