2021/06/11

『香川湧慈の今週のインスピレーションメッセージ』令和3年6月11日

『縁・巡り合わせ』を操っている者。

 

誰しも自分を理解してほしい。と思っていると思いますが、

 

人間関係は、目に見えない『縁』で動いているんです。

まぁ、信じる信じないは別ですが。

 

今まで仲良く付き合っていた人がある日突然と言っていいくらいに縁遠くなることは、あるんよねぇ。

 

理屈じゃないんですよ縁って言うのは。

 

人間は、理屈で考えようとしてしまう、脳の傾向性がありますが、

人の縁と言うのは理屈を超えて動いているんよね。

 

だからある意味、覚悟したらええのよ。

 

『なんで?あの人が離れて行くの、、、』って思うのは、脳が感じるから仕方ないんやけど、瞬時に、覚悟したらええのです。

 

縁、つまり巡り合わせというのは、我々人間が作っているように見えて、

実は次元の異なる世界(あの世)で、

 

何者か(神道では自分をこの世に産み出した魂の親、つまり主護霊と言うんやけどね)が、

 

人の巡り合わせを操っているんだと、ワシは思って来ましたから。

 

だから、この世は、偶然性と必然性がミックスしたものやと思うんです。

 

なのに、こう言う人達居るでしょう。『全ては、必然なんよねぇ。』って()

 

どこかの、セミナーで聞いたとか、そういう系統の本に書いていたとかで、

自分が掘り下げても無い、納得感も薄いのに、

 

軽々しく分かった様に言う人達。自分なりの、確りした持論で言うてるなら別やけどね。

 

ワシはこう思っておるんです。

 

人間の努力と、目に見えない縁の巡り合わせの合作が、現実の世界だと。

 

そう思ったら、全部が全部、自分の努力だけやない。という気持ちになれませんかねぇ。

 

そういう気持ちになれたら、自然と『有り難いなぁ』という気持ちが湧き上がって来て、感謝の気持ちが充満して来るんよ。 

 

目に見えない縁に、感謝が出来て来る気持ちになるもんです。

 

そう捉えると、人生は『感謝』と『反省』に尽きるなぁと。

 

本質と感じるものを、学べば学ぶほど、まだまだ自分は出来てないなぁと思うもんです。

 

こういう心境が本来なんやけど、世の中は、感謝も反省もしてない人達が、

パフォーマンスで、こんなこと言うてる人達、居りませんか。

 

本心は思ってないくせに『いやいや、まだまだですよ自分なんて』的な謙虚を装って発言してる人達。

 

本心は自信ありなくせに、自分を良く見てもらいたい意識で、

わざと、へりくだったエセ謙虚を醸し出している人達。

 

思ってもないことを言う人達。偽善者やである意味。

 

ワシは、あんまり好きやないんよ。

 

謙遜してるなら、未だこう言う人の方が印象は良いんやけど。

 

『いやぁ、自分はまだまだあそこまでは出来んわぁホンマに。

でもこれだけは、努力して来たから、まぁ何とか出来てると自負しとるんですがね。』的な。

 

方が、印象良いんやけどね。本心が感じられるからやなぁ。

 

やっぱり、本音で本心で、自分が感動した事を、自分が掘り下げて納得行く境地で、発言する。

 

結局、これに尽きるんやけどねぇ。