『経営指針を創る会』が今週ありまして、ずんやり8時間。

 

何のために経営しているのか?という問いに『自分のために経営しています。』と言った受講者が一人いて、

 

周囲から、やんやん言われていましたが、ワシは、こう言いました。

 

『いや、ワシも自分のために経営しとるし、うちの社員達にも自分のために

仕事せえよ。

自分の魂が輝くために仕事せないかんで。と言うて来たで。

で、自分のために、というのが、周囲が応援してくれるものなら、ええやないの。また、応援してくれるもんじゃなかったら、自分勝手になるから、いかんわなぁ。』

 

って。

 

社長の考えを社員達が理解し、納得し、共感して、チームワーク宜しく、

経営目的を果たして行こうとしている状態を『仕事』と言うんです。

 

で、社員皆が、自分の魂が輝くために仕事している人達の集まりが本来

『会社』やとワシは思うているから、

 

そこに全身全霊を傾けてるんですよワシは。

 

社員一人一人の魂が輝かんかったら、意味が無いんよ、会社は。

 

なのに、そういうことに想いを寄せていない重要視していない社長達、多いとしか思えんのよ、残念ながら。

 

何でか?と言うと、

 

社員への待遇(給料や福利厚生や勤務体系等々)が、社長の気持ちの現れやからです。

 

気持ちを数値にすることを、してない会社、多いんよなぁ。

 

大体ワシは、こう言うてるんですよ、心中を窺う為に。

 

10年後、社員全員に何ぼ給料出してやりたいん?』って。

 

で、即答した人は、社員に対する人生の充実を願う想いがある証拠ちゃうかなぁ。

 

出来る、出来ないじゃなく、気持ちを数値に現してみぃ!ってよく言います

ワシは。

 

気持ちがあるんなら、社員がその数値を見て『ホンマですか👀👀』と思わず、ほくそ笑むような将来像を書いてやったらええのに、

 

書いてないんよ。⤵⤵

 

何ぼやりたいのか?と聞いてるのに、

 

スグに『いくら』って発することが出来ない人、いや、発したくないのか?

 

社員の人生の充実なんて思ってもみたことが無いんやなぁ、この人は。ってワシは推測してしまうんです。

 

創業者って、大体が、我が道を行く。なんですよ。

 

で、その社長に長年付いて来ている社員ってのは、まぁ、社長と縁が深いのは事実やろうけど(縁が薄かったら続かんやろうし)

 

そのワンマン経営者の言動に、忍耐できる人が、長年付いて来てる訳です。

 

忍耐ができん社員は、当然、辞めてるやろ。

 

ワシが思うに、社長が頑固に見えるのに、付いて来ている社員というのは、

 

実は社長の『信念』を何かしら感じてるんやと思うなぁ。

 

社長の信念が、社員達の『人生の充実』につながることに一所懸命だと感じるところが、

 

頑固さに勝っていると感じるから、付いて行くんじゃ、ないやろうかねぇ。

 

当に、家族想いの頑固な父親と同じ感覚やと思う訳です。

 

『頑固さ』しか感じてなかったら、たぶん、辞めてるはずです。

 

その信念に、何かしらの自分に対する愛と情を感じるところがあるから、

ワンマン経営者に付いて行くんやと感じます。

 

そして『キツい言葉』よりもやねぇ『優しさの行動』が勝っているから付いて来ているんだと思う訳です。

 

人間関係、大体そうやないやろうかねぇ。夫婦関係も、続いているというのは、そうやないやろうかねぇ。

 

人間、言い分はお互いあるんやろうけど、

 

言葉より、実際やって来た行動の方が実績になって、ちょい勝ってるから、

有り難みを感じるんちゃうかなぁ。

 

言葉は、その人の生まれ持った性格がかなり影響しますから、

 

『三つ子の魂百まで』と言われているのも、性格は、たぶん、一生変わらんもんやと捉えるのが、自分が頭に来ない方法です。

 

それより、

相手が『何を言うてるか』より『何をして来たか』という行動を見たら、

相手の心中が窺い知れるもんです。

 

言葉より行動です。

 

信念と頑固は紙一重やからね。世の中大体『紙一重』やないやろうかねぇ。

 

信念と頑固。伝統と因習。優しさと甘やかし。厳しさと怒り。

 

人間に寿命があるように、縁にも寿命があるように感じて来たんです。

 

この感覚は、良好な関係でも突然、縁が切れた体験をしたことが無い人には、中々理解してもらえんかも知れんですが。

 

ワシも実体験ありますから。縁が切れた理由なんて考えても仕方ないんです。

 

だから、そういう状況になったとしたら、覚悟したらええのよ。

 

理由なんて考えんでええんです。

 

向こうの世界で、何でか知らんけど、縁の寿命が来たんやなぁと覚悟したらええんです。

 

この世のことを神道や仏教では『現(うつし)()』と言います。

 

先に、向こうの世界での出来事が、この世(現実の世界)で現れるんです。

 

皆さんの中に、仲良かった人との間に死別じゃない別れがあった人もおるでしょう。

 

向こうの世界の縁に寿命が来て、この世の縁が切れたんです。

 

くよくよせずに、何事も人間の考える範疇を超えた寿命があるんだと捉え直して、歩んだらええのです。

 

あぁ、ちょい話が逸れました。

 

今週言いたいのは『本来、会社は』を、言いたかったのです。

 

経営者の考えを、理解し、納得し、共感にまで至って、チームワーク宜しく、経営目的を果たして行こうとしている集合体なんだ。

 

そもそも社長の皆さんは、社員達に経営目的を、理解して納得してもらう説明や行動をしていますかねぇ?

 

全身全霊を傾けて。

 

そして、それが社員の魂の輝きになって行くものなら、共感を得れると思うんです。

 

全身全霊懸けて説得しようとしても、社員の人生の充実や、輝きを心底願っていないなら、

 

共感はしてくれへんのですよ。

 

理解、納得、共感。これキーワードです。

 

経営者は人体に例えると『脳』です。

 

社員は、心臓であり、肝臓腎臓、手や足なんです。

 

脳が正常に働いていれば、臓器や手足は体調良く働くもんです。

 

大体、毎日の業務は、社員達がチームワーク宜しく活動して、こなしてくれてますから。

 

もし、社員のチームワークが良くないとしたら、脳が正常じゃないんよ。

 

経営者の考えを、理解してもらう努力。納得してもらう努力。そこに、社員皆が幸福充実が感じられたら、

 

チームワークは、良くなるのよ。但し、大前提があるんです。

 

社長に、社員に対する『社員の人生の充実』の想いが無い人は、納得も共感も、如何なる説得も、伝わりませんから。

 

テクニックで経営指針に取り組んでも、意味を為さないんですよ。

想いは、伝わるから。

 

一番大事なのは社長の人格、人間性を磨き続ける純粋な思いと、

社員に対する行動が、やがて徐々に社員達に伝わって行くんです。

 

それを今週は言いたかったのです。 

コロナ禍で来店に苦慮している個人料理屋さん達のことを感じていて、

ふと思ったこと。

 

皆さんは個人的に夜の外食する時、どんな店に行く傾向が高いですか?

 

ワシは『個人料理屋』が多いですね。

チェーン店とか比較的大型の個人店には、晩めしには行った事はないんちゃうかなぁ。

(会合の後の懇親会はチェーン店や居酒屋にも行きますが。個人的都合じゃないから。)

 

夫婦で外食する時は、色々なジャンルの店に行くんですが(女房主導やから)

それも個人店ですね。

 

誰かと個人的に一杯やる時は、個人の料理屋です。

 

まぁ初めて行った個人店の料理屋で、刺身を注文した時に、

お代が『高いなぁ』と感じる店や他のメニューは価格表示あるのに、刺身の料金を書いてない店で、

お勘定した後、明らかに刺身の代金が『高い』と感じた店には、

次から『行かない店』に入ってしまう傾向性が高いかなぁワシは。

 

高級店は別です。

(高級店で「おまかせコース」しかない店で長年続いている店は、

味、雰囲気、接客等々トータルで納得感があるから。当然個別メニュー価格はありませんし、固定ファンがリピーターやから)

 

個人店で「コース料理のみ」なら分かるんだけど、

沢山メニューがある個人料理屋で、刺身の料金が高いのは、ちょい損してるのになぁと感じることがあるんです。

 

そもそも刺身って日持ちせんから、その日の内に完売した方がお店は良いだろうに、

割高感を感じさせるから、刺身の注文が少なくなって、食品ロスになってやせんか?と感じることあるんです。

 

アマゾンのTVコマーシャルの『これ、メッチャ⤴⤴お得』って瞬時に感じてもらえる価格にしたら、

刺身の目利きが出来、新鮮(これは絶対条件ですよ刺身なんだから)でお得感あれば、他の料理で、粗利稼ぐつもりで価格設定したらええのになぁ、と。

 

お店や会社は、事業のトータルで希望の粗利額を稼ぐことを要点にしたらええのに、一律で粗利額を稼ごうとするというか、

要点を考えてないのが要注意なんやけどね。

 

他のメニューが、やや高い感あるけど、味が旨いなら、納得感ありなんやから。

刺身旨くて、安いやん。って感じる店は、来店頻度、上がる気がするんやけどねぇ。

 

プラス生ビールの特段旨い(生ビールサーバーのホースとコックの毎日の徹底手入れ。毎日手を抜かずに手入れしたら、旨いのに、毎日手入れしていない店、まぁまぁあるんよね残念。)

 

があれば、リピーター増えるわなぁ。

 

個人店で少量の魚しか仕入できなく高くなってしまうから、

刺身のメニュー価格をやや高めに、って気持ち分からんでもないけど、

 

高級店ではない料理屋には一部のリピーターしか来ない感ありですよ。

新規客増えん気がします。

 

個人料理屋で刺身料金が高いことと、明瞭会計じゃない店(お勘定と言うと○○円ですと明細出さずに言う店)は、中々リピーターにはならへん感ありやけどねぇ。

 

高くても安くても良いんです。

必ずレシートに個別明細を書いて渡していない店(明瞭会計でない店)には、

余程気に入っている店じゃない限り、ワシは何となく敬遠してるかなぁ。

 

新鮮な刺身をメッチャ⤴⤴お得感ある価格にして、明瞭会計が信用を作るんだから、

その夜に刺身完売で食品ロスも無くなるだろうし、

お客さんには喜んでもらえて、信用されて、リピーターになる確率上がるだろうし。

 

って、いつも感じるんよね。

 

個別メニュー価格(付出の価格も)が分からないと無意識に不信感につながるんですよ。

個人店の料理屋オーナーの皆さんに進言しますよ。

 

個人店だから、新鮮な魚、沢山仕入れもできないから、刺身価格を高くせざるを得ないって思ってるんちゃうかなぁ。

それとも刺身やから、ちょい高めにしよう。って思ってないかな?

 

逆なんやけどねぇ。

自分が、お客の立場になって想像して、自分の店に初めて来たお客やと考えてみたら、

高級店でもない個人店で、刺身高っ!と感じたら次も行きたい!って思うんかなぁ。

 

仕入単価の比較的安い食材で、料理の工夫で味を良くして、ちょい高めのメニュー(粗利額アップ)にする。

新鮮な、その日に完売しないと品質劣化する刺身なんかは、

メッチャ⤴⤴お得感のメニュー価格にしたらお客はまた来るのに。

 

業種関係なく、自分の扱う商材で『何で』利幅を上げ、『何を』目玉商品にするのか、

くらいはよくよく考えて商いせんとねぇ。

 

仕入単価が高いから、販売価格は当然高く。とは、ちょい違うと思います。

 

リピーターになってもらう為と、

トータルで客単価が上がるような価格戦略を考え抜いて個々の商品価格を決めることは大事。

 

例えばメインメニューが美味しくて、ちょい高い感あっても納得感が勝っているなら、

デザートメニューを、メッチャ⤴⤴安感を出せば、ついつい注文して客単価アップです。

(デザートの味が旨いのは当然にですよ。そうじゃなきゃ安くても要らないから)

 

あと、それぞれの会社で、社員がお客さんに対して

 

『要点』を聞き出せているか?『要点』を話せているか?

 

仕事では、ココ最重要なんですよ皆さん!

 

社員が『自分なりに、一所懸命やりました』だけでは、いかんのよ仕事は。

何に対して一所懸命なのか、が重要なんよ。

 

一所懸命やったから、仕事をしていると勘違いしてませんか?

 

一所懸命やるんは当たり前のことで、要点を把握して、相手に話したのか?聞き出せたのか?

 

これが成約につながるか否かの分かれ目になる第一段階なんです。

 

要点が把握できていて聞き取れているか、話しているか。に一所懸命でないと、いかんのよ仕事は。

 

『要点に対して一所懸命』ココお忘れなく!

 

こういう事を経営者は社員達に、理解させ、納得させ、共感にまで導いて行かないかんのです。

それが経営者の仕事の重要部分でもあるんです。

 

あぁ、料理屋の話に戻します。

 

今週、来客を増やそうと苦戦している感ある料理屋のことを思った時、

 

あ、あそこ刺身高かったなぁと浮かんだんです。

 

逆に、あの店の刺身はいつ行っても新鮮で、旨いし、何てたって『メッチャ⤴⤴お得感』あるなぁ、と。

 

だから、どこ行こうかなぁと思った時に、あ、あの店、生ビール🍺特別旨いし、

 

刺身も割安感ある。とすぐに思い浮かぶ料理屋を選んでしまう人、多い気がするなぁ。

 

このメッセージ読んだ個人の料理屋さん達、見つめ直してみては?どうでしょうか。

 

 

自分たちの『居心地のいい位置』を保ちながら会社経営を無意識にして来たなぁ、という思いが、ふと今週浮かびました。

 

よくよく思いを深めてみると、そう成るように経営のあらゆる環境を、

整えて来ました。

 

『居心地のいい位置』というのは意味が深いんです。

 

単に『楽な状態』を、『居心地がいい』とはワシは思っていないんです。

 

それだと、成長しないし、堕落が始まってしまうから。

 

人生の目的である理念『志高く、らしく生きる』為の『居心地』を模索して

来た感ありです。

 

人間誰しも『自分らしいやり方』で、お金を稼いで行きたいものやと思う訳です。

 

なのに、その『自分らしい』を内観せえへん人、多いような気がするんやけどね。

 

『自分らしい』と『自分勝手』は、全く別もんです。

 

自分勝手に振る舞っていて、自分らしい振舞いやと思っている人達おるように感じます。

 

己れは何者なのか?を探求するから、人生を生きる覚悟が出来て来るんやと

感じます。

 

自分を知り尽くすから『自分らしさ』が発見できるのよ。

 

ワシは昔トコトン己れは何者なんか?を内観し続けて、ある境地に至りました。

 

こういう境地でした。

 

エモーションの経営者である前に、香川湧慈である。

 

香川湧慈である前に、前世でこうだっただろうなぁ、と強い想いに至ったんよね。

 

ここまで辿り着くと、ブレは無くなります。

おもしろいくらい、全くブレませんよ()

 

ワシは、おそらく前世で、亡き師匠の弟子として活動していたとしか、

考えられない心境になったんです。

 

だから、会社経営は、エモーションの経営理念『志高く、らしく生きる』の

自分らしいやり方で、経済活動をして行きたい。

 

稼いで行きたい。人生を歩んで行きたいという意味が充満しているんです。

 

皆さん、何の為にお金を稼ぐのか?考えたことあります?

 

自分の大切な人達に与える為に、お金って、稼ぐもんなんですよ。

 

与える為に自分が稼いでいなかったら、与え様が無いでしょ。

お金は、何故稼がないといけないのか?

 

それは、自分の大切な人達に、与える為なんです。

 

この、ワシの価値観が理解できない人に例えて言います。

 

誰だって、自分の子や孫にお金を与えるのに『惜しい』と感じますか?

 

まぁ普通は『惜しい』なんて感じんでしょ。普通は、よ。

 

だったら、子や孫以外の、大切な他人にも、同じ感情になれるやろうに。

ワシは違和感なく、成れます。

 

だから、経済活動は、自分らしいやり方で、稼ぎたいんですワシは。

ここ大事やと思いますよ。

 

先に述べた『自分らしい』の境地で経済活動をせな、魂が躍動せんのよ。

 

魂が躍動しながら生きるから、真の自分らしさが現れて来るんちゃうかなぁ。

 

皆さんは、どう感じますか?

 

ワシは師匠の影響で、神道の祝詞(のりと)と、仏教哲学を学びながら血肉にして来ました。

 

師匠から、こう教わりました。『祝詞の様に生きよ』と。

 

師匠は、昭和天皇陛下が奏上していた祝詞を自らも、奏上されていました。

 

皆さんにここで『おまじない』を教えてあげますね。

祝詞の中に、こんな文言があります。

 

『心変われば、顕界(みな)変わる。三千世界、幽界(みな)変わる。』という

言葉があるんです。

 

それを毎日、おまじないの様に口ずさんで下さい。

三千世界とは、全宇宙と、この世の全て。という意味なんですが、

 

一人一人の心が変われば『この世(顕界)』も『あの世(幽界)』も、

全てが『より善く』変わって行くという意味です。

 

神さんが言うとるんやからと、信じて唱えてみてはどうですか?

 

まぁ、お金掛からないんだから、今から口ずさんでみて毎日の習慣にしたら、ええと思うんやけどねぇ。ほんまに。

 

この世の顕界(みな)を皆(みな)に置き換えたら、あの世の幽界(みな)

(みな)に置き換えたら、

 

何となく理解できるでしょ。

 

車を運転しながら『心変われば、皆変わる。三千世界皆変わる。』って、

口ずさんでみて下さい。何十回も。

 

トイレで座っている時に『心変われば、皆変わる。三千世界、皆変わる。』って唱えてみるんです。

 

誰にも聞かれていないんやし。まぁ、ワシからの贈り物です。

 

おまじないやと思って毎日唱えてみて。

ハイっ!『心変われば皆変わる。三千世界、皆変わる。』と。

 

毎日、一年くらいやってみて。365日毎日。あなたの状況、周囲の状況が、

より善く変わると、感じるんやけどなぁ。

 

 

『オンリーワンからシャイニングワンへ。

シャイニングワンからプレジャーワンへ。』

 

これはエモーションの経営指針書に明記しているエモーションの人間像、

会社像をめざした言葉なんです。

 

世の中の会社の多くに見聞きする言葉は、『オンリーワンをめざす』ですが、うちはオンリーワンは成し得ています。

 

だから、それに満足してたら、一気に堕落してしまいますから。

 

『我、満てり』は、堕落の第一歩。と捉えていますから。

 

オンリーワンから、シャイニングワンを、めざしておるんです。

 

シャイニングワン、つまり、社員一人一人が光輝く存在であり続けたい。

それが進化して行き、プレジャーワンに。

 

プレジャーワンとは、喜びを分かち合う存在であり、関係ということです。

 

皆さん、人生の目的はこのプレジャーワンに尽きるんじゃないかと思うとるんです。

 

お金を貯めることだけでもなく、やりたい仕事をするだけでもないんです。

 

喜びを分かち合う関係を築けていないなら、人生の目的と言えるんだろうか?と投げ掛けておるんです。

 

あれもほしい、これもほしい。

ほしい、ほしい。の欲は、自分の心に備わっている『豊かさ』と引き換えられて、あなたの心の豊かさが減って行っているんですよ。

 

で、そのことに人は、気付いていない。気付かないんです。

 

プレジャーワンであり続けたい。

 

だから、何故うちが、今の7人の所帯でずっとやって行きたいと思い、

やって来たか?

 

それは社員の一人一人の心の奥底に潜んでいる良心に、焦点を当てて、

ワシの全身全霊を懸けて、

 

社員一人一人の良心の発露を願って、接して来たんです。

 

そしたら、そこに社員一人一人の魂とワシとの縁が深かったんだろうとしか思えない社員だけが、現在の社員やということです。

 

目に見えない『縁』が深い関係なんやなぁと自覚できたからなんです。

 

この社員全員となら、プレジャーワンが成し得ると感じたからなんです。

 

性格も違う、個性も違う、趣味も違う、能力も違う人達が集まるのが、会社です。

 

会社人生での幸福は、これに尽きるんです。

 

『異なりを認めながら、一つを生きる。』

 

ことであり、この状態が維持できていることを幸福な状態と言うんですよ。

ワシの価値観は。

 

例えば、旅行する。

どこへ行くか、より、誰と行くか。が、幸福感に違いがあるように、

 

毎日毎日、共に仕事をする会社で働く者も同じ。誰と、共に仕事がしたいか、です。

 

なのに、多くの会社は『人手』を、やっきになって募集するのか?

 

プレジャーワンから、遠ざかる感ありやけどなぁ。

 

エモーションは、そこに集う人達が、喜びを分かち合う存在であり続ける。

 

だから、そこに不平不満や、愚痴、不信感という類いのものは出ることは無いし、存在しないんです。

 

これを人生の幸福と言わずに、何を幸福と言うのか!ですよ。

そう思いませんか?

 

そういう人間関係ならば、

 

例えば、白ごはんと、味噌汁、たくあんだけで、心軽やか、しあわせ感、充実を感じるのが、本来の人間らしい人間じゃないでしょうか。

 

ワシはそう思うなぁ。会社というのは、そこに集う人達全員が、プレジャーワン。

喜びを分かち合う存在でないと、ワシは意味が無いと感じて来ましたから。

 

だから、それを実現するには?を構築する為に、経営指針に取り組んで来たんです。

 

とことんストイックに内観し続けて、取り組みましたねワシは。

 

だから、事あるごとに社長の立場にある人達に、経営指針に取り組め!と投げ掛けて来たし現在も進行形です。

 

自分の人生と会社を内観して、将来を構築して行く取り組みが、経営指針なんよね。奥が深いんです。

 

自分の魂が安心安住できるんです。自分の周囲の人達の魂に、栄養を与えることが出来るんやから。

 

そうなって来ると、社員全員が『アーティスト』に成れるんですよ。

 

本来『仕事』をする人は皆、アーティストでないといかんのよ。

ワシはこう思っています。

 

アーティストと呼ばれる人達は、大勢の人の心が震える仕事をすることによって、

 

自らも心震える存在であり続けようと努力している人のことなんです。業種は関係ないのよ。

 

音楽や芸術に携わる人達だけがアーティストではないとワシは思うてますから。

 

相手の心を震わせているか!それによって自分の心も震えているか!これが本来の仕事をする人達です。

 

つまりアーティストなんです。皆さん、アーティストであり続けませんか。

毎月、経営についての項目を決めてA4数ページに、綴っているんですが、

時折、自分で書いたものを読み返しておるんです。

 

すると、ハッ!と気付くことがあるんです。正に自習やなぁと思う訳です。

今週、平成279月に綴ったものを読み返していたら、ハッ!と気付いた項目を今週のメッセージにします。

 

毎週、このインスピレーションメッセージを、社員全員に転送して共有しています。と、

言うていた友人経営者も居るんですが、甲斐がありますねぇ。

今週のは、ぜひとも、社員の人達にも、思いを巡らせて自分を振り返ってもらえれば、と思います。

 

ワシは、こう書いてました。

会社の本質は、人によって始まり、人によって終わる。

大企業は組織によって動くが、中小零細企業は、人に負う面が非常に大きい。

だから『人材』を集めること。人材を集める秘訣は?

 

『今居る人材を大事にすること。』つまり社員を『人材』に、育てて行くこと。

決して『今居る従業員を大事にする。』ことでは無い!!

と、書いてあるのを読み返した時、ハッ!としたという訳です。

 

そして、こう付け加えています。

人材とは?

それは、己れの能力と努力の如何によって、自らの道を拓いて行く人。

つまり、今居る社員が自分の能力と努力で、自らの道を拓いて行こうと意識して行動している人を、育てて行くことでしか、

人材には成って行かない。その意志の無い従業員は、社員にも人材にもほど遠い。

社員と従業員の区別は後で述べます。

 

全て何事も他人の所為(セイ)にしたり、世の中の所為にしたりする人のことを『卑怯な人』と言う。

同じ環境下で、努力する者と努力しない者との優劣が、そこに生じて来る。

それを他人の所為とか世の中の所為にする。

こういう人間は、多少の能力があったとしても『人材』とは言わない。

 

苦難の中に在っても、そこを如何に切り拓くかに努力する者こそが人材である。

人間は、自らの努力によって、自らを開拓して行くべき者。 

と書いとるんですよ、ワシが。

 

そもそも会社に、何しに来るのか?それは『仕事』をしに来るんです。

当たり前のことや。

 

会社に出勤さえして、作業をしに来てたら、給料もらえる。

まさか、こんな想いがちょっとでも、今居る社員にあるなら、

それは『社員』じゃなく、単に業務従じて、作業をしているに過ぎない従業員なんです。

それは大事にせんでええ!と、ワシは綴っておったんですね。

他の社員が稼いでいるのに『ぶらさがる従業員』は罪だからです。

 

なるほど!

 

ワシは『従業員』と『社員』と言う呼び方を区別しとるんですよ。

『社長』と『経営者』と言う呼び方も区別しとりますから。

 

社員というのは、

縁あって務めに行っている会社の価値観や、方針に、

理解と納得と共感(にまで至らないといかん)をして、

作業じゃなく、仕事をしに来ている人のことを言うとるんです。

単に、業に従じているだけの勤めに来ている人を『従業員』と区別しておるんです。

 

会社には『務めに行く』んやからね。『勤めに行く』んやないからね。

そこんとこ、宜しく!

任務の務の『務め』を実践することを仕事と言うんですよ皆さん!

 

会社はプロですから。

一人一人が自覚して、役割分担して、金稼いで、ある意味、そこに携わる全社員の生活費を稼いでおる訳ですから。

 

プロ野球で例えると、全選手が、自分のポジションを責任持って、務め上げてます。

だからチームワークが良好に成り、稼ぐことが出来ているんです。

『仲よしチーム』が、チームワークじゃない!と言うことを、

全社員が肝に命じて、自分のポジションを、任務を、意志力と努力で、

道を拓いて行く様が、チームワークに成るんです。

それを真の『仲良し』と言うんです。勘違いせんようにね。

 

だから、たった一人でも気を抜いて穴を空けたら、皆の努力が水の泡になるんです。本人の責任感の問題なんですよ。

 

気を抜く所と、気を抜いてはいけない所の区別が出来ていない人になってはいけません。

ワシも、読み返してみて、ぬるま湯になって『ゆでガエル』に陥らんよう、

手綱を絞め、

配慮に配慮を重ねる事を、今一層励まんと、いかんなぁ、と感じた次第です。

 

社員を『ゆでガエル』にしてしまうのは、社長の責任ですから、

社員の人間的成長の為に、ゆでガエルの雰囲気を戒めな、いかんのです。

それが、親切というものです。

 

注意して、注意していたら、せずに済むミスなら、ビシッ!と注意して、

叱ってやらな、いかんのです。

大人になると、誰も叱ってくれんようになるからです。

 

配慮して、配慮を重ねていれば、せずに済むウッカリミスや失敗が起こるのはやっぱり、注意が足りない、配慮が足りないという証拠です。

真剣になっていない証拠なんですよ。

 

人間だから、ウッカリミスもあるよ。と、最初から、それを言っちゃあお終いよ。ですよ。

 

一所懸命やって、結果失敗やミスが発見されて、

周囲から『人間だから失敗やミスはあるよ』って言われるもんです。

自分が思うなっ!っちゅうんですよ()

 

真剣な人は、絶対ミスしないぞぉ、と注意を重ねるし、配慮を重ねて仕事をしとるはず。

ミスしたりウッカリする心と行動は注意不足配慮不足です。ハッキリ言って。

仕事じゃなく、作業になってしもうとるんです。

 

仕事は、ある意味、百かゼロか、です。99までやっていたとしても、

100に成らんとゼロと一緒なんよ、仕事は。成果は。

そうでしょう皆さん。

 

仕事は、結果で判断されるんです。当たり前なんです。言い訳無用なんです。

自分の会社の従業員が『社員』に、そして『人材』に昇華させて行く説得力を、

社長は、養わないと、経営者には昇華できんとワシは肝に命じて来ました。

 

もっぺん言います。

今居る従業員は大事にせんで、ええのです!仕事してないんやから気が抜けとんやから。

勤めに来とるだけやからです。

 

任務を自覚して、任務を果たす注意深さ、配慮深さが日々の何気ない行動に現れて初めて『仕事』に成るんやから。

 

今居る人材を大事にすること。トコトン大事にしてやれ!

人材とは、己れの能力と努力の如何によって自らの道を拓いて行く人のことです。

それには、教育するしか無い!と思うとります。

 

教育の『教』とは、そんなものかなぁ、と言う知的理解を与えることを言うんです。

 

『育』とは、汗を流して身に付けさせること。

ダイヤモンドは、磨かないと、瓦や石ころと同じ。変わらへんのです。

 

教育の第一歩は、先ず部下その人を、よく知ること。

その部下が何に興味を持ち、何を嫌がっているのか、どういう職務が得意を

発揮出来そうなのか、

どんな職務なら、ストレスが溜まって、能力を発揮出来得ないと思うのか。

その人間自体をよく知ることが実は教育の第一歩やと思う訳です。

 

だからエモーションの経営根本精神を『経営は人間学である』と、定め、

毎朝皆で唱和しとるんですが、

果たして、お題目になっとりゃせんか?

もしお題目になっとるなら、それは社員じゃなく、従業員なんよ。

だから、ワシは従業員は大事にせん!と決めてますから。

 

経営の『根本精神』と経営指針書に明記しとるんです。

これも独自性ある項目です。

 

『経営根本精神』って項目なんて他社では、見たことないなぁ。

一生を賭けて惜しくない、終わりの無い目的です。

人間とは何ぞや?を、究めて行くことに終わりはありません。

 

更に大事なことは、その教育を経営者自身や、幹部自らがやるべきものなんです。

セミナーや研修は、補助手段に過ぎないんです。ここを大きく勘違いしとる

社長が多いんちゃうかなぁ。

 

人材育成の最も効果ある方法は、

部下に重い責任を持たせ、困難打開の経験を重ねさせることに尽きます。

 

我々の求める人材は、

決して失敗しない人間ではなく、失敗してもそれを『取り戻せる』人間なんです。

この『失敗しても取り戻せる人間』に教育してやっとかんと、

社員個人の人生で起こるであろう、数々の困難難題を、自らが解決打開、

切り拓いて道にして行くことが出来んようになるからワシは、全身全霊を懸けておるんです。給料払いながら()

 

これが単なる『社長』から『経営者』に昇華する心根と行動やないでしょうか、皆さん!

 

このメッセージを打っていたら、説得について浮かんだので、

 

説得に於いて必要な事は、部下が、経営者や幹部に同調する意思があっても、

上司らしい能力が無い限り、同調の実を示すことが出来んもんです。

この社長に、この幹部に付いて行かなければならない、と自分に言い聞かせても、

何か、尊敬できない。上司に自分より上回る能力を感じ得ない限りは、

素直に『ハイ!』とは従えないもんです。

 

また同時に、部下を説得しても、部下に能力が無ければ、何も出来へんのです。

ここに於いて、両者の関係が大切になって来る訳です。この能力を身に付けておくのが『教育』なんですよ。

 

部下の持っている能力を、充分発揮させるには自信を与え、信頼に応えようとする意欲を持たせること。

如何にして、自信を与えるか、如何にして信頼に応えようとする意志を持たせるか。

 

ここまで配慮し、ここまで至ってこそ『説得』なんです。

口だけで、説得は出来ません!口は、一応の手順を運ぶだけです。

一応の言葉で言わないと道理が通らないと言うだけのことです。

 

筋道つまり道理を説明し、涙を以て語り、行動するしか、説得は成し得ないんじゃないかとワシは体験的に感じておるんです。

 

今週は、この辺で。