不透明な時代が加速して行くんじゃないかと感じます。

 

だから尚更、自分自身の『物差し』つまり『判断基準』を確りと持っていないと、

 

周囲や世論やマスコミに振り回されることが加速するんだと感じる今日この頃です。

 

素直な気持ちさえ忘れていなければ、他人の意見も、全部参考書に成るとワシは捉えて来ました。

 

自分が納得するかしないかのキーワードは、素直さやなぁと思う訳です。

 

自分なりの判断基準を確り持っていて、素直さを忘れなければ、反対意見をも参考資料にできるんです。

 

『素直』というものが人間の幸不幸を左右する最大のものじゃないかと。

 

素直とは、何でも従うことではないのに、素直の意味を勘違いしとる人も多いように思うけど。

 

辞書的には『ありのままで飾り気のない様。素朴。』

 

『性質や態度などが、穏やかで、ひねくれていない様。従順。』という意味やけど、

 

まぁ、穏やかで、ひねくれていない。は、そうやと思うけど従順は、どうかなぁ?

 

自分の判断基準に則っての従順なら、ええんやけど、

 

盲目的な従順になったら、それは素直とは言えんと思うんやけど。

 

『ありのまま』を真っ直ぐに捉える気持ちが素直さかなぁ。

 

せっかく、自分なりの判断基準を持っているにも関わらず、

 

素直さが乏しいばっかりに、その判断基準が生かされない人、多いんちゃうかなぁ。

 

例えばコロナワクチン打つ派?打たない派?

 

マスコミに惑わされない自分なりの判断基準を確り持って、自分の判断基準に従ってやればええのに、と思う訳です。

 

こんな話を見聞きします。

 

自分は、こういう立場だから、ワクチンは打たないといけないんです。と言う人も居れば、

 

自分が、こういう立場だからこそ、自分なりの判断基準で、安全に留意したら、ワクチンは打てませんし、打ちません。

 

と言う人。

 

自分なりの判断基準で行動したらええだけなのに、知りもせん人達に吹聴せんでええんです。

 

ワクチン打つ派も打たない派も。

 

自分の大事な身近な人達だけに、発信はしたらええと思うんです。

 

自分なりの判断基準を確り持っての意見なんだから、自分の大事な身近な人達には、

 

やっぱり自分の判断基準は発信してあげるべきやと思う訳です。

 

それをしないのは、自分の身近な人達を大切に思ってないんよ。

 

『どうでもいい事』はどうでもええんです。身体に影響を及ぼす恐れのある事は、

 

自分なりの判断基準を発信してあげることは親切やからね。

 

知らない他人にまで、やいやい言うことは、せんでええと思う訳です。

 

世の中に『絶対』は、無いんちゃうかなぁ。

 

だから、己れの納得の行く行動をすることが幸福というか、充実に至るんじゃないかと思う訳です。

 

だいたいが、自分が決めてやってるのに、思うように行かなかったら、

文句を言うてる人、おるよねぇ()

 

文句や愚痴が出るのは納得行く判断基準で、行動してない証拠や。

 

自分の『物差し=判断基準』を持つ為に、勉強せなぁ!

 

判断基準を持つ勉強はワクワク😃💕するでぇほんまに。

 

勉強が身に付いている判断基準は、

 

あなたの心が澄んで行っている感覚になっているか。

あなたの精神性が高まって行っている感覚になっているか。

 

この二つです。

 

よぉ~に、今やってる事、振り返ってみてみてん?

心は澄んでいるか?精神性は高まっているか?

 

ただし!

 

学んだ事が理屈つまり道理に叶っているか?が大事。そして学んだ事を実践していないと身には、付かんのからね。

 

色んなセミナーや研修で、ふぁ~と凄いなぁ⤴⤴と感じてるだけで、

 

心が澄んで行ったり、精神性が高まって行ってる感覚になってる人も、多い気がします。

 

その学びに道理が通っていなければ、自分が学んだ事を実践してなければ、身には付かんのです。

729日の京都同友会での、ワシの体験報告『エモーションの仕事の流儀』の90分の動画を見ての、元宇多津中学教師の森崎君から感想文が来ました。

 

内容に感激したのと、嬉しかったのと、素晴らしい考え方の持ち主なので、

皆さんに披露したいと感じましたから、

本人の了承を得ましたから、今週のメッセージの冒頭に紹介します。

 

11年前に宇多津中学一年生170名に講演してほしいとエモーションに来社すること二回。

『校長と学年団の先生方を口説きますから』と、懇願して来たのが当時新任教師の森崎君(当時25歳現在36)でした。

稀に見る素晴らしく、まさに教師が天職のような人物です。

 

こんな感想でした。

 

お世話になっております。京都同友会での報告資料を送っていただき、

ありがとうございました。

先程、京都同友会での動画を見させていただきました。

このような愛情と魂のこもったご講演を聴かせていただき、本当にありがとうございました。

 

日本の宝である「天皇制」と「家族制」

その家族社会を業務の中で見事に実践されており、勇気を与えていただくとともに、自分自身の反省につなげることもできました。

 

本物の愛情は、現在の学校教育に欠けている部分でもあり、わたし自身も追求していかなければならないものです。

明日もまた、目の前の子どもたちに心を込めて愛情を持って接していきたいと思います。

本当にありがとうございました。

 

また、毎日美味しくルイボスティーを飲ませていただき、おかげさまで家族みんな健康に過ごせております。本当に感謝しております。

今後とも、自分自身を磨いて少しでも社会に貢献できたらと思いますので、

ご指導よろしくお願いいたします。ありがとうございました。

 

追伸

 

香川さんのお話は、

本当に聴いていて心地よくて、あっという間に終わった感じがしましたし、

ずっと聴いていたい感覚でした。

僕自身、天皇制については、家族社会についてより理解が薄いですが、

これからの課題だなと思っています。

日本とは何か、日本の役割とは何か、この答えは、おそらく、僕が学校教育で実現しなければならないものと同じだとも思います。

自分自身を極めて極めていく中で、それをつかみ、実践していきたいと思います。

という森崎君からの感想メッセージでした。

 

でワシは、こういう返信をしました。

 

いやぁ、嬉しい😆何が?

森崎君から、日本の誇るべきは「天皇制」と「家族主義社会」の文言が出たことが、です。

 

僕の究極目的が、エモーションという会社で、この二つを具現化したいという願いであり、念(おも)いだからなんよ。

それを感じてくれている。共感してくれていることが嬉しいんよ。有り難う。

 

という、やり取りでした。

 

ここで皆さんに、分かりやすく一言で日本の誇るべきは『天皇制』と

『家族主義社会』を解説しますね。

 

天皇とは、一言で言うと、毎日何を願っている人物か?というと、

それは365日、国民の幸福のみ、を念願として生きておられる人物です。

家庭に於ける父親や、会社に於ける社長は、本来『天皇』のような人物で居てほしい!ということを体現されているんです。

 

いわゆる外国諸国の『王様』とは違うんです。

先ず、皇帝や王様には『権力』がありますが天皇には権力はありません!

天皇の人格だけで国民を統治している世界唯一の存在なんです。

 

これを『人格的民心統一』と言います。

権力でも金力でもなく人格に依って国民皆が尊敬し、仰慕(親しみの情を感じる)している人物です。

 

父親は、365日家族の幸福のみ、を念願として生き、

会社の社長は、365日社員の幸福のみを念願として活動している姿であり、

家族がそして社員が、その人格に触れて心が一つになっている姿が天皇制なんです。

だから『日本の誇るべき姿』なんですよ。

 

家族主義社会とは、利害を超えた『責任と感恩』の人間関係の世の中という

意味です。

決して『権利と義務』だけの殺風景な世界ではないんです。

感謝する気持ち、恩に感じる気持ち。

そこに利害の損得感情は起きていない状態の人間関係。

 

皆さん!

この二つが徐々に離れて行くところに、歪みが生じて来るんです。

不和が生じて来るんです。この、天皇制と家族主義社会が世の中の多くを占めたとしたら、これを持続可能な幸福な社会と言う。と香川湧慈は考えます。

 

流石!森崎君。昔から森崎君のことを感じているのは、

どんな性分の生徒からも、信頼があるのが、よく理解納得できるからです。

うちの社員の娘の○ちゃんが11年前、宇多津中学一年生だった時の担任の先生でした。

 

で今回、先の森崎君の感想を、その社員に転送していたら、

今年宇多津中学一年生になった弟の○君も森崎先生に教わりたかったです。

とワシにラインくれたくらい、父兄からも頼られていた教師です。

 

あと、感想を十数人の方々がくれましたが、同じ報告内容の動画なのに、

人それぞれに心の琴線に触れた箇所が違っているのも『その人の、その時点での』心の有り様なんだと感じた次第です。

 

うちの社員からも二人の社員が感想をくれましたが、

琴線に響く箇所に違いがあって、人それぞれの『心の置き処』は、

その人なりの価値観やなぁと感じた次第でした。

 

で今週のインスピレーションが浮かんだんです。

 

『器の大きなバカ』で『素直で正直なアホ』であれ!

これは今年4月に85歳で亡くなられた筑波大学名誉教授の村上和雄博士の言葉であり信念です。

村上先生は、血圧をコントロールする酵素「レニン」の純化精製に世界で初めて成功させた人物です。

『生命の暗号』『人生の暗号』他、遺伝子研究の世界的な第一人者です。

 

17年か18年前に、村上先生の講演会に参加して、名刺交換した翌日に、

いつものように手書きのお便りを出した数日後、

エモーションの終業時間直前に何と『筑波大学の村上です。』と、電話があったのを今でも覚えています。

電話を受けたのがワシやったからです。

 

その時、思いました。村上先生は、本物や!何と誠実な人なんやろうと感じましたね、あの電話を受けた瞬間。

 

普通、あんな有名な人が、直接電話なんて掛けて来んですよ。

しかも、たった一度会ったくらいの、いや会ったというか名刺交換しただけの聴衆者の一人に。感激しましたね。

 

有名無名関係なく、ちゃんと返事するのは人として当たり前の行為やのに、

多くの人が相手を自分のエゴで選んでいるからか?返事せんのよ。

そう思いませんか?

 

世の中の有名な人の多くは、たぶんやけど、村上先生のような直接電話掛ける行為は、せえへんと思うわぁ。

 

世の中、利口で賢い人が多い気がするけど、利口さや賢さのスケールがどこか『小さい』感ありです。

 

やっぱり、ワシが大好きなバカボンのパパ(ワシの机の横にバカボンのパパを置いてます)の生き方がカッコいい!

 

鈍くて深い生き方が、いいですねぇ。

バカボンのパパの名言『これでいいのだ!』

この言葉、意味、深いなぁと昔から思って来ました。

 

人は、自分の都合の良いことは、ウエルカムで、都合が悪いことは避けたい。と、思っているもんです。

でも、バカボンのパパは、都合の良い事も、都合の悪い事も、全部ひっくるめて『これでいいのだ!』と、悟りの境地で、いつも明るく愉快に生き生きと生きている。

 

どんくさくて、鈍いけど、器がでっかいバカで、素直で正直なアホな生き方が、周囲をしあわせに、穏やかにするんじゃないかなぁ。

 

村上先生は遺伝子研究を突き詰めて行くと、器のでかいバカで、素直で正直なアホで、鈍くて深い生き方をしている人を、サムシンググレイト(偉大なる何者か=)は、一番好きなんだ。と言える。とハッキリ言うてました。

 

皆さん、人間の遺伝子を突き詰めると、神はそんな生き方をしている人を好むようです。

そして、村上先生は運について、こんな事を言っていましたねぇ。

 

運とは必然でもなければ偶然でもない。

とても蓋然性(がいぜんせい)の高いものです。と。

蓋然性?ワシは知らなかったからスグ調べましたよ()やっぱり大学の先生、と感じたものです。

 

運を呼び込む条件の重要なことは、こう言うとりました。

『素直で注意深い目』です、と。

 

村上先生の信念とバカボンのパパが好きなんです、ワシは。

小利口になってはいかんと感じます。人生のスケールが小さくなって行く気がするんよねぇ。

小利口な賢さを披露する人達を見るにつけ、それが、どしたん?って、

ワシは思ってしまう性格です。 

 

皆さんは、どういう性格ですか?

鈍くて深い性格?器のでかいバカで、素直で正直なアホ?

小利口なスケール小さい性格には成らんといてほしいと感じた今週でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アフターフォローとかアフターケアの源泉は『気に掛けてあげる』という想いであり、心やなぁ、とふと思い浮かびました。

 

その観点から想像したら、アフターフォローの徹底している会社、

どれくらいあるかなぁと。

 

例えば、ホームページ製作を業としている会社、多いですが、

 

自分とこが作ったHPの相手の会社を、心に気に留めているんやろうか?

気に掛けてあげてるんやろうか?

 

って、思う事があります。

 

お客さんから言われたら『する』けど、別に言われなかったら『しない』

『どうですか?』の声掛けもしない。

 

何百、何千とHP 製作手掛けたお客さんが居ても、気に掛けていたら、

 

そのお客さんのHPをたまには、見る筈やのに気に掛けてないから見ない

会社、多いんちゃうかなぁ。

 

数々の手掛けたお客さんのHPを、その会社の顧客目線で見てたら

『ここ、こう改善したらええかなぁ』的な、

発見するもんやし、お客さんに声掛けしてあげれるもんやけど。

 

例えば、保険会社のファイナンシャルプランナー。

 

自分のお客さん全てとまでは言いませんが、

大多数のお客さんを『気に掛けて』あげてますか?

 

気に掛けてたら、たまにはコンタクト取ってコミュニケーションするけどなぁ。

 

誰だって、自分のことを気に掛けてくれてるなぁ、と感じたら、

 

嬉しいもんやし、信頼感が増して行くと思うんやけど、

 

何で、自分のお客さんやのに、気に掛からんのかなぁ、と思うことがありますね。

 

一度ご縁のあったお客さんに対して、継続的に向き合い続けることが、

 

やがて、顧客を積み重ねて行き、その顧客の客単価が上がって行くんだと思う訳です。

 

商売は、自分がアフターフォローし続けられる客数を見極めて、利用してもらう額を増やして(客単価向上)行く活動とも言えます。

 

またその商売のビジネスモデルが儲かるビジネスになっていれば、

 

社長の人間的資質や、経営能力が、そんなに優れてなくても事業は儲かって

行くもんなです。こういう会社、多いのも事実。

 

何で、あの会社の社長自分の利益ばっかりで社員の待遇良いとは言えないのに、儲かってるわなぁ、という会社です。

 

ワシが思うに、こういう会社の社員の心の充実感は、少ないと感じるし、

 

そこの従業員は、労働と給料の交換所が会社だと認識してると感じます。

 

逆に、社長の人間的資質や経営能力が優れていても、

 

ビジネスモデルが時流に乗っていなかったり付加価値(粗利額)が少ない仕事だったり、

 

構造的に儲かりにくいビジネスモデルだったら、儲からないもんです。

 

だから、先ずは継続的に儲けて行けるであろうビジネスモデルの構築と実践が大事。

 

物販なら、お客さんが自社商品を使っているシチュエーションを提案することで、

 

新たな販売カテゴリーが開発できるもんやと思うし、仕組みが先やと思う訳です。

 

自分の商売の概念整理をして行くと、自社らしい仕組みが出来て来ますから。仕組みが出来ると教育が断然、し易くなる。

 

その仕組みが、人間性と科学性と社会性が、バランス良く、しかも高いものに成るように構築してほしいもんです。

 

そういう会社を幸福な会社と言うんです香川湧慈的には。

人生長いようで短い。60が来たら、あっと言う間に80が来るでぇ。

 

『人生勝負は後半にあり』と、

 

昭和59720日に、大阪は、箕面観光ホテルで社会教育家の田中真澄先生(昭和11年生まれ)の講演を初めて聴いた時に教わったことを、

37年経った今も忘れていませんし、根付いています。

 

40年前から田中先生は『人生100年時代』を提唱していました。

 

人生60歳から黄金期を迎えられるような思考と哲学、行動が大事だという内容でした。

 

そのような生き方をして来たつもりですワシは。

 

年明け一月、誕生日が来たら還暦、つまり60歳。

 

振り返って、じっと思い起こしたら、黄金期を歩める感じが湧いて来とるなぁ、と実感しとるんです。

 

オセロで例えると、

 

ワシの体験は振り返ってみると『世間一般で言う表面的な成績』の見方で見ると、

 

ずっと黒で塗り広められて来た感あり、です()

 

例えば、

 

会社の数値業績で言うと、30年ちょい商売をやっているのに会社は無借金経営じゃないし、会社借入金も売上に対して多額やし、

 

内部留保金は、決算上は、売上の半分くらい有るけど、90%は社員が60歳になった時に支給するものと、

65歳になった時に支給するお金で、実質会社の内部留保金と言えるのは10%くらいのもんやし。

 

なんやけど、

 

内面的には、ずっと信ずる念い、つまり信念を貫きながら経済活動をやって

来て、

 

心は納得で歩んで来たからか、60歳からは、その黒が徐々に白に転換されて

行く気配を感じておるんです。😃✌

 

人生100年。40年掛けて、黒を白で塗り潰せるなぁ()と感じておる次第です。

 

念じるほどの信ずる価値観で人生を歩んでいるなら、結果がどうであろうと

納得行く人生に成る筈。

 

もし、納得できないんなら、それは信念じゃなかったという訳よ。

言い訳無用です。

 

昔から人間関係は20年くらい掛けて本物を見抜いて行こうと思って来ました。

 

人は、お金の利益損得で動く者が大多数。

 

しかし、そういう人でも魂は、情を信念に行動を貫いている人のことを好きに成るものなんよ。無意識に理屈を超えて魂の感情は。

 

商売は『経営の指針を打ち立ててから』30年は、モノに成るまで掛かると思って実践して来ました。

 

エモーションの経営の指針作りに取り組んだのが平成5年。

 

経営の『あらゆる概念』を打ち立てたのが平成12年。

 

だから、平成12年から30年後は平成42年になるなぁと覚悟して来ました。

 

平成で言う42年つまり2030年に、オセロの黒の大多数を、白に塗り替えると。

 

皆さん、人生、勝負は後半にあり!です。

 

商売している人で未だ経営のあらゆる概念を整理していない、指針を打ち立てていないとしたら、

 

『流される人生』になっとるんじゃないかと感じる訳です。

己れを立てる。理想像を描く。

 

それが『芯』に成っていれば、60歳以降に黄金期を迎えられると思えてなりませんね。

 

人生、焦ってはいけません!焦って、納得行く人生は歩めんと思います。

 

人生の後半と言える60歳から、黄金期を歩めたら、それまでの災難とも言える、あらゆる事象が報われると思う訳です。

 

流されない人生にして行くには、

 

相手に勘違いを起こさせない、コミュニケーション能力が必要なんです。

 

だいたいの人間関係の『ごじれ』は、勘違いさせてしまっている話の仕方が

起点になっとると、感じる訳です。

 

どれだけ、自分を正当化しようとも、

 

相手が勘違いを起こさない、勘違いの起こり様がない、あなたのコミュニケーション能力が問われます。

 

『自分は、ちゃんと言うたのに、、、』

 

けど、意図する事が伝わらなければ『納得』に至らず『流される人生』になって行きますから。

 

話の仕方は、詰まるところ、あなたの思考哲学に起因するんです。

 

自分の仕事や人生に、真摯に向き合っていれば、自分の仕事や人生を、

愛していれば、いくらでも伝える言葉は出て来る筈です。

 

相手に伝えるメッセージに、工夫が出来る筈ですから。

 

そのような『ちゃんと伝える』訓練の継続がやがて、60歳以降の黄金期の素養に成って行きますから。

 

めんどくさがらずに、伝える能力を磨き続けましょう。

 

もう一つ大事なことは人生の目的を果たす為に、目標を立てたならば、

絶対に変更しては成らんのです。

 

飽くなき執念で、妥協してはいけません!どうにか、工夫し続けて行くんです。

 

工夫に工夫を重ねて行けば、必ず方法が見えて来ます。

 

目的は、絶対に譲れないという念(おも)いが責任感を湧かせるんです。

その責任感が工夫を生みますから。

 

『決意が責任感を生み責任感が工夫を生む』

 

人生を充実させたいなら。人生、勝負は後半にあり!そう信じて、己れを立てましょう。