11年前の11月に宇多津中学一年生全員に講演しましたが、こんなことも話ました『勉強は、何の為にするのか?』

 

みんなは、どう考えてますかぁ?って。

 

あの時、生徒より先生の方が、聞き耳立ててましたね()()

 

ひょっとして先生達、生徒からもし聞かれたら明確によう答えんからかなぁ、なんて()

 

確かこんな事を話たかなぁ。

 

『誰もがいい人生でありたいと願っているはず。だから自分の人生を充実させる為に勉強するのは当たり前のこと。

でも勉強の本来の意味は、勉強は自分の為だけにするのではなく、

家族の役に立つ為に、友達の役に立つ為に、世の中の人の役に立つ為に学ぶもの。』

 

って話した記憶があります。

 

今なら、こう付け加えると言うか言葉を変えて、こう答えます。

 

勉強は何の為に?

 

それは『精神性を高めながら、澄んだ心に成る為。そして、自分の人生に何が起ころうとも、自分で考え、克服して行ける人間に成る為。

最後に、自分の大切な人達が、もし人生相談に来たり、困難な状態に陥っていたら、その人に勇氣と感動を与える為のアドバイスをしたり、困難打開策のキッカケを与えたり、勇氣を持って歩んでもらう為のキッカケを与え続ける人生を歩む為に勉強するんよ。』って。

 

皆さん!

付き合う人に求める資質は、ある意味たった一つでいいと思うんです。

あれも、これも求めようとするからストレスになるんよ。

人の性格というのは、それぞれだし、百点は無いと思うからです。

 

求めるべきたった一つの資質とは、

付き合っていて、その人から『精神性が高まり、澄んだ心に成れるか。』

付き合っていて、その相手が自分の精神性を高めてくれて、心が澄んでゆく感覚に成れるよう導いてくれる存在か、どうかなんです。

夫婦関係も恋人関係もチームメイトも、先輩後輩も、友達もです。

 

人を導くというのは、この二点で、ええと思うんやけどねぇ。

相手の精神性が高まるように、相手の心の垢が取れて、流されて、澄んでゆくように、立ち居振舞えることを『導く』ということだと、ワシは定義しています。

 

優しくしてくれるとか、お金があるとか、物分かりが良いとか、それだけでは、本物の付き合いでは無いと思うんやけどねぇ。

利害が絡んで来ることもあるからねぇ。

 

そもそも『優しさ』のあなたなりの、定義を明らかにせよです。

自分で『優しさ』とは何ぞや?くらいは定義せんから『あの人は優しいから』的なことで、他人に振り回されて来た事あるやろっ!

相手も悪いかも知れんけど、あんたも稚拙なんよ精神が。

そう思って、今日から人生哲学を深める勉強して下さい。

 

『優しくしてくれるから』そういう事より、あなたの精神性が高まっていること。あなたの心が澄んで行っていること。

ここが大事なんです。

あなたの、日々の生活態度を、生活習慣を、より精神性を高める導きをしてくれているかどうか。

逆も同じです。

あなたが、誰かに対して、導いている存在で居るか?ということも振り返ってみることが大切です。

 

会社で言うと、社員の立場なら、あなたの社長は『導いて』くれる存在ですか?

また社長の立場なら、あなたの社員は『導いて』くれる存在ですか?

人間関係って、そういうことだと思うんよ。

人生、お互いがお互いを、導き合う存在を『幸福な関係』と言うんだと思う訳です。

 

素直さがあって、常に学ぶ姿勢さえあれば、そういう関係を結べると思うんやけどなぁ。

 

だから、生涯懸けて、どんな人からも学ぶ姿勢で歩むことが結局、幸福な人生の基礎と成るんだと思えてなりませんワシは。

 

他人をワイドショー的に安易に批判する人にワシは言いたい。

昔、キリストが大衆に言うた同じことを。

ある人が、非難されるような事をしたので、大衆が石を投げつけていた。

 

そこにキリストがこう言いました。

『生まれて今までウソをついたことが無いと言う人だけが、石を投げよ!』

って。

すると、ピタッと石を投げる人が居なくなったという話。

 

政策も同じや。

批判するなら対案を出さんかい!

国民の『精神性が高まり、心が澄んでゆく』ような政策の対案を出すのが、

政治家じゃないの?えぇっ!()

 

人間の生活の充実、心の充実という観点に於いての政策を打ち出して世に問わな、いかんのちゃぁん!政治家なら。

しょうもない、目先の改善レベルの策の提言や、具体策の無い策は躍動せんのです。

そんな事も分からん人達が、総額年収5000万も6000万も税金から取って、

国会運営しとるんやから、世の中善う成らんわ。

国民も自分の収入の事しか、頭に無い人達が多いのも、世の中善う成らん原因でもあるんよね。

 

会社の幸福感も同じ。

うちは経営指針書に、こう定義しています。

『エモーションは資本金3000万円の、株式会社という形態を執った「一家」である。』と明記しています。

つまり、企業を目指してはいないんです。

同族で無い他人の株主が複数居て、資本金も3000万の株式会社だけれども、思想は家業を貫きたいという価値観です。

こんな会社、他にワシは知りません。

 

独自性がありますよ、うちは。

『シンプルに、独自性を生み出し、深みが感じられるように。』を貫いております。

 

世間には同族の家業の会社は、よぉ~けありますよ。本当の家業の会社は。

うちは、企業的業務のやり方で、他人株主が複数居ての『一家』を貫いていますから。

だから、仕事のやり方も、将来の会社像も、一般的な会社とは、ちょい違うと思うとるんです。

 

企業を目指すならば、事業内容も、増やしながら、社員の採用も増やしながら、組織を創って行くのが王道。

事業は、世間のニーズを受けながら、それに応えて行く事業構築がやっぱり、王道やと感じますが、

 

うちは、ルイボス一筋で、ルイボス事業を深堀りしたいんですね。他の事業はやりたく無いし、興味も湧かないんよね。

儲かりそうなから他の事業をやる。そんな価値観はワシには無いし社員にも無いんよね。

合意と納得の会社運営をやっとるんです。

 

ハード(商材)の変更は出来ないと言うか、変え様が無いから、

一定の品質を維持しながら用途を変えるニーズを創り出しておる訳です。

だから、世間のニーズより、相手の気づいていないであろう

『潜在ニーズにプレゼン』し、続けています。

そうする事で、新たな販売カテゴリーを開拓して行きたいんです。

 

世の中の規模の大きな企業が、大量の社員や従業員の給料も払わないかんし、多大な経費も払わないかんし、

だから大量に販売を、或いは利用をしてもらわないと、会社が維持できない。

だから、大量販売の為に、大量生産が要求され、大量に消費されれば未だしも、売れなければ、大量廃棄に陥っている企業。

果たして、精神性が高まり、心が澄んでゆくんだろうか?

 

ワシは、家業を貫きたいから、社員は一生面倒見る。

福利厚生でも、生涯保障生命保険も会社全額負担で、全社員に加入もしてるし、ね。

『行ないは心』です。言うとるんなら、行動に現せ!です。

 

仕事も今の社員数で、経済的な目標数字を達成するには?を考えてビジネスモデルを模索して来たしね。

『顧客からファンへ』は、まともな会社ならどこも取り組んでいる事。

うちは『ファンから、ヘビーユーザーへ。』を取り組んでいます。こういうことを今時は『ファンベース』って言うらしいねぇ。

ノンフィクションのテレビ番組『逆転人生』で、コメンテーターが言うてましたけど。

 

社員の心のバランスを考え、お客さんの数を考え、会社の目標数値を考え、

理念に則った施策を考え、

ワシ個人の充実を満たせる経営だから、ストレスフリーで商いをやれてます。

 

愛と情が根底に流れている状態での経済活動が、単なる商売から、経営に昇華して行くんだと、実感しとる訳です。

 

社長の皆さん!企業を目指しますか?

同族がほぼ居ない企業的感覚の家業を目指しますか?

人生の生きる意義目的さえ、ハッキリしていれば、

進む方向は決まるのに何で?自分の生きる意義目的を考えんのですかねぇ?

多くのストレス過多の人。

 

あなたが、決めるから『見えて来る』のに。見えないから、決めれないんじゃ、無いんです。

精神性が高まり、心が澄んでゆく人生を、自分で、決めたらええだけなんです。

お金の損得だけで決めようとするから、フラストレーション(欲求不満)が溜まるのよ。

 

精神性を高めながら、心を澄ませながら経済活動をして、満足でなく、納得行く稼ぎをして行きませんか!

その為に、信念を貫きたいから、自己を変革せな、進歩は無いんです。

 

名人や名将は、変化を感じさせずに、変化していると思えてなりません。

自分らしく生きる為に自己変革し続けましょう。

今週ピン!と、閃いたのが『丁寧な対応』というワードでした。

 

丁寧な対応を習慣化できていない人、多いような気がするなぁ。

 

斯く言うワシも反省を込めて。

 

丁寧な対応とは『至れり尽くせり』が為されている事なんです。

 

この『ちょっとした敏感さを感じとる微差』を習慣になっている事の積み重ねが、

 

やがて『大差』に成るんです。これを『微差が大差』と言うんです。

積小偉大っちゅうことです。

 

小さい積み重ねが、やがて偉大に成って行くんです。

 

皆さん、毎日の何気ない業務に『至れり尽くせり』に成っていますか!?

漏れは、無いですか?

 

例えば、社内で、或いは電話で、誰かがあなたに何かを伝えた。

 

それを、キチンと、ちゃんとメモに5W1Hを記載してますか?

 

When いつ」「Where どこで」「Who 誰が」「What 何を」

Why なぜ」「How どのように」

 

と言うことをワシは、言いたいんよ。

 

伝える為のメモっちゅうのは、知らない他人が読んだ時、

 

『あぁ~なるほど。』と、事情が大体理解できるように5W1Hを記載しとくことが配慮やと思うとるからワシは習慣にしています。

 

至れり尽くせり!を、常に心掛ける。相手が勘違いを起こさないような書き方や、言い方を心掛ける。

 

一流とは、隅々にまで行き届いている事。

 

あなたの精神性を高めて行く学びをしていると、人間性が少しずつ豊かになって行くんです、ほんまやから。

 

そしたら、あらゆる事に配慮できるように成れるんです。

これまたホンマですから。

 

あらゆる事に配慮出来ている状態を『至れり尽くせり』やと思う訳です。

 

見詰め直さないかんのは、あなたの精神性の高さや、人間性の豊かさです。

 

よぉに考えてん。自分が恋した時、あるやろ?

 

その時、頼まれてもないのに、至れり尽くせりの心境に成ってませんでした?()

 

仕事に恋したら、ええだけなんやけどなぁ。自然体で配慮できるように成ってるはずなんやけど。

『リズムの良い生活スタイルが、組織の活性と安定に繋がる。』と思っているんです。で、実は今『組織』について綴っておるんですが、
我ながら気付きがハッ、ハッと、あるんよね。
組織とは一体、何の為に在るのか?
それは言わずと知れた『経営目的を達成』する為に在るんですね。
経営目的って言うのは本来、生きる意義目的のことを言いますからそこんとこ宜しく。
単なる商売の目標とはちょい意味合いが違うと捉えてます。
組織について思うことは『職能的組織論』より『間に合う組織』を。
なんです。
職能的組織とは、社員が専門的分野の職能で仕事をする事なんやけど、
人数が多くなって来ると、いつしか経営目的に合致しない組織に陥って
行く傾向あり、なんよね。
あなたの会社は『間に合う組織』に成ってますか?
ちょい、振り返ってみて。
先ず上に立つ立場の人は、やはり、人を見る眼を持たないといけません。
人間には様々な特徴があるから、自分に仕えてくれる者の性格を、
よく見極めて、これをどう組み合わせ、どう誘導したら良いかという、
これが社長を始めとした幹部の役目やからねぇ。
人情は別として、目的に合致した組織を考えて行かねばならんと思う訳です。
何か組織を考える場合に皆『いいもの』を作ろうとするもんなんやけど、ワシが言いたいのは『今、間に合うもの』を作らないかんのよ。ということです。
往々にして、多少教養の高い人は、どうしても理想を追いますが、
理想の形態は無い!と思うんです。
理想の形態は無い。何故なら、人間皆微妙に違うからです。
世の中に完全は無いと思うからです。
だから、絶えず理想を求めて動くんです。
世の中に完全な形態は無い。たがら常に完全を求めて動くんです。
会社の組織も、人間の修行も、この不完全を自らに鞭打って、
完全を追い続けて行かなけばならんのです。
いつも『初心』いつも『これから』という決意のある間だけ、
組織も個人も前進できるんです。
『慣れ』が組織も個人も堕落させて行く始まりなんです。
『仕事をやり易くしたり、仲良く仕事をさせる』ことは合理化であり能率化なんやけど『目的に合致した間に合う組織』になっているか?を、
自己チェックせな、いかんのよ。
仕事をやり易く、仲良く仕事をさせるという内部事情を優先するが余り、
目的意識から離れてしまっていては、本末転倒なんよ。
視野が狭くなる事が、一番怖い事。
組織は、経営目標を達成する為の手段でありチームに過ぎんのやから。
先ず事業目標を明確に決め、それにはどういう組織が必要かを決める。
組織を流動的に決めて対応して行くことができている間、
会社は生き残って行くと感じます。
『何だ、自分に専門外の事をさせて、、、』と不平不満たらたらで流動性
無く、動脈硬化した専門組織の中に居る会社は、
たぶん、どうにもならんと思います。
流動的な組織に対応できるように教育されていない、
専門的に間に合っても、他では間に合わない組織というのは、
意味が無い。
事業目標の無い所には立派な組織は有り得ないし、目的が明確でない限りは、目的に合致するもしないも無いやろう、と思うんです。
 
例えば、我が社はどうしてもこれだけの事をしなければ、
生きて行けない。という目標を明確にして、目的に合致した組織、
仕事のやり易い組織じゃなく、実戦面に間に合う組織を作らないと、
この乱世は乗り越えて行けない気がするんです。
楽しい職場という意味を間違ってほしくないという考えです。
楽しい職場とは何か遊園地的な遊び場ではありません。
人並みの生活の資金を稼ぐ場でもある訳なんやけど、
その人並みの生活資金を稼ぐには、命懸けになっても稼げるか稼げないか、分からん乱世なんやから。
真剣勝負しない限り、残っては行けないんです。考えてみて下さい。
楽しい真剣勝負など、有りますか?
励まし合って、苦しい中にも、志を同じくして、苦しさに耐え抜いて行くという、これを称して楽しい職場と言うなら、納得ですが。
少しでも楽をして無理せず汗を流さず、恵まれた環境を作る事が、
会社の任務というような、会社の遊園地化を望んでいるが如き錯覚は、
持たないで欲しいんです。
そんな会社が乱世に生きて行ける道理が無いんです。
楽しい場を求めるんなら、家庭で求めて欲しいもんです。
低成長の時代『内部的な能率化、合理化』を図っている会社は、
やって行けなくなります。
外部事情に対応する為には、自分の仕事がやり易かろうと、やり難かろうと、如何にして会社的観点に立って、経営的観点に立って、
改めてくれる社員が多い会社のみが、生き残って行くのではないかと思う訳です。
人間は中々、自分の慣れない事、今までやった事の無いことは出来ないものなんだけど、パッと組織を変えられたら迷惑と思うけど、
その流動性の中にこそ真の組織があり、如何に立派な組織を作っても、
その流動性に耐え得る人材を持たない限り、組織は無いに等しいんです。
電線を張っても、電流が通らないようなものなら、それは無意味なものになるんです。
だから、目的に対して妥協はしてはならんのです。
会社的観点や経営的観点に立てない社員は、自分が、やり易い仕事や、
仲の良い人間関係や、少しでも楽できる職場環境の視野しか、持てないもんです。その状態の社員が増えれば、やがて会社は潰れます。
そこの社員も困る事になることが想像つかないんです。
だから、何としても、社員を説得する説得力を持って、
社員とも真剣勝負せな理想と現実のギャップを埋めて行くことは出来ませんから。
妥協は、皆を没落させる行為です。何としても、社員達を納得させ得る
説得力を持つ努力をせな、いかんと思いますよ。
納得は、感情の納得つまり、情理を整えてやること。
そして情理を整えながら、道理を説くことでしか、納得には至らないと思う訳です。
経営者と社員が全社的観点、経営的観点に立たない限り、会社は潰れますから。それが現代の乱世の時代です。
理想の形態の組織は作れても、人に当て嵌める事は簡単ではない。
故に、形より実情に合った組織を、です。
現状を改善して、実現可能な目標を立てて、それが実現してさえすれば良いと思っていると、会社は潰れるんです。
会社が潰れるか生き残るか?という事は、外部事情に対応する目標が、
達成出来るか?どうか、なんです。
外圧プラス経営者の希望が加わること。外圧対応だけでは、
やっぱり息が詰まるんです。希望が加わらないと。
『間に合う組織』『外圧に対応できる目標』『経営者の希望』
5惣田 直人、村井 良弘、他3人

 

 

今、ホームページのリニューアルをしておるんですが、うちのサイトは一般的なネットショップとはちょい違えています。

 

そもそも当初はネットショップというより、会社案内がメインで作ったようなもんでしたから。

 

一般的なネットショップは、沢山売りたいという思いがあるから、

 

検索エンジン対策や、商品アイテム数を多くしたり、楽天やアマゾンの有料サイトで販売したり、に時間とお金を掛けている。

 

うちは、欲しい顧客を絞っているので、上記の真逆を行くサイト構築にリニューアルしておるんですね。

 

アサヒスーパードライの『すべては、うまいのために!』に例えると

『すべては○○を探すために!』のHP 構築の為のリニューアルです。

 

なぜ?それに取り組んでいるか?エモーションの経営基本方針を貫いているからなんです。

 

経営基本方針『シンプルに、独自性を生み出し、深みが感じられるように。』

 

シンプルになっているか?独自性があるか?深みが感じられるか?

 

この三点を包括させる為の、あらゆる施策と業務実践の徹底を日々取り組んどるんです。

 

皆さんの会社では、皆さん方の経営の普遍的な基本方針を、打ち立てていますか?そもそも。

 

それが曖昧だったら、時間と、お金と社員を無駄にしてしまう事に傾いてしまいますよ。

 

労多くして、益少なしになってませんか?益多くても、労が多くなってませんか?

 

社員や従業員が疲弊してませんか?忙し過ぎて。いつまでもネット売上が上がり続けるもんやと思ってませんか?

 

売上と社員数と社員の『心と身体の状態』のバランスを考えながらの商いじゃないと、やがて疲弊すると思うんやけどね。

 

売れなくなったら従業員を切る会社、多い気がするんやけど。

 

そもそもホームページは、何の為に作るのかを、熟慮してからの、断行せないかんのに。

 

自社の欲するお客さんを、見知らぬ人達から探す道具やと、ワシは思うとるんやけどね。

 

だから、単に商品が売れたらええ、というやり方は、うちはしてないんです。

 

商品が売れりゃいい的なことは、エモーションじゃないんよね。

売れりゃいいのみの、ネットショップ、多いんじゃないかなぁ?

 

いや別に文句はないんやけど、うちには関心が無いんよ。

 

何でも商品が売れりゃいいってもんやないんやけどねぇ、長~い目で見たら。

 

また、うちの商品は、美容健康商材やから、

 

ネットの世界で美容健康商材なんて、数千億の市場で、強豪犇(ヒシ)めく中に、何で勝負を挑むかねぇ?()

 

ワシはタイプじゃないなぁ()

うちは創業以来30数年『クローズドマーケット』で勝負して来ました。

 

欲するお客さんをハッキリ決めているから、一点集中して、トライ&エラーを積み重ねながら、納得度を高めて来たんです。

 

会社は、先ず『考え方を発信する。』

次に『顔を出しながらストーリーを語る。人柄や社風を感じてもらう。』

 

そして『商品を販売する。』その後『アフターフォローに徹する。』

うちは、この繰り返しを徹底しておるんですよ。

 

特に『考え方を発信』することに傾注しとるんです。

本音の言葉と文章だけが、人の心を揺さぶると思っておるんです。

 

『うまい事』書いて、客集めするサイトって多いわぁ、ほんまに。

 

やっぱり広告ってのは『その会社の意見の表明であり、魂の叫び』なんやと

ワシは思うとるんです。

 

そこに共感してくれる『お客』と言う名の友を創って行く歩みやから、自分達の心が踊るんです。

 

商いって、そういう事やないやろうかねぇ。

自分が他人(ひと)から変に思われたくないという気持ちから、 

大事なことを言いたいのに言わない人って、多いんやと感じます。

 

自分が大事に思うとることを、しょうもない見栄が強いばっかりに言わないのは、やっぱり、いかん!と思う訳です。 

『大事』に思っている事は言うた方がええと思うんです。 

どうでもいい事は、言わなくてもええんやけどね。

 

分かりやすく例えて言うと、あなたが断崖絶壁の場所で居て、下を見ると、

高さが100mの所だとしましょう。 

突然、霧が掛かって来て、全く崖が見えなくなっている状態になった。

 そこへ、あなたの子供(しかも反抗期)が、何も知らずに、崖に向かって歩いている。

 

さぁ、あなたはどうしますか?

 

『止まれっ!そっちには崖があるっ!』と声掛けるでしょ。

 で、子供が『関係ないわっ!』って言って、無視してそのまま歩いて行って、崖間近だったら、どうしますか?

 

走って行って、羽交い締めにしてでも動かないよう捕まえるやろ。

そして、霧が晴れるまで待ったら、その子供は状況が判るから、

 

あなたの言動に、今後の『聞く耳や心』に、何らかの変化は起こるはず。

子供と表現したのは、あなたにとって大切な人に置き換えて下さい。

 

霧の中を歩いて行っている人が、全く知らない他人でもやねぇ、その先は崖ですよ~って、声くらい掛けるでしょ。 

知らんぷりします??

 

これ、あなたの会社の社員達や、友人達と置き換えてみて、あなたの心に問うてみて。 

あなたの心の『良心』に従って行動せんですか!

 

自分の『大事』な事はどういう事を言うのかを、自分なりの区別する判断基準を日頃から持つ。

 

人生観や死生観、社会観、価値基準を深める学びは、自分と縁ある人達が心軽やかに歩む源泉だと思う訳です。

 

そうしていないと、誰かが、あなたに何か相談されても、相談にすら乗ってあげれんで。 

人生に取って、言わなければいけない事を言わなかったら、人生に影響が出ると思うなぁワシは。 

だから、勇氣を持って言いましょう。

 人生に取って他愛もない事は、言わなくていいんです。

 

この区別が瞬時に判断できる立ち居振舞いを『らしく』と、

哲学的には、言います。

 

だからエモーションの理念『志高く、らしく生きる』と、しとるんです。

 

中々、身に付けて行くのは難しいんやけど、そういうことを、思う心の習慣と人生哲学を深める学びは、してなかったら、いつまで経っても、身には付かんのよ。

 

良い話を、いくら沢山聞いても、習慣にしなかったら、身には付かんのです。

 

人間のDNA遺伝子は、そうなっとるようですよ、皆さん!

 

DNA遺伝子にスイッチが入るのは、心の習慣と行動の習慣やと思うんです。

スイッチって、ONOFFの、どちらかやから、どっちかにスイッチしたら、もう一方は切れるんよ。物理現象やからね。

 

正に『光り入りなば、闇消えゆ。』です。

 

あなたのDNA遺伝子に光りのスイッチが入ったら、瞬時に心の闇は消えるはず。 

スイッチが入った気になってるのに、どこか不安や、惑いを感じるのは、スイッチは入っていないんですよ。

 

そんな気持ちになってしまった時の、あなたの捉え方は、こうして下さい。

 不安感を危機感に変えたらええのよ。危機感を常に持ってたら、油断せん考え方に成るんやけどねぇ。

 

無理なく、無駄なく、油断のない生活態度。

 

商売で、目的持って、計画立てて、社員を巻き込んで、一致団結して事業を

伸ばしている経営者は、居ますが、 

人生観、死生観、社会観、価値基準、人生哲学を、油断ないよう深める毎日を歩んでいないと、 

規模が大きくなってから、売上激減に陥った時に、縮小せざるを得ない会社になってしまうでぇ。

 

ちゃんと、哲学、価値基準を持って油断の無い歩みをしている経営者なら、

そういう状況になっても復活するんよ。

 

例えば、中小零細会社が、大手企業の事業の得意先となった場合。

 大手企業の伸びに乗って、自社の規模を大きくしている会社、あるよねぇ。

 

経営哲学のない社長は調子に乗って、その大手企業の需要に応えようとして

設備拡大や、社員の増員をする。ずっと仕事がある保証も無いのに。

 

その点油断のない会社は、その大手企業の経営者になったつもりで常に、

何が必要か?を考え抜いているから、

 

単なる下請けにはならないんです。その仕事が突然切れても大丈夫なくらいの準備をするもんです。

 

大手企業の、潜在的に必要だと思えるものを考え抜いて、自社の利益を、

ものすごく乗せて、提案するんです。 

大手企業担当者は、その提案を取り入れたいと思ったら、お金は言い値で受けます。欲しいから。

 

その中小零細会社は、かなりな儲けを稼ぎますが、安心してはいないんです。

 納入したら、すぐ次なる潜在的に(その大手企業が)必要なものを考え抜く習慣が身に付いているから、

 

つまり、危機感を常に持っているから、研究開発するんですよ。大手企業は、最初は高くても、欲しいから導入しますが、

こっそり、それを安価に導入できる他社を探すかも知れんのです。

油断大敵です。

 

『要望を満たしている間だけ』言い値で買ってもらえるんよね。

 

単なる下請けだと、大手企業が、当該事業を縮小せざるを得なくなったら、

もう仕事は来ませんから。

 

『常に考える』

 

これは、企業の大小に関わらず『大事』な事です。

 

ワシは『適正規模の確立』を、事業に於いては、一番大事に考えて来ました。やっぱり、手堅く着実に。

 

社員一人当たりの付加価値(年間粗利額)を高く。

社員が、自主的に伸び伸びと働ける職場環境を維持し続けること。

社員の心が疲弊しない勤務状況や社内の人間関係が出来ている。

 

だから、他社や得意先に左右されず、我が道を行く。が継続出来とるんです。

 

無理なく、無駄なく、油断のない経営を皆さん、歩みましょう。