うちに今月末で60歳になる女性社員が居まして、

 

うちは、定年制の無い引退制なので、一旦、60歳で退職扱いをし、退職積立金を数百万円支給(正社員歴10パート社員歴8)するんですが、

 

(社員一人一人に相応しい、会社で規定している60歳で受け取る金額を、

60歳で満期になるプルデンシャル生命の積立保険を会社が全額負担で掛けておるんですね。)

 

翌月から再雇用というスタンスで、本人が引退しますと言わない限り、

終身雇用なんですねエモーションは。

 

本人の意向で2月からは短時間勤務の、パート社員になります。

 

ワシは社員一人一人の人生を昔から慮って考えて、会社の仕組みを構築して

来たから、こんな提案をしてあげました。

 

まぁ社員という立場の人達は、中々60歳以降の人生設計が思い浮かばんもんですよ。

 

だから、本人が選択できる構想を提案してあげることは、親心と言うもんやと思うとりますから。

 

『体調と自由時間と、集中した短時間勤務』のバランスが、穏やかな生活に

成るんやないか。と言い、

 

ハローワークから60歳から再雇用して、正社員時の月給が最大40%下がる

再雇用時の給料という条件ですが、

 

本人が65歳になるまで60ヶ月間『高齢者雇用継続給付金』が、

MAX額振り込んでくれるので、5年間で、こんだけくれるぞ、って話してあげました。

こういう給付金なんか、制度があっても、ハローワークから一々言うてはくれんですからね、申請やから。

 

だから、勉強しとかないかんで経営者は。社員の有意義な人生のために。

 

そしたら本人も、その生活スタイルを想像できたんでしょう、心軽やかに成った感ありです。

 

皆さん方の会社では、正社員が、一旦退職して、再雇用した場合、時給はいくらですか?

 

ワシの価値観は、正社員時の月給を月の勤務時間で割った金額を、時給にしています。

 

うちは月150時間勤務なので、正社員時の月給を150時間で割った金額を時給にしています。

 

これが『まとも』やと思うからです。

 

なのに、世間一般的な会社では、正社員が、パート社員になったら時給が900円とか千円に落ちるんは、どういうこと?って思うんやけどねぇ。

うちは、その二倍の額が時給になるなぁ。

 

今月までの勤務能力が来月になったら、劣る訳でもないし()

 

勤務時間が短くなっただけなんやから、時給は正社員時の月給を時給換算してやったら、ええんちゃう?

 

というのが香川湧慈の価値観です。

 

更に、福利厚生も充実しとると自負しておるんです。

うちより、何倍も何十倍も大きい会社でも、

 

うちのような福利厚生は、あんまり聞いた事がないんよねぇ。

 

福利厚生なのに、何か『取引』感のある内容のもんも、見聞きしますしね。

 

うちの今月、一旦退職する女性社員の場合、月額約65000円分の福利厚生でしたが、退職積立金だけ2月から省くので約42000円分は、継続です。

 

うちの福利厚生の一つに、ソニー生命の医療積立保険を全員(自由出勤のパート社員含)に、全額会社負担で掛けておるんですが、

 

社員一人一人が65歳になった時点で、掛け金満額掛け終わりで名義をエモーションから社員個人に引き継ぎする保険です。

 

65歳で個人(社員本人)名義になるので、社員が、その時点で、解約したら、

250万円になり、解約しなければ、保障が終身継続というものです。

 

だから、まぁ、60歳で一旦、退職積立金を無税(退職金は、所得税も住民税も無税で、確定申告も不要やから)

 

で受け取り、65歳で250万円受け取ることもできるので、2回退職金受け取る感覚にもなります。

 

儲かってない時期から銀行借入してでも、整えて来ました。

 

気持ちがあるんやったら、借金してでもしてやれぇっっ!って、

他の社長達に言うて来ましたよ()

 

うちは業績は悪かったから、

 

会社が銀行借入するのは事業の『着実性と収益性とビジネススタイルの持続性と発展性を包括』した事業を訴えながら、

 

銀行を理解納得共感させて行く説得力を持たないと、貸してはくれへんと思う訳です。

 

だから、振り返ってみると、哲学が深まり、事業を整えることが出来たとも言えますね。

 

まぁ以上はうちの実例ですが、

 

で、引退したい時まで働ける継続雇用やからうちは。

 

縁あって、共に人生を歩む社員は、一生面倒見るという想いを、業務に現しているんやけどね。

 

別に特別な事とは思わんのやけど『ようするなぁ、すごいなぁ。』とか言われたことがありますが、価値観が違うんやろうねぇ。

 

世の中の『社長』と呼ばれる人達の中には、

 

会社(経営者と社員と株主やお客さんや関係先さん)を真剣に心底から考えてないんちゃうかなぁと、感じる人達、多い気がするんです。

 

そもそも社長やでぇ、何で、自分が取り組んでいる事に本氣に成れん人が多いんかなぁ、と感じる人達、居るんよなぁ。

 

本氣で取り組まんのやったら、せんでええのに。と、たまに思うことがあるんよねぇ。

 

仕事も勉強も、一所懸命にならないなら、人生で『モノ』には成らんような気がする。

 

『なぜ?何のために』を理解せずして『やり方』を学んでも『もの』には成らんと思います。

 

『なぜ?何のために』が明確になると、人は成長に向かうことが出来るんやと思います。

 

その『なぜ?何のために』の理由を言葉や、文章で示せると、より相手に理解、納得してもらいやすいから、

 

今、やっている事や、やろうとしている事の『なぜ?何のために』を明らかにせよ。と、何かあるごとに、言うておるんです。

 

まぁ今週はこの辺で。

皆さん方は、真心(マゴコロ)の気持ちを、

業務に現していますか?

誰かに現していますか?

例えば『待遇の良い会社』に勤めている社員の人達に言いたいんやけどね。

どこか『してくれている事』に対して、

あなたは『真心』を現していますか?と投げ掛けさせてもらいます今週は。

真心とは、そもそも、してくれている人の想いと同じ気持ちで、

受けていますか?っちゅうことなんです。

相手の心中を察する心を持って、その想いと同等の気持ちで受ける心を、ワシは『真心』や、

と言うとるんです。

してくれて嬉しいわぁ程度の気持ちじゃ、

単に『ラッキー😃💕
では、いかんのやでって。

相手のしてくれている心中と同等の気持ちで返事する、想いに応える。

これが、真心で接する。真心を現す。

ということやと思います。 

そういう人間としての『深み』を養成していかな、皆さん、子供ちゃぁうんやでぇ()

と、脳裏に浮かぶことがあるんです。

中々自然体で『相手の気持ちと同じように』

に、成っている自分の心持ちって、

成っているようで、成っていないかも分からんですね。

してくれる相手と同じ想いのレベルで、受ける側の想いも同じレベルでないと、

真心と真心の付き合いには、成らんのよ。

真心と真心を釣り合わすことを『真釣り』と言うんやけど、

つまり『祭り』なんです。日本語の由来から言うと。

『人生は、お祭りだ』の真の意味は、

真心と真心を釣り合わしている生活を、本来言うんですよ皆さん。

全国各地に昔から祭りが、行なわれていますが、

単に、ワイワイ騒いで踊ったり、酒を飲んだりするのが祭りじゃないんよね。

祭りという行事を通して、人間と人間の真心を釣り合わす神事なんです。

神さんは、祭りを通して教えているんやと感じて来たし、

その何者か分からん偉大なる、与えてくれている存在の想いに報いる気持ちが、真心ちゃうかなぁとも感じる訳です。

そういう気持ちでいる心持ちを『謙虚』って言うんちゃうかなぁ。

自分で、出て来るメッセージを読みながら、

ワシも
『なるほどなぁ』と学びを深めておる次第です。

自修ですね。

この『謙虚さ』を、
どう、待遇の良い会社の社員達に、備えてもらえるよう風土を創って行く先導者が、

経営者です。

社長の皆さん、経営者に成るよう自分の心を向けていますか?

社員の皆さん、先に言いました『謙虚さ』に心を向けていますか?

人間関係は権利と義務だけじゃないんです。

責任と感恩の関係。

つまり、真心と真心を釣り合わす関係やと、メッセージさせてもらいます。

先週の金曜(18)は亡き師匠の27回目の命日でした。

 

新年に当たり、そう言やぁ、師匠の『悟りの句』は

 

『岩もあり、木の根もあれど、さらさらと。水は流るる、たださらさらと。』

 

だったなぁ、と頭をよぎりました。

 

あぁ、自分もこの心境で歩もうかなぁと、なぜか、ふと思い浮かんだんです。

 

ずっと信念を持って歩んで来ましたが、

 

信念と頑固は紙一重。

 

ついつい知らず知らずのうちに、信念を貫いているつもりが、

 

ひょっとしたら、頑固に陥ってないか?

 

自問自答する心の習慣を持たな、いかんわなぁと、ふと思った訳です。

 

だから、師匠の悟りの句に照らしてみたら、

 

自然体で、流れるままというのも、人間成長かなぁと感じたという訳です。

 

ただ、ここで感じたのが、今まで歩んで来た行動が『人の道』に照らして恥ずかしくない歩みをして来た自負があるなら、

 

流れるままで、心穏やかに『あらゆる環境』が上手く行くやろうなぁと感じます。

 

逆に『人の道』に照らして反した歩みをして来た人は、

 

流れるままに歩むと、それこそ『ど坪』に向かって行くんちゃうかなぁと。

 

もし、こういう思いのある人は、今から、考え方を改めて『人の道』に照らした歩みをすれば善いんです。

 

頑固に陥りそうな自分の我を抑えること。それしか、前には進めん気がしますねぇ。

 

今年から九星氣学というものによると、流れが変わる節目の年らしいです。

 

『風』の流れに、今年からなったようです。

 

正月早々、師匠の悟りの句が浮かんだことを考えると、何か『水は流るるたださらさらと』と、

 

『風』の流れが始まった年という共通のような感じがしたんよね。

 

だから、たいていの事は、流れのまま自然体で行くのが善いかなぁと、

感じておる次第です。

 

皆さん、何か頑(カタク)なになっている事やモノがあるなら、

一旦『自然体の流れ』という観点に立って、

 

見つめ直してみては?

 

というメッセージを今週は贈ります。

 

今年最初のメッセージはエモーションの令和三年の年間スローガンと、

今週思ったこと。

 

毎年、正月三が日の間に社長のワシが、年間スローガンを書いて壁に貼り、

毎朝の朝礼の最後に、皆で唱和しております。

 

一年間、出勤した日は毎朝唱和をしていますが、

 

どこの会社でも陥るであろう『お題目』に、ついついなってしまい勝ちなところを、

 

お題目にさせない風土が大切だと肝に命じてせないかんのです。

 

うちの、今年の年間スローガンは、これにしました。

 

『人格は、本を読んだから、何か研修をしたから磨かれるものではなく、

仕事に向き合う姿勢でしか、磨かれない!

 自分の心の姿勢と行動だけが、自分の将来を創る。一流とは、隅々にまで行き届いていること。今日一日、一流をめざす❗❗

 

です。

 

社長はじめ、社員一人一人が、日に一度でいいから『一流をめざすんだ』と毎朝心する習慣が、とても大事で大切やと思うんです。

 

皆さんの会社では、

社員一人一人に、一流をめざす!と心を向けさせる努力を習慣化しとりますか?

 

せな、いかんで、ほんまに()

 

ということを年頭に述べまして、今週思ったこと。

 

商売のセンスは年齢ではないなぁとつくづく思います。

 

見た目は、何か頼りない感じに見えてる若い経営者でも、商売のセンスあるなぁと感じる人、おるんよなぁ。

 

でも、若くして商売センスがある人が、将来も善いように成っているか?

 

それは社長自身の誠実さに左右されるんやないかなぁ。

 

社員想いか否かで、運が味方するかどうかに分かれるんやと感じます。

 

だから、若くして商売センスがある人も、

 

若い時は商売センスがなく、ある程度年輪を重ねて、商売センスが身に付いて来る人も、

 

『誠実さと社員想い』

 

この二つを、自然体で維持出来ていれば、実は、運が味方してくれるんやないかと思う訳です。

 

自分は、誠実で社員想いなのに、運が味方してくれてるとは思えへんのやけど、と思っている人や、

 

自分は商売センスはないわぁと感じている人に、言わしてもらいますね。

 

それは、たぶん誠実さが欠けているか、社員想いと思っているだけで、

社員想いの行動が出来てないのよ。

 

人生、勝負は後半にあり!

 

36年前から思って来たことです。だから、焦らない習慣が身に付いたんやと感じます。

 

普通、こんな危機になったら焦るやろっ。と皆が感じることに遭っても、

焦らなかった習慣が身に付いていたのは、

 

人生、勝負は後半にあり!と信じ切って来たからやとしか、思えません。

 

皆さん、自分は信じてたのに、、違うやん、と思ったことがある人に、

 

それは、信じ切っていなかったんです。

 

そういう人の、信じるとか信じないとか、っていう心境は、自分の都合で言うてるだけなんです。

 

『信じる』って言うのは、自分の都合じゃないんですよ。

 

如何なる状況になっても、我れ悔いなし!の心境になれないならそれは、

信じていたとは言えません。

 

信じ切れるものがある人は、心救われます。そして自分らしく生き切れるんじゃないかなぁと。

 

商売センスのある人も商売センスのない人も人生、勝負は後半にあり!と考え方を変えてみてほしいという願いを注いで、

 

今週のメッセージにします。