他社の社員から『聴いていいですか?』って、相談されることがありますが、今週こんなことを相談されました。

 

その会社が新規事業を始めているのが、中々お客さんが付かない。

香川さん、どう思いますか?と言うので、

 

すかさず、こう言いました。

ストーリーが無いわ。と言うと、○○君がストーリーって何ですか?と聞くから、

 

こう話しました。

 

何で自分とこの会社がやらないかんのか?という理由や、今の本業からの新規事業へのストーリーが無いやん。

 

本業との関係性が見出だせんから、本業のお客さんに興味が湧かんのとちゃう?

何の為に、この事業をやってるのか?意味が伝わらへんやん。

 

だからお客さんは『へえ、こんな事始めたんや。あんまり興味無いけど。』

って感じとんちゃうの。

 

事業は、大義名分がないと、意味を成さんのよ。大義名分って分かる?

何の為に、それをやるのか!という理由や。

何で、自分とこの会社が、この事業をやらんならんのか!という、ストーリーや。

 

広告には、哲学が要るんよ。

広告は本来、お客さんに対して自分達が一体何を、どういう風に考えて商売しているか、という意見の表明が出来てなかったら、いかんのよ。

広告は、その会社の魂の叫びなんや。それが全く伝わってこうへんやん。

 

値段がこうで、こんなサービスしてます。だけやん、自分とこの新規事業のPRは。たぶん、社長の○○君に芯が無いんちゃうかなぁ。

 

現状ではいかん!という不安感から、その話があった時に、飛び付いたんちゃうか?

不安感は持ったらいかんのやで、分かる?危機感は、常に持っとかないかんのよ。

不安感と危機感の違いや区別くらい解らな、経営が充実せんのやけどなぁ。

社長の○○君は、深さが無いんよ。軽い感じがするなぁ、言うたら悪いけど。

年齢やないんよ人間の器量の深浅は。

 

これ始めるのに初期投資もいったやろうし、毎月毎月、費用掛かる感じやし。

で、社員である自分はどう思とん?

 

と言うと○○君『何でこの事業始めたのか?よう分からんのです』と言うから、そりゃ○○君、いかんわぁ。

社長の考えを何で聴かんの?社長の考えを理解しよとする心の姿勢が大事なんよ。

そもそも、社員が理解し、納得し、共感して事に当たるから躍動があるんやんか。

理解しようともせず、納得も共感もしてないというか、他人事(ヒトゴト)やないかぁ。

それは、いかんわぁ、○○君。卑怯やでぇ。

 

と言うと○○君、何で卑怯なん?って顔に、一瞬なってました()

 

昔の時代劇見てみい、有能な家臣言うんはやなぁ『殿恐れながら』と自分の

意見を進言するもんや。

封建時代やから、切腹覚悟の進言を有能な家臣は、やっとったんやで。

命懸けやで。

自分、命懸けで社業に向き合っとるぅ?

 

仕事は、命懸けるから魂が躍動するし、そうせんかったら、自分の魂、傷付けとることになるんやでぇ。

そういう捉え方してみてん。運が味方してくれるから。

 

○○君、全体の発展の為に、自分が社長ならこうする。という意見を言う勇氣を持たな。

○○君が、反対の立場の社長やって、社員に他人事扱いされたら、どう思うん?嫌やろう。

 

チームワークに成ってないやん。

甲子園優勝するチームは、チームワークええと思うけどなぁ。

チームワーク悪かったら、甲子園で優勝はできんやろぅ。

 

また、社長の○○君もいかんわぁ。

新規事業やるんやったら社員に、理解と納得させる説得力を持って説明せなぁ。教えざるの罪を犯しとるわ。

 

あと、その事業をココの場所でやるのが、

魚が居らんと言うか、少ない釣り堀で、釣りしてるようにワシは感じるんやけど。

釣り堀屋の会社に毎月毎月金払って、少ない魚やのに、よおけ魚が居る思って、釣りしよる感じやなぁ。

 

的を射てないと思うなぁ。的外れになっとりゃせんかぁ?

単に、この事業儲かるんちゃうか、と安易に思ったんやろう。

本業でもまだまだお客さん増やさないかんのに、本業以外の事業に手ぇ出して、上手く行くはずないやん、そもそも。

 

新規事業というのはやなぁ、本業で社員全員の給料が充分出てる会社が、

新たな顧客開拓や継続的な安定収入を得られるであろうビジネスを新規事業とするもんなんや。

それが、本業から派生した理由がストーリーとして、お客さんに伝わるようにせないかんのよ。

本業で社員の給料が充分出てるとは言えない状態でも、

本業から派生した的を射てる事業なら、チャレンジに値するけど。

 

まぁ、一番大事なんは自分の心が震えるほどのやりたい事なんか。ということやわ。

心震えてもないことに投資して、どうすん。時間と金が無駄になるで、

そやろ()

 

ワシが前に言うて、○○君にもワシの『経営指針に取り組むということ』の

綴りを渡したやろ?渡してなかったっけ()

渡してなかったら今度渡すから、何回も読んでん。何回も読みこなしてるうちに、整理が出来て来るから。

 

社長も社員も、自分の人生の指針をトコトン考えなぁ。

○○君の人生の経営者は誰や?自分やろ。

経営の指針言うんは、経営の『あらゆる概念を整理する取り組み』なんよ。

 

縁あって、この会社で働っきょんやろ。心の手を抜いたらいかんでぇ。

業務の手は抜いてないと自分(○○)の仕事振り見てて、分かるんやけど、

○○君の『心の手』を抜いとるわ。

思うとんのに、全体の発展の為に自分の意見を社長に言わんのは、

卑怯者(もん)や。

 

新しい事業を始めたり出店するんは、まぁまぁ簡単に行けるもんや。

退店や、やり出した事業を止めるんは、中々できん人が多いんよ。

経営の概念整理に取り組んだことが無いんやわ、そういう人は。

 

的を射た戦略を、よおに考えんと、ピントがズレとると思うわ。

(ひん)すれば鈍(どん)す。に、なっとんちゃうかぁ。と言いました。

 

そしたら○○君『ひんすればどんす。ってどういう意味ですか?』と言うから、○○君、貧すればは、お金の貧乏してたら、と言う意味よ。

 

で、ここで分かれ目になるんよ。

お金の貧乏していても『心は錦』でなかったらいかん!鈍するっちゅうのは、心まで貧しくなっとるということよ。

金で貧乏しても、心まで貧乏になったらいかんのよ!と言うと、

○○君『鳥肌たちました!』と言うた会話でした。

 

で締めに、こう話しました。

 

雨降って地固まる。って分かる?全体の充実発展成長につながると思えることを、大いに議論するんよ。

それが、ミーティングなんや。

 

何もミーティングは、皆んなで集まってするのもミーティングやけど、

時には日報に感想書くとか、手紙書くとか、でもええんや。

形より心や、なぁ。

 

周囲が見たら一見、喧嘩してるように見える言い合いでも、言い合いやないんよ。

より善くする為に議論し合うことを、雨を降らす。と言うんよ。

 

だから、地が固まって行くんよ。雨降らさんかったら、地なんて固まらへん。

ただ、その会社のメンバーが、社長と縁が深いか、浅いかは、あるんやけどなぁ。

 

縁が深い者同士じゃないと、やっぱり心は通じ合わんと感じるんよなぁ。

これが、運命なんやろうなぁ。

巡り合わせや縁の深浅は人間には分からん。何となく感じることは出来るけど。

 

だから、自分の意見はハッキリ言う、言えるということが、目に見えない縁の深浅を明らかにして行くんよ。

○○君、自分がよう雨を降らさんのは、勇氣の欠如やなぁ。

 

あと、意見を言う時は『筋が通ってること』と『涙があること』なんよ。

お前の言葉に、筋が通っとるんか!涙はあるんか!っちゅうことなんよ。

そうせな、理解は出来ても共感は無いんよ。

 

今の国会中継見てん。野党は批判ばっかり、そこに涙やないやん。

情があって初めて他人(ひと)に伝わるんよ。

ちょいちょい地を固めて行かんと充実した人生を、会社も社員も歩めんと思うけどなぁ。

うち(エモーション)は、ちょくちょく雨降らすよ。

だから、地固まって来たんよ。

社員全員の、充実した人生の為に、これからもどんどん、雨降らすでぇ。

そうせな人間皆、成長せへんからなぁ。

大いに雨降らして地、固めな!○○君頼むでぇぇっ!って締め括りました。

経営者が学び合いをする会にせっかく入会しているのに、

自分のしょうもないプライドや見栄を脱ぐえ去れない人、

多い気がするんです。

 

『学び合いの会』というのは、しょうもないプライドや見栄を脱ぐい去る勇氣を培って行くから、

吸収できるもんなんやけど、吸収出来てないんちゃうかと感じる社長や

後継者、多いと思うなぁ。

 

例えば、経営のピンチ

(売上激減や銀行借入のピンチ状態や社員の反乱とまでは行かなくても、

社長の気持ちを理解しようという気はサラサラない社員等)

に、陥りつつある状況なのに、

 

その会のメンバーの誰かに、自分の恥をさらけ出して、相談できる相手を一人や二人作るくらいの人間関係を持てない社長や後継者。

 

それが出来ないんは、その会の活動を、しょうもないプライドや見栄を取り

払えないまま『意氣に感じる』域にまで取り組まんから、

信頼関係が出来ないんです。

 

ただ精力的に活動するだけじゃ、いかんのです。『意氣に感じる域』に達しての活動じゃないと。

その会の目的、本質を追求する行動をせんから、意氣に感じる域に行かないんやと思う訳です。

人生、すべてエッセンシャル。本質を追求せな、充実には至らんと思う訳です。

 

自分の『ゲスト意識と行動』が、(積極的に関わろうとしない姿勢をゲストと言うんです)

必ず自分の会社で現れて来るのに、気付きもしないんよ。

 

しょうもないプライドや見栄を取り払って、トコトン活動しているにも関わらず、意氣に感じないなら、止めたらええのよその会を。

 

なのに、本質を追求しようとキャスト意識で活動せん人達が『忙しいから』という理由を言い訳にして、

商売につながらんからという内心のくせに、体(てい)の良い言い訳で止めて行く。これをワシは『もったいない』と言うとります。

 

本質を食べてもないのに、美味しくないと言う。美味しくないから食べない、止める。と同じなんですよ。

 

また自分の会社がピンチに陥ってしまってから、相談する人も居りますが、

結果相談でなく、中間相談せなぁ。

 

何の為に『学び合い』の会に入ったん?

その会のメンバーと、心を裸にして、人間として深く関わり合わな信頼関係なんて結べへんと思うんです。

 

自分の会社の『社員との人間関係』を経営者仲間に相談できる間柄が大事なんですよ。

会社も一緒や。社員と人間として深く関わり合う信頼関係こそが、経営力を高めるのに、そこに全身全霊を懸けようとしない社長や後継者。

 

だから商売は行けてても、ストレスが溜まり悶々としてたり、

やがて、その商売が傾いて行くんとちゃうかなぁ。

 

会社の中には、人間として出来た社員も居れば、人間として不届きな社員も居るもんですよ。

不届きとは、自分の金の損得しか考えない、楽な勤務のことしか、考えない、社長の気持ちや考えを理解しようとしない社員のことです。

 

だから経営方針をハッキリ発信せないかんのです。強烈で熱烈な発信を。

 

経営方針というのは、当然『筋』が通っていることが大前提です。

筋が通っているということは、人の道に敵(かな)っているということ。あらゆる業務に、筋の通った方針をハッキリさせて行くんです。

あらゆる業務に人の道を現して行くんです。あらゆる業務に、ですよ。

 

電話応対、帳簿記帳、社員間のコミュニケーション、隅々にです。何ぼでもあるでしょ。

 

人の道を業務に、方針にして行くと、自分の損得しか眼中に無い社員は、

居心地が悪くなって、自分から辞めて行くもんです。

逆に、その方針が居心地の良いと感じる社員は、益々共感してくれるもんです。

 

それを『仕組み』と言うんです。

仕組みが先か、教育が先か、と相談されたことがあるんですが、

すかさずワシは『仕組みが先や。仕組みが出来てると、教育がしやすいから。』と言いましたね。

 

会社が傾く99%の原因は社長一人に、あるんです。しょうもないプライドや

見栄が、その要因のほとんどです。

社員の内面に全身全霊で向き合う勇氣の欠如です。

 

実は今週、経営者仲間から『香川さん、会社のことで相談があるんやぁ、、、』と、

相談事を聴いてアドバイスしましたが、本人に言うた内容を、

このメッセージを読んでいる『社長』の皆さんにも、自分に置き換えて読んでみて下さい。

 

こういうことをです。

会社の借金のことを、社員にオープンにしてますか?何の為に借金しとるんか、説明してますか?

 

会社はちゃんと儲かってるんか、赤字なんか、ちゃんと説明してますか?

赤字なのに、ボーナス出す為に銀行借入してる社長おるでしょ。

そんなことしたらいかんのよ!

給料は、借金してでも出さないかんけど。

 

ボーナスは権利やないでぇ、言うとくけど。社員皆が仕事に励んで利益が出たから、出すもんがボーナスです。

キャッシュが赤字なのに、賞与というのは、有り得ないんです。

だいたい、夏冬のボーナスなんて出すなっちゅうんです。

 

毎年ボーナス出してたら、社員は『生活給』になってしまって当てにしてしまうんです。

どうすん、突然業績が悪くなって、赤字でキャッシュが無い状態やのに。

 

出すなら『決算賞与』にせえっ!と、聞かれたらいつも言うて来ましたワシは。

決算賞与は、当てにしないし生活給とは思わんのよ、まともな社員は。

これこそボーナス感が湧くのよ。

また決算賞与は、社員皆のチームワークにつながるんです。

 

社員の総合能力は給料で差を付けるんです。ワシは、そうしています。

この『総合能力』の定義を社長はキチンと決めていなければいかんですよ。

そしてその定義を社員が『なるほど』と感じてもらえるものを。

 

社員に対する総合能力とはどういうことを言いますか?概念整理せよ。

皆が共感できる定義を明らかにせよ。です。

 

そういう事をイチイチ整理し、明文化することを経営指針に取り組むと言うことなんよ。

決算賞与は、全社員のチームワークで勝ち得たものやから、年間の勤務時間で公平に割って分配したらええのです。

能力の差は給料で付けとんやから。

 

全社員(パート社員もやで)で、その人の年間勤務時間で割って分配したら公平なんやから。

社員が、理解納得そして共感してくれる説得力を持たな、経営者とは言えんのよ。

 

社長も社員の人達も、人生の課題ってあるでしょ。

 

その課題を『人の道』そして『家族』に照らし合わせて考えたら、解決の糸口が見つかるんです。

 

なぜなら、人の道や、家族は本来『利害』を超える間柄だからやからです。

 

利害つまり損得感情を超えた存在に成らないと、信頼関係って結べないと思うんです。

 

もっぺん言います。

 

人間として深く関わり合う信頼関係こそが、経営力を高めるんですホンマやから。

 

会社を潰さない為にも社長も社員も、人の道に則った、

人として深く関わり合う行動をしてほしいと願うとるんです。

 

あ、そうそう、その相談者に、これも言いました。

 

その『不届きな社員』にワシも頭に来た()から、そなな人は社員やない!

会社の一員、仲間やない。辞めさせえ。他の社員も迷惑になるでぇ()って。

 

そしたら○○さん『もう辞めさせた。』って言いました()

ほんでも、その原因は○○さん、○○さんが悪い!

 

会社の借金のこと社員にちゃんと言うとん?

言うてないから、社員は会社はようけ(沢山)儲けとるのに、ボーナス出せよ。って社長に向かって言うんやで。

全然儲かってないのに勘違いされるんよ。社長の人柄や行動を解っている社員は、言わんでも解ってくれると思うけど。

 

まぁ、色々大変やけど済んだことより、今からどうするかや。

一旦更地にして、建て直しせな、また砂上の楼閣になってしまうでえ。

共感してくれている社員達と共に、着実に再構築して行ったらええのよ。

それが出来得るビジネスモデルなんやから。

 

そして銀行にも再建構想を丁寧に説明して行くんよ。

社長の気持ちを、考えを、理解しようとする社員達ばかりなら、

着実に積み重ねて行けて、耐震構造ができ、未来が拓けて行くでえ○○さん!と話したんです。

 

共感してくれている社員と共に業務をして行くことを『仕事』と言うんです。

だから、仕事は気分がええもんなんですよ。

皆さん、業務を仕事にしていかなぁ!ホンマですよぉ。

 

新聞やTVニュースでよく言われている、世間で言うパートタイム勤務の社員を、非正規雇用という言い方は間違いやと思うんやけどね。

 

勤務時間が短時間勤務だけで、何で正規雇用じゃないのか?

同じ会社の社員なのにね。意味が分からん。そう思いませんか?

 

派遣会社から派遣されている社員は、まぁ、その会社の立場では、

非正規社員ですが、

 

直接雇用している短時間勤務のパート社員を何で、非正規と言うのか?

それこそ差別やないかと思うわぁ。

 

マスコミの哲学の無さを感じる。

 

何事も『人の道』ということを判断基準にしたら、呼び方や考え方や施策も

情が通うというか、心温かい関係が、成り立って行くのに。

 

会社というのは親心を持たないかんのよ。親心を持って、施策を実施するから、フルタイム勤務の社員も短時間勤務の社員も年月は掛かるやろうけど

『伝わる』んです。

 

人間関係の充実はこの『伝わる』ということじゃないかと思う訳です。

 

伝わらない関係というのは、そもそも、情が通いにくい規模にするから、

人の道が社業に現すことが出来んなるんも、また事実やわなぁ。

 

成長企業じゃなく、膨張企業が多過ぎる気がします。

 

『成長』の定義を今一度、考え直してほしい会社、ようけ(沢山)あるように思うんはワシだけでしょうか。

 

ワシは、成長とはこう思うんです。

 

人間を考えたら分かると思うんやけど。

 

赤ちゃんは、20年経って、世間は成人と言いますが、二十歳になったから

『一人前』とは認めてくれんでしょ。

 

二十歳から『何か』に一所懸命取り組んで、まぁ十年、一つ事を為していると、まぁまぁ、世間からは一人前扱いされるとも言えます。

 

つまり生まれて20年経って、それから何か『一つ事』を十年一所懸命取り組んで、やっと一人前。という考え方です。

 

だから、会社に置き換えると、未だ心底から打ち立てた経営の指針が無ければ、真の意味で、生まれたことには成らんと思うんです。

 

だからワシは、事あるごとに『経営指針』に取り組みながら、

己れの良心に向き合い、経営のあらゆる概念を整理する取り組みをしたら、

ええのに。と話しておるんです。

 

会社設立して30年だとしても、一人前じゃないという考え方です。

 

人生の生きる意義目的が、個人も会社も生きる基盤なんですよ。

意義目的の芯が無いから、マスコミや他人の言うことに振り回されるんよ。

 

自分の芯に成る判断基準が無い人や乏しい人は、あんまり情報を入れん方がええですよ。

 

情報は、判断基準を確り持っている人が入れるのが、幅が広がるんやけどねぇ。

 

自分の判断基準を持つには、自分の考えを、よくよく考え抜いてゆく習慣を

持つことなんです。

 

考え方を考えることで哲学が形成されて行きますから。

 

コロナに関する様々な発言も、批判が多過ぎる感ありやわ。

批判するなら、対案を出せ!なんよ、人の道に照らすと。

 

自分が、総理大臣ならどうするんか、対案を出さないんやったら、批判したらいかんわ。

 

相手の立場に立つ訓練に成るんよ、対案を考えることは。人間が出来て来ると思うけどなぁ。

 

公転の中の自転しか、躍動は生じないんです。

 

どういうことかと言うと、地球は太陽の周囲を廻っています。これが、公転。

 

公転しながら、自分でも廻っているのが地球なんです。つまり、自転。

 

だから現在生物が活動している星は、地球しかないんちゃうかなぁと感じてます。

 

月は太陽の周囲を公転してますが、自転してないんよ、ね。

だから生物は活動していないというのが現代の科学です。

 

あなたの人生を、何事も『公転と自転』ということに置き換えるんです。

 

会社の方針が公転。社員が方針を理解納得して実践しながら、自分も考えながら業務を果たしている状態です。

 

言われた事をするだけでは、公転のみやから躍動は無いんです。

躍動とは、あなたの魂が輝くということ。

 

自分なら、どうするかを考える。自転せな。

 

全員の充実の為に、公転しながら、自転する集団が、真の国家であり地域であり、会社であり、家庭なんやけどねぇ。

 

会社の方針を理解しようともせず、自分勝手に業務をやってるのでは、

自転だけやから、これまた、躍動は生じないんです。

 

ワシが所属活動している『同友会』でも同じなんです。

 

支部の執行部の方針を理解しようという思考が大事なんです。

 

意見が異なるなら、活動の理想像に対して大いに議論することが『雨降って地固まる』になって行くんです。

 

意見が合わないから、自分は参加しない。こういうことをやっていると、

自分の会社の社員に、反映するで。

 

自分が違う場所で行動した事が、回り廻って自分の会社に反映されて来るんよ、ほんまやでぇ。

 

公転の中の自転が、幸福の原点なんよ。批判するなら、対案を出せ!

 

お前なら、どうするんやっ!己れの意見を述べよ。です。

 

その意見は全体の幸福や、充実につながるのか?を考え抜かな、いかんのよほんまに。

 

あぁ、言うときますが自転には、軸が無いと自転出来ないんです。

軸つまり、生きる意義目的です。己れの哲学が軸です。

 

公転の中の自転。さぁ、皆さん。よくよく考えてみてほしいと思った今週でした。

 

  

他人(ひと)の心の苦しみや悩みは、その本人しか、分からないもんやと思います。

 

心中を察して、想像してあげることは出来ても、その想像したことが、

的を射てるかどうかは分からんもんです。

 

また、その人に何か役立つキッカケになればと、何かしてあげても中々、

それを受け入れる心境になれない人も居るように感じます。

(これはもはや精神的病いやと思いますが)

 

結論は、どんな苦しみも悩みも、己れの心で克服して行くしかないというのがワシの価値観です。

 

そして、しょうもないプライド、見栄を自ら捨てない限り、人生行き詰まるようになっとると思うんです。

 

縁あって他人があなたの何か、克服できるキッカケを親切心(ごころ)で、

作ってくれているにも関わらず、

 

自分の欲求が優先してしまう人は、多い気がします。

 

欲求とは(自我が強過ぎて)自分が『第一に知りたい事』のみ発散してしまっているクセのことです。

 

よく、テレビドラマで言うてる『ただ真実が知りたいだけなんです』みたいな。そななん知らんでええんちゃう!()

 

そういう人の大体は、

 

その『知りたい』心境というのは、被害妄想の心のクセ。とも言えるんじゃないかと感じることがあります。

 

自分のことを何か善からぬことを言われてると思っているから、何か、言い訳したいんでしょうか?

 

その人に瞬間的に頭に来たから、責めてるんじゃないの?その人を責めても

仕方ないのに。

 

その被害妄想のクセを心の持ち方で払拭するしか、あなたの心は晴れませんよ。

 

どんな想いで、他人であるあなたに、キッカケを作ってくれているのか?

に先ず、心を傾けな、

 

いつまで経っても、あなたの心の苦しみや悩みは、スッキリせんと感じるなぁ。

 

例えば以前、誰かがワシのことを良く言っていないと言うことを、

ワシに親切心(ごころ)で言ってくれた友人がいましたが、

 

誰が?何を?どんな風に言ってたんか、聞きたい気持ちも一瞬過(よぎ)りましたが、 

 

ワシは何も聞かず、言い訳も発せず、ただ『ありがとう』と返事し、握手しました。握手ですよ、握手()

 

一切、聞き出すようなことはしませんでしたね。

 

皆さん、ワシはココやと思うんです。

 

イチイチ聞くなっ!というのが香川湧慈の価値観です。

 

聞くより、自分の心に潜在している二つの心に、気持ちを向けることが大事で大切やと思うんです。

 

二つの心とは、卑しい心と、誠実な心です。

 

人間は誰しも、この二つの心を内在しているもんやと思います。

 

己れの良心で、内在する卑しい心に打ち克つしか、苦しみや悩みは克服して

行かんと思うなぁ。

 

苦しみから逃るる道は苦しみ切ること。

 

苦しみ切ったその先には『スッキリした心』が待っているんだと感じます。

 

言い訳したい気持ちは分かりますが、

 

言い訳の心が浮かぶようじゃあ、あなたの心の苦しみや悩みは解消されんような気がします。

 

苦しみの海に溺れたまたやでぇ。

 

観念する。苦しみ切ることで、溺れた状態から逃れられるのに。

 

誰にも備わっている心の良心を発露する毎日を心掛けませんか。

 

言い訳の先に、スッキリは、ありません。

 

誰しも、誤解されることはあるんですから。

 

だいたい、誤解する人というのは、あなたとじっくり話した体験の無い人達やと思うんです。

 

自分の人間性や価値観のことを、よう知らん人達なんやから、

 

そりゃ、誤解されても仕方ないという一面はありますよ。

 

イチイチ被害妄想に陥るより、

 

自分の良心に心を向ける習慣をワシの縁ある人達には、持ってほしいなぁと思った今週でした。